時よ戻れ
私の名前は|鴻上凜香《こうがみりんか》。
小説家、と言いたいところだけど、今はまだ小説サイトに作品を応募しているだけの女子高生。
いつかは作品を認めてもらい、作家デビューするのが私の夢。
その夢を実現させるために、今日も小説投稿サイトで作品を書いている。
さて、私、鴻上凜香には特殊能力がある。
なんと私は「時を戻せる」のだ!
いゆわる、タイムリープというやつである。
中学生の時に、私はこの能力に目覚めた。
「時よ戻れ!」
と念じると、少し前の時間に「戻れることがある」のだ。
戻れることが「ある」というのは、時を「戻せない」こともあるから。
どういう状況なら時を戻せて、どういう状況だと時を戻せないのか。
検証してみた。
掃除当番での面倒な仕事を押し付けるジャンケン。
ここで能力を使ってみた。
ジャンケンポン!
グーを出したところ、負けてしまった。
すかさず念じる。
「時よ戻れ!」
しかし、非情にも時は戻ってくれなかった。
やけになりながら、教室のゴミ箱を持って焼却炉に向かう。
肝心な時に役に立たない能力……と思っていたけれど……
友達とパーティーをしたとき、お菓子が当たるくじというのを友達が作ってくれたので、引いてみることにした。
1番から5番までのくじがあり、友達5人が1人1つずつ引くこととなった。
当たりは1つだけ。
「|凜香《りんか》から引いてみて」
そう言われ、私が最初に引くことになった。
真ん中の3番を引いてみた。
だが、引いてしまってから思った。
くじを作った友人の性格を考えてみれば、真ん中や両端に当たりは置かないのではないか。
なんだか、そんな気がしてきたのだ。
そこで、私は念じてみた。
「時よ戻れ!」
すると、時は戻ってくれた!
くじを引く前の状態になった。
私は2か4で迷い、2番を引いた。
次の子は4番を引いた。
それを見た私は、やっぱり4番が当たりのような気がしてきた。
人の選んだものが良いように思えてしまう心理。
私は、またも念じてしまう。
「時よ戻れ!」
ちゃんと時は戻ってくれた。
よし!
私は4番を引いた。
これこそが当たりのような気がする。
全員がくじを引き終わるまで、時を戻さずにそのまま待つ。
果たして結果は……
3番のくじが当たりだった。
なんてこった……
時を戻してやり直したからといって、必ずしもいい結果になるわけではないのか。
更に念じてみる。
「時よ戻れ!」
しかし、時は戻らなかった。
* * *
私は自分の能力の秘密に気がついた。
どういう場合に時を戻せて、どういう場合に時を戻せないのかを。
結果が分からないうちは時が戻せる。
一方、結果が出た後では時を戻すことができない。
なんという中途半端な能力……
とは言っても、この能力、うまく使えばきっと役に立つはず。
その後も試行錯誤を重ね、能力の限界を試してみた。
結果が分からないうちは何度でもやり直せるようだ。
せっかくの私だけの能力だ。うまく使っていこう。
* * *
この能力を手に入れたのは、私が中学生の頃。
能力を自覚してから、私には悩みが増えた。
まず、自分の能力を人に話せないということ。
話せば、おかしな人だと思われてしまうだろう。
あるいは、面白がられて、
「じゃあやって見せて」
と言われるかも知れない。
記憶が連続しているのは私だけだから、この能力を人に証明するのはなかなかに面倒くさい。
証明はやれないこともないのだが、私の力が認知されたらされたで、余計面倒なことになりそうな気もする。
何か悪いたくらみに利用されてしまうかも知れない。
なので、この能力のことは誰にも知られてはいけない。
この能力をどう使っていけばいいのか。
そんなことばかり考えていた。
* * *
ある日のこと、街で小学生時代の友人にばったり出会った。
彼女の名前は|恵美《えみ》ちゃん。
すらりとしていて、とってもかわいくて、頭もよい子だ。
そして、恵美ちゃんは|涼介《りょうすけ》くんという男の子といつも一緒で、仲良くしていた。
恵美ちゃんみたいにかわいくて頭が良くて、彼氏もちの女の子になりたい。
私は恵美ちゃんに憧れていた。
恵美ちゃんは、私の理想像だった。
恵美ちゃんは、中学は私立に行っていたので、しばらく会っていなかった。
けれど今日、街で見かけて、そのかわいい制服姿にびっくり!
私もその学校に行きたい!
と思ってしまった。
その学校は、高等部からも入学することができる。
憧れの恵美ちゃんと同じ学校に入って、あのかわいい制服を着ることを目標に、私は毎日の勉強を頑張った。
使うんだ、ここで私の能力を。
結果が分からないうちは、何度も時を戻せる。
時が戻っても、私の記憶は維持されたまま。
ということは、「受験勉強を何度も繰り返せる」ということ。
私は高校入試の直前1週間を、いくども繰り返した。
試験問題を見てから時を戻して、その範囲を勉強しよう、とも考えたが、問題が分かってしまうと時を戻せなくなるのではないか、という不安があった。
そこで、受験する前の期間を何度もループしてやり直すことにした。
この作戦はうまくいった。
中学で習う全範囲の復習をしっかり行うことができたのだ。
納得いくまで勉強することができた。
気持ちに余裕を持って受験に望む。
私はすっきりしていた。
これだけ勉強を頑張ったのだ。
落ちても悔いはない。そう思えるまでに至った。
そして、合格発表の日を迎えた。
* * * * * *
合格した!
あの恵美ちゃんと同じ高校に通える!
あのかわいい制服を着ることができる!
私の高校生活はバラ色になる……はずだった。
しかし、高校に入学した私は、親友と呼べる友達はできなかったのだ。
憧れの恵美ちゃんは中等部からの進学組なので、同じクラスにはなれなかった。
それでも、偶然、恵美ちゃんと廊下で会うことはできた。
「凜香ちゃん? 小学校で一緒だった凜香ちゃんだよね! うちの学校来たんだ!」
嬉しいことに、恵美ちゃんは私のことを覚えていてくれた。
けれど、恵美ちゃんはいつも級友に囲まれていて、私が入っていける余地はなかった。
私は、クラスに友達がまったくいない、というわけではない。
一緒にお弁当を食べたり、雑談したりする友達はいるにはいる。
けれど、なんというか、私は臆病な性格であり、自分を出すのが苦手。
持っている能力を隠しているということもあり、
人から見たらなんだかよそよそしい態度に見られていたのかも知れない。
「凜香は完璧主義だよね」
クラスメイトによく言われている。
実際、そうなのかも知れない。
私は失敗が嫌。
すべて自分の思い通りにならないと嫌。
失敗から学ぶことが大事。何事も最初からうまくいくはずがない。
うん、頭ではわかっている。
けど、心がついていかない。
こんな性格だから、時を戻してやり直す、なんて能力が身についてしまったのかも。
この特殊能力のせいで、私の性格はますます臆病になってしまったように思う。
これでよし、と自分で決定することができないのだ。
自分で自分にダメ出しをしてしまい、いつまでも先に進まない……
そういうループな毎日を送っている。
もし、時を戻す能力を持っていない人生だったとしても、
結果を見るのが恐くて、私は何度もやり直したがる人生を歩んでいたと思う。
けれど、私は憧れの高校に入ることができたのだ。
このことは大きな自信につながった。
もっともっと、何か大きなことを成し遂げてみたい。そう思えるようになった。
時間を戻してやり直せるこの能力を、何か有効に使ってみたい!
そんな私の頭の中に、ある考えがふと、ひらめいた。
この能力をテーマにしたファンタジー小説を書こう!
見た目は女子高生。その正体は時を戻せる小説家。
うん、我ながらかっこいい!
人付き合いが苦手なこともあり、部活には入っていない。
時間はたくさんある。
そして、結果が出る前なら、私は時間を戻して何度でもやり直せるのだ。
納得のいく作品が書けるまで、とことん時を戻して小説を書いてみよう!
私の創作活動には、締切なんてない。
小説家になることは私の小さいころからの夢。
よし、やるぞ!
なんだかわくわくしてきた。
学校が終わると家に直帰してパソコンに向い、執筆活動に勤しむ。
作品応募の締切は、2週間後の7月8日。
インターネットの小説投稿サイトに応募するのだ。
さて、タイムリープもののファンタジーを書くと決めたのはいいけど、もう少し内容を詰めないと。
やっぱり、自分自身の体験を基にした方が説得力あるだろうな。
私って時は戻せるけど、結果を変えているわけではなかった。
私の能力では、結果が分かる前でないと、時を戻せない。
運命は決まっていて、運命には抗えない。
そして、時を戻せても必ずしもいい結果になるとは限らない。
私は能力を持っていながらも、そんな虚しさを感じていた。
時を戻せても、運命は変えられない……
よし、こういうテーマでお話を書いてみよう!
方向性が決まった。
あらすじを考えてみた。
主人公は、大好きな子に告白するがフラれてしまう。
時を戻して、何度でも告白にチャレンジ。
なんとか好きになってもらえるようループして頑張る、というお話だ。
毎日少しずつ、話を書き進めていった。
う~ん……
なんだか、主人公がかわいそうに思えてきた。
頑張っても頑張っても、主人公はフラれてしまう。
やっぱり、努力が報われる話の方がよいのだろうか。
主人公に感情移入してしまった私は、なんだか筆を進めるのが辛くなってきた。
仕方ない……能力を使おう……
「時よ戻れ!」
私は執筆開始時に戻って書き直すことにした。
* * * * * *
時を戻した私は、次にこんな話を書いてみることにした。
大切な人が死んでしまうのを防ぐために、主人公が時を戻す話だ。
時を戻す能力は、自分のために使うよりも、誰かのために使う話の方がいいと思ったからだ。
私自身、この能力を人のためには使っていない。そういう罪悪感もあった。
私が書く物語の主人公には、時を戻す能力をぜひ、人のために使ってもらいたい。
そう思って、私は筆を進めた。
かくして、私は物語を書き終えた。
こんな話だ。
主人公の大切な人が事故で死んでしまう。
主人公は時を戻し、その事故を防ごうとする。
しかし、運命はなかなか強固であり、主人公の努力は実らない。
何度やり直しても、事故は起きてしまい、大切な人は死んでしまうのだ。
それでも主人公はくじけず、時を戻してループし続ける。
主人公はついに運命に抗い、大切な人が死ぬことを防ぐことができた。
書き終えてから、私は思い出した。
そもそも、私はどんなファンタジーを書くつもりだったのかを。
時は戻せても結果は変えられない。
そういう、運命の重さのようなものをテーマにするはずではなかったのか。
運命は変えられる、というお話を書くのか、
運命は変えられない、というお話を書くのか。
方向性がブレてしまっている……
ハッピーエンドにするのか、
バッドエンドにするのか。
これは大きな問題。
作品の投稿期限が迫ってくる。
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
またまた、執筆前の状態に戻ってきた。
考えた挙句、やはり「運命は変えられない」というテーマで書くことに決めた。
作品の中に自分の思いや運命を盛り込みたい。
それを大切にしたいと思ったからだ。
ハッピーエンドにするか、バッドエンドにするか。
私としては、なんとなく、ハッピーエンドにしたい気持ちはある。
けれども、世の中には悲劇をテーマにした名作もたくさんある。
シェイクスピアの作品などが有名だ。
悲劇を通じて、読者に思いやテーマを伝えるという方法だってある。
ハッピーエンドにならなくても、読者に何か伝わるものがあればいい。
ということで、バッドエンドで書く決意が固まった。
こんなお話を書いてみた。
主人公は、好きな人の事故死を防ぐために、何度も時を戻す。
しかし、どうやっても、その死を避けることはできなかった。
何度、時を戻してやり直しても、大切な人は必ず死んでしまうのであった。
それに気づいた主人公は、運命を変えることを諦める。
そして、大切な人が死ぬまでのわずかな時間を一緒に過ごすことにした。
大切な人がこの先、死ぬ運命にあることを分かっていながら主人公は何もできない。
それでも、主人公は一日一日、大切な人と過ごす幸せを噛みしめながら生きていく。
そして、運命通り、大切な人は死んでしまった。
けれども、二人で過ごした日々の思い出は永遠に残るのであった……
我ながらいい感じに書けた気がした。
ちょっと、かっこよくまとまりすぎたかな?
私は、なかなか自分にOKを出すことができない性格。
せっかくよく書けたと思っても、もっといいものが書けるのではないか、
やっぱりこれではダメなのではないか、
そう考えてしまい、やり直したくなってしまう。
書いても書いても、私の伝えたいことではないような気がしてしまう。
自分が抱えている運命を小説に投影したい。
それが、今回の創作活動の目的の一つ。
なんというかこう、もっとしっくりくる作品を書きたい。
それがどういうものなのかは、まだはっきりとは分からない……
もう少し、試行錯誤してみるかな……
何度でもやり直せるのだから。
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
作品に使えそうな、あるキーワードが思いついた。
「タイムパトロール」
歴史を変えてはいけないというルールだ。
それを使って、こんなお話を書いてみた。
主人公は、自分の意思と関係なく過去に飛ばされてしまう。
飛ばされた過去で行動したことが原因で、未来の歴史を変えてしまった。
タイムパトロールがやってきて、主人公を捕まえる。
歴史を変える者は消されてしまうのだ。
主人公は命乞いをする。
タイムパトロールは、「変えてしまった歴史を自分で元に戻すのなら許す」と条件を出す。
かくして、主人公は自分が変えてしまった歴史を元に戻すために奮闘する。
主人公は、車に轢かれそうになった人に声をかけたため、事故を防いでしまっていたのだった。
しかし、この人は本来、ここで轢かれて死ぬ運命であった。
そのような歴史に戻さないといけない。
事故でその人が死ぬような状況を再び作らないといけない。
その人がこのまま生きていては、歴史を変えた罪で自分が消されてしまう。
主人公は葛藤する……
人の命を救うというのは、とても素晴らしいこと。
一方、人の命を奪うというのは、早い話が殺人をするのと同じで、なかなかできるものではない。
とは言っても、その人を殺さないと自分が殺されてしまう。
カルネアデスの板になんだか近い感じがしてきた。
さて、ここから先、どういう結末にしようかな。
第一案は、歴史通り事故が起きる状況を作り出し、その人を死なせてしまうが、主人公は生き残るパターン。
第二案は、歴史に抗ってその人の命を救うことにしたため、主人公は罰せられて消されてしまうパターン。
どちらの案で書いたとしても、なんだか後味の悪い話になってしまう。
運命には抗えない、というテーマで書きたい私としては、第一案の方がよいのかも知れない。
ただ、そういう結末になるお話を書くことで、読者に何を伝えたいか。
そこをはっきりさせることができなかった。
私が書きたいものは何なのか。
もう少し探ってみたい。そう思った。
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
書き直すのは、これで何度目だろうか。
そう思いながら、私はパソコンに向かう。
運命は変えられないというテーマにするから、後味が悪い作品になってしまうのだろうか。
では、最後の最後でひっくり返して終わるというお話はどうだろう。
つまり、運命を変えることができたと思っていたのに、実際は運命には抗えなかった、という展開だ。
私のように後悔ばかりしている主人公がタイムリープをする。
人生やり直し。二周目の人生が始まる。
何が起こるかは、見当がついている。
みんなが知り得ない情報を生かし、主人公は大成功を収める。
こうしてハッピーエンドになると思いきや、最後になんと、
主人公は元の世界に戻されてしまった。
二周目の人生で手に入れた成功は、すべて消えてしまった……
どうだろう。
なんだか夢オチみたいだな、とも思えてきた。
あるいは、ショートショートならおもしろいのかも知れない。
さて、この作品で伝えたいことは、いったい何だろう。
人生、そんなにうまくいくはずがない、ということか。
ただ元に戻るだけでは、お話として単純すぎるような気がしてきた。
もう少し、構成を練ってみることにする。
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
こんなお話はどうだろう。
主人公は30歳の誕生日を迎えたが、これまでの人生、後悔ばかり。
希望する学校に進学できず、希望の会社にも入れず、結婚にも失敗。
そんな人が、15歳に戻って人生をやり直す。
やり直しの人生なので、他の人よりたくさんの情報を持っている。
それを生かし、進学、就職、結婚、すべてにおいて主人公はやり直して成功していく。
タイムリープして人生をやり直せたことを喜ぶ主人公。
幸せいっぱいで30歳の誕生日を迎える。
すると、主人公は15歳に戻っていた……
三度目の人生、四度目の人生……
何度繰り返しても、主人公は30歳より先には行けない。
30歳になると、必ず15歳に戻されてしまうのだ。
はじめは人生をやり直せることに感謝していた主人公だが、
やがて、未来のない無限ループに絶望する。
30歳までの人生は、経験を生かして成功を収めることはできる。
しかし、人間というのは先に進みたいもの。
まだ見ぬ未来が、たとえ不幸なものであったとしても、そこに進みたい。そう切望するようになる。
やり直し人生で成功することを目標としていた主人公は、
今となっては未来に行くこと、つまりループから抜け出すことが生きる目標となっていった。
何のために生きていくのか、が変わっていくお話ということ。
主人公は考える。
ループからの脱出に必要な条件、いわゆる鍵となるものがあるのかも知れない。
主人公は試行錯誤を重ね、ループ脱出の鍵を探していく。
派手に生きてみる。
慎ましく生きてみる。
人のために生きてみる。
自分のために生きてみる。
いろいろなパターンを試してみた。
しかし、どう生きても、30歳の誕生日になると毎回、15歳に戻されてしまう……
やがて、主人公はやる気をなくし、無限ループに抗うことを辞めてしまう。
人生なんてどうでもいい、未来を見ることもどうでもいい、
そう思うようになり、自堕落になった主人公は、ループ前の人生と同じ道をたどっていく。
希望する学校に行けず、希望の会社に入れず、結婚にも失敗……
そうして、30歳の誕生日を迎えた。
主人公は驚いた。
なんと、30歳より先の人生に行くことができたのだ。
ありのままの自分で生きる。
これがループからの脱出の鍵だったのだ。
というお話を書いてみた。
前よりは、しっかりした設定で書けたように思えた。
過去をやり直しての成功が生きる目的なのではなく、
未来に行くことが生きる目的になるというのは、前向きなお話でいいかなと思えてきた。
脱出の鍵は、ループ前と同じように生きること、にしてみたのだけど……
う~ん……ちょっとオチが平凡だったかな。
ループ脱出の鍵は、もっと魅力的なものにした方がいいのかも知れない。
やっぱり、主人公が何らかの障害を乗り越えたことで脱出の鍵が見つかる、という展開にしたほうがいいかも知れない。
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
7月7日。
小説投稿の締切前日になると、こうして私は時を戻してしまう。
もう、何度書き直したことか……
しかし、これが私の性格なのだ。仕方ない。
そうは思うものの、このループ癖は何とかならないだろうか。
自分で自分が嫌になる。
何度書き直しても、これで良いとは思えない。
だから、能力を使って時を戻してしまう。
自分で時を戻しておきながら、そんな自分に腹が立ってくる。
あぁ、私ってやっぱりダメなんだ……
帰宅してはパソコンに向かい、小説を書き続ける日々を送り続けている。
学校生活はループしている2週間、毎日同じような展開になる。
授業中、寝ていても大丈夫。
先生がどのタイミングでどんな問題を出し、誰を当てるのか、嫌でも全部覚えてしまっていたからだ。
ただ、ループを繰り返すうち、毎日の学校生活の中で少しずつ変化しているものに気が付いた。
私に話しかけてくるクラスメイトの行動だ。
毎日、同じことを繰り返している私は、小さな変化に敏感になっていた。
はじめは私の考えすぎかも知れない、と思っていたのだが、その変化は日に日に大きくなっていった。
今の私は、小説の執筆に全力を注いでいる。
誰かに何を言われようと、今の私の優先課題は小説を書き上げること。
これ以外のことは、眼中にない……つもりだったのだが……
そうもいかなくなってきた。
ある理由で、このループを早めに終わらせないといけない事態になってきたのだ。
* * * * * *
俺の名前は、|野崎隼人《のざきはやと》。
高校の文芸部に所属している。
俺には好きな子がいる。
前の席に座っている、|鴻上凜香《こうがみりんか》さんだ。
彼女は、あまり社交的ではなく、休み時間はたいてい一人で本を読んでいる。
文芸部の俺としては、これだけ本が好きならぜひ文芸部に入って欲しい、と思っているのだが、
凜香さんは授業が終わると、さっさと帰ってしまう。
いわゆる帰宅部だ。
はじめは彼女のことをあまり意識していなかったのだが、席替えで近くの席になってから、俺は凜香さんのことがどんどん気になってきた。
凜香さんと仲良くなって、いろいろな本について語り合いたい。
思いを募らせた俺は、凜香さんに告白することを決意した。
決行日は7月7日。
その日の帰りに俺は彼女に告白する。そう決めた。
毎日、凜香さんの顔を見るだけでドキドキしてしまう。
俺はこの子に告白するんだ。
そう決心したことで、ますます凜香さんが魅力的に見えてきた。
そうこうしているうちに、7月7日を迎えてしまった。
帰りに声を掛けよう。
そう決めていたはず……だったが、俺は小心者だった。
凜香さんはさっさと帰ってしまい、気が付くと、俺は教室に一人残っていた。
なんてこった……
告白するって決めていたのに……
また別の日でもいいか、とも思ったが、
この日のために、と意識して過ごしてきただけあって、
できなかったから別の日に、とは簡単に割り切れない気持ちになっていた。
もう一度、7月7日をやり直すことができたのなら……
そんなことをぼんやり考えていたら、目の前の光景がぐるぐる回り始めた。
何が起きたのか、俺にはまったく理解できなかった。
教室の様子が、少し変わったような気がした。
が、俺は気にせず、文芸部の部室に向かった。
部室のカレンダーを見て、俺は衝撃の事実を知る。
時が2週間前に戻っている!
2週間前、それは凜香さんに告白しようと決めた日だ。
その日の自分に戻っていたのだ。
タイムリープ?
そんなファンタジーなことが現実世界で起きるのだろうか?
本の読み過ぎで、俺はおかしくなってしまったのだろうか?
しかし、これは夢でも幻でもなかった。
この事態を受け入れざるを得なかった。
それならそれで覚悟して、もう一度、2週間を過ごそう。
そして、7月7日に凜香さんに告白しよう。
そう決意した。
2度目の7月7日がやってきた。
前回のような失敗はしない。
授業が終わり、帰ろうとする凜香さんに声をかけた。
不思議そうに俺を見る彼女。
正面からじっと凜香さんに見つめられた。
ドキドキする……
俺は頭が真っ白に、そして、顔は真っ赤になった。
完全にフリーズしてしまった。
二人の間に沈黙が流れる。
やがて、凜香さんはこう言った。
「……じゃあ、私、帰るね……」
何も言えなかった。
帰っていく凜香さんを、俺は呆然と見送っていた。
またしても、告白することができなかった。
念願通り、2回目の7月7日を迎えることができたというのに……
自分の無力さに、がっかりしてしまった。
辺りの光景がぐるぐる回り始める。
あの時と同じだ!
もしかしたら……
そう思って日付を確認する。
やはり、そうだ。
時が2週間前に戻っている!
運命は再び、チャンスをくれたのだ。
次こそは、絶対に失敗してはいけない。
3度目の7月7日がやってきた。
帰ろうとする凜香さんを呼び止める。
教室には誰もいない。
チャンス!
心臓が高鳴る。ちゃんと言わないと……
「隼人くん、どうしたの?」
「……凜香さん、あの……」
凜香さんは何のことだかさっぱり分からない、そんな顔をしている。
震えながらも、俺は何とか声を出すことができた。
「凜香さんのことが好きです。俺と付き合ってください」
言えた! ついに言えたぞ!
凜香さんは目をぱちぱちさせ、かなりの動揺を見せていた。
しかし、運命は非情であった。
「ごめんなさい。今、そういうこと考えられないんだ。ごめんね……」
そう言って、凜香さんは走って帰ってしまった。
フラれた……
世界が真っ暗になり、ぐるぐると回り始める。
運命は俺を弄んでいるのだろうか。
またしても、俺は2週間前に戻された。
4度目のチャレンジをするべきだろうか……
しかし、凜香さんの返事はすでに聞いてしまっている。
答えは決まってしまっている。
叶わぬ恋として諦めるべきだろう。
だが、凜香さんを見るたびに、俺の思いはますます強くなってしまう。
いきなり告白したのがまずかったのかも知れない。
日頃からいろいろ話しかけて凜香さんと仲良くなって、それから告白してみよう。
運命は変えられるのかも知れない。
ゲームだって、たくさん話しかけて好感度を上げていくではないか。
面識がない人からいきなり告白されたら、誰だってびっくりする。
そう考えた俺は、学校生活の中でなるべく凜香さんに話しかけるようにした。
「次の時間、美術だよね?」
「今日提出する課題って、何だったっけ?」
こんな感じで俺は勇気を出して、何かしらの言葉を凜香さんに積極的にかけるようにした。
凜香さんはそのたびに、驚いたような顔を見せる。
そんなこんなで、幾度目かの7月7日を迎えた。
前よりは凜香さんと仲良くなれたはず。
少しは自信があった。
しかし、緊張していないといえば嘘になる。
ドキドキしながら、運命の放課後を迎える。
帰りのホームルームが終わる。
いよいよ告白。しかし……
彼女はホームルームが終わった途端、
ものすごい勢いで教室から走って出て、帰ってしまった……
告白すら、させてもらえない……
いったい、何のために時を戻されたんだ……
運命に弄ばれるとは、こういうことなのか。
フラれるのも辛いが、この仕打ちはもっと辛い。
何のための2週間だったのだろう……
生きる気力をなくしそう。
しかし、運命は待ってくれない。
辺りの景色が、またしてもぐるぐると回り始めた……
やめろ!
こんなループは地獄だ!
やめてくれ!
そう念じてみた。
しかし、それは何の意味もなかった。
凜香さんへの告白を決意した瞬間に、また戻されていたのだった。
もう告白なんてしない。
何度も何度も自分に言い聞かせる。
けれども、凜香さんを見てしまうとやっぱり好きだという思いは強くなっていく。
凜香さんを見なければいいのかも知れない。
しかし、彼女は俺の前の席。
嫌でも視界に入ってしまう。
凜香さんのことが、どうしても気になってしまう……
学校生活はループしている2週間、毎日同じような展開になる。
授業中、寝ていても大丈夫。
先生がどのタイミングでどんな問題を出し、誰を当てるのか、嫌でも全部覚えてしまっていたからだ。
ただ、ループを繰り返すうち、毎日の学校生活の中で少しずつ変化しているものに気が付いた。
鴻上凜香さんだ。
彼女だけが、ループする世界の中で、毎回、微妙に行動を変えている。
その変化は日に日に大きくなっていった。
クラスメイト、いや、世の中の誰もが、俺がタイムリープしていることに気づいていないはず。
しかし、凜香さんはどうだろう?
彼女は、俺がタイムリープしていることに気づいているのではないか?
俺が7月7日に告白してくることを、彼女は知っているのではないか?
そう考えると、前回、逃げられた件も納得がいく。
もし、気づいているのであれば、これはもう脈がないと思って諦めた方がよいのかも知れない。
そう自分に言い聞かせ、俺は空虚な2週間を送った。
心なしか、凜香さんはこちらをよく見るようになった気がする。
俺に気があるのだろうか。
いやいや、そうであれば告白から逃げたりしないだろう。
俺が自意識過剰になっているだけかも知れない。
調子に乗ってここでまた告白すれば、傷つくのは目に見えている。
気持ちを押し殺して、俺は2週間が過ぎるのをひたすら待った。
7月7日の放課後、俺は何も行動を起こさなかった。
俺は告白しなかった。
俺の思い過ごしだろうか。
凜香さんは、俺の方を気にしながら帰っていった気がする。
俺が告白してこないのが不思議に思えたのだろうか? いや、そんなはずは……
と考えているうちに、世界が回り始めた。
またか……
俺は2週間前に戻された。
いったいどうすれば、このループから抜け出せるのだろう。
気が狂いそう……
* * * * * *
「凜香~? どうしたの? なんか元気ないね」
急にクラスメイトから話しかけられて、私は正気に戻った。
何度も時を戻して、タイムリープものの小説を書いているものの、
しっくりくる作品を書き上げることはできていなかった。
あと何回、時を戻せるのだろうか?
いつか、能力に限界がきて、戻せなくなる時がくるのだろうか?
そして、それ以上に私を悩ませる要素があった。
後ろの席に座っている、野崎隼人くんのことだ。
ループする世界で彼だけが毎回、別の行動を取る。それが不思議だった。
それだけならいいのだが、彼がだんだん、私に好意を寄せてくるのだ。
好かれるということ自体は悪い気はしないけれども、
異性と付き合いたいとか、今はそんなことは考えられなかった。
あと、こんなことを言っては失礼かも知れないが、
隼人くんは私のタイプではない。
ループする世界で、彼だけが記憶を維持しているように思えた。
なぜって、彼が告白してくる日に、私は急いで帰って逃げることに成功したのに、
次の世界では、隼人くんはその前日に告白してきたことがあったのだ。
私が逃げることを知っている?
これは、彼も記憶が連続しているという証拠かも知れない。
ループするたびに罪悪感が積み重なっていく。
そろそろ作品を完成させて、このループを終わらせないと。
私は小説を書き上げることと、彼の思いから逃げること、
この2つの課題に取り組むこととなった。
そしてついに、私は作品を書き上げた。
題名はこうだ。
『ループな小説家のループな苦悩』
私のこれまでの取組そのものを、作品にしてみた。
タイムリープの能力を持った女子高生作家が、何度も作品を書き直そうと時を戻し続ける。
繰り返される世界の中で、後ろの席の男の子から好意を寄せられてしまう。
時間を巻き戻して何度もやり直せば、いつかは自分の思い通りの未来になるはず。
私も隼人くんも、そう考えている。
しかし、私は隼人くんと付き合いたいわけではない。
何度、時を戻しても、申し訳ないが私の意思は変わらない。
望みを叶えることは、他人にとっては迷惑になる場合もある。
はじめは時を戻して夢を叶えることが正義だと考えていたが、本当にそれは正しいことなのだろうかと、疑問に思い始める。
彼の望みが叶うことは、私にとっては幸せではない。
私の望みが叶うことは、彼にとっては幸せではない。
どちらか一方の望みしか叶わない。
そうであれば、あえて時を戻して運命を変えようとするのではなく、
与えられた運命に従って生きる方がよいように思えた。
運命は、自分の思い通りにはならないかも知れない。
けれども、それでいい。
叶わぬ夢があってもいい。
そう納得できた時、私はタイムリープすることをやめ、
自分の運命に向かい合って生きる決心がついた。
* * * * * *
というお話を書いてみた。
ちなみに、この物語に出てくる野崎隼人くんは、
私の後ろの席に座るイケメンである。
隼人くんは文芸部に所属している。
なので、私も文芸部に入ろうかな、と思ったこともある。
本文ではタイプではない、なんて書いていたけど、本心を言えば、私のタイプだったりする。
つまり、私の本心は、作品に書いたこととは真逆。
私は作品を書き直すために、何度もタイムリープをしてきた。
そのたびに、後ろの席の隼人くんと仲良くなりたいな、そんな願望を募らせていた。
ループする度に、私はだんだん隼人くんのことが気になっていったのだ。
だが、運命は非情だった。
隼人くんは、私には何の興味もないようだった。
それとなく、私は隼人くんに気のある素振りも続けてみた。
しかし、何度ループしてみても隼人くんの気を引くことはできなかった。
だんだん、ループするのが辛くなってきた。
努力では変えられない運命の厳しさを、まざまざと見せつけられた気がした。
そこで私は、自分の小説に隼人くんを登場させた。
隼人くんは私のことが好き、という設定で。
運命は変えられない。
けれど、創作の世界の中では、作者である私は運命を自由自在に変えることができる。
私がタイムリープをするたびに、隼人くんは私に告白しようと迫ってくる。
私はそのたびに、彼の告白から逃げる。
そんな都合の良い話にしてみた。
どうせ書くなら、私と隼人くんが付き合うような結末にすればいいのでは?
と考えたこともあった。
しかし、勇気が出なかった。
この作品がクラスメイトの誰かに読まれるかも知れない。
そんなことを考えてしまう。
名前を変えて書けば問題ないとは思う。
しかし、勘のいい子は気づくかも知れない。
私には本心を隠すくせがある。
この作品は自分を主人公にしているにも関わらず、自分の気持ちに正直になれていない……
書き上げてから、だんだん不安になってきた。
隼人くんがこれを読んだらどう思うだろう。
あるいは、隼人くんのファンの子が読んだらどう思うだろう。
名前を変えても、分かってしまうかな?
もう時は戻さない。
運命を受け入れる決意をした。
そういう結末の作品を書いておきながら、私のやっていることって……
私自身は、自分の運命を本当に受け入れているのだろうか?
私自身は、自分の気持ちに正直になっているのだろうか?
小説の中の「私」ではなく、これを書いている「私」が自分の運命を受け入れないと……
私は念じた。
「時よ戻れ!」
* * * * * *
「|恵美《えみ》、書いた作品、読ませて!」
|涼介《りょうすけ》は、恵美の部屋に入ってきた。
恵美と涼介は幼馴染で、家も近い。
気軽にお互いの家に遊びに行く仲だ。
恵美は、にこりと笑って涼介に聞く。
「ねえ、|鴻上凜香《こうがみりんか》って子、覚えてる? 小学校の時、同じクラスだった子」
「……覚えてないな」
恵美は、小学校の卒業アルバムを持ってきて、涼介に見せる。
「あぁ、思い出した……この子か。大人しくて、あまり話さなかったからな」
「あのね、凜香ちゃん、私と同じ高校に入学してきたの」
恵美は小学校時代の凜香のエピソードを語り始めた。
「小6の国語で、物語をつくろう、みたいな授業があって、凜香ちゃんが書いたお話がすっごくおもしろかったんだよね。時間を戻していろんなことをやり直すの。だけどね、結局はうまくいかなくて、元のままが一番いい、みたいなお話だったんだよね。その話を、今でも覚えているんだ~」
「そんな授業、あったような気もする。俺はあんまり覚えてないけど……」
「でね、私、考えたの。凜香ちゃんは、その後、本当にタイムリープの能力を身につける。そして、その能力を使って小説を書くの。時間を戻せるって、人が聞いたら羨ましいって思いそうな能力だけど、本人はその能力のせいで苦悩するの。そんなお話を考えてみたの。で、頑張って私も小説を書いてみたんだ! はい、これ」
涼介は、プリンタで印刷された何枚もの原稿を恵美から受け取った。
題名は『ループな小説家のループな苦悩』となっている。
涼介は座り、恵美の作品を黙々と読み始めた。
読み終わると涼介は恵美に原稿を返し、感想を述べた。
「恵美、おもしろかったよ。でさ、結局、隼人は凜香のこと、好きだったの? それとも、それは凜香の妄想? あと、凜香は隼人のこと、避けてるの? それとも好きなの? どっちが本心?」
「あは、そこは気になるよね。小説の中での思いと、現実の二人の思い。涼介はどっちが知りたい?」
「う~ん、頭が混乱してきた。まあ、どっちも知りたい」
「ふふふ……人の心の中は、いつだってミステリー。答えを語るのは無粋かもね」
「え~?! なんだよ、それ!」
* * * * * *
「凜香ちゃん、何ニヤニヤしているの?」
クラスメイトから声を掛けられて、私は我に返る。
自分が書き直した小説のことを思い出していたのだ。
小学校時代の憧れの子、恵美ちゃんと同じ高校に入ったのはいいものの、なかなか接点がなかった。
恵美ちゃんと友達になりたい、そう思っていたが、現実は厳しかった。
恵美ちゃんが私のことを詳しく覚えてくれていて、
私のことをちゃんと分かってくれていたらいいな……
そんな妄想を抱いていた。
そこで私は、自分の小説に恵美ちゃんを登場させてみた。
恵美ちゃんが私のことを覚えていて、私からヒントを得て物語を書いた。
そんな設定の物語にしてみた。
今回は、なんだかしっくりきたような気がする。
どうしてだろう?
今まで散々、何をどう書いてもしっくりこなくて時を戻してやり直してきたのに……
私のやりたいこと、伝えたいことって、何だったんだろう。
これでいい! と決めることができず、何度もやり直す。
それが私だったはず。
ループをテーマにすることで、私は自分の弱さを表現したかったのかも知れない。
私の隠れた願いとは何だったのか。
恵美ちゃんに認められる世界を創りたかったのかも知れない。
隼人くんに好かれる世界を創りたかったのかも知れない。
その思いを、正直に作品に書いてみた。
現実世界ではそうでなくてもいい。
私の作り出した世界の中で、そうなっていればいい。
だって、これは小説なんだもの。
私自身は運命には抗えなくても、小説の中の登場人物は運命に抗える。
小説を書く。それは、小さな世界を創造することと同じ。
私にはもう、作品を書き直そうという気持ちはなくなっていた。
試しに、私は念じてみた。
「時よ戻れ!」
しかし、《《時は戻らなかった》》。
私が時を戻せるのは、結果が分からない時だけ。
時を戻せなくなったということは、
それは、何かの結果が分かった、ということ。
長い書き直し生活も、これで終わりとなった。
やり直してばっかりの私だけど、
そんな私をそのまま受け入れることができる私になりたい。
* * * * * *
小説を投稿し、パソコンを閉じる。
そして、窓を開けて夜空を見上げた。
今日は7月7日。七夕だ。
夜空には、ベガとアルタイルが光っている。
織姫と彦星だ。
「私が時を戻してばっかりだったから、
織姫と彦星、なかなか会えなかったかもね……」
部屋に吊るしていた短冊が夜風に揺れる。
小学6年の時に書いたものだ。
短冊には、こう書いていた。
[小説家になれますように]
明日、文芸部に入部してみようかな。
再び、夜空を見上げる。
織姫と彦星は、静かに私を見つめていた。
< 了 >
執筆の狙い
1万5000字のローファンタジー。「時よ戻れ!」と念じると、時を戻せることがある女の子の物語。能力には制限があり、知りたい結果が分かってしまうと時は戻せなくなる。主人公は、この能力をどう使うか悩み、まずは希望する高校への進学を果たす。次に、主人公はこの能力を使って自分が納得の行く小説を書こうと決意したが、書いても書いても納得の行く作品を書くことができず、時を戻し続けることに。
ループの果てに気づいた主人公の本心とは?
「作家でごはん」2週間毎に投稿し続けて、今作で10作品目となりました。