作家でごはん!鍛練場
アスフェリカル

日常的に、ボクはコント作家

ボクの近くには親身になってくれる者がいて、何かと心配してくれる。
その一つがボクの職業だ。
「コント作家って成立するの?」
ボクは表情を変えない。不躾な質問にも慣れっこだ。
ボクは「大きなお世話だよ」って笑って答える。
無駄な忠告だと思い手を引くはずだ。
でもこのお節介は気にも留めない。
「よく考えたほうがいい。コントを書いて生活なんてできやしないぞ」
言われなくてもわかっている。二足の草鞋を履くのは当然だ。
「どうだろう、いっそ記者にでもなったら」
予想外な提案に彼の顔を見る。
ボクはテーブルの上のアイスコーヒーに手を伸ばす。一口飲んで尋ねる。
「どういうこと」
お節介はボクの本棚を見回す。宮藤勘九郎、三谷幸喜、岡田斗司夫、シェークスピア、古典落語の本などの書籍が並んでいる。
「落語はいいな。あとは知らないのばかりだな」
心配そうな顔をして言う。
「面白いネタをたくさん使って書いた方が文章修行になる。記事を書いて修行だ」
これがお節介の忠告だ。
ボクの常識とはずいぶん違う。
だから反論する。
「記者って普通は取材するものだろ。いつからネタを書くようになったんだ」
今度はお節介の目が点になる。ただでさえ小さい目なのに奥目になってしまった。
「暑い日はクーラーが効いている部屋で、寒い日は家の炬燵でミカンでも食べながら書いてればいいんだ」
力説するものだから本当かと思ってしまう。
「取材しないで書く記事を炬燵記事っていうんだぞ。前に教えたはずだ」
お節介が付け加えた。
初耳だ。こんなことさえ知らないでコント作家になれるだろうか。ちょっと不安だ。今度記者に取材してみよう。
「新聞記事って政治から経済まで娯楽記事ですか」
それはさておき、このお節介に悪気はない。彼は同じ両親から生まれた歳の離れた兄だ。離れすぎていて年老いた親のかわりに心配してくれている。
これまでも色々と教えてくれた。汚染情報を見極めること。希望を記事にした願望情報やまったく出鱈目の捏造情報などがいくらでもあること。判断を間違えると怖い目に遭う。都で暮らすのなら肝に銘じておけということだ。
上京するときには必ずボクのところにやってきて近況を見る。
お節介の言うことによると、ボクは暇そうなのだ。
ボクは少し反省した。誤解させてしまった。
本当は暇をもてあましているようなフリをしているだけなのだ。
フリが上手いのも考えものだ。要らぬ心配までかけている。
そこでボクは「売れっ子の」を頭につけることにした。
 「ボクは、『売れっ子のコント作家』です」
これならば大丈夫だと思った。
「売れっ子の」とつけとけば仕事をしていると思ってくれるだろう。
ぼーっとして暇そうに見えても『売れっ子』なんだから余裕だなって思ってくれる。
しかし、甘かった。
お節介は呆れ顔だ。
世の中には捻くれ者が多い。
お節介がそうだとは言わないが、素直に言葉を受けとらない。
あれこれ邪推に走る。
無理してるなとか、厚かましいとか、変わった奴だとかもつけ加える。
そんな反応が返ってくる。
もっと予想外のことがある。
世の中には冗談もコントも、笑いさえも要らないっていう人たちがいて。
それもたくさんいて。
ほんとにせち辛いぜ。
お節介と言っても血を分けた兄だ。少しは後押しをしてくれることになった。
あれこれあって編集者とうちあわせの日がやってきた。
作品の評価を聞かせてくれる手筈になっている。この日の編集者はお節介の紹介だ。兄に渡したUSBメモリーにはコントやら喜劇の脚本やらプロットまで入っていた。兄の知り合いに編集者がいて、大学時代の同級生という、そのつてで会うことになった。これも人の縁だ。大事にするに越したことはない。
二ヶ月ほどして出版エージェンシーに電話することになった。待っていたとはいえ時間が空きすぎた。それに記憶に残っていたのが兄の一言だ。
「紹介しておいてこんなことを言うのはどうかと思うが編集者には変わり者が多い。あの同級生と馬が合うということだから」
珍しく言い訳めいていた。はっきりしないもの言いが不安をおぼえさせた。
それで番号を押し終える前にボクは携帯をおいた。ためらいが三、四日続いてしまった。
しかし、縁があったのだろう。出版エージェンシーのほうから電話してきた。ちょっと意外だった。電話をかけてきたのは女性だった。女性編集者とコントが意外で一瞬とまどった。
秘書ですと説明を受けて納得。いわゆるおんな言葉で話し、電話の向こうに微笑みが見えるような話しぶりだ。日本語が綺麗に聞こえてくる。
指定してきた待ち合わせの場所がかわっていた。
会社ではなくて会員制の喫茶店だと言われた。
それも喫煙者専用ということだった。
「お煙草は大丈夫ですか。パスコはお持ちですか」
考える前に「大丈夫です」と答えていた。
その瞬間ツーンとタバコの香りが鼻をつく。
禁煙無理強いのご時世に喫煙者専用とは嬉しかった。
朧げながら人物像が浮かんでくる。
ボクはいそいそと出かけて行った。
その店は繁華街の端の方にあった。地下への入り口は会員制とだけ書いてある。
店の名前が「会員制」だった。初めからつまずき気味だ。
入り口にはタバコパスポートでの認証装置があった。冗談かと思った。
「会員制」という名前の会員制の店だった。
階段を降りていくと入り口は楼門をおもわせるような作りだった。
小柄な店員さんに名前を告げる。店員さんの後をついていく。店内はとてもゆったりしている。いろんな種類のタバコの匂いが入り混じって漂っている。
演奏でも行われるのか、階段一段ほどの高さの演台がある。
その前の席にその人はいた。
服装がなにやら派手だ。背広のような仕立てを着ていたが襟が大きめだ。その色あいも言葉にしにくい。服装は芸人さながらだ。頭髪は六四でわけている。短躯で丸っこい人だ。
年齢はと言うとよくわからなかった。年齢不詳というやつだ。
タバコのヤニが似合っているかというと、そうでもなさそうに見える。
とりあえず名刺をいただく。
「本木 信」と書いてあった。
「モトキさんとお呼びして正しいですか」
「ホンキです」と答えられてしまった。
人の名前を間違えるのはきまりが悪い。河野、吉川、羽生、この三人は間違えて当たり前だ。
つい眉間に皺がよってしまった。
「本木」は本当に「ホンキ」と呼ぶのだろうか。
彼がニマーと笑う。
からかわれたかなって思う。
ボクの困った様子を見て彼は言った。
「苗字の漢字は難しいよね。マツシメさん。シダワラさん、ハチュウダさん」
聞いたことがない名字ばかりだ。漢字はいっこうに思い浮かばなかった。
本木さんは注文を取りに来た男性店員の名札を指差した。
「こちらの店員さんだけど、どう?」
ボクはかぶりをふる。
「はい、僕マツシメ=松七五三です」
その人は事務的だがさわやかに答えてくれた。接客業にはやや不向きかと思える風貌だ。
「さて、これ筆名だよね」
本木さんはボクの渡した名刺を見て言う。はいとうなずく。
「ルビふっといたほうがいいよ。『文目』で『あやのめ』と簡単にはね、読めないよ」
ただうなずくばかりだ。
「目の一文字とって「文一興」、「あやのめかずおき」でなくて「ぶんいっきょう」がいいよ。その方が覚えやすい」
音読みの名前か、と思いつつ、曖昧にうなずく。
この日本木さんはボクの名付け親になった。
「それにしてもブンさん、案外奥ゆかしいね」
どこがだろう。初対面の印象だろうか。
「ついこの間『流行作家のコント作家』って名刺を渡されたよ」
上手がいたもんだ。ボクはまだまだだ。
「ところでブンさんは、どんなお笑いやりたいの」
コントはお笑いかって思ったけど、口にはしなかった。
こういうときには、できないなんて言葉は使わない。
「ご注文に応じてなんでもです」
なんとかなるさと居直ってきっぱり答える。
「その心意気だよ。厳しい生業だよ。二足の草鞋を履いてるかい」
「はい。もちろん三足履いてます」
「それで結構。上手くやっていこう。見る人の好みもあるけど、古いのを知っておくといいよ」
「とおっしゃいますと」
「特許権を調べるのと同じだよ」
ますますわからない。本木さんは笑みを浮かべて言う。
「新しい何かを発明しようとする。ところがすでに発明済み。それを知らずに研究を続ける。どうなる?」
「時間の無駄です」
ボクは答える。
「どう、わかった?」
ボクは曖昧にうなずく。ボクにはかまわず本木さんは話を続ける。
「ゴンタ55号、イカレー屋チョイ助とトーフターズ。どう、知ってる?」
アイドル系の名前ではないなと思った。
「いえ、不勉強です」
「恥じハジメとクレージーだギャオーはどう?」
「初耳です」
「ネバネバ90分、オット驚けダメ五郎は」
ボクはかぶりをふった。ネバネバを90分もやるのか。どうなるのだろう。頭をかしげた。
「なら、おれたちビョウ菌族はどう」
うつむいてしまった。
本木さんは叫んだ。
「マンガが脱線してとんぷくトリオ!」
何の話だろう。全く分からなかった。
これは世代間落差だ。ジェネレーションギャップだ。こんなにひどいとは呆れてしまった。
周囲の景色までもがちがって見えた。まるで時の迷子になった気分だ。この会員制喫茶店、入口が竜宮城の門をおもわせる形状をしていた。時間がズレたのか。店員はまともな制服を着ていた。ズレているのは、本木さんだ、きっと。
本木さんは笑いながら言う。
「まあ、気にすることはないよ、YouTubeなんかで見たらダメだよ」
「なぜですか」
「面白く感じないから。前世紀の遺物だね。古いのを見たってこんなのが面白かったのかって思うくらいさ」
と言いつつ懐かしがっているようにも見えた。
ボクは首を傾げた。
「古いのを知るといいよ」と言いながら「見るな」と言う。
ちょっとアブナイ人かもしれない。ボクは警戒した。
「ところで、文さんはどんな作家が好き?」
きたぞ。やはり聞かれると思った。
自分の本棚の本をじろじろ見られるようだ。
「宮藤官九郎」
「九官鳥、誰、それ?」
「下妻物語、最高です」
「次は?」
「三谷幸喜。有頂点ホテル」
「漢字の点が間違えてるよ。まあ、面白さは人それぞれだからね」
本木さんのおっしゃる通り。笑いのツボは人によって違っている。だから難しい。
がっかりはしていない。今度はボクから一歩前に出た。
「ご教授ください」
 本木さんは一旦目をつむった。
どんな作家が出るか。
ボクは息を止めて待った。
「別役実」
ワッ、伝説の不条理劇作家だ。散文も際立った書き手の劇作家だぞ。
「小林信彦」
わかる、わかる。
「土屋賢二」
誰だそれ。
「つかこうへい」
もっと生きてほしかった。
「三遊亭円朝」
落語の神様だ。
ボクは思わず椅子から飛び上がった。
コント作家はすべからく落語家の心を持つべしが座右の銘だ。
つぼを押さえた指摘だ。
首根っこも抑えられたのも同然だ。
コキコキ首が鳴る。
もうだめだ。
本木さんはアブナイ人じゃない。
これからは本木さんの指導に従おう。
大きく息を吸って、吐いてボクは正気にもどった。
正気に帰ったボクに本木さんは尋ねた。
「役者は誰が好き」
「大根役者」
まだ正気じゃなかった。
かくしてボクは本木さんの軍門にくだった。

「文さん、僕はね、若い頃落語家志望だったのよ」
本木さんはコーヒーカップを戻して話しだした。
なるほどそれで圓朝の名前がでたわけだ。
「『まるっきりの馬鹿じゃなれない。利口なやつはなっから選ばない』職業ですね」
「わかってるね。志ん朝のマクラだね」
 古今亭志ん朝の落語は聞き込んでいる。
「ボクは若い頃せっかちでね。せっかちは落語家には向かないね」
「どうしてですか」
「噺のオチまで長々と喋るのがね、まだるっこくて、すぐ落ちるんだ」
本木さんはガハハと笑ったが、ボクはグッと我慢した。腹筋が引き攣った。
「文さんは、笑わないコント作家なんだね」
グサッと突き刺さる言葉だ。一寸先はイヤミだ。 
「文さんね、生真面目もいいけど肩の力を抜いて生きなくちゃ」
「いい物書けませんかね」
「いやね、コントやコメディを書く作家にはちっとも笑わない人がいてね、文さんもそうなの?」
「いや、とくに笑わないってことはないですけど」 
「じゃ書いてるときに笑ってる?」 
これまた痛いところをついてくる。
「ええ、もちろん。クスクスって」
「笑わせるためにしかめ面で書いてる作家もいて、ボクは好きだね、そういうのって」
「そうですよね!」
思わず勢いよく答えてしまった。
「ほらやっぱり。がっくりくることないよ。そんなもんだって」
ボクは冷えてしまったコーヒーを少しすすった。
本木さんは一息つこうと上着のポケットから煙草入れを出した。
喫煙者専用だというので室内にはいろんな香りが漂っていた。
濃厚なパイプタバコの香りもしていた。
客たちはゆったりと気兼ねなく吸っていた。
これで寝っ転がってぷかぷかふせば阿片窟ならぬ煙草窟だ。
ボクは灰皿を本木さんの前に置き直した。
「見たことある? インドの安物だけどね」
煙草入れから取り出したのは紙巻煙草ではなかった。
タバコを巻くのに紙でなく枯れ葉で巻いたとしか見えない。小さなしろものだ。
「どうこの香り」
差しだされた一本を受けとって鼻先に持っていく。なるほど素朴な香りだ。ボクは遠慮なく言ってしまった。
「まるで稲藁を燃やしたような匂いですね」
「そこが良いんだ。香りで田舎にトリップできる」
お手軽だと思った。
本木さんはタバコ専用のマッチを擦ってくれた。ライターでつけると味が落ちるらしい。
よく乾いた葉っぱの燃える匂いは悪くない。
刈り取り後の野焼きの原っぱに紛れ込んだようだ。
本木さんはと見るとなにやら目つきがおかしい。
吸い終えると別のを取り出した。今度は皮のケースからとりだした。鼻先にもっていく。まるで葉巻のように大切にしている。
どうやら秘蔵の一本のようだ。
顔をゆっくり左右に動かして二度三度香りを嗅ぐ。
「これはエジプト物だよ。年代物だ」
火をつけて味わうのかと思いきや、息を深く吸い込み香りを嗅ぐ。
「この香りエキゾチック! エキゾチック! エキゾチックだ!」
しだいにうっとりとした表情になっていく。
顔が紅潮していく。火をつけた。それまで嗅いだことない香りが店内に広がる。他のタバコの香りが本木さんの一本で消されていった。
本木さんはフラフラと立ち上がり演台にあがる。
「ああ、ひとたび嗅げば灼熱のサハラにフライング。アラビアのロレンス!」
両手を広げてその格好のまま床に突っ伏してしまった。本木さんは床でピクピクしている。砂漠に墜落したハイイロアシカだ。
変なものを見ている。今日は厄日かもしれない。
他の客たちはと見ると自分のタバコに恍惚となっていた。
要するにここはそういうところだ。
ボクは知らぬ間に魔窟に紛れ込んでしまったようだ。
「それにしてもエジプト物の強烈さよ」
本木さんはあえぎながら砂漠の砂の中から這い出してきた。
ボクの腕をつかむと言った。
「文さん踊ろうよ。ささ、おにぎやか!」
呼びかけに応じて他の客席から声があがる。
「おにぎやか!」
「お静かに」は聞いたことがあるが、「にぎやかに」を「おにぎやかに」とは。初めて耳にする言葉遣いだ。新鮮な響きだ。ボクも口にしてみた。
「おにぎやか!」
腹の底から力が出てくるようだ。
パチパチと拍手が起こり、本木さんは席から立って演台にあがる。
クルリと右にターン、左にターン。両手を広げてぴたりとポーズを決める。
「始まりましたね」
松七五三と名乗った店員がそばに立っていた。
彼の手には大きな算盤がにぎられている。
止めるのかと思ったらニコニコ笑って見ている。
ボクの表情を見て説明した。
「本木さんの煙草酔いです」
「煙草酔い!」
思わず反復してしまう。
「程度の差はありますが、お客様は皆さんそうですよ」
さらっと言う。ボクは客たちをさりげなく見回す。ほとんどは男の客だ。みんな同類ということか。
「みんな踊るの?」
「いろいろです」
 本木さんは腰を右に回せば膝を左にと体をツイストして踊り出した。
その動作を見てさっと算盤を渡す。渡すタイミングと受け取る間合いがぴったりだ。
本木さんは算盤を右手でかき鳴らす。
客の視線が彼に注がれている。
〈あなたのお名前なんてえの〉
〈ホンキのマコトと申します〉
〈今日はどこからきたのと問うたなら〉
〈チョイト遠いあの世から〉
〈遠いところからご苦労さん。何をなさってる方と問うたなら〉
〈出版エージェントやってます〉
見ていた客の一人がタッタッタと六方を踏んで割って入ってきた。歌舞伎かぶれか。六方の所作が玄人はだしだ。
細いが大柄の彼は本木さんを羽交い締めにした。
「ええい、演台を汚す大道芸人が」
ドスのきいた声だ。客の顔は赤くて目が血走っていた。
本木さんが叫んだ。
「止めてくれるな、おっかさん」
すると客は女の声になる。女形か。
「不憫な子よ」
「男ならやらねばならぬときがある」
「どうしてもというなら、この母を足蹴にして行きなさい」
「止めないでチョーよ」
「はいそこまで」
店員の水が入った。
本木さんが叫んだ。
「ガチョーン」
ボクは呆気にとられた。
でも店内に大笑いしている人がたくさんいる。受けている。
この場の脈絡がちっともわからない。
ボクだけ残してバスが発車した。ひとり乗り損ねてしまった気分だ。
ほんとにいつなんどき何がふりかかってくるかわからない。
自分に起きるとは思ってもみなかった。
しばらくすると不思議なことに面白くないことが、なんだか面白くなってきた。
「わかんなくたっていいや」って笑ったのは生まれて初めてだ。
転生したってこうは行かない。異次元だ。
混乱しているボクに店員はしれっと言った。
「大人の戯れです。いつものことです」
ボクの耳には「大人のたわけども」に聞こえた。
不条理というより出鱈目の方がピッタリだ。
この煙草窟に来て出鱈目ぶりがちょっぴり好きになりそう。
出鱈目も良いじゃないか。

「ああ、これですっきりした」
本木さんは首をコキコキ、肩をぐるぐる回しリラックスしている。きょとんとしているボクに声を掛ける。
「さあ始めようか、文さん」
ボクはなんとか平静を保って言う。
「ボク、もうお腹いっぱいですよ」
本木さんはボクの返事を気に入ったのかニコニコ笑う。
今日はもう終わったと思った。何のために来たのか目的をすっかり忘れていたのだ。
「なんのなんの、二の膳はこれからだよ」
そう言うと席を離れた。今まではウォーミングアップだったみたいだ。
後ろ姿を見送るボクの脳裏に、お節介の言葉がよぎる。
変わり者が多いのはどうも本当らしい。
気遣いはあるけど忖度はなし。立ち振る舞いは奇矯だけど、どこか引かれてしまう。きっとつまんない秩序は身にまとわない。辻つま合わせなんてしない。そんな人なのだろう。
すっかりのまれてしまっているボクに、本木さんは先ほどの店員を連れてやってきた。
「こちらは、従業員のマツシメ君だ」
「僕松七五三です」
これも予想外だ。
「先ほどはどうも」
どうして紹介されたのかわからないままに挨拶を返した。
「彼は役者の卵なんだ」
何歳くらいだろう。君と呼ぶのは失礼かもしれない。
「卵」というより角張っていてなんとなくカエルを思わせる風貌だ。
愛嬌のようなものもあっておかしみがにじみ出ている。
目指すところはわからないが、役者としては得難い風貌かも。
ご両親は良い仕事をした。
ボクはにこやかにこたえた。
「コント作家のアヤメノ、でなくてブンイッキョウです」
「僕、読みました。僕にやらせてください」
この人も唐突だ。でもそのせいで当初の目的を思い出せた。ボクの書いたものの評価はどうだったんだろう。
本木さんはニヤニヤ笑っている。ボクも愛想で笑う。
「松七五三君はなかなかの読み手でもあるんだ」
本木さんは説得力のある声で言う。
松七五三さんはにこやかに笑っている。
脚本を読むのも役者の仕事だ。読み込みができない役者にはなれない。
ボクも読み手が増えることは歓迎だ。
でも彼は何を読んだのだろう。
本木さんには長いのや短いのを含めていくつか渡してある。
いったいどの脚本のことかわからない。
状況が読めてないボクを置き去り気味に話が進む。
「あの裁判所を舞台にしたコントですよ」
松七五三さんは言う。
お調子もののボクは軽く答えてしまった。
「もちろんいいですよ」
二つ返事で答えたが後先を考えなかった。
時事コントは季節の野菜のように旬のものだ。
一週間も経てば古くなってしまう。
ときには他人の作品になってしまう。
「このつまんないコント、誰が書いたんだ、面白くない」
それが自分の書いた作だったりすることがあってもおかしくない。
書いた後はなるべく忘れるようにしている。
出来の悪いのは記憶から消したいのは人情だ。
しかし不出来の方が心に残る。損な性分だ。
裁判所を舞台にしたコントとはどれだろう。
場所を裁判所としたものはいくつか書いた記憶がある。
警察署や裁判所、病院はコントにも向いた場所だ。
松七五三さんは前のめりだ。
「あの役いいですよね。ああいうのをやってみたいんです」
演じたい役があるとは嬉しいことだ。一体どの役だろう。
褒められる場面もあったとなるともっと嬉しい。
尋ねたい気持ちをグッと抑えて笑みでこたえる。
「もしかしたら松七五三君にぴったりかも」
と本木さんまでも乗り気だ。
「意外性が良いですよ。白ブリーフ一つでケープをまとった裁判官なんて」
と松七五三さん。
それは変態だ。
コントや喜劇を描く人間は大概が常識人だ。
ボクも普通の常識しか持ち合わせてない。
白ブリーフにケープの裁判官なんて変態チックだ。
だからボクの思いついた案ではない。 
ちょっと残念なことに。
奇抜な設定は好きじゃない。人目を引くためならなんでもしますって言っているのと同じだ。不愉快になってきそうなところで、アッと思い出した。
白ブリーフ裁判官は実在だった。
白ブリーフ一枚の裸の写真をTwitterに載せていた。オマケに股間握りの写真だった。風貌はというと知性というより変態性が滲み出ていた。これで裁判官ですというのだ。悪戯だろう。騙されるものかとおもった。だが、裁判官検索にかけると名前が載っていた。
こいつはいただき。キャラが立っている。そのときはそう思った。
現実と虚構なら現実の方が可笑しいのが沢山いる。
わざわざ変態っぽい警官や変態チックな女医、変態的教授など考えるまでもない。
文章で表すより人を見た方がいい。一見に如ずだ.。
裁判官なのに変態性もろだしだ。
「権威をからかってますよね。設定がボク好きです」
松七五三さんは持ち上げてくれる。
本当は事実を虚構の中に拝借しただけだ。
褒められると白ブリーフの裁判官は実在だなんて言いだせなくなった。
ボクのしたことは、ちょっと誇張してケープをまとわせ法廷に立たせただけだ。
「ボクは弁護士が良かったな」
何を思ったのか本木さんまで話にのってきた。
「法廷ものっていいですよね。ドラマたっぷりで」
松七五三さんも肯定的だ。
本木さんは声を作って台詞を言う。
「『私は取り調べの異常性を問い質したい』この台詞言ってみたいな」
やや甲高くて声が店内によく通っている。発声の訓練でもしたことがあるのか。
真面目過ぎて自分が書いたとは信じられない。
「では、弁護人はのべてください」
松七五三さんが口調を変えた。角張った顔に低音で重々しい。白ブリーフ裁判官になりきっている。制服も脱いでしまっている。松七五三さんはわかっている。型から入る重要性を知っていて実行している。演台に立ってがらりと変わったのだ。
ただ声の調子に威厳のかけらもない。発音は口中に何かを含んだような声だ。これで通すのはかなり難しいぞ。そこが「からかっている」ところだろう。
「はい、裁判長。被告人は取調室で筆舌に尽くし難い扱いを受けました」
本木さんはわざと甲高い声で答える。
「なにを大袈裟な」
今度は野太い声が背後からどついてきた。
「検察官、不規則発言は控えて」
白ブリ裁判官が注意した。
いきなりの参入は本木さんを羽交締めにした人物だ。
「どうも羽中田です」
従業員にかえった松七五三さんが普通の声で紹介した。
「こちらハチュウダさん。常連さんです」
他のお客さんが拍手した。羽中田さんはやや腰を低くして挨拶をかえした。
ボクは会釈で応えた。
「また面白そうなことしてるじゃないですか。仲間に入れてください」
断られるはずがないと確信しているもの言いだ。
松七五三さんは笑みで返す。
「気心が知れた人だと呼吸が合うねえ」
本木さんは嬉しそうに言う。
ボクは黙ったままだった。
あいまいな態度は賛意ということで事は進んでゆく。
松七五三さんはすっかり白ブリ裁判官だ。
「弁護人は続けてください」
本木さんは受けて答える。
「わたくし弁護人は、被告人の無罪を主張するとともに取り調べの異常性を訴えたいと思います。被告人に証言をお許しください」
「被告人は前に出て証言台に」
本木さん、松七五三さん、羽中田氏の三人はボクを見る。
ボクも三人を交互に見る。
お笑い好きの本木さんに役者志望の松七五三さん、もう一人もどうやら芝居好き。
いや、すっかり弁護人、白ブリ裁判官、検察官だ。
登場人物になりきっている。役への切り替えにためらいがない。彼らのおかげで粗筋を思いだした。取調室での可視化のコントだ。自白が冤罪の証拠になってしまうことから思いついたものだ。
三人を見て少し合点がいった。ここには芝居好き、キャラクター好きの人たちが集まっている。
客の中から四人目が出てきてもおかしくない。
しかし、三人の視線はボクに刺さったままだ。
コント作家は出たがりだ。注目を浴びたい。でも衆目に晒されるのはちょっと恥ずかしい。
でも今やらなきゃいつやるんだ。引きこもり気味では前途が開けない。
そこでボクは覚悟した。
「出番ですね」
そう言って演台に向かう。三人揃って拍手する。なんかやる気が出る。
自分が書いたのだからやっていくうちに思い出すだろう。
「筆舌に尽くし難い扱い」とは何か。
小難しいのは苦手だ。
いたって簡単にボクは答えた。
「取り調べ官に拷問されました」
客席から笑い声が起きた。
「今どき、そんな、有り得ない」
羽中田検察官は首を横に振りながらきっぱりと言った。
「では証拠をだしましょう」
勝手に本木弁護人が言いだす。
どうすればいいのよと困るボク。展開が見えない。
「どこかにあざくらいあるでしょ。あざくらい」
本木弁護人はボクの耳元でささやく。
「新鮮なあざが証拠に必要だ」
ボクはかぶり振ってこたえる。
「無かったら今作ろうか?」
思わず彼の顔を見る。指でつねる仕草をする。
本木弁護人はやる気だ。
ひっぱたかれたりつねられたりするのは勘弁だ。
思わず口走った。
「アザくらいありますよ、アザくらい」
「どこに」
一瞬お尻にと言いそうになった。
尻に青あざなら赤ん坊だ。蒙古斑だ。
とっさに言いかえた。
「心に。心の青あざ」
本木さんの表情が呆れ顔になる。
「それは本の題名だ。サガンだよ」
そんな本があるとは思わなかった。左官屋さんの本か。それにしては題名が面妖だ。
「見たことも読んだことありません」
力なくボクは答える。
ボクらのやりとりを見ていてジリジリしていたのだろう。
「馬鹿にしている」
「法廷侮辱だ」
白ブリ裁判官と検察官が交互に言う。
これならお尻に青あざと言っても同じだった。
「ちょっと大袈裟に言っただけです。でもグサーッとくる拷問でした」
なんとか言い張ってみる。
「だから今どきからだに拷問なんて、某国じゃあるまいし。するわけない」
羽中田検察官が勝ち誇ったようにきっぱりと言う。
ここでボクが折れたら話が続かない。
拷問と口に出したからにはこれで行くしかない。
「臭かったんです」
ボクは叫んだ。
「誰かやったのか」
羽中田検察官が法廷全体に響く声で言う。
一斉にみんなが鼻をつまむ。
ボクは違う違うと腕をふる。
「鼻が弱くてボク。取調べ官の悪臭は拷問でした」
「ほら、鼻を虐めた。これは現代的な拷問だ」
本木弁護人が断定する。
「なんて言い草だ。取り調べ官が体臭で拷問しただなんて妄想だ」
ボクの妄想あつかいにするとは。
「本当です。振りまいていました」
「振りまくなんて香水ですか。体臭でしょ。自分でどうにかできますか。どうすることもできないじゃないですか」
羽中田検察官は腋を押さえて見せる。
はっと気づいたようなふりをする。
「これはヘイトスピーチと同じだ。裁判長、法廷で人権を蹂躙してます」
羽中田検察官は自分の腋臭の弁護する。
上手くやられてしまった。羽中田さんもやりてだ。
ボクは本木さんを見た。なにか助け舟をだしてくれるかと思ったのだ。
「そのとおり。これはヘイトだよ」
いきなり矛先をボクに向ける。
後ろから矢が飛んでくるとは思わなかった。
「引っ込め人権屋弁護士気取り」
傍聴席から罵声がとぶ。
本木弁護人はきつい視線で声のした方を見る。
「うるさいわよ」
不貞腐れたような口調でもらした。
「弁護人は許可の無い発言はひかえるように。被告人は発言に気をつけて」
本木さんの不規則発言で時間がかせげた。そのおかげで案がうかんだ。
「裁判長、ボクは匂いアレルギーで、化粧の匂いに耐えられませんでした」
「いるいる、半径3メートルまで香水プンプン」
本木弁護人が援護砲。
ボクは続けた。
「早く終わってほしくてなんでもハイって言いました。
『あなたがやったのね』
ハイ。
『正直に吐いた方がスッキリしてよ』
ハイ。
『やったのはあなたでしょ。お願い話して』
ハイ。
こんなぐあいでした。取調べ官の化粧が濃くて耐えられませんでした」
ボクは鼻をつまんで大袈裟に頭をふる。
「女性の取り調べ官でしょ、したって良いじゃないですか」
羽中田検察官は背広の前を合わせながら発言する。
「程度ってものがあるでしょ」
突っ込む本木弁護人。
「化粧に対してはなはだ無理解な意見だ。化粧が必要な女性もいる」
女性の味方になる羽中田検察官。
「キャハハ」
下品な笑い声が法廷にこだまする。
「誰よ、笑ったのは。退廷よ。退廷だ」
いきなり白ブリ裁判官が怒る。
「いえ、取り調べ官は男でした」
発言を求めてボクは言った。
どよめく法廷。
これで検察官は大外れだ。
白ブリ裁判官も思わず股間を握る。これは休廷の宣言かと思った。
ところが、羽中田検察官は一枚上手だった。
彼の懐は闇のように深い。
笑顔を浮かべて口調まで変えて言う。
「あーら皆さん、時代遅れ。男の警官が化粧しちゃいけないって法がありますの」
変幻自在だ。
「弁護人どうです」
問われて苦虫をかみつぶす本木弁護人。
「ないでしょ。違法性は無し」
と検察官は断言する。けれど白ブリ裁判官も釈然としない様子。
「みなさん知ってらっしゃるでしょ」
羽中田検察官は法廷を見回して問いかける。
「取り調べは現在改革中です。取り調べの可視化。やっと緒に着いたばかりで試行錯誤の最中です」
ボクが書いたのは可視化の話だった。録画録音されるのなら綺麗に映ろうとい内容だった。それは間違いない。
「可視化がどうして警官の化粧になるの」
「そこです。簡単に申しますと、化粧は取り調べに対する警察官の意欲の表れです」
胸をはって言う羽中田検察官。
「なんのことやら、ちんぷんかんぷん」
本木弁護人は半畳を入れる。
「これは国民にとって朗報です」
「警官が化粧するのが?」
「弁護人は静かに」
「交番に入ると厚化粧の警官が出てくるなんて、ああヤダヤダ。道を尋ねる前に逃げだしそうだ」
粘着する本木弁護人。羽中田検察官はますます生き生きとする。
「さて、不幸にも被疑者になったとします。どんな取り調べを受けたいですか。コンクリートの殺風景な取り調べ室ではありますが、熱いお茶でも飲みながら語らってもらえれば好ましいですよね。記録しておいた場面が証拠になるなんて素敵だと思いませんか」
「思いません」
ボクは歪めた表情でアピールする。
「検察官は要点を述べてください」
まわりくどい話にイライラする白ブリ裁判長。
「ビデオがまわって撮られると意識しますよね。綺麗に写りたいのは男心よね」
羽中田検察官
「化粧して綺麗に写りたいって。かわった者たちだ」
顔をしかめて本木弁護人が言う。
「あ、その言い方、偏見だ、差別的だ」
過敏になって騒ぐ羽中田検察官。
「認めます。弁護人は以後発言に気をつけてください」
「化粧に目覚めちゃったのかなあ」
止められても本木弁護人は小声でブツブツと不規則発言をつづける。
「嫌だなあ、これだから美意識のない人は。撮られるんですよ、音声と画像の両方で。法廷で採用されるんですよ、証拠として」
「普段通りでいいじゃない」
脱力感たっぷりの声で本木弁護人。
逆にはりきる羽中田検察官。
「きちんと対策はとりました。まずはことばです。乱暴なことば使いに気をつけています」
「大の大人がいまさら言葉遣いをどうしようというの」
本木弁護人はぶつぶつささやく。
「これまでどおりで『いい加減にしろよ。てめえがやったんだろう、さっさとゲロしちまえ。仏の顔はもう無いぞ』なんて言葉をいつまでも使ってはいられません」
「そうよねえ」
やわらかに白ブリ裁判官が言う。
「まさか話し方教室の先生に講習を受けたとか」
つっこむ本木弁護人をにらみつける。
「当然です」
羽中田検察官は胸を張って言いきる。
「次は映りが問題です。強面の取り調べ官が威圧的な態度で映っていてはまずいでしょう」
そういうと羽中田検察官は歌舞伎役者のようにかっと目を見開き目を寄せる。目芝居が特技らしい。一呼吸おいて、
「かといって取り調べの技術は無視できません。彼らもまたイノベーションです。変革しなければ生き残れません。勇気ある同僚が一人出て来れば後は右へならえです」
残念ながら目芝居と台詞がチグハグだ。
「勇気あるとは何のことよ」
ゆるい言葉で本木弁護人が尋ねる。
「警官はけっこう人の目を気にするんです。自分の映りが悪いせいで無罪になったなんて、同僚から後ろ指さされるともう生きてゆけません」
ここで涙ぐむふりを入れる。
「そうだ!」と傍聴席から声が飛ぶ。
白ブリ裁判官は立ち上がって股間を握る。静かにしろのつもりだ。
「そのために努力は惜しみません。綺麗にならなくちゃと思うのは当然です」
「思う必要がどこにあるの」
うんざりした口調で本木弁護人は言う。
「そ、それですよ。許し難いのはその認識です」
こんどは怒り出す検察官。
「その現状維持の停滞思考が問題です。変革の時代ですよ。ダイバシティーの警察はどうあるべきか。ついてこれてないなぁ」
羽中田検察官は得意げに言う。
流行りことばに弱い本木弁護人。痛いところを指摘されて表情を曇らせる。
「男の検察官がこぞって化粧の練習かい」
毒づく本木弁護人。
にこやかに無視する検察官。
ボクはふと思った。
いったいだれが男の取り調べ官に化粧を教えるのだろう。自分は書いてない内容だ。
奥さんだろうか。恋人だろうか。
教わる姿を思い浮かべてみる。
仕事のための涙ぐましい光景なのか。
はたまた滑稽で愉快な光景なのか。
見たくもないおぞましい光景なのか。
努力自慢を続ける検察官。
「取り調べ官の化粧はいかにあるべきか。正面から取り組みました」 
白ブリ裁判官は身を乗りだす。
「ただそこまでは山あり谷ありの道のりでした」
うんうんと頷く白ブリ裁判官。
「化粧は素人の悲しさ。慣れないものだからパンダ目化粧や女形の白塗り化粧」
「どちらかと言うとお化け屋敷やね」
また半畳を入れる本木弁護人。
きっと睨みつける羽中田検察官。
「被疑者が化粧の恐怖で死んだとか言われれば沽券にかかわります」
法廷にキャハキャハと笑い声が上がる。
表情を引きつらせながら羽中田検察官は話を続ける。
「化粧してきれいに映って印象を良くしなくちゃ。職業に前向きなこの心持ちを誰が笑うでしょうか」
腹を押さえて笑いをこらえる本木弁護人。
「なんとか上手になりたいと頼んだのがメーキャップサービス」
「どこに頼んだの、それ」
興味ありげに尋ねる白ブリ裁判官。
「男の化粧といえば?」
ここで切って羽中田検察官は周囲を見回す。目芝居だ。
「メーキャップアーティスト」
「特殊メイク研究所」
傍聴席からパチパチと拍手。
「残念、芸バーでした」
「税金使ったわけだ。どこに知恵を絞るやら」
ツッコミを入れる本木弁護人。
「ひどい。ひどいわ。裁判長。侮辱です」
「認めるのにやぶさかではありません。ボク多摩参郎様のファンです」
「そんなこと聞いてなんかないぞ、白ブリ」
「傍聴席は静粛に。退廷させるわよ。させるぞ」
パンツ姿で凄む裁判長。
「スキルアップいたしました。どこに出しても恥ずかしくないできばえです」
胸をはる羽中田検察官。
腹をおさえながら笑う本木弁護人。
「取調室ってほとんど芸バーだったんだ」
納得してボクはつぶやいた。
それを聞き咎めて、
「裁判長、これは侮辱です。芸バーを侮辱してます」
甲高い声で荒げる検察官。
そっちかよと声に出さずにため息をつくボク。
「被告人は検察官の発言中は言葉を慎んでください」
白ブリ裁判官はおざなりに注意する。
「思い切った異動もやりました。強面の路線からソフト路線へ。顔つきと図体だけで威圧感を与える取り調べ官はおりません。被疑者のタイプに合わせて人材を揃えました」 
検察官はここでも胸をはる。
ボクは思わず口走った。 
「嘘だ。ゴージャス・マテコみたいな取り調べ官でした」
「まあステキ」
白ブリ裁判官
「それおかしい。多摩参郎ファンとかぶるはずない」
目くじらたててつっこむ本木弁護人。
「馬鹿なこと言わないで。裁判官が刑事裁判は嫌とか民事裁判は面白いとか選り好みしますか」
「わけわからん。もう勘弁してよ」
本木弁護人はさじを投げる。
「そう、暴力犯には暴力犯用の、知能犯には知能犯用の、それ以外は、それなりの取り調べ官で対処してしています」
羽中田検察官が説明する。
「ボクはそれなりか!」
思わず大きな声で言ってしまう。
「被告人は静粛に」
と言われても、黙ってはいられない。
「ゴージャス・マテコみたいなのにジィーッと見られるんですよ。
『ね~、この事件やったでしょ』
『あなたじゃなければダメなのよ」
『やったって言って、オ・ネ・ガ・イ』
 これって拷問ですよ」
ところが、検察官も弁護人も裁判官もちっとも聞いてない。
「服装はどうかしら。似合ってましたか」
白ブリ裁判官は裁判に関係のないことを言いだす。
「制服です」
とまどいながらボクは返答する。
「ちっともゴージャスじゃなかったのね」
股間に手をやってがっかりする白ブリ裁判官。
「女は男に、男は女に気楽になれるのが現代なのよ」
羽中田検察官はいとも当然だと言い切った。よく見ると羽中田さんが女性に見える。
すると本木弁護人は、
「あら、それって普通じゃないかしら」
綺麗なおんな言葉で言った。
秘書だと言った声と同じだ。思わず叫んでしまった。
「ええ!本木さんって女性だったんですか」
羽中田さん、松七五三さん、そして本木さんは微笑んでいた。
ボクは合点がいった。
みんなで役どころを決めていたに違いない。
終わるとキャラクターを脱ぎ去ってみんな普通に戻っていく。
松七五三さんは従業員に戻って、仕事をしている。羽中田さんは美味そうにパイプ煙草をふかし、何事もなかったように本に目を落としている。
「じつは」と本木さんが最後になって今日の段取りを教えてくれた。まずこの喫茶店は小劇場も兼ねている。週末には演し物を披露する。芸を磨こうとする芸人志望や芝居好きの演劇愛好家が集まる場所だとのことだった。
普通人のタガをさらりととり外して一旦解体する。再び組み上がったときは別人だ。
ボクは、ただみんなの後をついていっただけだった。十分にキャラクターをこなしきれなかった。こんなふうにして一日が終わってしまった。
その夜ボクは眠れなかった。

(「キャラクター酔いの章」)

日常的に、ボクはコント作家

執筆の狙い

作者 アスフェリカル
KD119106104011.ppp-bb.dion.ne.jp

フラットキャラクターのドタバタ小説を試みました。

コメント

浮離
KD111239170218.au-net.ne.jp

書き手が意図するらしい書き方、みたいなことは理解できなくもないんですけど、たたその書き方がたぶん上手くないから読みづらいしわかりづらいし単純に下手くそに思われやすい状態なんじゃないかと思うんですね。

この作品の書き方がわからない人にはちっともまったく全然の下手くそに見えるかと思うんですけど、個人的には未だに無自覚に演歌の歌詞みたいなことを描写とか思い込んで疑いのない古臭な人よりは幾分かもまともというか、創作感度としての観察幅はよほど自由度が高いというか、薄っぺら気取りでこそ活きるようなジャンルって書くだけ書きそびれてこそ心地いいっぽいですもんね。


ただ勘違いしてはいけないのは、これって人称としては結構無自覚にダサいっていうかまあまあ破綻してるはずだってことは書き手自身で感覚的に理解しないときっと脱出出来ないボロさで立ち止まる箇所が多々見受けられるはずなので、いきおい近視眼的な観察欲求から少し距離置いた方がいいのではないのかと、個人的には感じさせられなくもないものなんです。


>ボクの近くには親身になってくれる者がいて、何かと心配してくれる。
その一つがボクの職業だ。

個人的にはこの時点でアウトです。
その程度としてこの先は手加減で読み進めたくさせられるんです。
意味はわからなくないですけど、文章として気持ち悪い時点で書き物として見下げられてしまうことに腹を立てるなら好きにしてください。
理屈なんて必要ないでしょうとしてもするなりに、文法的にすら反応する感度っていう文章性の察知みたいなこと侮るべきじゃないと思うんですよね。

褒めて欲しいだけの人なら気にしないでいいし、こっちも気にしないので大丈夫です。
やる気あるならどこが気持ち悪いのか考えてから腹立てるなら立ててみてください。
“小説“の話をしましょう。


なんとかホンキさんのあたりまでお付き合いしましたけど離脱しました。
文体は好きにしたらいいですし、とはいえその背後にある文章的な理由や根拠が見えない感じさせられない書き方っていうのは、単純に程度の表れだと思うんですよね。

普通より見所あると思いますけど、いろんな基礎がまだまだ乏しいと思います。
面白い話だったのなら、最後まで読みたくさせてもらえなくて残念です。

アスフェリカル
KD119106104011.ppp-bb.dion.ne.jp

やはり投稿はしてみるものですね。

「なるほど」がいくつもあって、参考になりました。

ありがとうございました。

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