大穴の雄叫び
少し伸びた雑草は、微風でその葉を揺らし、僕の背部や腕を擽る。だが、それは僕の睡眠を妨害するほどの刺激は無くて、特に不快感もなかった。とは言っても、やはり、深夜ほどの熟睡は出来ず、緑広がる野原で手を頭の後ろで組んでは寝転び、すっと瞼を閉じて、少しすると、温かな春の風に乗ってやってきた季節の香りが鼻腔を刺激してきて、懐かし記憶を蘇らせくれる。それは、とても平穏な思い出ばかりで、やがて意味がわからないくらいに幸福な思いで一杯になり、精神的にも肉体的にも、何とも言えぬ心地よさに包まれる。それによく耳を澄ましてみれば、遠くの方からちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえてきて、その甲高い鳴き声はまるで、自然界を清々しく生きているような様子であり、しばらくの間、僕の心には草木が蠢くような思いが居座っていた。
お祭りのような賑やかさもなければ、人の声すらあまり響かないこの里は、実に辺鄙な里である。標高九百メートルほどあり、急斜面に畑や民家、観光目的でこの場を訪れる者も多く、寝泊まりできる民宿が数店舗と寄り添って建っている。里に住む住人も、それほど多くはなく、里に暮らす殆どが農業に勤しむ老人ばかりで、だから、学校なんかも里にはなく、わざわざ険しい山道を降りて山麓の村の学校に通わなければいけなかった。それは、非常に面倒な事で、しかし、そうでもしないと、退屈な毎日を送る羽目になってしまうのも事実で、だからその、退屈を凌ぐという理由で、里には留まらず、強風の中であろうが豪雨であろうが、僕は下町へと足を運ばざるを得なかった。ただ、たまにはこうして、自然に触れ合うというのも、決して居心地の悪いものではなかった。むしろ僕にとって、価値ある時間であった。
寝転がってからどれくらい経ったのか、あまり正確な時間がわからない。スマホとかテレビの画面を眺めている時間と、こうして何の情報も頭に入れずに寛いでいる時間は、どうしてこんなにも時の流れに差があるのだろうか。同じ時間を過ごしていても、やはり、何かしら脳に刺激を与え続けているのか否かで、時間の感じ方が変わる。それは、脳が窮屈だと認識して、だからじっと壁を眺めるような刺激のない無意味な時間に長いこといると、経過した時間にあっと驚く。
執筆の狙い
作品の一部分を切り取りました。冒頭です。ジャンルは純文学。
批評の方よろしくお願い致します。批評の度合いは特に無いです。