やめればいいのに……
高校を卒業して数年が経った頃、
かつてのクラスメイトのAから電話があった。
あまり親しくはなかったので何事かと考えた。
瞬時に想像したことは、保険か、新聞か、宗教の勧誘か。または何かのセールスか。
バカ学校の卒業生なんてろくなものではない。
「次の日曜日。選挙があるでしょう。正大党の秋山花子に入れて欲しい」とAは言う。
要するにAは選挙活動に協力しているらしい。
ここで嫌です、お断りです、とはなかなか言いにくい。いかんせん面倒だから。
「なんで?」
「当落ギリギリなんだよ。助けて欲しい」
と言われても……。
そもそも選挙なんて興味がない。行く気がしない。
僕が選挙に行く……。そんな状況は、まさに日本の危機的状況だろう。
それに僕が一票を入れたところで、何が変わるのだろうか。意味がない。
「そっか、分かった。入れておくよ」
表面上でも、嘘でも、そう言うことがベストだろう。
実際、僕が投票したか、誰にも確認できない。
「ありがとうね。よろしく頼むよ」
「分かった。分かった。(はい、はい)」
その電話があって一時間もしない内に、別のクラスメイトのBから連絡が入った。
話した内容はAの場合と差ほど変わらない。
つまり、正大党の秋山花子に一票を入れて欲しいと。
「分かった。分かった。入れておくよ」
リビングでソファーに座ってお茶を飲んでいた母が僕を見つめると、
「いったい何の話をしているの?」と訊いてきた。
「正大党の秋山花子に一票を入れて欲しいって」
「へぇ、そうなんだ」
母も選挙に興味があるのだろうか。
さらに数時間後、親しかった友人のCくんから同様の電話。
「AやBから同じ内容の電話があったぞ。おまえら……。アルバイトをしているのかい?」
「いいや。そうじゃない」
「ノルマはあるの?」
「ないよ。自主的にやっているだけ」
そう言われても簡単に信じる僕ではない。
なんの為に? 誰の為に?
「そっか。分かった。正大党に一票を入れておくよ」
「ありがとうな」
まったく、やれやれである。
絶対に正大党に入れない。そもそも行く気がないのだから。
無駄な時間だった。
日曜日、選挙の日。
キッチンでランチを食べてコーヒーを入れてもらって、テレビを見ながらくつろいでいると。
「午前中、選挙に行って来たよ。正大党の秋山花子に入れておいたから」
そう言って母はにこやかな顔をしている。
「なんで?」
「だって、そういうお話をしていたでしょう?」
衝撃的だった。しまった、と思った。うかつだった。
それは自分でよくよく考えて一票を入れるものだよ。
他人が一票を入れて欲しいと言われた、そんな単純な理由で投票すべきではない。
と僕は言いたかったのだけども、言えなかった。
なぜなら、それは間接的はあるけれども、母は僕の為に正しい行ないをしたと思っている。
いわば善行であり、親バカでもある。
結局、なんだかんだ言っても彼らの希望は叶えられたのである。
これも計算に入れているとしたら、相当嫌らしい。
なんとなく僕は何かに敗北した気がした。
その後、Cくんと再会したのは、
早朝の暗い内にダイエットの為にジョギングをしている時であった。
Cくんは自転車の乗って、正大新聞の配達をしていた。
「やぁ、Cくんではないか」
「おお、おはようございます」
「おはよう。こんな時間にアルバイトかい?」
「ちがうよ。ボランティア」
なんの為に? 誰の為に?
「そっか。健康になれていいね」
Cくんは苦い表情をうかべた。
「本当はやめたいのよ」
わからん。
「やめればいいのに」
「それもなかなか……」
あまり引き留めても申し訳ないので、
「じゃ、頑張って」 そして別れたのである。
僕の知らない世界を垣間見た気がした。
執筆の狙い
パチンコにしてもお酒にしても、人間、やめられないものってあるものです。
経済的な損失、健康的な損失があるにもかかわらず、人間ってバカだな、と思うわけだけれども、
自分も食い過ぎという悪癖を持っているので他人事ではない。
そんな愚かさが伝われば幸いです。
そうそう、僕はタバコが大嫌いなのだけれども、
JTの株を持っている。これは大いに矛盾しているかもしれない。