魔性の男
町田陽菜(藤田雷斗の婚約者)
今回のインタビューのテーマが藤田雷斗の素顔、ということで、やはり特別な人にしか見せない一面というのが誰しもあると思うんですが、藤田さんのことで、そういったようなものはあったのでしょうか。
「あったと思います。やっぱりその、世間だと天才漫画家だとか、ちょっとエキセントリックだとかいうイメージはあるんだと思うんですけど、実際の彼はちょっと甘えん坊で、少し子供っぽいところもありました」
甘えん坊、っていうのは意外ですね。具体的にはどういったかんじなんですか?
「いやもう、私がゲームとかしてるときに急に後ろから抱き着いてきたりして、構ってもらおうとするし、私が仕事に行くときは毎回、見送りに来て早く帰ってきてね、とか言うし、なんかほんと、犬みたいっていうか」
ああ、なんかこういう言い方していいのかわからないですけど、犬系彼氏ってやつですか?
「そうかもしれませんね」
子供っぽい、っていうのはどうなんですか? 普通に甘えん坊なところがそう見えたってことですか? それとも、また違うところでそういう風に見えるところがあったんですか?
「甘えん坊なところが子供っぽい、っていうのはもちろんありました。けれども、やっぱり彼ってすごく、純粋なんですよね。漫画の作品はすごくドロドロしてて暗いんですけど、やっぱりああいうのって彼の純粋さから出てるのかな、っていう気がしてて。なんて言えばいいのかわからないんですけど、こう、純粋だからこそ、汚いものに敏感だったっていうか」
ああ、確かにきれい好きな人ほど汚いものに気づきやすいですよね。ごみ屋敷に住んでる人からするとなんでもないって思っても、その部屋をまともな人が見ると、びっくりするっていうようなことありますよね。
「そうです。そういうかんじです」
なるほど。でも純粋っていうのは、大人だと結構珍しいですよね。
「そうですね。本当に、彼は普通の大人とは全然、違いました。彼って、強い人っていうのとは真逆の存在で、本当に何もできないんです。掃除も料理もできないし、ゴミの分別もちゃんとできなくて。でも彼の描く絵はとても素晴らしくて、天才ってこういう人のことをいうんだ、って思いました」
彼はまさしく、天才でしたよね。ところで、話が変わるんですけど、彼とはどういう風に出会ったんですか? 聞いたところによると、あなたは商社で働いているということで、なかなか漫画家である彼とは接点がなさそうに思えるんですけど。
「彼はもともと、友達と付き合っていたんです。友達が彼氏として連れてきてくれたときが、初対面でした。ただ、その友達は他の面ではとてもいい人だったんですけど、彼のことが絡むと別人のようになってしまって、結局、いろいろあって別れたんです」
いろいろあった、っていうのは気になりますね。それと別人のよう、だとはどういうことですか?
「その友達は名前を由美って言うんですけど、由美はちょっとヤンデレっぽいっていうか、愛が深すぎて、みたいなところがあって」
ああ。要するに、愛が深すぎて束縛しすぎたりしちゃうような人だったんですね。
「はい。一人で勝手に女友達と遊びに行くのが嫌だ、っていうのは普通だと思うんです。でも、由美の場合だとそれだけでもう、不倫だって決めつけちゃってすごい雷斗君のことも責めるし、ひどいときは相手のところまで行って文句を言うし。私の時も、付き合い始めの頃はやっぱり家まで来て、いろいろ言われました。その時はちゃんと話して最後には全部、納得してもらえたんですけど。あと、他の女性と会ってないかチェックするために逐一ラインでやりとりしたりとかしてました」
なんか、すごいですね。
「そうなんです。由美は若干、被害妄想も抱えていたみたいで、雷斗君がたくさんの女性と不倫している、みたいなことを言ってました。でも、実際には彼、不倫なんてしていなかったんです。で、そういうのがいろいろ積み重なって、雷斗君は限界みたいでした。今にも死にそうでしたし、何度か、死にたいって言ってたこともあって。別れることができたのは結果として、よかったと思います」
いやあ、でもよく別れられましたね。普通、そこまでだったら簡単にはいかないでしょう。
「私は、別れたときのことはよく知らないんです。あとから、由美と別れたって雷斗君から聞かされただけなので。一応、もめることはもめたらしいんですけど、最後には納得してくれたって言ってました」
そうですか。あの、一つ、これはかなり答えにくい質問だとは思うんですけど、彼はなんで自殺したんだと思いますか?
「それは……」
すいません、無理に答えなくても大丈夫ですよ。ぶしつけな質問をしてすいません。
「いえ、大丈夫です。さっき、彼のことをとても純粋だっていう風に言ったと思うんですけど、やっぱり、罪悪感があったようです。才能ある漫画家、と言っても最近はあまり描けてなかったみたいですし、そんななかで、料理も掃除も洗濯も全部、私がやっていたから、自分がなんの役にも立ってないんじゃないか、って私に言ってきたこともあります。私は、大丈夫だよ、と言ったんですけど、最後に彼は一人で……どうせなら、私も一緒に死にたかったです」
あなたの責任ではありませんよ。
「違うんです。罪悪感があるわけじゃなくて、ただ、雷斗君がそばにいないことが耐えられなくて……」
足立由美(藤田の元恋人)
藤田さんといえば、天才漫画家、というイメージがありますが、それ以外で、藤田さんの知られていない素顔のようなものがあったら教えていただけますか?
「そんなの、彼の妻に聞いたらいいじゃないですか。今は元、になりましたけど」
いろんな人の意見を聞いてみたいんですよ。やはり見る人によって違って見えたりしますから。
「……この話は、どうせしても誰も信じてくれないと思ったからしてこなかったんですけど、それでもいいですか?」
全然、構いません。どんな話でも結構です。
「それなら話しますけど、彼って、私をペンで刺したことあるんですよ。手の甲をぐさって」
どうしてそんなことになったんですか?
「その時は、結構バイト多めに入れてて大学もあったから、なかなか彼との時間を作れなかったんです。そしたらある時、彼が家に来て、なんで全然会ってくれないのって言って来たんです。事情を説明したんですけど、全然わかってくんなくて、大学もバイトも休めないって言ったんです。そしたら、彼、急にペンを手に取って、私の手に突き立てたんです」
なんでですか?
「怪我しちゃったからこれで休めるねって、彼は言いました。それから、僕のこと好きならこんなことしても許してくれるよね、とも言いました」
それで、別れたんですか?
「いえ、ちょっと信じられないかもしれないんですけど、刺されたとき、うわ彼って私のことガチで好きなんだって気がして、すっごいうれしかったんですよね。今思うとまじでやばかったな、と思うんですけど。もちろん怖いって気持ちもありましたけど、うれしさが勝っちゃって、結局別れようとはなりませんでした。そのときは泣きながら彼に、学校とか休めなかったことを謝りました。しかもその後、普通にセックスまでして。あ、こういう話、しちゃダメなかんじです?」
いや、別に。最初に話したとは思いますけど、ここで話したことは絶対外部には漏らさないので、そこは安心してください。
「はははっ、こっちの心配なんてしてくれるんですね。ありがとうございます」
いいえ。ところで、そこまでされても別れなかったのに、なんで結局、別れることになってしまったんですか?
「別れるって言ったのは彼の方なんです。彼はすごい魅力的な人だったんですけど、それだけに他の女性にもすごくモテたんです。しかも、彼は浮気症で、しょっちゅう浮気ばっかりしてました」
具体的に、どういったことがあったんですか?
「具体的に、ですか? いろいろありましたけど、しばらくおとなしいな、と思って彼のアパートに行ってみたら、知らない女が裸でいたりだとか」
えぐいですね。
「えぐいでしょ? でもそれだけじゃないですよ。ラインとかにもしょっちゅう女から連絡来てましたし、同業の女性と寝たりとかもしてて、本当に大変でした」
よく別れなかったですね。
「愛してましたから。それに、なんだかんだ、彼も本気じゃなかったんです。最後には必ず私のところに戻ってきてくれてました。でも、町田のときだけは違いましたけどね」
町田って、彼の奥さんの旧姓が町田、でしたよね。
「はい。彼の元妻のことです。私の元、友達でもあったんですけど、彼女、彼に一目ぼれしちゃったみたいで。どうやったのか知らないんですけど、彼をおかしくさせちゃったんですよね。多分、私の悪口をいろいろ吹き込んだりして、一緒にいるとよくない、みたいなことを考えるようにさせたんだと思います」
それって、要するに寝取られたって、ことですか。
「そうです。私、彼をあいつに寝取られたんです」
そうなんですか……。
「他に質問がないなら終わりたいんですけど、いいですか?」
あ、一つだけいいですか? 彼には自殺する理由がなかったように思うんですけど、なぜ自殺したんだと思いますか?
「そんなの、あいつのせいに決まってるじゃないですか。あいつとの結婚生活がつらくて、そこから逃げ出したくて死んだんです。あいつが、彼を殺したんです」
具体的にどういうところがつらかったんだと思いますか?
「そんなの私が知るわけないでしょ」
では、なぜ結婚生活が苦しかったと言えるんですか?
「そんなの、考えればわかることでしょ! 自殺する理由なんて、結婚生活がうまくいってなかったってこと以外、ありえないじゃない!」
加藤誠一(専門学校時代の藤田の同級生)
藤田さんといえば、天才漫画家として有名ですが、みんなには知られていないような素顔、みたいなものなどで心当たりはありますか?
「いやあ、見たまんまってかんじですよ。テレビに出てたあのまんま」
それはつまり、みんなのイメージ通り、理知的で天才肌の作家だった、ということですか?
「天才だった、っていうのはそうだけど、そうじゃなくて、なんか主体性がないってかんじしませんでした?」
それはちょっと、わからなかったですけど、そうだったんですか?
「いつも人の顔色をうかがうばっかりで、自分が何したいとか、何も言わないんですよ。ほら、インタビューの時も、聞かれたことに答えてただけだったじゃないですか」
そうかもしれませんね。ところで、具体的なエピソードみたいなものはありますか? 主体性のなさ、という話に関わるものでなくても、なんでもいいんですけど。
「あいつは、頭はよかったし、才能はあったと思うけど、遊びを知らなかったんですよ。田舎育ちだからなのかわからないけど、本当に東京のこと、なんにも知らなくて。だから俺がいろんなところに連れて行ってました」
そうなんですか。ところで、ある人から聞いた話なんですけど、彼は不倫をしていた、ということなんですが、そういう話は聞いたことがありますか?
「ありません。あいつが死ぬ少し前までも会ったりしてたけど、不倫してるなんてことは言わなかったし、そもそも無理だと思います。だってあいつ、女と話すの苦手ですから」
そうなんですか?
「はい。女に話しかけられるとかたくなっちゃって、うん、とかはい、しか言わないんですよ。なんなら、俺以外のやつとは男でも話さなかったから、俺しか友達いなかったんじゃないかな」
確かに、あなた以外で藤田さんの友達という人はいませんでした。
「ですよね? いつも人の顔色ばかりうかがってたけど、やっぱ臆病だったんだと思います。結婚しただけでもすごいことなのに、そのうえ不倫なんて、ありえないですよ。そんな度胸があるわけありません」
しばらく会わない間に性格が変わった、ということはありませんか?
「いや、だから死ぬ少し前にも会ったことがあるって言ったじゃないですか。その時だって、いつも通りでしたよ」
死ぬ前に会った、ということですが、自殺の理由に心当たりはありませんか? 今のところ、自殺の理由が見当たらなくてですね。なにかありますか?
「理由っていうか、むしろ今まで生きてたのが不思議なくらいだと思いますけど」
それはどういうことですか?
「俺と友達だった時から、あいつはずっと死にたそうにしてました。これは俺の想像ですけど、あいつには居場所がなかったような気がするんですよね。だからずっと苦しくて、いつも死ぬことばかり考えてたんじゃないかって思います。俺が最後に会った時だってそんなかんじでしたよ」
片山聡(藤田の担当編集者)
藤田さんといえば、天才漫画家として有名でしたが、みんなが知らないようなエピソードなどで、何かありますか?
「エピソード、ですか?」
はい。
「まあ、あまりいい漫画家さんじゃありませんでしたね。締め切りは守らないし、女にはだらしないし、酒だ煙草だっていって生活習慣はめちゃくちゃだし。ちょっと、扱いにくい人でしたね」
扱いにくい人、というのは意外ですね。
「いやだって、締め切り過ぎても出さないからって直接、原稿を取りに行ったことも一度や二度じゃないですよ。で、こう机のそばに立って、早く描いてくださいって言っても全然書かないし。そうかと思ったら突然、煙草なんて吸おうとし始めますからね。たまったもんじゃないですよ」
大変だったんですね。
「大変でしたよ、本当に」
一つ、気になることがあるんですけど、彼に自殺する理由なんてなかったように思うんですけど、なんで自殺なんてしたんだと思います?
「ちょっと、わからないですね。確かに大変なことはいろいろあったと思いますけど、死ぬほどじゃなかったと思いますし。まだ、殺されたっていうほうが可能性ありますよ」
そうなんですか?
「そりゃ、不倫ばかりしてましたからね。奥さんがいる時ですら、不倫してましたから。恨みはいっぱい買ってたと思うし、もし不倫がばれてたら、当然、恨まれたと思うんで、殺されたんじゃないかって思いますけど。あ、ちなみにこの話は記事に載せないでくださいね。なんの根拠もありませんから」
わかりました、約束します。ちなみに、奥さんとの仲はどんなかんじだったか、とかわかります?
「ああ、仲はよかったと思いますよ、最後に会ったのは、彼が死ぬ一か月前ですけど、喧嘩してるかんじはなかったですね。わからないですけどね。そういう風に取り繕っていただけかもしれないし、あのあとでばれたのかもしれないし」
なるほど。でも、隠す理由って何なんですかね。普通の人なら激怒して、すぐさま離婚とか、ひとまず距離を置くために別居とかすると思うんですけど。
「普通はそういう風になると思うんですけどね。でも、彼は魔性の男でしたから」
魔性の男、っていうのはどういう意味ですか。
「彼と関わった女は、みんな狂うんです。陽菜さんも、きっと彼に狂わされていたと思いますよ」
なるほど……。本日はありがとうございました。これでインタビューは終了になります。お疲れさまでした。
執筆の狙い
芥川龍之介の『藪の中』って小説があるんですけど、人によって見たものって変わるよねっていう話でした。だけどその違いっていうのがあまりにも食い違っていたらどうなるんだろう、って思って書きました。
表現したいものは、答えが出ないっていう不快感と、藤田は結局何者なんだっていう疑問を表現しようと思いました。
執筆上の挑戦、としては主人公の意識、というものを強調しようとしました。自分のセリフには興味がないからかっこをつけないで、興味のある回答のほうにだけかっこをつけました。あとは、インタビューの内容のみを載せることでインタビュアーが余計なことを言わないよう、情報を制限しました。
その結果、出来の悪い、容疑者の証言シーンみたいになりました。これでよかったのかわかりません。