作家でごはん!鍛練場
神楽堂

麻酔

これから手術を受ける患者さんに私は話しかける。

何を話したところで患者さんの緊張が取れるという訳では無いのだが、それでも私は、患者さんの話に耳を傾け、おしゃべりを続ける。

しばらく話した後、私は宣告した。

「今から|麻酔《ますい》をかけますね」

十秒後、患者さんに話しかけてみる。
反応はない。

この、麻酔をかける前の患者さんとのおしゃべりが、実はとても大事。
会話できていた人がしゃべらなくなる、という事実を確認する必要があるからだ。
患者さんに、
「聞こえますか? 返事をしてください」
と問いかけても、わざと無視している可能性もありえる。
あと、症状的に声を出せない患者さんもいる。
だから、麻酔がかかる前の患者さんとの会話はとても大切。
そうすることで、患者さんが麻酔にかかったかどうかの確認が、確実になるのだ。

* * * * * *

お察しの通り、私は麻酔科医。
最近はテレビドラマなどの影響で、麻酔科医の存在も少しずつ社会的に認知されてきたが、それでもまだまだマイナーな科だ。

若い頃、当直医のアルバイトをしていた時、看護師さんに、
「先生、薬の処方、できるんですか?」
と真顔で聞かれたことがある。

はじめは、あんたなんかに正しい薬の処方ができるの? という意味の嫌味を言われたのかと思っていたのだが、どうもそういうわけではなかった。
そもそも私に薬を処方する資格があるのか、という意味の質問だったのだ。
つまり、その看護師は、私を医師だとは思っておらず、技師のような人だと思っていたとのこと。
現場の看護師でさえ、麻酔科医に対する正しい理解がない人がいるということに驚いた。

と言っている私自身も、実を言うと、初めから麻酔科医になりたくて医学部に入ったわけではなかった。
|臨床実習《ポリクリ》をしていく中で、女性でも働きやすい科としておすすめされたことから、私は麻酔科に興味をもった。

麻酔科の医局に入った時、教授から次のように口頭試問された。

「麻酔科医の仕事を一言で言うと何だ?」

「はい。手術のときに麻酔をかけることです」

そう答えると、教授はひどく落胆してしまった。

「……キミは何を学んできたのかね……」

しまった……
確かに、この答えではまずかった……

私はすぐに言い直した。


「すみません! 麻酔科医の仕事は、麻酔をかけ、手術中の患者さんの全身状態を管理することです!」

教授は笑顔に戻った。

ふう……危なかった。

麻酔をかける、とだけ答えると、手術の前しか仕事がないように考えていることになってしまう。
実際は、麻酔をかけた後、その麻酔がどの程度効いているのかを常に管理し続けなくてはいけない。
手術中に麻酔が切れてしまうと大変なことになってしまう。
かといって、強い麻酔をかけてしまうと、最悪、麻酔科医の手によって患者を殺してしまうことになる。
手術は終わったのに麻酔からいつまでも覚めない、なんてことになってもいけない。
そして、麻酔科医の仕事は疼痛管理だけではない。
正常に心臓が機能しているか、正常に呼吸しているか、その管理も行う。
手術前から手術後まで、周術期における麻酔に関するすべての責任を負っているのが麻酔科医だ。

* * *

麻酔科医はまだまだマイナーで、病院によっては麻酔科医がいないところもある。
そういうところでは、麻酔科標榜医といって、日頃は他の科をメインで診察している医師が、手術の時に麻酔科医の仕事をしてもらうということになる。

これは聞いた話なんだけど、ある外科医がテレビドラマの麻酔科医のマネをしてみたかったらしい。
麻酔をかけるときに患者さんに
「一つ…二つ…三つ……はい、落ちた!」
と言ってみたら、患者さんに
「まだです」
と言われて焦ったらしい。
まあ、その次の瞬間に患者さんには麻酔がかかったとのこと。


外科医が麻酔科医の仕事も覚えるというのはなかなか激務なので、やはり麻酔科の専門医がやるべきだ、と私は考えている。
ただ、麻酔科医って楽なんでしょ? という偏見もある。
実際、手術中に寝ている麻酔科医もいるからだ。
術中死の可能性が低い比較的安全なオペでは、麻酔科医の出番が少ない手術もあるにはある。
しかし、手術中の患者さんの容体把握の責任は麻酔科医にある。
麻酔科医のせいで患者さんが術中死するなんて、絶対にあってはならないこと。

* * *

今日もオペだ。
全身麻酔をかけての大規模な手術を行う。
全身麻酔では患者さんの呼吸が弱くなるため、人工呼吸器を使用する場合が多い。

私は患者さんに「|挿管《そうかん》」を行う。
挿管というのは、正しくは「気管挿管」と言い、患者さんの気道に管を入れて人工呼吸器を使えるようにすることを指す。

私は咽頭鏡という筒のような器具を、患者さんの口から喉へと入れる。
これを見ながら、患者さんの声帯を探すのだ。
声帯とはご存知の通り、人声を出す時に震える部分。
飲み込んだ物が肺に入らないのは、飲み込むときに声帯が閉じているから。
この声帯の奥に、気管や肺がある。
私は声帯の奥へとチューブを入れていく……

こうやって文字で書くと簡単そうに見えるが、実際には何度も経験していくことで要領を覚えていく。
挿管は、上手な人と下手の人の力量の差がはっきりと出てしまう手技の一つだ。
挿管の際に咽頭鏡が当たって、患者さんの差し歯が取れたりすると大変。
誤嚥があっては大変なので、外れた歯を確実に回収しないといけない。
差し歯があるかどうかは、入院患者さんなら事前に把握できるけど、救命救急士の人は患者さんの事前情報が少ないから、より大変だと思う。

私は挿管を終え、聴診を行った。
片肺挿管や食道挿管になっていないかどうかを確認する。
左右それぞれの肺の上部と側部に聴診器を当て、あとはみぞおち辺りも聴診する。
片肺挿管だと、左右で呼吸音が違うので分かる。
食道挿管だと、みぞおち辺りから異音が聞こえるので分かる。
うん、大丈夫だ。挿管は正しく行えている。

今回の手術では、筋弛緩剤の使用が想定されている。
全身麻酔で眠っていても、筋肉が固くて手術困難になることがあるからだ。
よって、筋弛緩剤を投与する。
ただでさえ、全身麻酔で呼吸が弱くなっているところへ筋弛緩剤も使うのだから、患者は自力では呼吸ができなくなってしまう。
そのため、挿管して人工呼吸器を使用するのだ。
この呼吸管理も麻酔科医の大切な役目。

あと、麻酔をしていれば患者さんは痛みを感じない、と思われがちだが、それは意識レベルの話であって、体をメスで切られれば、体自身は痛みに対して反応する。
例えば、強い痛みがあれば(患者さんはそれを意識していないけれども)血圧が上がったり心拍数が増えたりする。
よって、強い痛みが生じる施術をする場合には、たとえ全身麻酔で眠っていても、追加で鎮痛剤を投与する必要がある。
寝ていて自覚のない痛みについても管理をする。それも麻酔科医の大切な仕事。

今回の手術では人工呼吸器を使用しているので、患者の容体把握がある意味、的確にできる。
というのも、換気量、呼吸数、酸素濃度、気道内圧を機械で把握できるからだ。
気道内の分泌物(痰など)の吸引もできるし、万が一の場合はアドレナリンの投与もここからできる。

私はモニターを絶えず監視し、麻酔の深度が一定になるよう、必要に応じて麻酔の追加投与を行う。
途中で麻酔から覚めてしまうのは論外だし、麻酔深度を下げ過ぎれば患者は二度と目を覚まさなくなってしまう。

同時に複数の要素をチェックし続けるため、術中の管理はかなり神経を使う。

* * *

今回の手術も、無事に終わった。
患者さんが手術室から出される。
しかし、手術が終わっても、私の仕事はまだまだ残っている。


それは、麻酔から覚ます仕事だ。
考えてみれば、麻酔科医は飛行機のパイロットに似ている部分があるように思う。
パイロットは、飛行機を離陸させるだけではなく、飛行を維持し、そして着陸まで担当する。
すべて行って一つのフライトとなる。

麻酔科医にとっての離陸は、麻酔をかけること。
麻酔科医にとっての飛行は、手術中の麻酔深度の管理や疼痛、循環管理、呼吸管理。
麻酔科医にとっての着陸は、患者さんを麻酔から覚ますこと。


さて、手術は終わっているが、患者さんの声帯にはまだ空気を通すチューブが通っている。
その状態でしゃべらせてはいけない。
麻酔をかけるときは会話をして確認をしたけれども、麻酔から覚めるときは患者さんにしゃべらせるわけにはいかない。
なので、
「私の手を握ってください……はい、ではゆるめてください」
と指示を出す。
患者さんが私の声を聞いて理解できていることを確認し、私は気道に入っている管を抜く。
これ、ちょっと痛いんだよね……

管を抜いてから数日間は、喉が痛かったり、声が枯れたりすることも多いけれども、患者さんはこれでやっとしゃべれるようになる。

* * *

麻酔科医は変わった人が多い、というのはよく聞く話。
まぁ、確かに私は変わった人かも知れない。そこは否定しない。
ただ、私に言わせれば、世の中の人間、誰でもどこかしら変わった要素をもっているので、麻酔科医だけが変わっているとは私は思っていない。

人間、誰でも個性があって、それはとても素晴らしいことなんだけど、医療はチームで行うので人間関係はとっても大事。
麻酔科医が下に見られたり、逆に威張っていたりする職場は、私はよくないと思う。

麻酔科医は、縁の下の力持ちのような仕事をしたい人には向いている。
手術をして、患者さんに第一に感謝されるのは、やはり執刀医の方だ。
ヒーロー願望がある人は、麻酔科医ではなく、外科医の方が向いていると思う。

とは言っても、引っ込み思案な方が麻酔科医に向いているわけでもない。
なぜなら、麻酔科医にはリーダーシップも求められるからだ。
術中の容体管理をしていて患者の急変を把握した場合、迅速かつ的確に指示を出す必要があるからだ。
また、麻酔科医は管理職的な役割も担っている。
手術を許可する権限は、麻酔科にあると言っても過言ではない。

あと、扱っている薬品が劇薬なので、管理がとても厳しい。
麻酔などの劇薬は法律でとても厳しく管理されている。
麻酔が入った瓶を落として割ってしまった、なんてことになるともう大変。
始末書を書くのは当然として、「麻酔事故届」も役所に提出しないといけない。
こぼした麻酔はすべて、ガーゼなどで拭き取って回収し、割れた破片もすべて回収し、麻酔管理者に提出する。
麻酔科医は、薬品管理の責任も重い。

* * *

どこの職場でも、一番の悩みは人間関係だろう。
それは医療の世界とて同じ。

同僚の一人に、私とどうしても馬が合わない外科医がいる。
ここでは仮に、F田と呼ぶことにする。
F田は、麻酔科医である私のことを馬鹿にしてくるのだ。

「挿管なんて、医者じゃなくてもできるからな」

これは、挿管は救命救急士でもできる、ということを言っているのだろう。
けどれ、挿管した後の管理も全部、麻酔科医の責任なんだからね! と私は言い返したくなる。
挿管ができても、その後の呼吸や循環を維持できなければ患者さんは死んでしまう。
挿管すれば終わりではない。むしろ、始まりなのだ。
あと、挿管では咽頭鏡を患者さんの口に入れていろいろな角度に動かすため、下手な人がやると患者さんの歯を折ってしまったり、唇を切ってしまったりする。


「麻酔かけるだけで給料もらえるんだから楽でいいよな」

これを言われたときが一番頭にきた。
私は言い返した。
「F田さん、人の仕事のことを楽とか言うの、やめてもらっていいですか」

外科医は執刀の責任を負っているように、私は麻酔管理の責任を負っている。
種類は違うけれども、どの仕事もとっても大切。
お互いの仕事を尊重し合わないと。

誤解のないように言っておくと、外科医の皆様のほとんどが人格的にも素晴らしい方々ばかり。

ただ、このF田だけは絶対に許さん。
F田は前の病院でも麻酔科医と相当ケンカしてきたらしい。
ある時、私は聞いてみた。

「なんでそんなに麻酔科医が嫌いなの?」

「前の病院で俺が持った患者さん、一日も早くオペしたかったのに、麻酔科の連中が時間外のオペを嫌がって、緊急じゃないからとか言って先延ばしにしやがった……」

これ、実はあるあるなのだ。
普通、手術は日中に行うので、救急病院でなければ麻酔科医に夜勤は少ない。
長期で特定の患者さんを受け持つということもないから、急変で麻酔科医が呼び出されることも少ない。
それゆえ、家庭を持っている女医の中には、麻酔科医に転科する人もいる。
しかし、麻酔科医はまだまだ人手不足。
麻酔科医の都合がつかなくてオペができない。
そういう事例はたくさんあるのだ。

F田は言う。
「前の病院の麻酔科医が、俺がいないと手術はできないからな、なんて偉そうに言ってきて、まあ、俺も若かったから売り言葉に買い言葉で……」

……そうだったんだ。
まあ、こんな話を聞いたからと言って、F田は相変わらず嫌な奴であることには違いないけど、みんなそれぞれ、いろんな人間関係で苦労しているんだなと思った。


麻酔科医は、外科医の部下ではないし、上司でもない。
人間関係、縦で見るんじゃなくて横で見ようよ、と私はいつも思っている。
どっちが上とか下とか、そういう関係じゃなくて、同じチームとして横のつながりでまとまりたい。
そういう人間関係であることを私はいつも願っている。

* * *

今日もオペだ。
ただ、今日のは訳ありだ。

あのF田がオペをした患者さんが、容体が思わしくなく再手術となったのだ。
執刀医を変えようか、という話も出たけど、やはり切った本人が再手術した方がいいということになって、またあいつが切ることになった。

私は患者さんに話しかける。

「前よりは短い時間ですみますからね」

「ああ、時間って言われても、前のときはいつ始まっていつ終わったか、まったく分からんかったからな」

そう言って笑ってくれた。
二度も手術だなんて本当は嫌だと思うけど、こうして私と笑顔で話してくれることがとてもありがたい。

「今回も、痛みを感じないようにしますからね」

そう言って、私は患者さんに麻酔をかけた。

手術が始まった。
前回手術したところに異状があり、また、レントゲン写真に怪しい影が確認されたことから再手術となったのだ。
切開してみると……

「……忘れ物だな……」

「……あぁ……忘れ物だ……」

F田は、やはりそうだったかと、ひどく落胆した。
しかし、自分がやらかしたことだ。
最後までしっかりと責任を取らないといけない。

「これより、異物肉芽腫切除術を開始する」

F田は前回の手術の際に、患者さんの体内に忘れ物をしていた。
忘れ物の正体は「ガーゼ」。
組織はガーゼと一体化しており、炎症を起こしてコブのように膨らんでいた。
癒着したガーゼはそう簡単には剥がせそうになかった。
それでも、F田は慎重にメスで切除していく。

手術でのガーゼの忘れ物は、決して珍しいことではない。
気付かれずに数十年間も体内に残っていたケースもある。
その場合、人間ドックや他の疾患の検査によって判明することが多い。

ガーゼを体内に残さないよう、手術前と後のガーゼの数は数える決まりになっている。
これはどこの病院も同じだ。
ただ、針と違ってガーゼは丸めて使ったりすることも多く、使用済みのガーゼの数を正しくカウントできていないこともある。
ちなみに、ひどい例では縫合針を体内に忘れてきたという事例もあるという。恐ろしい話だ。
ガーゼであっても炎症や二次感染などの原因になるため、これらはあってはならない医療過誤だ。


手術は終了し、忘れ物のガーゼは回収された。

患者さんの容体は、今のところ良好。

病院ではさっそく医療事故会議が開催される。
前回の手術の記録が提出され、安全対策委員を交えて検討する。
私も含め手術に関わった全スタッフへの聞き取りも行われた。
そして、処分が決定された。

手術に関わった全スタッフが処分の対象だ。
私は口頭注意処分を受けた。
処分の中では一番軽いものであった。
一方、執刀医のF田やガーゼを扱っていた助手は、減給処分となった。
また、今後の事故防止のために、私たちの病院ではレントゲンに写りやすいガーゼを採用することにした。
ちなみに、レントゲンでもガーゼを発見できない事例は実は多い。
まず、ガーゼ自体がはっきりと写らない上に、骨に重なっている箇所にあるガーゼは写らない。
また、ガーゼが写っていても見落とされてしまうこともある。まさかガーゼが残っているとは思ってもいないからだ。

気付かれない忘れ物。とても怖い話だ。

さて、今回の件、あのF田もさすがに堪えたようで、人を馬鹿にするような見下した発言は慎むようになった。
自分の忘れ物のせいで患者さんに負担をかけさせてしまい、スタッフにも迷惑をかけてしまったのだ。

* * *

後日、医長とF田その他関係スタッフが、患者さんとその家族の前で説明と謝罪を行った。
患者さんは、
「治してくれたんだからそれでいいですよ」
と言ってくれたのだが、患者さんのご家族は、
「これ、医療ミスですよね」
と、病院側に強い不信を抱き、非難してきた。
もっともな話である。
私が患者だったら、こんな医療過誤があったら許せないと思うし、自分の家族がそんな目にあったら、もっと許せないと思う。

再手術の費用は全額、病院側で負担した。
さらに、見舞金も患者さんに支払った。

最終的には示談が成立し、訴訟にはならなかった。
訴訟になっていたら、完全に病院側の負けだ。

示談が成立したとはいえ、医療過誤を起こしてしまうと、病院のイメージがかなりダウンしてしまう。
現代社会において、口コミの力は大きいからだ。

また、口コミは患者さんたちの間だけではない。
医療の世界は閉鎖的なので、医療過誤の噂はたちまち関係者の間に広まってしまう。
これはF田にとって大きなダメージとなる。
天狗の鼻を折るのに払った代償は大きい。

F田と親しいスタッフは、
「F田、忘れ物、気をつけろよ!」
なんて、笑えない言葉をかけたりする。
いや、そこ、いじっちゃだめなのでは……と、私はひやひやしてしまう。

* * *

今日もオペだ。
これから患者さんに全身麻酔をかける。
私は術前の患者さんとの会話を大切にしている。
それはなにも、麻酔の確認のためだけではない。

患者さんが術中死するなんてことになったら、その患者さんが人生で最後に話した相手は「私」になる。
また、手術の結果、患者さんが二度と話せなくなるという事態もあり得る。
だからこそ、私は心を込めて患者さんとお話をする。
いくら話しても、手術前の緊張は消えないとは思うけど、麻酔をかける私のことを信頼してもらいたいと思っている。

私は宣告する。

「今から麻酔をかけますね」

今回の麻酔も、しっかりとかかった。
離陸成功。

次は飛行の維持だ。
いつものように、モニターを見ながら、麻酔の量を微小単位で調節し続ける。

手術が終わった。
いよいよ着陸だ。
手術室から出された患者さんに寄り添い、麻酔から覚めるのを待つ。
意識が戻ったことを確認し、気管からチューブを抜く。

医療従事者にとって、患者さんからの感謝の言葉はとても嬉しいもの。
お礼の言葉としては、「おかげさまでよくなりました」などの言葉が多いけれども、私のような麻酔科医にとっての嬉しい言葉は、患者さんから言われる、麻酔から覚めた後のこの一言。

「え? 手術終わったんですか?」

私は笑顔で患者さんに答える。

「はい。無事終わりました」



<了>

麻酔

執筆の狙い

作者 神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

文字数8000字の「職業もの」作品です。麻酔科医の世界をどうぞお楽しみください。

コメント

跳ね馬
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拝読しました。

自分も全身麻酔した経験があるのですが、あれって突然ブラックアウトするんですよね。
術中は何一つ意識・記憶がなく、覚えていたのは麻酔を入れた際のひどい血管痛だけ。めちゃくちゃ痛えと感じた次の瞬間、すべてが遮断され、気づいたら病室のベッドの上。なかなかレアな体験でした。


作品の方ですが、文章は読みやすかったものの、小説というよりは、ブログやウ◯キを読んでる感覚でした。そこそこ医療ドラマを見てる者からすると、真新しい情報も心動かされる展開や機微も無く、ただ淡々と文字を追わされる感じです。

あとは医◯ネタがあってクスッとしました。実際にやる人いたりするんですかね。個人的には「オンビートでいく」を人生で一度は言ってみたい好きなセリフです(絶対機会ない)。

執筆お疲れ様でした。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>跳ね馬さん

お読みいただきありがとうございます。
ドラマ的展開がそれほどないのは自覚しております。
医◯ネタについては、実際にそれを真似した人をモデルにしております(笑)
感想を書いていただきありがとうございました。

ぷりも
p4464021-ipxg00r01tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

拝読しました。
読みやすい文章で状況がイメージしやすかったです。
マイナーな麻酔科医に焦点を当てたところと、深い知見が良かったと思います。
私はこの手の話が好きなので、面白かったんですが、興味のない人からすると、ストーリー風麻酔科医紹介におさまりそうです。
私はてっきり、手術用ガーゼはレントゲンにうつるものが義務付けられているとばかり思っていたんですが、現在(の話ではないかもですが)ガーゼカウントだけで確認してるとこもあるんですか?
忘れ物怖いですね、海外の事例だったか、こんなの忘れんだろってくらいデカい器具が残されてたり。

気になったところだと、細かいとこでは
F田のところで、けれどが、けどれになってました。
あと主人公は女性なのですが、作中であまりそれを感じないので、女性っぽい言葉遣いをもう少し入れてみては。あと、男性中心の手術現場において患者を安心させるには女性の方が向いているのではないかみたいな志望動機を入れても良さそうです。
麻酔を飛行機に例えるところは、魔の11分(離着陸で一番事故の多い時間)を絡めて、神経を使うところであることを表現してもいいかもしれません。

それにしても全身麻酔ってこわいですね。あれって何で麻酔がかかるか解明されてないんですよね確か。

やひろ
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拝読いたしました。

麻酔科医、一般的にはよくわからない職業なので面白いですね。文章もシンプルで、読みやすいと思います。トリビア的な要素もあり、楽しく読めました。

以下、気になる点をいくつか。

①小説というよりは、麻酔科医のお仕事紹介、エッセイのような内容にとれます。主人公が女性だというのが少し進んでから明かされますが、職務遂行上の注意点などはあるものの、特に葛藤などの心の機微も描かれていません。また、ストーリーも起伏がないので、ストーリーとして楽しむことが難しい気がします。

②著者様がどうこうというわけではなく一般論ですが、一般的に小説には「嘘」が含まれるものなので、職業ものとして興味深いと思いつつ、これって「知識」として受け取っていいものなの? とも思います。著名な麻酔科医が出した新書本とかなら問題なく知識として受け入れられるものだと思うんですが。

③主人公についての掘り下げがないので、少しでも何かバックグラウンドがわかるといいかもしれません。

④本文中で気になった点

> 「麻酔かけるだけで給料もらえるんだから楽でいいよな」
これを言われたときが一番頭にきた。
私は言い返した。
「F田さん、人の仕事のことを楽とか言うの、やめてもらっていいですか」

たとえそう思っていたとしても、こういう言い返し方は安っぽい気がします。プロであれば、仕事ぶりで見返す、ぐらいの気概があってもいいのではないかと。

>麻酔科医は、外科医の部下ではないし、上司でもない。
人間関係、縦で見るんじゃなくて横で見ようよ、と私はいつも思っている。
どっちが上とか下とか、そういう関係じゃなくて、同じチームとして横のつながりでまとまりたい。
そういう人間関係であることを私はいつも願っている。

これも同様です。一般企業でも、営業や経理、総務など、さまざまな関係がありますが、皆そう思っていると思います。何か、行動でこれを変えようという動きがあればいいのかなと。

>「……忘れ物だな……」
「……あぁ……忘れ物だ……」
F田は、やはりそうだったかと、ひどく落胆した。
しかし、自分がやらかしたことだ。
最後までしっかりと責任を取らないといけない。
「これより、異物肉芽腫切除術を開始する」

重大な医療ミスだと思うので、びっくりしました。あとから、訴訟もされかねない事態だということがわかるのですが、この時点でコトの深刻さが伝わってこないので、読者はびっくりすると思います。淡々と進むのではなく、何かこの時点で、なんらかのリアクションがほしいところです。(あるいは、「一般的には重大な医療ミスだが、現場では日常的に起きていることだ」みたいなフォローがあるといいかもしれません)

>また、口コミは患者さんたちの間だけではない。
医療の世界は閉鎖的なので、医療過誤の噂はたちまち関係者の間に広まってしまう。
これはF田にとって大きなダメージとなる。
天狗の鼻を折るのに払った代償は大きい。

F田にとっては確かにダメージですが、いわば自滅しただけなので、麻酔科医の重要性を認識した、とかではないと思います。何か麻酔科医の力で困難を乗り越えた、みたいなのがあるといいかもしれません。

いろいろ書きましたが、読ませていただきありがとうございました。

夜の雨
ai226057.d.west.v6connect.net

「麻酔」読みました。

ふ~ん、内田有紀も気苦労の多い麻酔科医をしていたのだな。
米倉涼子が外科医だからなぁ、よいコンビでした。

で、御作ですが、「麻酔科医」の仕事が具体的に書いてあり、非常にわかりやすかった。
これで作品を展開させるとエンタメの医療小説になりそうですね。
外科医の仕事もこれぐらい内容がわかっていると手術の場面を描くことができるので、病院の組織のことが書ければ医療小説がそれなりに書けるのではありませんかね。
御作の主人公は患者ともコミュニケーションをとるのがうまいし。
情景描写とか人間描写とかはもう一歩突っ込んで書く必要はありますが。
ただ、医療小説やテレビドラマは多いので、入り込む余地はないかも。

あと、御作を読んで思ったのですが、テレビドラマの情報とか小説からの情報を集めると、かなりの部分まで突っ込んだエピソードが描けそうですね、医療以外の、どの分野でも。
そういった意味でも御作は勉強になりました。


お疲れさまでした。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>ぷりもさん

お読みいただきましてありがとうございます。
状況がイメージしやすかったということで、安心いたしました。
この手のお話が好きということで何よりですが、興味がない人が読むと確かに麻酔科医紹介文章ですよね^^;
この作品は他サイトの短編コンテストに出したもので、
お題が「忘れもの」でした。
おっしゃるとおり、手術での忘れ物は怖いです。
コメントを書いてくださりありがとうございました。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>やひろさん

お読みいただきありがとうございました。
読みやすくトリビア要素もあったと言っていただき、とても嬉しいです。
ご指摘もごもっともで、この作品は心の機微やストーリーの起伏が弱いと自分でも思っております^^;
F田のように人の悪口を言う者は自滅する、という展開はおっしゃるとおり、麻酔科医の活躍とは関係がなかったですね。
外科医の忘れ物と麻酔科医の仕事。
この2つを書いたため、どっちつかずの作品になってしまいました。
ご指摘ありがとうございました。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>夜の雨さん

お読みいただきありがとうございます。
わかりやすいと言っていただき、とても嬉しいです。
情景描写や人間描写などおっしゃるとおり、かなり書き足りないところであり、反省しております。
物語として、もっと盛り上がるようこれからも勉強していきたいと思います。
コメントありがとうございました。

西山鷹志
softbank126077101161.bbtec.net

拝読いたしました。

麻酔の話でここまで書き上げるのですから感心します。

麻酔で思い出すのが私が初めて手術した時のことです。
それまでも部分麻酔はありますが、全身麻酔はまったく別物ですね。
椎間板ヘルニアに悩まされ、沢山の整骨院を周りましたが仕舞いには痛み止め
注射でも効かなくなり、歩く事もトイレに行くにも油汗が出るほどの激痛
痛みが取れるなら片足を切断しても良いと思うほどでした。あれは正に地獄です
それでやっと手術が決まった時、怖さより嬉しくなりました(笑)

こちら文章に出て来る
>麻酔をかけるときに患者さんに
>「一つ…二つ…三つ……はい、落ちた!」

私は三つで落ちてしまいしまた。
眼が覚めたら寝台車の上に居て家族から声を掛けられ目覚めました。
麻酔は怖いけど、目が覚めた時は全て終わっていてホっとしました。
ただね、体はは固定されて動く事も出来ず、おしっこはどうなるのかと思ったら
チンコに管が入ってました。誰がやっとの思ったら、流石に恥ずかしかったですね。
私事になり申し訳ありません。

改めて思いました。オペする医師は当然ですが麻酔科医師の重要性。
料理で言えば味加減でしょうか(笑)
患者の体重、体調などに合わせて麻酔の調整するのでしょうね。
医療小説、難しい分野ですが、楽しませて貰いました。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>西山鷹志さん

お読みいただきありがとうございます。
手術を怖がる患者さんは多いですが、
ヘルニアの苦痛から逃れられるのなら手術を選択したいという気持ち
分かる気がします。
尿道のカテーテルは嫌なものですが、
意識がある内に通されるのも嫌なものですよ^^;
楽しく読んでもらえたようで、私としてもとても嬉しく思います。
感想を書いてくださり、ありがとうございました。

クレヨン
softbank060106201057.bbtec.net

 拝読しました。

 まるで本職みたいに詳しくてびっくりしました。言われてみるとそこどうしてるんだろう、ああこういう風になってたんだ、と感じることの連続でした。

 個人的にはF田さんがいい味出ていたなって思いました。「麻酔科医は楽でいいよな」っていう嫌な言葉があるからこそ、より麻酔科医のよさが際立つっていうことに気づかされました。
 

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>クレヨンさん

お読みいただきましてありがとうございます。
F田がいい味を出していたと言っていただき、作者冥利に尽きます。嬉しいです。
外科医は派手で、ヒーロー的なイメージがありますが、
麻酔科医など、さまざまな人達の働きで手術が成り立っています。
そのことを読み取っていただけたようで嬉しく思います。
感想コメント、ありがとうございました。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

神楽堂様、作品を拝読させていただきました。

私も二回ほど全身麻酔の手術を受けたことがあります。本当に不意に意識がなくなって、
目覚めたら終わりましたよ~とか言われて拍子抜けした記憶があります。
麻酔という技術、薬品が発明されて本当に良かったと思います。意識のあるまま内臓の手術とか
悶絶とか言うレベルではなかったでしょうから。

本作ですが、確かにストーリーらしきものがなく、職業紹介のような印象は受けます。
病院にも様々な人間ドラマがありますから、その辺りもっと凝って書いてもよかったかもしれません。
作者様の狙いが麻酔科医の仕事の内容を主軸に書きたかったというのであれば成功していると思いますが、
これは小説か? と言われると少し物足りないような気がします。

とは言え、文体は読みやすく、医療に関心のない人でもすいすい中身が頭に入ってくるので
その意味でとてもよい作品だと思います。

それではこれからもお互い頑張りましょう。それでは失礼します。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>平山文人さん

お読みいただきましてありがとうございます。
ご指摘はおっしゃるとおりで、私自身もそう思っております^^;
読みやすく、中身がすいすい頭に入ってくるとのことで、
それを意識して書きましたので、平山文人さんにそう言っていただけて嬉しく思います。
感想を書いていただきありがとうございました。

ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
118.103.63.130

読ませていただきました。緊張感のある読みやすい文調で、真似したいです。

全体のイメージは、患者としてオペを受けているような感覚になりました。
淡々と麻酔科医から、麻酔を受ける手順を説明されて、過去の成功例・失敗例と破廉恥をプレゼンされた気分です。
また、麻酔科医という新たな職業の知識が増えてためになりました。ありがとうございます。

さて、他の人の意見と同じように全体として退屈します。学校の給食後のようにお腹が膨れて、読んでいる途中で、眠くなってしまいました。
その理由をいくつか私なりにまとめました。


<* * *
麻酔科医は変わった人が多い、というのはよく聞く話。
<上下の人間関係をきにしない。

「異端者」を副テーマにしつつ、伏線をはっていくと、ストーリー展開が面白くなるのかな?
と、思いました。


<「今日もオペだ」
<「今日もオペだ」
章の代わりも、またオペか、分かったよって飽きがきます。
「これより、異端麻酔オペをする」みたいな決めゼリフを作って「新たな展開が始まるぞ」みたいな期待を持たせるといいかもしれませんね。

いろいろ書きましたが、実際に自分で綴ると上手くできないんですよね。

周りの人間関係の拡がりとストーリー展開を生みつつ、読者をあっと惹きつける、心の麻酔を文字でかけてみたいものです。

読ませていただきありがとうございます。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタさん

お読みいただきましてありがとうございました。
楽しんでもらえたようで何よりです。
展開が退屈であるというご指摘、ごもっともです。
人間関係の方は、確かにもう少し深く書くことができそうですね。
感想を書いていただきありがとうございました。

茅場義彦
M106072182224.v4.enabler.ne.jp

読みやすいし分かりやすい。小説ではなさそうですね。エッセイですかねえ。麻酔医ってそういう立場なんだああ。医龍とかで執刀医は優秀な麻酔医を真剣にー確保しいうとするとかエピソードあったような。すごい仕事っすね。どこでも人間関係なんすなあ。変わらんねえ。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>茅場義彦さん

お読みいただきましてありがとうございます。
読みやすい、分かりやすいと言っていただき、そこは心がけているところなので、とても嬉しく思います。
小説としての要素は弱めかな、と自分でも思っております^^;
職業もの作品として、その職業の世界を読者様に味わってもらおうと思って書いた作品になります。
1つ、2つ……は、そうですね、医龍ネタです。
麻酔科医は手術に必要不可欠な存在でありながら、活躍はあまり知られていないんですよね。
人間関係は職種を問わず、どこでも大変ですよね^^;
お読みいただき、感想も書いていただきありがとうございました。

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