尾根ギアします
私は一通のメールを保存している。「見積書の作成に必要な資料をファイルで送ります」といったよくある仕事のやり取りだから、書いてある内容はさほど重要ではない。保存した理由は、最後の一文に書かれるはずだった「お願いします」が、「尾根ギアします」と打ち間違って送信されてきたから。
本来ならこの世に生まれてくるはずのなかった、間違った言葉。軽く舌打ちされながら、バックスペースボタンで跡形もなく消されてしまう言葉。忌み嫌われたまま一生を終える「尾根ギアします」のことを思うと、心臓がきゅうと縮む気がした。
私が好きなあるコピーライターは「人は書くことと、消すことで、書いている」といったキャッチコピーを生前残したが、それはとても正しくて、とても残酷な言葉だと思う。
スマホのメールアプリを起動して保存のカテゴリを開くと、無機質なセンテンスの集合体の中から七文字だけがくっきりと浮かび上がってくる。
明朝体特有の繊細さで書かれた「ま」や「す」は、自分の出生を恥じるかのように背中を丸めていて、「ギ」は緊張のせいかぎこちなく固まっていた。彼らの気持ちを落ち着かせるため液晶に浮かぶ文字をなぞると、指先にうっすら熱が伝わってくる。
「私だけが、あなたの存在を知っているのよ」と考えるのは、傲慢なセンチメンタリズムなのかもしれない。
それでも、スマホが主流になり、パソコンも予測変換が当たり前になった今の時代において、タイピングミスで「尾根ギアします」が誕生したこと。そして、消去されることなく私のもとに届いたという事実は、ある種の奇跡だと思う。
だから私は、彼らが存在していたことを決して忘れはしないし、このメールはいつまでも消さずにいるつもりだ。
そしてもう一つの理由はごく単純だ。タカシから貰った初めてのメールだったから。もっとも彼は覚えていないだろうけれど。
◆
その建物を初めてみた時、公民館みたいだなと思った。外観のことではなくて、その建物が持つ特有の雰囲気とでもいうべきなのだろうか。古い洋館だから全体的に古ぼけてはいるけれど、外壁・玄関ともに手入れが行き届いている。庭に植えられている無数の樹木も、ことさらに飾り立てているわけでは無いけれど、風景に上手く調和していた。
玄関まで続くスロープにはバリアフリー用の手すりが取り付けられていて、足元にはセンサー式のフットライトが等間隔で並んでいる。ただそうした配慮に気づく人はおそらく居なくて、当たり前のようにやり過ごすのだろう。
お店にありがちな過度な自己主張も、一般住宅のようなパーソナルさも、オフィスビルのような排他的な寂しさも、その建物には当てはまらない。老若男女を公平に受け入れてきた律儀さと寛容さが建物の隅々に行き届いて、その潔い距離感はとても好感が持てた。
吸い寄せられるように玄関に向かうと、フットライトが順番に灯り、柔らかいオレンジ色が闇夜に滲んでいる。イギリスアンティーク調の玄関ドアには楕円形のステンドガラスが埋め込まれていて、太陽っぽいモチーフの幾何学模様が描かれている。
玄関には【消失博物館】と掠れた文字で記されたプレートが埋め込まれていて、その下には「OPEN中」という立札がかかっていた。なんの博物館なのだろうか? よく分からないが、公民館という私の第一印象もあながち間違いではないみたいだ。
スマホの画面を見ると、二十二時を少し越えたところだった。部屋を飛び出して彷徨うように歩き始めてから、もう二時間も歩いていたことになる。どうりで足の裏が痛むはずだ。おまけに銀の糸のような雨が頬を濡らし始めている。でも、タカシの待つ部屋には今は戻りたくなかった。
少しでも時間が潰れてくれることを願い、私は真鍮製のドアノブをゆっくり回す。ギィという重い音と共にドアが開くと、コーヒーの香ばしい匂いが出迎えてくれた。
夜遅いこともあり、館内には私以外の来客は誰もいない。入口にある掲示板を見ると、『観覧希望の方は二階の受付まで』と几帳面な字で記されていた。赤い絨毯が敷き詰められた階段をしとしと昇ると、最奥の部屋から光の筋が漏れている。どうやらコーヒーの香りもそこから漂っているようだ。
「すみません。誰かいませんか」
勝手に館内に入った後ろめたさから、どうしても遠慮がちな声のトーンになってしまう。すると光の筋がゆっくり広がり、中から人の姿をしたシルエットが現れた。ジョングリア孤児院で足ながおじさんを見つけた時のジュディも、おそらくこんな感じだったのかしらん。
「あぁ、お迎えできずに申し訳ありません。展示物の整理をしていたもので」
シルエットの主は落ち着いた声でそう言うと、私の方にゆっくり近づいてきた。身長が百六十センチの私よりも頭一つ背が高くて、ほっそりとした手足を黒いスーツが包んでいる。年齢は六十歳過ぎだろうか、ロマンスグレーの髪が落ち着いた雰囲気を醸し出していて、高級レストランのギャルソンを連想させた。
「すみません。勝手に入ってきちゃって。こんな時間ですけれど、見学は出来ますか?」
「もちろん、大歓迎ですよ。営業中の看板も出ていますしね。どうぞ好きに見てください」
館長は柔らかい笑みを浮かべ、展示室まで私を案内してくれた。部屋は思ったより広くて、壁に沿って大きなガラスケースが並んでいた。どうやら、左回りで見ていくルールらしい。
◆
最初に目についたのは、壁の一角を覆っている大量の額縁だった。その中を覗くと、白い水玉模様が等間隔に並んでいた。サイズは五十円玉の穴を一回り大きくした程度で、正確な数は分からないけれど五百個は優に超えているだろう。よく見ると、穴あけパンチを使った時に出る丸い紙屑だった。
「すみません。何ですかこれ?」
「なんだと思います?」
館長は悪戯な笑みを浮かべながら、逆に質問をしてきた。
「世界的に有名なデザイナーの芸術作品とかですか?」
「いいえ、作者と言って良いかは分かりませんが、とある小説家志望だったAの人生の縮図になります」
そう言うと館長は、「新人賞に小説を応募する方法は分かりますか?」と尋ねてきた。私は首を横に振る。
「最近はWebサイトから直接送れる賞も増えましたが、Aが若かった頃は郵送が中心でした」
「なんか大変そう」
「そうですね。用紙代も切手代もかかりますし、印刷の手間もありますからね。でも、郵送でしか味わえない達成感もあるので、どちらが良いかは人それぞれです」
「詳しいですね」
「Aからそう聞きました」
館長の横顔をそっと覗き見るが、その表情をうかがい知ることはできなかった。
「少し脱線しました。先ほど話した郵送応募には、【右肩を紐で綴じる】というルールがあります。クリップの場合もありますが、黒い紐で綴じることが大半です」
「なるほど、その時に使うのが穴あけパンチってことですね」
私の回答を聞いて、館長は満足そうに頷いた。
「正解です。そして、この額縁に収められているのが、Aが初めて公募に応募した時に出た、穴あけパンチの紙屑を並べた物になります」
B2サイズの額縁の下には、【1978・3・31・420】と書かれた白い紙が貼ってあった。
「これがタイトルですか?」
「そう、1978年の3月31日に応募して、パンチ穴の数は420という意味です」
原稿用紙で400枚以上か。小説のことはよく知らないけれど、おそらく大作なんだろう。逆立ちしたって私には書けそうにない枚数だ。
隣に飾られた額縁を順番に追っていくと、【352】【405】【225】【542】といった文字が見て取れた。
「その頃は、彼がまだ書くことを楽しんでいた時期ですね。小説家の卵として希望に満ち溢れていたのでしょう、きっと」
そう言うと館長は、「こちらに」と私を促した。すると額縁はB3にサイズダウンしている。タイトルを見ると、【146】【89】【102】【66】と数字も小さくなっていた。
「この頃のAは、小説への情熱を少しずつ失いかけていることが見て取れます」
「なんで分かるんですか」
「原稿用紙の少なさですよ。おそらくですが長編を諦めたのでしょう。短編や地方の文学賞への応募が中心になっています。書くことへの恐怖が生まれたのかもしれません。物語りの欠片を積み上げ続けることに疲弊したのかもしれません。いずれしても、小説への純な思いが失われてしまったことが推測されます」
「それってなんか悲しいですね」
「仕方ありません。好きや情熱は永遠ではないですから」
館長の言葉が胸に刺さる。そう、人の気持ちは常に変化し続けることを、私もタカシも知っている。だから私は今手にしている物を大切にし、彼は曖昧な物を確かにするために前に進むことを選択した。
◆
「結婚して欲しい」とタカシから告げられたのは、二時間ちょっと前。二人でテレビのバラエティ番組見ながら、夕食に何を食べるか話し合っていた時だった。
「たまには和食が良いな」と献立のリクエストをするようなトーンでいきなりプロポーズされた。それがあまりににも不意打ち過ぎて、私は思わずアパートから飛び出してしまった。
彼のことが嫌いではもちろんなくて、むしろ逆。大切にしているからこそ、二人の関係が変化することを私は極端に恐れていた。
休日にはデートをして、時にはお互いの家に泊まって身体を重ね合って。いつも言い争っていた両親を見て育った私は、今の二人を壊してまで結婚したいとは、どうしても思えなかった。
もちろんそうした私の考え方は、タカシも薄々感づいていたのだろう。じゃないと、こんな大事なことを急に言うはずが無い。彼はそこまで無神経じゃないのだから。未来に向き合おうとしない私の狡さを見透かされた気がして、恥ずかしくなってしまったのだ。
額縁はしばらく続いたが、数字は【32】【24】【11】【13】とみるみる減ってきている。そんなはずはもちろん無いのだけれど、紙屑の丸の大きさも心なしか縮んだ気がする。
「Aはきっと自分に才能が無いことを気づいたはずです。小説家になれなかったとしても、せめて自分のこれまでを肯定するための証が欲しかったのでしょう」
そして館長は、最後の額縁を見せてくれた。タイトルは【1996・3・31・502】。これは館長の解説を聞かなくても想像できる。書くことを諦めた日であり、恐らく最後の作品となったパンチ穴だろう。最後に長編を書けたことに安堵した。
「質問していいですか?」
「どうぞ、私が知っていることなら何でも答えますよ」
「Aさんは、その後どうしているのですか?」
館長は静かに笑い、「今は全く別の仕事をしていますよ」と言った。
「小説はもう書いていないんですか」
「趣味なら書いているかもしれませんが、もう穴あけパンチを使うことはないでしょうね」
「未練はないのですか」
「どうでしょう。小説家の卵だったことも忘れて、案外幸せに暮らしているかもしれませんよ」
A自身も思い出すことの無い紙屑を展示することに、果たして意味はあるのだろうか。
そのことを伝えたら、館長は「だから私がこの場所でずっと保管し続けるのですよ」と額縁のガラス面を愛おしむように撫でた。そして、一つひとつの丸に込められた希望や絶望の欠片を語ってくれた。
変化することは別に怖いことではないのかもしれない。でも、今感じているこの気持ちが無いことにされてしまうのも、私はやっぱり嫌だった。
私はもう一度、最初の額縁から順番に丸い紙屑の集合体を鑑賞していった。それはAの人生を余すことなく記した、雄大な一編の大河小説のようにも思えた。
◆
それから館長は、一つひとつの展示を丁寧に案内してくれた。説明はとても分かりやすく、発する言葉が流体になって全身に染み込んでいくようだった。
例えば、日本海のある地域では、フクロウが【ノリツケホーセー(明日は晴れだから、糊をつけて洗濯物を干せ)】と鳴くこと。柔軟剤が普及したおかげで、ノリツケホーセーは誰にも聞こえなくなってしまったことを、はく製になったフクロウの展示の前で話してくれた。
また、ある展示スペースに飾られていた小豆が、【マゴキタカ】と呼ばれていること。それは、ある東北の寒村のみで作られている在来種と呼ばれる物で、通常の小豆に比べて表面の皮がとても薄いこと。そのため、孫がやって来た時にすぐに煮て食べさせられること。でも、農家さんの高齢化が進み、もう誰も栽培する人がいないことも、説明してくれた。
いずれも人々の心から忘れられた存在で、覚えている人がいなければ本当に消えてしまうわけで。それは穴あけパンチの展示も同様の運命だろう。ようやく、玄関前に飾ってあった【消失博物館】の意味が理解できた。
「どうです、楽しんで頂けましたか?」
館長の言葉に、私は曖昧に頷く。消えゆく物に囲まれることで、私という輪郭がくっきりと浮かび上がる、それはとても心地よかった。ただそれを言葉にするのは不誠実な気がして、私は館長に何も言うことができなかった。
フロアを一回りした後、館長はコーヒーをごちそうしてくれた。苦みが少し強めだったけれど、酸味は抑えられている。今の私の気分にちょうど良い味だった。
「ちょっと相談があるのですが」
二杯目のコーヒーを注いでいる館長に向かい、先ほどから考えていたことを口にした。
「この言葉を展示することは可能ですか」
スマホのメールアプリを開き、【尾根ギアします】を館長に見せる。
「このメールを消してしまいたい。その意味でよろしいでしょうか?」
私は一気に、尾根ギアしますのことを語っていた。
タカシから始めて貰ったメールで、その打ち間違いがキュートに思えたこと。これがきっかけでお互いに少しずつ話すようになったこと。付き合って三年が経ち、タカシはきっとこのメールをもう覚えていないだろうということ。
尾根ギアしますを愛でて現状維持を好む私と、未来を見据えて前を歩き続けるタカシとは、生き方が正反対であること。お互いのことを大切にする想いは一緒なのに、そのアプローチ方法が違う。そのギャップに予想以上に戸惑ってしまい、この先やっていけるか不安になっていること。要領を得ない私の語りを遮ることなく、館長はずっと耳を傾けてくれた。それがとてもありがたかった。
「尾根ギアしますの言葉やその成り立ちには非常に興味を覚えました。ただ、この博物館に展示するには、まだ相応しくないように思えます」
「でも、彼とこの先ずっと上手くやっていくためには、私自身が変わらないといけないと思うんです」
「かもしれませんね。しかし、そのために捨てられる尾根ギアしますは、どう感じるでしょうか」
館長は慎重に言葉を選びながら続ける。
「もう閉館の時間が来たようですね。またご縁がありましたら起こしください」
こうして私の不思議な時間は、唐突に終わりを告げた。
◆
洋館を出ると、十二月の冷たい風が頬を刺した。雨はすっかり上がっていて、うすい靄がかかった上空を半月が淡く照らしている。
入る時は気づかなかったが、どうやらここは新興住宅街らしい。サンタやトナカイ、英語でメリークリスマスと記された電飾が、家のベランダや壁で嬉しそうに点滅している。そうか、クリスマスはもう三日後か。そんなことにも気づかないぐらい余裕が無かったここ最近の自分がなんだか滑稽で、思わず苦笑してしまった。
不思議な展示物を見たからなのか、それとも館長に不満を全て吐き出したからなのか。アパートを出てきた時と現状は何も変わっていないのに、心は少しクリアになっていた。
スマホを取り出してLINEを開くと、十数件のメッセージが届いていた。送り主は見なくてもわかっている。おそらく私たちは、二人でいることに少し慣れ過ぎたのだ。でもそれは決して悪いことではなくて、こんな不思議な夜に時折出会わせてくれる。
(さっきはゴメン。今から帰るから)と送ると、すぐに返信が来た。
(こっちこそゴメン。迎えに行くからそこで待ってて)
(よく知らない場所だから説明できない。駅で待ちあわせしよう)
(どれくらいで着く?)
(分からないけど三十分ぐらいかな、遅くなりそうなら連絡する)
(じゃあ駅前のスーパーで夕飯の買い物をしとくよ)
二十三時過ぎから夕飯? とも思ったが、たまには良いか。
生姜がたっぷり効いた唐揚げとか、餃子の皮で作るラザニアとか、ブロッコリーの胡麻ドレッシング和えとか、茄子と豚バラの重ね蒸しとか、バナナミルクケーキとか、二人の大好物をこれでもかってぐらいに作ろう。
そして一晩かけて食べ尽くそう。きっと明日の朝は寝不足と胃もたれで後悔するだろうけど、二人でバカなことをしたと笑い合えばいい。そんな思い出もきっと必要だ。
私は必要な食材を書き込んで、最後に(お願いします)と送る。そして、駅がありそうな方角に向かって歩き出した。後ろは振り返らない。確証はないけれど、その瞬間に博物館は蜃気楼のように消えて無くなってしまう気がしたから。
さっきまでのふうわりとした時間が逃げないよう、マフラーをきつく巻き直した。すると、ポケットの中でスマホが短く鳴る。
(いやいや、そこは「尾根ギアします」でしょ)
タカシの中に「尾根ギアします」が息づいていることに、少々驚いた。私だけしか愛していないと思っていた七文字にも、穴あけパンチの夢の残骸にも、消えゆく運命のノリツケホーセーにも、瓶の中で眠り続ける小豆にも、もしかしたら存在する意義はあるのかもしれない。
路地を左に曲がると、光の渦が飛び込んできた。クリスマスを控え浮かれた街は、夜が更けてもまだ騒がしい。遠くにはいつも利用する駅舎がなんとか見て取れる。
タカシのはにかんだ笑顔を思い浮かべながら、私は少しだけ歩調を速めた。
執筆の狙い
「カクヨムWeb小説短編賞2023・円城塔賞」の最終選考作品に選出されました(ペンネームは別ですが)。
前回から少し間が空きましたが、3月締め切りの公募と確定申告が無事に完了したので、ごはんをまた再開したいと思います。タイトルになっている【尾根ギアします】は、そそっかしい私がよくやるタイピングミスです。「私もやったことがある」と共感した方、ぜひ一度読んで頂けると嬉しいです。