吉永灯美子の野望 (資源は力なり)
長年政権を握っていた平和党がついに政権を奪われ、新日本党が悲願の政権に着いたのは良いが、コロコロ毎年のように首相が代わって行った。つまり政治力に乏しい主導者と官僚達だ。
中には半年持たないで首相が代わる。これはもう世界の笑い者である。誰がやってもどんぐりの背比べであった。日本の回転寿司は世界でも有名だが、それを皮肉って主要国は回転寿司首相と呼ぶそうだ。
力のあるリーダーの居ない日本の経済は立ち直れず、ついに国の借金が天文学的な一千五百兆円近くにも膨らんだ。これは国民ひとり当たり一千万を超える。家族四人なら四千万にもなる。これを返済しながら生活して行くのだから、まさに借金地獄である。西暦二〇XX年になり、怒りの収まらない国民は、千人のデモ行進から始まり一週間後には十万人に膨れ上がり、やがては日本全土に広がりその規模は五百万人を越え、ついに新日本党は総辞職寸前であった。
そんな折、テレビでは政治討論が生放映された。
「新日本党の要であるまず幹事長、真中哲人さんと、特別ゲストとしてお呼びした。今や押しも押されもせぬ大女優として芸能界に君臨する吉永灯美子(ひみこ)さんです。お二方には今の政治の在り方についてお伺いします」
大女優と朝の政治討論番組の司会者に紹介された吉永灯美子は、クスッと笑ったが大女優と言われも否定はしなかった。
「幹事長、初めまして本日は宜しくお願い致します」
「吉永灯美子さんの活躍は存じ上げておりますよ。こちらこそ宜しく」
日本の女優にしては眼がきつい。これは決して妥協せずに己の意志を貫く持ち主に多い。それで居て気品があり、知的で美貌の持ち主であった。
男でも敵わないほどの強心臓の持ち主であると共に自信家であり、政治にも精通していて政治論は下手な国会議員でも歯が立たない。
「まず吉永灯美子に伺います。最近の政治に対してお話する事はありますか」
「そうですね。政治家でもない私が語るのもなんですが、もはや今の政治では日本はギリシャの二の前になりかねませんね」
それは聞いた新日本党幹事長、真中哲人が噛み付いた。
「それは吉永さん聞き捨てなりませんなぁ。我々は寝る間も惜しんで日本経済を立て直しに掛かっているのですよ」
「あらまぁ。そうなのですか? それなら何故国民があれだけ騒いでいるのですか。数百万人にも膨れ上がったデモをどうするつもりですか。もはや新日本党は終わっていますよ」
終わっている発言に真中幹事長は怒りを爆発させた。
「君~素人に何が分かる? では君に今の数百万のデモを鎮める事が出来ると言うのか?」
吉永さんから、いきなりキミ呼ばわりとなり司会者も慌てた。この見下した発言に動じない灯美子は密かに、ほくそ笑む。すぐ頭に血が上る政治家だ。底が見えている。
「勿論、それだけの自信があるから言っているのです」
「ほう……それだけ大見得を切るなら、国民のデモを静められるかな。それが出来たら君を副幹事長クラスのポストとして迎えよう。但し当選してからの話だがフッフフ」
福幹事長と言えば聞こえは良いが筆頭、代理を除き二十人以上も居る。まあ新人議員となれば仕方ないが役職は役職である。しかしこれも今回の選挙で当選しなければ水の泡と消える。あとは己の実力で上がれば良い。
「幹事長、その言葉に嘘はないですね。これは生放送ですよ。あれは勢いとか売り言葉に買い言葉なんて事は通用しませんよ。いいわ、私も約束しましょう。私が日本を変えると」
吉永灯美子は平然と言って退けた。この反響は大きかった。翌日の新聞は全てトップで報じられた。
もう今の政治は男に任せて置けないと立ち上がった人気ナンバーワンの女優、吉永灯美子であった。灯美子は現在四十才。東大卒で地質学を専門に学んで来た秀才でもあり博士号も取得している。元々、女優よりも政治家向きと噂された人物である。
映画の中でも時々、若き国会議員役で名演技は有名だ。ましてや東大出で頭も切れる。以前に平和党や新日本党から出馬を頼まれた人物だ。だがこの時は若く政治家より女優に魅力があった。だが四十代に入り政治家も悪くないと考え始めていた。
そして有言実行とばかりデモ隊や国民に向かって呼びかけた。
「国民の皆様、わたくし吉永灯美子は沈みかけた日本を救います。女に何が出きると言わないで下さい。某国では民主化運動指導者アウン・ノ・コキュー二世氏が国を変えようとして一旦政権を取ったのですが、軍が反乱革命を起こし、失敗しております。だが私はやります。私にはある構想があります。お約束します。私が日本を救います」
選挙が始まり新日本党公認で出馬を求めたが敢えて無所属で選挙に臨んだ。借りを作りたくないのと誰の手を借りなくても当選出来る自信があったからだ。
これは大きな反響を呼んだ。日本を救うと言い切りトップ当選を果たした。テレビ番組の政治討論、他の報道番組でも引っ張りだこになった。勿論、日本を救う根拠を聞きたいとテレビ局はこぞって報道した。その都度、彼女が国民に訴えた。彼女の一言は大きく実際デモに参加した群衆は彼女に賭ける事にし、ひとまずデモは鎮静化した。
よってテレビ討論でデモを鎮める公約は果たした事になる。当然、新日本党も約束を果たさなければならない。彼女の人気は絶大であり、新日本党としても救世主を迎えた事になる。新日本党は彼女に掛ける事にした。公約通り幹事長は彼女を福幹事長として迎えた。彼女の人気は凄まじく半年後には福幹事長筆頭、一年後には真中哲人を押し退け幹事長に任命された。だが人気があるのは吉永灯美子だけで、新日本党の屋台骨が揺らいでいる。このままでは次期選挙では勝てない。新日本党は最後の手段として、更に一年後には何を血迷ったか日本初の女首相へと祭り上げた。このままで政権を奪われる。それなら絶大な人気を誇る吉永灯美子に託したのだ。
憲法六十七条一項は国会議員である以上、天皇の任命を受け日本国首相に任命された。
勿論、一部の議員や大衆からは、いくら頭が切れるからと言って若干四十三才になったばかりの素人に何が出来るのかと反対もあった。
しかし党の解体よりも国が崩壊する事が怖い、苦肉の作であった。国民は唖然としたが、ともかく彼女に期待を寄せた。女優時代から強気の発言で有名だが、その彼女は首相就任演説で、途轍もない事をぶち上げた。その内容は驚くべき事だった。
「私が日本を変えます。日本の歴史をご覧ください。日本人は物を作り売る事で経済成長を成し遂げて参りましたが、もはやその時代は終わったのです。日本は国土が狭く資源がないと誰も資源を発掘しようとしませんでした。しかし忘れてはいませんか? 日本の国土面積は約三十八万km2世界で六十四番目に狭い国土であるが、だが我が国は全て周りを海に囲まれた国なのです。その海域は国土面積の十二倍の四百五万km2であり、これは世界で六番目となります。とても海洋資源に恵まれた国なのです。この海洋資源を何故発掘しないのですか? たかが漁業だけでは知れています。私は宣言します。これより海洋資源調査として国家予算の八%弱つまり九兆円を注ぎ込みます」
国会は大騒ぎになった。これでは国民にこれ以上、消費税を上げるとは言えなくなる。
「首相! 何を血迷ったか知らんが今の日本経済にそんな余裕はない」
「あなた方は何も分かっていない。責任うんぬんとか保身に走っては何も生まれませんよ。私は地質学者である事をお忘れですか。伊達に知識学者を名乗って居ません。自信はあります。良いですか今は下町の工場でも資源探索を自費でやろうとしているのですよ。千葉県沖二百キロの地点に八千メートルの海底にボーリング計画を立てているのですよ。しかし資金が足りず挫折せざるを得なかった。国は資源開発費を出さなかったからです。なぜ国は何もしないのですか、今では近隣国にも日本企業は押されて風前の灯じゃありませんか。今こそ世界六位の広大な海原から海洋資源を発掘するのです」
「首相! 可能性はどのくらいあると、お思いですか? ましてや九兆円も資源発掘に何処から捻出すると言うのです。失敗したら税金の無駄使いどころの騒ぎじゃありませんよ。そうなったらどう責任を取るのですか」
「責任うんぬんとか失敗なんとか言っているから計画は前に進まないのです。それなら作れば良いのです。日本には宗教法人など税金を払わなくても良い団体が、いくつかあります。勿論、この団体でも個人となれ税金を払いますが、お布施、お賽銭、寄付金など収益の分からない物があります。その金を運営し利益が出れば税金の対象になりますが、何よりも訳の分らない怪しげな宗教法人もあります。拠って私は法の改正を行い国が認めた宗教法人及び、それ以外も宗教法人制を廃止し利益団体として宗教税を導入します。勿論、宗教団体により税率は異なりますが」
これに怒ったのが宗教団体からなる孔命党であった。しかし吉永首相はたった三ヶ月でこの法案を可決させ五兆円を宗教団体から吸い上げた。しかしまだ四兆円も足りない。
そごで投資家に呼び掛けた。日本の海洋資源の可能性に賭けてみませんかと。これは魅力的な投資だ。投資家はこの話に乗った。そして目標の九兆円を作りだした。
これは国会議員のみならず国民まで唖然とさせられた。国家予算を使わず九兆円が浮き誰もが反対しなかった。確かに大きな賭けではあるが望みはある。これには与党からも野党からも喝采を浴びた。
「流石は吉永首相、国家予算ではなく美味い所から引き出しましたね」
「ご賛同に感謝します。良いですか? なんの根拠もなく九兆円もの金を注ぎ込むと思っているのですか。すでに何千人にも専門家チームで調査を進めています」
「では海洋資源は必ず発掘出来るとおっしゃるのですか」
「はい約束しましょう。上手く行けば投資した金の百倍、いや天文学な利益をもたらす事を、その時は国民に還元します」
確か強気な女性である。この首相なら何かやってくれる、そんな声が聞こえるようになった。現在日本には海洋調査船なるものは官民間合わせて数百隻しかない。その内半分以上は漁業に関連したものであり海底資源と無縁のものだ。そこで海洋調査船を十倍にも増やした。政府は地質学者、海洋学者等を総動員して、日本にある全ての海洋観測艦に海底探査船、ボーリング船など増船。南極観測船、自衛艦まで投入した。海洋調査を投入してから早一年半。すでに五兆円をつぎ込んでいた。
そして二年、首相官邸に第一報が入った。
「新潟県沖から九十キロ地点で油田を発掘、かなりの規模の埋蔵量が予想されます」
それから続々と朗報が飛び込む。小笠原諸島で油田発見。同じく尖閣諸島でもレアアースを発見、また八丈島近海でメタンハイドレーまで発掘した。連日のニュースで国民は歓喜した。世界は驚くこれほどの資源が日本近海にあったのかと。
五年程前は政党批判で全国規模のデモが繰り広げられたが、今度は違う。日本の救世主、美しすぎる首相と持て囃され祝福のデモならぬパレードが繰り広げられた。
某国の英雄指導者アウン・ノ・コキュー二世氏が政界で注目されていたが、今日では彼女に並び美貌の救世主と呼ばれるようになった。
国会周辺を取り囲む群衆はヒミココールが鳴りやまない。
その光景をみて吉永灯美子は握りこぶしを作り「やった」と叫んだ。
それから更に半年後。続々と吉報が入った。宇宙からは人工衛星で海洋調査を始めていたが、そしてついに天然ガス田を発見。海からも陸からも日本は膨大な資源を手にした。
マルコ・ポーロの『東方見聞録』によると莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金で出来ていて財宝に溢れている国、それがジバング(後の日本)と紹介している。ついに黄金の国ジバングの復活であった。
この朗報に国民は沸き上がった。日本には資源ないと歴代の首相は海洋調査に力を入れなかった。まったくではないが、年間予算の一割も注ぎ込むなんて無謀な事はしなかった。
失敗したら歴代首相でもっとも罪深き首相としてレッテルを貼られるのを恐れたからか? 資源輸入国が一転、輸出国へと生まれ変わった。
これで国の借金一千五百兆円も十年以内に返済の見込みが立った。
その点、怖いもの知らずで、強気の吉永灯美子は成功した。成功なんてものではない吉永灯美子はどん底の日本を救った。それから更に三年後、消費税は廃止、全ての高速道路は無料化。石油産出国となった日本はガソリン税も廃止。健康保険料、医療費も無料化が決まった。老齢年金は六十五才から全ての国民に最低月額三十万円を約束した。国民は喜んだ。安心して老後を暮らせると。今や六十五歳以下の無職者は、ほぼゼロ状態となり日本経済は世界一へと躍り出た。
だが強気の吉永灯美子は首相になって四年、今や日本の女神様と言われ誰も逆らう者は居ない。少子高齢化問題も心配ない。将来の不安も解消され今や若い夫婦で子供三人以上が当たり前の時代になった。更に一人増えるごとに養育費二十万を支給。最近はでは五人七人兄弟も増えて来た。これで少子化も止まり日本も安泰である。
こうなると、とどまる事を知らない吉永灯美子は眠らせていた野望の実現に向った。
「国民の皆さん、いま日本には少なくても三つの領土問題があります。不当に占領された北方領土、竹島。そして尖閣諸島に於いては恐喝にも等しい揺さぶりを仕掛ける隣国これは日本の国が弱いからです。しかし今の日本は資源が豊富で世界一の資源大国と経済大国と二つもの世界一の称号を手にいれました。資源は力なり強い日本を復活させるには他国以上の軍事大国でなくてはりません」
これを聞いた国民は、あんぐりと口を開けるだけだった。中にはとうとう本性を現したな、と野党議員が騒ぐ。今や独裁者となりつつある灯美子に逆らう者はいない。経済力に物を言わせ夢の構想を実現させた。その灯美子の野望とは、密かに進めていた核保有国として世界に宣言した。
勿論、アメリカとは水面下で進めて居た事だ。近隣国の脅威に対抗するには日本も軍事大国になって貰わねば困るという事で合意した。
各国は経済制裁、それでも強行するなら国交断絶と迫ったが、しかしそれも予測済、これも既に秘密裏に建造していた軍事力を公表した。国産初の原子力空母を一気に五隻も建造した。勿論アメリカ、インド、ドイツ、イギリスなどに密かに発注した武器や戦艦、戦闘機なども出来上がり、ここぞとばかりにぶち上げた。
あり余る金でついに日本はアメリカと並ぶ世界最高の軍事力を公開した。宇宙から攻撃できる宇宙ステーション基地には核弾頭ミサイルを配備済みであること。更に更に原子力空母二十艦建造中、原子力潜水艦二百艦 国産ステルス戦闘機五千戦機、自衛隊を廃止し百五十万人の軍隊とした。
驚いた近隣国は領土主張していた島を放棄し同盟関係を結んだ。あの国も拉致被害者を全て帰し核兵器廃止を決めた。
「国民の皆さん、資源は力なり政治も力です。我々は勝利したのです。しかし第二次世界大戦の日本を繰り返してはなりません。今の日本の軍事力は世界一となりました。だが日本は世界平和の為に他国を攻撃するような愚かな事はしません。困った国には手を差し伸べます。しかし他国で紛争があれば力で押さえます。今やアメリカに代わり日本が世界の警察になるのです」
今や世界の政治家から二十一世紀のヒットラーとか、サッチャー二世とか呼ばれるようになった。独裁者はいずれ滅びると言うが吉永灯美子は世界一素晴らしい政治家として各国から慕われている……いや恐れられている。
資源は力なり、金は力なり、軍事力は他国を黙らせる。吉永灯美子は日本いや世界の救世主なのか? ついでに名前も卑弥呼と改名した。これで日本の象徴、卑弥呼女王が世界に君臨したのだ。それから半年後、同盟国を招待し大々的に軍事パレードを行う事になった。しかし世界一の軍事国家の主が首相では貫録がないと改めた。
「万歳! 万歳! 卑弥呼大神天照皇帝」
なんか知らないが、神様より偉いような呼び名を付けたものだと各国首脳は苦笑した。
ヒミコアマテラスコウテイ?
「それはちょっと調子に乗り過ぎじゃないの」
「なんですって。卑弥呼大神天照皇帝の何処が悪いの? それとも世界女王にしようかしらZZzz💤💤」
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「先生、起きて下さい。ニヤニヤしてなんの夢を見ていたのですか?」
「何って決まっているじゃない。私が世界を支配した……? あれ此処は何処?」
「新人議員の控室ですよ。もしかして女優にまだ未練があったのですか」
「夢? 嗚呼~~~日本はどうなるの?」
了
執筆の狙い
これは作者の妄想です。
面白いか馬鹿バカしいと思うかはあなた次第です。
尚、調子に乗り姉妹編(吉永灯美子 都知事編)も作りました。
いずれ公開したいと思います。
次回は一転し恋愛小説を予定しております。