作家でごはん!鍛練場
平山文人

神風は吹かず 回天はならず

 ルソン島の乾いたような暑さだけが理由でもないだろう。大西瀧治郎海軍中将は寝床でしきりに寝返りを打ち、眠られぬ夜を過ごしていた。頭の中では様々な情報と感情が入り乱れていたが、中でも伝え聞いた昭和天皇のお言葉が何度もリフレインされる。━━そこまでせねばならなかったか、しかしよくやった。立派な戦果を治めた━━ ……後どの程度特攻がなされれば英断を下してくださるだろうか……。どこからか微かに海鳴りのような音が聞こえる。真夜中の暗闇の中、見えるものは何もない。大西は特攻作戦を熱心に推奨していたが、その一方で、これを「統率の外道」とみなしてもいた。若者たちが捨て身の自殺攻撃を繰り返していれば、思慮深い昭和天皇は停戦を指示するのではないか。大西の隠された本音はこれであった。これ以上考えても何にもならない。彼は無理やり思考を停止して、無となって横たわっていた。

 
              1

 暮れゆく空は次第に橙色に染まり、雲は青と橙の間にたおやかに佇んでいる。ビルを建て壊した後の広い空き地では数人の坊ちゃん刈りやいがぐり頭の小学生がかくれんぼをしていたが、烏の鳴く声に導かれるように絣の着物の裾を揺らして各々家路へとつく。
「あれ、あの子は幸子ちゃんじゃないか。なにしてるんだろ」
 青々とした丸刈りの、四角な顔をしたわんぱくそうな少年が、少し先の電柱の側に座り込んでいる同年代ぐらいの少女に気づいて声をあげた。
「勇、ちょっと行ってみよう」
 マッシュルーム型の髪形をやや細面の顔の上に載せている少年もうなずいて、二人は急ぎ足で少女のところへ向かった。
「あっ、勇くん、大助くん」
 振り仰いだ幸子は少し顔をほころばせた。彼らは同じ尋常小学校のクラスメイトだ。しゃがんだ彼女のひざ元には小さな段ボールがあり、その中に一匹の白い子犬がいた。クゥンクゥンともの悲しげな表情で鳴いている。
「捨て犬なの。きっと、お腹が空いているから鳴いてるんだわ」
 太陽は地平線に今にも隠れようとしていて、辺りが次第に薄暗くなっていく。幸子の体が光を遮っているので、子犬の姿が闇に溶けていくように見える。
「どうしよう、誰か家に連れて帰れないかな」
 勇もしゃがみ込んで、子犬の頭を撫でてみる。抵抗はしない。
「うちは無理だ、親父が動物大嫌いだから」
 大助がごま塩頭をかきながら残念そうに呟く。勇も揃っている前髪をぐしゃぐしゃしながら、俺んちは猫飼ってるからなぁ……と申し訳なさそうにうなだれる。それらを聞いた幸子は、意を決して段ボール箱を抱え上げた。おかっぱの髪が一瞬逆立った。
「決めた。私が連れて帰る」
勇と大助は驚いたが、それがいいよ、と同意した。
「そうだ、俺ビスケット持ってた」
 大助が手提げかばんからしわくちゃになった箱を取り出して、一枚ビスケットをつまんで子犬の口元に持って行った。すると子犬は瞬く間に食べてしまう。
「ありがとう。すごく喜んで食べた!」
 幸子が大きな瞳を輝かせた後、にっこりとほほ笑んだ。勇も実は絣のお腹のところに素昆布が入っていたが、犬が食べるとは思えなかったのでためらっていたが、大助の後に続けと子犬の顔の前に差し出してみた。すると勢いよくかみ砕きはじめた。
「わあ、犬でも素昆布を食べるのか」
 あげた張本人が驚きの声をあげた。つられて幸子と大助が笑った。歩くうちに三人は幸子の家に辿り着いた。彼女はまなじりを決し、これからがんばってお父さんとお母さんを説得します、と門の前で足元に小さな子犬の入った段ボールを置いたあと、片手を額に掲げ、敬礼して見せた。
「武運長久を祈ります!」
 と、勇と大助も敬礼を返した。そして軍隊調に踵を返し、草履を鳴らしてもはや真っ暗になった中、家路へとついたのだった。

 翌日の朝、三人の通う尋常小学校の教室で勇と大助は幸子からの報告を受けた。無事、白の柴犬は我が家で飼う事になったということと、メスだったので名前はビス子にしたとのこと。
「びすこ?」
「昨日ビスケットと素昆布をおいしそうに食べたから二つあわせてビス子にしたの。可愛いでしょう。二人ともうちに遊びに来てビス子に会いに来てね」
 と、微笑みながら言われて断る男子がこの世にいようか、と大助は思い、すぐに縦に三回ぐらい首を振った。勇はばあちゃんに言ってお小遣いもらって駄菓子屋に行ってまた何かお菓子を買わねば、と素早く計算していた。

             2
 
 なだらかな丘になっている利根川の川べりを暖かい日の光が照らしている。ツクシやタンポポや菜の花が一面を埋め尽くしている。青空にはわずかに積乱雲が浮かんでいるのみで、冬の寒さも消えつつある中、幸子はビス子と散歩を楽しんでいた。ビス子を拾ってからもう5年も経つ。小さな白犬は立派に大きくなって、引っ張られたらかなり大変で、今も強く引っ張られたので幸子はよろめきながら紐をしっかり握って走るのであった。
「もう、ちょっと、ビス子、なんでそんなに急ぐの」
 と言った後、彼女の視界に二人の若い男性が映った。あっ、あれは。そっか、それでビス子はこんなに走り出したのか、と幸子は納得した。疾走してきた真っ白な犬の頭を、大助はようしようしと言って撫でた。
「こんにちは、勇くん、大助くん。お久しぶりだね」
「久しぶりだなぁ、ゆきちゃん、ビス子もだな」
 勇は白い歯を見せて微笑んだ。ビス子は興奮してひっくり返ったり草むらを転がったり大忙しだ。
「二人にはメチャクチャ懐いてるのよね。今までどれだけお菓子を食べさせてもらったかしら」
「三人で飼ってるつもりだったからな、何しろ拾った時三人一緒だったから。でも残念ながら今日は何も持ってない」
 大助は着ている上着のポケットをわざと裏返しにしてみせた。勇も両手をあげて見せた。
「お二人はここで何をしてるの?」
「いやぁ……実は俺たちも離れ離れになる事になったから、取りあえず会ったんだよ。ゆきちゃんの家にも行こうと思ってた」
「離れ離れって……二人は一体どこへ行くの? まさか軍隊?」
 勇と大助はお互い目を合わせて、同時に頷いた。
「俺は海軍の予科練に行く。茨城県の霞ケ浦へ行くんだ」
 勇が胸を張って言うと、大助も同じように続く。
「俺は海軍兵学校。広島県の江田島に行くんだよ。もう来週には出発するんだ」
 幸子は軽いショックを受けた。そんな、広島まで……。
「じゃあもう当分会えないんだね。すごく寂しいな」
「俺もだよ。ゆきちゃんに会えなくなるのも、勇と会えなくなるのも嫌だ。でも、もう……そんな事言っていられないんだ」
 大助は話しながらこぶしを強く握った。
「鬼畜米英との戦争が始まった。この戦いは必ず勝たないといけない。俺たちはまだまだ子どもだと思うけど、しっかり修練して一人の立派な軍人になって大日本帝国を護らないといけないんだ」
「そう。無敵の大日本帝国艦隊の役に立ちたいから俺たちは海軍に行くことにしたんだ。最も俺は戦闘機乗りになるつもり。零戦に乗るんだ」
 幸子は二人の顔を代わるがわる見た。いつの間にこんなに大人になったんだろう。小学生の頃とは別人みたいだと思った。
「日本は、アメリカに勝てますか」
 彼女は思わず聞いた。昨年12月、大日本帝国はアメリカに宣戦布告し、真珠湾を奇襲し大戦果をあげ、今年に入って東南アジア諸国に電撃進軍し、新聞は毎日のように戦果を報じている。だが……大手貿易会社に勤めている幸子の父親の正一は家の中だけで小声で言っていた。
「国力が余りにも違い過ぎる。しかも、支邦事変で中国と戦争を続けながらアメリカやイギリスと戦って勝つなんて絶対に無理だ。だけどお前ら、この事は外では絶対に言うなよ。非国民扱いされて特高の憲兵に殺されるぞ。言うなよ」
 幸子の真剣なまなざしを受けて、二人は口ごもってしまった。実はさっきまで彼らは日米戦争の行方を語っていたのだ。二人は学業はとても優秀で、かつ、世界情勢などを中学の先生に聞きかじったりしてかなり正確に大日本帝国の現実を知っていた。例えば、日独伊三国軍事同盟の是非だとか、独ソ不可侵条約は信用出来るか、ひいてはヒトラーやスターリンやルーズベルトの人物評までおぼろげだが理解していた。
「勝ちます」
 大助が突然叫ぶように言った。
「私たちが勝たせて見せます。だからゆきちゃんは安心して銃後の守りをお願いします」
 勇も強い声で言った。それに被せるようにビス子がワン、と一声吠えた。幸子はなんだか嬉しくなって、二人に深々と一礼をした後言った。
「よろしくお願いします」
 太陽は青空で燦々と輝いていた。しかし、強い風に流されてきた大きな灰色の雲が日輪を隠してしまった。
「雨が来るのかもしれない」
「もう最後になるかもしれないわ。二人とも私の家に遊びに来て。ちょうどお母さんが焼いたチーズケーキがあるのよ」
 二人は喜び勇んで行くことにした。空は薄暗く大地を包みこみ、冷たい風が吹き抜けていく。しかし三人の会話は弾み、やがて降ってきた小雨もどこ吹く風の体であった。

           3
 
 まさか、ここまでしんどいとは……。予科練の少年兵たちのための合同宿舎のうすぼけた白い天井を勇は呆然と見る事しか出来なかった。6人の共同部屋なので、すぐ隣のベッドに同期生がいる。彼もまた、夕食を終えた後、何も出来ずただ呻吟していた。4月から霞ヶ浦海軍航空隊予科練習部に入隊して一週間経ったが、勇はとんでもない所へ来てしまった、と後悔した。起床は早く、朝6時には叩き起こされ、寝具を畳み着替え、練兵場へ走り、海軍体操をし、学舎へと走り、背をまっすぐに伸ばし授業を受け、体育の時間もひたすら走らされる。夕方になり宿舎に戻ると洗濯、便所掃除などの雑務。その全てを終えて夕食を取るともう何も出来ない。それでも、寝転がりながら技能習得のための教科書など無理にでも開き、少しでも知識を得ようとした。勇は早く一人前のパイロットになりたかった。鬼畜米英の戦闘機を華麗に撃墜したかった。しかし、気が逸るばかりで今はまだ何も出来ない。静かに瞳を閉じて、自分が憧れの零戦、零式艦上戦闘機を颯爽と乗りこなしている想像をする。そして目の前には悪の帝国アメリカの戦闘機が。彼は20mm機銃を躊躇わず連射する。黒煙を上げて墜落してゆくF4Fワイルドキャット。……などと夢想しているうちにもう消灯の時間が来た。部屋が暗闇に包まれると共に勇は深い眠りに落ちて行った。

 勇が毎日歯を食いしばって勉学と訓練をこなし、一ヶ月ほど経ったある日曜日に、勇宛に手紙が届いた。誰だろう、お母さんかな。宿舎の食堂で食事を終えた後、事務員から受け取ったその手紙の差出人の名前を見た時、勇の胸は高鳴った。中原幸子と書いてある。彼は余りに急いで封を破いたため、危うく中の手紙までも裂いてしまいそうになった。富田勇くんへ。から始まる幸子の手紙には、自分は東京都内の実業学校へと進学し簿記や経理を中心に学んでいる事、ビス子も元気いっぱいな事、海軍航空隊の勉強はどんなものなのかなどという質問が書いてあり、最後に夏休みなどがあって帰ってこれるなら必ず連絡ください、で終わっていた。勇はこの近所のどこに郵便局があるのかすぐに調べねばならぬ、と決意し手紙を大事に抱え食堂を大砲の弾の如く飛び出した。ひとまず自室に戻ると、隣にいつも寝ている田中和夫が壁に背中を預けてラジオを楽しそうに聞いている。
「田中、この宿舎の近くに郵便局はあるか知ってるか?」
「ああ、知ってるよ。宿舎を出て国道をまっすぐ行ったとこにあるよ。近いよ。でも日曜日はやってないんじゃないか」
 言われてなるほど、と得心した勇は、ありがとうとお礼を言って、郵便局に行く前に返事を書かないと、という当たり前の事に気が付いた。開け放された窓から優しい午後の光が差し込んでいる。勇は今は誰も使っていない、部屋の者が共同で利用することが出来る机に向かい、便せんにペンを走らせながら、幸子の顔を思い浮かべていた。ゆきちゃんのためにもがんばらねば。夏休みは少しだけあると思います、また手紙書きます、で終わらせ、丁寧に折り、大事に封筒にしまい込んだ。その時、ラジオを聞いていた和夫が声をかけてきた。
「富田、よかったら一緒に散歩にでも行かないか」
 お互い人見知り気味だったせいか、毎日隣で衣食住を共にしていても、中々打ち解けて話せなかったが、一ヶ月ほど経ったので次第に会話をするようになっていた。いいよ、行こう、と勇は返事して、二人は休日を楽しむ同期生で中々にぎやかな宿舎を出た。和夫は、俺は長野県出身だが、お前はどこだ、と聞いてきた。
「俺は東京の豊島出身なんだ」
「都会者だね。どうして航空予科練に入ったんだ?」
「……アメリカと戦わなきゃ、と思ったんだ」
「そっか。俺は海が見たかったんだ。長野の山奥で育ったから海を見たことが一回もなくてさ。初めて霞ヶ浦に来た時、学校じゃなくてまず霞ヶ浦の海を見たんだよ。嬉しかったなぁ、海は広いな大きいな、って本当に思った。でもよく考えたらこれは湖だな、って」
 そういうと大きな口を開けて笑った。つられて勇も笑った。
「ってことは、まだ本物の海は見てないんだな」
「そう。早く修練を終えてどこかの部隊に配属されたいよ。そしたら海が見れる」
「そこまで待たなくても夏休みになったらどこかの海に行けばいいよ。なんなら一緒に行こう」
 和夫は嬉しそうにそうしよう、と頷いた。二人は役場や病院が並ぶ通りをぶらぶらと歩き、たわいもない話をどちらともなく続け、途中で駄菓子屋を発見し瓶入りのジュースをそれぞれ買った。飲みながら、これは敵性民族の作ったものではないか、などと冗談半分で言い合った。その後和夫が真面目な顔でぽつんと言った。
「俺たち、人を殺すために勉強してるんだよな」
 勇は思わずはっとした。そう言われてみればそうだ。そんな事を考えたこともなかったのだ。
「ひと、か……」
「だってそうだろ。鬼畜米英だろうが毛唐だろうが、あいつらも同じ人間だろう」
「そう言われてみれば、そうだな。……俺たち、人殺しの訓練をするんだな」
「ま、仕方ないけどな。戦争になっちゃったんだから」
 瓶に入ったジュースを飲み干した和夫はお腹を押さえた。
「もう腹が減ってきちまった。晩飯は何だろうな」
「分からないけど、そろそろ帰るか」
 太陽は遥かにそびえる山の向こう側に沈もうとしている。灰色に染まりゆく空を鳩の群れが遠く飛んでいる。二人は小さな声で訓練への愚痴や軍事教官の悪口を言いながら宿舎へと吸い込まれていった。

            4
 
 お尻が痛い。痛すぎる。大助は敷布団にうつぶせになりながらこわごわ臀部を撫でた。今日の短艇(カッター)訓練で完全にお尻をやられてしまった。短艇とは、戦艦に備えられた救命ボートの事で、12人乗りでやや大きめのサイズのため、漕ぐのに大変な力を要する。12人全員で漕ぐものの何しろオールが12kgもあり、慣れない作業のためとにかく全力で漕ぐと、直に座っている床板が尻に食い込むのだ。大助はこれをなんとかせねば、尻肉が破けるかもと真剣に懸念した挙句、下着を二枚履いて凌ぐという作戦を敢行することにした。ただし、先輩や指導教官などにバレれば無意味な鉄拳制裁を喰らうのは見えている。栄えある海軍兵学校にはるばる東京からやってきて一ヶ月ほど経った。難関である入学試験に合格した時は中学の先生や両親は大変喜んでくれたものだ。大助の母は赤飯を炊いてくれた。大助はそれを頬張りながら、なんとしてもお国のためになってやる。お母さんやお父さんや友達みんなを守るのだ、と固く決意していた。それは今も全く揺るいでいない。確かに海軍兵学校の一日はとても厳しい。朝は早く目まぐるしく、訓練はやったことのない事ばかり。軍事学の勉強はどれもこれも難しい。また、食事以外の自分の事は全て自分でせねばならない。家事は当然お母さんに全てやってもらっていた身の上としては、洗濯と便所掃除が最初は嫌だったが、そんな事を言い出せる雰囲気は微塵もなかった。しかし、それにも段々慣れてきた。大助は宿舎の相部屋の同居人、本山一郎とはすぐに仲良くなった。社交的な性格が幸いしたのだろう。一郎は大きな瞳を備えた理知的な顔立ちをしていた。相部屋になって一週間ほど経った夜に、二人はこんな会話をした。
「江田島はいいところだなぁ。海がきれいすぎる」
「本当にそう思うな。俺は古鷹山に登ってみたい。……今は体力的にまず無理だけど」
「確かにね。これだけ毎日ヘトヘトじゃな。夏休みになったらいけるかもな」
「そういうことを楽しみに頑張るしかないよな、ホントに」
 大助はこの会話を思い出して、そうだ、だから尻の痛みにまけてられん、と闘志を奮い立たせていると、ちょうど一郎が帰ってきた。
「山本、お前に手紙が来ている。女の子からのようだな」
 一郎はにやりと笑って手紙を手渡す。大助はもしや、と差し出し主を予想したが、嬉しい事にそれは的中した。中原幸子。
「なんだなんだ、彼女さんかぁ」
「ああ違う、そういう人じゃない。失礼」
 一郎がからかってくるので大助は部屋を出て廊下を歩きながら幸子からの手紙をくまなく三回ほど読んだ。海軍兵学校入学をあらためて祝い、学業や訓練の大変さを労り、ビス子も私も元気に過ごしている事、都内の実業学校に進学し経理や簿記を学んでいるということ、大助と勇にまた会いたいので、休暇がいつか分かったら教えてください、というようなことが書いてあった。大助は自室に勢いよくトンボ帰りし、すぐに勉強机に向かい返事を書き始めた。その様子を見ていた一郎は何も言わず口笛を吹きながら入れ替わりに部屋を出て行った。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら、か。そう一人ごちた後、俺も好きな人ぐらいほしいけど、ここにゃあ男しかいないからなあ、と肩を落とすのであった。

 消灯の時間が来て、大助は薄い布団にくるまった。思い浮かばれるのは幸子のことばかり。愛らしい顔、白い肌、まっすぐな黒髪。いつも機嫌のよい声で話し、よく笑ってくれた。会いたい! 今すぐに会いたい! しかしそれは無論かなわない。一方自分は今や大日本帝国海軍人の一人であり、恋愛などという生っちょろい事を言っている場合ではない、という気持ちもある。色恋などにかまけていて一人前の軍人になれるか、と自分を叱責してみる。うぅ……と小さく唸ってしまう。ゆきちゃん。ゆきちゃんのために……。そうだ、俺はゆきちゃんのために立派な海軍軍人となって、米帝を倒して大日本帝国を、ゆきちゃんを守るのだ。大助はこのように考えることで上手く気持ちの整理をつけることが出来た。ベッドのすぐ横の開け放した窓の網戸の向こう側で、無数の星が瞬いているのが見える。大助は不思議な満足感に満たされて、静かに眠りに落ちていった。

            5

 暑い……幸子はしきりに額の汗を拭う。昭和19年8月の真夏のさなか、彼女は学徒勤労動員を受け、豊島区にある軍需工場で機銃の部品を削る旋盤の作業をひたすら行っていた。朝8時からずっと立ちっぱなし、当然冷房などあるはずもない。周りは同じく学徒動員されてきた同年代の女の子ばかり。私語一つ許されることはなく、日が落ちるまでひたすら同じ作業を繰り返す。
 大日本帝国の大東亜戦争の状況は日を追うごとに悪化する一方であった。連勝が続いていたのは最初の一年ほどだけで、政府が定めた絶対国防圏は既に破られ、マリアナ・パラオ諸島を失い、東条英機はその責任を取り総理大臣と陸軍大臣を続けざまに辞職した。総力戦のさなか、国民生活も次第に窮乏してゆき、食料は昭和17年から配給制となり、そして帝国陸海軍は昨年から兵隊の不足を受けて学徒動員を始めていた。幸子は汗を流れるままに懸命に作業に取り組みながら、昨晩の父親との会話を思い出していた。
「駄目だ。日本は必ず負ける。俺たちは覚悟していなければならない」
 幸子の父親、正一は深い憂いをこめかみに刻んだ表情で自宅の食事用の居間に揃って夕食を食べている妻の雅子と幸子の二人に告げた。
「そんな……どうしてもですか」
「秘められているが、連合艦隊はミッドウェーで大敗した。新聞記事などデタラメ、文字通り大本営発表だ。本当は空母を四隻も失ったんだ。この時点で大日本帝国海軍は終わった。あと、海軍のとっておきの頼りの零戦も、もう駄目らしい。アメリカはグラマンF6Fトムキャットという、より強い戦闘機を開発して繰り出してきている。零戦でもかなわない」
「それじゃあ、私たちはどうなるんです」
「分からない。どこかで降伏するだろうが、軍部のお偉いさんたちは本土決戦とか言っている。とんでもない死者が出るだろう。これから空襲も激しくなるに違いない。」
 幸子は父母の話をただ聞いていた。聞きながら、自分自身の運命もそうだが、仲の良い学友たちのこと、そして、勇と大助の事を考えると気が気でなくなってきた。しばらく書いていない手紙を書かなければ……。幸子は食事を終え、自分の部屋に戻り、最近は全く勉強をしないので座る事もなかった勉強机に向かう。二人はそれぞれ予科練、海軍兵学校での修練を終え、決定された勤務地へ配属されていた。勇は鹿児島県鹿屋で、大助は山口県大津島で、それぞれ航空部隊と海軍部隊の一員となって出陣の時を待つ身になっているはずだ。はず、というのは、二人とも自らの身の振り方や、今どういう立場なのか、ということについては微妙に言葉を濁すので、幸子は少し不思議に思っていた。よし、しっかりとそのことについて聞こう。心配をかけたくないので、勤労の事は軽く触れるだけにして、二人の現在についてあらためて質問をすることにした。さっき父親に聞いたことも……と一瞬だけ考えて即座に止めた。二人の気概を挫くことに繋がりかねないし、それよりも軍隊施設に送る手紙は全て検閲されている事を思い出した。日本は負けます、なんて書いてたら特高に呼びだされるに決まっている。労りの言葉だけを綴って二枚の便箋を書き終えた。そう言えば、今年は夏休みもないんだね、お互い。幸子は立ち上がって背を伸ばした。窓の外からセミの鳴き声が聞こえてくる。窓によって網戸越しに夜空を眺めても星一つ見えない。全て雲が覆い隠しているのだろう。つまらないな……星座を見るのが好きなのにね、と幸子は再び勉強机に座って、これまでに二人からきた20通ほどの手紙を飽きることなくずっと読んでいたのだった。
 
6

 あれが阿蘇山か。まだ鹿児島まではもう少しだな。勇は列車に揺られながら、しばし悠然とそびえる阿蘇山を見つめていたが、再び瞳を閉じた。勇は帝国海軍第五航空艦隊所属となって、鹿児島の鹿屋第一海軍基地へと向かっている。時は昭和20年3月。硫黄島すら17日には玉砕、陥落しており、大日本帝国陸海軍はいよいよ次は沖縄に米軍が進行してくる、と防御態勢を固めているところだった。昨日離れた霞ヶ浦航空隊でのあの日が思いだされる。今年の2月、既に下士官になっていた勇たち20人ほどが体育館に集められ、上官の将校からこのような訓示を受けた。
「諸君に一億特攻の先駆けとなってもらいたい。特攻を志願する者はいるか。志願する者は一歩前に出てくれ」
 勇は薄々感づいていたが、やはり十死零生の特攻を命じられると胸が轟くのを覚えた。志願すれば、必ず死ななければならない。……誰も動かない。上官はもう一度、今度は威圧的な声をあげた。
「どうしたっ! 皇国の荒廃は貴様らにかかっている! お国のために、陛下のために命を捧げる者はいないのかっ!」
 その声に1人、弾かれたように前に飛び出した。つられて2,3人が続く。勇はなお逡巡していたが、その時家族の顔が、幸子の顔が、大助の顔が浮かんだ。……そうだ、みんなを守るために、俺がいかなきゃいけないんだ。勇は強く一歩前に出た。最終的には全員が同じように横一列に並んでいた。上官は大いに満足した表情で、諸君の決断に感謝する、おって連絡があるので宿舎で待機せよ、とだけ言って踵を返した。……勇は今なお、死を恐れる気持ちが自分にあるのが分かる。海軍に入ってからというもの、戦って皇軍兵士らしく死ね、という空気が蔓延していて、いつしか誰もが麻痺していき、この戦争が終わった頃に生き延びているだろう、とは思わなくなっていたのである。そうであっても、生きたいというのは人間の本能であり、これほど強い欲求を押さえつけるのは不可能に近い。勇は豆のできた手のひらを見つめ、閉じたり開いたりした。俺の命……どうせなら有意義に使いたい。特攻に飛ぶならば、必ず米帝の戦艦を大破させてやる。犬死にだけはしない。勇の心は今度は攻撃欲求で奮い立ってきた。もう俺の命はいいや、日本のために捨ててやる。彼はそこまで考えてひとまず満足し、長閑に揺れる列車の中で少しの眠りに落ちていった。

 鹿屋の陸海軍を統合した基地内には一種の異様な緊迫感と高揚感があった。迫りくる米軍との決戦が近々必ず到来することが分かっていたし、なによりも、誰もはっきりと口にしないが、戦況を考えると大日本帝国の敗戦はもう間違いなく、だからこそ、その陰鬱な未来から目を逸らすために、いわば蛮勇を振るいだして士気を高めているという雰囲気であった。勇はそういった空気の中、もはや第一線での戦闘では通用しなくなった、修理済みの零戦に乗り、敵艦に体当たりするための訓練を続けていたのだが、もはや十分な燃料もないので、搭乗回数も少なく、しかもその内容は通常の航空とは全く違い、急降下して目標に体当たりする直前で浮揚するという難しい操作が求められ、訓練中に操作を失敗し事故死、殉難死する隊員まで出る始末であった。幸い勇は操縦技術が高く、求められる操舵をこなしていたが、それはひとえに犬死だけはしない、必ず何らかの戦果を挙げて散ってやる、との執念がもたらすものだった。訓練を終えて戦闘機から降りて地を踏むと、まだ生きている、という実感が体中を駆け巡った。空にいると……自分が部品になったような気がする。250kg爆弾の誘導装置。
「お疲れ様です」
 整備兵が律儀な表情であいさつしてくる。彼らは当然知っている、俺たちが特攻兵だという事を。勇は自分が下士官という、彼らより上の身分であることで威張る、という感覚を全く持っていなかった。帝国陸海軍を支配していたマチズモ的な気風が大嫌いだった。事あるごとに殴られて奥歯は一本抜けた。作業で失敗した時、尻を竹刀で叩かれたこともある。勇は誓っていた。いつか自分がもっと偉くなっても絶対に部下を殴ったりはしない、と。
「ありがとう」
 と気さくに返事をして、今飛んでいた大空を見上げた。鹿児島は3月でもすでに暖かい。航空時には疎ましく感じる白い雲も、ただ鑑賞するには美しく優しい。勇は宿舎に向かって歩きながら、ふと、大助はどうなっているだろうか、と思いだした。最後に手紙が来たのは昨年10月頃だったか……。あいつも、回天乗りなんかに志願しやがって……勇はうつむく。お前だけでも生き残れよ、でないと、ゆきちゃんが……。激しく首を振る。駄目だ、考えてもどうしようもない。動かしたくても動かないものがこの世にはあるんだ。勇はこの世界の全ての不幸なものを背負ったような足取りで宿舎に吸い込まれていった。
             7

 脱出装置は無いんだな、乗り込んで出撃したら最後、文字通り最後なんだな。広島県大津島の第一特別基地隊第二部隊に配属された大助は、実物の回天を前に一つ一つの部位について説明する大尉の言葉を聞き漏らすまいと努めながら、目の前の黒く塗られた細長い回天機を見て、棺桶みたいだな、と思った。実際には使われずにいた九三式三型魚雷を有効活用するために改造されたもので、前部に1,5トンの弾薬を積んだ人間魚雷であった。ハッチを開けて、訓練生たちが一人ひとり中を覗き込む。狭いが、一応一人ぐらいは座れる感じである。
「回天を操縦するには高い技術が必要だ。各々これからの訓練が皇国の荒廃に直結していると認識し、是非とも大きな戦果を挙げるために頑張ってほしい。以上である」
 大尉へ敬礼を返し、各々次の受講の場へと移動する。大助が去年の12月に受け取った回天の募集用紙にはこう書いてあった。

━━〇兵器は挺身肉薄、一撃必殺を期するものにしてその性質上特に危険を伴うものなるが故に――攻撃精神旺盛なる青年を要す━━

 いや、その前に「掌特攻水兵たるべきもの」と書いてあったのだから、なにをかいわんや。この募集は志願制のものであって、拒否も出来たのだ。しかし、大助は志願に〇をつけて提出した。葛藤はその時はさほどなかった。戦況が日に日に悪化しているのは知っていたし、なんとしても米帝に一撃を喰らわせて反転攻勢に出ねばならない、と海軍兵学校の下士官の仲間とは事あるごとに言ってきたのだ。たとえそれが捨て身の特攻であっても、やってやる。高いエリート意識を保持していた彼らは、それが自分らに課せられた当然のことだと思っていた……。
「これ、生き残れないな、出撃したら」
 隣を歩いている同じ海軍兵学校出身で、一年先輩である三井弘が小さな声で、話しかけたとも、独り言ともとれるような事を言った。
「そうでしょうね」
 とだけ大助は返す。
「……いつ戦争終わるだろうな」
 大助は弘の言いたい事は分かった。これから自分たちが搭乗訓練を開始しても早くても出撃出来る程度になるには3ヶ月ぐらいはかかるはずだ。迫りくる米軍は既に硫黄島を陥落させ、いよいよ沖縄に向かって上陸の準備を進めているところだ。
「本土決戦をするのならば、あと数年はかかるでしょうね」
 弘は返事をせずに天を仰いだ。その横顔を見て、彼は生き延びたいのだな、と大助は確信した。そして、それは自分も同じだとも思った。だが、もはやそれが許されない場所に来てしまっていた。大助はそっと弘の肩に手を置いて、並んで教練室へ入っていった。

 毎日続いた回天の操縦訓練は本当に大変なものであった。回天の操縦には非常に高い操舵技術が求められた。腕が6本、目が6ついるなどと冗談半分に言われるほどだった。操縦訓練には五つの訓練水域が指定され、近場を潜航と浮上航走を繰り返すものに始まり、大津島の周囲を一周するものが一番難関で、浮き沈みを繰り返さねばならず、操縦が難しい回天は訓練のさなかに十数名の事故死、殉職者を出してしまった。大助は同期の仲間が一人死んでしまった事で酷く胸を痛めた。そして、彼の死をもって「死」という恐ろしいものが言葉ではなく真実のものとして実感できた。昨日まで一緒に食堂で食事をして笑っていた彼がもういない。この世のどこにもいない。二度と会えない。大助はこの時以来、気安く死んで九段で会おう、英霊になって靖国で会おう、などと思わなくなった。まだ大助は戦場に赴いたことがなく、したがって、仲間の死というものも知らなかった。その重さが大助を少しずつ変えてゆく。毎晩眠る時に、早く戦争が終わってほしい、特攻に行って死にたくない、と願うようになった。そんな時に幸子の顔でも思いだそうものなら、酷い時は涙すら流した。もう二度と会えないゆきちゃん。未練を絶つために手紙の返事は書いていない。遺書には想いを書こうとは思ってはいるが、伝えたところで自分が死んでいるのでは……。愛らしいゆきちゃん、大好きなゆきちゃん。どうしてだ! どうして俺はもうゆきちゃんに会えないんだ! 誰がこんな戦争を始めた! 俺たちをなぜ捨て石にするんだ! 俺は生きたいんだ!! 大助は知らずに嗚咽していた。二人部屋で隣で隊の仲間が眠っているが、どうしようもなかった。ううぅう……大助の枕はやがて枕でびっしょり濡れてしまった。夜の闇はどこまでも深く、彼をいないもののように包んでしまっていた。

             8

 激しく鳴り響いていた空襲警報が解除されたので、幸子は安堵して庭の地下に掘られた防空壕から父と母とビス子と共に出てきて、ようやっと自室の布団に潜り込んだ。いつまでこんな生活が続くんだろう。興奮して目が冴えてしまって中々眠りにつけない。だが、それが結果としては幸いした。意識が比較的はっきりしている中、再び雅子が部屋の扉を開け、ラジオでB29の来襲を告げている、防空壕に入るよ、と声をかけてきた。万が一のために着替えずにいた幸子はそのまま布団を飛び出した。玄関を出ようとしたその時、空からザーーッという音が響いてきた。
「伏せろっ! 焼夷弾が落ちてくる!」
 正一は言うが早いか靴を履こうとしていた雅子と幸子に覆いかぶさった。次の瞬間、すぐ近くでガゴン、ドゥンという大きな音がした。正一が扉を開けると、庭で焼夷弾が炸裂して猛烈な炎を上げている。
「靴を急いで履け! 庭の防空壕はもう入れん、尋常小学校の校庭の防空壕に行くぞ!」
 ビス子を抱えた幸子は、息を切らし死に物狂いで父と母の後を追う。見渡す限り業火の中で、逃げ惑う人々はぶつかり戻りして、大混乱の中にあった。正一が慮ってビス子を幸子からもぎ取る。雅子が何か言ってきたが、幸子の耳には大音量の空襲警報の音しか聞こえない。その時、燃え盛る電柱が横から倒れ込んできた。左頬に鋭い痛みが走る。思わず抑えた手に真っ赤な血がべとりとつく。すぐに雅子が巾着袋からタオルを出してきて幸子の頬を押さえた。目の前に尋常小学校が見えてきた。
「学校に行けば水がある。幸子がんばれ!」
 と正一が絶叫した。幸子は痛みを感じる余裕もなく、まだ燃えていない校舎の裏の防空壕に飛び込んだ。既に多くの人がまんじりともせずそこに座り込んでいた。雅子は再び防空壕を飛び出し、幸子の頬を押さえるためにタオルを濡らして戻ってきた。
「大丈夫? 痛む? ああ、女の子の顔なのに……!」
「お母さんありがとう、大丈夫よ、大丈夫」
 ビス子がキュンキュン鳴きながら幸子の手を舐め続ける。正一は防空壕の前に立ち、大きく手を振って逃げてくる人たちを誘導している。小学校の校舎にも遂に火が付いた。夜空は燃え盛る火炎でおぞましいオレンジ色に染まり、それはこの世の光景とはとても思えなかった。
「地獄だ……」
 正一は呟き、肩を震わせて、なお両手を大きく振り、必死に歩いてくるお婆さんと男の子を防空壕に招き入れた。広い防空壕ももう満員状態で、これ以上は入れそうもない。彼は入口の所に肩を落として座り込む。誰かがバケツリレーで校舎の火を消そう、と提案したが、正一が大喝してやめさせた。
「バカな! そんなもの何の役に立つか! 消えるわけがない。いたずらに怪我人や死人を増やすだけだ。生き延びるのが最優先だ!」
 誰もそれ以上何も言わなかった。3月なのに熱風が街を覆いつくしているので暑く、息苦しい。幸子はもうろうとする意識の中で、神様、私たちをお守りください。天佑神助で、あの憎きB29を撃墜してください……などと祈っていた。

 翌日になり、幸子たちは防空壕から出た。鼻をつく煙の臭いは全く去っていない。
「ひどい……ひどすぎるわ」
 雅子は思わず嗚咽した。見渡す限り全てが焼け野原。まだあちこちから煙が上がっているし、燃え盛っている建物もある。
「足元に気をつけろ。釘とかがあるかもしれない」
 と言った正一の足元には焼け焦げた死体があった。かつて人間であったもの。今は黒焦げの石炭のようだ。幸子は思わずその前に座り込み合掌した。父と母も倣った。
「さてと、我が家はどうなったかな」
 考えるまでもなかった。よろよろと歩き辿り着いた幸子の家は見るも無残に焼け果てていた。
「あなた……一体これから私たちはどこで生きればいいの!?」
「当面は義男の家に厄介になるしかなさそうだ。大丈夫だ、こういう事は想定して前から相談してあるし、金も渡してある。遥か岐阜県までどうやって行くかだけが問題だが」
 正一はがれきをどけて、庭の防空壕に体をねじ入れ、中に貯蔵してあった食料や医薬品、貯金箱などを出してきた。幸子の頬が痛む。頬の傷は思ったよりは深くはなかったが、斜めに痛々しく裂けてしまっている。それでも……と幸子は思った。生き延びられただけでよかった、と。大空は再び青く輝き、太陽の光はほのかに幸子を照らしていた。

             9

 微笑め。見送ってくれる人たちに、悲しい思いをさせないために。勇は無理にでも笑顔になろうと思っていたが、自然と微笑めたのは我ながら驚きもした。今から特攻に向かうというのに、死ににいくというのに。目標は沖縄西岸に停泊している米国海軍の空母、巡洋艦、駆逐艦のいずれか。5月、屋鹿の空軍基地には特攻で出撃する勇たち20名のために、何十人もの地元の中・高等女学校や挺身隊の女の子たちが集まってくれていた。手には皆桜の枝を持っている。部隊長や整備兵や残っている同期の仲間が帽子を振ってくれている。皆さん、ありがとう。勇は登場した零戦のコックピットから力の限り大きな声を振り絞って叫んだ。エンジン音で聞こえなかったかもな、と思ったが、それでもよかった。そうだ、敬礼すればいいんだ。彼は微笑みを消すな、と自分に言い聞かせながら、右手を額にかざして敬礼し、零戦を発進させた。空へ浮かぶ。ほぼ同時に発進した数機と横並びになる。いざさらば、愛する戦友よ。一人と目が合って、頷く。お互いもはや何の憂いもなかった。最後の問題は、いかにして米艦隊のレーダー機に把握されず、5インチ砲弾、近接信管にも捕獲されず体当たりを成功させるかだ。まず、米海軍はピケット艦を艦隊周辺に配置し、これがレーダーで接近機を把握し、迎撃にF6Fトムキャットなどを飛ばしてくる。自爆攻撃用の重い250kg爆弾を抱え、護衛機もない中、敵機をすり抜けるだけでも大変な事だが、仮にそれが上手くいったとしても、空母や巡洋艦は何百発といった近接信管を飛ばしまくってくる。これは半径15m以内に何かがあれば即座に爆発するという、対特攻用に開発された極めて優秀な砲弾だ。ほとんどの特攻機はこれに捕捉されて爆発してしまう。しかし、勇には作戦があった。超低空飛行。勇は目がよく、レーダー機を遠距離から発見する自信があった。飛行する事一時間半ほどで、鹿児島の最南端から発信した勇の零戦は沖縄東北部まで迫っていた。見つけた、あれを避けねば。最高時速565㎞を誇る零戦を旋回させ、大きく弧を描き、一旦東へ向かい、大周りをして米艦隊の待機している沖縄西部へ向かう。いいぞ、迎撃の戦闘機も全く見えない。遥か眼下には沖縄諸島が小さく見える。絶対守ってやるからな……。勇はほとんど明鏡止水の境地にいた。ただ、この戦闘機を敵艦にぶつける事以外の何も考えなかった。大いなる何かと一体化しているようだった。……見えた、大きさから言うと駆逐艦クラスか。構わん、行くぞ。勇は急降下し、海面20mぐらいまで降り、そこで水平走行をはじめた。これは高い技術を要する飛行技術だが、数少ない訓練の中、勇はこれが可能なほどに熟練することに成功していた。勇の零戦を発見した駆逐艦が慌てて近接信管を何発も撃ってきた。が、零戦に向かう途中で海面をレーダーが認識していしまい、全て途中で爆発してしまう。おかげで勇の視界もそのたびに遮られるのでだが、蛇行しながら目標を見失わない。駆逐艦はすさまじい勢いで接近してくる零戦に怯え、必死に40㎜砲で機銃掃射を始めた。そのうち何発かが零戦の左翼をとらえ、穴を開けたが、墜落することはなかった。勇はおおおおっ、と大きな声をあげて、駆逐艦のマストめがけて突っ込んだ。みんなさようなら、と勇は心の中で叫んだ。刹那、駆逐艦のマスト部で250kg爆弾がさく裂した。大轟音とともに、凄まじい爆発が起きた。マスト部は斜めに傾げた。さらに次の瞬間、艦艇の燃料タンクに火が付き、大爆発を起こした。艦の側面に穴が開き、そこから海水が入り込む。駆逐艦の沈没は間違いない事となった。しかし……それを見届ける日本軍側の人間は、誰もいなかった。大量の煙を噴き上げ斜めに傾く米海軍の駆逐艦。救命ボートを下ろし必死に逃げる海軍兵たち。近くに停泊していた空母と揚陸艦がすぐに助けに向かい、生存者のほとんどは引き揚げられた。そのうちの一人が、顔を真っ青にして叫んだ。
「だから嫌だったんだ、ジャップと戦うのは! もう俺はアメリカに帰る」
 つられてもう一人も叫んだ。
「自殺攻撃をする民族と戦うのはまっぴらごめんだ。命がいくつあっても足りんわ!」
 周りにいる兵士たちが慰め落ち着かせた。再び轟音が鳴り響く。駆逐艦が再度爆発を起こし、艦首だけを海上に残し、みるみる沈んでゆく。空母の甲板に集まっている海軍兵たちは息を飲んでその光景を見つめているのだった。

             10
 
 ……耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、もって万世の為に太平を開かんと欲す……

 大助は急遽集められた運動場のラジオ放送で玉音放送を聞きながら、完全に思考停止してしまっていた。一体これは何のことだろう。天皇陛下は一体何を仰っておられるのか。呆然と立ち尽くしていると、周囲の隊員たちから嗚咽や苦悩そのものと言えるため息が聞こえた。誰かが
「そんな訳がない! 神州日本は不滅だ! 大日本帝国が負けるはずがない!!」
 と大声で叫んだ。それが引き金となって、同じように徹底抗戦を叫ぶ者、本土決戦だ、と息巻く者、全て終わった、と座り込んで泣きだす者などで鹿屋基地の運動場は騒然となった。一人が突如走り出し、滑走路にある戦闘機に乗り込もうとし、追いついた数人が必死に押さえつけた。その光景を見ていた大助は、ようやく「生き残った」事が分かった。俺は、生き残ったのだ。死ななくてすんだのだ。大助は体中の力が抜けていくのを感じた。思わず座り込みそうになるのをようやくこらえた。……あれほど操縦を訓練した回天も結局一度も出撃なしだったな。運動場にいても仕方ないので自室に戻った後、勉強机に並べてある航海や操舵のための教科書を見つめながら、出撃命令をただ待つ虚しい日々の中で、大助の意志というものはどんどんと衰弱していき、ただただ特攻死する事しか頭になかった事を思い出した。そうか、大日本帝国が敗北したのか……。改めて考えれば考えるほど悲しみが湧いてくる。日本が負けることは実は彼ら海軍兵士たちにはもう分っていた。6月には沖縄も陥落し、残るは本土決戦のみと言っても、武器弾薬も燃料も食料もろくにないのに、一体何が出来るというのか。伝え聞くところによると広島と長崎に強力な新型爆弾が落とされて街は死滅状態ということだし、これを日本中に落とされたらもう抗戦も何もない。殲滅されるだけだ。ただ……こういう事を事実として知っていても、それでも、改めて本当に日本が負けたら、これほどショックだとは。一人ベッドに倒れ込んでいると、誰かがドアをノックする。勢いで体を起こして扉を開けると、三井弘がそこに立っていた。
「入ってもいいかな」
「どうぞ」
 三井は真っ赤な瞳をしていた。散々泣きはらした後なのだろう。
「負けちまったな……」
 重いため息とともにつぶやく。まるで何かを確認するかのように。
「夢なら今すぐ覚めてほしいですけどね」
「全くだ。でもこれは夢じゃないんだよな。それで俺たちはこれからどうなるんだろう」
「全く分かりませんね。まあ、軍隊はもう必要ないでしょうから、家には帰してもらえるでしょうが……」
「そうだな。ああそうだ、お前地元に帰ったらあの子に会えるな、誰だっけ、幸子さんか」
 三井に言われるまでゆきちゃんの事を全く考えていなかったので、大助の胸は強く轟いた。そうか……ゆきちゃんにまた会えるのか。とっくの昔に諦めていたことだった。
「そうですね……会えますね、きっと」
「いいよなぁ~。俺もせっかく生き残ったんだから恋人でも作るか」
 その言い方が余りにも屈託がなかったので、思わず大助は声をあげて笑った。弘も一緒に笑った。希望は、あるんだ。大助は先ほどまでの陰鬱が消えてゆくのを感じた。彼は立ち上がって、まず腹ごしらえでもしましょう、食堂に行ってみましょう、と声をかける。弘も同意して腰を上げ、腹が減っては恋も出来んのじゃぁ、と拍子をつけて言った。戦の時代は終わりじゃあ、と大助も重ねて調子をつけて叫んだ。
 
             エピローグ
 
 秋風が爽やかに川沿いを通り抜けてゆく。空襲で焼け焦げた土からも新芽が吹き出ている。道行く人たちも新たなる日々を迎え、生きるという意志を胸に行くべきところに向かっている。
「俺は勇にはあわせる顔がないな。一人惨めに生き残っちまった……」
 疎開先の岐阜県から東京に戻ってきていた幸子に、二年ぶりにやっと会えた大助は、勇が航空特攻で散華したと聞いて、思わずうめいた。勇が特攻を志願するとは思っていなかった自分を恥じた。海軍兵学校に入学した自分はエリートで、そういう者こそが自分の命を誇らしげに捨てることが出来るのだ、などと思いあがってしまっていたのだ。そこに勇に対する間違った優越感があったのだ。
「惨めなんかじゃない。大助くんも特攻を自ら志願して回天乗りになっていたじゃない!」
 幸子は強い口調で言った。
「でも、でも生き延びちまった。……勇……すまない」
 ここは数年前に三人と一匹で会って話した川沿いの丘になっている場所だ。大助は涙が溢れて仕方なかった。なんてことだ……ちくしょう……。気づくと、幸子が大助の手を取って、正面に立っている。幸子の目にも涙が溢れていた。
「誰も悪くない。誰も悪くないのよ」
 そう言ってくれた幸子を大助は思わず抱きしめた。幸子も強く抱きしめ返した。今は、そうすることが必要だと思った。
「ゆきちゃんも辛かったね。顔に傷まで負ってしまって」
「いいのよ……生きてさえいれば。……私の事嫌いになった?」
「そんなわけないよ! ゆきちゃんは今も変わらずきれいだよ」
 大助も幸子も複雑な感情が入り乱れて、これ以上何も言葉にすることは出来なかった。……やがて、大助が口を開いた。
「一つお願いがある。一緒に、俺と一緒に勇のお墓参りに行ってくれる?」
「もちろん行くよ……。ビス子も連れていっていい?」
 大助は強く頷いた。生き残ってしまった者には、生き残ってしまった者の義務があるはずだ。それが何か、すぐには分からない。だけれども、見つけてみせる。大助は幸子をもう一度強く強く抱きしめた。(終)

神風は吹かず 回天はならず

執筆の狙い

作者 平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

今回は戦争小説を書いてみました。初めて三人称で書いてみたので、
おかしなところがあれば指摘してくだされば嬉しいです。
時系列は史実と一致させたつもりですが、もしかしたらおかしいところがあるかもしれません。
その辺りも含めて、読んでみて、小説としてどう感じたか、物語の展開はどうだったか、表現の語句は
どうだったかなど、感想や指摘をいただけると嬉しいです。皆様よろしくお願いします。

コメント

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

読ませていただきました。

大東亜戦争もの、大好物です( ღ'ᴗ'ღ )

>大西瀧治郎

これだけでもう、ワクワクが止まりませんw

>昭和天皇のお言葉が何度もリフレインされる。

「お言葉」を「御言葉」にするだけでも雰囲気出せますよ。
「リフレイン」も、和語に変換した方がいいかもです。

>ビルを建て壊した後の広い空き地では

戦時中は、火災の延焼防止のため、あえて建物を壊すことが多かったので、そっちの路線で書いてみてもよかったかもです。

>マッシュルーム型の髪形を

同様に、時代の雰囲気を出すためには、和語の方がよいかと。
マッシュルーム型の髪形だと、ビートルズを連想してしまい、もはや戦後です。

>尋常小学校のクラスメイトだ。

「学友」と表現してみてもよいかも。

>素昆布

これはひょっとして酢昆布?

>無敵の大日本帝国艦隊

ここは「聯合艦隊」の方がよいかと。

>ちょうどお母さんが焼いたチーズケーキがあるのよ

チーズケーキが庶民に普及したのは戦後です。

>起床は早く、朝6時には叩き起こされ、
>もう消灯の時間が来た。

当時の雰囲気を出すために、「起床ラッパ」「消灯ラッパ」などを用いてもよいかもです。

>ラジオを楽しそうに聞いている。

ラヂオ
と表記すると雰囲気出せます。

>どうして航空予科練に入ったんだ?

普通に「予科練」でよいと思います。
「海軍飛行予科練習生」の略称なので、航空予科練とは普通は言いません。

>軍事教官の悪口

普通に「上官」あるいは「教官」でよいかと。

>短艇(カッター)訓練で完全にお尻をやられてしまった。

きましたね! 海軍伝統のカッター。
しかし、このネタを出す前に、出しておくべきネタがあるのでは?
はい、「海軍精神注入棒」ですw
カッター以前にバッターですよ(笑)
いや、笑い事じゃないんですけどね^^;

>今や大日本帝国海軍人

こなれない表現ですね。
もうちょっとすっきりした表現でもよいかもです。

>米帝を倒して

あまり使われない表現です。
アメリカは帝国主義ではありますが、国体としては帝政ではないため、当時としてこの表現は馴染みません。

>昭和19年8月の真夏のさなか、

雰囲気を出すために、数字はすべて、漢数字にしてみるのもいいかもです。

昭和十九年八月

どうです? 昭和感、出ますよね。

>勇は鹿児島県鹿屋で、大助は山口県大津島で、それぞれ航空部隊と海軍部隊の一員となって

鹿屋はいいです。
けれど、大津島は秘密基地ですので、当時の臣民がどのくらい情報を知っているのか……
大津島に送られた予科練の若者は、飛行機に乗れると思ってやってきた人がほとんどです。
回天はマル六金物と呼称され、秘密兵器扱いでした。

>勇は列車に揺られながら、しばし悠然とそびえる阿蘇山を見つめていたが、再び瞳を閉じた。

鹿児島本線は、阿蘇山が見えるルートを通っていませんよ。

>諸君に一億特攻の先駆けとなってもらいたい。

一億玉砕、という言葉はありましたが……

>尻を竹刀で叩かれたこともある。

海軍精神注入棒は、竹刀ではありません。
竹刀も使われていた可能性は否定しませんが。

>あいつも、回天乗りなんかに志願しやがって

回天は秘密兵器ですので、一般の兵員はその存在を知りません。

>米艦隊のレーダー機に把握されず

レーダーを搭載した航空機は存在しましたが、特攻隊の脅威となったのは、艦船に搭載されたレーダーの方でした。

>対特攻用に開発された極めて優秀な砲弾だ。

VY信管のことですね。
昭和十八年一月が初使用ですので、特攻隊の編制よりもVT信管の方が先です。

>駆逐艦のマストめがけて突っ込んだ。

艦に致命傷を与えることを考えるのであれば、マストでなく、煙突に突っ込んだほうがリアリティがあるかもです。

>艦艇の燃料タンクに火が付き、大爆発を起こした。

艦艇の燃料は「重油」なので、難燃性です。
爆発しません。
爆発させたいなら弾薬庫にするべきでしょう。

>大助は急遽集められた運動場のラジオ放送で玉音放送を聞きながら、

玉音放送は、前日にしつこく、放送予告があったので、急遽集めるというのはあまりリアリティはないような。
臣民は、いったい何が放送されるのだろう、と思いながら待っていたそうです。

>一人惨めに生き残っちまった……

当時の軍人は、生き残ることは「惨め」ではなく、「恥ずかしい」「申し訳ない」という認識の人が多かったようです。

>俺と一緒に勇のお墓参りに行ってくれる?

墓参りでもいいですけど、ここは「靖國神社」にしませんか?

はい。
細かい指摘ばかりで申し訳ないです。
戦争ものが好きなので、ついつい突っ込んでしまいました^^;
私自身も、戦争ものの作品はいくつか書いておりますし、他サイトではささやかな賞を受賞しております。
機会があればこのサイトにも投稿するかも知れません。

全体を通じての感想ですが、文体がやや幼いです。

あと、回天を書くのであれば、せめて『特攻の島』あたりは読んでおきましょう。
無料で読めると思います。
もし、既読であればごめんなさい。

平山文人さん、作品を読ませていただきありがとうございました。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

誤字すみません

VY信管 ではなくて VT信管 でした。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

とりあえず、冒頭の段落だけですが拝読しました。

三人称は基本語り手は「神」なので、過去も未来も宇宙の果ての星の出来事も知っています。それは客観的で正し事実です。ただし一元視点では、主人公から見えるもの、聞こえるもの、感じるもの等の情報以外は描写しません。ストーリーの今より未来も普通は書きません。
※説明は適宜で、この限りではない。
つまり、「疑問」「予想」「感嘆」「強調」は、語り手の神(第三者)に個性がない限り、基本的に小説後の文に登場することはありません。
例外として、主人公の考え・独り言(独白)として主人公の心理描写を書く場合は上記の4つが出現します。逆に言えば、淡々とした語りの地の文に上記4つが出現した場合は、主人公の心理描写であると考えて(疑って)みる必要があります。

>>ルソン島の乾いたような暑さだけが理由でもないだろう。~~~眠られぬ夜を過ごしていた。
主人公は考えすぎで眠ることができないので、主人公の心理描写ではない。つまり、三人称文体としては間違いなので、語り手の個性「味」であると解釈します。(そうでなければ国語の間違い)
で、このような語り手の個性が頻発すると、地の文の客観性がなくなってきます。
ついでに
”ような”が、ルソン島にかかるのか、乾いたにかかるのか、誤読の恐れがあります。
また、乾いたような→?若干湿っているようなの意味でしょうか? (三人称の比喩は作者の個性であり力量) 
また、一文なら良いと思いますが、「理由」より「結果・帰結」を先に読者に示した方がよいと思います。読者は逆算する必要があり疲れます。(スムーズな話(説明)は関連性が重要)

昭和の時代の人は昭和天皇とは言いません。(追号)平成天皇、令和天皇と言わないのと同じ。ご存命なので。
語り手は、(天皇にはどうか分かりませんが)普通は敬語等は使いません。お父さん、お母さんとか。

心理描写(独白)の直接話法――(ダッシュ)は、前だけです。なので、台詞と同じで改行することが多いです。地の文に埋める場合は、――でなく()カッコを使います。
※()か――どちらかで統一 
()や――または○○は思った。を省いた主人公の独白を地の文に埋めすぎると、語り手の「味」なのか、どれが主人公の考えか読者には分からなくなります。
結局のところ、一人称の感覚で地の文に主人公心理描写を書いてしまうと、読者は混乱しますし、客観性がなくなります。三人称で独白を書く場合は、――や()または、○○は思った。と書く方が無難です。

>>これ以上考えても何にもならない。
これ以上考えることが、100%無駄なのか? 主観or客観? 

一人称では人称の「私」をできるだけ省くようにしますが、三人称で省くと誰だか分からなくなりますので、ある程度は名前を書く必要があります。(主人公も他の登場人物も彼・彼女)

>>無となって横たわっていた。
~~いた。は、過去のある一定期間の状態を指します。寝た。と寝ていた。の違い。今回は後の文がないから、横たわった。が正解だと思います。

後も読んでみたいと思います。
頑張ってください。

中小路昌宏
softbank060105035239.bbtec.net

 読みました。

 作者さんは、おそらく戦争体験者では無いのでしょうね。
 それにしては、実況解説をしているような、とても上手く描かれていると感心しました。 
 どなたかが書かれているように、チーズケーキというのはちょっと違和感がありましたが、その点だけ除けば、素晴らしい作品だと私は思います。

 私は4歳のとき、B-29から落とされた焼夷弾で自宅が焼け落ちるのを、近くの用水路に架かる橋の下で、足を水に浸けて震えながら見ていました。昭和年7月29日深夜の出来事です。
 
 以来80年近く、日本は戦争に巻き込まれることは無く、平和な時代が続いています。しかし、戦争体験者が年々少なくなって来るにつれ、戦争に対する恐怖感が薄れ、再び中国やロシア、北朝鮮などとの間で戦争が起きるのではないかと、心配しています。

中小路昌宏
softbank060105035239.bbtec.net

 失礼。昭和20年でした。20という数字が抜けていました。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

神楽堂様、今回も感想と指摘をありがとうございます。

「御言葉」「マッシュルーム」「学友」「酢昆布(これは本当に変換ミスでした、全く気付きませんでした)」「聯合艦隊」
「チーズケーキ(戦前にはチーズケーキはなかったのですね!全く知りませんでした。)」「ラヂオ」「米帝」、
この辺りの記述は仰られる通り、時代の雰囲気を出すために後氷期したほうがよかったと思います。

海軍兵学校のエピソードについては、体罰を書くよりも、訓練のさなかの大変な事、をクローズアップしました。余り細かく長く書きすぎるとキリがないと判断したのです。竹刀は代用される場合もあったようです。

年号を漢数字にするのはその方がよかったですね。この辺の表記、ルールがあるのか分からないので調べておきます。

「回天」に関しては、秘匿情報であったのですが、勇は大助の手紙でその存在を知ったという設定です。また、大助は配られた募集要項でおおよそを知っていたという設定にしています。
(https://www.city.shunan.lg.jp/site/kaiten/4080.html の中ぐらいの募集要項のPDFをお読みください)

阿蘇山に関しては私が好きなので登場させましたが、戦前の電車ルートが調べきれなかったので見切り発車で書きましたが、見えないぐらい遠くを走っていましたか……。設定ミスです。

「一億特攻の先駆けとなってもらいたい」は戦艦大和を沖縄に向かわせる際に使われた言葉です。(https://gendai.media/articles/-/54188?page=2)

特攻を防ぐ米軍艦隊が、艦隊周辺のレーダーピケット艦(駆逐艦の一種)がまず特攻機をレーダーで補足して、グラマンが迎撃に来るということで、ここで書いているレーダー機はピケット艦のことなのですが、機では駄目ですね、書き方間違ってますね。

燃料が燃え盛れば敵艦の武器弾薬も燃える、という筋書きです。
玉音放送については、集合をかけられたのが急遽、というつもりの記述ですが、そう読み取れないかもしれません。

大助の感じた惨めさは、恥ずかしさも疚しさもすべて盛り込まれています。同じような意味の言葉だと思います。

靖国神社では、「個人」への祈りにはつながりにくいと思いお墓参りにしました。

一応説明出来るものはさせていただきましたが、神楽堂様は太平洋戦争の知識が大変豊富なのですね。数々の指摘、本当に勉強になります、丁寧にありがとうございます。

「特攻の島」は未読なんです。回天に関しては「わだつみの声消えることなく」と「出口のない海」を参考にしました。

文体に関しては、余り古文的に書きすぎると難しくて読みにくいかな、と意図的に現代文調に書いた部分もあるのですが、やや幼く感じられたとのことで、もうちょっといかめしく書いてもよかったかもしれません。

ありがとうございました、それでは神楽堂様の作品をこの後拝読に行きますね。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

匿名希望者様、感想と指摘をありがとうございます。

正直、三人称で書く際に、視点を深く考えず、普段読んでいる小説のように書けば大丈夫だろう、程度に考えて書いてしまいました。が、匿名希望者様の丁寧な指摘を受けて、全く分かっていなかったと痛感している次第です。

ああ……そうですね、現在お元気な陛下は「天皇陛下」と呼ぶのがルールでしたね。死後に追号で「明治」などと付けるのでした。これはすっかり失念していました。

━━のルールなど、記述面での知識がまだまだ疎いですね。自分では分かったつもりでいても駄目ですね。しっかり勉強しておきます。

この作品はおそらく三人称神視点が幾つも出てくるのではないでしょうか。章ごとに視点の人物は変えてあるので、読みにくくはなっていないとは思いますが。次作を書く際にはここをしっかり意識して書こうと思います。ありがとうございます。もしも通読されたなら、また感想をいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

中小路昌宏様、感想をありがとうございます。

はい、私は戦争体験者ではなく、完全に「戦争を知らない子供たち」です。それでも、戦争小説やノンフィクションなどの書籍は数十冊は読んでいます。それゆえに、それなりの知識があるのだと思います。今回の作品の執筆のためにかなり読みなおしました。素晴らしい作品と言っていただいて本当に嬉しいです。

この作品のために特攻に関する資料をネットでも調べましたが、出撃する特攻隊員を女学生が桜の枝を手に持って見送る写真を見て私は泣かずにいられませんでした。ですが……中小路様が仰られる通り、あの戦争を体験した人たちがどんどん去っていく中で、戦争の悲惨さを語る人たちが減っていくことを私も強く懸念します。中小路様が過去のご自分の体験を話してくださったこと、感謝します。そのような大変恐ろしかった経験を、どうか機会を見つけて私たちに教えてください。それらが「戦争」に対する強い抑止力になると思います。今もウクライナでもガザ地区でも戦争が起こっています。日本国が再び戦争の惨禍に巻き込まれない事、自らも起こさないことを強く願います。

ありがとうございました、それでは中小路様の作品も拝読させていただきます。

夜の雨
ai201107.d.west.v6connect.net

「神風は吹かず 回天はならず」読みました。

気になったのは「カタカナ」語ぐらいですかね。
「戦艦武蔵のさいご(ノンフィクションブックス)」渡辺 清 (著)持っていたはずなのですが、チェックしょうと思い探してみても、見当たらない。
冒頭で両親へ別れの手紙を書いているのがあり、すごいインパクトがありました。
この渡辺 清という方は武蔵に乗船していたということで、さすがに詳しい。

で、御作ですが。
よく書けていますね。
三人の若者が登場していますが、それぞれの立場で描かれていました。
女性は幸子(ゆきこ)だけであと二人が「勇くん、大助くん」。
戦争に運命を翻弄されていくところがそれぞれの立場のエピソードであるのですが、やはり男二人が特攻に志願するので、海軍と空軍の違いはありますが状況は伝わりました。
この二人の楽しみは幸子からの手紙ではなかったかと思います。
20通とかになると結構頻繁にやり取りがあったなぁと。
幸子も楽しみにしていたようで、文面から想像できました。

三角関係にはなりませんでしたが、戦争の究極の状態でも青春はあるのだなと感じました。

勇は特攻で亡くなり大助は生き残って幸子に再会することができるのですが、わりとさらりとしているのは、友人ではありましたが恋人ではなかったからなのでしょうね。

作品全体では程よくあっさりとしていました。
これは作品の長さと三人の登場人物がみなさん主役という感じで内容が分散されているからだろうと思います。

おそらく一人に視点をおいて描くとかなりなドラマチックな作品になるのでは。

どちらにしても、良く描けていました。


お疲れさまでした。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

夜の雨様、今回も感想を書いてくださってありがとうございます。

「戦艦大和の最期」というノンフィクションは概要だけは知っていますが、武蔵にも
同じような書籍があるのですね。どちらも大艦巨砲主義の頂点を極めた戦艦だと思いますが
空母、戦闘機中心になっていたWWⅡでは通用せず、その最後には悲哀が伴っていると思います。

この物語、実はプロットの段階では三人とも死ぬことになっていました。ですが、書いていく中で
余りにも救いがないと思い、しかし、三人とも生き残るのでは戦争の悲惨さを描き切れないかも、と
判断し、勇にだけは散華してもらいました。このような終わり方で良かったのか、ややあっさりと
終わったというのは夜の雨様の指摘通りだと私も感じます。もう少し恋愛の描写を細かく書くという
やり口もあったと思います。もしも誰か一人にだけ焦点を当てるとしたら大助でしょうか。
ゼロから物語を紡ぐ、という事の難しさを感じ始めています。作品をどう展開させるかは作者の
自由なだけに、その自由の重みを感じてもいます。悩ましいですね、物語を創るというのは。

よく書けていた、というお言葉はとても励みになります。次回作も何卒よろしくお願いします。
夜の雨様の次回作も楽しみにしています。ありがとうございました、それでは失礼します。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内