作家でごはん!鍛練場
森山威則

檸檬

 巧(たくみ)は二十八歳だった。東京の大学を出て広告代理店でサラリーマンをしていた。特にそこで働こうと思った理由はなかった。行けたから行ったまでのことだった。最初は上手く行った。仕事もできたし、上司にも気に入られた。給料も良かった。都会の遊び場にも連れて行ってもらった。恋人もできた。親にも自慢できたし、巧の両親も近所に自慢の息子として触れ回った。
 けれども二年三年と働くうちに、巧には自分の感情というものがわからなくなった。働いていても、恋人と一緒にいても、嬉しいのか楽しいのか、辛いのか悲しいのか、まったくわからなかった。最初、巧は疲れているのだと思った。有給休暇を使って休んでみても、その無感情は治らなかった。そのうち仕事で小さな失敗をするようになった。上司に叱られた。それでも巧は何も感じなかった。同じ失敗を繰り返した。上司に見限られた。無気力な様子を見て、恋人にフラれた。巧には重要な仕事が回って来なくなった。巧は何も感じないことに悩んだ。でも、親に相談しても、「せっかく良い会社に入ったんだから頑張りなさい」としか言われなかった。ある時、巧は上司から会社に迷惑をかけている、と叱責された。だから、誰にも相談しないで二十五歳の時に退職願を出した。
 仕事を辞めて実家に帰った時、巧の母親は泣いた。父親は怒り出した。何も感じなかった巧でも、両親が悲しんでいるのは辛かった。でも、どうしようもなかったんだ、と自分に言い聞かせた。
 それから一年二年と過ぎた。
「タクちゃんはやればできるんだから、ちょっと今は休んでるだけよ」
「そうだな。いつだってまた大きな会社に入れるさ」
 両親は励ましてくれたが、巧にはそれが辛かった。巧は心療内科へ行ってみようと思っていることを両親に話した。
「それは大袈裟じゃないかしら。体はこんなに元気なんだから、きっとランニングでもすれば気分も晴れるはずよ。そういうことしてるの?」
「そうさ。ちょっと考えすぎているだけだよ。楽しいことでも、ぱあっとやれば、それくらいの気分すぐ晴れるさ」
 そう言われると、巧はしょげてしまって、病院にも行かなかった。
 そうして三年が経った。励ましてくれていた巧の両親も、我慢の限界に来ていた。
「あなた、もう三年よ。ご近所でもあのお宅の息子さん引き籠もりになってるって言われてるし、そろそろなんとかしないと」
「荒治療が必要なのかもな。元々精神が弱かったのかもしれない。そういうのを鍛えるところに預けるべきか」
 襖越しにそのような会話を聞いた巧は、震え上がった。そんなの絶対に保つ訳がなかった。巧はそれから自室に鍵を閉めるようになった。
 そんな折、自宅に叔父が訪ねて来た。叔父は巧の父親の弟で、今は県外で蜜柑農園をやっている。どうやら、父親が巧を施設に預ける話を叔父に相談したらしく、叔父は慌ててその計画を止めさせたのであった。
 巧にとって、叔父は子どもの頃から良くしてくれる人で、その柔和な丸い蜜柑みたいな顔に親しみがあった。
「巧くん、叔父ちゃんやけど、ちょっと話がしたいんじゃけ、いいかな」
 ドア越しに懐かしい声を聞いて、巧は鍵を開けた。
「久しぶりじゃ。入ってええかい」
 巧は部屋に叔父を招き入れた。叔父は散らかった部屋の様子を見ても何も言わなかった。そして叔父は自分の話を始めた。今やっている農園のこと。農園を始めた頃のこと。売り上げのこと。最近障害のある人を雇い始めたこと。そしてこれからのこと。
「僕はね、今蜜柑やってんけど、次は檸檬やりたいと思ってんね。なるべく無農薬で。もう離島に土地買っとってね、そこで始めとるけん。それで提案なんやけど、うちで働かんかい?」
 巧はハッと顔を上げた。それは巧には何か自分の人生を変えてくれる一言のような気がした。この機を逃せば、自分は施設に入れられてしまう。それに比べたら、願ってもない助け船だった。巧は悩むこともせずに、
「お願いします」
 と頭を下げた。

     *
 
 四月の朝はまだ寒い。七時に起きて身支度をする。巧は檸檬農園の近くの安いアパートを借りて、そこから出勤した。農園には四十代の責任者の男性と、農業研修に来ている大学生の女の子、それと障害者の男性が働いていた。巧の叔父はたまに本島から様子を見に来て、責任者の男性に「あとは頼むよ」と笑顔で言って帰って行くのであった。檸檬の収穫は最盛期を迎えていて、責任者と女の子が収穫を頑張っている。巧はというと、障害者の男性と一緒に、果樹の周りの草取りや草刈り、あとは除草剤を撒く仕事を主にやった。草刈りは刃が回転する機械を使ったが、障害者の男性には危ないということで、巧に任せられた。巧は草刈り機なんて使ったことがなかったから、エンジンのかけ方もわからなかった。責任者の男性に教わった通りに、草刈り機の紐のようなものを引っ張ってエンジンをかけようとするのだが、かからない。見かねた女の子が「こうするんじゃ」と言って、一発でエンジンをかけて見せた。巧は十一時半まで草を刈った。腕がぱんぱんになった。障害者の男性は、ほとんど喋らなかった。ただ黙々と手で草を毟っていた。
 休憩時間になって、皆でビール瓶のケースを椅子にしてお茶を飲んだ。
「本当は除草剤もなるべく使いたくないんじゃけど、この人数やからなあ。でも、香(か)月(つき)君が来てくれて助かったわい」
 責任者の男性はこの島の出身だった。元々本島の農園で働いていたのだが、故郷で檸檬農園を開く話があることを聞き、ここで働き出したのだった。女の子もこの島の子で本島の大学に通っていたのだが、休学してここを手伝っている。障害者の男性は知的障害者で、あまり自分で考えたり、高度なことはできないが、単純なことなら愚直に働くことができた。
「香月さんって都会っぺって感じやね。さっぱりしとる。この辺の男と違う感じがするわ」
 女の子が巧を見て笑った。
「それ俺らが汚えってことかい?」
「そやよ」
「あほう」
 責任者の男性は笑った。
 巧も笑って見せた。
 障害者の男性は黙ってお茶を飲んでいた。
 お茶が解散になり、一旦巧は昼食のためにアパートへ戻った。この離島にもコンビニがあって助かった、と巧は思った。会社員時代も巧は自炊をしたことがなかった。仕事の再開は十三時から。まだ一時間ちょっとあった。大抵皆昼寝をしていた。巧は寝られなかった。どうも人に会うと緊張してしまうのか、気分が落ち着かなかった。責任者の男性も、女の子も、障害者の男性も悪い人ではなかった。それでも巧には、三年間人と関わらなかった所為で、自分以外の誰かを警戒する癖がついていた。
 巧は薬を飲もうか、と思った。実家から離れて暮らし始めて、叔父から心療内科にかかることを勧められた。
「お父ちゃんには内緒じゃけ」
 そう言われて、巧も了承した。
 あいにくこの島に心療内科はなかったから、本島までフェリーで向かった。心療内科は白が基調の小綺麗な感じの外観だった。あらかじめ予約をしていたから、すんなり診察をしてくれた。
「典型的な鬱病ですね。できれば仕事はお休みになって、投薬で様子を見たほうがいいと思います」
 医師は都会から来た五十代の男性で、野暮ったいところがなかった。
「先生。薬は飲みたくないんです。調べたのですが、薬には副作用があるのでしょう。今せっかく実家から出て働き出したんです。これで副作用が出て寝込んでしまったら、また実家に連れ戻されてしまう。それは嫌なんです。それにここに連れて来てくれた叔父に申し訳が立たないんです」
 医師は少し考えて、
「わかりました。でも寝られないのはよくないです。休息は回復の近道なので。では、睡眠導入剤だけ処方しましょう。それで様子を見てください」
 医師は眠剤を出してくれた。
 薬は確かによく眠れた。けれども、この短時間では効き目が長すぎる為に、昼休憩中に使うのはためらわれた。巧は部屋のなかをうろうろしながら、時間が過ぎるのを待った。
 午後はまた草を刈り、除草剤を撒いた。責任者の男性に、
「選別もせんか?」
 と言われて、檸檬の選別の作業に加わった。ただ黙々と傷や色や形を確かめながら箱詰めして行った。
 同じことの繰り返しだった。最初こそ県外で働き出した新鮮さもあったが、仕事というのは広告代理店の時と同じで、繰り返すことだった。巧は何のために? と思った。そしてすぐ、そういう考えはよくない、と思った。巧は実家にいた時も、何度も働こうと思った。でも、そのたびに、何のために? と思うのだった。巧は自分は理由がなければ行動できない病気だと、思った。だから、何のために? とは思わないようにしていた。もしかしたら、それは広告代理店時代から、無意識的に思っていたことだったのかもしれなかった。でもやっぱり、毎日毎日草を刈り、檸檬の果実と格闘していると、何のために? が首をもたげるのである。何故巧は自分が理由を持てないかということも考えた。会社員時代、巧は上司に、何でお金を貯めるんですか? と訊いてみたことがあった。
「そりゃ老後の為だよ。年金で暮らせるかわからないし、病気になって治療費がかかるかもしれない。子どもの学費もあるし。だからお金を貯める必要があるんだよ。お前は変なことを訊く奴だな」
 巧は老後とはいつだろう、と思った。もしかしたら今日病気になるかもしれないし、事故にでも遭うかもしれない。会社をクビになるかもしれない。死にたくなるかもしれない。それなら、今も老後と言えるのではないのか?
 巧のような考えを持つ者は、会社にはいなかった。皆目的の為に働いていた。何か理由を持っていた。自分の為とか、家族の為とか、子どもの為とか、将来の為とか。
 巧は黙々と草取りをする障害者の男性を見た。巧は知っていた。障害者の男性も疲れた時は、仮病を使ってずる休みをすることを。なら自分がずる休みをしてもいいのではないだろうか。そう思うと、もう仕事をする気力が湧かなかった。その日は何とか終業時間まで仕事をしたが、次の日はもう布団から起きられなかった。
 数時間してから、巧はのそのそと布団から這い起きた。
 机の上に便箋と封筒を並べた。本棚から『手紙の書き方』という本を取って、退職願の書き方の頁を開いた。巧がこの頁を開くのは初めてではなかった。三年前にも巧はこの本を参考にして退職願を書いたのだが、もうすっかり忘れていた。
 でも今日の巧には、「私儀」だとか「一身上の都合」だとか「殿」だとかの漢字を読むと頭が痛くなって来て、机の上の封筒や紙は白いまま、その本と一緒に本棚に放り込んでしまった。
 巧は携帯電話を取り出して、連絡先の欄から「叔父さん」を選んで電話をかけ、しばらく仕事を休みたい旨を話した。
「ええよ、ええよ。一ヶ月頑張って疲れが出て来たかもしれん。こっちのことは気にせんで、ちょっとリフレッシュして。本島の心療内科に通ってんねん? 相談してみたらどうや」
 叔父さんは優しくそう言ってくれた。巧は嬉しかった。けれど、ひょっとしたら少し無理をすれば働けるのではないか、自分は怠けているだけなのではないか、と思った。

 フェリーに客は数人だったが、巧は知り合いに会うかもしれない、と隅のほうの椅子に縮こまって坐っていた。本島まで三十分ほど、巧は自分はここにいないものと思った。
 心療内科の診察まで時間があったから、巧は安く腹ごしらえをしようと、地元のスーパーへ入った。入るとすぐ野菜コーナーだった。巧は自然と果物を見つめた。するとあったのだ。檸檬が。巧の農園の檸檬が、スーパーに並んでいた。何故わかったかというと、生産者の名前と写真が貼ってあったから。そこには笑顔の叔父と責任者の男性、その前に女の子と障害者の男性と巧がしゃがんで写っていた。
 写真を撮る時、巧は横のほうに立って見ていた。
「巧くん、そんなとこにおらんで、一緒に写真撮ろや」
 叔父が巧を手招きした。
 女の子が、
「はよう、はよう」
 と言った。
 巧は申し訳なさそうにしゃがんで写真に写った。
 巧が陳列されている二個入りの檸檬を手にすると、側にいた女性の店員が話しかけて来た。
「この檸檬、めっちゃ人気なんよ。外国のは農薬とかワックスとか使ってるけど、こっちのはほとんど使ってないから」
 巧は嬉しくなった。
「実はこの檸檬、僕が作ってるんです」
「ほんまに?」
「ええ、一つ買ってみます。作っててもなかなか食べる機会はないので」
 巧は店員に会釈して、檸檬を買って、スーパーを出た。何だか惣菜で昼を済ますのがもったいない気持だった。
 檸檬を袋から出して、そのうちの一つ手に取った。でこぼこしている。嗅いでみると、青臭くも爽やかな匂いがした。檸檬は有機栽培だから、形は不揃いだし、黒い点があったりした。尻は出臍のように出っ張っていて、頭には緑の蔕(へた)が小さな帽子のようにちょこんと乗っている。お世辞にも綺麗、とは言えなかった。けれどもその不格好さが、巧にはいっそうその檸檬を愛おしく思わせた。檸檬を頬にあててみた。冷たかった。檸檬をどけても、しばらくあてた頬の部分だけ冷たくて、巧は指で何度もそこを触った。その大きさも、大きすぎず、小さすぎず、巧の掌にちょうど収まった。歩いていると、ラジオからプロ野球のデイ・ゲームの中継が聞こえて来た。巧は檸檬をボールに見立てて、投手のように投げる真似をしてみた。自分でも何をやっているのか、と思って笑ってしまった。巧は幸せな気持だった。こんな気持になるのは久しぶりだった。それもこれも、叔父さんのおかげ、だと思った。自分が一ヶ月頑張ったおかげだとも思った。そう思うと一ヶ月頑張ったぶんの価値である、給料のことを思った。巧は今月の給料から、家賃や光熱費、医療費などを除いたらいくら残るか計算した。だいたい一万五千円だった。巧は郵便局まで歩いて行って、そこのATMから一万五千円を引き出した。巧はだんだん誰かに感謝したい気持になった。叔父さんはもちろんだけれど、この三年間、自分を家に置いてくれた両親に感謝したくなった。それに巧はこんな立派な仕事に就けていることが誇らしかった。両親も、近所に自慢できるかもしれない、と思った。巧は郵便局のなかに入って、現金書留を両親に送ることにした。下ろした一万五千円から一万円を抜いて、封筒に入れた。そして、一万円と一緒に短い手紙も入れることにした。
『父さん、母さん、お久しぶりです。手紙なんて書くのは、小学校の授業以来でしょうか。こちらは順調にやっています。叔父さんの立派な農園で働かせてもらって、感謝しかありません。今日本島のスーパーに、僕が作っている檸檬が置かれているのを見ました。店員さんに人気商品だと言われました。僕はこの仕事がとても特別な、立派なことのように思えます。まだ無理ですが、いつか箱いっぱいの檸檬をそちらに送りますね。あと、給料が思ったよりも多く出たので、少し入れておきます。何かの足しにしてください。くれぐれも貯金などしないように。また手紙出します。それでは。香月巧』
 巧は受付の女性に、両親に送るんです、と笑顔で話した。
 郵便局を出ると、巧の心は軽くなっていた。軽くなったと同時に、腹が減っていることに気がついた。巧の財布にはまだ五千円も残っている。巧は市役所のほうに向かって少し歩くことにした。
 市役所の近くには、前から気になっていた鰻屋があった。こぢんまりとしていて、暖簾のかかる、黒を基調とした、いかにも通が通うような趣の店だった。いつもなら財布の中身を気にして、入りたくても入れなかったのだが、巧はそのような躊躇は今日はすることなく、鰻屋の軽い引き戸を開けた。
 お昼時からはずれていて、あまりお客はいなかった。巧は席について、さっそくメニューを広げた。うな重の梅が二五〇〇円、竹が三〇〇〇円、松が四〇〇〇円、上が五八〇〇円、特上が六五〇〇円だった。巧は唸った。今は特上でもいい気分だが、さすがに六五〇〇円は痛い。財布にもそんなには入っていない。松だと残りが千円しか残らなくなる。まだこのあと診察代とフェリー代が必要になる。ということは、梅か竹だ。ならば今日は竹であろう。二千円もあればこのあと足りるはずだ。巧は店員を呼んで、うな重の竹を注文した。
 巧はメニューをメニュー立てに戻して、おしぼりで手を拭いた。入口には鰻が入れられた水槽があって、ぽこぽこと空気を送る音がしている。こんなにも優雅な気分の食事も久しぶりだった。ここにいる数人のお客にも、何だか巧は愛着が湧いて来て、昼食に少し贅沢のできる仲間のような気がした。
 しばらくして、うな重が運ばれて来た。黒い漆の重箱に、吸物と漬物がついていた。重箱の蓋を開けると、甘辛いタレの匂いと熱気が鼻腔をくすぐった。鰻が一尾、タレのかかった白飯にのっている。巧は鰻に箸を入れてみた。鰻の身はふっくらとしていて、箸で簡単に分けることができた。さっそく鰻と米をいい塩梅にして口に運ぶと、その柔らかさに驚いた。泥臭さが少しもない。だから山椒で誤魔化す必要もない。タレも鰻の味を邪魔することもなく、かといってまったく主張しないということもなかった。米は少し固めに炊かれているので、鰻の柔らかさと合っていた。巧は吸物の蓋を取った。澄まし汁であった。豆腐やわかめなどの最低限の具材で、これもうな重の邪魔をしない。すすってみると、口の甘辛いタレを洗い流してくれる繊細な味わいだった。胡瓜の漬物を頬張ると、ぽりぽりとした歯応えが心地よい。塩気もほどよく、巧はまたうな重に箸を入れた。
 巧はこれこそご馳走というものだな、と思った。自然と笑顔になった。素早く全部食べてしまいそうになって、いかんいかん、と巧は思った。
「いらっしゃい」
 大将の声が聞こえた。お客が入って来たのだ。それは家族連れで、父親と母親、小学校高学年くらいの男の子と低学年くらいの男の子が、サッカーのユニフォームを着ていた。兄弟だろうか。今日はサッカーの大会でもあって、その労いで父親が子どもたちをここに連れてきたのだろう、と巧は思った。父親も母親も小綺麗な格好をしていて、どこか都会的だった。
「ねえねえ、何頼んでいいの?」
 小さな弟のほうが訊いた。
「どれでもいいよ」
 父親は笑顔で言った。
「いくらまで?」
 兄が心配そうに訊いた。
「何でもいいわよ。お父さん、二人が頑張ったから、お祝いがしたいんだって。気にしないで選びなさい」
 母親が笑顔で言った。
 兄弟は顔見合わせて、せえのでメニューに指を差した。
「特上!」
 父親は笑い出して、
「いいよ、いいよ。遠慮なんかいらないんだ。せっかく県外まで来たんだし、いっぱい食べなさい」
「二人ともよかったわね」
「うん!」
「すみません。うな重の特上を四つ」
 巧は口に持って来ていた箸を、そっと机に置いた。巧は自分が半分まで食べたものが何か考えた。うな重の竹だ。それに比べてあの家族は特上を四つも頼んだ。六五〇〇円が四つ。二万六千円だ。自分にはそんな大金は払えない。それにあの父親の、成功者のような出で立ち。綺麗な奥さんがいて、育ちの良さそうな子どもまでいる。何も勝てなかった。
 家族にうな重の特上が運ばれて来た。
「わっ! お父さん、これご飯のなかにも鰻が入ってるよ!」
「そうだぞお。特上だもの」
 巧は半分ほど残った、一尾だけ白飯にのった鰻を見た。鰻も米も表面が乾いてしまっている。途端に自分のうな重がつまらないものに見えた。自分はこんなものに子どもみたいに喜んでいたのか、と思った。
 巧はもうそれ以上食べる気にならなかった。お勘定をして、出ようとした。
 店員が、
「お口に合いませんでしたか?」
 と心配そうに訊いて来た。巧は慌てて、
「いや、ちょっとお腹の調子が悪くて、また元気な時に食べに来ます」
 そう引きつった笑顔をして、巧は引き戸を開けた。
 巧の背中に家族の笑い声が聞こえた。

 そのあとはもうわからなかった。巧は呆然としながらただ歩いた。歩いていると、白い建物が見えた。それが白々しかった。馬鹿にしているのか、と巧は思った。そしてじっと見ていると、それが心療内科であることがわかった。巧は、そうか、今日は診察日だったか、と独りごちた。
 室内へ入ると、患者はあまりいなかった。坐って待った。三十分経っても、自分の名前が呼ばれなかった。巧は立ち上がった。
「あの、香月ですけれど、まだですか」
「すみません、前の患者さんが長引いているようで、もう少しお待ちいただけますか。ごめんなさいね」
 巧はまた坐った。
 また十分ほど待って、前の患者がようやく出て来た。年寄りの男性だった。その男性がよろよろと歩いて巧の前を通る時、男性の脚が巧のつま先にぶつかった。巧はすぐに足を引っ込めて男性を見遣ると、男性は謝りもしないで、受付の女性と楽しそうに話し始めた。
「香月さん」
 医師に呼ばれて、巧は診察室へ入った。
「今日はどうされましたか」
「いえ、特に何もないです」
「よく眠れましたか?」
「まあまあです」
「便通は?」
「普通です」
「仕事は順調ですか?」
「ええ、何とか」
 医師はパソコンの画面を見ている。キーボードを叩く音が部屋に響いている。
「ところで、香月さん」
「なんでしょう」
「何で檸檬を持っているんですか?」
 巧はそう言われて、自分が檸檬を握っていることに気がついた。
 巧は少し考えて、
「さあ、何ででしょう」
 と言った。
 巧は待合室に戻って、椅子に坐った。
 掌の檸檬はとっくにぬるくなってしまって、もうあの瑞々しい冷たさはなかった。会計を前に財布を開けると、二千円しか残っていなかった。巧は今日自分行ったことが馬鹿らしく思えて来た。両親に書留を送ったのも、手紙を書いたのも、自分の見栄がさせたことのように思えた。立派な仕事に就いて、金が稼げる、そんな人間に自分はなれたものだと思った。でも、そんなことは一瞬の気の迷いであり、現実は家庭も持てない、底辺の労働者でしかなかった。それなのに、見栄を張って、大事な一万円を親に送り、鰻屋で食事までしてしまった。それはいったい何の所為か、と巧は考えた。
 すると、巧はだんだんこの檸檬が憎たらしく思えて来た。今日自分がやったことは、全部この檸檬の所為だ、という気になって来た。自分がスーパーでこんな檸檬を見なければ、買わなければ、そもそも檸檬農園などで働かなければ、こんな惨めな思いをしなくてよかったのではないか。全部この檸檬の所為だ、と思った。こんなものこの世から消えてしまえばいい、と巧は思った。こんなものがなければ、自分は不幸になったりしなかったんだ。こんなもの、自分が消してやるんだ。
 そう思うと、巧は檸檬にかぶりついた。
 巧の歯が檸檬の皮に突き刺さって、なかの果肉を囓り取った。果汁が飛び散った。すぐさま巧の舌を檸檬の酸味が襲った。巧はお構いなしに、もうひと囓りした。果肉と共に種を噛み砕いた。すると強烈な苦みが巧の舌に広がった。涙が出た。巧は懸命にこの檸檬をこの世から消そうとした。泣きながら囓り続けた。巧は自分が何故泣いているのかわからなかった。誰かに教えてもらいたかった。巧は診察室の扉が目に入り、そこに駆け込んだ。
「先生!」
 書類を書いていた医師は驚いた顔をした。
「口がすごく酸っぱいんです。すごく苦いんです。教えてください。私は泣いていますか? でもね先生、これはね、悲しくて泣いてるんじゃないんです。悔しくて泣いてるんじゃないんです。檸檬の所為なんです。檸檬が酸っぱいから、涙が出るんです。檸檬が苦いから、涙が出るんです。私が見栄を張ったのも、他人を羨んだのも、全部檸檬の所為なんです。檸檬が酸っぱいから、檸檬が苦いから、だから先生……」
 巧はその場にへたり込んだ。巧はぐちゃぐちゃになった檸檬の手で両目をこすったから、それが目にしみて余計に涙が止まらなかった。嗚咽が漏れた。鼻をすすったから、檸檬の果汁が鼻から入って、鋭く痛んだ。口からは酸っぱさと苦さの所為で、涎が溢れた。巧の顔は檸檬と涙と鼻水と涎にまみれた。
 医師はゆっくりと巧の横にしゃがんで、頷きながら巧の肩に手を乗せた。
「そうだ。檸檬が悪いんだ。君が悪いんじゃない。安心しなさい」
 医師は微笑んだ。
 巧は涙を流しながら何度も頷いた。
 診察室と待合室には、しばらく巧の泣き声だけが響いた。

 帰りのフェリーに乗った巧の心は空っぽだった。というもの悪い感覚ではなかった。ずっと背負っていた荷物が、やっと脱げたような、清々しい気持だった。空は青かった。海も青かった。あとは雲と波の白さと、島々の緑が巧の両目を満たした。
 椅子に坐っていた巧は、前面の展望が見えるところに立った。フェリーは白い波をくの字に蹴立てて進んでいる。それは隊列を組む雁(かり)を思わせた。今の自分は白い雁だ、と巧は思った。フェリーは島々の間を縫うように進んで行く。巧は側面の展望台に出た。潮風が巧の何もかもを吹き飛ばすように吹いた。フェリーが三十分ほど進むと、離島が見えて来た。ずんぐりとした白い灯台が見える。さらに近づくと、島の人たちが使う醤油屋の蔵が見えた。巧が働く檸檬農園も見える。今も、責任者の男性や、女の子が、檸檬を収穫しているだろうか。障害者の男性は相変わらず黙々と草を毟っているのだろうか。
 巧は携帯電話は取り出して、叔父に電話をかけた。そして明日からまた働かせてほしい、と頼んだ。
「そうか、そうか。皆心配しとったよ。巧くんは真面目に働くけえ、皆巧くんに期待してるけ。よかた、よかた。すぐ連絡しとくけえ」
 叔父が嬉しそうだったことが、巧は嬉しかった。
 責任者の男性――清さんに草刈り以外もさせてほしい、と頼もう。大学生の女の子――桃子ちゃんに草刈り機のエンジンをかけられるようになってびっくりさせよう。障害者の男性――正悟さんに今度話しかけてみよう、と巧は思った。
 もうフェリーは五分もかからず接岸する。
 巧は鞄から檸檬を取り出した。スーパーで買った片割れである。
 それを太陽にかざしてみた。巧は指先で色々な角度に回して、光沢を放っている檸檬を眺めた。その先にまた明日から働く農園があるのだった。
 フェリーが島に接岸した。
 数人の客が荷物を持って立ち上がった。
 巧も鞄を持ち上げた。そして檸檬を一口囓ってから、島に向かって歩き出した。

檸檬

執筆の狙い

作者 森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

わかりやすい話を意識して書きました。その成果か普段小説など読まない人でも読めるものができたかと思いますが、読める人からすると物足りないものになってしまったかもしれません。

コメント

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

読ませていただきました。
おもしろかったです。

読みやすく、現代人に共感される内容だと思います。
勤め人が嫌になって農業に転職したいなんてこと、考えたことがある人はかなりいると思います。
実際、農業への転職は人気があるそうですし。
ただ、それを実行する勇気がない人にしてみれば、小説というエンタメの世界で擬似的に脱サラし農業という経験を楽しめるので、やはり小説というものはよいものだなと。

題材を「檸檬」にしたのも、作者の狙いが読者に伝わりやすくてよかったです。
皮は苦いし、中身は酸味が強いし。
だからこそ、待合室で檸檬にかぶりつくシーンが映えます。
これが他の食べ物だったら、インパクトが弱かったですよね。

全体として、主人公の人生を追っていく進行になっていて、それはそれで興味深く読めました。
が、せっかくの鍛錬場ですので、さらによくするには、という視点で考えてみると……

主人公の「気づき」をもっと丁寧に書いてほしかったです。
そして、「変化」があればいいですね。成長という視点でもいいですし。

私は、趣味で取ったものではありますが、心理カウンセラーの資格をもっておりますので、やはり、心の動きに興味をもって読んでしまいます。

仕事を辞める理由が、叱られることが多くなった、フラレた、決定打が「会社に迷惑をかけている」と叱責された。で、家族に言わずに退職した、という流れになっていますね。
ストレスを受けた場合に、「怒り」などの二次感情を出す人は多いです。
怒ったり、他人を厳しい言葉で批評したり、そうすると自分が上になったように錯覚できるわけですが、主人公はそれをしない。
「弱い犬ほどよく吠える」と言いますが、この主人公、弱い割にはあまり吠えませんね。
こういうタイプの人って、怒りを二次感情に使うのは嫌だ、ダサい、という価値観の人が多いです。
ニュースサイトで、犯罪者や体制に向かってさんざん偉そうに批評コメント書いている人っていますよね。
上から目線で書けば、文字通り自分が上になったように思えるから人を叩くのです。
しかし、そういうのって見苦しい。そんな人になりたくない、という価値観を持っている人は、怒りで発散させる割合が低くなります。
叱責ばかりする上司のことを、同僚たちが陰口で発散しているのを見て、自分はあんな風に人の悪口を言う人にはなりたくないな、などと考える描写があってもよかったですね。
主人公は自己肯定感が下がっての離職と考えられますが、会社に迷惑をかけていると叱責されたから辞める……う~ん、ありえなくはないですが、もうちょっと書き足して欲しい。
そういう状態の人は、「決定する力」が弱っているので、退職という決定をする気力もないことが多いです。
だから例えば、俺が辞めることが会社のためになるのならと、この会社での最後の自己有用感として辞める、みたいな心のつぶやきがあってもよかったかもしれません。

主人公は実家に戻った後「心療内科」の受診を検討していることを両親に告げていますが、その動機も書いてほしかったです。
「心療内科」……心に起因する身体的諸症状の治療や緩和を行う。
「精神科」……心の症状に対する治療や緩和を行う。
病院に行くということは、何かを治したいという意思が必要になります。
が、この物語には書かれていません。
心療内科であれば、「治したい身体症状」がある、ということですよね。
先述の通り、人間は心神耗弱になると「決定をする力」が弱くなりますので、病院に行こうとすら考えられなくなります。
なので、無感情な人間がなぜその行動を起こそうとするのか、そこは書き甲斐があるところです。
主人公は「心療内科」に対して、どんな希望や期待をもち、受診を検討したのでしょう。
これ、とても大事。
心療内科や精神科は、初診の人はかなり身構えます。
そして、病院というのは投薬で治療を行うだけのところという現実を知って失望する、そういう人も多いんです。
救いを求めて受診してもそれを裏切られる、そういう描写も作品にあってよいかな、と思いました。

あと気になったのが、農園で働いている「障がい者」です。
知的障がい者なのか、身体障がい者なのか、あるいは両方なのか。
これは読者に分かるように書いてほしかったです。
なぜなら、人は人と比べる生き物。
この人は○○ができない人なのに○○ができている。一方、私は……
のような、比較する心理描写がほしかったですね。
この主人公は他人と比べる傾向があるので。
作者様が、障がい者を登場人物に加えた意図、もっと明確にするとよかったように思います。
農園での仕事に挫折するきっかけは、障がい者が仮病を駆使してうまく休みを取っているのがわかった時。
これはこれで、説得力があるような、ないような……

主人公が会社や農園をやめようと考えるのは、「働く理由」を考え過ぎるからですよね。
様々なことに理由を求めすぎる人、います。
このあたりは多かれ少なかれ、読者も共感するところだと思います。
何のために働いているのか。
何のために生きているのか。
そんなことを考えるのは人間だけで、地球上のすべての生き物がそんな理由を把握して行動しているわけではないのに、それを追求したくなるのが人間。
共感されやすいポイントなので、もっと丁寧に書けるところです。

自分たちが作った檸檬が他人から高評価だと知ってやる気を出すも、
そこで終わりにしないで、また谷に下りて行かせる流れもお見事。
自分を喜ばせてくれるのも他人。
自分を落ち込ませるのも他人。
自分のことを絶対的価値で見ることは難しい。
結局は他人との相対的な価値で見るのが簡単なんです。
自分へのご褒美のウナギも、もっと上等なものを注文している人と比べた途端、価値が下がってしまう。
自分は人と比べる癖があり、そのせいで劣等感をもってしまう。
このあたりに気がつく心理描写もほしかったです。
ラスト。
再び農園で働く決意をし、明るい展望で終わっているのは好感が持てます。
診療所で泣いて心がからっぽになり、荷物をおろしたような気持ちで島へ向かう。
電話で再び働く決意を伝える。
なぜそこまで心変わりしたのか、もっと説得力のある描写がほしいです。
「意思決定」には大きなエネルギーが必要です。
精神が耗弱していると、それがなかなか決めることができません。
物理の用語で「慣性の法則」がありますが、動いているものは動き続け、止まっているものは止まり続ける。
それは人の心も同じです。
帰りのフェリーでの心の動き、何が主人公を変えたのか。
どうして主人公の心は動き始めたのか。

結末部分で檸檬を一口齧るのはいい表現ですが、
味は?
診療所で齧ったときと比べて、感じ方は違っているはずです。
その違いを以て、主人公の変化を表現できると思います。

とても素晴らしい作品なので、ついつい熱く語ってしまいました。
作品を読ませていただきありがとうございました。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

こんにちは。

第2節の頭ぐらいまで読みましたが、主人公の人物像がよく分かりませんでした。
主人公の分かることは、
・28歳であること。
・子供っぽい性格であること。
・就職時は、それなりの能力を有していたこと。

分からない事
>>何も感じなかった巧でも、両親が悲しんでいるのは辛かった。
>>でも、どうしようもなかったんだ、と自分に言い聞かせた。
〇主人公は何も感じないの「何も」は何を指すのか?
・仕事を辞めたことについて何とも思わない。
仕事を辞めたことについて、自分は後悔していない。のであれば「両親が悲しむことだけが辛い」で筋は通る。
しかし、仕事を辞めるしかなかった。と自分に言い聞かせた。→辞めなくてよかったかもしれないという考えを否定しなければならない心理。
つまり、自分の行動を肯定しなければならない心情は、何も考えていないには当たらない。
この文章は矛盾していると思います。
・二年三年と働くうちに、巧には自分の感情というものがわからなくなった結果→何も感じなくなった。例外として、両親が悲しむ姿を見ることは辛かった。
ストーリー的には筋が良いと思うが『感情がなくなった』では、以後の主人公の心理描写は書けなくなります。この小説内のルールとなりそれに違反する。三人称語り手の地の文は小説内の事実であり真実です。

〇主人公はなぜ病院に行かないのか?
常識的に、病院に3年間も行かない理由はないと思います。自分で引っ越しの手続きをする。退職に伴う手続きや失業保険の申請も自分でしていると思われるので、常識的に、まったくの実家に引きこもりではないはずです。25藍~28歳ですよね。親に言われて「失望し、または予期に反する事に出会って、(3年間も)元気がなくなる。」とはとうてい考えられません。
>>巧はしょげてしまって、
>>震え上がった。
これも、「巧には自分の感情というものがわからなくなった。」ということ(ルール)に矛盾するのではないでしょうか。病院に通うのであれば、以前より以前より改善され、自分の感情も他人の感情もある程度分かるようになったとなると思うのですが。

先を読んでみないと分からないのですが、今の時点では。精神的な疾患があるかもしれない『大人』の主人公にする必要があるのかよく分かりません。「主人公としての魅力があるか?」

冒頭を読んだ印象として、まずは書かせていただきました。続きも頑張って読んでみたいと思います。

今後のご活躍を願っております。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

追伸
誤字報告
×以前より以前より改善され、
〇以前より改善され、

〇主人公はなぜ病院に行かないのか? に追加
病気の影響で仕事をやめなければならない状況なら、まずは病院で診てもらうことを上司や同僚が勧めると思います。
健康診断もあると思いますが。
※以降読んでみて、カタルシス効果狙いだけなら配慮に欠けるかなと心配。

森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

神楽堂様

長い作品を丁寧に読んでいただき、大変有意義な感想もいただき、嬉しいかぎりです。
個人的に保存させていただいて、今後の糧にしたいと思います。
ご指摘されている部分、大半が前半部分ですが、実はここはあえて描写をせずに、後半主人公の心が動き出すのと合わせてみたのですが、失敗だったかもしれません。
他に読んでもらった方にもシナリオ的、と言われたことがあります。
やはりもう少ししつこく書く必要があるかもしれません。
あと自分的には書いてるつもりになっている部分も、もっと書いていいんだ、と思うことができました。
それとラストの檸檬の味について、考えたことがなかったのでハッとしました。
酸味と苦みばかり意識していましたが、味もありますよね。
それで変化が表せるかもしれない。
私はどうも言葉足らずになってしまう傾向があるので、それを再確認できました。
重要な気づきをもたらすアドバイスならびに感想ありがとうございました。

森山威則
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匿名希望者様

こんにちは。
第2節の頭ぐらいまで読んでいただき、ありがとうございます。

〇主人公は何も感じないの「何も」は何を指すのか?
〇主人公はなぜ病院に行かないのか?

このあたりは私の描写不足の所為だと思います。
前半部分、あえて書いてないところもあるのですが、私の、これくらいでわかるだろう、的ないい加減さが出たのだと思います。
これから更に注意したいと思います。
それと、匿名希望者様に質問なのですが、匿名希望者様の思う「大人」とはどんな人物なのでしょうか?
今後の作品の参考にしたいので、教えていただければ幸いです。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

再訪します。

>>「大人」とはどんな人物なのでしょうか?

「大人になるということは、自分の酒量をわきまえることさ。」(byヤン・ウェンリー)
「おとなになるってことは、やりたいこととやらねばならぬことを区別することさ。」(byアッテンボロー)
――『銀河英雄伝説』より

私が思うに『大人』とは
『得られた情報により自ら考え行動する。その結果に責任を持つ』
小説の主人公は、意志と行動力が必要だと思います。
もちろん、結果に責任を持てない『子供』っぽい主人公もいます。
主人公に動機があり、行動し、状況が変化して、学習し、心情・考え方に変化が起こる。失敗や試練を乗り越えて、子供の主人公はやがて大人になる。
ただし、私の言った、精神的な疾患があるかもしれない『大人』は、28歳の外見上の大人の意味です。客観的で合理的な判断ができない可能性があるからです。

病院云々について補完しますと。
精神病院の用語の整理等のための関係法律の一部を改正する法律の
『精神医療機関に対し国民の正しい理解を深め、患者が受診しやすい環境を作るのが目的』にあるように、以前は精神病院(現、精神科病院)のイメージがあまりよくありませんでした。このような考えを基に両親が反対したのか。
>>「荒治療が必要なのかもな。元々精神が弱かったのかもしれない。そういうのを鍛えるところに預けるべきか」
これも古い考え方のように私は思います。高齢者だから古い考えかもしれませんが。

さらに掘り下げると、主人公は精神的な疾患についてどのように考えているか。コンプレックスはないか、旧友からどのように思われていると感じられているか。3年間主人公が何をしていたのかすっぽり抜け落ちています。
28歳の3月現在の主人公の外見や生活を描写することで、彼の性格や今置かれた状況の情報を読者に知らせる方が三人称小説としては自然だと思いますし、手っ取り早いと思います。(広告代理店勤務や恋人等の情報が必要かどうか)
※叔父の農園で手伝うだけなら、上司と喧嘩して会社を辞めた⇒再就職が上手く行かない。⇒叔父に誘われた。で良い気がするが。今後の展開でたぶんダメなんでしょうね。(;^ω^)

頑張ってください。

森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

匿名希望者様

再訪ありがとうございます。
色々な考え方があるのですね。
参考にしたいと思います。
ありがとうございます。

夜の雨
ai224168.d.west.v6connect.net

「檸檬」読みました。

なかなかの文学作品でした。

主人公である巧(たくみ)の東京での挫折から故郷に帰ってからのうつ状態を脱出できずに施設に入れられかねないことになった。
なにしろ、三年働かなかったというか他人と接しなかったブランクでうつ状態。
叔父が助け船を出してくれた。彼の檸檬農園で働くべき、離島での生活。
そこで檸檬の収穫作業をするのですが、一緒に働く仲間が三人。
責任者の四十代の男性、農業研修の大学生の女の子、それに障害者の男性。
離島で叔父の檸檬農園で働き、心の診療所にも通うとかのエピソードが具体的に描かれていました。

巧がそういったストレスというかうつ状態から脱したかと思えたのは、離島のスーパーでの出来事。
自分が作った檸檬が店頭に置かれていて、それを買った巧にスーパーの店員が「この檸檬評判がいいのですよ」これで一気にテンションが上がる巧。
たしかに、このエピソードは説得力があります。
見ず知らずの他人に自分の仕事を誉められた気持ち、それはうれしいでしょうに。
それで調子に乗った巧は郵便局で金を下ろして両親に金を送る。
鰻屋の軽い引き戸を開けてしまう。
そこは通が通うような趣の店で、いつもなら財布の中身を気にするところ、そこで鰻を注文して食べること。
そこまではよかったが、食べていると家族連れが入ってきて、巧よりも上のクラス特上四人前ときたもんだ。
巧のように財布の中身を気にしていない。
この衝撃に巧は、またもやうつ状態。
読んでいてよく伝わる文章でした。
このあたりエピソードの描き方がうまかった。
鰻のように「うまかった」(w)。
あと、心の診療所に行ったところ『檸檬を握っていた』というのが、かなりのインパクトでした。
この診療所での医師とのやり取りとか、重要なところはしっかりとエピソードが描かれていたので、静かにラストへと盛り上がりました。
ラストは叔父に電話をかけて明日から働きます、とのことでうまくまとまりました。

この作品は主人公の巧が28歳という事で、その年齢だと何をしなければならないのか、ふつうの者だったら何をしている年齢なのかを書いておくと、現状の主人公をもっと掘り下げることができるのではないかと。たとえば友人から結婚式の招待状が届いたとか。高校で好きだった同級生の女の子は結婚して二人目の子供を産んだとか。だれだれが、東京の会社で課長になったとか。会社を立ち上げたとか。
東京から帰ってきて、三年間働かなかったブランクのところに、こちらのエピソードを挿入しておけばよいのではありませんかね。そりゃあ、落ち込むわなぁという事になると思います。自分と対比するので。
そのあと、叔父の檸檬農園で働くことになる。


それらを踏まえて、御作の文学的な流れにするとよいのでは。

こちらは文学作品として読めて、それもかなりな内容ではなかったかと思います。


お疲れさまでした。

森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

夜の雨様

前作に引き続き感想ありがとうございます。
それもお褒めの言葉まで、嬉しいかぎりです。
やはり主人公がどういう人物なのか、そのあたりが書き足りてないのですね。
ここに投稿した御陰で、そこが確認できたので、次に繋がると思います。
ありがとうございました。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

最後まで拝読しましたので総評を残しておきます。

主人公の心の動きを描こうとした良い作品だと思いました。特にうなぎのシーンは、ここだけ抜き出して一人称掌編小説としても面白いように思います。
上から目線で申し訳ありませんが、私が公募の審査員だったとしたら、努力賞を差し上げたいと思います。

細かな指摘は差し上げないほうがよいでしょう。作者さんのやる気を削ぐことになれば本末転倒になりますから。

すでにご覧になっていらっしゃるかもしれませんが、参考動画としてURLを張っておきます。
「コンビニ人間」(村田沙耶香先生)のここが凄い!
https://youtu.be/786yQ3NAGSc?si=jKeh2SlEkcrctC0F
わかつきひかるの小説道場

今後のご活躍を願っております。

森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

匿名希望者様

最後まで読んでいただきありがとうございました。
また良い作品だ、と言っていただき嬉しいです。
これからも頑張りたいと思います。

浮離
KD111239163166.au-net.ne.jp

書き手の言質も含め、なんて手間もなく普通に読み取るなりに感じさせられる上での反論として、“コンビニ人間“を参考に付き合わせるというのは好意的にすぎるか前のめりにすぎるものと個人的には感じさせられずにはいられないものなんですけどどうなんですか。

>ラスト。
再び農園で働く決意をし、明るい展望で終わっているのは好感が持てます。

という読み取り方はまあまあどころではなく愚鈍にすぎるはずですし、とはいえ驚くことに書き手本人もどういった意味合いかは定かではないんですけど、

>後半主人公の心が動き出す

といったよもやの同調的意思を示していることに一読者としては驚きを隠せないわけで、誤解だとするならそれなりの意図をお聞きしたいところではある気がしています。
っていうかしてしまいます。

>前半部分ですが、実はここはあえて描写をせずに、後半主人公の心が動き出すのと合わせてみたのですが、失敗だったかもしれません。

と返信にある通り、主人公が鬱となり落ちる背景なり原因は意図的に伏されたものらしい上で、もう一度改めて物語の顛末を眺めてみて欲しい気がするんですよね。


なんで、“コンビニ人間“を付き合わせたがる必要がありますか。
個人的にはまったく同意のかけらも思いつけないんですけど。


主人公はかつてまともな社会人どころか順風満帆とも言えそうなルーキーシーズンをすごしながら、そんなご満悦に自惚れて自ら踏み外したような、読者への案内はゼロに等しい意味不明の如く墜落の一途を辿るわけじゃないですか、書き手曰く、

>実はここはあえて描写をせずに

といったつもりらしく。

そうして地元に帰れば、かつての活躍をこれまたご満悦甚だしくふれまわった両親、ポンコツ甚だしく帰郷した息子にむかってどんな態度かと思えば、

>母親は泣いた。父親は怒り出した。

まじですか。
そんな奇天烈な親っていますか。

わかりますか?
ここ肝心だと思うんです。
このくだりを必要としなければ語れない物語であるつもりなら、“コンビニ人間“を参考に付き合わせるなんてほとんど強姦、穴があればなんでも一緒みたいな傲慢さみたいに感じさせられなくもない気がしてしまうのあたしだけですか、どうなんですか。

事実、この両親ったらなんにもしないし、それどころかなに言い腐るかと思えば、

>「荒治療が必要なのかもな。元々精神が弱かったのかもしれない。そういうのを鍛えるところに預けるべきか」

って、引きこもりの中学生じゃあるまいしいつからどこまで他力本願みたいな子育てに立ち止まって貫くつもりなんだろこの人たちって個人的には甚だ鼻白むことこの上ない気分にさせられたものですし、襖越しに震え上がった巧くんこそ気の毒ですよ、

>巧は悩むこともせずに、
「お願いします」
 と頭を下げた。

って、どんな蜘蛛の糸なんだろって同情ほとばしりますよいくら自惚れた怠け者鬱カスだからってその必死でポンコツな逃走くらいわかってあげたくなるってものです褒めはしないですけど。


あたしなんかおかしなこと言ってますか?


叔父さんのところに逃げ込んでからこっちは、ただの病人ですよね。
完全に思考回路バグってますもん、それをそうとして書いたものだと信じたいし、あたしはスーパーで話しかけてきた女性店員だとかって、完全に妄想でしょってまじで思ったし、

>「実はこの檸檬、僕が作ってるんです」

って巧くんってば病的なレスポンスで突如の開眼、“こっわ“ってまともな読者なら間違いなくドン引きするピークオブエピソード、サイコサスペンスの絶頂シーンだと思うんですよね。
郵便局から鰻屋界隈のシーンはまったく秀逸、

>巧は受付の女性に、両親に送るんです、と笑顔で話した。

恐ろしい浮遊感、受付の女性はきっとお昼ご飯あんまり美味しくなかったんだろな、なんて要らぬ心配まで脳裏をよぎるぶっ壊れシーンのはずなんですよね、おかしなこと言ってますか?

レモン握って診察室。
はいはい、わかりますよくきたねエラいエラいってこなれた先生の物腰については一言も触れてないし巧くんこそピークアウトでつれない態度、

>「何で檸檬を持っているんですか?」

って流石に先生もややギレもそこはかとなくですけどそこは病人、自分のタイミングでしかリアクションできない深刻な病状と見え、ですか。
その後のくだりはご覧の通り、らしいんですけど檸檬屋も精神科もレモン一個にも敵わない感じ、なんだか全部巧くんのたかが甘ったれに付き合わされてお疲れっした、みたいな結末ありきみたいなお涙頂戴にあたしみたいな捻くれ者はすっかり呆れて傍観必至だとか言い過ぎですか。


ごめんなさい、書き手。
真面目で一生懸命書いてるし感想に応じているのもわかるけど、あたしは失礼なのであんまりにも的確でなかったり当たり前に踏み外して見えるやり取りを結構看過できないタチで、単純にイライラするんですよ。

我慢できない。

浮離
KD111239163166.au-net.ne.jp

正直に言ってくださいよ、これ、希望のあるエンディングとして書いたつもりなんでしょ?

>後半主人公の心が動き出す

って、病状悪化で即入院で磔、とかのつもりなんかじゃないですよね?


そんな巧くんの、そもそもの原因って、なに?

>実はここはあえて描写をせずに

とした上でどこに行き当たるつもりだったんですか?
老後云々目的云々理由云々勝ち負け云々いろいろ言ってるんですけど、レモン一個やたかだかうな重程度で浮き沈みしたいエサくらいの言い草じゃないですか?
そもそも調子よく働いていたもの自惚れて飽きちゃったみたいにボロく墜落したのは巧くん本人の勝手じゃないですか。

>実はここはあえて描写をせずに

“実は“って、一体どこ。
生まれつきの甘ったれメンヘラでくくれる話だってことなら、“コンビニ人間“読んでままならなさってものもっと感じてひれ伏せ、ってことならわかりますよ。
でもきっと、そうじゃないでしょ。

そのつもりなんだとしたらこのお話の閉じって、絶望的な景色のはずなんじゃないんですか。

>ラスト。
再び農園で働く決意をし、明るい展望で終わっているのは好感が持てます。

なんて、馬鹿すぎるにも程があるみたいなまぬけな読書に甘えて気持ちいいですか。
巧くん、一体なにが変わったの?
わかるためになにしたの?
一読者として、なんにもわかんないですし、共感のかけらもないです。
双極が赴くままに浮かれて騒いでベソかいてスッキリしました、くらいのことしか書いてなくないですか。

どんな気持ちでフェリーから農園眺めてんだろ? って。
勘違いしないでくださいよ?
ますます増幅する自己愛モンスターに振り回される叔父さん想像するだけで気の毒すぎて思い遣られる、って言ってるんです。
そんな風にすっかり踏み外した世界に追いやられた読者もいるってこと、わかって欲しいんですよね。


腹立ちますか?
納得いかないですか?

じゃあ、巧くんの親ってなんなの。
なんで必要だったの?
どうしてあんなに人情バグった親として登場させたの。

あたしには、巧くんの幼少期からの渇望が見えます。
巧くんが求めていることは、本当に満たされたいものは、理由はちゃんとある。
“コンビニ人間“? 
本気で言ってんのかと。
誰が誰に失礼吐いてんのか自覚もないかと。

書き手こそ巧くんのこと、絶対に巧くんのそれがわかっていないことがあたしにははっきりわかるし、だからまぬけで無責任な読者には心底腹が立つし、巧くんに少しも救いの手を差し伸べられない、再生するきっかけを、負傷しても手に入れるひらめきを授けてやれない書き手は本当に無責任だし思いやりのかけらもないでしょ産み落とした作者として。


あたしは、こういうたかが程度の見通しで語られる“いいお話風“の書き物が、本当に大嫌いです。
それを指摘できないまぬけな読者も馬鹿としか思えない。



>実はここはあえて描写をせずに


あえて、なんかじゃないですよね?

書けなかっただけ。
知らなかっただけじゃないですか。

あたしにははっきりとそう読み取れるし、わからないなら別にいい。



たかが素人の嗜みだろうが、そのくらい物足りなく切なく憤る嗜好者だっているってこと、あんまり舐めてほしくないんですよ。

誤魔化したくないんですよ、“書くこと“が好きなので。

森山威則
mbl122-074.mable.ne.jp

浮離様

感想ありがとうございます。
参考にして、次に繋げたいと思います。

浮離
KD111239168153.au-net.ne.jp

繋げられんのかどうか見てあげますから、嘘つかないことだよね。
二行ばっかとしての本気、見せようよね。

おつかれさま。

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