語学はたの死い
一
枳殻(からたち)語を勉強している。枳殻とは名前から想像が着く通り、モンゴルの上部にある日本人の感覚からしてやや中国のようなところだ。枳殻語は日本人で学習してる人が「全く居ない」と「居ないと思う」の間くらい、つまり、「居るには居る」くらいの量だ。とても少ない。だから参考書や本だってほぼ売ってないし、教えてくれる人だって居ない。火曜日の午後に枳殻語のレッスンを受ける人間なんているはずが無いのだ。
先日、草の根を書き分ける勢いで本屋を巡り、町中の古本屋の店主を脅す勢いで枳殻語の本を探し出した。その本の表紙は擦り切れていて読めなかった。ではなぜ枳殻語かわかったのかと言うと、古本屋の店主がそう言い張ってたからだった。だが生半可な言い張りでは無い。かなり高度な脅しを前にしてそう彼は誓ったのだったから。
二
本を開けると、枳殻語だった。内容としては10代の恋のような話だった。語学の為とはいえ、ここまでつまらない本を読むとなると流石に腹が立ってきた。主人公である男がキスをする時「君の唇は山椒の味がするね」と言い、白痴の様な女がキュン…!と叫んで発狂をしていた。
その酷い文章は、結果的に私を三日三晩眠れなくさせた。暗喩は全て的外れで、キャラクターには一切共感できず、不快感のみが残った。私は憤怒のあまり、枳殻へ向かう事に決めた。出版社に殴り込みに行くのだ。あるサイトでは釘バットを持っていくのが殴り込みの流儀だと言うものなので、釘バットを持って行こうとした。スーツケースも着替えも持たず、財布と、パスポートと釘バットだけを持って家を出た。
三
「釘バット」について言及すべきである。
この金属バットは私が中学生だった時に貰ったもので、当時モテた私は下級生の女の子から、卒業式でたくさんの釘を貰った。それを卒業式の打ち上げの最中に付け、釘バットを作るのが、我が後句御台中学校(ごくちゅう)の伝統だった。私は今でもその釘バットを人生の楽しかった思い出の象徴として捨てずにとってるし、眠れない夜には、その釘バットを抱きしめたりしてしまう。言わずもがな、武器にもなるのだから、就活の時や押し売り販売、部屋に害虫が出た時にも重宝する。
四
朝だった。電車は満員だった。多くの人が、自分が何処に向かって電車に乗っているかわかっていない様子だった。
憂鬱と退廃と疲労が飽和状態の乗客率300%の車内に、一目でわかる異常者が釘バットを持って飛び乗ってきた。
憂鬱と疲労は期待と興奮に塗り替えられた。確かに、車内の人達は最初、私が無差別に殺意を向ける狂気のスプリンクラーのように思い空気は凍りついたが、その異常者が何かに腹を立てていると知った彼らは、この異常者が社会のなんらかの不和や齟齬や遺物を打ち倒してくれるのではと期待した。
私が電車から降りる時、乗客は歓声をあげた。勝ってこい、世界を変えろ、そう叫ぶ者もいた。
歴史が動くんだ。ドアが閉まる直前、そう聞こえた。
空港の手荷物検査には、無論ひかかった。釘バットを税関職員は、土産物とみなさなかった。
途方に暮れた。空港のベンチに腰掛けて、旅の終わりを感じていた。そこに、高校の同級生であったデウスエクスマキナが斜め前の椅子に座って、柿ピーを食べてたのが見えた。
「あれ、久しぶりだな!なにしてんの?」あいつから気づいたみたいだ。
事の顛末を説明すると、あいつはちょっと待ってと言って右手に分けてた柿ピーのピーナッツをボリボリと食べてから、"staff only"と書かれた部屋に入って行った。すぐ出てきて、「枳殻だろ?行けるよ。」といった。
五
枳殻へ行く飛行機は小さかった。十人ほどの乗客しかおらず、三時間のフライトだった。みんな浪人生みたいな顔をしていた。
枳殻の町に初めてきた。写真では何度も見たが、汚い町だった。
地面は大抵砂であってアスファルトは見当たらなかった。屋台がたくさんあって、みんな何かの卵の焼いたものを食べていたり、ハムスターくらいの大きさの濃いみどり色をしたものを食べていた。
乗り合いのバスに乗って、出版社に行く。
枳殻には出版社は一つしかない。王立の出版社で、全ての出版物に検閲が入っている。しかし検閲でのアウトの基準は、オムレツについてだけである。
オムレツの事、その焼き方、レビュー、オムレツを示唆できること、その全てが許されない。法律はあってないような枳殻であるが、オムレツの事になると、市中引き摺り回しの刑や一族根絶やしなど、平気でありえるのだ。
それは王妃のオムレツがクソまずい為、枳殻からオムレツの概念を消す事で現国王の命を守ろうという算段によってたてられた法律であった。
六
バスは枳殻の出版社に辿り着いた。
出版社の人々は釘バットを持った異常者が、ただ純粋に文学的、資本主義的に見てつまらない小説に腹を立てているだけだと知った途端、恐れの色をなくし、ただ出版社の玄関に居る釘バットを持って編集長を待っている男とみなすだけになった。
20分待っていると編集長が部屋の奥から出てきた。
「ここじゃなんですから、奥へどうぞ。」
枳殻語の成果が出ている為、編集長が何を言っているのかよく分かる。とりあえず奥へ進む。ドアを開ける編集長について行った。
そこには、拷問器具が並んでいた。二十三年生きていて拷問器具なんて見た事もないのだが、いざ拷問器具を目にすると、知らなくても、拷問器具なんだろうなと見当はつくものだ。それは枳殻語を学び始めた日から今日までである意味最も有益な学びだったかもしれない。
七
「これは、拷問器具ですよね?」
編集長は微笑んでこう言う。
「えぇ。拷問器具です。」
まるでリビングに椅子がある程に当たり前の事だと言わんばかりの言い方で。
「これを何に使うのでしょうか?」
私は全力を以て怪訝さを醸し出した。ほんの少しの好奇心と背徳感と性的興奮を隠蔽するかのように。
「…お気になさず。…で、なんでしたっけ?弊社出版の小説がきわめて駄作ですと?」
「はい。これはただの紙切れです。筆者がサインを書いたって、字の書いたゴミです。私はこれを読んでただひたすらに時間を無駄にしたと思いました。せめて、せめて、筆者を1度だけ、殴らさせてください。たった一度でいいんです。」
「かまいませんよ。まずは私から殴ってくださいな。」
「編集長…あなたは本当に勇気のある人ですね。駄作だからといって、あなたまで殴られる必要はありませんが…しかし、せっかくなので、行っときますか!!」
1回とか言いながら5回殴りました。5回目に至っては両手を組んで殴りました。
八
「さぁ、オッサン、このゴミを書いた奴を呼べよ」
もう無礼とか通り越したので普通にタメ口で話してる。おもくそ殴ってきたやつが、敬語ならそれはそれでおかしいだろ。
「ちっ、うっせぇなゴミ虫が」
編集長(いやオッサン臭ぇなクソ)も普通に毒吐いてる。殴られてなお礼儀正しく入れるやつなんて居ない(それにしてもクセぇな)
「死ね!(早く呼んでくださいね)」
もうどうだっていい。とにかく呼べよ
「あの〜、お呼びですか、ってなにしてんすか?酷い怪我ですけど…」ゴミ来た〜!笑
駄文の生みの親笑 恥ずかしくないん?
「まぁ座れや、おいゴラ我?」
ちなみにこの「おいゴラ我」構文は私が熟読した枳殻語の参考書で学んだものだ。どんな形であれ学んだものを実践できるのは嬉しい。
「とりま、殴らせてくんね?1回でええから」そこで寝転がってる編集長とかいうオッサンも叫ぶ
「おいゴミ!とりあえず殴られろ!お前が殴られたら話終わんだよ!」
「分かりました。1回だけですよ。」
「誓うよ、1回さ。」
私は釘バットを強く握った。
九
火曜日の午後に語学教室を開いている。日本ではかなりマニアックな枳殻語という言語のだ。枳殻語のネイティブを何人か招き、日本在住の枳殻語学習者とただ話すのだ。それは凄く語学が上達するし、かなり好評なのだ。私は10年前に枳殻語を学び始めた。学び始めた頃出会った小説をきっかけに枳殻まで向かい、そこで留学をした。それらの経験はとても有意義なものだった。
執筆の狙い
ポは言語を勉強するんだゾ
カッチャマはお前は日本語すらまともに話せないって罵るけどポは話せないんじゃ無くて話す相手がいないだけなんだよなぁ。