裏切り
「朝顔さん急いで来てください」
部下の真田からの電話を受けて朝顔警部は、指示されたAkitaショッピングセンターへと赴いた。
「真田君どうしたの?」
「ああ、朝顔さん早かったですね。てっきり夜中の三時までネットに齧り付いて朝起きられないんじゃないかと思ってました」
「余計なこと言わないで」
「すいません、実はさっき客二人が揉めていたと通報がありました。一名は古くからの常連客Aであることは分かっているのですが、もう一名は不明です。仮にBとしておきましょう」
「それで?」
「はい、何でも今月下旬にここで文学対決するようです」
「一体何を考えているの! ここはショッピングセンターよ。対決する場じゃないわ」
「多分Bってあいつじゃないですか?」
「あいつ?」
「本田ですよ」
朝顔はその名に覚えがあった。以前、Akita店内で誤解を招くショートショートを書き散らかして出入り禁止になった男だ。他にも……。
そういえば最近、店長と掛け合って出入り禁止を解いてもらったという噂を聞いた。なるほどタイミングが良すぎる。
「お手柄よ真田君」
「ありがとうございます(本当に乗せやすいなこの人)」
「あ! 噂をすれば! あそこに本田がいますよ」
「何をボサっとしてるの真田君! 確保よ確保!」
「え? でも容疑はどうします?」
「そんなの後からどうとでもなるわ。とにかくヤツがBに間違いない。私のシックスセンスに狂いはないのよ」
「何ですか? シックスセンスって?」
「ごめんなさい、私くらいになると自然と英語がポロッとでちゃうの」
「ボロが出るの間違いじゃないですか?」
「うるさいわね。とにかく第六感よ」
「そうですか」真田は狂ってばっかりじゃんと喉まででかけたが面倒なことになりそうなので言わないでおくことにした。
「ちょっといいかしら?」朝顔が本田に問いかける。
「なんですか?」
「ここに何の用かしら?」
「えっと、隣にあるMIX valueに行くところですけど」
「うわ! 朝顔さん、やっぱりこいつがBですよ。向こうが透けて見えるくらい薄っぺらいこの感じ。間違いないです」
「何ですかBって?」本田はキョトンとしている。
朝顔と真田は本田に経緯を説明した。
「それ僕じゃないです」
「オホッ! いつまでしらばっくれていられるかしら?」朝顔が変な笑いかたをして言う。
「出入り禁止を解いてもらったそうね。そのタイミングでこんなことが起きるなんて、どう考えてもおかしいでしょ?」
「僕はAkitaのDQNホーテみたいな雰囲気が好きじゃないので中に入るつもりはないです。でも、出入り禁止って何だか面倒な人認定されてるみたいでヤじゃないですか? 今でも遠巻きにチラチラ覗いてるだけですよ」
お前はそうとう面倒なヤツだけどなと二人は思った。
「ウソおっしゃい! また新たな猛者に絡みに行くつもりなのは分かっているのよ」
「僕のこと知っているんですか?」猛者という言葉に本田は反応した。本田は困り者のことを猛者と称してたびたび苦言を呈していたからだ。
「お前、小説サイトで好き勝手なこと書いてるだろ。この朝顔警部はな、受賞歴のあるヒステリー作家でもあるんだ」
「ミステリーね。真田君、あなたわざと間違えてない?」
「すいません」
「それが何ですか?」本田には何のことか分からない。
「鈍いやつだな。ネット上で朝顔警部はかつてお前に大恥をかかされたんだ。以来、まさに朝顔のようにお前に蔓を巻きつけて粘着してるんだ。舐めんなよ、朝顔には毒があるんだ」
「ものすごく迷惑な人じゃないですか。朝顔さんでしたっけ? その他大勢の猛者のフォルダだったかな」
本田の空気を読まない言葉に朝顔の顔が引き攣った。
「ちょっと待ってください。ああ、思い出しました。あの後ちょっとメラリンコリックになってキャラ迷走したあとお行儀が良くなった方ですね」
「おま……」天然の本田の発言に思わず真田は口を挟もうとしたがやめた。真田にとってトラブルはむしろ大好物だからだ。
「そもそもですよ、僕がBさんだったら何で文学で勝負するんですか? 僕は文学の良し悪しが分からない人って何度も書いてますよ。僕のスト…….じゃなくて、僕のコメントを熱心に見てる朝顔さんも知ってるでしょ?」
「オホッ! そんなのAIを使う気でしょ。理由にならないわ。それに、三題噺なんてまさにAIが得意そうじゃない」
やべぇ、この人あれをAIが書いたと思っているんだ。やっぱり俺は朝顔さんじゃなくて、向日葵警部の下につきてぇなと真田は内心思った。
「誰も言わないのが不思議なんですけど、そもそもそのAさんってどこでどうやって対決するんですか? MIX valueの方は出入り禁止なんですよね? それにAkitaの方で対決は禁止されてますよ。下手したらそっちまで出入り禁止になるんじゃないですか?」
「そ、それは……」二人は肝心なことを忘れていたことに気づかされた。
「それと、勝敗は誰がどうやって決めるんですか? ルール雑すぎません?」
真田は再掲ルール含めて確認したが確かに書かれていなかった。オロオロする二人を尻目に本田は続ける。
「僕がBさんだとしたら」
それさっきも言ったけど、もう一度念押さないと、仮定の話と伝わらずに「ほら、やっぱりあなたじゃない」と言われそうな気がして本田は強調した。
「MIX valueで僕が参加している三語即興文での勝負を提案します。AさんはBさんに先に作品を見せろと言ってるんでしょ? 僕がBさんなら、そこに僕の作品がいくつも並んでるわけですから、あとはAさんがそこに作品を置くだけじゃないですか? それにこっちは過去のちゃんとした人が色々考えたものなんだなとルール見て思いました」
「オホッ! 何を言ってるの? そんなの無理と分かって言ってるでしょ。あなたも言った通り、AはMIX valueの出入りを禁止されているわ」
朝顔の言葉を受けて本田は何を的外れな事を言っているのだろうと思いながら続ける。
「Aさんが店長にお願いして解いてもらえばいいだけじゃないですか? 僕はAkitaの出入り禁止を、ちゃんと理路整然とした問い合わせメールを一通送っただけで解いてもらえましたよ」
「ぐっ、一体どんな魔法を使ったの? 教えなさい!」朝顔が悔しそうに聞く。
「任意ですよね? 僕は自分の書いたメールも、店長からのメールも提出するつもりはありません。それに、店長からのメールを第三者に開示するのは駄目だという趣旨がちゃんとサイトに書いてあるでしょ」本田はため息混じりに続ける。
「それこそ文章力に覚えがある人なら、店長を説得するメールを送れば済む話でしょ? わざわざ、どこでどうやって白黒つけるか分からない勝負を僕が仕掛けるわけないでしょ」
朝顔の頬に汗が伝った。
「何度も言ってるじゃないですか。僕は勝った負けたなんてどうでもいいんですよ」
「うそよ! そんな人間いるわけない! 私は絶対負けたくないわ!」
「何でも猛者基準で話すのやめてもらえますか」沸点の低い朝顔とは対照的に本田は冷めた口調で語る。
「それに僕、正直もう猛者の人たちを相手するのって飽きてるんです。その他大勢の猛者フォルダはもうパンパンです。だって猛者の人たちって、単純な罵詈雑言並べて、同じ反応するだけでしょ?」
「言わせておけば!」朝顔がキレた。
「あのおばさん怖ーい」女子高生がすれ違い様に言う。
「待ってください、本当にあなたは、あのおばさんが怖いと思いますか? 怖いとしたらどう言った所が怖いと思いましたか? それを明確にしたらあのおばさんの良さが分かると思うんです」真田は女子高生を捕まえて問いかける。
「何やってるのよ真田君! 余計なことしないで戻ってらっしゃい!」
「すいません」
「真田さん、頼まれてもない余計な分析しようとしない方がいいですよ」
「お前だけには言われたくない」気に障ったように真田が答えた。
「仲良しクラブとかバカの集まりとか揶揄するならとっととハイレベルなステージに行けばいいだけじゃないですか? 2ちゃんとか知恵袋とかと全く同じですよ。僕の方が斬新じゃないですか? 相手の真似するのも素人の僕がやるのはよくても、猛者がしちゃダメですよね」
「朝顔さん、ホラホラ言われてますよ。ここ、ここですよ、ここちゃんと言い返した方がいいとこですよ」真田が朝顔を煽るが朝顔は拳を強く握りしめるだけだった。そんな朝顔をよそに本田は淡々と続ける。
「朝顔の観察も向日葵の観察も変わらないんですよ。同じなんですよ、全く。あ、でも僕、向日葵の種を全部数えようと何回も頑張るんですけど、いつもめんどくさくなって途中でやめちゃうんです」
「一緒にしないで!」思わず朝顔が叫ぶ。
「結局、猛者を大人しくさせても、別の猛者が出てきて余計ややこしくなるだけなんですよね。必要悪って言っていいのかですけど、他の猛者の抑止力になってるって言ったらいいのかな?」本田は一旦言葉を切った。
「向日葵さんってアレでしょ? かつて朝顔さんが仲良くしようとして擦り寄ったけど袖にされた相手でしょ? それで、反目するようになったんでしょ? でも良かったじゃないですか、これからは敵の敵は味方みたいに仲良くしたら。僕からしたら目くそ鼻くそなんで」
「お前もだけどな」思わず真田が漏らすが、本田は気にしていない様子で薪をくべる。
「でしょ? でしょ? でしょ?」
しつこい本田に朝顔は我慢の限界といった様子。
「それに、朝顔さんて自分でヒス……ミステリー作家とか言ってるけど、推理力ザルじゃないですか? 以前、“人形さん”の正体が”アンノウンさん”だって自信満々に言ってたのを見た時はぶっ飛びましたよ。違うってことは読めばわかりそうなものなのに。まぁ0%とまでは言わないですけど」
「やめろ!」そう言って朝顔は真っ赤な顔で銃を構えた。
「僕は本当は、人形さんみたいな頭のいい人とお話しがしたいんです。どこにでも咲いてる、お花の観察とかしたいわけじゃじゃなくてね」
朝顔の銃を持つ手が震える。
「知性って隠しても滲み出ちゃうものだと思うんです。猛者の人たちって、周りをバカにすることが知性の証明と勘違いしてるじゃないですか? それと意味不明な、なんちゃってスタイルで振り撒くもんじゃないんですよ」
「バーン」銃声が響いた。
倒れた本田を見た後、朝顔は信じられないといった表情を浮かべて振り返った。
そこには熱を帯びた銃を握る真田の姿があった。
「困るんだよ。勝手されちゃあさ。俺は最初お前の事を面白いヤツだと思ったんだぜ。マジで。怖いもの知らずであちこち火の粉を撒き散らすお前がさ」真田は倒れた本田に向かって続ける。
「だけど、お前は俺の思っているヤツとは違ったんだ。俺は仲良しクラブが見たいんじゃないんだ。安全な位置から火事を間近で眺めたいだけなんだよ。わかるか? 火を消されちゃ迷惑ってことだ」
「真田君、あなたは一体?」
「朝顔さん、残念だけど、あんた日和ったよ。俺はもともと向日葵派でね。もう牙の抜けたアンタなんかに興味はない」
「バーン」
乾いた銃声が町にこだました。
了
執筆の狙い
伝言板なりすまし疑惑やAI使用疑惑をかけられる今日この頃。
昔の人はいいことをいいました。
他所の山から取れた質の悪い石でも、それをもって自らの玉を磨くことに役立てなさいと。
日常はネタの宝庫であり、そんな石ころと、三題噺で鍛えた発想力で4000字弱の作品を書き上げました。
衝撃のラストを読みキレますか?
AIっぽいかな?
コメントしづらい内容でごめんなさい。