作家でごはん!鍛練場
フェラメール

わたしの人形

「わたしの人形」


 わたしは古川玲子。M高の二年生。ただ今、玄関ホールを清掃中。
 阿呆な男子どもは、ほうきをバット代わりにして遊んでいる。
 神よ! 彼らに天罰を! ほうきは、ほうきに。ちりは、ちりとりに。アーメン。
 班の女子──わたし、真由美、佳子も、ちゃっちゃと掃いてゴミを取るだけの完全手抜きだけど。
 ホールの隅に、ドールハウスみたいな銀色のオブジェがある。
 二階建。人形まで置かれている。男が二体に女が四体。
 女が優位に立てる世界だ。でも逆に考えれば、両手に華の男優位の図式じゃないか。
 珍しくオブジェのアクリルケースを水拭きした。
 水が真っ黒になった。バケツの水、替え放題。
 ふとケースを持ち上げてオブジェに触れてみた。
 樹脂か……。
 人形も、そうかな?
 一つを指で弾くと、転がってオブジェの床部分に挟まった。面倒くさいから、そのまま放置。やっぱり樹脂だった。
 その女の人形を、わたしは真由美と命名した。
 もちろん他意はない。
 放課後、わたしは本屋に寄った。新刊の学園小説を買って帰った。

   ●

 朝礼の時間、担任が、
「昨日、真由美が家で怪我をした。先生、昨日の内に見舞いに行って来たぞ。床を踏み抜いて床下に落ちたんだそうだ。
 幸い軽傷でした。二日ほどで退院出来るそうだ。不幸中の幸いでした。
 原因は白蟻だ。こんなこともあるんだな」
 どういうこと?
 床に挟まった人形に、わたしは真由美と命名した。同じ日に真由美は床下に落ちて怪我をした。
 ひょっとして……。
 いや、まさか! そんな馬鹿な!

   ●

 真由美が全快して一ヶ月。人形のことは、すっかり忘れていた。
 思い出したのは再び玄関ホールの当番になったとき。
「あれ?」
 真由美の人形がなくなっていた。
「どうかした?」
 佳子に聞かれた。
「ううん。何でも」
 話せば馬鹿にされる。クラスのI・Kと同じ扱いをされてしまう。
 卒業したら彼はホストになるらしい。理由はモテたいから。
 それはいいとして、わたしは、すごく恐ろしいことを考えていた。
 鈴木由貴。学年一と言われている美貌を鼻にかけ、男子生徒を翻弄している。残念なことに、その中の一人が、わたしの彼氏。
 女の人形を一つ取ると、鈴木由貴と命名して二階から落としてやった。
 真由美の事故は偶然。
 でもスッキリ!

   ●

「知ってる? 鈴木が二階から落ちて鼻の骨を折ったらしいよ。みんな、鼻っ柱が折れたって言ってる」
 佳子から聞いた。
「それって鈴木由貴……?」
 佳子が、うなずいた。
 ひょっとして──。
 玄関ホールに向かった。
 やっぱり……。
 彼女の人形が……
 ない……。なくなっている……。

   ●

 オブジェの作者はM高の卒業生だった。
 名前は浦見増男。暗黒面のパワーを感じた。
 現在、二十五歳。芸大を卒業している。
 美術の草川先生に聞いた。
「あれは何を表現しているんですか?」
「何を表現したとか、そんなものはない」
「ない……?」
「ああ。全ての意味を排除したところに見えてくるもの──それが芸術だ」
 意味分かんない。
「どんな人でしたか?」
「浦見か?」
「はい」
「変わってたな」
「どんな風に?」
「大体、芸術家なんて変人と決まっている。でないと続かない。第一、金にならない。弁護士でも目指した方が、よっぽど現実的だ」

   ●

 浦見増男の家は土塀の崩れた古い屋敷の隣にあった。
 表札は浦見増根になっていた。ここでも暗黒面のパワーを感じる。
 家は普通。
 玄関のブザーを押した。
 母親らしいのが出て来た。
「増男先輩のお宅は、こちらでしょうか?」
「そうですが、あなたは……? M高の生徒さんみたいだけど……?」
 制服を着ていた。
「古川玲子と申します。浦見先輩の作品について、お話を伺いに参りました」 
「そうですか……。でもね……」
 母親は暫く戸惑った後、全てを話してくれた。
 引きこもりなのだそうだ。部屋から出て来ない。
 オブジェのことを聞いた。
「さあ……。わたしには分かりません……」
「ドアの外からでも、お話を──」
「そう言われても……」
 かなり戸惑っていた。
「お願いします!」
 食い下がった。
「はあ……」

   ●

 家に上げてもらった。中も普通。
 ドアの前に立った。勇気を出して、
「浦見先輩。M高の後輩で古川玲子と言います」
 ……。
「実は先輩の作品のせいで、おかしなことになっています」
 ……。
「聞いてますか!」
 ……。
 糠に釘。豆腐に鎹。暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。猫にこんばんは。
「駄目みたいね……」
 母親が言った。
「ええ」
「おかしなことって?」
「それは本人にしか」
 生徒手帳のページを破って、
“玄関ホールのオブジェについて知りたいことがあります”
 名前の下に携帯番号を添えて、それを母親に託した。

   ●

 登校してすぐ真由美から話を聞いた。
「落ちたのは白蟻が原因なの。体重のせいじゃないわ」
「分かってる」
「本当? でも何で今ごろ?」
「そのとき何か異常を感じたとか?」
「何言ってんの?」
「ううん。変なこと聞いて、ごめんね」
 質問を打ち切った。
 浦見から連絡はなかった。昼休み、草川先生に呼ばれた。
「お前、浦見の家に行ったのか?」
「はい」
「そうか。いや。浦見のお袋さんから電話があってな。お前、浦見と何かあったのか?」
 目が好奇心で一杯。だから、おちょくってやろう。
「女の子、二人が、あれで……」
「あれ?」
「その解決を探って……」
「解決を?」
「それだけです」
 わたしは言った。
「も、もっと詳しく話してくれ! さっぱり分からん!」
「そんな! これ以上は言えません!」
 わたしは美術室から飛び出した。

   ●

 放課後、鈴木由貴のクラスを訪ねた。
「どうして二階から落ちたりしたの?」
 彼女に聞いた。
「どうしてって、どうしてそんなことが気になるの?」
 いたいけな瞳で小首をかしげた。
 かわいい……。(包帯で目と口しか見えないのに)悔しいけど、男どもの気持ちが分からなくもないことない。
「二階から落ちるなんて、あまり聞かないわ」
「やっぱり」彼女が言った。「心配してくれてるんじゃないんだ」
「そうでもないけど」
「ふうん」
「押されたの?」
「それ、どういう意味!」
 顔色を変えた。
 ──違う! 誤解しないで!
 しかし彼女は、
「ははん。でもね。浩治君の方から誘って来たのよ」
 そんなの聞きたくない!
「質問に答えてよ! どうして二階から落ちたの?」
「こだわるのね」
「どうして?」
「窓を拭いてたの。背伸びしてて足が滑ったのよ。これ、あげる」
 花を渡された。
「な、何?」
「浩治君からもらったの。わたし要らないから」
 花を投げ捨てて玄関ホールへ。男の人形を取り、
「浩治の馬鹿!」
 放り投げた。
 次の瞬間、偶然、通りかかった教頭先生に踏まれて、粉々になってしまった。
「ああっ!」

   ●

 浩治が学校に来ない。昨日の放課後から行方不明。親も心配している。
 粉々になった人形──破片の一つも残ってなかった……。拾い集めてオブジェに戻しておいたのに……。
 呪いだ! 人形の呪いだ!
 気がつくと、
「大丈夫?」
 佳子と真由美の泣きそうな顔。
 わたしはベッドでいた。
 保健室の斉藤先生から、
「何か心配事があるの?」
 そう言われた。

   ●

 みんなが心配してくれた。鈴木由貴までがクラスに来て、「大丈夫?」
「何で? どうして? あいつと仲良かったの?」
 真由美が不思議がった。
「そうでもないけど……」
「でも鈴木は──」
「真由美!」
 佳子が、さえぎった。
「あっ! ごめんなさい!」
 真由美が自分の口を押さえた。
「ね。放課後、フルーツKARAパラパーラーに行かない? 奢るよ!」佳子が言った。「ね? ね?」
 分かってる。真由美が何を言おうとしてたのか……。
 でも乗った。
「いいよ」
「わたし、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェが食べたい!」
 真由美が言った。スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは千三百円もするのに、佳子は、
「じゃ、わたしも! 玲子もそうしな!」
 友情は悲しみを半分にして、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェを三杯にする。

   ●

 掃除の時間、オブジェの前で、
「あ。人形がある!」佳子が言った。「へー。知らなかった。男が一人と女が二人か……。こいつ両手に華だな」
 似たようなことを言っている。
「こっちが、わたし。ベランダにいるのが玲子」
「やめて!」
 凍りかけた。
「どうしたの?」
 佳子が不思議そうな顔をした。
 そのとき、
「何、話してんの!」
 真由美が佳子の背中を押した。
 ぐらついた佳子がアクリルケースにぶつかった。
 その衝撃でベランダの人形がジャンプ──
 あっ! 首が折れた!
 接着剤を買いに購買部に走った。急いで戻って人形を取り出した。
「どうしたの? 何をするの?」
「直すの!」
 接着剤を捻り出して人形の首に塗った。
「ついた!」
 くっついた!
「器用なのね」
 佳子が言った。

   ●

 放課後、フルーツKARAパラパーラーに。
 スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは、高さ四十センチ! まさに、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェ! イエィ!
 内容は、バナナ、白桃、パイナップル、キミタチ、キュウイ、パパイヤ、マンゴ種。
「いい仕事をしてますねー!」真由美が言った。「この山盛り感はどうでしょう!」
「うんうん!」佳子が、うなずいた。「これよ! これなのよー!」
「いただきまーす!」
「ごちそうさまでしたー!」
 時間がワープ!
「じゃあ帰ろうか」
 フルーツKARAパラパーラーを出て、わたし達は別れた。浩治のことは心配だけど、もうどうしようもない。
 わたしは大丈夫だろうか……?
★★★
 実は、掃除が終った後、二人に気付かれないよう、三体の人形をオブジェから抜き取って、鞄の中に隠し入れた。
 接着剤でくっつけたにしても、とても安心は出来なかった。名前を付けられてしまった以上、この人形はわたしなのだ。佳子だってそう。
 わたしが言うのも何だが、新たな犠牲者を出してしまう可能性もある。
 家にある金庫の中に保管しておくことに決めた。
 以前、雑貨屋をしていた祖父が使っていた金庫が、倉庫に置いてある。
 そこに保管する。
 大きな金庫だから泥棒の心配はない。火事になっても、きっと大丈夫。
 両親に、金庫を使うことを許してもらい、鍵もわたしが管理することにした。
 もう誰も使ってないし。

   ●

 その半年後、浦見先輩の母親から連絡があった。
 事故で息子が亡くなってしまったと……。
 気の毒だけど、わたしは大丈夫だった。
 接着剤でくっつけたお陰で呪いがスルーされたのかも。

   ●

 地震が起きて近くの山が崩れた。わたしの家は全く大丈夫だったけど、電気がこなくなってしまった。
 電気が使えるまで二日ほどかかるらしい。その間、お風呂にも入れない……。
 次の日、佳子の家で入れてもらえることになった。
 だって幼稚園のときからの友達だし。風呂くらい入れてもらえるさ。
 余震が、まだ続いている。

   ●

 佳子の家は裕福だから家が広い。ついでに風呂も広い。
 ちゃっかり夕食も頂いた後、一緒に風呂に入った。
 洗いっこしてから二人で浴槽に。
 向かい合って浸かってると、知らない間に眠り込んで……

 目を覚ますと佳子が頭まで浴槽に浸かっていた。息もしてないようだ。
 大変なことになっている──!
「佳子!」
 だが声が出ない。体も動かなかった。
 そして、わたしの体も沈み始めていた。
 きっと人形の呪いなんだ。
 余震で大きな水道管が破裂したか。或いは、近くの池が決壊したのかも……。
 わたしは沈んでしまう前に心の中で叫んだ。
“お父さん、お母さん、ごめんなさい! 愛してるよ! 佳子! 今度生まれ変わっても、また友達になろうね!”
     了

わたしの人形

執筆の狙い

作者 フェラメール
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ご指摘により、★★★から下を直しました。
それより前は、ぷりもさんが指摘して下さった、漢字間違いの一箇所を直しただけです。
浦見先輩については、今のところ、いいアイデアがないので、手っ取り早く殺しました。

コメント

大逃げ水晶
133.106.158.159

こんばんわ。寄り道がない気がします。楽しく書けるといいのにね。

フェラメール
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大逃げ水晶さん。
確かに寄り道がないかも……。
楽しくは書けないかもしれないけど、その上で書くというチャレンジを始めてます。
誰か、寄り道部分を書いてくれる人がいればいいのになー。

偏差値45
KD106180000178.au-net.ne.jp

なんとなく読んだことがあるような作品でしたね。
まるで呪いの人形のような感じがして面白味はあるし、
ストーリー展開も悪くはないのですが……。
結末は想定内のことなので、
読者をあっと驚かせる結末を期待したいところです。
出来ればハッピーエンドが望ましいかな、なんて思ったりして……。

夜の雨
ai200213.d.west.v6connect.net

「わたしの人形」読みました。

なるほど、アン・ハッピーで終わりましたね。

御作は浦見先輩が創ったドールハウスのオブジェに置かれた人形に名前を付けると不思議な現象が起きる、「その人形の名前の主が人形と同じ運命をつかさどる」という事なのですよね。
そしてオブジェには「男が二体に女が四体」の人形があった。
次つぎと起こる不幸。
主人公の古川玲子は玄関ホールを掃除中にその人形に名前を付けてしまった。するとその名前を付けた。その人形がオブジェから落ちると名前の主も同じように二階から落ちた。
ということで、次々と人形の運命と名前を借りた主が同じ運命になる。
そして何の因果か友人が残っている女の人形に玲子の名前を付けた。
玲子は恐怖におののく。
このまま玄関ホールのオブジェに自分の名前をつけられた人形をおいておくときっと災いが起きる。
大怪我をするに違いない。
それで自宅に持って帰った。
というような展開です。
オチまでは書きません。

実は御作を読んで、面白いアイデアを思いつきました。
オブジェの人形は名前を付けられた人物も人形と同じ運命になるのだったら「自宅に持って帰った人形を幸福にすればよい」
宝くじを買ってきて、「はい、この宝くじが当たりました」という設定の話を創り、人形に万歳をさせるとよいのでは。
「ドンジャン騒ぎ」をして、母親から何しているのよ、うるさいわよとか叱られる。
ところが、現実に宝くじが当たったりする。
もちろん、宝くじの前にもこまごまとした幸福なエピソードを設定して人形遊びをする。こちらが、宝くじを買うよりも先にやるエピソードです。
すると、それらが現実のものになるので、宝くじを買うことにする。
宝くじの前に馬券を買いたいところですが、高校生なのでそれは控える(笑)。
古川玲子はもはや絶頂期、やることなすことすべて思いのまま。
それから数か月はとんでもないほどの財産やらスーパー芸能人とお付き合いができたりして、順風万ぷうの人生が約束されたようなもの。

ところがある日のこと、とんでもない不幸が訪れるというか、いままで儲けた財産やら地位などが一瞬にしておじゃんになる。
その理由が玲子にはわからなかったが。
浦見先輩が亡くなったことをその母親から知らされる。
「しまった、浦見先輩にも私の幸せをおそそわけしておくべきだった」と、悔やむ古川玲子であった、でオチ。

こんな感じでいかがでしょうか。

御作の人形に起きる不幸を逆手に取って幸せになるという構成です。
そしてオチで決める(笑)。

ちなみに「浦見先輩」の浦見とは「怨み」とかをもじったのでしょうか?


お疲れさまでした。

ぷりも
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以下、私なら案です。参考までに。
長いので何回かに分けて投稿します。

【わたしの人形】

 今日は玄関ホールの掃除当番。ただでさえ面倒なのに同じく当番の男子達はホウキをバット代わりにして遊んでばかりでイライラする。
「ちょっとあんたたち真面目にやってよ」私は思わず声を上げた。
「お前らだってやってるフリだけだろ」
「ちょっと玲子、やめときなって」同じ班の佳子が私を嗜める。
 もう一人の班のメンバー真由美は「うーうん、玲子の言う通りよ。あんたたち! か弱い女子だけにやらす気なの?」と言って、太ましい体で男子たちに突進していく。
 男子たちは逃げ出した。
 掃除道具を片付ける時、ホールの隅にドールハウスのような銀色のオブジェが目についた。中には六体の人形が置かれている。男が二体に女が四体というのは、女が優位な世界なんだろうか、それとも両手に華?」
 私は何となく気になって、ドールハウスの扉を開き、一体の人形をつついていてみた。その拍子に人形は落っこちてドールハウスの床に挟まった。取り出すのも面倒だ、私はちょっと太めのその人形に「じゃあね真由美」と言って踵を返した。

 翌日の朝礼で、真由美が自宅の床板を踏み抜いて転落したと担任から聞かされた。幸い軽傷で済んだが、しばらく入院が必要だという。
 原因はシロアリらしいけど、私が真由美と名付けた人形が床に落ちた日と同じ日に転落するなんて、これって偶然? そんなはずは無いと思いつつも、何となく罪の意識を感じた私は「あの太ましい体だもん、体重で床が抜けたに決まっている。うん、そうだそうに違いない」と独りごちた。

 一カ月後、真由美が退院した。再び玄関ホールの掃除当番が回ってくるまで、ドールハウスのことはすっかり忘れていた。
「あれ? 太ましい真由美人形がない?」
「どうしたの?」真由美が声を掛けてきた。
「何でもない」私ははぐらかした。
「太ましいとか言ってなかった?」
「言ってません」
 真由美が退院したことで罪の意識はすっかり消えていた。逆に私の頭に邪な考えがよぎる。

「鈴木由美」

 男子をたぶらかす魔性の女。残念だけど私の彼氏も由美にくびったけ。私はドールハウスから女の人形を取り出して、鈴木由美と叫び二階から落としてやった。何だかスッキリした。

「知ってる? 由美が二階から落ちて鼻を折ったらしいよ。みんな鼻っ柱が折れたっていって言ってる」翌日佳子からそう聞かされた。
「それって鈴木由美?」
 佳子は黙って頷く。もしかしてと思い私は玄関ホールへと走った。
「ない、由美人形が無くなってる!」
 言いようのない不安に駆られた私は、人形の製作者について調べることにした。ドールハウスには、「浦見増男」と書いてあった。作成年月日からすると、現在二十五才くらいだろう。美術部顧問の草川先生なら知っているかもしれない。私は職員室へと向かった。
「あのオブジェは何を表しているんですか?」私は草川先生に尋ねた。
「わからん、俺は名目上顧問ってだけだからな」
 いいんだそれと玲子は思い、さらに尋ねる「どんな人でしたか?」
「浦見か?」
 そりゃそうでしょと玲子は思った。
「一言で言えば変人だ」
 結局、先生から得られた情報はそれだけだった。「役立たずめ」と心の中で毒づき玲子はネットで浦見増男を検索した。アトリエをやっているのかホームページから住所を知ることができた。

 私は浦見先輩を訪ねることにした。土塀の崩れた古い屋敷からは暗黒のオーラが漂っていて今にも何か出てきそうな雰囲気だ。私は玄関の前に立った。
「ごめんください、浦見さんのお宅でよろしいでしょうか?」
 中から不気味な老女が出てきた。老女は地の底から響くような声で「それは隣」と答えた。
 玲子は暗黒パワーとか失礼なこと考えてごめんなさいと心の中で謝った。
 よく見たら隣には父親とおぼしき「浦見増根」の表札が出ていた。やだ私ったらうっかりさん。気を取り直してインターホンのボタンを押した。
「何でしょう?」出てきた母親らしき女性から聞かれる。
「私、古川玲子っていいます。浦見先輩とお話ししたいんですが」
「そう、でもあの子いまアトリエに閉じこもっているから無理だと思うわ。いつも作品が完成するまで部屋から一歩も出ないのよ」
 そういう母親に食い下がり、なんとかアトリエの前まで案内してもらった。
「先輩! ドールハウスのオブジェのことでお聞きしたいことがあります!」
 返事はない。
「聞いてますか、そのおかげで大変なことになってるんです! 力を貸してください!」
 その願いは通じず返事はなかった。
「大変なこと?」母親が尋ねる。
「それは本人にしか」私は言葉を濁した。
「先輩! 私の連絡先置いておきます。連絡ください」私は連絡先を書いたメモをドアの下から滑り込ませた。
 玲子が帰ったあとアトリエの扉が開いた。増男は口許を緩めたあと、ゆっくりと扉を閉じた。

 私は真由美に事故のことを聞いた。
「落ちたのはシロアリのせいなの。体重のせいじゃないわ!」と太ましい体を揺らした。床板がミシミシと音を立てる。
「わかってる」そうはいいつつも、やっぱ体重じゃねと思った。
「何か変わったことなかった?」私は尋ねる。
「どういう意味?」
「うーうん、何でもない」
 結局何も手がかりは得られず、私は由美の教室を尋ねた。
「どうして二階から落ちたの?」
「窓を拭いてて、体を伸ばした時に滑っちゃって」
「その時、何か変わったことなかった?」
 その言葉の意味を取り違えたのか由美は意地悪な笑みを浮かべた。
「ははぁ、でも私は悪くないよ。あれは浩治くんの方から誘ってきたんだからね」
「やめて! そんなこと聞いてないし聞きたくない!」
 由美はどこに仕込んでいたのか、マジシャンのように花を差し出して言った。「これ浩治くんからもらったんだけど、いらないからあげる」
 私は由美の手から花をはたき落とし、玄関ホールへと走った。男の人形を手に取り「浩治のバカ」と叫んで放り投げた。運悪くたまたま通りかかった教頭先生が踏み潰し、人形は粉々に砕け散った。
「私のせいじゃない! 人形が突然飛び出してきたんだ。そうだ人形が悪いんだ」教頭先生はそう言い残して足早に去っていった。
 私は粉々になった破片を集めてドールハウスに戻した。

ぷりも
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 浩治が学校にこない。家にも帰っていない。昨日から行方不明らしい。私はドールハウスを覗いてみた。
「ない! 破片が一つ残らず無くなってるいる!」
 呪いだ! 人形の呪いだ! 私はとんでもないことをしてしまった。
 私は保健室のベッドで目を覚ました。
「大丈夫?」真由美と佳子が心配そうに声をかける。
「私、どうして?」私は自然と呟いた。
 佳子が涙を浮かべて大きな声で言う。「こっちが聞きたいよ! 原文を何度読み返してもわからないんだもんって、ぷりもも言ってたよ!」
「そうなんだ、ってか何? ぷりもって?」
「玲子知らないの? 小さなことをせせっては相手を怒らせたり、褒めたら褒めたで周りの空気をおかしくしちゃう人よ」
「それは、男子が他の女子の前で特定の女子を褒めることで、何もしていない褒められた女子が窮地に陥ってしまう現象?」
「ちょっと違うと思う」
「そう」私は何だ違うんだと思った。
「他にもね」佳子は続ける。
「荒れてた伝言板を和ませようとして、逆に閉鎖に追い込んでしまったって噂よ」
「何をしても裏目にでる人なのね」

 気分も良くなって、私は教室に戻った。みんなが心配してくれる。そこには由美の姿もあった。
「ね。放課後、フルーツKARAパラパーラーに行かない? 奢るよ!」佳子が言った。「どうして? どうして由美は浩治と仲が良かったの?」私は堪らず尋ねた。
「でも、……」真由美が何か言いかけた。
「真由美!」佳子が遮る。
 自分でも分かってた。真由美が何を言おうとしていたのか。

「わたし、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェが食べたい!」

 やっぱり言おうとしていたのはそれだったかと私は思った。

「じゃ、わたしも! 玲子もそうしな!」
 友情は悲しみを半分にして、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェを三杯にする。頭数に入っていない由美はどこか居心地が悪そうだった。

 今日はまたもや玄関ホールの掃除当番。佳子が件のドールハウスに気付き「男一人に女が二人、こいつ両手に華だな」と私と同じようなことを言う。
「こっちが私、ベランダにいるのが玲子」佳子がおどけて言う。
「やめて!」私は思わず声をあげた。
「何してんの?」真由美が佳子の背中を押した。本人はちょっと押したつもりかもしれないが、その太ましい体から繰り出されるパワーは関取級だ。佳子はよろめき、ドールハウスにぶつかった。その拍子に玲子人形が宙を舞った。
「ポキッ」嫌な音を立てて首がもげた。
「いやー!」私は悲鳴をあげて、接着剤を買いに購買部へと走った。
 急いで私は人形の首をくっつけた。
「不器用なのね」佳子が呟いた。

 教室に戻ったタイミングで真由美が不思議そうに私に声をかけてきた。
「ね、玲子、ちょっと首の位置おかしくない?」
 そんなはずは無いと鏡を見て、私は凍りついた。原因は分かっている。
「ちょっと、『新しい学校のリーダーズ』の首振りダンスしてたら戻らなくなっちゃったの」私は再び接着剤をもって玄関ホールへ走った。
 人形の首を付け直したら程なく元に戻った。

 放課後、フルーツKARAパラパーラーに。
 スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは、高さ四十センチ! それでも真由美が持つととても小さく見えた。浩治のことは心配というか、すっかりどうでも良くなっていた。
 実は掃除の後、私は人形を気づかれないようにバッグに入れて持ち帰っていた。私の名前をつけられてしまった以上、あそこに置いていくわけにはいかなかった。
 メールの着信を知らせるメロディが鳴った。浦見先輩からだ。

“人形の秘密を教えてやる”

「ちょっとゴメン、私用事できちゃった!」真由美たちにそう言って、浦見先輩の家へと走った。
 浦見先輩の家は一階が駐車場で二階が玄関になっている。私はインターホンのボタンを押した。程なく、一人の青年がでてきた。この人がそうなんだ。
 私はカバンから玲子人形を取り出して、先輩に掲げて叫んだ。
「先輩! この人形には私の名前がついているんです。助けてください!」
 増男はニヤリと笑いながら「教えてあげてもいい。だけど、わかるだろ? ただというわけにはねぇ」と言った。
「最低」私は思わず呟いた。
「うらみますよ」
 私がそう言った途端、増男の顔色が変わった。
「お前、なんてことを!」増男は血相を変えて階段を駆け降りてきた。そして玲子の持っている人形に手を伸ばす。
 私は反射的に人形を放り投げてしまった。
 人形は吸い込まれるように隣家の焚き火の中にその身を落とした。
 私は膝から崩れ落ちた。
 終わりだ。私は焼死する。もう運命からは逃げられない。

「母さん、母さん!」増男が燃え盛る炎の中から人形を取り出そうとするが、樹脂でできた人形はあっという間にドロドロになった。

「どういうこと?」私は訳もわからず、家へと走った。
 その理由は翌日の新聞でわかった。
 浦見家より出火。その火災の犠牲者は浦見増代。私はあの時、先輩に人形を掲げてこう言ったんだ「うらみますよ」、それが奇しくも浦見先輩の母親だったんだ。
 つまり、名前は上書きできる。
 私は男の人形に浦見増男と言って、ハサミでバラバラにしてやった。
 残った佳子人形を手に取り、微笑みを浮かべて問いかける。

「新しいお名前は何が良いかな?」

ぷりも
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了です。
やっつけで書いたので、見直し甘いです。
誤字脱字あるかも。不要な閉じカッコはあとから気付きました。
ドロン

パイングミ
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拝読しました。良かった点は、短いセンテンスを次々に重ねている点でしょうか。テンポが良く効果的だったと思います。主人公の語りもイキイキとしていますし、ちょっとした毒もありキャラが立っていました。

惜しいのは冒頭。「わたしは古川玲子。M高の二年生~」という入りは、さすがにちょっと初心者ぽい気がします(主人公の名前や属性がすぐわかるので便利ですが)。また、ラストでなぜ「佳子」と「玲子」が呪われたのかが良く分かりませんでした。地震で主人公の家が停電レベルなら金庫(人形)も当然無事なわけで。少なくとも二人同時に呪われる理由が曖昧だったと思います(読み落としならごめんなさい)。

あと、せっかく三体の人形を保管したのなら、「真由美」を効果的に使っても良かったかもしれませんね。実は真由美は浦見先輩の家と付き合いがあって、人形のことや玲子が尋ねてきたことを後に知る。それで、「私がケガをしたのは、玲子が名前を勝手につけたせい」と恨みを持つ。そこで、地震のどさくさに紛れて玲子の家から金庫を盗み出して、玲子の人形を沼に沈める。

みたいな感じだと、現在のラストも活きるのかなと。玲子と浦見先輩のシーンなど変更箇所は複数出てきますが、フェラメール様の考えたストーリーの骨格はだいぶ残せる気がします。ちなみに私は、このテーマ・分量ならハッピーエンドにしない方が印象深くできるかなと思いました(あくまで私的にはですが)。面白いお話をありがとうございました。

フェラメール
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文章量が多いので、暫く考える時間を下さい。
その前に重要なことを書いときます。

最近、入院してたのですが、仕事とはいえ、看護婦さん達の一生懸命な看護には頭が下がりました。
でも、その看護婦さん達が屈んで仕事してる後ろ姿なんか見てると、逆に下の頭は上がってしまいました。
これは、ある意味ホラー現象なのでしょうか?
私は、そう思います。

ぷりも
pw126236032113.12.panda-world.ne.jp

お体お大事に。
私案は、2回目読み返してみて、「つついていて」とラップみたいになってしまった部分に気づきました。
最初「つついて」としてたんですが、漢字の方がいいかと思って変換したら「突いて」になりました。これだと「ついて」と読まれそうかと思い、「突ついて」にしようかとも考えました。でも字面的に力強い印象があるような気がして元に戻すという、書いたり消したりした結果でした。
あと、視点のブレと、もう一点付け加えたかったとこ忘れてしまいました。
見直し不足でした。

フェラメール
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偏差値45さん。
前にも読んでもらってます。
二重に、ありがとう!
ハッピーエンドか……。

フェラメール
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夜の雨さん。
今回も読んで下さって、ありがとうございます。
浦見先輩は、「怨み」で合ってます。
書かれた後半部分の変更は“アリ”だと思います。
今は書きませんが……。

フェラメール
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ぷりもさん。
読んで下さってありがとう。
これが抜けてるのが残念です。

神よ! 彼らに天罰を! ほうきは、ほうきに。ちりは、ちりとりに。アーメン。

フェラメール
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ぷりもさん。
文章が、ぷりもさん流になり、少しだけ長くなってるだけのような。
僕が欲しいのは、読んだ人が楽しめる肉付けなので。
そういうのは少なかった。

フェラメール
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パイングミさん。
読んで下さってありがとう。
文章を褒めて下さって嬉しいです。
読んで下さった方の全員が色々なアイデアを下さって有難いです。
疑問になられた部分の解答は下にあります。
主人公が想像で思ってるだけだけど、現状から考えて説得力があるかなと思ってます。

 きっと人形の呪いなんだ。
 余震で大きな水道管が破裂したか。或いは、近くの池が決壊したのかも……。

フェラメール
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疑問になられた部分の解答は下にあります。
を、
疑問に思われた部分の解答は下にあります。
に直しますね。

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