作家でごはん!鍛練場
ゆきすけ.

私は二番目で良いです。

いきなりだが、単刀直入に言おう。

……私の恋人が、死んだ。

ご近所の方が飼っていたお子さんが道路に飛び出して、それをかばって、死んだのだという。
病院に移ってからほんの数分程度耐えていたらしいが……私が辿り着くその時には、息を引き取っていた。

本当になんともまぁあっけなく、簡単に私の前から、彼女は居なくなってしまった…。
無論、恋仲だった私はあれから酷く衰退し、生きている事に対してもかなりの苦を感じてきていた。

そんな彼女が亡くなってから、まだ一週間と経って居ない中、
彼女の妹、端凪 寧香(はたなぎ ねいか)は私に何故か、求愛してきた。

「…私と付き合ってください。二番目で、いいので。」
と。





「…お前、自分が何言ってるのか、解っているのか?」
理解不能な言葉を発したことに対し、私ははっきりと彼女に言葉をぶつけた。

私は恋人であった彼女の姉を、強く愛していた。
…だからこそ、それ以上に眼前の彼女もまた、それが酷く苦しい筈なのだ。

そんな中、こんな意味不明な告白をするなんて、気が狂ったとしか思えない。思いたくない。

「はい、解っています。貴方が空いているのはお姉ちゃんです。
でも……私はお姉ちゃんの代わりになりたいわけではないです。私も……貴方が好きだから…。」

何度聞いてもやはり、意味が解らない。俺の愛した人は…もう此の世にはいない。
俺が好いていたあの存在は、影も形も無く居なくなったのだ。
どうせそんな事をしても、残るのは虚無感だけなのに。それは、私も理解していたのだ……。

…それなのに、優柔不断な私は、彼女の異様に真っ直ぐな瞳に圧倒され、

「…一日待ってくれ。」

そう……返してしまった。

吐いた唾は吞めぬとはまさに此の事。私の発言を聞いた彼女は私の目を見据えて、
「解りました。…では、明日またこの時間にここで待っています。」

そう言って彼女は、私に背を向け歩き出した。

彼女が何をしたいのか、自分が何をしたいのか……今の私にはこれっぽっちも解らなかった。
何故…私は告白を断らなかったのか、自分の事な筈なのに、全く以て理解に至れなかった。
考える事が嫌になった私は、その後寄り道も一切せず帰宅した。

帰ってきた家でも、私は死んだように過ごした。
ずっと前に亡くなった両親の写真に夕日が当たって、薄く光る。

何をするにもやる気が感じられない。だから、簡単に惰眠を貪る。
何をしたって意味がない。そんな感覚が私の神経をまた覆う。…もう何日も、これの繰り返しだった。
生きていても、特に意味がない、意味が見つからない。そう思うたびに……心に空いた深い穴がつんざく様に痛む。

家族の居ない私にとって、唯一の大切な存在だった。そんな存在を失った心象は、きっと誰も理解して貰えないものなのだろう。

それなのに、何故か、驚くほどに涙は出ない。きっと私はもう、涙腺を枯らしてしまったのだろう。

…死にたい。そんな事を考えても意味が無いのは解っていたので、そのまま深く眠りに就く。
明日の日はきっと、輝いている。そんな希望を意味なく抱いて……


 *翌日


私はいつも通りに通学路を歩く。
紫外線が肌を焼く感覚がする中、隣に誰も居ないのを実感しながら歩く。

もう私が、学校へ行く理由はない様に思う。行く為の気力になっていた彼女が、いない。

だけど何故か足は進むのを辞めない。良くも悪くも彼女のお陰で習慣になっているのだろう。
ここまで来たらただの依存なのだろうか?そんな意味の無い試案が脳裏に過る。

普段通りの時間に私はクラスに着いた。クラスは、いつも通りの喧騒を延々と繰り返している。

前は本当に嫌いだったこの喧騒も、今では感情を隠す為の”道具”へと変わっていた。

本当に皮肉な事である。あんなに嫌いだった空間が、今では気分を紛らわせる事に使っているのだ。
一人が好きなのではないが、目の前の輪の中に入る必要性は感じない。

その後も単純に教科書を黙読するだけの授業が始まり、そして終わり、何時しか放課後になった。
何の用事も見つからない私は、昨日告白された場所へ素直に向かった。行かないという選択肢は、特に浮かばなかった。

そこには……約束通り、そこには彼女の妹がいた。

「…来てくれたんですね。」
「あぁ、別に行かない理由が無かったからな。」

平静を装って私は一歩ずつ彼女に近づいた。
思っていた以上に冷静な雰囲気の彼女は、まるで嘘でも吐いている様だった。

「……答えは、整いましたか?」
彼女の冷淡な問いに、私は一つ、呼吸を整えて答える。

「あぁ、私は君と付き合う事にする。」
「…っ。…解りました。有難う御座います。」

彼女は感謝を述べた。
私の答えが何故こうなったのか、正直に言うと私にすら理由が解らなかった。

だが何故か、私は彼女を突き放そうとは思えなかった。
それが情か好奇かは解らない。

彼女は私に背を向ける動作の最中に、
「では、今日はもう帰ります。…来てくれて有難う御座いました。」
とそいつは酷く端的に伝えてきた。

言葉に感情が感じ取れない程に、簡単な言葉の羅列だった。
…お互いに大切な人を失った筈なのに……私とあいつは、何故こんなにも違うのか。
どれだけ考えても、やはり解らなかった。理解したいとも感じてしまう。

明日の準備を始める太陽を睨んだ後、私も帰ることにした。
夕日に背を向けて、目の前に見える自分の影は、酷く小さく、脆く見えた。





……………………それからの日々は、本当に地獄だった。
「どうですか?楽しいですか?」
嬉しそうな表情で笑いかける寧香。

「…あぁ。勿論だ。」
愉しくないなど思っていない。
心が死んでいる私でさえも、女の子が楽しそうに笑っている事に嫌悪は感じない。

「…そうですか。じゃ、次はあそこ行きましょ!」
「え、ちょ、引っ張るなって。」

…恋人だから。そんな理由で俺は、学校をサボってまで殆ど毎日彼女と一緒に連れ回された。


そしてそれは全部……


私があいつと行った。思い出の場所ばかりだった。

行き着くたびに、心が酷く痛みを感じる。胸がペンチで潰される様な感覚を理解する。

まぁ……いつも通り涙腺は乾いているのだが。

その日もまた、いつも通り彼女の姉と楽しんだその場所で、デートと呼べるだろう行為を愉しんだ。
流石に苦しくなった私は……思い切って、聞いてみる。

「なぁ、」
「何ですか?」

聞いていい状況かは解らない。
折角快い表情の彼女に聞くのには、少しばかり躊躇われる。

…だが、ここで聞かないのは、自分を自ら苦しめる事と同義だ。
私は真意を知るために、彼女の笑顔を壊す問いかけを、彼女に仕掛けた。

「…お前は何故、私とあいつの想い出の場所に行くんだ?」
彼女は一瞬、苦虫を嚙み潰したような苦い表情を見せる。
これはまだ、予想通りの反応だ。

私が黙って応答を待つと、苦悶の表情を切る様に首を振って彼女は、こう告げた。

「貴方が……お姉ちゃんを忘れようとしているから。ですよ。」
「…私が、あいつを忘れる…?」

…は?笑わせないで欲しい。私があいつの事を忘れた事など、亡くなってからも一秒たりとも無い。
そのため私は、依然としてはっきりと反論する。

「私があいつを、忘れるわけ無いだろ。それに、そんなのは返答にならな……」

瞬間、甲高い破裂音と同時に、私の頬に激痛が走る。
…前を見ると……憤慨して涙を流している、彼女がいた。

「ならっ!なんでお姉ちゃんを名前で呼ばないんですか!!」
彼女は、悲痛な声で叫ぶ。酷く苦しそうで、悲しそうで……悔しそうな泣き顔だった。

彼女の言葉に私は言葉を詰まらせた。脳の機能がショートしかける。

…私が、あいつの事を忘れようとした……?

自分自身への問いかけが、脳内で反芻する。
…私は……逃げようと、した…のか……


 *  *  *  *  *


「陽ちゃーん!こっちこっちー!」
「おい…待ってくれ…。体力が……」

彼女を追い駆けながら、私は苦言を呈した。
…誰だよ、類は友を呼ぶなんて言葉を作った馬鹿は……

「まったくー。男の子なのに情けないぞっ!」
「うるせぇ……体力ゴリラ女が…」
「えぇっ⁈それって私のことぉ⁈」

今の様に、デートになると直ぐにはしゃぐ。そしてデートが終わると、直ぐに甘えてくる。
私には本当に勿体無い程に……本当に最高の彼女だ。

…こんなに早くに失うなんて……想像すらしていなかった。

「ほら、陽ちゃん。映画始まっちゃうよ?」
「馬鹿言え、お前が楽しみ過ぎて一時間前に出たんだ。まだやってすらないだろ。」
せっかちな彼女に、冷静なツッコミを入れる。

「ぶぅー。ケチぃ。」
頬を膨らませる彼女は、お菓子を買って貰えなかった子供の様に無邪気に見えた。

「ケチぃじゃない。どっかで飯でも食おうぜ。水香。」
「うんっ!会計は陽ちゃんの奢りね!」
「え、はっ?!おい待て!」

柔らかくて暖かいその日常を噛み締める様に大切に味わった。
私はずっと、彼女をずっと大切にするって決めた。

その……はずなのに…。


 *  *  *  *  *


私が…あいつを忘れたかった…?何で…?

考えても解らない。最近私は延々と考え続けている。
しかしそれでも、私は一つも
それでも答えを導き出せない私に、彼女は痺れを切らした。

「言ってあげるよ…貴方はね……」

彼女は泣きながら、声量じゃなく言霊で、叫ぶように訴えかけた。

「私とお姉ちゃんをごちゃ混ぜにして、逃げようとしたんだよ!!」

聞いたその瞬間には、信じられ無かった。
…しかし、情けない事にそれは……図星なのだろう。

視界がぼやけて見え、感情が迷子をし続ける。

別に信じたくなんて無かった。

しかし……信じるしか無かった。
私は、いつの間にかそんなふざけた思考に陥っていたのだ。

「私は言いました!お姉ちゃんじゃなくて二番目でいいって!…なのに貴方は……私をお姉ちゃんに見立てて、
貴方の有りたい様に、接しているんですよ!」

胸が潰された様に苦しそうな声を出す彼女の顔を、俺は呆然と見ることしか出来なかった。

何も言えない、何も応えられない。俺のしていたのは…ただの独り芝居だったのだ。
目の前の彼女を……水香にして…………。

涙を裾で拭った彼女は、すぐさま後ろへ方向転換して、

「…踏ん切りがついたら、連絡して下さい。……私は、何時でも出ますから…」

そう言って、速い足取りで歩き出した。
私はかなりの時間、その場所に立ち尽くしていた。

彼女が見えなくなった所で、私も家へ帰り、一人になることで理解した。
私が求めていたのは……私を好いてくれた彼女じゃない。

あいつ……端凪 水香(はたなぎ みずか)の代わりが欲しかっただけなんだ。

そう知った瞬間……耐えきれない吐き気と嗚咽に襲われる。
速攻で手洗い場に向かい胃液を口から吐き出すが、吐き気はまだ収まらない。

意味がない事を知った私は……自身の拳を側頭部に叩き付けた。
脳震盪に近い状態になったか、めまいがした。しかし、そんなものもお構いなしに、また私は叩き付ける。

罪悪感か?消失感か?……違う。

私は私自身に、溢れんばかりの殺意が湧いた。絶え間ない怒りが、脳を右往左往する。

…結局私は、向き合おうなんてして無かったのだ。
結局私は……逃げていただけなのだ。水香の代わりにして、恋愛ごっこで満足しようとした。

涙が出てこないのも納得だ。受け止めたつもりでのうのうと生きていたんだ。
死んでも死んでも死に足りない。きっとそうなる事が、私は感覚で理解する。

そうなんだ。私は、逃げていたんだ。乗り越えようなんて、してなかったんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
その瞬間、眼球を涙が支配するのを感じた。

私を殺したい気持ちと、悔恨の念が絶えず交差する。
深い後悔だけが私を蝕んでいた。弱くて弱くて、何も出来ない自分を呪った。
何も出来ない…いや、する気すら無かった自分の存在を、消してしまいたくなった。

…その時、私は気づく。

このままだと、私が壊れる。私が死んでしまう。私が……消壊してしまうと。
……だが、それだけはダメだ。私が私を殺しても、きっと寧香は喜ばない。…水香は喜ばない。

こんな屑人間でも、私の生を求める人が、周りにいてくれるのなら……私は、生き続ける必要がある、筈だ。

今の私に出来る事はきっと、コップ一杯分も無いだろう。けれど、私にはもうそれしか無かった。
首を横に強く振り、私は涙を指で拭って立ち上がった。

「…今から出来ることを……するんだ。」

そう、誰も居ない自宅で吐き捨てながら。

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…彼を拒絶してから、約一週間経った。未だに、彼からの着信は無い。
だけど私は、彼を信じ続ける。お姉ちゃんの大好きになった人を、信じる。

今思うと、お姉ちゃんはいつ何時でも彼の話をしていた。それは自慢だったり、愚痴だったり…。
けど、どんな話でも最後には必ず、幸せいっぱいに笑っていた。

私はそこまで彼を知らないかもしれない。それが事実でも、だけど私は彼を信じて待ってみる。

使命感でも、罪悪感でも無い。ただお姉ちゃんの彼氏だった彼を、
…私の好きな彼を信じたいのだ。…だからこそ、待つ。

ふとそう考えている時、

「ふぁっ⁈」

突然の着信。私は期待でいっぱいになり、相手の名前も確認せず応答した。

「…もしもし。」
彼からの電話だった。本当に驚き、少しよろめいてしまった。

「もしもし、じゃないです…。かかって来ないかもって心配したんですから…」
信じてはいたけど、この不安は、簡単に払拭出来ないものだったんだ。

だからこそ彼に、意味の無い文句を軽くぶつけた。
「…すまん。だけど…踏ん切りは付いた。だから、この後俺の家に来てくれるか?」

この一週間待ち遠しく感じていたその言葉に、私は即答する。

「…解りました。」
そう答えて電話を切った。実は、彼の家にはお姉ちゃんとしか行った事が無かったから、実は少し楽しみだ。

通話後、数分程度で外出の準備を取り終えた私は、速攻で彼の家まで向かった。
彼の家は徒歩十数分の距離で、ゆったり歩いても時間はかからない。

だけど、彼は何がしたいのか。それだけが気になった私は、少し速足で向かった。

順調に玄関前まで着いた私は、緊張しながらも、インターホンを押す。
早く着過ぎたかな?と心配が過ったが、彼は間髪入れずに戸を開けて、出迎えてくれた。

「来てくれてありがとう。…じゃ、上がってきて。」
「は、はい。お邪魔します…。」

緊張して少し口籠ってしまう。しかし、私は部屋に入った瞬間の衝撃で、それは一瞬で無くなった。
入ってすぐ解ったが、室内の状態が非常に綺麗に整頓されていた。

自暴自棄になったとは思うが、こういう所は変わらなくて、他人事に嬉しく感じた。

「でも、何で私をここに…?」
「…それは、ここに答えがある。」

そう言って彼は、一つ自室を指差した。彼に従い、その押入れの扉を開けると、

「…えっ、これ…」
「驚いたか。まぁ、処分出来なかった物だけだがな。」


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…私は、この景色を彼女に見せたくて、一週間も掛かってしまった。

「何で……こんなに…」
「お前の言う通り私は、姉妹だからっていう理由でお前を利用した私は、正真正銘の屑だ。
だが、それでも、しっかり踏ん切りは付けた。私はお前も、そして、」

私は一拍置いた。傲慢だが、久しぶりに名前を言うので、少し緊張した。
「水香も、忘れないから。だから……まだ私と、一緒にいてくれますか?」

彼女は固まっていた。彼女の目に浮かんでいたのは、悲哀じゃない。
こちらを見ながら、涙を流しながら。そうして…

「有難う…御座います。乗り越えてくれて……私を、認めてくれて…」

彼女は私に抱きつき、涙を絶えず流しながら感謝してくれた。心底思う、特大ブーメランである。

「いや、礼を言わなきゃいけないのは、私の方だよ。」
そう言って、私もつられて啜り泣いた。

私にできる事。それは、水香を受け入れる事だった。

ひとしきりに泣いた私は、何時になっても手放せなかった彼女との想い出の品を綺麗に保存する事にした。
それが唯一の罪滅ぼしで……一番、自分を保つ最善手だった気がした。

結果的に、寧香も私の心意気が伝わったのだろう。
今は…それが、一番嬉しい事だ。




俺達は少しの間泣き、感情が落ち着いてから、ある場所へ向かっていた。

「なぁ、」
「はい?」

「…踏ん切りは付いたとは言ったが、俺にはまだ墓参りはハードル高いぞ。」
俺達は水香の墓に参りに来ていた。正直言ってまだ私には早いと思ったのだが……

「何言ってるんですか。今まで行ってなかったんですから……そろそろ行かないと、お姉ちゃんに呪い殺されますよ?」
「怖すぎだろ水香…。」
と言われてしまったら行くしかないだろう。というか、水香ってそんな獰猛だっけ…?

此処まできたが、私の心では正直行きたくは無いという気持ちもあった。…前を向きたく無いと。
だが、行かなければ、私は成長出来ない。今までと同じズルくて汚い屑のままなのだから。
そうして墓地をゆっくり進んでいくと、やがて、

「此処が…そうなのか?」
「そうです。こっちに行けば、あります。」

私はそれを見つけた。墓石には、水香の名前が入っていた。

私は墓の前にしゃがみ込んで懐から一つ箱を取り出す。

「…?何ですか?それ。」
「あぁ。水香ってケーキが好きだったなぁって思ったから、持ってきたんだよ。」
「…そうなんですか?」
…覚えてなかったのかよ。姉の好物くらい覚えてあげて欲しいものだが…

「取り敢えず、」
私はしゃがんで手を合わせて目を瞑り、水香に話しかけた。

「水香。久し振りだな。」

言葉が緊張で詰まりかける。だが、それでも私は話しかけ続けた。

「今まで逃げていて、本当にすまない。お前が思うより俺は、屑で弱虫だった。
だけどそれを、お前の妹が救ってくれたんだ。」
意識を一瞬後ろに傾けて伝えた。もし実際に水香が聞いていたら、今頃誇らしげな顔でもしているだろう。

…そして私は、今までで一番に緊張する報告をした。

「でさ、俺はお前の妹と付き合う事にした。ま、だからと言って前のようにお前の存在を蔑ろにはしない。
俺は、二人共本当に大好きだ。だから……二人共愛する事にした。
俺は、優柔不断でだらしない人間だからな…。」

少し情けなく感じて笑いかけた。そして、私は言うか迷ったその言葉を使った。

「…けど、」
そして、私は立ち上がって、

「多分お前なら……許してくれるよな。」
そう、語りかけた。…まぁ、聞こえているかなんて解らないのだが……。


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私は、彼がここまで早く乗り越えてくれると、正直思っていなかった。
彼は自分を弱いと言うが、私は強い人だと思う。

私とお姉ちゃんみたいに家族が遠征で居ないんじゃなく、彼の家族はもう……此の世界にすら居ないんだ。
そんな中不慮の事故で唯一の心を許せる人を失って、何も見えなくなって……

それでも、最愛の人にこれだけの期間で立ち直り笑いかけられるのだ。

それがとても安心したし、それが私は……心の底から嬉しいと思った。
彼が仏壇前から立ち上がる際に、ある言葉が耳に飛び込んできた。

「お前は、許してくれるよな?」
私だけ知っている。…お姉ちゃんは、私と彼を応援してくれているって。

 *  *  *  *  *

「お姉ちゃん……何で…!」
もう息が薄い姉に対し、私は大粒の涙を絶えず流し続ける。

お姉ちゃんは、近所の家族の子供を助けたことで致命傷を負った。
そして……もう生きる事なんて出来る訳がない身体になっている。

だけど、私はその事を怒っている訳じゃない。そういう性格なのは、元々知っているから。
つまりは、ただの八つ当たりだ。もう、話す事すら難しい姉の顔を見つめながら、文句を吐いている。

「何で……何でお姉ちゃんが…」

そんな私の頬をお姉ちゃんは撫でる。
慰めてくれているのだろう。だけど、それによってもっと涙腺は崩落していく。

お姉ちゃんは、息を切らせながら、ある事を伝えてきた。

「寧香…陽ちゃんのこと……まだ好きでしょ…?」
「えっ……うん。そう、だけど……」

条件反射で返答した私に対して、お姉ちゃんはこう伝えた。

「なら、彼のこと…貴方に任せるね…」

「な、何でそんなこと!……お姉ちゃん…?」
何でそう言ってるのか、勿論解ってる。お姉ちゃんが生きるなんて……もう、不可能なんだ。

私の滴った涙をお姉ちゃんは優しく指で掬いながら、
「妹の恋路を応援するのは、お姉ちゃんの役目なんだから……当たり前でしょ…?」

と笑いかけてくれた。
お姉ちゃんの笑顔はどんな時でも、私に果てしない勇気をくれる。

「陽ちゃんはきっと…私以外の恋人なんて、作らないって…いうかもだけど…」
最後の力を振り絞る様に手を伸ばして、私の掌を握って……

「…頑張ってね…。」
そう言い切ったお姉ちゃんの手からは、ぱったりと力が無くなった。

あまりにもタイミングが悪すぎる。もっと言いたい事、聞きたい事が湧いてくるのに。

私は……号泣した。病院の方が許す限り、延々と泣き続けた。
実は一度、私も一緒に死にたくもなった。

…でも、それでも、お姉ちゃんのくれたチャンスを、無駄にはしたく無かった。
だからこそ………………


 *  *  *  *  *


私は今この人と一緒に、この場所にいる。

「お姉ちゃんは、応援してくれてますよ。」
私の方へ歩いてくる彼に向かって軽く教えてあげる。

「どうだかな。あいつ意外と寂しがりやで嫉妬し易いからな。」
「ふふっ、確かにっ。」

そう私が返事をしたとほぼ同時に……背後から優しい声が聞こえた。

「("頑張ってね")」

私たちは同時に振り返ったが、其処には何も無かった。
だけど、私たちの心は不思議と暖かくなった。

その正体が何かは解らない。けど、何故かとても懐かしい気分になった。

「…ははっ。」
「ふふふっ♪」

お互いにふと笑ってしまった。けど、それがとても自然で幸せだと感じる。


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「…よしっ、帰るか。」
「ねぇ、一つ提案なんですけど、」

私達が帰路を辿っている時に、ふとそう提案してきた。

「?何だ?」
「同居しません(笑)?」

私は一瞬思考が停止した。
しかし、冷静になって考えたら、その方効率がいいことに気が付く。

「まぁ、私はいいが……逆にお前はいいのか?」
「え、はい?!なんで断らないんですか?!」

…何故そっちが驚くのか、真面目に意味が解らないのだが。

「まぁ、断る理由がないからな。」
「冗談のつもりだったんですけど…。もしや、寝込みを襲うつもりですか?!」

被害妄想酷すぎるだろ…。そして理不尽すぎる。
ま、もしそんな事をしたら多分水香に呪い殺されるのだろうが(笑)。

「…というか、」

寧香は思い出した様に聞いてきた。

「何でお姉ちゃんに話しかける時に、一人称が私から俺になったんですか?」
「えっ、そうだったのか。」

自分でも気付かなかった。だが、その事実は私が水香に素直に話せた証拠でもあったので、嬉しく感じた。
理由を特に隠す意味も無かったので、そのまま話すことにした。

「まぁ、言ってしまえば格好付けたかったからだな。
私の方が実際楽だが、俺のほうが少しは格好が付くと思って変えてたからな。」

小っ恥ずかしく感じながら答えると、彼女は私にねだった。
「じゃぁ、私の前でも使って下さいよ。」

と少し拗ねたトーンで言う寧香の頭に手を乗せて、
「やだね(笑)。これは、水香に使っていたから意味があったんだよ。」
と伝えた。

変に嫌がられると面倒だと感じていたが、その心配は無かった。

「…そうですか。」
「そうだな。」

俺がふと表情を見ると、彼女は不思議と笑っていた。嘘じゃない、本当に嬉しそうな顔だった。

「なぁ、寧香。」
「はい?どうしたんですか?」

少し前から素直に気になってしまったので、私は好奇心で聞いてみた。

「…お前は、俺の一番目の彼女になりたいのか?」

自意識過剰かもしれないが、私は現在二人の女子に愛されているのだ。気になってしまうものだろう。
私の質問に少し悩んだ素振りを見せて、寧香は、

「…昔はそうでしたね。でも今はっ、」
そう言って俺の腕に抱きつき、

「お姉ちゃんが好きな貴方が、大好きです。」

と答えた。そんな寧香が凄く可愛らしくて、思わず顔が綻んだ。やはり私は、二人共大好きなんだ。
……しかし、そうなると、

「思ったんだが、二人共一番じゃダメなのか?」
と感じた。

しかし、それだけはいけないと言わんばかりの顔で、彼女はこう言って放つ

「絶対駄目ですよ。だって、二人共1位だったら二人共2位と変わらないじゃないですか。」

「…そういうものか?」
「そういうものですっ!」

…この時、本能的に今一度理解した。
やはり、水香と寧香は仲良し姉妹なんだろう。

何故なら…二人共が私に提示する定義が、同じように、まったく意味が解らない。
ただ、今となってはどちらも恋人な俺からしたら、特に何も変わらないのだが。

「なぁ、寧香。」
「はい?」
「…二人で、幸せになろうな。」

その言葉を心底理解してくれたのだろう。

「…はい。」

と、静かにそう応えた。そしてこうも付け足した。

「お姉ちゃんが嫉妬しちゃう位にねっ(笑)。」
「ははっ、そうだな。」

決して二番目だったとしても、俺はこの子が大好きだ。
最初こそ最低な感情で彼女に近づいていった。
だけど、そんな気持ち今は微塵も湧かない。

私は今、純粋な気持ちで彼女に好感を持っているのだ。

だからこそ、一生大切にすると、一生一緒にいると……天を仰ぎながら誓った。

「私は、二番目がいいんですよっ。」

と笑顔で振り返る彼女を。


  { 終 }

私は二番目で良いです。

執筆の狙い

作者 ゆきすけ.
p5019006-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

ラブストーリーでありシリアスドラマな作品が作りたいと思って作りました。
作品作ってて思ったけど、主人公が思ったより可哀想な立ち位置になりましたね。
ネットの海に初めて作品を投下するので緊張しますが、出来れば自分の成長の糧にしたいです。
批評、感想などございましたらコメントお願いします。
 ご閲読頂き誠に有難うございました。

コメント

ぷりも
pw126193109204.28.panda-world.ne.jp

拝読しました。
一人称の私は僕の方がよいのでは。なかなか男で自分のことを私とは言わないです。
途中で設定を変えたのかもしれませんが、
近所の方が飼っていたお子さん←!?
×空いて ◯好いて
“胸をペンチで潰されるような”は、ペンチの大きさで胸を潰すというのは物理的に無理があるので、”心臓を握りつぶされるような”あたりがよいのでは。
最初、主人公たちは社会人かと勝手に思いましたが、学生だとわかります。そこで高校生くらいかなとおもったら、最後に同棲という。大学生ということでしょうか。
この辺の設定は明確にした方がよいかと。
ストーリーとしては成立していると思いました。

ゆきすけ.
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>>ぷりもさん
コメント有難うございます。

年齢設定は付け足すのを忘れていました。すみません…

”近所の方が飼っていたいたお子さん”については元々お子さんの所がペットって書いていました。ミスですね。
改めてみると怖すぎますね(笑)。

一人称のご指摘もとても嬉しいです。
男主人公の一人称はわざと変わった感じにしてましたが、言われてみたらそうですね。
俺の一人称にしては少々女々しい性格かな?と思ったのでしましたね。

多くのご指摘有難う御座います。参考にさせて頂きます。
ご閲読有難う御座いました。

夜の雨
ai194083.d.west.v6connect.net

「私は二番目で良いです。」読みました。

シリアスなラブストーリーではなくて「ラブストーリーでありシリアスドラマ」ですね。
つまり「ラブ」が先にあり、「シリアスドラマ」があとについてくる、という感じ。
こちらの作品は三角関係で「主人公の彼女が交通事故で亡くなりその妹と付き合うようになる」という話なのですが、この姉妹愛がかなり濃いという設定になっています。
なのでタイトルにもなっている「私は二番目で良いです。」というのは、一番は姉で二番目に愛してくれたらよい、という流れです。
姉はすでに亡くなっているのでふつうに付き合っても良さそうなのですが、『姉を好きだった彼が大好き』という妹と付き合う事になる。
このあたりの微妙な関係がだんだんと樹立されていく過程が描かれているというラブストーリーなのですよね。それが結構シリアスで不思議な作品でした。

このテーマで御作をもっとレベルアップするには「姉妹愛」の部分のエピソードを描くとよいと思います。
御作は「亡くなった姉」を、妹の側から彼に対して「どうたらこうたら」と物語を膨らましていくという設定と構成になっています。
それに加えて姉妹がどれだけ関係が濃いのかという彼女たちの日常のエピソードを作りこんでおくと、姉妹の愛情が深いことが読み手に伝わります。
この姉妹だったら姉が亡くなったら妹は姉の彼に対して「私は二番目で良いです」と「しゃしゃり出てくる」だろうなぁと予想がつくので、御作の世界がわかりやすく成立するのではと思いますが。

ただこの作品を台無しにしているのがタイプミスか単純な書き間違い。
>ご近所の方が飼っていたお子さんが道路に飛び出して、それをかばって、死んだのだという。<
こういうのは気を付けたほうがよいですね。
「飼っていたお子さん」これは、伏線かなと思いますので。ミステリーとか怪奇物の作品だったりして。

「…解りました。」←「……わかりました」


ラストまで読んでみると、なかなか良い作品でした。
それと情景描写等は書き込んだほうが御作の世界観がもっと膨らむと思います。


それでは今年も創作を楽しんでください。


お疲れさまでした。

ゆきすけ.
p5019006-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>>夜の雨さん。
コメント有難う御座います。

その通りな解釈をして頂いていて、かなり嬉しいです。

姉妹愛を掘り下げる……なるほど。
確かにそうした方がストーリーに深みは出ますね。

タイプミスに関しては、本当にすみません。精進します。
”解りません”に関してはご指摘がありましたけれど、自分はこの書き方が好きなのでそのままにさせて頂きます。

飼っていたお子さん←…ただの間違いです。余計なところですね……。

今年からも色々試行錯誤していくので、良ければまた見に来てください。

ご閲読有難う御座いました。

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