おじいちゃんの神風
四年3組 吉村武史
ぼくのヒーローは、おじいちゃんです。
おじいちゃんは、ぼくの自転車を修理してくれました。チェーンがはずれると、すぐにはめて、油を差してくれました。
ぼくがお願いすれば、ぼくの好きな形に変えてくれました。だから、ぼくの自転車は、いつも一番カッコよかったんです。
おじいちゃんは洗濯機や冷蔵庫を直すことができたし、お父さんの車だって修理できました。
おじいちゃんは毎朝散歩に行って、コーヒーを飲んでから帰ってきました。
でも、お医者様に、おばあちゃんはもう長くないって言われると、おばあちゃんのそばに、ずっといるようになりました。
「文子。今年も、たけ坊をつれて花見に行くぞ」
「おばあちゃん。また桜を見にいこうね」
「ありがとう……」
おばあちゃんが亡くなると、おじいちゃんは元気がなくなって、よく物忘れをするようになりました。
おじいちゃんは、ぼんやりと庭をながめながら、歌を歌うことがありました。
「さくら、さくら。たけ坊。次は、なんだったかなぁ?」
「おじいちゃん、また忘れたの? のやまもさとも、みわたすかぎり、だよ」
「かすみか、くもか。たけ坊。次は?」
「もー。あさひににおう、だよ」
「朝日か。あいつ、本当に死んだのかなぁ……」
「あいつって、だれ?」
「じいちゃんの友達だよ。あの日、あいつは朝日に向かって飛んでいったんだ」
お父さんと、お母さんは、おじいちゃんは老人ホームにいたほうがいいって、いつも言っていました。
でも、ぼくは、そんなの絶対いやでした。
「おじいちゃんと一緒じゃなきゃいやだ!」
「もういい加減にして!」
「おじいちゃんが可哀想だよ!」
「おじいちゃんにとっても、その方がいいの。老人ホームにいれば、いつでも面倒を見てもらえるんだから」
おじいちゃんと、近所の公園まで散歩をしたときのことです。
ふたりでベンチにすわって水筒のお茶を飲んでいると、おじいちゃんはサイフから写真を出して、見せてくれました。
「これがじいちゃんで、こいつが高橋。まん中にいる女の子が、文子ばあちゃんだ」
「なんで、おばあちゃんがいるの?」
「ばあちゃんは高橋の妹なんだ。八つも年下だから、子供みたいに見えるけどな」
おばあちゃんはお団子を持っていて、おじいちゃんと高橋さんは茶わんを持っていました。
「なんで茶わんを持っているの?」
「高橋と酒を飲んでいたんだ。桜が雪みたいに散って、綺麗だった……」
「吉村。上官が酒をくれたんだ。飲んでみるか?」
「上官が酒をくれた? どんな風の吹き回しだ」
「まあいいじゃないか。それより、お前、この戦争に勝てると思うか?」
「正直言うと、俺は勝てないと思っている。体当たり攻撃で、敵の艦隊を追い払うことはできん」
「吉村。実はな、俺も志願したんだ」
「馬鹿なことしやがって! お前には文ちゃんがいるんだぞ!」
「お前だって志願してるじゃないか。俺にだけ残れと言うのか」
それから、おじいちゃんと高橋さんは、九州の飛行場に行くことになりました。
「たけ坊。じいちゃんたちは、零戦で海の上を飛んだんだ」
「ぜろせん?」
「零戦は世界一の戦闘機だ」
「カッコいいね!」
おじいちゃんは、グラマンっていう飛行機と戦ってケガをしてからは、零戦の修理ばかりしていたそうです。
「高橋。すまん。俺は修理さえしていればいいが」
「気にするな。それより、お前に頼みたいことがあるんだ。俺が死ねば、妹は孤児になる。頼む。文子を守ってやってくれ」
高橋さんが飛び立ったすぐあとに戦争は終わったけど、高橋さんは帰って来なかったそうです。
去年の春のことです。
おじいちゃんが新聞の切り抜きを持って、お母さんたちに何か頼んでいました。
「どうしても見たいのだ」
「疲れると心臓に悪いわよ」
「お父さん。またの機会にしましょう」
おじいちゃんが握りしめていたのは、海の近くで開かれる航空祭の記事でした。
「おじいちゃんが可哀想だよ。みんなで見にいこうよ」
車からおりると、飛行場のまわりには桜がさいていました。
ぼくが「きれいだね」って言うと、お父さんが「すぐに散ってしまうけどな」って言いました。
でも、おじいちゃんは、「たけ坊。桜は散ってしまうから綺麗なんだ」って教えてくれました。
カメラを持った人たちが、いっぱい見物に来ていました。
マイクを持った男の人が、「あちらをご覧ください!」といって海のほうを指差すと、緑色の飛行機が大きな音をたてて飛んできました。
すると、おじいちゃんが叫びました。
「零だ! わしが整備したんだ! あれに乗り、みんな散ってしまったんだ!」
飛行機が着陸して、みんなが写真をとりはじめると、マイクを持った男の人が、「さわってもいいですよ」って言いました。
飛行機をなでるおじいちゃんの手がふるえていました。
「これが見たかったの?」
「わしが整備したんだ。これに乗り、みんな散っていったんだ」
イベントが終わって帰ろうとしたら、おじいちゃんがいませんでした。
すると、「やめろ! なにしてるんだ!」と声がしました。
ふりむくと、青い服をきた人たちが飛行機を追いかけていました。でも飛行機は、青空に向かって飛んでいったんです。
自衛隊の人たちが飛行場にいっぱい来て、お父さんと、お母さんに説明をしていました。
「原発はつい先日事故を起こし、大規模な修理をしているところなのです。燃料と空砲用の火薬を積んだ零戦が今原発に墜落すれば、大惨事になる可能性もあります。そのときは非常手段をとるかもしれません。だから何としても、お父様を説得して欲しいのです」
お母さんは無線機を手に持って、おじいちゃんに話しかけました。
「お父さん! 馬鹿なことはやめて!」
「慶子。父さんに出撃命令が出たんだ」
「なに言ってるの! 今はもうそんな時代じゃないのよ! 戦争は何十年も前に終わってるのよ!」
「慶子! 田んぼが見える。川も見える。雲の狭間に虹が掛かっているぞ。これが日本なんだ。海で死んだやつらの故郷なんだ!」
「馬鹿なことは、もうやめて!」
「おい慶子! 高橋がわしに手をふっているぞ。おーい! お前、生きていたのかー!」
自衛隊の人が、「それは自衛隊の戦闘機です! 誘導に従って下さい!」と言うと、お母さんは泣きながら、「頭が昔に戻っています」って言いました。
自衛隊の人が、「なんとか説得して下さい。もうすぐ原発の上空に達します」と言うと、おじいちゃんの声が聞こえました。
「おい慶子! 海に敵の基地が見えるぞ。いつの間にこんなものを……」
すると自衛隊の人が言いました。
「それは原子力発電所です!」
「そうか! 敵の燃料補給基地だな! よし。体当たり攻撃をするぞ」
「1号機より現地本部。零戦が旋回を始めた」
「高橋! ついてくるな! 死ぬのは俺ひとりで十分だ! お前は文ちゃんのもとへ帰ってやれ!」
「2号機より現地本部。零戦が原発に向かって降下をしている」
「司令! 撃墜の許可が出ました!」
「やめてください!」
「1号機、目標をロックオン」
「2号機、目標をロックオン」
「司令! どうしますか!」
「お願い! お父さん! やめて!」
「おじさん。ぼくに話させて」
自衛隊の人が無線機を握らせてくれました。
「おじいちゃん。ぼくだよ。たけし。友達とサイクリングに行く約束をしたんだ。でも自転車がこわれちゃって、ぼくだけ行けないんだ」
「なんだと! たけ坊だけが行けないのか。よし! じいちゃんが修理してやる!」
次の日から、おじいちゃんは老人ホームでくらすことになりました。
「お母さん。おじいちゃん、いつ帰ってくるの?」
「おじいちゃんは、ずっとそこで暮らすのよ」
「武史。おじいちゃんが怪我をしたら可哀想だろ。そこなら安心して暮らせるんだ」
ぼくが自転車に乗って会いにいくと、おじいちゃんは、いつも、うれしそうに笑いました。
「たけ坊。自転車の調子はどうだ?」
「大丈夫。すごく調子いいから」
夏休みの宿題は、おじいちゃんの部屋でしました。
「戦争は八月十五日に終わったの?」
「そうだよ。でも隣の部屋のばあちゃんは、まだ旦那さんの帰りを待っているんだ」
クリスマスは、おじいちゃんと一緒にケーキを食べました。
おじいちゃんに零戦のプラモデルをプレゼントして、約束をしました。
「ぼく、立派な大人になるからね」
「たけ坊。立派になんてならなくていい。生きていればいいんだ」
お正月は、お母さんが作った御節料理をもっていって、おじいちゃんと一緒に食べました。
「おいしいね」
「うん。文子と同じ味だ」
「おじいちゃん。春になったら花見をしようね」
「花見か。花見はいいなぁ……」
春になると、老人ホームのまわりは桜で真っ白になりました。
でも、おじいちゃんはベッドから起き上がれませんでした。
「おじいちゃん。桜見える?」
おじいちゃんは顔を少し横にむけて、ずっと窓の外を見ていました。
「雪みたいで、きれいだね」
ぼくは、おじいちゃんの手をずっと握っていました。そしたら、いつのまにか部屋に夕日が差していました。
「おじいちゃんは、いつまでも僕のヒーローだよ」
「たけ坊……」
おじいちゃんの目から、少し涙がこぼれました。
おわり
執筆の狙い
新年を迎えるにあたり、かなりの修正を加えました。
約3700字。
よろしくお願いします。