あの日の約束
【和哉 ①】
研究は順調だ。
俺たち三人は、大学院の修士論文のための研究を続けていた。
小さい頃から変わり者だと言われ続けてきた俺だが、研究者にとって「変わり者」は褒め言葉だ。
先行研究にかぶらないようなテーマを思いついた俺は有頂天になった。
とは言っても、研究の内容があまりにも膨大だったため、同じゼミ生でチームを組んで共同研究することにした。
彼らは快く引き受けてくれた。
チームメンバーは、俺と洋輔と花織の三人。
洋輔はなかなかに切れ者で、ヤツがいなければこの研究はとっくに頓挫していたところだ。
洋輔はいろいろな意味で、俺にとってのライバルでもある。
花織は、工学部では数少ない女子学生の一人。
花織の研究にかける情熱は男子学生に負けていない。
洋輔と花織、この二人に出会えたのは運命だと思っている。
俺にとってかけがえのない仲間たちだ。
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【洋輔 ①】
相変わらず和哉はすごいやつだ。
その才能には惚れ惚れしてしまう。
和哉の発想力はいつだって素晴らしい。
しかし、僕は思う。
その発想を研究に活かすためのスキルについては、和哉はまだまだ足りないのではないか。
思いつきだけではダメだ。
どういう段取りで実験していくのか。
条件はどのように揃えるのか。
そういった手法的なところで和哉は甘さが目立った。
和哉の研究にとって、僕の存在は不可欠だと思っている。
僕は発想力では和哉には負けているが、論理的思考力や分析力では負けていないつもりだ。
そんなことを考えていたら研究室のドアが開き、研究仲間の花織が入ってきた。
「やっぱり二人とも、ここにいた」
男ばかりがいるこの学部で、花織の存在は文字通り“花”のような存在。
花織は僕を見つめてほほえんだ。
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【花織 ①】
私の研究仲間は、和哉くんと洋輔くん。
和哉くんはかなりの切れ者で、学内の誰もが彼の才能を認めていた。
ちょっと自信過剰なところがあるのが玉に瑕だけど、そんな欠点を補ってくれているのが理知的な洋輔くん。
そして、私の強みはデータの分析。
実験から得られたデータを入力して、私はさまざまな手法で解析していく。
データはデータ。
ただの数字でしかない。
そんな数字も、見方を変えることでいろいろな発見があるもの。
他の人にとってはつまらないデータに見えても、私にはそのデータの本当の価値が見えてくる。
和哉くんと洋輔くんの研究は、私がいるからこそ進めていけると思っている。
三人で取り組んでいるこの研究は、とても楽しいものだった。
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【和哉 ②】
俺は花織を見た。
花織は洋輔と仲良く話している。
花織……
男子が多い工学部の中で、花織の美しさは目立っていた。
何人ものやつらが花織に告白し、玉砕していった。
俺も前々から花織のことを狙っていたが、なかなか接近するチャンスがなかった。
しかし!
修論の研究で俺は花織をチームに入れることに成功した。
花織は美しいだけではない。
才能も豊かであった。
俺の二つの野望。
一つは、この研究を成功させること。
もう一つは、花織を手に入れること。
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【洋輔 ②】
僕は幸せ者だ。
和哉が僕を研究のチームに誘ってくれたからだ。
そして、高嶺の花である花織とも一緒に研究ができる。
学部内のみんなが、きっと僕に嫉妬しているに違いない。
今日も僕は、実験の手法を和也に提案する。
実験は順調だ。
手に入ったデータは花織が的確に分析してくれる。
僕たちの修論研究は、誰もが驚く結果を出せるに違いない。
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【花織 ②】
和哉くんが私に想いを寄せているのははっきりと分かっていた。
けれど、私は交際よりも研究がしたい。
恋愛沙汰が原因で研究が頓挫することがないように。
それだけは気をつけないと。
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【和哉 ③】
研究が実を結んだ暁に、俺は花織に告白する。
そう決めていた。
ただ、心配なのは洋輔の存在だ。
洋輔の方は、彼女を作ろうなんて気はないように見える。
しかし、洋輔だってきっと花織に興味があるはず。
洋輔に花織を取られるのではないか。
そんなことを考えてしまう。
洋輔にとっても、研究は大切なはず。
やつだって、こんな時期に花織に告白したりはしないだろう。
となると……
研究が終わった時、それが俺と洋輔との勝負の時となるだろう。
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【洋輔 ③】
和哉が花織を好きなのは態度から明らかだった。
ただ、積極的にはアタックしていないようだった。
きちんと研究を進めたいという気持ちが強いからだろう。
それはよいことだと思う。
僕だって、この研究は成功させたい。
しかし、花織の方は……
自意識過剰だと言われてしまえばそれまでなのだが……
花織は僕の方に好意をもっているのではないだろうか。
こんなこと、誰かに話せば都合のいい妄想だと笑われるだろう。
今は研究を三人で協力して進めていきたい。それが僕の本心だった。
僕は花織が出した実験のレポートに目を通した。
花織……
僕は意を決し、花織のところに行った。
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【花織 ③】
パソコンの画面は非情な結果を映していた。
これって……
実験はうまくいっているのだと思い込んでいた。
しかし、データは私達の期待を裏切るものだった。
研究は著しく後退することになるだろう……
和哉くんや洋輔くんが頑張っている研究を頓挫させたくない。
私は魔が差した。
一部のデータを改ざんした。
私は改ざんした結果を和哉くんと洋輔くんに見せた。
和哉くんは何も疑わず、研究の進捗を喜んでくれた。
しかし、洋輔くんは違った。
ある日、研究室で洋輔くんと二人きりになった。
「花織、データ、いじっただろ」
洋輔くんにはすべてお見通しだった。
「……ごめん……やっちゃいけないことだって、分かってはいたんだけど……」
「嘘をついてまで成功をつかみたいか? 僕はそう思わない」
「……やっぱり、洋輔くんの目はごまかせないか……」
私はデータを実験で得た正規のものに戻した。
実験はもう一度、別の手法でやってみるしかない。
「洋輔くん、ごめんね……」
「一度しかない人生、正直に生きるんだ。後悔のないように」
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【和哉 ④】
洋輔と花織の様子がなんだかおかしい。
俺の顔を見た二人は、さっと離れてそれぞれの作業に戻る。
二人は俺に内緒で付き合っているのだろうか。
洋輔は、花織に気がないような素振りを見せている。
しかし、最近になって二人の関係がなんだか近くなったような気がする。
花織に早めに告白した方がよいのだろうか。
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【洋輔 ④】
僕はさっそく研究の修正に取り掛かった。
早めに気づけたおかげで、研究は思っていたほど後退することもなく、なんとか取り戻せそうだった。
それはよかったのだが、最近、和哉の俺に対する態度が厳しくなってきた気がする。
僕が研究の修正を提案したからだろうか。
それで、和哉のプライドを傷つけてしまったのだろうか。
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【花織 ④】
洋輔くんに不正を指摘されたのはショックだったけれど、それでよかったと思えた。
私は道を踏み外すところだったのだから。
洋輔くんに助けられたようなものだ。
「正直に生きるんだ」
洋輔くんの言葉が刺さる。
私は今まで、自分の心にも嘘をついてきたのかもしれない。
洋輔くんのことが好き。
それが私の正直な思いだった。
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【和哉 ⑤】
研究もようやく終わりが見えてきた。
三人で力を合わせてきた研究が、ついに完成する。
「この三人だからこそできた研究だよな。俺たちは大学院を出ても、いつまでも仲間だ」
「ああ、僕もそう思うよ。院を出てからも、またこうして三人で会おうな」
「そうね。これから先、就職先はバラバラになると思うけど、私たち三人はいつまでも仲間でいたいな」
俺は提案した。
「この中で、誰かが結婚式を挙げるとしたら、絶対に招待してくれよな。約束だぞ!」
「それ、いいな。よし、約束だ」
「うん。いいね! 約束しようね」
「俺たちはこれからも、ずっとずっと仲間だ」
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【洋輔 ⑤】
ついに修士論文が完成した。
三人でささやかな打ち上げを行った。
おいしい料理と酒。
僕たちは気持ちよく酔っていた。
「前に言った約束、覚えているか? 結婚式のやつ」
「あぁ、覚えているよ。僕たちの中で誰かが式を挙げるとしたら、絶対に行くってやつだろ」
「結婚式なんて、いつになるかわからないよね。時々こうやって集まってお話したいな」
「お! それいいな。院を出てからも三人で会おうな」
「約束か……」
「今から楽しみ!」
打ち上げはいい感じで盛り上がっていた。
しかし、僕はこの場で二人に伝えたいことがあった。
「実は僕、院を出たらスウェーデンに行くことになった。だから、約束は守れないかも知れない……」
和也と花織は驚く。
「なんで、そんな遠くへ?」
僕は決めていたのだ。
和哉と花織、この二人から遠く離れた世界に行くことを。
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【花織 ⑤】
洋輔くんからスウェーデン行きを知らされて、私はショックを隠せなかった。
もう、会えないのかな……
洋輔くんが私の気を引こうとしなかったのは、そういうことだったのかな。
自分は遠くに行くから、私とは付き合えないって思っていたんだ。
それで、深い仲にならないようにしていたんだ……
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【和哉 ⑥】
洋輔がスウェーデンに行くと聞いて、俺は驚いた。
親友でもあり、ライバルでもあった洋輔。
その洋輔と会えなくなってしまうのか……
残念ではあったが、俺の心の中である決意も芽生えた。
花織……
俺は前からずっと花織に告白するつもりでいたが、洋輔の存在が気になっていた。
俺が心配だったのは、洋輔は花織のことを好きなのではないか、ということだった。
俺も花織も就職先が決まった。
大学院の修了式も無事、終わった。
俺は国内の大手企業に就職し、研究者となった。
花織も別の会社ではあるが、国内で研究職に就いた。
洋輔は単身、北欧のスウェーデンへと渡っていった。
俺は花織に告白し、交際を申し込んだ。
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【洋輔 ⑥】
僕がスウェーデン行きを決めた理由は、和哉や花織と離れたかったから。
これまで三人で力を合わせて研究を進め、それは実を結んだ。
これから先も、三人の結束は固いものとなるだろう。
しかし……
僕は身を引くことにした。
和哉のいない世界で自分の力を試してみたいと思った。
スウェーデンは遠い。
簡単には日本には帰れない。
飛行機だって日本からの直行便はない。
中東の空港で乗り換えることとなった。
海外の空港の警備は厳重だった。
日本の空港でもテロ対策は十分に行っているとは思うが、海外の空港の警備には怖さすら覚えた。
僕は単身、北欧へと渡った。
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【花織 ⑥】
洋輔くんがスウェーデンに行ってしまい、私の心にぽっかりと穴が空いてしまった。
やっぱり、私は洋輔くんのことが好きだった。
私は国内の企業に就職が決まった。
仕事は順調だった。
そして、これは予想していたことだけど、和哉くんから告白された。
洋輔くんのことが思い出されたけれど、彼は遠い地に行ってしまっていた。
しばらくの間、私は考えた。
洋輔くんはいつ日本に帰ってくるか分からない。
私も微妙な年齢になってきている。
考えに考えた私は、結論を出した。
私は和哉くんと交際することにした。
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【和哉 ⑦】
ついに憧れの花織を手に入れた。
社会人としても着実に実績を積み上げた。
俺は将来、花織と結婚することになるだろう。
洋輔は、北欧で頑張っているのだろうか?
俺は自分の成功や花織との交際を、メールで洋輔に知らせた。
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【洋輔 ⑦】
スウェーデンで英語は通じない。
言葉の壁は大きかった。
そして、当然のことだが知っている人が誰もいない。
日本人を見かけることはなかった。
完全に孤独であった。
しかし、これは僕が選んだ道だ。
和哉も花織もいない世界で身を立てる。
そう決意して来たのだ。
現実は厳しかった。
仕事はうまくいかなかった。
何度も辞めたいと思ったが、僕は祖国を捨ててこの地に来ていた。
ある日、和哉からメールが来た。
和哉は社会人としても順調に成功していた。
そして、これは予想していたことだが、和哉は花織と交際しているとのこと。
お似合いの二人だと思う。
遠い北欧の地から、二人のことを思った。
涙が僕の頬を伝って落ちていく……
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【花織 ⑦】
私は仕事も和哉くんとの交際も順調だった。
和哉くんからプロポーズされた。
元々、結婚を前提とした交際のつもりだったけど、いざ、プロポーズされて私は舞い上がってしまった。
嬉しかったけど、同時に洋輔くんのことも思い出してしまう。
「結婚は二番目に好きな人とすると幸せになる」
そんな言葉があるらしい。
ドキリとした。
これって私のこと?
せっかちな和哉くんは、結婚式の段取りをどんどん進めていく。
和哉くんは言った。
「学生時代、三人でした約束、覚えているよな?」
「うん」
「結婚式、洋輔には絶対に来てもらわないとな」
「そうね。久しぶりに洋輔くんに会いたいね」
その言葉に和哉くんは目を光らせたような気がして、私は思わず目をそらした。
私が洋輔くんを好きだったということ、なんとなく、和哉くんは分かっていると思う。
けれど、私はもう和哉くんのお嫁さんになる。
私は自分に言い聞かせた。
【和哉 ⑧】
洋輔に結婚式に来てもらいたい。
他の誰よりも、俺は洋輔に祝ってほしい。
待ちわびていた洋輔からの返信がやっと届いた。
結婚式、絶対に行くとのこと。
あの日の約束を果たせるのが楽しみだ、とも書いてくれていた。
よかった。
洋輔……
俺は君に会いたいんだ……
───────────
【洋輔 ⑧】
僕は人生に行き詰まっていた。
慣れない北欧での暮らしは、僕の精神を蝕んでいた。
言葉の壁は大きい。
そして、仕事でも失敗が続いた。
和哉に頼らず自分の力で成功する。
そんな志を立ててこの地まで来たのだが、残念ながらそれを果たすことはできなかった。
僕は解雇された。
研究に捧げてきた僕の人生は、この地で終わる。
日本に帰って違う仕事に就こうかとも考えた。
しかし、僕には研究以外の取り柄はなかった。
研究職で探せばよいのでは、とも考えたが、この地で挫折した僕はもう、研究職に就く気をなくしていた。
僕が生きている価値はどこにもない。
人生を終わらせたい。
そんなことばかり考えていた。
ある日、和哉から結婚式の招待状が届いた。
学生時代にした約束を思い出す。
「この中で、誰かが結婚式を挙げるとしたら絶対に招待する」
もう日本には帰らないつもりだった。
しかし、和哉と花織との結婚式となれば、話は別だ。
日本か……
和哉と花織の結婚式を見届けよう。
僕は飛行機の手配をした。
生きる目的を失っていた僕に、和哉と花織の結婚は一筋の光をもたらしてくれたように思えた。
和哉……
あなたに会いたい……
花織……
あなたに会いたい……
───────────
【花織 ⑧】
マリッジブルーって、こういうことなんだ……
本当にこれでいいのか、って声が頭の中に何度も聞こえてくる。
これでいい。
そう自分に言い聞かせ続ける。
これから和哉くんと人生を歩んでいく。
その決心を固めるためにも、もう一度、洋輔くんに会いたい。
洋輔くんに祝福されて結婚したい。
そうすれば、自分の思いにけじめをつけることができると思う。
洋輔くん……
あなたに会いたい……
───────────
【和哉 ⑨】
結婚式、当日を迎えた。
親戚や会社の上司などさまざまな人たちが俺たちの結婚を祝ってくれる。
しかし、洋輔はいつまでも式場に姿を現さなかった。
この式は、洋輔から祝ってもらうための式と言っても過言ではない。
しかし、洋輔の席は式が始まっても、ずっと空いたままだった。
洋輔、いったいどうしたというのだ。
俺は君に祝ってもらいたいのに……
───────────
【洋輔 ⑨】
日本行きの便に乗り換えるため、僕は中東の空港で時間を潰していた。
ババババババ……
すさまじい銃声が聞こえてくる。
何事かと振り向けば、三人の男が機関銃を空港内で乱射していた。
映画のロケなのだろうか。
そんなことを思ってしまったが、響き渡る悲鳴が僕の目を覚まさせてくれた。
銃撃を受けた人たちの体がバラバラになって吹き飛んでいく。
誰かが僕に向かって何か叫んでいる。
早く逃げろと言っているのだろう。
テロだ……
テロに巻き込まれてしまった。
パン! パン! パン!
駆けつけた空港の警備員が犯人グループに向かって発砲する。
しかし、拳銃と機関銃では火力に差がありすぎた。
警備員はテロリストの銃弾を浴びて次々に倒れていく。
終わった……
この空港からの飛行機の離発着はもはや絶望的。
結婚式には間に合わない。
僕は約束を果たしたかっただけなのに……
───────────
【花織 ⑨】
結婚式が始まったというのに、いつまでも洋輔くんは姿を見せない。
洋輔くんに会うことで、私は自分の心にけじめをつけるつもりだったのに……
披露宴は歓談の時間になり、私はいろんなテーブルを回って挨拶をしていた。
あれ? 洋輔くん?
宴席に立っている洋輔くんを見つけた。
いつの間に来ていたの?
私は駆け寄る。
「洋輔くん!」
「あぁ、花織……結婚おめでとう。ウェディングドレス、とっても似合っているね。綺麗だよ」
「ありがとう!! 洋輔くんにこの姿、見てもらいたかったの。洋輔くん、会えて嬉しい!!」
「あぁ……僕も会えて嬉しいよ。花織、和哉とお幸せに」
「うん! ありがとう!! 私、和哉くんと幸せになる!!」
洋輔くんに祝福してもらえたことで、私は洋輔くんへの思いを捨てることができた。
私は和哉くんのお嫁さんになった。
───────────
【和哉 ⑩】
俺はビールを持ってテーブルを回る。
親族や上司への挨拶回りは、何かと気を遣うものだ。
あれ?
あそこにいるのは……
「洋輔! 来ていたのか! ずっと待っていたんだぞ!!」
「あぁ、和哉。結婚おめでとう。タキシード、かっこいいな」
「ありがとう。俺はずっとお前に会いたかったんだよ!」
「僕も君に会いたいと、ずっと思っていた」
「洋輔、俺は誰よりもキミにこの結婚を祝って欲しかったんだ。遠いところからはるばる来てくれてありがとう!」
「僕も和哉と出会えてとてもいい人生だった。正直に言う。僕はキミのことが好きだった」
「なんだよ、好きって。照れるじゃないか」
「ふふふ」
「ははははは」
その時、俺は上司に話しかけられてしまう。
「じゃあな、洋輔。また後で」
「……あぁ」
───────────
【洋輔 ⑩】
空港でのテロで、和哉たちの結婚式に出ることはもはや絶望的となった。
和哉と花織に会いたい。
しかし、それは叶わない。
運命を呪った。
僕は、和哉のことが好きだった。
その思いは和哉に受け入れられることはないだろう。
そう思い、僕は二人のいない遠いスウェーデンへと渡ったのだった。
僕は大学院時代、花織に「正直に生きる」ことの大切さを説いたことがあった。
その言葉は、そのままブーメランとして僕を直撃した。
僕も正直にならなくては。
和哉に好きだと伝えたい。
人生の最期に、僕は自分に正直でありたかった。
ババババババ……
まだテロリストが機関銃を乱射している。
こいつらのせいで、僕は日本に帰れなくなった。
僕は結婚式に出るという約束を守るのだ。
絶対に。
その執念さえあれば……
和哉、あなたに会いたい。
花織、あなたに会いたい。
僕は駆け出した。
そして、テロリストたちに向かって突進した。
テロリストたちは目を丸くして僕を見る。
何の武器も持たずに突進してくる僕を、恐怖のまなざしで見つめている。
我に返ったテロリストたちは僕に機関銃を向け、銃弾を発射した。
ババババババ……
銃弾は次々に命中する。
僕の体はバラバラになって飛び散った。
この中東の空港で、僕は命を失った。
───────────
【花織 ⑩】
私たちは結婚式を終えた。
とっても素晴らしい式だったと思う。
会えないと思っていた洋輔くんに会うことができたのもよかった。
私にはもう、心残りはなかった。
出席者名簿を見て私は驚いた。
洋輔くんは式には来ていなかった。
じゃあ、あの時の洋輔くんは……
和哉くんがテレビの前で大声を上げた。
「花織! このニュース見てみろ!」
私もニュースを見る。
中東の空港での機関銃乱射事件のことが報じられていた。
「……今回のテロ事件で、日本人一名の死亡が確認されています。名前は……」
< 了 >
執筆の狙い
三角関係を扱った作品を書いてみたいと思いました。
読者様にそれぞれの登場人物の心情を読み取ってもらいたくて、三人の視点が順番が変わっていく書き方をしてみました。