海辺の風景
海を見ていた。波が穏やかで、波紋も立たない瀬戸内の海は満月を見事に反射させてみせた。
私は昔から病気がちで、今は療養のために下宿しているが、どうも身体が熱を持ち寝付けないのでそれを冷ますために外へ出ていた。
夜も更け、段々と潮の増す海面は、岸壁に座り海に晒している私の足と、目と鼻の距離で、つま先を少し伸ばせば今にも靴底が海面についてしまいそうであった。
私は海面が靴に当たったら帰ろうと思い、もうしばらく座ってみることにした。
空気は恐ろしいまで澄んでいた。遠く対岸の外灯も明瞭に見え、水面を照らす月はこの澄んだ空気を象徴するように強い光を投射していた。
空は月明かりで藍色に色付き、その中でも山が真っ黒で、暗い藍色からも山の稜線がはっきりと分かるほどに夜空と色が分かたれていた。
眼前に広がる景色は、私に憧憬を覚えさせたが、これもあと数刻もすれば見られなくなる事に無情さを感じた。
それは儚さも持ち合わせていた。たとえば、風が吹けば塵は飛んでいくような、さも当然のことに物悲しさを抱いた。
ふと水面に映る月を見ると、ゆらゆらと揺れていた。それはどうやら波紋らしく、風もないのにどうしたのかしら、と思い周りを見渡すと、私の足がすこし海面についていて、それが波紋となっているらしかった。
私は、足も付いたし、身体も十分すぎるほどに冷えたので帰ろうと思い立ち上がった。去り際にもう一度景色を見たが、絶え間なく移り変わる景色は、私に憧憬を抱かせた時の景色ではなかった。
私が踵を返すと、どこからか鐘の声が聞こえてきた。
どこかの寺から鳴っている音か、しかし時間帯にしても、音色の毛色にしても少し尋常ではなかった。
鐘の声は山々に弾かれて反響し、四方から聞こえ、こだまする音は今までにないほどに綺麗な音に感じられた。それはまるでガラスの鐘から鳴ったような繊細さで、一定の間隔で、同じような音色が聞こえてきた。
私はその音に、身体に蔓延る病気の苦しみが解かれるような喜びと幸福を感じ、ある不変なものまで感じられた。
それは、この世が無常である中の唯一の不変と思えてならず、そうして私は、この世の何物にも代え難い幸福は、つまり不変である事を感じたのだった。
そうだ! 人々が人生を賭して求める幸福も、また人々を死の恐怖から開放せんとする宗教も、不変の幸せを追求しているのだ。
私は今まで、すべてを病気という言葉を盾にし逃げ回ったが、この世に実在する、鐘の声が如く不変さを持った事柄を追求してみようと思い立った。
自身の靴の音しか聞こえない夜中、私は快活に、また大股に歩き出した。
執筆の狙い
平家物語を原型にして書きました。
景色の描写と主人公の心情を照らし合わせて書こうと努力しました。
物語の展開や流れが煩雑になってしまいましたが、どこを間違えたのか、またどこを改善すれば良いか分からず、皆様のご教示を賜りたく投稿しました。