作家でごはん!鍛練場
ケンタウロス

緊張と興奮の王女

 【無】と言う概念を扱った学問書は、いつの時代にもあるが、そこには昔から言われてきた、

『人間と言うものは存在のない
無から始まり、存在のない無におわる』という、

哲学者の言葉もある。そういった無についての説は、土地の歴史により少しずつ違う。けれど、所々似たものとして、この日本には『0』や『零』と言った意味をまとめた【無】といった言葉に集約され、物語や歴史上の名言や名文句として今も多く残っているようだ。

 無とも言える、【0】という価値。それは色んな土地柄に合わせた寓話や伝承として上手く、根元的な感情の起伏、として遣われている。それらはいつまでも人の心を揺さぶる普遍的な価値であり、あらゆる物事の有無を自覚させ生じさせている。数学では数字のイメージの0といった価値と同義である事も多々あるだろう。今までがもしそうでないならば、怖い話でもあるが、人間はその何もない【無】を、軽いフラットな意味で0と言ったものにサッパリと印象を和らげ変えて、理論的な美しい数学として世の中の心理的文明を健康的に発展、繁栄させてきた。それを上手く知恵に変えて、その土地の歴史等や文化や人々の思想の意味を知る事も、その街の情報として聞きだす術としてあっただろうし、0と言った無に関する事は、日常にどこかしらで起こる事であり、人が亡くなる事の哀しさで心の優しさを覚えるし、そこからその感情の切っ掛けを維持して、身体の健康維持としての感情の起伏を上手く生じさせる事もあっただろう。

 そういった古代からの思想がなければ、いつからか心の成長のおぼつかない、この國等の昨今の若者や、出産適齢期前の夫婦の様に、自らは赤子を産まない事で、その命のサイクルの中に、なんとか今まで通りの0の概念を取り入れないスタンスで、自分の生活水準を維持しようとするような、欲や煩悩を巡らせる新しい思想が、昨今の若い男女の間に拡がり、生じてきてしまっていたように思える。

 そう言った推論を立てると、現代の男女には、恋や愛情の丁度良い匙加減が、事あるごとに気持ちの上では下手になり、不思議と欲からの会話だけはバカに器用になってしまっている。

 現代日本のその渦中では、恋愛観からきている男女の営みの難しい問題もチラホラあって、愛を軽んじても良いし、それより欲を重視する事の方が余程大事と言った考え方が今、話し半分、流行っている時代なのだ。

 そう言ったものの考え方に素直に向き合うのであれば、愛や欲も大事だが、それより古い意識であろう、死んで亡くなる事。その死生観と言う現実がある訳で、それは改まって述べると、先程から記述している0と言う概念を持ってきた方が、深く考える事の必要の無い気持ちの面では、とりあえず、サッパリするのだ。

 そういった事から貴重な死生観の意味合いとも関わる【0】と言う概念であるが、考え方を変えてみれば、それは極端に言うと、育児向きではない発想であり、それとは反対の意味でもある。

 ここ最近インド哲学である0と言った概念が、日本のみではなく、各地に拡大しているように思える。その0に執着してしまう気持ちは、方向を間違えると病の元にもなる。

 そう思うのは、育児の気持ちの上で当然である母性本能が、自分の生き甲斐がいつまでも固定して存続するものではない事に気づくのが、早い時代になってしまったからである。

 色々なものに0と言った概念があり、昨今の人々はそれに対して、心理面での執着ができてしまったから危険だと私は思う。

 そういった心理になってしまうと、その0と言った概念があるゆえに、その育児の心も育まれない事は至極当然であるし、そういう大人達も増加してしまったのが、近代文明などで起こっているような、一般的な成長を育む事の出来ない、精神面での『病』のようなものであるのだ。

 それは世界全体でも起こりうる。

 文明が栄える上での大きな意味の『0』の価値。

 心理的な面で大きな意味の、価値観の弊害となる。

 そういった何も無い意味の0と言った概念と、ある意味、逆の意味でもある、出産と言った新しい可能性と言った生命の息吹を生じさせる生物のサイクル。

 それが片方ではなく両方が減ってしまった背景が重なっていた昨今の時代背景。あるところの時代で、0と言う概念が減っていた日常。それはこれからの時代では、生活の質に影を落とす事にもなりうるし、それと関連して、生老病死の四大苦とも言えるものも人間にはあるので、どこかで意識的にそれが心の足枷になってしまっているのではないか? とも考えられる。

人間が『0才』の頃、この世に産まれ
始まったとして、
命というものは死と言った不安な要素も
取り入れつつ、何者かにその不安を
消される事で、幾度も安心を持ち合わせて
いるのが現代の人間である。


 宇宙から来た【生前霊】からまぬがれたこの世界は孤立していて、存在している事に感情の起伏の無い安心感を抱いてしまうのが世の話、引きこもりだと言われている。

 引きこもりのそれを自分としては良い意味で感覚的に自覚したい気持ちになるのだが、他者との会話といったコミュニケーションが、成立しにくい生活環境があり、それが心の悲しみの残りやすい常態にもなり易かった。

 けれど、やはり安心する惰性生活に留まる心地よさもあるので、私としても今でも引きこもる事から半分脱け出せないでいる。

 それが一般的に奇妙でもある近代文明とも言える面があるのだ。

 未来人の様な生前霊の引きこもった巣の中を、私達は心の中として認められない。柔軟性の欠けてしまっている21世紀前後の人々は科学文明に片寄り、怪奇現象を、まやかしであると否定し続ける。日本の年号、平成以前の人々は特にである。

 そもそも引きこもりである現在の人々は、それらの心の症状の中で、生前霊の様な怪奇現象を体験している事を、まわりに認められない。

 そう言った者達はその事に寂しくもある、けれどその状況でも、温かさを忘れない様な、それらの病気からの省みの気持ちも持っている。

 その時代は、怪奇現象を否定している科学優位の社会性の中で育った、常識的なものに対して不思議だったり奇妙な【弱き心】を持つ人間であるのだ。

 そういった意味から、人からの甘さを忘れないようにして生きてきた、引きこもりの一人ひとりの者達。それらの人々は団体のようであるが、普段は一人で生きていると言った状況に陥り易いから、過信は禁物なのである。

 理由は一人で生きていると言う思いに悩まされるもの達は、全体で生きているといった意識が軽薄になり、犯罪に手を染め易いからである。

 私達、携帯の呼び鈴で集まる家族だけの自宅警備員も自分だけの世界を尊重する事が出来る幸せの第一段階である。

 今の社会性は心のエチケットで護られている。


 ネガティブ思考になると、それが極端に分かり孤独を感じられ易くもなり、それゆえに、世界へのアンテナを鋭くはりすぎない事などで、心や存在に対する可能性を学ぶ道徳などが、その者達には必須になるのである。

 それは決して健康な環境とは言えないのだが、健康を見据えた上での思想の筋道でもある。


 心のカタチに重きをおくと本来の生活に原始のような時代、野性的な精神を尊重した素朴な生活が、なにかとこの世界では便利で、誰からもそういった必要とされる価値を求められてしまうのであるのだけれど、そういった引きこもり世界における、自分との接点である通信網の情報に拘りすぎていると、それにたえられず、心のアンテナが真っ向から折れてしまったりする事がある。そういった引きこもりの事情のある心の弱さ、それ自体を否定する事になるのは誰でも同じであるが受け入れなくてはならない事でもある。


 引きこもりの多く出る時代。そのような社会性の育まれにくい近代の人達は、危機的状態とも言えるし、ある意味、人間の本能や欲、理性を全体として、価値観的に見た場合、足りない事があったがゆえの、不足したものをバランスよく、一人ひとり、または全体として補う為の、本来の文明で求められる心のサインである。

 それは引きこもりがまだ社会復帰の上で、成長の未然なカタチで、人としての考え方を獲得したから起こる、ごく自然な価値観としての心のサイクルなのだ。そこには物理的な過保護にならない程の、精神文化の建設も大事になってくると思われる。

 考え方としてそういった事情を、そっくり後腐れ無く捉えると、個人個人の心の悩みが、何にでも問題の起因になり、それらは、何かしらに当てはまるのだろう。

 それらの思想の心を日常生活の基板として、普段は考えもしない事をする生きる上での、私達引きこもりのライフワークでは、代わり映えのない半永久的な生活を求めている。

 物質のような半永久的に在るカタチ

 半永久的なカタチの確固たる保存先は、安心を目的とする人々の最大のテーマなのだろう。


 誰もが考えるが、現代では必須では無いこと。

 誰かしらが、そうは言ったり、思ったりした事のある話の訳で、それは考える事の絶対では無いのだろうけれど。

 数値上、0であっても0を1と似ている

 感覚として捉える事が、生きる上での

 とりあえずの安心である。


【その可能性に相応しい自分なりの等身大である価値を見付ける事が生きる上での壮大な人類のテーマである】』


  by 不老不死協会·グレーインク卿 


プロローグ


 私達の住んでいる場所、それは世界有数の観光温泉街『リトル日本列島』と言った幻想の霧に隠れた都市である。都市の名をハグレーズブロックと言う。

 その名は大地の女神·ジョナブロックからの由来であるこの平和な日本列島を象徴する街である


  【※注 リトル日本列島とは?】


 それは、この中世ヨーロッパドームと言った日本社会の中に出来た特設ドームその領地の世界の事を言う。

 特筆すべきは半径2キロのドーム状のとてつもなく大きい円盤形の大型集団的住居が日本中のいたるところに設置してあり、そのドームが世界中の人々の手により海外にも今現在増えつつあるといったところだ。

 そういった世界がいま広がりつつある時代なのである。このドーム状、円盤形の建設物は、その時代の人間が住む都市であり、いつになっても建築物は建設中の街であり、そこは土地の不思議さを沢山のものに感じさせる。

 このドーム世界としての役割は現実の日常に、日本や世界中で彷徨う魂の居場所を、國ごとに分けると言う事でもあるのだけれど、お亡くなりになったもの達の物体的な身体としての居場所を、別の空間に確保する事でもあるので、予定の天国都市計画推進委員会も、それを達成する為に発足されたものである。それは日本の特殊訓練を受けたチームにより、誰にも気付かれないような形で任務遂行される。特別な製造技術によっては紙幣に封印、投獄されていた幽霊を世界中の紙幣から捜索する事は途方もなく困難であり、人類の行き交う不思議な世界への道を開拓した功労者は、その惑星の偉人から人になってもらう準備の為に、その国の主に打診を取り、そのもの等を探し出す事に従事する。


 人生100年時代の功労者達を紙幣の中へ投獄する理由は、近代文明の時代に、過去、前例を見ないような、とてつもない寿命の偉業を達成したもの達であったから。特に日常の常識空間を巧く生じさせられるもの達へ夢の中で打診をとった。先陣をきって注目されていた者達から、その計画は始まっていたようである。その計画は通称『フラットレイン計画』と専門家達には言われている。それは強烈な反発がある100年時代の苦楽の大きすぎる時代に、どこの惑星の世界にも、幸福の空間を作る手助けをしてもらった人類の為に設置された計画である。それを宇宙全土に拡げる為には、その功労者達に使者を遣わせて、苦渋を嘗めるような体験をしてでも、その銀河の世界中にある遺体の保管許可書を夢の中で捺印してもらう為である。そのモノらをそれらの世界に向かわせる指針をとった幽霊になるモノ達によると、後にそこは、天国計画のあった世界だと呼ばれているようだった。今だけに満足できる脳の世界を好んだモノは、今現在の天国にいけない変わりに、新しい世界の現実に遣われる、現金の世界に投獄される。


 そこでの生活である架空のような不思議な空間の扉を開けた先の、奇妙な紙幣の絨毯が飛び交う世界。その世界は、お金によって社会に色々な人の心が繋がる事の出来る世界なのだけれど、その世界は紙幣で全てのものが買えると言った価値観でないと生きづらい。その国の観光名所である、群馬の草津温泉では、海外のものは草津の観光大使の粋な計らいにより、みんなで旅館に宿泊すると、海外の頑張ってる國の子供等ほど、この國の人々の住む世界の領域らしい個室を提供してもらえる。紙などの書類契約の世界であるのに、そこにある肉体は癒されて、主体性も肉体としては清らかな心になる。その肉体の不手際の感じられない自然な魂が幽霊として人間から分離した場合、それらが身体からはみ出てしまうと、そこには存在として認めてもらう精神と肉体の世界が、道徳心の世界として出来上がる。つまりだが、もしその幽霊が人間等の精神を育んでいた場合、もしくはこれから育む場合、それは幽霊が霊として人間に憑依した場合が考えられ、人間の意識の中、死の恐怖の元でもある0の意味をくつがえす意識の湯依存が起こり始める。それは広い世界の中での今まで死んできた生命の活躍する場が生前の世界に起き始める世界の始まりであり、それは生前霊の誕生でもある。それは人間が新たなステップに入る事になるし、人間が動物の感覚に、人間の理性を加え存在のものになる。その世界とは失敗すると高い文明の国であっても、崩壊する可能性も含まれている。この現象によって考えられる事は、人からはみ出した理性は、危うさもあり、本能との匙加減も考えなくてはならないのである。それらは世界を形作る道徳心として、社会性の風紀として、律する世界を構築させるのだが、一歩間違えれば、理性と欲のバランスも崩壊するのである。理性と欲は白黒つける、だけれど混ざり合う事もありつつ、その上でも白黒つける社会性が世界には必用だし、もうあるのかもしれないけれど、なければこれから作られるのだろう。つまり人間が死を認められる世界の始まりなのかもしれない。

 精神と肉体の二つの世界があり、肉体を優位に得たものは、フィールド空間を行動で行き来でき、それが意識的に出来ないと、そこは想像的感覚として革命的な気持ちも必然的に必用とされる。


 自分の現在の位置から、未来へ心が紙幣を通じて旅に出ていた事があるらしい。一度、現在から未来へ通った自分自身の心。過去の人としての今の生き方。未来で紙幣になっていた私達。そのお金と人の道として生きている夢にまで見た未来で存在していると言った私達。それは時に、情操教育という偉人として存在していた未来では学びの経験といったものを世界中で紙幣としてどう体験したか? 人間や動物などは未来では自分自身が亡くなった土地に、紙幣として何を学び取り、その未来から現在といった過去に戻れたか? その活かされた期間、お札として遣われていた時代、お札として活きていた時間の内容によって、愛の度合いが静かに纏まっているのが、お金の原型として生きていた過去の私達だ。それは現金などの紙の始祖様達を通じて、私達が人を学習する事が出来る。そのもの、偉人達へのお札のイメージは、この時代以降は、過去の人々への想いとして、未来の人間の判断力の高まりとして、その過去と現在と未来の情操教育の潤滑油として重宝されるのである。

 今の世界の本質に足りない世界に応じるかのように、構築された幽霊や生き物がはこびるフィールド世界。それは私としては、現世のお札の流通に命が封印されている事を信じきれないもの達もいて、一部の人類や幽霊や動物のその心の弱さが、世界にゆとりを求めた結果、お金だけでなく、自然を体感する事をお金以外の価値として大切にしたい、という心の有り様を物語っている事で世界の動きが円滑に動いている。

 その一部の地域でもあった日本列島もある、世界中を色めき出された数多くの世界に浸透させたドームでの生き方。今の世界のドームでもある未来の地球であるのだ。

【いつまでも肉体の初見を愛情や恋心の糧として、存在あるところに、別のものが認識できるから、自分が存在している】


 そう言えば……

 【この街の常識の考え方】

 それに人々が、大きな意味では気付けない。

 常識と言ったものをあなどって、
 その大事な事に対して拘りのない世界

 それは極東の小さな島にさえあったっけ。

緊張と興奮の王女

執筆の狙い

作者 ケンタウロス
M106072173098.v4.enabler.ne.jp

長い物語のプロローグです。

掴みは良いでしょうか?

コメント

休憩中
133.106.47.19

プロローグは作品の顔です。
その小説がどんな雰囲気の話になるのか、どんな世界でどんなキャラが何をする話なのか等、プレゼンして、読み手に興味を持ってもらうためにあります。
物語を読みに来ている読者に、無について、等の小難しい話を読んでもらうためには、最低限物語に興味を持ってもらわなければなりません。
冒頭からいきなり長々と興味のないテーマについての話をされたら、読み手は疲れてしまいます。
知らない物語の設定資料集を、買う人なんてそういません。
まずはキャラクターを登場させて、会話をさせる、争わせる等、何かしらのエピソードを提示してみてください。

世界設定は面白いと思うので、ここで書かれていた話は物語を展開させつつ小出しにしていくといいですよ。

一意見ですので、参考までに。
頑張ってください!!

夜の雨
ai202243.d.west.v6connect.net

「緊張と興奮の王女」について。

難しい説明文のようで読み進めるのが困難。
「無」について書くのであれば、それをエピソードで描けばよいと思います。
>0と言った無に関する事は、日常にどこかしらで起こる事であり、人が亡くなる事の哀しさで心の優しさを覚えるし、そこからその感情の切っ掛けを維持して、身体の健康維持としての感情の起伏を上手く生じさせる事もあっただろう。<

たとえば人間や生き物は「死」を迎えることで「無」になるが、もともと生き物は人間を含めて生まれる前は存在していなかった、無であった。そこから生殖活動を行って存在してくるのですが。
生殖活動をするには雌雄が必要。
まあ、生き物の中には自分の中に雌雄があり、子孫を増やすことができる生物もいるが。
高等生物になるほど死とか生とかの意味が分かりやすくなってくる。
そして「無」自体がその「死とか生」と深く関わっていたりすると思いますが。

なので小説にするにはこういった人間の行動やらほかの生き物の行動を「無」に関連させてエピソードで具体的に描けばよいのでは。
御作は冒頭のシーンを説明調で書いているので、興味はあっても読み進めることは無理ですかね。
読み手を意識して人間を登場させて、その人間に個性を持たせて行動させると御作のテーマがわかりよくなると思いますが。
そう難しいことではないと思いますがね。

「執筆の狙い」で、「テーマ」とか、「設定」とか、「構成とか、」「大まかな流れ」を書いてていると、イメージを膨らましやすいのですが、それすらもしていないので、上のアドバイス以上のことは無理かな。

それでは頑張ってください。


お疲れさまでした。

ケンタウロス
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休憩中さん


御意見ありがとうございます‼

内容を小出しにする方法自分で頑張って学習したいと思います🥰

ケンタウロス
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夜の雨さん


ご意見ありがとうございます!!

物語を書き始めた頃から
説明調のことよく言われるのですよ

肉付けの仕方身につけるの難しいですね。

ありがとうございましたm(_ _)m

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