作家でごはん!鍛練場
西山鷹志

ヤンキー主婦見参

 ここは池袋から埼京線に乗って二十分位で通える武蔵浦和駅がある。
 その駅から徒歩で十三分程度の所に建売住宅の密集地がある。この街は最近高層ビルラッシュが続き急速に発展した街だ。当時、関東地方で一番住みたい街ランキング一位と言われたのが吉祥寺だったが最近は川崎の武蔵小杉に奪われた。
では武蔵浦和と言われると同じ武蔵でも、ランキング外、発展途上の街であるが注目を浴びている。最近では三十階建て以上の高層マンションが二十数本も建っている。交通の便も悪くはない。埼京線と武蔵野線も交わり、いずれランキング入りするだろう。
余談だが駅に街の地名を付ける所は多いが八駅もあるのは珍しい。
浦和駅、東浦和駅、西浦和駅、南浦和駅、北浦和駅、中浦和駅、武蔵浦和駅 浦和美園駅(地下鉄)

注目の街に惹かれてやってきた訳ではないだろうが、この街に引っ越して来たのが西京剛(三十三歳)と恭子(三十歳)の若い夫妻である。恭子の夫は平凡なサリーリマン。妻の恭子は平凡? な主婦である……。但し夫の前では平凡な主婦を装っているだけだが。 
夫の剛とはいわゆる合コンで知り合い結婚したのだった。ただこの合コンもある作戦が組み込まれていた。合コンは三対三で行われた。剛から見た恭子は今では珍しく、おしとやかな女性に見えた。剛は一目で恭子を気に入った。いわば一目惚れである。恭子も平凡なサラリーマンを夫に持ち事を望んでいた。剛を理想の夫と見込みこれからは普通の奥様になる。過去とはし決別し新しい人生を手に入れる事になる。

恭子はやや細く、か弱い女性にみえる。身長百六十センチ、ただ体は締まっている。一見華奢な体に見えるが、その中に隠された鍛えぬかれた体は想像も出来ない。そして二重人格の持ち主でもある。勿論、合コンの時は表の顏。顔立ちは目が少しキツイ感じもするが、それでも笑顔で微笑むと誰も思わず笑顔で返したくなる愛嬌を感じる。そんな雰囲気の持ち主で美人ではあるがキリッとした慎ましいと言う印象がある。ともあれ西京剛からみれば魅力あふれる女性だ。剛は躊躇せずプロポーズしたという。

合コンが終わったあと、剛は恭子と一緒に来た二人の女性に聞いてみた。
「あの~ちょっと宜しいでしょうか。お二方は恭子さんのご友人と伺いましたが」
「はい、そうですよ。それが何か?」
「僕は恭子さんにプロポーズしようと思っていますが、どんな方なのでしょう」
「見た目通りよ、おしとよかで優しい女性ですよ」
「そうですか、皆さんがそう仰るなら間違いないですね。ありがとうございました」
少し離れていた所から見て居た恭子は二人に向かって親指を立てた。どうやらOKという意味らしい。二人は小さく会釈を返した。なんとこの二人、恭子を総長と呼んでいる間柄だった。つまり、そういう風に強要されたのが本当の事らしい。強要とは穏やかではないが、そう言う上下関係の仲だ。勿論、友人の二人の綾乃と智花は総長に、のし上がってから恭子に惚れこみ献身的に支えて来た。恭子の魅力は腕ぷっしは勿論だが、面倒見が良い事だ。自分の従う者はトコトン面倒を見た。ちょっとしたイザコザでも解決してくれる。仕事が無い者にも何処で見つけて来るのか勤め先まで面倒見る。それは解散したあとも変わらない。

今では解散して恭子の存在を知る者は減ったが横須賀では伝説の狂乱会という暴走族の総長が恭子だったのだ。恭子は武蔵浦和に住みたいと言ったのも少しでも神奈川から離れた場所を選んだのは恭子の過去を知られたくないから。そんな理由で都心から近い武蔵浦和にしたのだ。特に夫の剛には秘密にしたい。
恭子が二重人格と言われる由縁は、華奢でおとなしいイメージから一旦キレたら一変する。なにせ狂乱会に入った時は一番下っ端だったが、それから一年、本性を現した。総長のやり方に不満をもつ者が多く。仲間達も感じていたが誰も総長が怖くて逆らえない。しかし恭子は総長にタイマンの喧嘩を売ったのだ。

ある日の集会での事だ。恭子は総長に訴えた。
「なんだ? 恭子、下っ端がアタイに意見しようと言うのか百年早い」
「その通り、総長には聞こえませんか、みんな総長のやり方に不満なんですよ」
「なんだと、ふざけた事を誰だ! 他にアタイに不満がある奴は」
だがそんな度胸のある奴は誰もいない。見かねた恭子は皆に訴えた。
「誰も異議を唱える者はいないの。不満を言うなら今しかないよ。仕方がない、アタシが代表して言ってあげる。みんな今の総長じゃついていけないそうですよ」
これまで誰一人総長に意見を言える者は居なかった。普段は大人しい恭子が二重人格を表した。
「ほう恭子言い度胸だな。アタイと勝負しようと言うのか」
「私も不満だもの、勿論タイマンで行きましょう。負けたなら総長には狂乱会を出っていって貰います」
「いい度胸だ。まさかアタイに挑むとは褒めてやろう」
「アタシも族に入ったからには頂点に上り詰めいと思っている。但し総長が尊敬できる奴ならついて行くが。今の総長は族を纏める力がない。だから私が変えてやる」

これには周りにいる百人余りの狂乱会の連中も凍り付いた。これはもう袋叩きにされ半殺しにされると思った。完全に切れた総長は、一番下っ端にタメ口叩かれては示しを付けなくてはいけない。
「いいなぁみんな、恭子が死んでも文句は言うな。啖呵を切ったからには覚悟が出来てんだろうな。掛かって来い」
総長は百七十二センチもある。どう見ても勝てないと思った。
怒りに任せ拳を振り回す総長、だが恭子は真正面に立ってヒョイヒョイと軽く交す、拳が駄目なら捕まえて捻り潰そうとしたが恭子の動きが早く捕まえられない。そんな攻防が七分ほど続くと総長は息が上がって来た。
それが恭子の作戦である。持久戦に持ち込めば勝てる。そして恭子が反撃に出た。総長が恭子を捕まえようと出して来た右腕を抑え脇に巻き込むと全体重を乗せ地面に一気に押し付けた。倒れた総長は右腕を取られうつ伏せになった。こうなると体力があっても何も出来ない。恭子が更に力を入れて腕を逆に引いた。すると奇妙な音がした。骨に異常があった事は確かだ。ギャアと総長が叫ぶ、腕の骨が折れては勝負にならない、恭子は解放してやった。
「総長、アンタの負けだ。約束通り出って行ってくれ」
「黙れ! キサマなんか渡せるか」
そう言うと隠し持っていたヤッパを左腕でかまえる。総長も必死だ。ここで負けては総長も立ち背がない、汚いと言われようが勝つしかないのだ。
誰もが、恭子が殺されると思った。だが、半殺しにされたのは総長の方だった。どこにそんな力があるのだと思ったが、なにせ動きが物凄く早い、総長がヤッパを突き出した瞬間、先に顔面パンチを浴びせた。総長は体制を立て直し向かって行くが恭子のスピードについて行けない。あとは一方的に殴りつけて、ついに気絶させてしまった。あとはもう猿軍団と同じでボス猿が負ければ勝った者に従う。よって恭子があっと言う間に総長の座へ着いのだった。これが狂乱会の伝説となった。恭子がまだ二十歳の時だった。
それから五年、いつまでもバカをやっていられない。幹部連中を集めそろそろ潮時と解散宣言した。勿論反対する者も居たが、三分の二はバイトで食いつなぎ三分の一は無職だった。これでは解散しても、また別な不良グルーブに行く。なにせ恭子は顔が広く、いくつかの会社にもコネを持っていて、人が足りないと言えば人を斡旋して来た。総長になって恭子は仲間を第一に考えて来た。
仕事の無い者に積極的に仕事探してあげてバイト連中にも社員として仕事を見つけてやった。仲間の数人は中小企業や商売をしている娘もいる。そんなコネを使って斡旋した。とにかく面倒見が良く全員から好かれていた。解散宣言した時はみんな泣いた。中には総長に一生ついて行くと言う奴もいた。解散しても絆は深いのだ。

そんな過去を隠し、目出度く剛と結ばれた恭子は武蔵浦和に引っ越してすぐ隣近所にあいさつ回りを始めた。これも主婦の大事な仕事、隣近所と仲良くして置くことが、この街に長く住み続ける秘訣である。早速、隣の山内さんの所へ赴く。挨拶周りは簡単な物ならタオルとか石鹸とかだが長く付き合うにも少しでも喜ばれる物としてハムのセットを持って行った。
「こんにちは、隣に引っ越して来た西京です。今後とも宜しくお願い致します」
「あらまぁ、わざわざご丁寧にありがとうございます。何か分からない事がありましたら、いつでも仰って下さいね」
山内の奥さんは三十才前後、まだ子供がいないらしく夫と二人暮らし。手土産の重さがズシリと感じたのか、すこぶるご機嫌のようだった。そして反対側の小菅さん、正面の山崎さん、そして更に四軒回った。いずれも若い世帯のようだ。その点では恭子も結婚してまだ日が浅い、子供も居ないし気が合うかも知れない。
高層ビルと建売住宅ばかりの街で開発が急に進んだせいもあるだろうが、恭子が生まれ育った横須賀とは随分違う。横須賀に住んでいるときは昔から住んで居る人が多いせいか年寄りが多い。若い者はみんな都内に出て行く。周りは古い家ばかりで、いつの間にか世間から置き去られた街と変わって行った。とは言え昔からの馴染みで隣近所や町会仲間も一致団結していて治安がいい。

だが新興都市は新しい建物や施設も充実しているが、治安と言えばかなり悪い。まず近所付き合いが少ないから一致団結にはほど遠い。この街に住んで三ヶ月が過ぎた頃、空き巣被害にあった家が三軒も発生した。それを受けて町内会の会合が開かれたが、注意が足りないとか留守にする方が悪いとか、他人の事には無関心のようだ。我慢ならない恭子は挙手して発言を求めた。
「ハイ、どうぞ。えっと出来れば班名とお名前をお願いします」
議長がそう求めた。まだ顔も知られていないようだ。横須賀に住んで居た時とは大違いだ。まぁ引っ越して三ヶ月では仕方ないか。

「私、十三班の西京と申しますが先程から聞いていると空き巣にあったと被害を訴えたのに何故、被害にあった方が悪いような言い方をするのでしょうか。同じ町会に住む者同士、協力し合うのが当たり前じゃないですか。そう言う発言した人が被害にあったら、自分が悪いと諦めるのですか」
 なかなかの口達者だ。それもそうだ総長を務めるからには仲間を纏めなければならない自然と口達者になったのだ。
すると先程発言した男が早速反論して来た。
「それは自己責任というもの、みんなそんな覚悟で住んで居るんじゃないのかな。俺が被害にあっても、ついてないと諦めますがね」
「自己責任? 貴方はそういう考え方しか出来ないですか何の為の町会ですか、助け合うのが常識でしょう」
「常識かどうか知らんが、こっちは仕事に明け暮れて他人の事まで責任を持てないんだよ」
この男、矢代と言ったが恭子に突っ込まれ語気を強めて恭子を睨みつけた。
「貴方は仕事と仰いますが、私たち主婦は違います。主婦だから朝から晩まで家に閉じこもっている訳にも行きません。この街で買い物し、子育てをし、この町会で暮らしています。いわば生活の場なのです。その町会の平和が壊されようとしているのですよ」
「主婦だから、暇なんだろう。身の回りに気をつければいい事だろう」
「なるほど、それじゃ町会に協力はしないし求めないと言うで事ですね。ならば町会に居る必要がありませんね。脱会するか他所の街に引っ越した方がいいんじゃありません?」
「なっなんだと!! 出ていけだと、この新参者が調子に乗ってじゃないぞ」
 それに援護したのが、この男の妻だ。
「そうよ。新参者は大人しく引っ込んでなさいよ」
今度は八代の妻が夫と一緒に攻撃を仕掛けて来た。だが恭子は一歩も引かない。
「新参者が調子に乗って居るだと?  それじゃ問いますが生まれた時から,この街で生活して来た人は何人いるのですか、ほとんどの人が此処に引っ越して来た時は新参者だったはず、同じ町会に住む者同士。助け合うのが正論でしょう。新参者は意見する事も許されないの。あんた達は、この街に何年住んで偉そうな口を叩くのよ。あんた達のような人が居るから町の治安が悪くなるのよ」
恭子の二重人格が甦った。普段は大人しい主婦が牙を剥いた。
町会会館には百人を超す人々が出席していたが誰も唖然としている。慌てた議長が制した。
「まぁまぁ、お二人共落ちついて下さい。そう喧嘩腰になられては纏まるものを纏まりませんよ」
こんなに揉めたのは町会始まって以来とか、今回は結論が出ないまま早々と解散してしまった。その帰り憤慨した矢代夫婦は恭子を睨みつけるように去って行ったが、恭子は怯む処か逆に鼻で笑って睨み返してやった。その恭子を追いかけて来る三人の主婦が恭子に声を掛けた。

「西京さん、宜しかったら私達と一緒にお茶でもしません」
思いがけない誘いだった。あまり話した事はないが近所の人達で挨拶を交わす程度だったが、誘われて断る訳にも行かない。しかも助け合いを公言したばかりだし喜んで付き合う事にした。家からそう遠くない場所に洒落たカフィがあった。三人の主婦の一人、伊藤かずえが先陣を切って恭子に切り出した。
「西京さんって凄いのね。あの矢代さんとやり合うなんて」 
「別にやり合った訳でなく、助け合いましょうと言っただけですよ。それを被害にあった方が悪いとは無責任過ぎじゃありません」
「確かに矢代さんは近所付き合いも悪いし、誰も寄り付かないわ。正直どんな仕事をしているか自由業とか言っているけどね。得体の知れない人物でみんな怖がって誰も言い返せなかったの。付き合いが悪い割には町内会の会議には必ず出てくるのよね」
「では皆さんは町会でトラブルや被害にあった時は、どう対処なさって居るのですか」
「勿論、町会長に会合を開いて解決策を求めるのですが、決まってあの矢代さん夫婦がイチャモン付けて結局なんの解決策も見えだせないんです」
「なるほどね。じゃ町会の人達は助け合いを大事にしょうという意志があるんですね」
「そりゃぁそうですよ。街は便利になりましたが、それと同時に治安も悪くなり町会が団結して不審者を見かけたら協力して撃退しようと言っているのですが毎回邪魔されて、うんざりしていた所に西京さんが助け合う気持ちかがないなら出ていけとは、誰も驚いていたわ」
「ほんと、私達も周りの人達も心の中で拍手していたと思うわ。でもあんなタンカ切って怖くないの」
「ほんと救世主が現れたと思って、お誘いした訳なの」
どうやら恭子は気に入られたようだ。救世主とまで言われれば悪い気はしないし助けてあげなくては、そう思った。
「救世主だなんて、大袈裟ですよ」
「いいえ、あのタンカは只者じゃないと見たわ。西京さんじゃなく最強さんね」

そう確かに只者ではない。元女暴走族の頭を張っていた経歴の持ち主が主婦に収まって居る方が不思議だ。泣く子も黙る横須賀のお恭と言われ、今でも恭子を慕って昔の仲間が訪ねて来る者があとが絶たない。
ただ夫には知られたくないので昔の仲間と合うときは隣町で会う徹底ぶりだ。
しかし一旦、家庭に入れば、おしとやかな主婦に戻る。
「恭子、今日町会の集会に出たって、どうだった」
「うん私は新参者だし、皆さんの意見を聞くだけの聞き役に回っていたから」
「ふ~ん新参者でも言うときは言わないと」
「でも私、そんな勇気もないし」
と、ここでも猫を被る主婦を演じた。夫は弱気な女だと思っているようだ。

昔の仲間と会うとき、また裏の顏を表す。
「お前等、もうガキじゃないだから、いつまでもアタイを頼るんじゃないよ」
「そんなぁ総長、それは少し冷たいじゃないんですか」
「誰が総長と呼べと言った、今では大人しい主婦を張ってんだよ」
「総長、主婦を張るって可笑しいじゃないですか、まるで総長を張っているみたい」
すると仲間がドッと笑った。言った恭子でさえ吹き出したくなる。それでも私生活には立ち入れさせない。彼女等と会うにしても隣町にこちらから出向く事にしている。自分で解散しただけに責任がある。未だに定職に付けない子らも面倒を見てやっている。顔が広いから、大抵は何らかの仕事を斡旋してやる。だから解散して五年が過ぎたが彼女達の繋がりは深い。誰かが困れば助け合う絆は狂乱会の掟でもあった。総長を張って居た時からそれは変わらない。今だって恭子が一声掛ければドッと集まる。もっとも恭子が招集を掛ける時は仲間を救う為にだけだった。

それから一週間ほど過ぎた頃、恭子がゴミを出そうと表に出たら家の壁にペンキで落書きをされていた。『不良の家』そう書かれて合った。
まるで中学生か高校生の悪戯のようにも思えるが、世間体が悪い。
「一体だれがこんな事を? 私を恨んでいる者の仕業か」
恭子は思い浮かべて見た。私を恨まれるとしたら近所の人間には居ない筈だ。出来るだけ近所とは親しくしているつもりだ。だとしたら、あの集会でやりあった矢代夫婦しかいない。そう思ったがしかしあんな子供じみた悪戯をするだろうか。ともあれ落書きを消すのが先決だ。水性ペンキなら台所用洗剤にお湯を薄めてブラシで擦れば落ちるが生憎油性ペンキだった。そこに夫の剛がポストに入っている新聞を取りに来た。
「何をしているんだい」
すると恭子は白い壁を指差した。剛は唖然としてその落書きを見た。
「いったい誰がこんな悪戯をしたんだ」
「さぁ、子供の悪戯じゃないかしら」
恭子は思い当たる事はあったが、それを言わなかった。大袈裟に騒ぎたくないし夫の剛には気にしないで、と宥めた。不安顔ながら夫は仕事に出かけて行った。恭子はベンジンを買って来て消し事にした。しかし近所の人の何人かの目に止まった。それは目立ちから仕方がない。早速ペンキを消しにかかると近所の主婦二人が応援に駆けつけてくれた。
「まったく誰でしょうね。こんな事は今までになかったのにねぇ」
「すみません。お騒がせして、それに手伝ってまで頂いて」
「貴女が言ったでしょう。近所同士助け合うのが当たり前と。みんなも分っているけど、その当たり前の事を言い出す人が居なくてね」
するともう一人の主婦が言った。
「そうだわ、こんな事をするのはあの矢代さんしかいないわよ。西京さんの事を良く思ってないから仕返しかも知れないわ」
やはり皆は同じ事を考えているだろうか。しかしこれだけでは終わらなかった。三日後またしても前回より多くペンキの落書きがあり、更に周りに沢山のゴミが散乱していた。こうなれば近所でも噂になった。恭子を手伝った二軒の家にもペンキの落書きありエスカレートして行った。怖くなった二人の主婦は恭子に近づかなくなった。自分だけならともかく近所に迷惑を掛けられては立場がない。仕舞には疫病神と言われ、この街にいられなくなる。

もはや我慢も限界だ。慎ましい主婦を演じ近所とも仲良くやって行こうと決めたのに。まず犯人捜しをして近所にも安心して貰わなければ、噂通り犯人が矢代かどうか確かめないと何も出来ない。とりあえず探りを入れる事にした。私事で頼むのは気が引けるが、元狂乱会の綾乃と智花に連絡を取った。
「あらぁ総長、珍しいですね。総長から連絡くれるなんて」
「その総長は止めてくれないかなぁ。今は主婦なんだからさぁ」
「大丈夫ですよ。人の前では言いませんから。処で何かありましたか? えっそんな事が。それは許せないっすね。その矢代とかって奴の素性を調べるんですね。総長の頼みとは嬉しいすっね。久しぶりに燃えて来やすたぜ」
「ああ、悪いな。じゃあ頼むよ」
「でっみんなに招集掛けますか」
「そりゃあ駄目だ。近所に迷惑を掛けたくないし旦那にも知られたくない」
「分かりました。ではそっちの件は総長にお任せします」
それから五日後、綾乃から連絡が入った。
「総長、矢代とかって奴、とんでもない野郎でしたよ。なんでも土建屋の社長らしく社員は荒くれ者ばかりで、あれじゃヤクザも避けて通るかも知れません。そんな奴が静かな住宅街に住んでいるなんて許せません。総長には犯人捜しはしなくていいと言われましたが、智花が我慢ならないと五人ほどの仲間を連れて矢代の家を交代で見張っていたんですよ。ところが矢代家を見張っていても動きがなく、住宅街から外れた河川敷にある土建屋の事務所の方も見張らせたんですよ。商売柄ペンキは腐るほどありますからね。その若い者が真夜中に事務所を抜け出しトラックに乗り込んで、総長の近所にペンキをバケツごと壁や門に巻き散らして逃げて行きましたよ」
「なっなんだって……矢代夫婦ではなく、矢代の部下にやらせたってのか? なんて汚いやり方を許せない。しかし矢代に直接文句は言えないしシラを切られたら、それまでだ」
「へっへへ総長、その辺は抜かりがありません。キッチリと動画に撮っておきました。しかも二人で別の方角からも。ただ夜中だから街燈の灯りで薄暗いから良く写っているか問題ですがね」 
「そうか綾乃、良くやってくれた。薄暗いのは専門家に頼めば見えるように修正してくれるよ」
「すみません。釘を刺されていたのに勝手に動いて」 
「謝る事はないよ。ともあれ証拠が揃った。よし悪いが久し振りに招集掛けるぞ」
「待っていました。早速仲間を集めますよ。総長の号令なら喜んで来ますよ」
「ありがとうよ。けど余り派手にやるとサツが五月蠅いから来る前にサッサッと片付けて解散だから、いいね」

その三日後、恭子は荒川土手に来ていた。家にはバイクを置いてないが狂乱会の仲間の家に預けてあった。それと特攻服など一式も預けてある。狂乱会の仲間達は殆どが結婚し真面目に暮らし居るが、独身もいるし商売している者いる。でも昔が懐かしいのか年に一度多摩川か荒川河川敷に集まり集会を開いて盛り上げていたが、元総長を慕って埼玉周辺に住んでいる者も数人いる。
しかも今度は元総長の招集が掛かって、続々と荒川河川敷にある秋ケ瀬公園に集結した。ここは昔トラック野郎がハデに飾り付けトラック集会を開いた場所でも有名だ。夕方六時三十分続々と元狂乱会の仲間が集まって来た。
既に恭子は真っ白な特攻服を着て中央の椅子に座っていた。まさにこれから戦に出る大将のようでもあった。そして七時丁度、四十二名が終結した。バイクに取り付けられてあるスピーカーから、まず智花が第一声をあげた。

「みんな久し振りだな。遠い所から来た者もご苦労さん。今日は総長もおられる。今から総長のお話があるから良く聞いて置けよ」
すると今度は恭子がマイクを持って発した。
「今日はオレの為に集まってくれてありがとな。実はオレの住んでいる近所で嫌がらせがあってな。自分の事なら自分で解決するが、カタギのご近所さんが迷惑している。その犯人というか土建屋の団体だ。証拠はバッチリ掴んであるから、これから一発脅しを掛ける事にした。良いか時間はそう掛けられない。ポリ公が来る前カタを着けたら即解散だ。襲撃場所はここから十分程度の所にある矢代土建の宿舎だ。周りは倉庫と空き地だけだから住宅もない襲撃しやすい場所だ。では着いて来い」
「オ~~~~」
四十数台が一斉に走り出した。蛇行しながらラッパを鳴らす者と色々だ。一度幹線道路に出ると驚いたのは車に乗って居る人たちだ。慌てて道を開ける始末。
そのまま目的地である土建屋の宿舎兼トラック置き場の駐車場にドドッドッと雪崩れ込んだ。宿舎には二十数人泊まっているだろうか、風呂に入って居る者、一杯やっている者達が何事かと外に出て来た。
「なっなんだ。お前達、暴走族が来る場所を間違えたのかガキは帰って寝ろ」
「黙れ! この中に長田町会一帯にペンキの落書きやゴミを撒き散らした三人が居るだろう。こっちに引き渡し貰おう」
「なんだと誰がそんな子供じみた事をするか。帰れ帰れ」
「いいか、こっちは証拠のビデオを撮ってある。犯行現場に三人の顔がバッチリ映っている。そっちがシラを切るならこっちから仕掛けていいんだな。それと社長を連れて来い」
「馬鹿め、そんな事が出来るか、オイお前らちょっと姉ちゃん達を可愛がってやんな」
すると宿舎からゴツイ男達が二十人近くスコップやツルハシを持って出て来た。半数近くが入れ墨をしている。土建屋というよりヤクザ集団だ。
「そうか、やるってんだな。そう来るなら遠慮なく暴れさせて貰うぜ」

四十数台のバイクが一斉に爆音を響かせて男達を目がけて突進した。バイク裁きには馴れたもので、片手には木刀を持って男達を追いかけまわした。女でも人数は倍だ。しかも用意周到に船で使う船引網を男達の上から浴びせた。男達は網の中でもがくが、どうにもならない。全員身動きが出来なくなった。動けない男達をバットで袋叩きをするのは簡単だ。狂乱会の仲間は気勢を上げた。
「やった大漁だ。総長どうしやす、このまま袋叩きにしますか」
「いや待て、犯人以外をボコボコにするのは不味い。こいつ等が犯人を出さないと言うなら、この中に居る筈だ。捜し出せ」
みんなは動画に写って居た男三人を顔にライト浴びせて探し出した。その中に顔を背けていた三人がいた。
「総長見つけましたぜ。どうしやす」
「口を割らないなら宿舎に書いてある矢代土建の看板の前で三人を立たせて写真を撮れ。それを動画と共に警察に届ければ、この三人は逮捕される。他の連中は犯人隠匿罪になる所だが、俺達が襲撃した事は言えないだろう。だからあいこだな。よしこれで一件落着、みんなご苦労だったな。解散!!」
狂乱会の仲間は一斉に勝利の雄叫びを上げて散って行った。
大半が今では主婦なのに、元総長の為に遠い所まで来て集まるのか、そんな疑問が過る。だが彼女等に言わせれば、狂乱会時代はみんな荒れた暮らしをして誰にも相手にされない半端者。多少悪さはしたが、そこには青春と仲間の絆、生き甲斐があり生きた証があったという。その仲間の絆は離れていても生涯一緒。主婦だからうっ憤も溜まる。だから時には息抜きが必要。何よりも深い繋がりがあるからだと言う。

翌日の早朝に何者かが町会長のポストに封書が投函された。それを見た町会長は副会長と相談して警察署に届けた。その中身は町会を騒がせた動画と証拠写真を添え被害届を提出した。警察は早速実行犯の犯人を逮捕して責任者である矢代社長の取り調べに入った。これでは地元で土建業も出来なくなり地方に引っ越したそうだ。もちろん矢代家は夜逃げして居なくなったそうだ。数日後の朝刊を読んでいた夫の剛は大声を上げた。
「これって、近所を騒がせた事件じゃないか。犯人が捕まったって良かったなぁ」
「本当? それは良かったわ。ここ数日怖くて私、寝むれなかったのよ」
「大丈夫、そんな時は俺に任せて置け、たまには夫の逞しい所を見せないとな」
「まぁ頼もしいわ、気の弱い私だけど頼もしい貴方と結婚出来来て良かったわ」
「そうか君でも怖い事があるんだな」
「当たり前でしょう。普通のか弱い主婦だもの」

ヤンキー主婦見参

執筆の狙い

作者 西山鷹志
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恭子は二重人格の持ち主。
一見細身で華奢に見えて普段におとないが、一度キレたら一変する。
何しろ元暴走族の総長が主婦になったのだから、それは怖い。

今年最後の作品です。今年一年ありがとうございました。

コメント

中小路昌宏
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 読みました。

 西山さんらしい痛快なお話でした。
 ただやはり、推敲の足りないところが気になりました。西山さんは書いたあと、何回ぐらい読み直しをしていますか?
 私の場合は少なくても5~6回、それでも読み返すたびに文字入力のミスや句読点の間違い、漢字の変換違い、不適当な用語の使い方、などが見つかります。
 せっかく楽しい作品を書いて頂いているのに、勿体ない気がします。

 今年最後の作品なのに、批判的なコメントになってしまって、ごめんなさい。

 
 
 

西山鷹志
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中小路さん、いつもありがとうございます。

いよいよ今年も3日となりました。
来年は3年ぶりに初詣に行く予定です。
私が行くのは浅草寺です。毎年車で行くのですが問題は駐車場
そこで考えたのが道路上にある白線を引いたコインパーキング。日祭日は無効とります。
三が日は無効日、それでも皆停めます。
私も見習って40年以上、駐車違反になったことがありません。
浅草と言ったら浅草寺や雷門があり警察も取り締まる余裕がありません(笑)

独身の頃は正月は何処の店も休みでやっていません。
食べ物に苦労する始末。それならと浅草寺に行くようになりました。
そんな訳で来年も宜しくお願います。

夜の雨
ai227032.d.west.v6connect.net

「ヤンキー主婦見参」読みました。

話の大きな流れというか展開とか登場人物のキャラクターとかなどの基本設定はいいですね。
全体にバランスが取れていたのではないかと。
ただ練り込みが足らないところがあったり、文章が荒かったり細かいミスが目立ちます。

気が付いたところ。

西京剛と恭子の合コンですが、御作ではそのあと恭子の友人から情報を得た後、即プロポーズというような形になっていますが。
これはいくら何でも違和感があるので、「説明文でもよい」ので、合コンのあとデートを重ねて一月後にプロポーズしたとかにすればいかがでしょうか。
一応どこでプロポーズしたかの場所と周囲の様子なども描き、西京剛から恭子へのプロポーズのことばがあればさらによいのではありませんか。

それと恭子が西京剛のどこが気に入ったのかの話しも必要かな。

暴走族の集会ですが。
>「その通り、総長には聞こえませんか、みんな総長のやり方に不満なんですよ」<
総長の何が不満なのか。これは具体的なエピソードがあればよいですね。
具体的なエピソードがあり、それに対して総長が行動を起こさないから不満ならわかります。
ちなみに恭子が総長になったときは仕事のない仲間には仕事をあっせんしたとかは、よいですね。

>それから五年、いつまでもバカをやっていられない。幹部連中を集めそろそろ潮時と解散宣言した。勿論反対する者も居たが、三分の二はバイトで食いつなぎ三分の一は無職だった。<
この解散についてですが、「三分の一は無職だった。」「それから五年、いつまでもバカをやっていられない。」ここはもっと具体的に書く。要するに、無職で金もないのに暴走族をやるのでそれには金が要るから、売春やら盗み、詐欺をやる者がいる。人生を堕ちていく者がいるので仕事の世話をしてやり、その上解散というような流れがよいのでは。

話の大きな流れは面白かったです。

一年間作品投稿、感想、お疲れさまでした。

来年もよろしくお願いします。

西山鷹志
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夜の雨さま
いつもありがとうございます❗
おかげで、とても励みになります。
婚カツからの展開早すぎましたね。
二人の交際の部分も入れるべきでしたか
そうなると恋愛小説見たいになるので省きました。
相変わらずミスが多いですが、早とちりで(笑)今年一年ありがとうございました。よいお年を。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

紅白見てますー。こんばんわー。

うーん、設定だけを抜き出せば突飛でファンタジーな話になりそうなところを、
絶妙なバランスで下町にいそうな雰囲気を持たせています。

武蔵浦和駅は乗り換えに使ってたのですが、南浦和には浦和競馬場へと訪れた時があります。駅前にはデパートがあったり、住宅街が発展していて、なんとなく親しみの湧く土地です。浦和はサッカーの浦和レッズをとても商店街ごと、町ごと応援している感じがあったのが印象的。

ストーリーは最初の総長争いが少し横道にしては長い感じがしましたが、あとはテンポよくコミカルに展開しました。
こういう王道解決物語は読んだ後、すかっとします。たいへん好ましい。

気になったのは主人公が二重人格ということで、夫に対する妻と元族集団のリーダーという二面生活を行うのですが。
けっこう別々のものとして分離している。
夫に素性がばれるかもしれないなどのはらはらや、二つの面が危うく接したりぶつかったりする面白味をもう少し作れる気がします。

他の方がおっしゃるように誤字脱字が多いです。文法上の間違いというより、単なるタイピングミスと思われるものが多かったので、ちょっともったいない。

明日は地元の小さな神社に賽銭だけすることにします。
今年一年、お世話になりました。
ありがとでしたー。

良いお年をー。

西山鷹志
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えんがわ様

お読みいただきありがとうございました。
私も紅白見ています。一番見たい歌手は伊藤蘭(笑)
やっぱ古い人間でしょうかね。

えんがわ様は埼玉の方だと思いますが、私もそうです。
最寄りの駅は、この小説に出て来る駅で京浜東北線にあります。

>誤字脱字が多いです。文法上の間違いというより

私の悪い癖で、頭に入ると一気書き上げてしまいます。
その後、修正するのですが、ついつい取りこぼして、何処でミスったか分からなくなります。
誤字脱字修正アプリとかあるのと良いのですがね。

そんな私が来年7月,短編集を自主出版する事になりました。
こちらは編集から全てやってくれますから心配ありません。
間違いがあったら文芸社の信用に関わりますから、絶対間違いは許されません。
中小路さんが紹介して貰いました。

そんな訳で事も一年ありがとうございました。良いお年。

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