三者三様
1.林林
各々が各々に各々な過ごし方をしている昼休み。私、こと林林 恵(はやしばやし めぐみ)は鉄壁の防御を張っていた。その名も読書バリアー。これを張れば余程の事でもない限り、話しかけられることはない。これで私は推しのイチャラブを平穏無事に妄想できる。クヘッ、クヘへ。ただ、しかし。ただしかし、この平穏は突如として破られる。
「恵っち、なぁに読んでんの?」
突然私の目の前から本が消えた。それとほぼ同時に
「『紫式部と藤原道長』? うへぇ、何でこんなの読んでんの?」
と言う声が降ってきた。見上げればそこには、如何にも私は陽キャです!と言いふらしているかの様な見た目をした女子が立っていた。彼女は同級生の和多利 百華(わたり ももか)だ。正直、苦手だ。そもそもノリが合わない。のに、何をそんなに気に入っているのかすごい絡んでくる。
「恵っちは凄いねぇ。難しそーな本読んじゃってさ」
百華は物珍しそうに本をペラペラしている。因みにその本が歴史系の本である事は今知った。何と言っても私にとって本は読書バリアーを張る道具に過ぎない。内容は正直どうでもいい。
「か、返して下さい……」
私が出来る細やかな抵抗をした。すると、百華は
「んー? はい、返す」
とすぐに返してくる。これで済めば良いが、経験上済まない。
「ねぇ、恵っち。一緒にパン買いにいこーよ」
ほら来た、そら来た。百華はいっつもそんな下らない事を言ってくるのだ。それもいつもの仲良しグループではなく、わざわざ私に。何で私なんだ。何で何だ。私の幸せな妄想を邪魔しないで欲しい。本当に。
「え……あ、はい」
ただ、この私に胸の内に秘めている事を言う度胸も断る度胸もなく今日も、百華に流されてパンを買いに行くのだ。我ながら情け無いが、こんなザ⭐︎陽キャみたいな奴に逆らえる訳がない。ウゥ……、今月のお小遣いがぁ。私は内心で悲嘆の涙に暮れながら、学校用の財布を胸に抱いて教室を出た。
「ねぇ、恵っちは何買うの? 私はクリームパンとメロンパンとチョココロネ」
百華はパンの売店に行くまでも私に絡んできた。鬱陶しい。て言うか此奴、パンを3つも食べるのか。それも全部甘いやつとは、恐ろしいな。
「何、恵っち? ジロジロ見ちゃって、前見てないと危ないよ」
常日頃から良く食べてるんだろうか。だとしたら、その栄養は全て体に言ってるな。色々大きいし。少しぐらいは頭に──
「うあっ!」
それは突然だった。視界が徐々に横倒れていく。不覚にも百華ばかり見ていて気づかなかったが、階段に差し掛かっていた様だ。そこで私は、段を踏み外したのだ。周りがゆっくり動いている。床が迫っているのが目の端から見えた。私の身体能力では、残念ながらこのまま床に叩き付けられるだろう。私は観念して衝撃と痛みに構えた。目は無意識に閉じていた。
「ッ──! ……?」
あとは痛みに耐えるだけの筈だった。だが、肝心の痛みがこない。あれ、まだ倒れてる最中なのか私。
「ふぅ、危なかったぁ。だいじょーぶ? 恵っち」
百華の声が聞こえた。背中に何か腕の様なものの感触があった。これはそう言う事だろうか。まかさ、そんな訳。私はゆっくり目を開けた。少し怖かった。すると目の前に百華の顔があった。
「痛いところとかない?」
ドキッ
胸一つ高鳴った。ハッ? ちょっと待って、ドキッ? もしかして私、ときめいてる? いやいや、いや……そんな馬鹿な
「恵っち? 大丈夫? 頭打った?」
あれ、此奴ってこんなに顔良かったっけ。
あれ、此奴の声ってこんなに良かったっけ?
あれ、此奴の目って──
「恵っ!」
「え、はい……あ、え……」
「大丈夫?」
百華の眉が絵に描いたようにハの字になっていた。
「だい、じょうぶです……」
「立てる?」
「立て……ます」
今私は自分がどこか痛めているか、いないのか分かってない。取り敢えず答えた。取り敢えず。私の思考はさっきの百華に名前を呼ばれた時にほぼ死んでいた。手すりを掴んで立とうとした途端、足に痛みが走った。
「い゛あっ!」
「あっ、大丈夫じゃないじゃん。保健室行こ」
百華は私の腕を首に回した。
「あ、はい」
私は言われるがまま、保健室に向かった。
「うぅん、足を捻ったのかな。そんなに重症っぽくは無いけど、ちょっと様子をみようか」
養護教諭の上下(かみしも)先生は、私の足にテーピングを巻くと氷水の入ったビニール袋を渡してきた。冷やしておけ、だそうだ。ビール袋を当てると、あまりの冷たさにびっくりしてしまった。が、そのおかげか思考が息を吹き返した。だが、まぁ……何だ、百華に助けられるとはな。
「良かった。軽傷で」
百華はそう言うと、安心した様に頷いた。此奴、いつまで居るんだ。さっさと売店に行ってはどうか。たが、しかし。だが、しかしだ。百華に助けれもらったのも事実だ。お礼を言うべきだろうか。だが、お礼などいつぶりだろうか。百華ということもあってか、小っ恥ずかしい。
「あ、あの……和多利、さんっ」
「ん? どーしたの」
百華が私の方を見る。見られているとなると、一気に緊張してくる。それに何故だか本当に恥ずかしい。顔が少し熱い。
「あ、えっと、その。ありがとう、ございます」
少し頭を下げた。我ながらぎこちなさすぎだが、一応お礼は言った。チラッと百華を見ると、もともと大きな目を大きくして固まってきた。何だ、その顔は。
2.和多利
私の目の前に、可愛いの権化がいる。少し顔を赤くして、上目がちにお礼を言ってきた。
「あ、えっと、その。ありがとう、ございます」
私はそうお礼を言う恵っちの姿を見て、声が出そうだった。だかそれを何とか、我慢すると
「お礼言われる様なことしてないよ」
とそれっぽく返した。そして、それっぽく保健室から出た。
「わぁ──」
保健室から出て気が緩んだのか。我慢した声が出そうになった。が、すぐさま口を押さえて何とかなった。は? かっわい。何あれ。え? 犯罪じゃん。
「んん〜」
私の目の前を後輩2人が通り過ぎていく。
「あれって、百華先輩だよね」
「何してるんだろ」
マズい。取り敢えずここは離れよう。取り敢えず、トイレに行こう。何とも無いと余裕を持って歩く。ただ実際は競歩みたいになってただろうとは思う。
「マジヤバすぎ」
私はトイレの手洗い場に両手をついた。鏡に映る自分の顔は、何とも変な顔をしている。 あー、マズい。忘れらんない。ずっと頭に張り付いてる。あぁ、苦しい。胸がギュッと潰されてるみたいだ。
「わぁ!」
そんな声と共に両肩を肩を叩かれたのは、苦しさが増して息が詰まってきた所だった。
「きゃわぁ!」
突然の体を触られて、変な声が出た。鏡にはケラケラと笑う笑門 福来(わらかど ふく)が映っていた。
「ちょ、ちょっと辞めてよ」
私が振り返ると、福来はまだ笑っていた。
「どう、治った?」
「え?」
「苦しいの、忘れちゃったっでしょ」
私は福来に言われて気づいた。胸の苦しみが驚きで吹き飛んでいた。福来は頷くと、私の隣に立った。
「また、林林?」
「ん……まぁ、そうだけど」
福来はいつも私のことを何もかも分かっているかの様なこと言う。そんな所が正直ちょっと気味悪くもあり、有り難かった。
「ふふっ、百華とは14年の仲なんだから何でもお見通しだよ」
福来は不敵に笑う。まぁ、確かにそれぐらいの仲かもしれない。だが、それにしたって福来は、何でもお見通しが過ぎる。
「百華は大袈裟過ぎじゃ無い? いくら好きでも周りが分からなくなるほど苦しくはならないって」
福来は今度は苦笑いを浮かべた。福来はいつも何かしら笑っている。
「大袈裟って言われても、実際苦しくはなるんだから仕方ないじゃん」
ちょっと反論してみる。福来は何も言わずに笑っている。こう言う時は何か言って欲しい事がある時だ。
「まぁ、でも助かった。ありがとう、福来。今度、何か奢る」
私がお礼を言うと、福来はニマッ口を歪めた。
「でしょ? その言葉を待ってた」
福来はパンッと手を合わせると、トイレの出入り口の方へ歩き出した。
「なに奢ってもらおうかな」
福来はそのままトイレを出て行った。本当にイマイチ掴めない。だけど、私が困ったりする時はいつも見計らった様に出てくる。恵っちに対する思いも、福来しか知らない。本当は誰にも言わないつもりだったが、
「百華。林林の事好きでしょ?」
お見通しだった。福来に言い当てられて以来、私は度々、福来を頼った。福来も快く受けてくれた。かなり助かっている。因みに福来に奢ると言い始めたのは私だ。福来も最初はそれっぽく遠慮していたが、数回奢ると遠慮の欠片もなくなった。とは言え、いつまでも福来に頼っている訳にも行かない。だけど、、どうすれば良いのか。告白? いやいや! ムリッ、出来ない! そんな勇気あったらしてる。はぁー……福来に奢り続けるか。私は一先ず考えを落ち着かせて、手を洗った。何となく洗いたかった。手をハンカチで拭うと、トイレを出た。
3.笑門
私は思わず、奥歯を噛み締めていた。廊下の姿見を見ると、中々に恐ろしい顔をした私が立っていた。おぉ、いけないいけない。笑顔、笑顔。スマイル、スマイル。こんな顔では誰も話しかけてはくれない。笑顔は良いものだ。この顔をしていれば、大体は好印象を与える。顔が怖い言われがちの私には、必需品だ。しかし、常に笑顔を心がける私が、笑顔を忘れる理由は、明白だった。百華だ。今は百華を揶揄ってきた帰りだった。百華は私にとっては光だ。顔が怖いと誰も話しかけてくれなかった時に、初めに話しかけてきたのが百華だった。眩しかった。それ以来私と百華は仲良くしてきた。昔は助けられた私だが、今では百華を助けることもある。そんな関係が私は嬉しかった。だが、最近は嬉しいだけではなかった。林林。百華が林林に好意を抱いた。何故どうしては分からない。だが、好意を抱いた。別に好きになるなとは言わない。ただ。ただ、林林より私の方が共にいた時間は長い。私の方が百華の事を知っている。私の方が──
「はぁ……」
みっともないな。みっともない。辞めよう。この事は遠の昔に片を付けた筈だ。何を今更言っているんだ。百華を出来る限り助けたい。だから話も聞いたし、恋愛なんてましてや同性の恋愛など分からなかったが、言い過ぎない程度に助言した。そして、気を少しでも落ち着かせるために、百華の奢りも受けた。奢ってもらう事で、採算が取れている様にそう思おうとした。だが、それでも百華が……私以外を。あぁ! まだ言うのか、私は。蹴りを! 蹴りをつけたじゃ無いか! 気づけば息が上がっていた。
「ふっ、ふふふ……」
笑えた。こんなに、こんなに必死になって。いつからこんなに百華の事が好きになったのか。百華を取られそうになったからか。いや、そうじゃ無い。百華は友が多い。なのにどうして林林にだけこんな事を思うのか。予想は出来ている。今まで百華の愛は全員に等しかった。だと言うのに、林林だけ誰よりも大きな愛を向けられていた。なのに奴はそれに気が付かない。何で林林が……何で、何であんな底暗い奴が──
「クハッ、ははっ」
嫌なオンナだな、まったく。
執筆の狙い
続きを書けば良いのにと、ごく稀に言われます。しかし、そう言う作品に限って次の展開が何も浮かびません。