三作品でございますの。
題名「窓枠の中の絵画」
「本日、午後四時ごろ、S市F町の男性から、自宅に何かの眼球が持ちこまれたとの通報が、S警察署にありました。調査の結果、この眼球が人間のものであることが判明しました。通報した男性によると、眼球を持ちこんだのは一匹の猫で、現在、S警察署がその行方を追っています。持ちこまれた眼球は一つで──」
同じ町内で起きた事件──ぼくはチャンネルをかえた。これだからニュースは嫌いだ。
二月の水曜日。
ストーブのヤカンを取って、カップラーメンに湯を注いだ。シーフード味にしようと思ったけど、やっぱりスタンダードな醤油味にした。
ぼくのアパートは長屋みたいな平屋。ごみごみした場所に忘れ去られたように建っている。大きな木造倉庫に囲まれて、倉庫との距離は一メートルくらいしかない。なのに、境がブロック塀で仕切られている。部屋の窓の半分が塀で塞がれた格好だ。でも、それでも窓は窓だ。カーテンもある。現代社会に生きる人間なら、たとえ万人の納得する理由がなくても、窓にはカーテンを掛けるべきだ。多分ね。
隣人との交流はなかった。
ぼくの部屋は、三世帯入るアパートの右端。隣は老人の一人暮らし。現在、市立病院に入院している。左端は、一年くらい空室のまま。
一週間か……。時はカタツムリより遅い。
一週間前、ぼくは彼女に振られた。
確かに、ぼくは貧乏だ。でも、それは最初から分かっていたことじゃないか……。
×××
ルビィが戻った。
ドアを開けてやると、走って窓に向かった。
ルビィは、彼女がぼくの部屋で飼っていた子猫。
ルビィのためにカーテンを開けた。
ブロック塀に支えられて、狭い空間に彼女がいる。空洞になった右目で、ぼくを見返している。
「ルビィ。あれは、ぼくを告発したつもりか? それとも、意味のない戯れかな? いいさ。気にするな。明日、新しい目を入れてやろう。ガラス玉を買って、それに瞳を加えるんだ。
君は綺麗だ。今でも……。ああ。そんな顔をしないで。駄目だ。中には入れてあげられない。ご覧。ストーブがついている。君には暑過ぎるんだ。美が長持ちしなくなる……」
了
「わたしの人形」
わたしは古川玲子。M高の二年生。ただ今、玄関ホールを清掃中。
阿呆な男子どもは、ほうきをバット代わりにして遊んでいる。
神よ! 彼らに天罰を! ほうきは、ほうきに。ちりは、ちりとりに。アーメン。
班の女子──わたし、真由美、佳子も、ちゃっちゃと掃いてゴミを取るだけの完全手抜きだけど。
ホールの隅に、ドールハウスみたいな銀色のオブジェがある。
二階建。人形まで置かれている。男が二体に女が四体。
女が優位に立てる世界だ。でも逆に考えれば、両手に華の男優位の図式じゃないか。
珍しくオブジェのアクリルケースを水拭きした。
水が真っ黒になった。バケツの水、替え放題。
ふとケースを持ち上げてオブジェに触れてみた。
樹脂か……。
人形も、そうかな?
一つを指で弾くと、転がってオブジェの床部分に挟まった。面倒くさいから、そのまま放置。やっぱり樹脂だった。
その女の人形を、わたしは真由美と命名した。
もちろん他意はない。
放課後、わたしは本屋に寄った。新刊の学園小説を買って帰った。
●
朝礼の時間、担任が、
「昨日、真由美が家で怪我をした。先生、昨日の内に見舞いに行って来たぞ。床を踏み抜いて床下に落ちたんだそうだ。
幸い軽傷でした。二日ほどで退院出来るそうだ。不幸中の幸いでした。
原因は白蟻だ。こんなこともあるんだな」
どういうこと?
床に挟まった人形に、わたしは真由美と命名した。同じ日に真由美は床下に落ちて怪我をした。
ひょっとして……。
いや、まさか! そんな馬鹿な!
●
真由美が全快して一ヶ月。人形のことは、すっかり忘れていた。
思い出したのは再び玄関ホールの当番になったとき。
「あれ?」
真由美の人形がなくなっていた。
「どうかした?」
佳子に聞かれた。
「ううん。何でも」
話せば馬鹿にされる。クラスのI・Kと同じ扱いをされてしまう。
卒業したら彼はホストになるらしい。理由はモテたいから。
それはいいとして、わたしは、すごく恐ろしいことを考えていた。
鈴木由貴。学年一と言われている美貌を鼻にかけ、男子生徒を翻弄している。残念なことに、その中の一人が、わたしの彼氏。
女の人形を一つ取ると、鈴木由貴と命名して二階から落としてやった。
真由美の事故は偶然。
でもスッキリ!
●
「知ってる? 鈴木が二階から落ちて鼻の骨を折ったらしいよ。みんな、鼻っ柱が折れたって言ってる」
佳子から聞いた。
「それって鈴木由貴……?」
佳子が、うなずいた。
ひょっとして──。
玄関ホールに向かった。
やっぱり……。
彼女の人形が……
ない……。なくなっている……。
●
オブジェの作者はM高の卒業生だった。
名前は浦見増男。暗黒面のパワーを感じた。
現在、二十五歳。芸大を卒業している。
美術の草川先生に聞いた。
「あれは何を表現しているんですか?」
「何を表現したとか、そんなものはない」
「ない……?」
「ああ。全ての意味を排除したところに見えてくるもの──それが芸術だ」
意味分かんない。
「どんな人でしたか?」
「浦見か?」
「はい」
「変わってたな」
「どんな風に?」
「大体、芸術家なんて変人と決まっている。でないと続かない。第一、金にならない。弁護士でも目指した方が、よっぽど現実的だ」
●
浦見増男の家は土塀の崩れた古い屋敷の隣にあった。
表札は浦見増根になっていた。ここでも暗黒面のパワーを感じる。
家は普通。
玄関のブザーを押した。
母親らしいのが出て来た。
「増男先輩のお宅は、こちらでしょうか?」
「そうですが、あなたは……? M高の生徒さんみたいだけど……?」
制服を着ていた。
「古川玲子と申します。浦見先輩の作品について、お話を伺いに参りました」
「そうですか……。でもね……」
母親は暫く戸惑った後、全てを話してくれた。
引きこもりなのだそうだ。部屋から出て来ない。
オブジェのことを聞いた。
「さあ……。わたしには分かりません……」
「ドアの外からでも、お話を──」
「そう言われても……」
かなり戸惑っていた。
「お願いします!」
食い下がった。
「はあ……」
●
家に上げてもらった。中も普通。
ドアの前に立った。勇気を出して、
「浦見先輩。M高の後輩で古川玲子と言います」
……。
「実は先輩の作品のせいで、おかしなことになっています」
……。
「聞いてますか!」
……。
糠に釘。豆腐に鎹。暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。猫にこんばんは。
「駄目みたいね……」
母親が言った。
「ええ」
「おかしなことって?」
「それは本人にしか」
生徒手帳のページを破って、
“玄関ホールのオブジェについて知りたいことがあります”
名前の下に携帯番号を添えて、それを母親に託した。
●
登校してすぐ真由美から話を聞いた。
「落ちたのは白蟻が原因なの。体重のせいじゃないわ」
「分かってる」
「本当? でも何で今ごろ?」
「そのとき何か異常を感じたとか?」
「何言ってんの?」
「ううん。変なこと聞いて、ごめんね」
質問を打ち切った。
浦見から連絡はなかった。昼休み、草川先生に呼ばれた。
「お前、浦見の家に行ったのか?」
「はい」
「そうか。いや。浦見のお袋さんから電話があってな。お前、浦見と何かあったのか?」
目が好奇心で一杯。だから、おちょくってやろう。
「女の子、二人が、あれで……」
「あれ?」
「その解決を探って……」
「解決を?」
「それだけです」
わたしは言った。
「も、もっと詳しく話してくれ! さっぱり分からん!」
「そんな! これ以上は言えません!」
わたしは美術室から飛び出した。
●
放課後、鈴木由貴のクラスを訪ねた。
「どうして二階から落ちたりしたの?」
彼女に聞いた。
「どうしてって、どうしてそんなことが気になるの?」
いたいけな瞳で小首をかしげた。
かわいい……。(包帯で目と口しか見えないのに)悔しいけど、男どもの気持ちが分からなくもないことない。
「二階から落ちるなんて、あまり聞かないわ」
「やっぱり」彼女が言った。「心配してくれてるんじゃないんだ」
「そうでもないけど」
「ふうん」
「押されたの?」
「それ、どういう意味!」
顔色を変えた。
──違う! 誤解しないで!
しかし彼女は、
「ははん。でもね。浩治君の方から誘って来たのよ」
そんなの聞きたくない!
「質問に答えてよ! どうして二階から落ちたの?」
「こだわるのね」
「どうして?」
「窓を拭いてたの。背伸びしてて足が滑ったのよ。これ、あげる」
花を渡された。
「な、何?」
「浩治君からもらったの。わたし要らないから」
花を投げ捨てて玄関ホールへ。男の人形を取り、
「浩治の馬鹿!」
放り投げた。
次の瞬間、偶然、通りかかった教頭先生に踏まれて、粉々になってしまった。
「ああっ!」
●
浩治が学校に来ない。昨日の放課後から行方不明。親も心配している。
粉々になった人形──破片の一つも残ってなかった……。拾い集めてオブジェに戻しておいたのに……。
呪いだ! 人形の呪いだ!
気がつくと、
「大丈夫?」
佳子と真由美の泣きそうな顔。
わたしはベッドでいた。
保険の斉藤先生から、
「何か心配事があるの?」
そう言われた。
●
みんなが心配してくれた。鈴木由貴までがクラスに来て、「大丈夫?」
「何で? どうして? あいつと仲良かったの?」
真由美が不思議がった。
「そうでもないけど……」
「でも鈴木は──」
「真由美!」
佳子が、さえぎった。
「あっ! ごめんなさい!」
真由美が自分の口を押さえた。
「ね。放課後、フルーツKARAパラパーラーに行かない? 奢るよ!」佳子が言った。「ね? ね?」
分かってる。真由美が何を言おうとしてたのか……。
でも乗った。
「いいよ」
「わたし、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェが食べたい!」
真由美が言った。スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは千三百円もするのに、佳子は、
「じゃ、わたしも! 玲子もそうしな!」
友情は悲しみを半分にして、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェを三杯にする。
●
掃除の時間、オブジェの前で、
「あ。人形がある!」佳子が言った。「へー。知らなかった。男が一人と女が二人か……。こいつ両手に華だな」
似たようなことを言っている。
「こっちが、わたし。ベランダにいるのが玲子」
「やめて!」
凍りかけた。
「どうしたの?」
佳子が不思議そうな顔をした。
そのとき、
「何、話してんの!」
真由美が佳子の背中を押した。
ぐらついた佳子がアクリルケースにぶつかった。
その衝撃でベランダの人形がジャンプ──
あっ! 首が折れた!
接着剤を買いに購買部に走った。急いで戻って人形を取り出した。
「どうしたの? 何をするの?」
「直すの!」
接着剤を捻り出して人形の首に塗った。
「ついた!」
くっついた!
「器用なのね」
佳子が言った。
●
放課後、フルーツKARAパラパーラーに。
スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェは、高さ四十センチ! まさに、スーパービッグKARAスペシャルオリジナル少女時代ジャンボパフェ! イエィ!
内容は、バナナ、白桃、パイナップル、キミタチ、キュウイ、パパイヤ、マンゴ種。
「いい仕事をしてますねー!」真由美が言った。「この山盛り感はどうでしょう!」
「うんうん!」佳子が、うなずいた。「これよ! これなのよー!」
「いただきまーす!」
「ごちそうさまでしたー!」
時間がワープ!
「じゃあ帰ろうか」
フルーツKARAパラパーラーを出て、わたし達は別れた。浩治のことは心配だけど、もうどうしようもない。
わたしは大丈夫だろうか……?
きっと大丈夫。ちゃんと直した。
バイトに向かった。週三で弁当屋でバイトしている。
更衣室で白衣に着替えラインに入ると係長に呼ばれた。
「君達が担当した弁当に問題があった。二人をクビにしたが、ぎりぎり君はセーフだった。これまで通り、しっかり頑張ってくれ!」
なーんだ。バイトのクビが人形の呪いだったか。やっぱ直したのがよかった。
わたしは、
「ありがとうございます!」
元気よく答えた。
オブジェのわたしの人形は消えずに残り続けた。どうやら、わたしへの呪いはスルーされたようだ。
▲
以前から、かさばって邪魔だと問題になっていた玄関ホールのオブジェの処分が、生徒会で決まった。粗大ゴミとして焼却される。
●
その日、
「古川さん!」
係長が言った。
「大鍋に火を入れてくれ! 注意しろ! 引火したら、ただじゃ済まんからな!」
了
題名「ヘブライの悪魔」
彼女を奪われた。しかも親友にだ。俺はヘブライの悪魔を呼んで彼女を取り戻すつもりだ。
悪魔の呼び方は本で勉強した。呪文を唱えるだけで目の前に現れるのだ。
俺は呪文を唱えた。
「望みごとを言え」
いきなり悪魔が現れた。
真っ黒い皮膚。尖った耳。鞭(むち)のような尻尾。悪魔以外の何ものでもない。
「あいつから彼女を取り戻して下さい」
悪魔に訴えた。
「せっかくの機会に金を望まんのか?」
「金なんか要りません」
「よく考えろ。お前を裏切った女だぞ」
「それはそうですが……」
「では、こうしないか?」
悪魔が提案した。
「彼女か、それとも金か、お前の望みを、このコインで決めさせてもらえないか? 表が出れば彼女、裏が出れば金。家と車を買っても、まだ余るほどの大金だぞ。どうだ──?」
「しかし……」
俺は、ためらった。金は欲しい。でも今は彼女の方が大事だ。
「では、こうしよう。ここにサイコロがある。偶数が出れば彼女が戻り、奇数が出れば大金が手に入る。勿論、これだけではコインと同じだから、一か六が出れば彼女と一緒に大金も得られることにする。どうだ──?」
悪い話ではなかった。三分の二の確立で彼女が戻り、三分の一の確立ではその両方が手に入る。だが三と五を出してしまえば彼女は戻って来ない。
「どうだ──?」
もう一度、悪魔が言った。
俺はその提案を受け入れることにした。最低でも金が手に入る。その金で彼女を取り戻す。彼女がなびいたのも、あいつが金持ちだったからだ。そうに違いない。
「では振れ」
サイコロが渡された。
「チャンスは一度きりだ」
「代わりに魂を奪ったりしないですね?」
「ああ。約束しよう」
「本当ですか?」
「悪魔は嘘をつかない。その点は信用出来る」
俺は安心してサイコロを振った。
「くそっ! 三だ……」
「残念だったな。金を受け取れ。だが彼女は諦めろ」
目の前に大量の札束が現れた。
「彼女の保険金だ。たった今、お前の親友に殺された。受取人を、お前にしてやったぞ」
「ど、どういうことです……?」
何が何だか分からなかった。
「彼女は、お前の元に戻るつもりだった。だが、お前の親友はそれを許さなかった。お前の親友は彼女を刺し殺した。本来、助かるはずの浅い傷が、お前が三を出した瞬間に悪運が重なって、こんな結果になってしまった。お前が偶数か、あるいは一を、いや、そもそもサイコロを振らなければ、彼女はお前の元に戻っていた。残念だな」
そう言って悪魔は消えた。
「くそっ……!」
自棄になった俺は、ポケットからライターを取り出して札束に火をつけた。その火が、まるで意思を持っているかのような動きを見せて、俺の体を包み込んだ。
執筆の狙い
常に作品の推敲を続けてるので、ひょっとしたら最新の推敲作品じゃないかも。
最近、久し振りで作品を書き始めています。
まあ、チャレンジですね。
よろしくお願いします。