作家でごはん!鍛練場
辛澄菜澄

優しい母

 ノックの音がした。
 電気の落ちて暗い室内に響く、やけに陽気なリズムだった。万年床の中からもそもそと這い出て、部屋の主の中村という男はドアの方を見て不審に思った。ここは、ある都会の外れにあるごく普通の団地の一室。今年四十になる中村は母親と二人暮らしで、仕事をせず、かといって家事もせず、ただいたずらに時間を浪費している毎日。母親とも全く会話せず、顔もあわせず、いわゆる、どうしようもない引きこもりという種類の人間だった。
「どうも、『ピザ・アンダーソン』です。いつもご贔屓ありがとうございます。ご注文の品をお届けに参りました」
 再びノックの音がし、続けてはきはきとした、若い女の声が部屋の中に差し込んできた。中村は布団の上で上半身だけ起こして、しばし無言で考える。確かに四十分ほど前にピザを二枚ほど携帯電話で頼んだが、いつもなら、それは母親を通して中村の部屋に届けられる。中村個人の金でなく、毎回母親の金で買ったピザである。それを部屋まで届けさせ、ドアの隙間から受け取って、すぐ鍵をかけて閉じこもる……いつもの流れなら、そうだ。
 しかし、今回は明らかに様子が違う。母親は在宅しているはずだし、玄関を超えて部屋まで届けに来るピザ屋などあるものか。中村はすこし警戒しつつドアに近づき、外にいるピザ屋に話しかけた。
「俺が『ピザ・アンダーソン』にピザを頼んだのは確かだが、なぜこんなところまで来た。ここまで来れたということは、玄関を通ったはずだ。さらに、玄関を通ったのなら、鍵を開けたババアがいたはずだぞ。どうしてそいつにピザを渡さなかった」
「あいにく、その方はご夕飯をお作りになる途中で、手が離せないらしいのです。片手に泡立て器、片手にボウルを持って、なにかを一心不乱に混ぜていらっしゃいました。一時も止めることなく、混ぜ続けなければいけないようなのです」
「だから、ここまで来るのを許されたってことか」
「そのようですね。寛大なお母様でございます。ああ、代金はすでにいただいてますよ」
 外にいるピザ屋の女は微笑んだような、柔らかい雰囲気で言った。中村は謎が解け、一応は理屈の通るピザ屋の説明に渋々納得し、ドアの方へ歩み寄った。暗く、床に沢山の本やゲーム機が放置されているため、何度かつまづきながらドアにたどり着く。腹も減ったし、背に腹は代えられない。中村は鍵を開け、小さくドアを開き、隙間からそっと顔を覗かせた。角度が悪いのか、女の顔は見えず、影がちらと見える程度である。
「さあ、ピザを渡してもらおうか。俺はあいにく、引きこもりでね。本当ならドアを開ける作業だって億劫なんだ」
「ええ、知ってます。そのようにお母様から相談されていましたから」
 中村が驚くや否や、ドアの開いた隙間にしなやかな両手が滑り込み、ぎぎぎ、と開き始めた。中村は咄嗟に抵抗し、内側からノブを握って開いていくのを阻止する。押して引いて、力は拮抗する。その戦いで更に少しドアが開き、中村は隙間から女の姿を見ることができた。更に開いていくのを見るに、引きこもりの体力が祟って、どうやら力は女のほうが強いらしい。
 どんどん開いていくドアの隙間に現れた女は、腕っぷしの強さに見合わず、穏やかな笑みを浮かべる美人であった。そしてピザ屋というよりも、どこかOLのようなスーツを着ていた。傍らに置かれた鞄もピザが入りそうな箱状のものでなく、ノートパソコンや紙の資料を入れておくのに適しそうな手持ちタイプだ。
「お前、ピザ屋じゃないな。いったい何者だ」
「申し遅れました。私、引きこもり支援センターの斉藤です。ちょっと、あなたにお話を伺いたくて、少しだけ騙させていただきました」
 言うや否や、斉藤と名乗った女はするりと部屋の中に滑り込み、中村はその勢いで尻もちをついてしまった。斉藤は暗い室内をぐるりと見渡して電気のスイッチを探り当て、明かりを灯す。手つきは慣れたもので、表情も常に笑みを絶やさないところが逆に中村に底知れない恐怖を覚えさせる。
「お前、なんなんだ。どういう了見で俺の部屋に入りやがる」
「了見なら、お母様にもらいました。あなたをどうにか部屋の外に連れ出して、何かしら社会の役に立つようにしてほしいと」
「なんだと。あのババア、まだ俺に期待してるってのか」
「お優しいお母様ですね」
 斉藤はついにドアの前に座り込み、中村の脱出する術を封じてしまった。長い間居座るつもりのようだ。これから延々と支援センター職員の説教を念仏のように聞かされるのかと思うと、中村は憂鬱でたまらなかった。ただピザが食べたくて、注文しただけだというのに、なぜこんな目に遭わなければならないのか。もちろん引きこもりが世間的に愚かな行為だと認識してはいるが、いつまで経ってもこんな愚息に手を差し伸べる母親も母親だと中村は思った。
「まあ、アンタも仕事で来たんだ。同情するよ。俺はそのドアと違って、押そうが引こうが、テコでもこの部屋から出ることはないぜ。アンタの仕事は永遠に終わらないか、失敗する運命なんだ」
「同情しているのはこっちです。私は、私の使命感でこの仕事を選びました……この家を救いたいと心から願っています。だからこそ、ピザ屋に扮するという奇抜な手段を用いてでも、あなたに会いたかった。どうか、少しだけでも私のことを信じていただけませんか。必ず明るい外の世界へお連れいたします。私も友達になってあげますから」
 斉藤は笑顔を絶やさず、淡々と、しかし確かな重みのある言葉で中村に語りかけた。中村は尻もちをついたままだったが、そんな優しい女の声に耳を傾けるうち、いつの間にかその場で正座になって、穏やかな心持ちで次の言葉を待つようになった。最初はあれほど恐怖を感じた笑顔に、ときめいてしまっている自分がいることに驚く。こんなに優しくされたのは、生まれて初めてだと中村は思った。彼を十年以上の引きこもりにした学校のいじめとは、天と地ほどもかけ離れた対応である。
「実は、私ももともとは引きこもりだったのです」
「なんだって。それは本当か」
「あなたの気持ちは痛いほどわかります。外で痛めつけられるのが、怖いんですよね。でも、そんなことはめったにありません。人って、基本的に優しい生き物です。それに、もし痛いことがあっても、友達第一号の私が慰められます。ほら、ちょっと希望が出てきたでしょう」
 中村は思わず頷いてしまい、直後にはっとさせられた。この女は、どうやら本心からこう言っているらしいと悟り、途端に人生が楽しく、かつ楽しみになってきた。
「外の世界には面白いことがたくさんありますよ」
「俺は……外に出たら、人の目を気にせず思いっきり歌える……カラオケに行ってみたいんだ。それに、修学旅行に行きそびれたから、友達と遊園地にも行きたい。ああ、でも、だとするとお金がいるよな。そうすると、働くしかないのか」
「ご安心ください。我々支援センターは、そのあたりのサポートも万全に用意しております。あなたには、この家にいながらでもできるお仕事を紹介したいと考えていました」
 斉藤がしてきた提案に、中村はちょうど都合が良いと思って目を輝かせる。斉藤の言葉で勇気を持ち、自室を出て人生を楽しむことにしたのはいいが、さすがに外にいる時間が長いとストレスがかかってまた引きこもりに逆戻り、元の木阿弥だろう。だから、人生の半分を費やすことになる仕事は自宅内でできるものがいいと、先程の話の途中から考えていたのだ。
「そりゃいい。こっちにとっても好都合だ。ぜひ紹介してくれないか」
 斉藤は「はい、もちろん」と笑って頷き、持ってきていた鞄から何枚かの書類を出してきて、中村に見えるように床に並べた。
「あなたのお母様を、介護して差し上げてください。もちろん、心構えや技術は私が手取り足取りお教えしますから、安心してください。自宅で自分の肉親を介護して、お金が貰える時代なんです。これほど人生の満足度が高くなる仕事も、そうそうありませんよ」
「おい、ちょっと、待ってくれ。介護ってなんのことだ。ババアに介護が必要だってのか」
「あら、息子には悟らせなかったのね……本当に優しいお母様です。あなたのお母様は、認知症が始まっているのですよ。普段よくここに来ているピザ屋の配達員から、私たち支援センターに通報があったんです――『配達頻度が高すぎて、頼む内容も判で押したように同じ。実際届けてみると、毎回めちゃくちゃなことを言いながら一万円札を渡してきて、お釣りも受け取らず家の中に消えていく老人がいる。他に家族がいるのかすらわからない』――と。センターとしても、調査に乗り出さざるを得ませんでした」
 中村はさっき湧いてきた希望と、斉藤から叩きつけられた事実で頭の中がぐちゃぐちゃになって、ろくな事を言うことができなかった。混乱と驚愕が思考を邪魔して、斉藤の顔すら見続けることができず、正座のまま斉藤の膝を見ている。それも、目に映っているというだけで、膝を見ているという認識すら中村にはなかった。
「アンタ……引きこもり支援センターの人間だったはずじゃあ」
「すみません、それも嘘です。最初にそう言っておいたほうが、部屋の外に出る勇気をより与えやすいと思いまして。本当は私、老人支援センターの職員なんです」
「老人支援センターだって」
「ご高齢の方の介護と、その斡旋が仕事です。私の信念にとても合っていて、我ながらいい職に就けたと満足しています。それと、介護士のスカウトも、私のお仕事の内なのです……私たちのセンターに雇われませんか。契約していただければ技術と、友達をお付けしますよ」
 友達、の部分を特別明るく言って、斉藤は最初からずっとそうしているように笑っている。もう恐怖を感じれば良いのか、安堵を覚えれば良いのかを判別することもできない。中村の心は、ある意味、引きこもりを始めた当時よりも怯えていた。
「……なら、毎日俺が食べていた食事はどうなる。着た服の洗濯は。ゴミ出しだって。すべて、認知症の母さんがやっていたとでも言うのか……」
「あなたが引きこもっている間、ずっとお母様の病状は進行していたと思われます。もう少しあなたか、我々が気づくのが早ければ、ましな状況になっていたかもしれません……でも、大丈夫です。まだ、かろうじて意思疎通はできる段階ですから」
 中村は思わず斉藤を乱暴にドア前から引き剥がし、部屋から飛び出した。彼は、ついに引きこもりを卒業した。その足のまま遠い記憶にある通り廊下を進み、リビングの繋がるドアをノックもせず開け放つ。すると、併設のキッチンに、彼の記憶よりもずいぶん萎れた印象の母親がいた。
「母さん……母さん。今まで、気づかなくて、ごめん。誕生日にピザなんかとって、ごめん……」
 母親が一心不乱にかき混ぜていたボウルの中に入っていたのは、洋菓子に使うための生クリームだ。生クリームは混ぜられすぎて、なんだか色味が落ちているような気もする。スポンジの焼けた匂いがしないから、もう、彼女は、誕生日ケーキを作る手順を忘れてしまったのだろう。去年まで食べられたあのケーキは、もう、二度と食べられない。
「あなたのお母様は、ケーキの作り方を忘れても、あなたの誕生日は忘れませんでしたよ。今の、今まで」
 後ろからやってきた斉藤は、今度は笑わずに、真剣な声音で中村の背中につぶやいた。
「なんで……なんでそんな状態で、毎日メシは美味かったんだよ。なんで、美味かったんだよ……なんで、美味いって、今まで一言すら言えなかったんだ……」
 母親は中村に気づくと、生クリームを混ぜるのをやめて、彼を見た。そのまま、優しく微笑み、さっき届いたらしいピザの箱を指さして、ゆっくり言った。
「誕生日、おめでとう。ピザたべよ、ようすけ」
 中村洋介は膝から崩れ落ち、顔を両の手で覆い、赤ん坊のように泣き始めた。

優しい母

執筆の狙い

作者 辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

大学の課題で執筆したショートショートです。
星新一の『ノックの音が』というショートショート集における縛り【冒頭が「ノックの音がした」で始まる】を適用しています。
普段の、情報量をたくさん入れる賑やかな文体を意識して封印し書きました。ショートショートとして予想を裏切るオチを用意したつもりではありますが、いかがでしょうか。

コメント

ぷりも
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拝読しました。
「ノックの音がした」で始まるショートショートを書きなさいという課題ということでしょうか。
文章が洗練されていて読みやすいです。
ミスディレクションというか、読者の視点をこっちに集めておいて、核心は別のところにあるという構成もよくできていると思いました。
たった一言のお題からここまでストーリーを膨らませるというのもすごいのでは。

どうでもいいことで、ちょっと気になったことがあるので的外れだったり、意味不明だったらスルーしてもらってよいのですが、「上村」って関係ありますか?

フェラメール
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良い出来だと思いました。

mist
133-32-235-251.west.xps.vectant.ne.jp

初めて作者様の作品を読ませていただいて、学生時分にこれだけのものが書けるのはすごいなと思い、このサイトで掲載中の他の2作品を途中まで読ませていただいたのですが、印象が全然違うので驚きました。
こちらの作品の方が(スタイルが)オーソドックスで造りがしっかりしていて成熟している感じがしました。
書き手としては文体が平板に感じられ執筆時に高揚感が得られず不満足だったかもしれませんが、そういった書き手の主観的な手ごたえと客観的な評価は一致しないという創作における「あるある」をここでも再確認させていただいたというような印象でした。
不快に思われるかもしれませんがあえてあけすけに言わせていただくと、作者様が語りの部分で何かクリエイティビティのようなものを発揮しようとすると、それが緊張感の欠如や悪ノリ、蛇足といったネガティブな印象を与えるものとして表出してしまうのではないかという印象を持ちました。
今作は大学の課題だったということで、悪ふざけみたいなことはしづらかったかと想像しますが、それが奏功した結果であろうと感じました。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

拝読しました。
面白かったです。特に、長年引きこもりを続け母親も年を取ってしまったストーリーは、引きこもりは若者の一種の病でいつかは立ち直ると考えていた私にとって、あらためて考えさせられる内容でした。

ただ、星新一の私が読んだいくつかの作品と比べると、ストンと落ちていない気がします。現実にありそうな設定であるがために、まったくのフィクションと感じらせず現実との相違を感じてしまいます。

星新一の気持ちになってストーリーを考えとするのなら、
☆主人公が引きこもっているうちに、母親は宝くじを当て、高級マンションを買って引っ越す。
→息子の面倒を見てくれることを条件に部屋を貸す。
→借りた住人は、月々のお小遣いまでもらい、寿司を注文して台所で食べていた。それを主人公は目撃する。自分はピザなのに。
……というかんじ。

御作のストーリーや設定での気になる点
・ある都会の外れにあるごく普通の団地の一室としたのはなぜか?
ごく普通の団地というものの間取りがピンときません。私のイメージでは畳の和室が2部屋か3部屋、台所と風呂便所なので、廊下はなく、扉は引き戸でドアノブはない。裕福ではないという暗示だろうとは思いますが、ドア越しでのやり取りならば2階建ての2階の部屋なら廊下もあると思えますし、主配達員の動線や主人公の生活スペースを考えると、2階の部屋の方がしっくりきます。
・ドアの開いた隙間にしなやかな両手が滑り込み、ぎぎぎ、と開き始めた。とあるが「ドアの端に両手の指を掛けた」では?
両者がお互いにドアを引っ張り合うことはありかもですが、ドアの間に挟む何かを用意しておく方が計画性があるように思います。定番ですと、安全靴をドアの間に挟める。この作品あれば「土足で俺の部屋はいるな」と怒った主人公は靴先を踏みつけるも、主人公は裸足なのでかえってダメージが大きくなり足を抱えてしまう。「新品の安全靴だから汚れは心配無用ですわよ」
・女性で美人。男性ではダメだったのか?「私も友達になってあげますから」
主人公が男性ならヒロインの女性、これは小説の定番かもですが、主人公の年齢は40歳。斎藤の年齢は分からないものの友達になる、紹介するという条件には違和感があります。(40歳と20歳、40歳と40歳。想像するとどちらも)コメディという分類ならありかもですが、題材が重いのでちょっと無理があるように感じます。
・主人公の印象が悪い。(描写)
>>いわゆる、どうしようもない引きこもりという種類の人間だった。>>床に沢山の本やゲーム機が放置されている>>万年床、など、結末のケーキの作れない件は涙をそそる様な仕掛けですが、>>赤ん坊のように泣き始めた。ラストは、『結局大人になれないのか―』という気持ちになりました。
・引きこもり支援センターの嘘が必要か?
個人的には不要ではないかと思います。老人支援センターの職員とありますが、似たような職業はあります。
※ケアマネジャーは介護保険制度に基づき、高齢者や介護が必要な方に対してサポートを行う専門職です。
※訪問介護員(ホームヘルパー)は利用者の自宅を訪問し、食事・排泄・入浴などの介護(身体介護)や、掃除・洗濯・買い物・調理などの生活の支援(生活援助)をします。通院などを目的とした乗車・移送・降車の介助サービスを提供する事業所もあります。
・>>自宅で自分の肉親を介護して、お金が貰える時代なんです。←創作ですよね?
現状、介護にかかった経費の補助金は出ますので、まったくの嘘とは言いませんが、介護する人の給料とまではならないと思います。未来の高齢者者社会ことを想像して書いたのであればもう少し説明が欲しいところです。
※ショートショートにここまで求めることは酷かもしれませんが……(;^ω^)

御作を読めて、楽しめましたし、私も勉強をするいい機会になりました。御作のストーリーに沿った作品を私が考えてみると……。
今後のご活躍を期待しています。
頑張ってください。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

ぷりもさん、コメントありがとうございます。
すみません、「上村」というワードに心当たりはないのですが、お褒めいただけたようで嬉しいです。ショートショートを作るのは初めてでしたが、少し自信が持てました。星新一と比べるとまだまだ粗が残るので、これからより洗練させていくつもりです。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

フェルメールさん、コメントありがとうございます。
お褒めいただき感謝いたします。こういう何気ない一言でも、未来私が小説を書くモチベーションになります。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

mistさん、コメントありがとうございます。
過去作も読んでくださったようで、驚きました。まさにおっしゃる通りで、私はクリエイティビティというか、文として冗長なものを好む癖があり、時折それが思わぬ方向に舵をきってしまうことがあります。文が滑る、無駄な描写が多すぎるなどいくつ指摘されたか数え切れません。
今回の作品は意図してそれを完全に封じて書きましたが、確かに書いていて「我ながらこの文章好きだなぁ」とはなりませんでした。もちろん作者の「我」と読者の「読みたいもの」が相反することが多いのも承知しているのですが、私はなるべく作者も楽しむことが小説の在り方だと考えているので、今回の文体と以前までの文体、それをうまい具合に混ぜ合わせたものを目指している道半ばです。mistさんのおかげでより向くべき方向が明確化されたような気がします、改めて感謝いたします。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

匿名希望者さん、コメントありがとうございます。たくさんのご指摘ありがとうございます。

もともと『ノックの音が』に収録されている作品はいわゆる近未来(星新一が執筆当時、訪れるかもしれないと予想した未来)を舞台にしたものが多く、この作品もそのような世界観にしたいと私が考えたのが現実感とフィクション感の揺らぎの原因かと思われます。よって、「肉親を介護することによってお金が貰える時代」や老人支援センターという団体も、まったくの創作です。これは確かに題材が題材だけに紛らわしい部分でした。いっそもう少しフィクションに寄せれば紛らわしくなかったかもしれません。

団地という描写も悪かったですね。私としては廊下あり、部屋が三つほどあるイメージでした。改稿後ではマンション、あるいは一軒家としたほうが違和感なく読めるかもしれません。

ドアを挟んでの攻防の描写にはあまり字数を割きたくなかったのが本心ですが、ドアが開いていく説明や攻防よ手順についてはおっしゃるような改変がより良い形になるような気がします。

また引きこもり支援センターの嘘に関して、確かに私も不要かと執筆時から思っておりました。ただショートショートという関係上展開を二転三転とさせ、読者様の予想を裏切り続けねばならず、それならこの嘘を入れたほうが訪問者の肩書が「ピザ屋→引きこもり支援センター職員→老人支援センター職員」と三通りになって面白いと思いそうしました。

星新一の作品は「ノックの音が」まであまり読んだことがありませんでしたが、彼の作品も完璧というわけではなく、むしろところどころ「おいおい」となるツッコミどころや圧倒的な展開の飛躍、ショートショートとして形を整えるために簡素すぎる描写など、わりとガバガバな部分もあったりします。今回の私の作品の粗を正当化するつもりはまったくありませんが、ショートショートという形態の難しさを再認識させられました。改めて長いご指摘感謝いたします。

ぷりも
softbank060116236244.bbtec.net

返信ありがとうございます。
「上村」は私の考えすぎでした。

以前ネットの笑い話で
大村はダイソン
若村はジャクソン
下村はアンダーソン
と言うあだ名だという笑い話があったんですよ。

ピザ屋がアンダーソンで主人公が中村だったので、上村だけ欠けてるなと思ったわけです。

ちなみに、その笑い話のオチは
なのに津村はバスクリン
でした。

辛澄菜澄
KD106146115048.au-net.ne.jp

なるほどそういうことでしたか、納得しました。しかし面白い偶然はあるものですね。私はそういう名前に小ネタを入れるのが好きなタイプなので、今度使ってみるのも良いかもしれません。

sp49-98-239-239.mse.spmode.ne.jp

 拝読しました。

 見事な掌編ですね。大変面白かったです。なんというか読ませる作品だと思いました。
 話の持っていき方が上手く、どんどん引き込まれていきました。そして、文章が大変読みやすく、描写力も大変高いものであると感じました。

 あえて気になった点を申すとするならば、齊藤さんが少し媚びすぎているように感じてしまった点と、展開が早い点、あとこれは個人的にですが、終盤の面白さが序盤の面白さを越えられていない点です。

 とはいえ、全体的に完成度の高い作品だと思います。面白かったです。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

薫さん、コメントありがとうございます。
お褒めの言葉をいただけたようで恐縮です。自信に直結しますので大変ありがたいです。

斉藤の謎なヒロインっぽさはもう少し抑えれば良かったなと今更ながらに思っています。また、ショートショートという形式上急展開は避けられないとはいえ、やれることは他にあったのではと読み直していて思いました。改稿したものを改訂版としてまた大学に提出するつもりなので、貴重なご意見をいただき感謝いたします。

西山鷹志
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拝読いたしました。

皆様方がおしゃる通り素晴らしい作品ですね。

10年引きこもっている中村とビザ屋を装う斎藤のやりとりは面白いですね。
しかも斎藤という女性は、かなり強かで引きこもり男に慣れているのか物おじしない
しかもビザ屋でもなく、引きこもり支援センターの職員と名乗るが、それも嘘で
本職は老人支援センターの職員。
これは完全に、ひきこもり男を手玉にとっていますね。
その斎藤が、貴方の母は認知症になっていると告げる。
流石に中村はショックを受ける。母親に甘えすぎて、己の愚かさに気づく。
そんな彼に斎藤は介護士になる事を進める。
長いひきこもりで、五体満足な体、体力さえあれば介護士の指導して貰えれば夢ではない。
いや見事に纏めましたね。これは読者も拍手を送りたくなります。
実に読み応えのある作品でした。

夜の雨
ai225135.d.west.v6connect.net

「優しい母」読みました。

星新一のショートショートはむかしよく読んでいました。
で、御作ですが。
これはショートショートというよりも、普通の短編小説の部類に入ると思います。
「ショートショートとして予想を裏切るオチ」ということで、御作をラストで「オトス」のなら。
中村と斉藤は夫婦という「オチ」です。
中村の母親はまだぼけていません。痴ほう症ではない。
軽めのぼけが出てきているのは中村という流れ。
斉藤は夫の中村に話を合わせていただけ。

で、どういう具合にラストを描くかというと。
中村と斉藤がキッチンに入ってくる。
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 母親が一心不乱にかき混ぜていたボウルの中に入っていたのは、洋菓子に使うための生クリームだ。生クリームは混ぜられすぎて、なんだか色味が落ちているような気もする。スポンジの焼けた匂いがしないから、もう、彼女は、誕生日ケーキを作る手順を忘れてしまったのだろう。去年まで食べられたあのケーキは、もう、二度と食べられない。
「あなたのお母様は、ケーキの作り方を忘れても、あなたの誕生日は忘れませんでしたよ。今の、今まで」
 後ろからやってきた斉藤は、今度は笑わずに、真剣な声音で中村の背中につぶやいた。
「なんで……なんでそんな状態で、毎日メシは美味かったんだよ。なんで、美味かったんだよ……なんで、美味いって、今まで一言すら言えなかったんだ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここまでは御作通り。
この後で一気にオトス。
●母親が中村と斉藤の顔を見ると「あんたらいつになったら孫の顔を拝ませてくれるんだい。あたしがお墓に入ってからだと孫の顔がみられないじゃないかい。ほんと、ストレスがたまるよ、あんたらには」
そういって一心不乱にかき混ぜていたボウルの中の生クリームから、視線が壁の写真へ。
その壁には額縁に入った中村と斉藤のウェディングポートレートが。
中村と斉藤もつられて写真を見る。
新郎新婦の二人が仲睦まじく見つめあっている写真。
「ああ……」二人のため息がキッチンにこだました。

終わり。

これぐらいでいかがですか。

お疲れさまでした。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

西山鷹志さん、コメントありがとうございます。
拙作を楽しんでいただけたようで何よりでした。書いている途中はオチを思いついていなかったのですが、母が認知症というアイデアが浮かんでからは流れるように書き進めることができました。その結果、比較的私の作品の中ではまとまりのあるものに仕上がったのではないかと自負しています。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

夜の雨さん、コメントありがとうございます。

星新一作品にままある「実は視点人物のほうに秘密がある」タイプのオチですね。『ノックの音が』の中にもかなりそういう種類のオチがありました。私は今回視点人物に秘密がないパターンのものを書きましたが、夜の雨さんの考えるオチも素敵です。

このオチを採用するなら母親が認知症という設定を根本から撤廃しなければなりませんね。私としては、この作品では「実は今日が中村の誕生日である」→「母が認知症でも息子の誕生日と名前は忘れなかった」→「中村が感極まる」という順でオチをつけたかったのです。

また、斉藤が認知症の中村に話を合わせる理由がなく、それも一から考えなければなりません。となると、そもそも作品自体を作り直すほうがよさそうですね……良いアイデアを貰いました。他の作品で活用させていただきます。ありがとうございます。

中小路昌宏
softbank060105249041.bbtec.net

 読みました。

 私は高齢で、疲れやすいので、ひと様の作品は必要最低限のものしか読まないのですが、たくさんの好意的なコメントが寄せられているようなので、読む気になりました。
 大学の課題で・・・・・ということは文学部の学生さんですか?
 卒業後は出版社の編集部に就職して、業務に打ち込む傍ら、作家を目指す・・・・そんな姿が眼に浮かびます。

 戦中戦後の混乱期に育った私からすれば、《引きこもり》なんていう社会現象は、恵まれた時代に育った人たちの贅沢病、という感じです。(お気を悪くされたらごめんなさい)
 鍵を掛けられる自分だけの部屋が与えられた、というだけでも、凄く贅沢な話です。ましてや働かなくても食べ物が手に入るなど・・・・
 戦後すぐの頃、親を亡くした浮浪児が街中を走り回り、闇市で食べ物をかっぱらうなどして生きのびていました。(1~2年後に各地に保護施設が出来る前の話です)
 そうでなく、親や親戚の人に育てられていた子供たちは、まだ幸せだったと言えます。
 大人たちは朝早くから夜遅くまで一生懸命働き、苦労して住む場所を確保して食べ物を得て、子供たちを育てていました。子供たちもまた、嫌々ながら、自分たちに出来ること、子守りや内職のお手伝い、買い物などをさせられていました。
 それでも、もう戦争は終わった、空襲に怯える日々は去った、お国の悪口を言っても憲兵に捕まえられる事も無くなった、というだけで、人々は幸せを感じていました。

 いや、貴方の作品を貶している訳ではありません。よく描けていると思います。ただ、こういう時代もあったという事を頭の隅っこに入れておいて、次の作品に臨んで頂いたら、より深みのある作品が書けるのではないかと、ふと思ったという次第です。

 ボケかかった年寄りの愚痴です。気に留めないでください。

sp49-98-132-8.msd.spmode.ne.jp

拝読しました。

40で引きこもり。
相当な厭人者であった主人公は、そう簡単には部屋を開けようとは思わないでしょう。
配達人に違和感を感じても、
「支払いが済んでいるなら、ドアの前にでも置いといてくれ」
で終りです。或いは、話すのも億劫であったのではないでしょうか?

この物語を読んでいると、作者の思惑通りに主人公が動かされている様で、なんとなくリアル感に欠けてしまいますね。
引きこもり支援センターのやり取りは、物語の中であまり意味を持たない為、主人公がドアを開けるまでの描写をもっと丁寧に書いてほしいかな。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

中小路昌宏さん、コメントありがとうございます。

貴重なお話を教えていただきありがとうございます。私はまだまだ20代の若造にすぎませんが、戦争の怖さは学校の先生や祖父母によく言い示されてきました。引きこもりというテーマを選んだのは、正直役割というか、記号的な気持ちで引っ張ってきたもののような気がします。一つ登場人物のパーソナルな部分を考えるのにも、そうなった背景を知るのは大切です。まぁ、考えすぎても筆が持ち上がらないので、いつもはほどほどにしていますが……時には振り返ってみることも必要ですよね。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

凪さん、コメントありがとうございます。

先ほど中小路さんに返信を書いていて気づいたのですが、いくらショートショートとはいえ人物や設定を記号的に描きすぎたかと振り返っています。しかしこれ以上人物や展開の緩急を練ると、よりショートショート感が薄れて短編小説寄りになってしまうのです。
これは単に私の技術不足ですが……緻密な心や感情のうねりを私は得意としていないので、これから先人たちや同士の方々を参考に経験を積むつもりです。ありがとうございます。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

いい歳をして引きこもり、ゲームオタク、彼女は2次元(AI)の嫁。仕事をせず、母親の稼ぎを食い尽くし、万年床で寝て暮らす日々。
良くあるパターンですが、団地生活(家賃4万~5万)だとしても、母親の状況から考えれば、この家庭は既に崩壊していたとしても不思議ではない。
引きこもり(厭人)という設定ならば、それなりに書かなくてはいけません。人嫌いが、あんなにポンポンと果たして喋るでしょうか?
これが、パチンコ依存症の派遣社員という設定ならまだわかります。
外に出て一応は仕事をしているのだから人とは話が出来る。給与を全てパチンコに費やし、金が無くなると母親にせびる。という形なら、この状況でもギリギリ生活は出来るでしょう。

例えショートショートといえど、設定は大切なのですよ。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

重ねてのコメントありがとうございます。
私としてましては、物語にリアルを求めすぎるのも考えものかと思っておりましたが、やはり究極のところは読者様に納得していただけるかという点に尽きるなと思い直しました。凪さんの意見にも一理あります。私は私のスタイルを探求し続けようと思います。ありがとうございました。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

この文章を生かすなら、
母親は年金受給者で、他に、夫の遺族厚生年金を貰っていたことにするとよいでしょう。まぁ、合わせて2ヶ月35,6万円(1ヶ月換算で17,8万)くらいかな。
それなら二人で、ギリギリ生活は可能でしょう。

辛澄菜澄
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具体的な提案ありがとうございます。
そこまでの要素を文中に入れるのは難しいと思いますが、きちんと考えておくことは大切だと思います。

通りすがり
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辛澄菜澄さま「優しい母」を拝読いたしました。
もう8面の最後なので、届かないとは思いますが、
(こう来たか)というオチと、いい読後感、よかったです。

過去に、3,4作、拝読していますが、今までで、いちばん
読みやすく、情景や人が自然と頭に絵で浮かぶ感じでした。
自分も、装飾ゴリゴリ、遠回しで美麗な文章も好きですが、
作品の長さと筋に、文章の相性もありますね。
ぴったりだと思いました。ショートショートではなく、佳き短編だなと。
大学の文芸部、刺激があって楽しそうで、勉強になりそうですね。
次の投稿も楽しみにしております。

むかし、バイト先を入れ違いにやめた方がいたのですが、
宝くじが当たったそうです。お父さんがそういう原資を残してくれていたり、
生命保険がおりて、毎日〇円まで、毎月〇円までと、生活費は決めて、
単調な生活をしている親子、で、お金のことはクリアできるかな、と。

楽しませていただきました、ありがとうございます。
同じ出だしで、凝りに凝った装飾たっぷり、比喩たっぷりのお話も、ぜひ。

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