逆転
東京・銀座。一年三百六十五日、昼も夜もこの街から人波が途切れることは無い。
俺の仕事はフリーのスカウトマン。昼に夜に魅力的な女性が闊歩するここ銀座で、一流のホステスになれる女を見つけ口説き落とし、その女性に相応しい店への橋渡しをして報酬を得る仕事をしている。
傍目には石ころに見えても、磨けば光る原石を見定める目は超一流を自認する俺は今また、ダイヤモンド級の有望株の女性を見つけた。
但し、その女と出会ったのはいつもの銀座の街角ではなく、少し離れた日比谷公園の噴水広場、時刻はまだ陽も高い午後二時過ぎ。
俺の戦場でもある銀座へ出向く前に、少しリフレッシュでもしようかと何気に立ち寄ったところ、遠目から見ても十分目を引く女性を発見。俄然仕事モードが炸裂してしまったのだ。
良家出自の気品ある令夫人を思わせる彼女のエレガントなビジュアルと佇まい。着る物、持ち物、総てに香る上質な雰囲気は一流のホステスに必要な「華」を感じさせる。
イケる!
すぐにでも声を掛けたいが、あいにく彼女は誰かと電話しながら、どこかへ向かって歩いている途中、事をあせっての軽はずみの声掛けは逆効果とわかってる以上、着かず離れずの距離感を保ちながら彼女の後を追う。
やがて電話を終えた彼女は公園を出て、大通りを横切る横断歩道で信号待ち、その先はこの国の中枢と言える官庁街が広がる霞ヶ関。
ひょっとしてどこかの役所に用があるのか?それとも官庁勤めのキャリアウーマン?さすがに建物内までは追いかけられないから、勝負は歩いている最中のみの短時間勝負、次回会う段取りさえつけられれば御の字だ。
こんな場所でスカウトなど初体験だが、怖気づいて原石を逃すのはプロじゃない。行動あるのみと腹を決めた俺は、ひとり信号待ちの彼女の横に図々しく並び立って声をかけ、手短に身分を明かすと強引に名刺を彼女の掌に押し込み、いつものルーティン通りにスカウティングを始める。
逆に彼女の方は俺の顔を見るなり、呆気に取られた不思議な表情を見せ、驚いたからか声すら上げない。まさか霞ヶ関の官庁街で真昼間から知らぬ男に声を掛けられるなど夢にも思わないだろうからそのリアクションは当然。
もっとも驚いている彼女の顔つきが、分をわきまえない俺への侮蔑と怒りの表情に変わるのにそれほど時間はかからなかったが、そうなることなどとっくに織り込み済み。
相手に見下げられることなどこの仕事をやっていれば慣れっこだ。そんなマイナスの状況から相手の心を開かせ、銀座を彩る夜の蝶に変身させるまでが、誰にもまねできない俺のテクニックなのだ。
う~~ん、俺の目に狂いはない。やはりいい女だ。並び立って見る彼女の顔は間違いなく俺の好み。仕事を忘れて俺の女にしたいくらいだ。
信号が変わる。不遜な俺に怒り冷めやらぬ彼女は俺の顔も見ずに、ヒールの踵をカツカツ鳴らして横断歩道を渡っていく。俺は横並びで彼女の歩幅に合わせながら歩き、無視されているのを承知で、俺の感じた彼女の魅力をあらゆる語彙を駆使して速射砲のように閉じた彼女の心に打ち込み続ける。
そのうちの一発でもいいから響けば間違いなく次へつながるのだ。久々に見つけた胸躍る上玉の原石を逃す手はない。絶対スカウトして一流に育てて見せる。俺の胸のうちの魂が久々に煮え立ってきたその時、彼女の足がある建物の前で止まった。
打ち込み続けたジャブが効いたのか?ついに俺に心を開いてくれたのか?真剣に話を聞く気になってくれたのか?と一瞬思うがどうやらそうではないらしい。なぜなら止まった場所が場所だったからだ。見上げるほどにデカい建物。警備員がいかめしい顔つきでこちらを睨んでいる。
石板に書かれた建物名「裁判所」。一瞬にして背筋が伸びる。これまでの人生、結構やんちゃもしてきたが幸か不幸かお縄につながれたことはない。したがって裁判なるものに厄介になったことは無いが、そもそもこの女何でこんなとこで足を止める?しかもいっそうの侮蔑の表情を俺に向けて…やはりこの女この建物に用があるのか、関係者か?
もしそうならこれ以上のスカウティングは難しそうだ。少なくとも今現在の俺が彼女に好意的に受け入れられているとは思えない。これ以上ちょっかい出せば、真っ先にあの警備員がすっ飛んでくるだろう。追い払われるくらいなら儲けもの、罷り間違って警察でも呼ばれた日には、ホントにこの中に入らなきゃいけなくなるかも……
そこに立つ警備員が苦虫をかみつぶした表情で俺を見る。そうか、やはりこの女関係者なのか。逃すには惜しい女なのにクソッ!これ以上は無理なのか!何か他に打つ手はないのか!?他に打つ手は、とあれこれ思いを巡らしていたその時!
「ああっつ!」
俺は閃いた、というより思い出した。そして有り得ない驚きの声をよりによってこんな場所で上げてしまった。入り口の警備員がさらに険しい目線をくれる中、俺を見下げていた女が初めて口を開いた。
「やっぱり忘れていたのね」
女の声はかなり刺々しいが、俺には聞き覚えのある懐かしい声。間違いない。と同時に全身から流れ出る冷や汗。
「いつ気づくかと思って黙っていたけど、結局最後まで気づかなかったわね」
「おまえ?ど、、どうして、、ええっつ!?」
「それはこっちのセリフよ!自分の女房をスカウトし続けるあなたには、あきれてものが言えないわよ!!」
彼女は別居中の俺の女房。わけあって離れて暮らすようになって数年。最近は会うことすらご無沙汰だった。もっとも別居の理由は俺の不貞なもんで、女房の俺への侮辱と怒りは当然といや当然なんだが。
そう言えば、確か家庭裁判所から離婚調停の出頭通知が来ていたが、それが今日、この時間、この場所だったか。俺はそれと知らずに日比谷公園で見かけた女房をスカウトして、挙句、裁判所迄女房と同伴で来ちまった訳か!
クソッ!いくら何年も逢っていないとはいえ、女房と気づかずスカウトするとは、何たるチョンボ!
「もう逃がさないわよ。このまま調停室にあなたを引っ立ててやるから」
舗道の真ん中。警備員を背に従えた彼女、堂々と腕を組んで仁王立ち。もともとタッパのある彼女だが、ヒールの踵の高さもプラスし、ほぼ真上からしてやったりと俺を見下ろしている。
さっきまでの勢いと軽口はどこへやら。女房に見下ろされた俺、もう逃げようがない。小さくなって彼女の顔をおずおずと見上げるのだが。
ん…??待てよ??
「自分の女房の顔も忘れてホステスにスカウトするなんて、どこまで情けない人なのよ。あんな歯の浮くようなお世辞ばっかり並べて、ほんと最低の亭主ね」
いや、久しぶりに会ったんだけど……自分の女房と言うことを割り引いてもだ……
「あなたが日頃どうやって相手を口説いていたか、身を持って知れて良かったわ。どうせ仕事以外でも今の口ぶりで浮気相手を口説いていたんでしょ?そのことも全部、弁護士さんにも調停委員にも報告させてもらうのでそのつもりで」
いやこれは迂闊だった。女房がこんなにイイ女だったとは……だとしたらだ。
「言っとくけど、今さら詫び入れられても、たとえ地面に額を擦り付けられたって、情状酌量する気は一切無いのでそのつもりで。慰謝料をいくら頂こうかしらね。ホント楽しみだわ!」
今なら間に合うぞ。もう一度いい関係を築くためにも、俺が女房に言わなきゃいけないことは……
「あなたアタシの話聞いてるの!それどころか、さっきから何をぶつぶつ言ってるのよ!言いたいことがあるのなら調停室で聞いてあげるわ。さっさと行くわよ!」
「違う今だ!今ここで聞いてくれ!」
あきれ顔で踵を返し建物中に入ろうとする女房の背中に俺は叫んだ!振り返った女房の顔はまるで般若そのもの。いやそれでもいい。たとえ般若でも女房はいい女だ。だったら言うなら今だ!あとではダメだ。俺はどうしても女房に言わなきゃいけないことがある!亭主としてこいつだけは女房に絶対言わなきゃいけないことなんだ!
「頼むから聞いてくれ!嘘は言わん、今のオマエならきっと」
一流のホステスになれると俺は確信している。
(了)
執筆の狙い
はじめまして。はじめての投稿です。どうぞよろしくお願いいたします。
まだ長編を書くだけの体力がありませんので、短篇を主に書いております。
この作品は最後まで酷い男、ダメ男を書いてみようと思い創作しました。
すべて学びと心得ておりますので皆様のご意見頂戴できれば幸いです。