君を離さない
三月半ばの金曜日の午後にその事件は起こった。
私は翌週から年休を消化し、月末に退職辞令を受けることになっていた。四十年余りの警察人生が、静かに幕を閉じようとしていた矢先のことだった。
現場は寂れた港町に建つビルの屋上。若い主任の運転で急行すると、既にパトカーと救急車が到着していた。
主任が申し訳なさそうに言った。
「すみません。退職間際まで」
「いいんだよ。仕事なんだから」
最上階で同僚が待機し、私だけで屋上の扉を開けた。そのままゆっくりと前に進むと、若者が錆びた手すりの向こうから声を上げた。
「近づいたら飛び降りるぞ」
穏やかに話しかけながら徐々に距離を詰める。
「少し落ち着こうよ」
「お前に関係ないだろ」
「何があったのか、話してくれないか」
「うるせえ。とっとと失せろ」
延々と説得を続け、交渉開始から三時間が過ぎた。でも焦らない。そのくらいは序の口だ。
交渉開始から四時間余り。水平線の彼方に夕陽が沈みかけたころ、沈静化の兆しが見えた。
「十七から付き合っていたんだ。なのに突然別れたいと言い出した」
「そうだったんだ」
「彼女の連れに聞けば何のことはない。金持ちのお坊っちゃまに声をかけられたって」
「ひどい話だ。傷つくのも無理はない」
「もう何もかも嫌になった」
「気持ちはわかるけど、君のご両親が悲しむじゃないか」
「あんな奴ら、死ねばいいんだ」
彼は親からの虐待を話し終えると、寂しげに声を漏らした。
「俺が死んでも、悲しむ奴なんていないんだ」
「それは違う」
「誰が悲しむんだ」
「この私が悲しむ。おじさんだって若いころ自殺を考えた。でも、こうして生きている。生きて良かったと思っている。君にも生きてほしいんだ」
私はその場に土下座した。
「頼む。死なないでくれ」
交渉を終え、家に着いたら九時が過ぎていた。退職祝いの大吟醸を京子が注いでくれた。
「長い間、お疲れ様でした」
「無事に終われてほっとしたよ」
冷酒を飲むと、ふうっと息が漏れ、体から力が抜けた。
「若い子が死ななくて良かったわね」
「まだ二十歳なんだ」
「あなたは変わらないわね。私、あの夏の日のことを、今もはっきりと覚えているわ」
「自分もさ。きっと死ぬまで忘れないよ」
それから八年。今年も暑い夏がやって来た。
風鈴の音に心を沈ませ、縁側で冷酒に酔いしれていると、説得した相手の顔が浮かんだ。何をしているのだろう。生きているのだろうか。物思いに耽りながら、蚊帳に入って横になった。
翌朝、郵便受けを見ると、一通の封書が届いていた。警察に届いたものが転送されていたのだ。
『その節は大変お世話になりました。僕は去年結婚し、今とても幸せです。ビルの屋上でのことを一生忘れません。ありがとうございました。お身体を大切に。』
今年、初めて高校の同窓会に参加した。
同級生に刑事をしていたと言うと、みんな信じられないといった顔をする。無理もない。私は女子に声をかけることもできない小心者だったのだ。
「お前が刑事。嘘だろ」
「マル暴とか言うなよ。冗談でも怒るぞ」
「自分は『交渉人』をやってたんだ」
「なんだそれ?」
「立てこもり事件の犯人や、自殺志願者を説得する刑事。なんか素質があったみたいで」
「そうなんだ」
「どんなふうに説得するんだ」
「根気よく話を聞き、冷めるのを待つ」
「冷めなかったら、どうする」
「熱くなったものは必ず冷める。熱力学の法則さ」
やがて話題は『七夕祭りポスター事件』へと移った。
それは浴衣姿の京子が載った七夕祭りのポスターが盗まれ、先生が町の掲示板を見張ることになった珍事件だ。
みんな酔いが回ったので、私は同級生に打ち明ける。
「実は犯人を知っているんだ」
「本当か」
「誰がやったんだ」
「自分だよ」
一瞬、場が凍りついた。
「泥棒が刑事やってんじゃねえよ」
「冗談冗談。本当は知らないんだ」
「ふざけやがって」
もう時効だし、彼女にだけは白状するか。
水割りを飲みながら隣のテーブルに目をやると、彼女が友人らと昔話をしていた。
「ねえ京子。旦那さんと、いつから付き合っていたの」
「全然気づかなかったなあ」
「どこでプロポーズされたの。ねえ教えてよ」
「さあ。もう忘れたわ」
警察を退職してからは、京子と喫茶店に行くことが日課になった。
まず途中にある公園に寄り、太極拳をしているオバちゃんたちに挨拶をする。
「おはようございます」
「今日も一緒に喫茶店ですか。仲がいいですねえ」
喫茶店に着けば、朝一からいる婆ちゃんにも冷やかされる。無理もない。いつもお揃いの服を着ているのだから。
「朝からラブラブで羨ましいねえ」
「いやあ。そのお」
「この人、あたしを絶対に離さないんです」
そっと周りに目をやると、常連がこっちを見て笑っている。顔が熱くてたまらない。
今朝も私たちはモーニングを頼む。
税込み五百円でコーヒーにトースト、目玉焼きとサラダに、マスターが飛騨の名水で作ったわらび餅までつく。わらび餅は私の大好物だ。
マスターは水にこだわる人で、風景画を描きに遠出すると、必ずその地の水を持って帰るそうだ。
店はレトロなモダン喫茶。板張りの壁には、日本画のほか西洋画のレプリカも飾ってある。
竹内栖鳳、下村観山、ゴッホ、ルノワール、ミレー。
マスターは個展を開くほどの絵の達人で、今朝も常連客と芸術談義で盛り上がっている。
「要は自然を描けばいいんですよ」
「そう言われてもねえ」
「人は恐怖に目隠しされて、自然が見えないんです。本当は死なんてないのに」
「死がない?」
「ええ。どんな生き物も、生き終えるだけです」
「難しいねえ」
「栖鳳の猫も、うちの黒も同じですよ」
黒はこの店の看板猫。ルビーのような目をした黒猫だ。マスターが引き取らなければ処分されていたという。
店内を見渡したが黒がいない。
「京子。黒がいないな。外をパトロールかな」
「あそこにいるわよ」
黒は常連の足元で、大きなあくびをしていた。
私のお気に入りは『オフィーリア』。そのレプリカが見える席をいつも狙っている。
オフィーリアとはハムレットに登場する悲劇のヒロインである。彼女は恋人ハムレットに父を殺されて気が狂い、木の枝に花輪を掛けようとして川へ落ちる。彼女は泳ごうともせず、静かに川底へ沈んでいった。
それは文学史上、最も美しい死の一つとも言われる。だが、その評論には納得がいかない。そもそも死が美しいなんて有り得ない。生き抜いてこそ美しいのだ。
「あなた。コーヒーが薄くなるわよ」
『オフィーリア』を見ながらアイスコーヒーを飲み、さりげなく京子の顔を見る。彼女は今も美しい。オフィーリアでさえ色褪せるほどに。
私たちの故郷は黒部の支流が流れる田舎町。
ともに農家の子供だが、京子の実家はかなり裕福だ。初めて彼女の実家を訪ねると、黒い波のような瓦屋根と、手入れの行き届いた日本庭園に圧倒された。
池に鯉が泳ぎ、石灯籠が点在する。桔梗(ききょう)が紫を添え、手入れされた黒松が威厳を漂わす。
玄関に入ると旅館のような土間が広がった。大広間の襖(ふすま)が開いていて、敷居のそばに彼女の両親が座っていた。ふたりは立ち上がると、着物姿で私を出迎えた。
彼女の母が「いらっしゃい」と言うと、私は顔が熱くなり、声がうわずった。
「こっ、こんちは」
おい。「に」を抜かしたぞ……
「初めまして。京子の父です。お茶でも飲みながら話しましょう」
大広間に入ると、漆塗りの座卓が鏡面のような光沢を放っていた。正面に彼女の両親、隣に彼女が座った。
世間話が終わると、彼女の父は煎茶を一口飲み、穏やかな口調で言った。
「早すぎるということはないと思います。良き相手と巡り会ったなら、それがその時なのです。なあ母さん」
「ええ、そうですとも。京子はあなたのことが好きなんです」
緊張のあまり声が出ない。彼女の母が不思議そうに私の顔を見ている。
「京子をもらって頂けますか」
体が硬直して「はい」が出ない。京子がそっと私の手を握った。
「お母さん。お菓子を出してあげて」
「あらごめんなさい。わらび餅はお好き?」
「はい!」
京子が口に手を当てて笑っていた。
プロポーズは高三の春にさかのぼる。まともな会話は、それまで一度もなかった。ずっと「おはよう」しか言えなかった私が、「黙れ! 絶対に離さん!」と言い放った。私は命懸けだったから、鬼の形相だったに違いない。しかも、彼女の腕をつかんで言ったのだ。普通なら事件だ。でも、そのときは特異な状況も重なり、彼女は涙目で「ありがとう」と声を漏らした。
京子とは小中と別の学校に通っていたが、高校が同じになり、同じバスで通学することになった。
バスはいつもガラ空きで、私と彼女しかいない日がほとんどだった。『さあ声をかけるのだ』という感じに舞台が整っていた。
でも私は中学のとき、女子と話したことがない。そんな私が、綺麗な女子高生に声をかけるなんて、できるわけがない。
京子を見るたびに顔を熱くする自分が恥ずかしくて、一本バスをずらすことも考えた。でもバスは一時間に一本しかなかった。
私はいつも彼女から離れた座席に座った。深く学生帽をかぶり、教科書を読むフリをしながら、自分に問い続けた。
いつ声をかけるんだ。このまま卒業するつもりか。
そうこうしているうちに、悪夢のような噂を耳にした。クラスメイトが言うには、剣道部の主将が京子の彼氏とのこと。彼は美男子で、女子の注目の的だった。
作り話であってほしい。でも京子なら、美男子からプロポーズされても不思議はない。
ついに本当に悪夢を見るようになった。なぜか夢の中では、気軽に声をかける私だった。
「一緒に花火を見に行かない」
「ごめんなさい。彼氏がいるの」
やっぱり噂は本当なんだ。
間抜けな自分が情けない。次のバス停で降りて橋の欄干から身を乗り出す。恥ずかしくて、生きていられない。
そんな悪夢を何度も見るうちに、本当に自殺を考えるようになった。
生きていたって、女性と付き合うことはないだろう。なぜ、こんなに気が小さいんだ。本当に自分が嫌になる。
高三の夏休みの出校日。水泳の授業が終わると、担当区域の清掃を済ませた生徒が次々と下校を始めた。
でも京子はなかなか現れない。校舎から女子の声が聞こえた。
「京子。何やってんのよ」
「早く帰ろうよ」
「先に帰って。あたし、バスの時間があるから」
「もしかして、彼氏と待ち合わせ?」
「そんなんじゃないってば」
帰りもバスは一時間に一本。真夏の静寂のさなか、バス停には私一人。
それにしても京子が遅い。もうすぐバスが来てしまう。
暑さに頭がぼんやりとする。クマゼミが急に鳴き出し、はっとした。蝉には七日間しかない。その間に恋をして死んでいくんだ。
ふと気づくと、京子がバス停のベンチに座っていた。なぜかハンカチで目を押さえている。泣いているのか。いや、きっと汗が目に沁みたのだろう。
やはり乗客は京子と私だけ。
また私は彼女から離れて座り、深く学生帽をかぶる。でも彼女が近づいてきて、私と同じ横列の座席に座った。
どういうつもりだ。自分に気づいていないのか。
私が右の窓側で、彼女が左の窓側。
バスのエンジンがかかった。冷房は生ぬるく、夏は南アルプスの風に当たったほうが涼しい。
バスが出発すると、彼女は力任せに窓を全開し、窓枠に肘を乗せて髪をいじり始めた。窓の開け方がやけに強引で、髪をいじる指先もせわしない。
機嫌が悪いのか? それにしても、なんて綺麗な横顔なんだ。
私はちらっと彼女を見ては、すぐに外の景色を見た。はやる気持ちを抑えるのに必死だった。
強風で有名な厳渓橋に差し掛かると、バスが横風に揺れ、私の心は決断に揺れた。もう告白するしかない。
私は渓谷の真ん中あたりで、思い切って京子を見据えた。
どういうことだ。ハンカチで目頭を押さえているぞ。汗なんかじゃない。本当に泣いている。彼女はバスの降車ボタンを押した。
橋を過ぎたあたりに『厳渓橋北』というバス停がある。でも普段は人の乗り降りがない。
でもバスは停まり、京子が定期券を見せている。バスの運転手も不思議そうな顔をしている。
彼女は降り、バスは出発した。
なぜ、あんな寂しい場所で降りたんだ。そうか。彼氏が待っているんだ。目の前が真っ暗になった。
いや、それなら、なぜ彼女は泣いている。もうわけがわからない。私は降車ボタンを押した。
「止めてください。お腹が痛くなったんです」
「次のバス停まで待てないの」
「もうだめです。漏らしてもいいですか」
「それは困る」
バスが止まると、私は定期券を運転手に見せて言った。
「次のバスに乗るから行ってください」
バスが出発すると、私は厳渓橋に向かって駆け出し、走りながら自問した。
なぜ彼女の元へ向かう。彼氏の存在を確かめるためか。いや違う。彼女は泣いていた。何かが変なんだ。
厳渓橋に着くと、信じられない光景が目に入った。京子が橋の欄干に腰掛け、ぼんやりと渓谷を眺めているのだ。
強風が吹いている。慎重に近づかなければ。橋はかなりの高さだ。彼女を驚かせてはいけない。
私は五メートルほど離れたところから、そっと話しかけた。
「どうしたの」
彼女は私のほうに振り向いた。大粒の涙がこぼれている。明らかに危険な状態だ。沈黙はまずい。とにかく話しかけなければ。
「何かあったの」
「関係ないでしょ。ほっといて」
黙っちゃいけない。話し続けろ。
「いや。関係あるよ」
「なんなの。あっち行って」
初恋の相手が死のうとしている。足が震える。落ち着け。頭を使え。そうだ、良心に訴えよう。
「君に死なれると困るんだ」
「知らない。ほっといてよ」
「君が川に飛び込んだら、僕が君を殺したと疑われる」
嘘で構わない。助かればいい。
「どうして?」
「バスを急に降りたと運転手が証言する。だから僕は間違いなく疑われる。誰も無実を証明できない」
しめた。彼女が真剣に聞いている。話しながら徐々に距離を詰めよう。
「殺人犯と疑われたら、無罪になっても生きていけない。田舎でそんな噂が立ったら自殺もんだ」
私は話しながら、さらに距離を詰める。よし。もう飛びかかれる。いや待て、それは危険だ。
「少し落ち着いてよ。君が死ねば、僕は自殺に追い込まれる。僕は死にたくない。まだ女子に触れたこともないんだ!」
おい。本音を叫んでどうする……
私は顔が熱くなった。
「女子と付き合ったことがないの?」
目から涙があふれる。
「頼むから、死なないで」
「うん。わかった」
彼女が欄干から降りようとしたそのとき、突風が吹き、彼女の体が傾いた。
私はとっさに飛びかかり、彼女が伸ばした腕をつかんだ。彼女は宙吊りになり、私には引き上げる腕力がない。手を離せば、彼女は流れに呑まれてしまう。
私は歯を食いしばって腕をつかむ。でも手が汗で滑り、彼女の体がずるずると下がっていく。
「助けて」
また体が下がる。
「もうだめ。助からない」
「黙れ! 絶対に離さん!」
彼女は涙目で、「ありがとう」と声を漏らした。
私たちは死に直面していた。ついに握力の限界が来た。
そうだ。水が群青ということは、かなり深いはず。落ちた衝撃で死ぬことはないのでは。迷っている時間はない。もう出たとこ勝負だ。
私は京子に言った。
「ふたりで川に落ちる」
彼女は私の目を見つめる。
「大丈夫。僕を信じて」
「うん。わかった」
そのまま体を重力に預けた。
落下しながら見つめ合う一瞬は、永遠以上に価値があると断言できる。
彼女と一緒に水に突入したが、衝撃で離ればなれになった。私は一気に川底まで沈んだ。水は澄んでいて、視界は思いのほか良好だ。
光の中に京子が浮かんでいる。私は彼女の腕をつかみ、懸命に水面を目指す。
流れが急に速くなり、彼女が吸い込まれる。流れには逆らえない。でも決して離さない。
上下を入れ替えながら、ふたりで流されていると、急に押し上げられて青空が見えた。
「大丈夫?」
「うん」
「このままじゃ死ぬ」
「あそこに岩があるわ。あれにつかまろうよ」
「どこ?」
その瞬間、また流れに呑まれて水中を彷徨う。かなり流されてから、私の背中が何かにぶつかった。彼女が上を指差す。顔を上げると、水面がステンドグラスのように輝いている。
ふたりで水面から顔を出すと、大きな岩が流れを二分していた。流れは速く、水圧が凄まじい。体が岩に押し付けられる。
「この出っ張りにつかまって」と彼女が叫ぶ。私はその突起につかまると、急いで這い上がり、彼女の腕をつかんで引っ張り上げた。
彼女は私に抱きついて泣きじゃくる。
「もうだめかと思った」
激しい鼓動が伝わってくる。
「落ち着いて。助かったんだから」
もう大丈夫だと言い聞かせ、震える体をさすってあげた。
やがて彼女は落ち着きを取り戻し、いつしか真夏の静寂に包まれていた。
ふたりで川のせせらぎを聞いていると、「おーい。大丈夫かあ」と声がした。渓谷の山道から登山客が手を振っていた。
しばらくすると、山あいにプロペラの音が響いた。
「君に頼みがある」
「なに?」
「生きるって約束して」
「なら、ずっと離さないって約束して」
クマゼミの声が鳴り響き、アユが清流を飛び跳ねていた。
その日から半世紀が過ぎた。今この時も、あの夏の陽射しの中にいるようだ。
「あなた、氷が溶けちゃうわよ」
ストローをくわえたまま、そっと京子の顔を見る。彼女もストローを口に当てたまま私を見ている。半世紀も一緒にいるのに、まだ胸がときめく。もう白状するか。
「ねえ。七夕祭りポスター事件を覚えている」
「またそんな古い話を持ち出して」
「犯人は誰だと思う?」
「わからないわ。教えて、刑事さん」
「君に告白できなかった男子じゃないかな」
常連とマスターの芸術談義が続いていた。
「マスターの言うことは難しいよ」
「簡単ですよ。素直な目で自然を見ればいいだけです。死んだことのある生き物がいますか」
マスターは自然界に死はなく、生命は生き終えるだけだと常連に説く。
氷の音がした。京子がアイスコーヒーを飲んでいる。
私は心の中で問うた。君は生き終えるだけなの。僕は違うと思うんだ。
ふと気づくと、黒がこちらを見ていた。教えてくれ。命は生き終えるだけなのか。黒は大きなあくびをした。
執筆の狙い
退職を目前にした刑事の日常は、静かに、しかし確かに過ぎていく。港町の屋上で青年の命を繋いだ夜、妻の京子と交わす穏やかな会話。冷酒を傾けるその時間の奥に、半世紀前の夏の陽射しが、今も鮮やかに残っている。
退職後の二人は、毎朝のように喫茶店に通う。たわいない会話と、慣れ親しんだ風景の中に、長い歳月をかけて育まれた絆が、静かに息づいている。
二人を結ぶのは、ただの愛情ではない。「離さない」という、ほとんど執念にも似た約束だ。時を超え、年齢を超え、なおも手放すことを拒むその想いと、生き抜くことの美しさを、静かな筆致で描き出した短編。
日常の穏やかさと、記憶の深淵が交錯する中で、命の重みが静かに浮かび上がる。読む者の胸に、長い余韻を残す物語。
※上記はAIによる紹介文です。