君を好きな俺が嫌いだ
俺は、あいつが好きだ。
友としてじゃない。
恋愛対象として。
likeじゃない。loveだ。
そんなことを、わざわざ頭の中で言葉にしないと認められないくらいには、俺は自分の気持ちを認めたくなかった。
あいつは、きっと俺のことを親友としか思っていない。
そう思っていた。
いつからだろう。
あいつの笑った顔が好きになった。
怒った顔も。
泣いた顔も。
真剣な顔も。
くだらないことで馬鹿みたいに笑っている顔も。
全部、好きだった。
俺だけが知っていると思っていた。
……いや。
知っているんじゃない。
俺だけのものだと、勝手に思っていた。
あいつのそんな顔を俺が見られるのは、俺があいつの親友だからだ。
分かっている。
分かっているからこそ、苦しかった。
もし俺が告白して、親友でいられなくなったら。
もし俺のこの気持ちを知られて、気持ち悪いと思われたら。
もし、今まで当たり前だった「あいつの隣」という場所を失ったら。
そんなことを考えてしまう。
だから、俺にはあいつの親友でいる資格なんてない。
邪な気持ちを抱えたまま、何食わぬ顔で隣にいる。
そんな自分が、どうしようもなく嫌だった。
なのに。
あいつの隣に俺以外の誰かがいるのは、もっと嫌だった。
……俺は、いつからこんなに強欲になったんだろう。
いっそのこと。
この気持ちが消えてしまえばいい。
そうすれば、また昔みたいに笑える。
何も考えずに、あいつの隣にいられる。
親友として。
そう思った。
だから俺は――彼女を作った。
*
彼女は、あいつとは正反対の人だった。
甘い香水。
長い髪。
柔らかな話し方。
大人っぽい仕草。
一緒にいると安心できた。
彼女と付き合えば、いつか好きになれると思った。
あいつへの気持ちなんて、所詮は一時の迷いだ。
そう思いたかった。
だから俺は彼女に告白した。
そして、彼女はそれを受け入れてくれた。
彼女ができてから、俺は少しだけ変わった。
以前ほど、あいつといることに後ろめたさを感じなくなった。
彼女がいる。
俺は彼女を大切にしている。
だからもう、あいつに対するこの感情は終わった。
そう思った。
これで堂々とあいつの隣に立てる。
そう思っていた。
……なのに。
「今日、飯どうする?」
いつものように、あいつを誘った。
「彼女と食べてこいよ」
「……え?」
「俺は適当に食うから」
「いや、お前と食いたいんだけど」
「彼女いるんだろ?」
あいつは笑った。
いつもの笑顔。
なのに、どこか無理をしているように見えた。
「じゃあ、また今度な」
「ああ……」
それからだった。
遊びに誘っても、
「彼女を誘えよ」
休日に連絡しても、
「彼女といるんじゃないの?」
何を言っても。
何を誘っても。
あいつの口から出てくる言葉は、いつも彼女だった。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
彼女。
……なんでだ。
話しているのは俺なのに。
なんであいつの口からは、俺の名前じゃなくて彼女の名前ばかり出てくる。
何故。
どうして。
俺は、そんな疑問を抱えたまま、彼女と休日に出かけていた。
*
「ねえ」
「ん?」
「ケーキ、美味しいね」
「……ああ」
「何か言わないの?」
「え?」
彼女は頬杖をつきながら、俺を見ていた。
「いつもなら言うじゃない」
「何を?」
「『あいつもこういうの好きそうだな』って」
心臓が跳ねた。
「……そんなこと言ってたか?」
「言ってたわよ」
彼女は笑った。
でも、その笑顔には少しだけ寂しさが混じっていた。
「遊園地に行ったときもそうだった」
「……」
「『ここ、あいつと来たことある』」
「……」
「映画を見れば『あいつもこの映画好きだった』。服を見れば『あいつならこっち選ぶだろうな』。料理を食べれば『あいつ、これ好きそう』」
彼女は一度、言葉を切った。
「ねえ」
「……何?」
「私と話してるのに、君の頭の中にいるのは誰?」
答えられなかった。
そんなこと、考えたこともなかった。
いや。
考えないようにしていた。
「――それは、君も一緒でしょ?」
「……え?」
「どういうこともなにも」
彼女は小さくため息を吐いた。
「君も、その『あいつさん?』と同じことしてるじゃない」
頭を殴られたような感覚だった。
「……俺が?」
「そう」
「どういう……」
「どういうこともなにもないわよ」
彼女は少しだけ笑った。
「私と話してるのに、いつもあいつさんの話ばっかり」
「……」
「まさか気づいてなかったわけ?」
何も言えなかった。
「ケーキ美味しいね、って言えば、あいつも好きそうだ」
「……」
「遊園地楽しいね、って言えば、あいつと行ったことがある」
「……」
「あいつ、あいつ、あいつ、あいつ」
彼女は呆れたように笑った。
「あいつあいつうるさいのよ。君」
胸が痛かった。
今まで目を逸らしていたものを、真正面から突きつけられた気分だった。
俺は。
何も変わっていなかった。
彼女ができても。
あいつへの気持ちは、消えてなんかいなかった。
ただ、隠していただけだった。
「……すまなかった」
「何が?」
「本当に気づいていなかった」
「でしょうね」
彼女は苦笑した。
「別に怒ってないわ」
「……」
「そういうところも含めて、君のことが好きだったから」
胸が締めつけられる。
「まあ、強いて言えば」
彼女は少しだけ目を細めた。
「自分の気持ちに素直になれないところは嫌いよ」
俺は俯いた。
心当たりがありすぎた。
あいつへの恋心をごまかすために、彼女と付き合った。
付き合ってしまえば、嫌でも好きになるだろう。
そんな浅い考えだった。
「私、知ってたわ」
「……何を?」
「君が誰かに恋をしてること」
彼女は静かに言った。
「少なくとも、私じゃないことも」
「……」
「でも、君が私に告白してきたから」
少しだけ、悲しそうに笑う。
「もしかしたら、私にも可能性があるのかなって思ったの」
俺は顔を上げられなかった。
「君の恋に区切りがついてないことも、気づいてた」
「……それでも、付き合ってくれたのか」
「ええ」
「どうして」
彼女は少し考えてから答えた。
「好きだったから」
その言葉が、痛かった。
「君のことが好きだった。この事実だけは、うやむやにしたくないの」
俺は彼女を見た。
強い人だと思った。
俺が自分の気持ちの輪郭を必死にぼかしている間に、この人は自分の気持ちを真正面から見ていた。
羨ましい。
「……なあ」
「何?」
「今から俺にフラれてくれないか?」
彼女は一瞬だけ目を丸くして。
それから、ふっと笑った。
「君が自分の気持ちを蔑ろにしないなら、いいわよ」
「もちろん」
「じゃあ」
彼女は立ち上がった。
「今日で終わりね」
「……ああ」
「最後に一つだけ」
「何?」
「ちゃんと、好きな人のところに行きなさい」
その言葉に、俺は初めて泣きそうになった。
*
翌日。
俺は、あいつを呼び出した。
いつもの公園。
俺たちが何度もくだらない話をして、何度も笑った場所。
あいつはベンチに座っていた。
「……久しぶり」
「昨日も会っただろ」
「ああ」
「どうした?」
俺は隣に座った。
少しだけ距離が空いていた。
いつもなら気にならない程度の距離。
でも、今はやけに遠く感じる。
「なあ」
「ん?」
「俺さ」
喉が震えた。
「彼女と別れた」
「……そう」
あいつは俯いた。
「そっか」
それだけだった。
「理由、聞かないのか?」
「聞かない」
「……そっか」
沈黙。
風が吹いた。
隣にいるのに。
こんなにも遠い。
「なあ」
「ん?」
「お前、最近俺のこと避けてるだろ」
あいつの肩が、わずかに揺れた。
「……そんなことない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「じゃあ、なんで飯に誘っても断る」
「……」
「遊びに誘っても彼女を誘えって言う」
「……」
「俺と話してるのに、ずっと彼女の話をする」
あいつは黙った。
「なんでだよ」
答えは返ってこない。
俺は拳を握った。
「俺、お前と話したかった」
あいつが顔を上げる。
「彼女ができても、お前といたかった」
「……」
「いや」
違う。
もう、誤魔化すな。
「彼女ができたから、お前といたかったんじゃない」
息を吸う。
「俺はずっと、お前といたかった」
あいつの目が揺れた。
「俺は――」
言葉が詰まる。
怖い。
これを言ったら、全部終わるかもしれない。
でも。
もう逃げたくなかった。
「お前が好きだ」
あいつが、息を呑んだ。
「友達としてじゃない」
俺は、震える声で続けた。
「恋愛として」
長い沈黙。
何秒だったのか。
何分だったのか。
分からない。
ただ、あいつが何かを言おうとして。
唇を噛んだ。
「……ごめん」
その一言で、胸が凍った。
「……そっか」
俺は笑った。
「いや、いいんだ」
立ち上がろうとした。
その瞬間。
「違う」
あいつの手が、俺の腕を掴んだ。
「……え?」
「ごめんって言ったのは」
あいつは俯いていた。
肩が震えている。
「断るつもりだったからじゃない」
「じゃあ……」
顔を上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「俺も、お前が好きだから」
「……」
頭が真っ白になった。
「ずっと好きだった」
あいつは笑った。
泣きながら。
「でも、お前に彼女ができたって聞いて……」
声が震える。
「俺が、お前の邪魔しちゃいけないって思った」
「……」
「だから離れた」
「……馬鹿」
「うん」
「馬鹿だろ、お前」
「お前もな」
二人とも泣きながら笑った。
ああ。
そうだった。
俺たちは、ずっと同じことをしていた。
お互いに相手を大切にしたくて。
相手を失いたくなくて。
そのくせ、自分の気持ちだけは無視して。
勝手に傷ついていた。
「……なあ」
「ん?」
「これからどうする?」
あいつが聞いた。
俺は少し考えて。
笑った。
「どうするも何も」
俺は、あいつの手を握った。
今までなら、絶対にできなかったこと。
「俺たち、付き合うんだろ?」
あいつは驚いた顔をして。
それから、いつもの笑顔になった。
俺が一番好きだった笑顔。
「……うん」
その手は、温かかった。
俺はようやく思えた。
あいつの隣に立っていい。
親友としてじゃない。
恋人として。
俺は、あいつが好きだ。
今度はもう、逃げない。
この気持ちを消そうなんて、二度と思わない。
だって。
こんなにも大切な気持ちを、俺はもう知ってしまったから。
執筆の狙い
急に書きたくなったので一気に文字打って後から整えました。