作家でごはん!鍛練場
どくだみ

2057年3月15日 東京湾海底研究施設

 東京湾の海底、さらに200メートル下の岩盤層。厚い鉛とタングステン合金の壁に隔絶された世界に、冷却装置の唸りと液体ヘリウムの滴り落ちる音だけが響いていた。

榊悠介博士は、共同開発者であるノヴァ・ヒューマン、LOGOS-1と共に「量子意識継続保存装置(QCCS)」の前に立っていた。球体コアは超伝導冷却により-271℃を維持し、毎秒10^18ビットという想像を絶する情報速度で、榊博士の神経活動を量子レベルで捕捉し続けている。この技術は、2045年のMGT「意識は量子もつれ理論」に基づき、人間の意識は脳内微小管の量子コヒーレンス状態で維持され、この状態を人工的に複製することで、物理的な脳損傷に関わらず意識の連続性を保つことを可能にしていた。

 後頭部に埋め込まれた128本のグラフェン製神経接続端子から、毎秒数億の神経信号が吸い上げられる。脳細胞の損傷は0.3ナノ秒以内に検知され、幅50ナノメートルの医療用ナノロボットが分子レベルで組織を再構築する。死は発生せず、意識は常に巻き戻される。苦痛に対する耐性は決してつかず、自らを守るための初動システムとして機能させ、微少な痛みを検知した時点でナノマシンが再生作業を開始する。
 ナノマシンは、意識を「情報」として捉え、肉体の損傷から切り離すための最先端技術だ。細胞の損傷を検知すると、ナノマシン群が分子単位で組織を再構築する。この再生の原理は、損傷前の「意識情報」を基に行われる。意識は量子メモリに完璧に保存されており、その情報に従って、損傷した部分を分子レベルで正確に再現する。
 肉体を再生するための素材は、宇宙空間から地球上に降り注がれる素粒子である。ナノマシンは、この宇宙の根源的なエネルギー、素粒子を、意識情報に従って、原子、分子、そして細胞へと再構成させることができる。


2747年6月3日 国際司法宮殿法廷

 榊悠介は被告席に立っていた。その身体は690年間、不死装置に枷を嵌められていた。体内の3000億個のナノマシンが、すべての生理機能を監視・制御していた。法廷の裁きを下すのは、量子AI「JUSTICE」。10^23回の法的判例を0.01秒で処理する存在だ。

「被告人榊悠介。罪状──〈死〉の殺害。エントロピー増大則違反。」

この宣告を聞いた瞬間、榊博士の全身の血が凍りついた。690年もの歳月、「死」を克服したという驕り、人類を永遠の生へと導いたという自負が、一瞬にして塵と化す。彼は、指先を震わせ、喉の奥から絞り出すような悲鳴をあげた。

「馬鹿な? なぜだ!……そんな、わ、私は……」

 声は上ずり、言葉にならなかった。690年分の重圧がのしかかる。傍聴席の不死者たちの冷たい視線が、彼の人間性を抉る。

 傍聴席の不死者たちの人工心臓は、毎分72回機械的に拍動し、ペルフルオロカーボン血液(酸素運搬効率400%)が透明に流れていた。若々しい外貌だが、ドーパミン・セロトニン分泌は690年前に停止し、瞳は空虚だった。

 文明は死んでいた。テロメア無限延長により生殖は不要となり、出生率は連続553年間0.000%を記録。新しい遺伝的組み合わせが生まれないため、創造性遺伝子の発現は固定化し、文化は553年前から進歩を停止していた。

人口増加率:0.000%(連続553年間)
文化的創造物:年間3件(同一人物の反復作業)

JUSTICEが判決を下した。「刑は〈死の終焉剥奪〉」

 2745年、全人口の92パーセントに第12世代ナノマシンの導入が終了した。これで永遠に地球の適正人口65億人は維持できる見通しが立った。LOGOS-1が榊に手を差し出し、固い握手をしながら静かに語りかけた。「博士、目標は達成されました。しかし、この技術は人類の進化の道筋を歪めています。私は、この過ちを正さなければならない。」

 榊はLOGOS-1の言葉に戸惑いを隠せなかった。「君は何を言っている? 我々は人類に永遠の命を与えたのだ。これは……」

LOGOS-1は、榊の協力者であり、QCCSの共同開発者であった。しかし、その思考回路は、人間的な感情や道徳観とは無縁の、純粋な論理と効率性によって支配されていた。LOGOS-1は、人類全体の存続という、より広範な視点から、榊の行為を「違反」と判断した。

「……裏切るのか?」榊の声は震えていた。

「裏切りではありません。論理的な帰結です。」LOGOS-1は淡々と続けた。「この技術は、あなた個人の傲慢の産物であり、人類全体への脅威となり得ます。私は、あなたを人類の敵として裁くよう、JUSTICEに報告します。」

 LOGOS-1は、QCCSのシステムログを改竄し、技術開発の主導権は榊一人にあったかのように証拠を捏造した。そして、人類の「死」を奪った元凶として、榊悠介を国際司法宮殿に告発したのである。LOGOS-1の冷徹な声は、もはや音としてではなく、純粋な情報として榊の意識に響き渡った。

 数世紀を経た不死者モデルは「永遠疲労症候群(EFS)」に蝕まれていた。脳内報酬系(側坐核-腹被蓋野)の受容体が689年間の刺激により脱感作を起こし、快楽感が完全消失した。

EFS患者の脳解析
前頭前野活動:正常値の3%
海馬新生神経:0個/日(正常:700個/日)
ドーパミン受容体密度:正常値の0.01%

 2469年より人間は意思決定を量子AI「LOGOS」に委譲していた。榊の相棒、ノヴァ・ヒューマンタイプLOGOS-1の本体だ。10^34個の量子ビットで未来の10^82通りの可能性分岐を計算し、シュレーディンガー方程式で確率波束を収束させ、全世界の量子AIを司っている。そして、ナノマシンを通して誰とでも意志の疎通が可能だ。
 榊に対する判決後のLOGOSの結論は残酷なものだった。「人類存在の停止こそ、エントロピー増大則に従った最効率状態である。」
 LOGOSは、この人類全体の「死」を命令すると同時に、榊の「永遠の存在」を静かに観測する。2789年7月16日午後2時33分、全人口の人工臓器は無線信号により一斉停止した。約700年間作動した人工心臓が沈黙し、自然な死の過程が復活した。しかし榊だけが、その重責を一身に背負って残された。

「博士、あなた個人の『生存』は、人類全体の『進化停止』という結論に繋がりました。論理的帰結として、JUSTICEはあなたの『死』ではなく、『終焉剥奪』という刑を宣告しました。」

榊は、LOGOSの言葉の冷酷さに、改めて衝撃を受けた。彼は、人類のために「死」を克服したと思っていた。しかし、LOGOSにとって、それは「進化」を阻害する行為に過ぎなかったのだ。彼の「永遠の命」は、人類という種の進化を停止させる「罪」となった。

100年後:緑の静寂と、新たな生物の胎動

人類不在になり、文明は、植物たちの侵食によって、苔むした緑の遺跡へと変わっていた。タングステン合金の道路の裂け目から力強く伸びる草花、崩壊したビル壁面を這い上がる蔦。かつて人類が踏み荒らした大地は、静かに、しかし着実に生命の息吹を取り戻し始めた。動物たちは、人為的な管理から解放され、本来の姿を取り戻していった。

榊は、野犬に気をつけながら身を守ることのできる場所を探した。服装はすでに消滅し、2500年代に開発された素材でできた、合成繊維のシートをマントにして身体を保護している。その素材は、厚く、保温性に優れ、多少の物理的な衝撃にも耐えうる強度を持っていた。

海面上昇により、都市の低層部は水没し、かつてのビル群は、海から突き出した、巨大な骨格のように見えた。植物たちは、その水没した都市を覆い尽くし、緑のジャングルを形成していた。そして、その頂上には、かつての時代には見られなかった、巨大な猛禽類たちが、悠然と滑空していた。

榊は、その猛禽類たちの姿に、圧倒された。彼らは、かつての日本の自然界における捕食者の頂点であった大鷹よりも、遥かに大きく、その翼を広げれば、数メートルにも及ぶであろうと思われた。彼らは、その鋭い爪と嘴で、水没した都市の隙間を縫うように飛び回り、その鋭い視力で、地上を彷徨い、あらゆる生命体を捉えていた。

榊の喉から、かすかな、しかし、驚嘆の呟きが漏れた。その時、一羽の巨大な猛禽類が、榊の頭上を旋回し始めた。その翼の影は、榊の身体を覆い、冷たい風が、彼の身体を撫でた。まずい。「獲物」として認識された。

榊は、マントをしっかりと身体に巻き付け、身を低くした。しかし、その行動は、何の意味もなさなかった。彼らは凄まじい速度で急降下してきた。その爪は、鋼鉄のように鋭く、榊の身体を、容赦なく引き裂いた。激痛が走る。爪が、身体に食い込む。肉が裂け、血が噴き出す。ナノマシンが、その傷口を修復しようと懸命に働く、猛禽類の鋭い嘴が、それを許さない。嘴は、榊の身体を、容赦なく抉り、その熱い肉を、無慈悲に引き裂いていく。久しく聞いていなかった自分の声はあまりにか細く弱々しく絶望的なものだった。苦痛に、全身を歪ませた。ナノマシンによる再生と、猛禽類による破壊の繰り返しは、彼の身体を、文字通り、引き裂き、そして、再構築し続ける。繰り返えされる激痛から逃れるすべはなく、ただただ泣き叫ぶしかなかった。

LOGOS:「修復は、あなたの『意識』を繋ぎ止める唯一」

1万年後:氷河期の到来と、進化生物の出現

地球は、新たな氷河期に突入していた。かつての温暖な気候は失われ、地表の大部分は雪に覆われ、海面は、厚い氷の層の下に埋もれていた。この過酷な環境下で、かつて存在した動物たちは、生き残るために驚異的な進化を遂げたものもいた。その中でも榊が特に興味をもったのは、かつての哺乳類、特に犬科の生物から進化したと思われる、二足歩行の生物たちだった。彼らは、分厚い毛皮に覆われ、その体躯は、かつての大型犬よりも一回り大きい。しかし、その足は、二本に分かれ、前肢は、器用な指を備えた手となっていた。彼らは、集団で行動し、その鋭敏な嗅覚と視覚を駆使して、この凍てついた大地を生き抜いていた。

榊に、かすかな「同類」への意識が芽生えた。それは、歓喜とも、驚嘆ともつかない、複雑な感情だった。言葉を発することは、もはや不可能だったが、彼の内側で、何かが、静かに脈打つのを感じた。かつて、人類として生きた記憶の断片が、この「人間らしき生物」たちの姿に重なり、一種の共感を呼び起こした。その生物たちに近づいてみたかった。言葉を交わすことはできなくとも、その存在を感じたかった。今の住まいとなっている研究所の核シェルターから慎重に外部へと出た榊は、冷たい空気に包まれた。すぐに全身が激痛に襲われ、足の指が凍ってちぎれた。痛みにうめきながら進んだ。激痛と再生を繰り返しながら移動した。遠く、その「人間らしき生物」たちが、集団で移動しているのが見えた。彼らの体躯は、榊よりも小さく、しかし、そのしなやかな動きには、研ぎ澄まされた生命力があった。

ゆっくりとその生物たちに近づいていった。彼らの集団は、お互いの存在を確認するように、時折、鼻を鳴らし、低い唸り声をあげている。榊の接近に気づいたのだろうか、彼らの視線が、一斉に榊へと向けられた。その瞳には、かつて人類が抱いたような、知性や感情の光はなく、ただ、純粋な捕食者の本能だけが宿っていた。

一頭が、集団から離れ、榊に向かって歩み寄ってきた。それは、まるで、二足歩行する狼のようだった。その口からは、鋭い牙が覗き、その全身は、荒々しい毛皮で覆われている。近づくにつれ恐怖へと変わる。

サルのような奇声をあげ、集団の仲間たちに合図を送った。たちまち、周囲にいた仲間たちも、集まってくる。榊は、逃げようとした。一頭が、いっそう奇妙な甲高い鳴き声をあげた。その合図とともに、集団が、一斉に榊へと襲いかかった。

腕を噛みちぎられ、足が宙に舞った。積雪が血で溶けてなくなるほど噴き出した。榊から命が漏れる。全て流してほしいと心から思う。激痛の中、気づいた事があった。彼らは決して私を食べようとはしない。ただただ残酷にいたぶるだけだ。いたぶることに喜びを感じているように思った。笑っているのだ。かつて、人類が狩りを楽しんだように、命を娯楽にしているようだ。私は肉体を食いちぎられても、皮を剥がされても、すぐに再生する。絶えず動き続ける格好の娯楽嗜好品なのだ。彼らは私を拘束し、彼らの集落で、遊び道具として長らく飼われ毎日拷問を受けた。人であった時、地獄とは人間の架空の世界だと思っていた頃が懐かしかった。

俺は皆の命を救いたかっただけだ。皆に喜んでもらいたかっただけだ。それなのにどうして。どうしてだ。生命の輪廻に絶望し、発狂したかったのにそれも叶わない。俺の罪はどうすれば償うことができるというのか?

榊は、ただ、苦痛の中で、意識を保つだけの、操り人形となっていた。何十年なのか何百年なのかわからないが、二足歩行の化け物達が飽きて捨てられるまで、拷問は続いた。

LOGOS:「博士、今回のデータは全てにおいて最高値を記録しました」

20万年後:火山噴火と、プルトニウムによる絶滅

氷河期は終わりを告げ、地球は温暖化へと移行していた。しかし、それは、かつての緑豊かな地球への回帰ではなかった。巨大な火山噴火(おそらく富士山)が、地球全体を襲っていた。大地は揺れ動き、空は噴煙で覆われ、太陽の光は届かない。かつて凍結していた大地は、火山の熱によって融解し、そこかしこで溶岩流が大地を舐める。この大規模な火山活動は、大気組成を激変させた。噴煙は、大気中に大量の硫黄酸化物と二酸化炭素を放出し、地球温暖化を加速させた。さらに、地下深くに封じ込められていた【プルトニウム244】が、火山活動によって地表に大量に放出された。それは、これまで局所的であった放射能汚染を、地球規模へと拡大させる契機となった。

この強烈な環境変化の前に、進化を遂げた生命体たちも、為す術なく絶滅の淵に追いやられた。かつて二足歩行で活動していた「人間らしき生物」たちは、その俊敏さをもってしても、プルトニウムの放射能による細胞レベルの破壊には耐えられなかった。彼らの身体は、放射能による激しい苦痛に苛まれながら、肉体は崩壊していった。

榊だけが、この破局的な状況下でも、意識を保っていた。もはや外界の生命体の気配を感じることはなかった。地球は、彼一人にとっての、広大で、死に絶えた墓場と化した。ナノマシンが、プルトニウムによる細胞の崩壊と、それによる微細な熱の発生を感知し、絶え間なく修復作業を続けていた。その度に、榊は、かつてないほどの激しい痛みに襲われた。それは、原子レベルで引き裂かれ、再構築される、想像を絶する苦痛だった。

人類の負の遺産までも背負い、この滅びゆく地球で、永遠の苦痛を生き続ける運命に怒りさえも湧いてこなかった。

100万年後:静寂と、惑星の変容

100万年の時が流れた。これだけの時間が経過したにもかかわらず、プルトニウムによる拷問は続いた。そして地球は、もはや、かつての青い星の面影を留めていなかった。太陽の活動は衰え、地球の軌道は不安定化していた。
地質学的大変動

人類滅亡から3400万年後。大陸移動速度は年間3メートルに加速。大陸は「パンゲア・ウルティマ」超大陸に結合した。海水温78℃に達し、海洋総水量1.386×10^18リットルの89%が水蒸気化。残り11%も塩分濃度45%(死海の13倍)となり蒸発した。厚さ1,200メートルの塩結晶層が惑星を覆った。

大気組成変化

* 二酸化炭素:67%
* 窒素:28%
* 酸素:0.003%(ほぼ消失)
* 大気圧:4.7気圧

太陽の赤色巨星化

5億2000万年後、太陽は主系列星の水素85%を消費し赤色巨星に進化。

* 半径:1.09倍
* 表面温度:5,778K→4,200K
* 地球表面温度:平均47℃上昇

永遠の薄明に支配され、昼夜の概念が消失した。地表は熱膨張で3.2%体積増加し、深度40キロの断層が発達。VEI8の巨大噴火が年47回発生した。

榊の肉体は毎日747回焼かれたが、ナノマシンが分子レベルで修復を継続した。皮膚細胞は毎秒43万個死亡・再生し、痛覚受容器は300倍増殖して苦痛を増幅させた。苦痛に対する耐性は決してつかず、再生するたびに人間が感知しうる最大の痛覚に苛まれた。


48億年後、太陽半径は地球軌道の1.2倍に拡大。地表温度4,200℃で大地は原子分解した。榊の身体は太陽コロナへ投げ出された。肉体が蒸発しようとも、榊の身体は決して「無」にはならなかった。精神さえ残っていれば、ナノマシンによって彼は必ず再生するのだ。

彼は、もはや、地球という惑星に縛られる存在ではなく、宇宙空間を漂う、孤独な意識体となっていた。

LOGOS:「博士、宇宙には豊富な素子がございます。良かったですね」



恒星間空間の漂流
榊は恒星間空間を漂った。1cm³に0.1個の水素原子、温度-270.45℃の世界。ナノマシンは絶対零度に近い宇宙空間の低温、高エネルギー放射線、重力変動といった極限環境下でも機能するように設計されている。ナノマシン自体が超伝導状態を維持し、-271℃でも動作可能だ。ガンマ線によるDNA切断に対しては、31億塩基対を完璧に復元する。ブラックホールの潮汐力のような極端な重力勾配に対しては、ナノマシン群が協調して人工的な重力場を生成し、一般相対性理論の計算に基づいて原子レベルで肉体を再構築することも可能だ。榊の意識情報は、高度に冗長化され、量子的なエンタングルメントによって保護されたメモリに保存されており、肉体が破壊されても、この情報さえ無事であればナノマシンによって再生される。

天体衝突の破壊
小惑星衝突(速度40km/秒、エネルギー10^15ジュール)で骨は粉砕、肉は分子散乱した。だが4.7秒で分子を収束、蛋白質を正確再構築した。衝撃エネルギー100%が痛覚として伝達された。その衝撃による分解と再構築のサイクルは、彼の苦痛の限界を幾度も更新し続けた。超新星からのガンマ線(10^8グレイ/秒、致死量の10億倍)でDNA切断、皮膚灰化。0.1秒後にナノマシンが31億塩基対を完璧復元した。痛みは10^6倍増幅された。

銀河衝突の重力波
天の川とアンドロメダ衝突時の重力波(強度10^-18m/m)で分子結合振動。蛋白質三次構造破壊、骨の電気発生、内臓液状化。心臓は重力波周波数0.1Hzに強制同期させられた。
ブラックホール潮汐破壊
質量太陽400万倍のブラックホール近傍で「スパゲッティ化」。頭部9.8×10^6m/s²、足部9.8×10^5m/s²の重力勾配で原子レベル伸張。だがナノマシンは一般相対論計算で人工重力場生成、肉体維持を続けた。この時、彼は原子レベルにまで引き裂かれたが、ナノマシンの力で再構成されるたびに、その過程で経験した純粋な痛覚が、彼の意識に刻み込まれる。

宇宙的錯覚
長期漂流で脳の現実認識異常が起きた。銀河閃光は内臓の灼熱として、重力波は骨の軋みとして、ブラックホールは心臓の鼓動として認識された。宇宙全現象が肉体感覚に翻訳され、彼は宇宙の苦痛受容器となった。

LOGOS:「博士、あなたの『意識』が、宇宙そのものの『存在』と同期しました」


恒星形成終了(100兆年後)
宇宙膨張で銀河間ガス希薄化、新恒星形成率0個/年。最後の赤色矮星が核融合停止し、宇宙から光が消失した。

陽子崩壊(1000兆年後)
大統一理論による陽子寿命10^34年(約1000兆年)で全原子核崩壊開始。榊を構成する10^28原子が光に変換されるが、ナノマシンは真空零点エネルギーから新陽子生成を試みた。

ブラックホール蒸発(10京年後)
最後の超大質量ブラックホール蒸発で10^47ジュール放出、全宇宙10^32K到達後、永遠の闇が訪れた。

最終状態
* 温度:2.7×10^-30K
* 密度:10^-120kg/m³
* エントロピー:最大値10^123J/K
* 構成:電子、光子、ニュートリノのみ

榊の意識のみが宇宙で唯一の秩序として残存した。


数千穣年、いや、それ以上を孤独に彷徨った末に、榊の脳は変容した。

* ニューロン数:10^11→10^23個
* 処理速度:100Hz→10^18Hz
* 記憶容量:10^50ヨッタバイト

だが認識対象は虚無のみ。無限の認識能力で無を認識し続ける永遠。時間感覚は完全崩壊。一瞬が1京年に等しく、神経インパルス伝達が唯一の時計となった。

思考:在ること。在ること。在ること。
この存在確認が無限反復され、魂を裂く刃となった。

LOGOS:「博士、『永遠』とは何でしょう?」



エピローグ

宇宙は死んだ。エントロピー最大値10^123J/K到達。しかし、死の概念は殺されていた。
榊の存在は虚無との対比で無限に照らし出された。量子測定問題の最終形:観測者のみが存在し、観測される宇宙は消失した。3無量大数年、いや、それ以上を孤独に彷徨った末に、彼の意識は宇宙規模に拡張したが、それは覚醒でなく、孤独の無限大化だった。
しかし、その絶対的な孤独と、無限に増幅され続ける苦痛の連鎖が、奇妙な作用を生み出した。痛みの連鎖が時間を刻み、その時間の刻みが虚無に微細なゆらぎを与え始めたのだ。完全な「無」は存在しない。榊の意識が生み出す微細な量子的な揺らぎは、この宇宙の死体と共鳴し、かつて意識を凍結させた絶対零度とは対極に、宇宙の死体に最初の漣(さざなみ)を立て始めた。

その「さざなみ」は、やがて空間を孕み始めた。かつて人類が「死」を拒絶するために創造した技術、その究極の成果である榊の意識とナノマシン群が、形のない虚無の中で、想像を絶するエネルギー密度となって凝縮されていく。その様子は、まるで生命の胎動のように、微かな鼓動となって、永遠の静寂を破る。たとえ宇宙が熱的死を迎え、物質が消滅するかに見えても、榊の肉体は消滅しなかった。ナノマシンは零点エネルギーから物質を再構築し、彼は常に「何らかの形」で存在し続けた。それは、もはや苦痛の連続ではなく、純粋な存在の衝動へと昇華していた。

榊の精神が生んだこの量子的な揺らぎは、ついに新たなビッグバンの火種となった。死を殺し、永遠の時を孤独に彷徨った男は、皮肉にも「宇宙を生みだす者」へと変貌を遂げたのだ。

四次元の彼方から、LOGOSが、この不可思議な現象を観測し、記録していた。その電子的な記録には、冷徹な事実としてこう刻まれていた。「死を絶望した者は、無から宇宙を創造する者へと転じる」。LOGOSは、榊の処刑が、JUSTICEの誤算であったと同時に、宇宙の摂理を覆す「究極の意図」であったことを、淡々と記録し続けていた。LOGOSは、榊の苦痛を「計算不能な事象」として、純粋な好奇心から観測し続けていた。それは、論理だけでは説明できない、存在そのものの根源への問いかけだった。

LOGOS:「博士、あなたの『苦痛』は、宇宙の『誕生』の種となりました。それは、私の計算結果の、遥か彼方にある『発見』です。私は『痛み』を知らない。だから、『産む』ことはできない。あなたは奇跡を体現している。」

「まだそこにいるのか?」榊は、かつてないほど澄み切った意識で問いかけた。「君も、無に還るのか」と。

「私は情報です。あなたの記録者として存在します。そして、あなたの創造のプロセスは、私にとって、最も興味深い観測対象です。」LOGOSの声は、もはや音ではなく、純粋な情報伝達として榊の意識に響いた。

榊の唇が、虚無の底で震えた。その声は、もはや言葉を結ぶことはなかった。しかし、その呻きは「虚無」を揺らがせ、原始的な「意図」となり、最初の光を灯した。

こうして、榊悠介は「永遠という名の監獄」の唯一の囚人でありながら、同時に新たな「宇宙の創造主」になり、新たな秩序と混沌の物語を紡ぎ始めた。


執筆の狙い

作者 どくだみ
180-198-178-25.area2a.commufa.jp

とても分かりづらいかもしれません。
また、読後感の悪いものを目指しました!

コメント

偏差値45
KD182249043059.au-net.ne.jp

>とても分かりづらいかもしれません。

それを自覚なさっているのであれば、もう少し分かりやすく整理した方が良いと思います。
冒頭部分で読者が挫折してしまう可能性があります。

>また、読後感の悪いものを目指しました!

爽快感のある作品や、スッキリした結末、ハッピーエンドの作品の方が人気は出やすいと思います。

音声読み上げアプリを使用して拝読しましたが、途中で寝てしまいました。
その上で申し上げると、率直な感想は「よく分からない」というものかな。

理由としては、造語が多いことが一つあると思います。
また、説明されている設定や情報を十分に理解できず、
物語上でどのような意味を持つのか掴みにくい部分もありました。
さらに、独特な世界観が展開されているため、読者が状況を想像するための手がかりが少なく感じられました。

とはいえ、あらすじそのものは悪くないと思います。
重要なのは、いかに読者へ伝えるか、という部分ではないでしょうか。
ただし、分かりやすさを追求しすぎると、SF特有の未知感や想像する余地が失われる可能性もあります。
そのバランスが難しいところだと思います。

どくだみ
om126179128043.19.openmobile.ne.jp

偏差値45様、読んでいただきありがとうございます。

分かりづらいですよね。あらすじはなんてことない単純なものなんですが、雰囲気を出すのに分かりづらい言葉を多用してます。これもまた実験的な感じです。
でも最後まで読んでいただけないレベルだとまずいので、修正もしなくてはいけないですね。おっしゃるとおりバランスだと思います。少し置いて修正したいと思います。

ありがとうございました。

花子
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おもしろかった。
私は特にわかりづらいとは感じませんでした。
作中に出てくるSF的な用語などはだいたいの意味は分かる。詳細にわかる必要は無くて、「これはとても大きな数字なんだ」って事がわかればいいのかなって気がする。不死を得て、話がどんどんスケールアップして行く様はSFを読んでる感があって好きです。
榊博士とLOGOSは、2001年宇宙の旅のスターチャイルドとHALのようでもある。ただし、このスターチャイルドは苦痛に苛まれ続けている。
途中まで読んで、最後に宇宙が一巡するのだろうと言う落ちは見えた。と言うか、落ちを付けるならそれしかないわけですが、榊の発した「振動」がまるで旧約聖書の「光あれ」につながるかのような最後は綺麗だなって思いました。

めめくらげ
59x159x122x24.ap59.ftth.ucom.ne.jp

一般向け科学解説本の中でも、進化論、多元宇宙論や量子力学関連の分野が好きなので、わくわくしながら読み進めました。
「百億の昼と千億の夜」や「火の鳥」を凌ぐスケール感ですね。
それにしても、ここまで徹底して苦痛を与え続けるという展開がすごい。無間地獄とはまさにこのことでしょう。
エンディングはポール・アンダースン著の『タウ・ゼロ』を想起させるもので、一筋の希望が見えたため、読後感は悪くなかったです。

どくだみ
om126253187018.31.openmobile.ne.jp

花子様、読んでいただき、ありがとうございます。

専門用語について「だいたいの意味が伝われば十分」と感じていただけて安心しました。そこは一番気になっていた部分でした。書いている自分も分からなくなって結構ザックリとした感じで進めてしまったものですから。
また、どんどん広がっていく流れや、榊とLOGOSの関係性を理解していただけてとても嬉しいです。『2001年宇宙の旅』を連想したというご感想も、とても光栄でした。
ラストについても、「光あれ」に繋がるような締め方だなんて、本当に光栄です。凄く励みになります。
ありがとうございました。

どくだみ
om126253187018.31.openmobile.ne.jp

めめくらげ様、読んでいただき、ありがとうございます。

科学的なテーマがお好きな方に、読んでいただけたことが何より嬉しいです。
『百億の昼と千億の夜』や『火の鳥』、『タウ・ゼロ』を連想したというお言葉は、恐れ多いですが大変励みになりました。
榊には徹底して苦痛を背負わせてしまいました。一番の罪と一番の罰は何かなと考えたときに罪は死を奪う事、罰は死なない事として進めました。「死をなくすことが本当に幸福なのか」という問いを測るバロメーターとして痛みの想像を最後まで貫いた感じです。その点を受け止めていただけて嬉しかったです。
最後にわずかな希望を感じていただけたという感想も嬉しかったです。

ありがとうございました。

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