角刈りの背中
ふじみの爺が死んだ。ふじみなのに死ぬなんて、と思ったのはわたしだけではない。母も婆も。婆と同居していた叔父だってそうだ。
大工だった爺は、わたしが生まれる何十年も前に自分の家をほとんど一人で造り上げた。当時としては珍しく、茶の間が二階にあって、天気の良い朝晩には遠く小さくではあったけれど富士山が見えた。爺はいつも富士山が見える縁側で、黒い工具箱を傍らに置いて、ノミやカンナの刃を研いでいた。
わたしがまだ小学生のとき、わたしたちのために家を建ててくれたのも爺だ。当時、叔父は爺の見習いをしていた。今でも叔父は爺のことを親方と呼ぶ。
その建築中、爺が足を滑らせ落下した。幸いにも足の甲を折っただけですんだ。梁に手を伸ばしたが間に合わず、尻もちをついた。「痛ってえ!」と言って立ち上がった爺は、「こんちくしょうめ!」と落ちていた端材を蹴った。骨折はその時のものだ。爺はその日のうちに現場に戻り、一発目の釘打ちの際、玄能をくるりと一回転させ、ひと呼吸おいてから叩き込んだ。
爺が「医者のついでに散髪してくらあ」と言って現場を離れている間、叔父は自分が組んだ梁をいろんな角度からずっと見上げていた。濡れたシャツに浮かんだ背骨がたわんで見えた。
「おーい、晩飯だぞ。早く来い」
離れには叔父のほかに小僧と呼ばれる見習いがいた。小僧は来なかった。
婆が箪笥の引き出しを片っ端から開け始めた。家の空気が震えた。
「なーに、口減らしになっただけだ。おれの飯はいい。好きに買え」
振り返った爺が、尻のポケットから出した財布を婆にひょいと投げた。
爺の背中は一枚板を据え付けたみたいにぶ厚かった。叔父の視線は爺の背中に吸い寄せられ、息を止めていた。叔父の背中の影が小さく震え、鼓動が、届いた。西日が爺の影を伸ばす度、叔父の腰がわずかに退いた。離れの軒下には片方だけひっくり返った草履が残っていた。
その翌日から、家の気配が薄くなった。流しの台に置かれた湯呑の中で、叔父のものだけが少しずつ隅に寄っていき、定位置となった。
落下事故だけではない。弟子が消えても爺の背中は動かなかった。いつの間にか「富士見の爺」は「不死身の爺」と呼ばれるようになっていた。
古稀を迎えても現役で梁をすいすいと渡っていた。仕事始めに行う玄能の技は変わらず巧みだった。しかしその年、仕事先で頭部に落下物が当たった。医師からは厳しいことを言われたらしい。半身に麻痺が残ったものの、半年間のリハビリの末、杖をついて自力で歩けるまでに回復した。
爺とはよく散歩に出掛けた。子供の頃は角刈りの影を追いかけていた。今はわたしが度々振り返るようになった。爺の瞳にわたしの背中が映っていた。
自宅に戻って間もなく、爺が倒れた。深夜に病院に搬送され、母とわたし、叔父が駆け付けた。待合室のベンチに座る婆は背中を丸めてうつむいていた。脳梗塞とのことだった。すぐに手術、爺はまた立ち上がった。叔父によると、爺は手術直後から「腹が減った」と騒いでいたそうだ。「ほんと死なねーな」と叔父は悪態をついた。それ以来、爺は施設暮らしになった。
叔父がふらりと戻り、婆と同居することになった。婆を独りにはしておけないと叔父は言った。
「わたし、叔父さんのことあまり好きじゃない」
母は一瞬だけ動きを止めた。
「あの人は……。あの人はね、いつもお爺ちゃんの背中を追っていたわ」
母の目が遠くを見ていた。
「そういえばお爺ちゃんが作ってくれた木のおもちゃ、まだ持ってる?」
「何それ? 覚えてない」
母は軽く笑った。
「アルバム、見てみなさい」
入所して間もなく、爺が肺炎になった。その後も幾度か入退院、入退所を繰り返した。叔父が「またかよ」と半笑いしたのをみて、わたしは「爺は不死身だから」と返した。爺は持ち堪えたが、食べ物を口から摂取することができなくなった。胃ろうになり、その一年後に亡くなった。
爺の葬儀は二日後に決まった。わたしたち三人はその間、爺の家に泊まり込んだ。
婆がふらりと茶の間に入って来た。
「お父さん、いつ帰ってくるんだろうね」
誰も言葉を返せなかった。
「お父さんの背中、大きくて温かかったなあ。よくおんぶしてもらったのよ」
母が空気を入れ替えた。
「わたしだっておんぶしてもらったよ。角刈りの匂いがした」
「角刈りの匂いって……」
叔父はそこで口を噤んだ。
爺が骨になった。爺の形がなくなると、わたしの背中が軽くなった。骨壺に収められ、いざ出発というときになって、母がちょっと待って下さいと言った。
骨壺に駆け寄り、それを抱き続けた。背中の重みが違った。
母の体温が、骨壺に移った。
喪主の挨拶の前、叔父は何度もネクタイを締め直していた。その姿を見ていた私は、目の奥が少し冷えていた。肩の沈み具合が、爺の重さに釣り合わない気がした。
「爺って案外イケメンだったんだね」
爺の家で、母と婆、叔父、そしてわたしで古いアルバムを囲んだ。
爺がバイクに跨った写真。パンチパーマにしたんだね。できたてらしくちりちりしていた。同じポーズでヘルメットをかぶってもう一枚。
幅の広いズボンと角刈りにねじり鉢巻。背景にはまだやぐらのような家。きっと棟上げ直後だね。
婆との結婚式。神妙な面持ちの爺。盃を落としそう。前日に床屋に行ったのか、角刈りが角張りすぎ。
生まれたばかりの母を抱く爺。小さな母の手が角刈りに向かって伸びていた。
叔父を抱く爺。角刈りが陽を受けて光っていた。
七五三の家族写真。相変わらず角張っている。
「爺って、節目の写真撮るとき必ず前日に床屋行くよね」
叔父が目を伏せたように見えた。
玄関先で二十歳の晴れ姿の母。隣で爺は横を向いている。だいぶ髪が薄くなった。髪を撫でつけたポマードのせいか、頬が少し光っていた。爺の肩口の輪郭だけがわずかに揺らいでいた。
母の結婚式で天井を見上げている爺。ここでも爺の背中は小さく揺らいでいた。
わたしを抱く爺。
途端に目が熱くなった。
爺が背中越しに何かを差し出していた。わたしはそれに気付かず、揺れる爺の角刈りの影を追ってはしゃいでいた。その瞬間、木の香りが蘇った。
母の様子には気づかないふりをしていた。アルバムをめくる度に、母は息を詰めていた。
玄能をくるりと回す爺をとらえた写真。朝陽を受けた手の中で、玄能が一瞬だけ重みを失ったかに見える。爺の「間」の瞬間を切り取った写真だった。その横では叔父がカンナの刃を光にかざしていた。
爺が角材を運ぶ写真。後ろに叔父が写っている。爺は少しだけ後ろを気にしているように見える。
「ありゃあ、線香消えちゃってるじゃん」
叔父が背を向けた。
わたしは「ちょっと家に戻ってくる」と言って茶の間を出た。ろうそくに揺られた影がいくつにも重なって見えた。叔父の影か。玄関の戸を閉めたとき、爺が線香の香りとなって漂った。
屋根裏は古い木の香りが密度を増していた。陽に照らされた屋根がそうさせるのか、どこか温もりを感じる空間だった。裸電球の紐を引くと、角刈りの影が浮かび上がった。そこで見つけたものは、複雑に木を組んだ立体だった。手に取ると、おんぶの背中で嗅いだあの匂いが立ちあがった。それはとても精巧で不思議なものだった。組み方を変えると様々に形を変えた。
納骨が終わり、掛け時計の針がひとつ進んだ。茶の間の空気が日常に戻り始めた。
叔父から買い物に付き合ってくれと頼まれ、気が進まなかったが同行した。叔父の車の中で「買い物ってなに?」と聞いたら、「女ものの下着」という答えが返ってきた。冗談ではなかった。買い物は、婆の下着だった。婆の異変に最初に気付いたのは叔父だった。
母もわたしも、しばらく爺の家で過ごすことになった。その間、私はずっと木のおもちゃをいじっていて、形を変えては戻していた。どう組めば正解なのかはわからないままだった。
母が茶の間に入ってきて、
「お父さんからこれを……」
と、まだ封を切っていない封筒を持ってきた。その厚みが爺の背中と重なった。
今度は叔父が爺の工具箱を持ってきた。
その工具箱は、焼いた杉板を使って爺自ら作ったものらしい。ある日、叔父がカンナを忘れて爺の工具箱に手を伸ばすと「触んじゃねえ!」と一喝されたそうだ。その翌日、爺から「ほらよ」と言って渡されたものは、カンナ台こそ手垢で汚れたものだったが、刃は鋭く光っていたという。
叔父の指が鈍く光る留め金に触れると、一瞬手を引いた。ひと呼吸おいて、乾いた打音が鳴り観音開きの扉が開いたとき、わたしの瞼が上に引かれた。箱いっぱいのノミ。三十本以上あるだろうか。それらが秩序を保って並べられていた。二段構えのノミの段を外すと、叔父は玄能を手にとった。叔父が玄能を回そうとしたがうまくいかず、次はカンナの刃を指で撫でた。
婆がバイクの音に気付き、「郵便屋さんだ」と言って茶の間を出て行った。しばらくして戻ってくると、
「お父さん、なんで額に入っているの? それにしてもいつ背広なんか買ったんだろうねえ」
婆が手紙やハガキをテーブルの上に置いた。
その翌日、最後の支払いのために、三人で爺がお世話になった施設に向かった。叔父がカウンターに差し出された請求書をぱらぱらとめくって見ていた。母は叔父の横から、わたしは二人の間から様子を見ていた。
叔父の手が一枚の明細書で止まり、
「親方……」
と絶句した。
わたしと母がのぞき込むと、それは散髪代の請求書だった。
背を屈めた叔父から零れ落ちた大粒の水滴が床を打った。
請求書の日付は、爺の命日の前日だった。
執筆の狙い
5、6年前に投稿した作品を、いまの自分の文体に合わせて練り直しました。
当時は書ききれなかった部分や、いまだからこそ見える輪郭を整えています。
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