肛虐監禁【令嬢社長・二十七歳の絶望】
調教部屋だ。
といっても、八王子にあるFラン私大の城下町といっていい地域の、ごくごく普通の1DKだ。
その部屋の床に撥水性のあるライトブルーのカーペットが敷き詰められている。
べつに天井から鎖が垂れさがっているわけでも、壁に磔台が立てかけられているわけでもない。それで調教部屋だというのだが、この部屋の主=穴太郎にある女の調教を依頼している富塚にも匹目にも、その要諦がようやく解りかけてきたところだった。
自称M女調教人、さらに“肛虐の鬼”などという異名まで取るという穴太郎は言う。ネット上での噂はともかくリアルでの当人は多少猫背気味の地味な中年に過ぎないのだが、通としてそうしたことを語る際には、普段ショボいその双眸にそれなりの光が宿る。
『涙、汗なんかは当然のこととして、涎、鼻水、バルトリン腺液、膣分泌液、カスパー腺液──。調教中の女体からはいろんな体液が出てくるからね。掃除し易いよう、部屋はシンプルに保っておくのが一番なんだよ。それに加え、牝としての革めてのトイレット・トレーニングなんかがある。ときにはあえて粗相をさせて、……なんてステップも踏むわけだが、どんな美人から出たモンだってそんなモンでヘンな染みなんか作ったりしちゃあ、次の引っ越しのとき大家さんに、敷金・礼金、全部持ってかれちゃうもんね』
M女調教人などという異様な肩書きを名乗っている割りに、敷金・礼金などという生活者的細事を気にしている点がちょっと妙だなと、その話が出たなん度目かの会合の帰途、中央線の吊り革にブラさがりながら、富塚、匹目は囁き合ったものだ。
ネットで穴太郎を見つけたのは匹目のほうだった。
富塚、匹目──。二人とも東京都下相川市にある小さな町工場のしがない工員に過ぎないのだが、匹目のほうは高専卒で、ITなどにも精通している。世が世なら金の卵といったところか? そして富塚には工業高校卒のケンカの腕があった。
従がってこの二人で組んでなにか悪さをするような場合、インテリジェンス≒情報収集・評価・提示は大抵匹目の役目なのだが、その匹目が、設置された掲示板の書き込みが妙に熱いSM小説のHPを見つけてきたのだった。
“ジャズる”などという六十年代的符丁を使いなにやらオッサンたちが性的武勇伝を語り合っているようなのだが、書き込みのなかに幾つか、これひょっとしてマジか? と感じさせるものがあった。
もっとも、普通のブラウザでは観ることができないダークウェブなどではない。
入り口のSM小説もヒロインを死に至らしめるようなものまであり商業的にはNGなのだが、とかく過激になり勝ちなネット上のエログロとしては、逆に穏当なほうだろう。
しかし匹目は、そこがレイパーたちが集う闇サイトだと直感し、自身も書き込みを開始したのだった。
すでに述べたように、穴太郎と名乗る投稿者との会話が弾んだ。
その投稿者は本体のHPにも作品を幾つかUPしていて、とはいえ、内容的には他愛もない、ファンタジー世界のお姫様虐めだった。眼鏡のレンズ用のガラスにさえ事欠いていたはずの中世ヨーロッパ風異世界に女の胴ほどもある巨大ガラス製浣腸器が登場してしまうというのだから、どうかしている。ただ、大量の浣腸液を受け入れた際のお姫様の下腹の膨れ具合などに、妙に生々しい描写が見られた。
汗がいったん臍窩に溜まり、そこからツツーッと涙のように流れるというのだが、リアルな女体でも実際そんな風になるのだろうか?
ケンカ慣れした富塚は急いてことを仕損じるような馬鹿ではないが、その富塚が多少焦れるなか、匹目は彼、即ちHN=穴太郎との会話を続けた。
そして遂に、『今度オフで会ってみませんか?』と投稿すると、直後の書き込みは当の穴太郎からのものではなく、他の掲示板住人に由るのものだった。
『お二方の御武運、お祈り申しあげます』
それにしても、“御武運”とは一体どういう意味なのだろうか? やはり他の住民たちもこれがリアルなレイプ計画だと知っていて、それでそんなエールを送ってきたのだろうか? だとしたらなんとも、トンデモない掲示板である。
とはいえ、そんなインターネット上の会話のなかで、匹目たち二人のターゲットになった女の運命は決まっていったのだった。
会合場所は穴太郎が指定してきた。
中央線沿線の、いわゆる汚くて旨い店だ。パンデミック以降絶滅したかと思われていた種類の店なのだが……。コンクリートの壁が罅割れていて、それらに染みた水が地図のような複雑な模様を描いている。
常連客なのだろう。穴太郎は奥のテーブルへと勝手に進んでいった。丸椅子に腰を据えるとカウンターの向こう側に、
『とりあえずビールねッ』
と定番のオーダーを告げる。さらに言えば彼は、なかなか饒舌な中年だった。
『とりあえずビールねってのも一時期ちょっと叩かれてたよね? そんなのもまぁオヤジ狩りの一部だった。とそするとオヤジってヤツァは、弱者男性第一号ってことにもなってくんのかなァ?』
だがやはり、ビールの大ジョッキを合わせての乾杯は、男三人の場合断然士気があがるのだった。
ビールで一息つきお通しをチョコチョコやったあと、匹目は穴太郎に、自身のスマホを差し出した。
『この女なんですが──』
『ウホッ! いい女だ! でもこの女、最終的ターゲットじゃないね? オードブル? それとも、俺に対するテストケースかなんかなのかな?』
『まぁそんなところです』
『そんじゃあんまやり過ぎないようにしないとな』
『いえ、思いっ切りやっちゃってください。最終的ターゲットは僕たちにとってちょっと気が引けちゃう相手なんで、そこら辺、穴太郎さんのほうに引っ張っていってもらいたいんです』
『そう……。じゃあ本当にグチャグチャにしちゃうよ。美人なのに可哀想になァ……』
穴太郎が画像をスライドさせていく。
『ほぉ、このコかァ……。オードブルちゃんも美人だったがありゃ単なる美人だ。このコのほうはなんか一本、筋が通ってるって感じだなァ』
匹目が微かに身を乗り出し、
『どの画像、観てます?』
と訊く。
『ブルーのツナギ着て笑ってるヤツ──。この格好でこの可憐さ……。本物だね』
『社長のお嬢さんなんです』
その直後初めて、匹目の右隣りの富塚が口を開いた。穴太郎からは左隣りになるわけだが……。
『いえ、社長はこの春亡くなられたんで、いまは、その方が……』
『なるほど……。気が引けちゃうってのはそういうことか……。でもいいのかい? 前の社長、やっぱ恩人なんだろう?』
しばしの沈黙──。穴太郎がスマホから眼をあげ、富塚、匹目を交互に観る。
だが結局、会話が再開したのは摘みがテーブルに届いてからだった。訥々と富塚が語り始める。
『妹、だったのでしょうか……。うちの工場がH3ロケットの部品提供に食い込めたとき、月ローバーのコンペ試作機が仮設の障害を突破したとき、本当に抱き合って喜び合ったりしました。こいつもね……』
話の切れ目ごとに富塚は、隣りの匹目に軽く視線を送った。やはり通常、喋りは匹目の役目なのだろう。しかし、そのときは……。それはつまり、最終的決定権は富塚にあるということなのだろう。
『お嬢さんだって汗掻いてるはずなのに、でも髪の匂い、いい匂いだなァって思ったって、そりゃ絶対、不潔な気持ちじゃなかった……。そんなこと、考えることさえ罪でした。ところが前社長が亡くなられて……。なのにお嬢さん、相変わらずで……。なんだかそれが苦しくなってきちゃったっていうか……。付き合ってた女からもその頃、言われました。誰かほかのひとを遠くに見てるでしょうって……。で、考えてみると前社長のほうだって、俺たちのこと、一人娘の婿としちゃ眼中なかったんだなァって……。っていうのが前社長、お嬢さんにしつこく、いろんなお見合い話、持ってきてたんですよね。お嬢さんのほうは嫌がってましたけど……。俺はまだいいんです。俺、こんなだから……。でも高専出てるこいつだってそうなのかなァって……。なんか階級社会だなァって……』
『なるほど──』
言いながら穴太郎は、匹目にスマホを返して寄越す。
『まぁそのお嬢さんについちゃ追い追いってこって、まずは美人の、“オードブルちゃん”のほうかな? 太宰の三葉の写真じゃないけど、一般的評価としちゃ“オードブルちゃん”のほうが断然人気だろうなァ──。と、それより今夜は、まず親交を深めておくかっ』
結局初会合はただ呑んだだけで終わってしまった。穴太郎がターゲット二人の名前を訊いてきたのは、河岸を変えた三度目の会合だった。
会うたび会うたび店が変わった。どの店も汚い店だ。何かの用心だろうか? そう思わないでもなかったが、どうやらそうでもない様子だ。このひと、単なる吞兵衛なんじゃないだろうか? 富塚、匹目は、そんな風に考えたりもした。
あるとき穴太郎は、こんな話題を振ってきた。
『セカンド・オピニオンなんてことは検討しなかったの?』
一応横文字、カタカナ言葉である。となれば対応は匹目の役目だ。
『勿論──。あのサイトに辿り着くのにも結構かかったりしたんですが、辿り着いてからも当初は、嗅太郎ってひとの書き込み、追ってたりしましたね』
『嗅太郎君か~ッ! 彼はディープだよ~ッ! まずその名の通り匂いフェチなんだけどさ、あえてM女たちにクサい汗、クサい大小、その他クサい諸々出させるために、脂っこいモンばっか食べさせるんだよね。つまり彼、ブリーダーでもあるってわけ──。ただターゲットを本当にグチャグチャにしたいって言うなら、彼に任せてみるのも一つの手だよ? 女たち、生きてるだけで汗ダクダクの百貫デブにされちゃって、そのうえシャワー禁止──。ウォシュレットなんかもね……。もう息もできないような物凄いニオイになっちゃうんだ。特に“オードブルちゃん”なんか私美人ですってプライド高そうだから、あのデブ化、ホント、堪えるんじゃないかなァ……。なんかちょっとキャリアっぽい印象あるコだけど、要するにあのコ、君たちのなんなわけ?』
『地方紙の記者やってるひとなんですよ。僕も“高専卒 下町の工場のホープ”なんて感じの記事に取りあげてもらったことがあるんです。でもそういうところがなんて言うか、逆にうかから目線っていうかね……』
『なるほど……。まだ若いのに世慣れた感じの記事書くコなんだなァ……。でも先輩記者たちからすっと逆に可愛いって感じなんだろうね、きっと──。ところで……』
穴太郎が言葉を切った。
富塚、匹目にもそろそろかなという予感があったのだろう。その瞬間匹目には、穴太郎の眼がキラッと光ったような気がした。既述のように通常少々、ショボい感じがする双眸なのだが……。
『ちょっと乱暴な話になっちゃうんだけどさ、女拉致る場合、クルマで軽く当てちゃうってのがやっぱ手っ取り早いんだよね。トラックくんならぬワゴンくん? でもそうなると監視カメラなんかがさ……。本命のお嬢さんのほうがむしろ楽勝かも……。工場地帯なら塀なんかが割り合い高いし、カメラの死角もいっぱいあんでしょ? と言うわけで“オードブルちゃん”のほうは一体どんなとこに住んでんのかな? 明日その辺り、散歩してみようよ。どう?』
計画が一気に転がり出した。そして……。
“オードブルちゃん”=大泉志麻・二十五歳はいま、件の調教部屋の中央に全裸四つん這いで這わされていた。
鬣?
頭部に飾り毛がある以外一見無毛の白い犬──。加えてライトブルーの撥水性カーペット──。1DK──。
執筆の狙い
相変わらず一章だけ投稿でどうも済みません。
これがもともと私が書きたい凌辱系官能小説(の、つもり)の冒頭部分なのですが、やはり掴みについて、どうなのかなァってところが不安です。
当人としては本気で修行のつもりで官能小説を沢山読んできました。
そうなるとどうしてもコレクター的精神が芽生えてしまって、ヒロインの容姿などを割り合い書き込んで、こういうタイプにはこんな責め、いや敢えて激しく、いやいや逆にサラッと余韻で締めちゃおうかな、などと考えてたりしていたのですが、掲示板などで官能小説ユーザーたちの会話を観ていると「ヒロインの容姿はこっちで好きに想像させて欲しい」的意見が意外と多いようなので、今回ヒロインは美人だと書くにしても地の文での直接描写は避けてみました(本格的凌辱シーンが始まったらやっぱ書き込んじゃうかもしれませんが……)。
と、こんな感じなのですがこれで先を読みたくなってもらえるものでしょうか?
とにかくいろいろ、よろしくお願いします。