三上の挑戦
「この店は忙しすぎる」
────ピピピピピピピピピッ。
厨房からは複数のタイマーが鳴り響き、ホールから無情とも思える声が飛びかっている
「Aランチ2つお願いします!」
「こっちはBとCランチ2個ね!」
「Bを2つー! あとCもー!」
そして極めつけはこれである。
「おい! 三上!タイマー鳴ってんぞ! ボーっとしてんじゃねぇ!」
──ちっ。
店長の怒号。目の前のキッチンプリンターからはピロンという機械音と共に、ロール紙が壊れたように吐き出され続け、地面に折り重なっている。
「あぁーもう、五月蠅いんだよ!」
駆け足で焼き場に行き、タイマーを止め、すぐ横の揚げ場のタイマーも止めた。
ここからスピード勝負。まずは焼き場のオーブンに入っているハンバーグを6つ取り出し、流れるように隣の揚げ場からコロッケ6つを油から引き上げた。調理台の上に皿を6枚引き、順番に千切りキャベツを盛り付けていく。カットトマトを2つ、コロッケとハンバーグを1ずつ載せた。パセリは少々。1往復するのに運べる数は2つ。結果、持てない俺は3往復して料理を提供台に運んだ。
鬼の形相で、ブルドック顔のベテランの女主任が反対側の提供台の前に立っている。
「遅いんだけど、ねぇ3卓さんのBランチまだ?」
料理を手に持つと、そんな捨てセリフを吐いて消えていった。
──だったら、お前が手伝えって。
ここに勤めて1ヶ月間、毎日がこんな感じだった。バイトを探していた俺は、安易に給料が高かったからという理由で応募したのが最後、店長からは「んじゃ、明日からよろしく」という一言とともに面接は終わり、言葉通り翌日出勤した。
そしていきなり焼き場と揚げ場を任された。というより押し付けられたの方が正解かもしれない。
まぁ、ここまでよくやった方だろう。正直言ってもう精神的にも肉体的にも限界だ。これで時給1300円って、まじかよ。
──もう潮時かもしれない。
そう思った俺は『バックレ』ってやつを決意をした。
「辞めてやるよ」
そう呟いた途端、あれほど騒がしかった厨房の音が消えさり、今の俺には何も聞こえてこなくなった。決意というのは、これ程のものか。
──ピピピッ──ピピピッ。
刹那、タイマーの音と共に現実に引き戻される。
「──やるか」
その言葉とともに目の前で鳴ってるタイマーを鷲掴みにした。そして──地面に向かって思いっきり振りかぶって──投げた。
────パンッ!
これが開幕のファンファーレ。
三上圭之介、28歳の挑戦が今始まった。
──こんな煩い厨房だ、壊した音なんて聞こえるはずなない。
それからの俺は早かった、バックヤードに向かって颯爽と駆け抜けていく。
しかし、そうは問屋が卸さない。そっちへ向かうには必ずホールを通って行かなくてはならないからだ。だが、今の俺にはそんなことは関係ない。バックレを決意し、バックレる覚悟を持って、バックレに挑んでいる。そんな俺にとって、ホールスタッフなどは関係ない──が、何も言わずに走っているのも不自然だろう。
────心得てはいるさ。
「トゥイレェェエエ工にいってきまぁーーーーっす!!!!!」
大声で叫んでやった。
突如、店全体に響き渡った俺の声にホールスタッフはびっくりしてる。唖然とした顔で、お客さんも釘付けだ。
──なるほど、悪くない。
これが注目を浴びるという事なのだろう。
「面白い──」
人は何かに挑戦せずに成すことはできない。そして成すためには必要なのは──その道筋を照らすスポットライト。まさにこの人々の眼差しこそ、俺だけに注がれる最高のスポットライトじゃないか。
そのままバックヤードに着いた俺は、着ていた制服をゴミ箱に投げ入れ、ロッカーから私服を取り出した。この間、15秒。なかなかのタイムだ。素人なら、ここで慌てふためき、何かミスを起こすんだろう。だか、俺にそんなことはない。
──こんな時こそ、クールになるんだぜ、ボーイ、人ってやつは熱くなった奴から死んでいくのさ。
そういうことだったのか。昨日、金曜ロードショーで見た、アメリカン俳優がそんなこと言ってた気がする。
「常にクールだぜ!!!」
服を着て、靴を履く。一応ロッカーの中も再度確認した。急いでるからといって、確認を疎かにしちゃならねぇ。ついでにバックヤードのドアを内側からカギをかけて裏口から外に出た。
──ザマァみやがれ。
それから駐輪場へ向かい、チャリンコにカギを差して、回す。跨がって、爆速にペダルを漕ぎだした。
──驚いた、人はこんなにも速く漕げたのか。
5分ほど漕ぎ続け、近場の公園のベンチに腰を下ろした。勝利の美酒──ジュースは必要だな。俺は隣にある自販機でオレンジジュースのボタンを押す。
ガチャン。
三上圭之介、28歳の挑戦は成された。
「達成した俺に!」
ジュースを持った手を天に掲げ、俺はそう叫んだ。
今までの俺の人生って奴は、全て中途半端だった。何をやるにも途中で投げ出してばかり、だからこそ自分に課した初めての挑戦だった。思っていたほど高くはなく、 一歩を踏み出してみれば驚くほど低かった。
「つまりは俺の敵は……俺だったってわけか」
やる前に、ハードルを見ると脚は竦んでしまう。だが、一度踏み抜くと、そのハードルは意外と低いんだぜ。
「さてと……新しいバイトを探しに行きますか!」
一連の出来事を振り返り、大満足した俺はベンチから立ち上がり、新たな挑戦へと足を向ける。
「さてと、俺の次の挑戦は──」
執筆の狙い
息抜きに昔書いた、ギャグストーリーを添削してみました。