作家でごはん!鍛練場
えんがわ

岩田聡と歩く道 爆弾/ハッピーバースデー編

  岩田聡と歩く道

 ★爆弾


 任天堂の切り札とされる宮本茂。コピーライターとして一世を風靡した糸井重里。そして若き敏腕経営者と呼ばれる岩田聡。

 三者が糸井の事務所に集まって、「ああでもない、こうでもない」という取り留めのない雑談をしている。
 三人の前のテーブルにはボウル一杯の麦チョコ。岩田の好物だ。麦チョコとは膨張した麦にチョコレートをコーディングした素朴な味がするチョコ。お値段も安く、社長に相応しくないように見えて、岩田はそれを吸い込むように鷲掴みでガツガツ食べる。

 岩田は宮本に問う。
「64は良いハードになりそうですね。マリオ64とゼルダ64、共にとても大がかりな3D表現に取組んでいるようで」

 宮本はしかし顔を曇らせて
「いやな、岩田クン、どうも64は開発に癖があるようで。サードパーティも寄ってこないし、発売のリリースまでの期間も思ったより長くなりそうなんよ」

 岩田もまた
「確かに開発のしにくさは感じますね。でも、使いこなせれば良いゲームが出てきますよ」

 糸井は言う。
「MOTHER3も64で出そっか。ダメ?」

 岩田は言う。
「考えときますって。何回言えばいいんですか。じゃなくて。今回言いたいのはですね」

 岩田はそれから姿勢を正して眼鏡を顔に合わせて
「問題は制作現場の危機です。ゲームの開発現場は、必ずしも良いものではない。むしろ開発者にとっては酷いところが殆どです。納得のいく前に妥協してリリースされる商品たち。やりたくない仕事をせざるをえない現場。創作性なぞ、どこ吹く風。それが任天堂以外の殆どの会社の現状ですよ」

 宮本もまた真剣な目をして
「まるでウチが恵まれているかのように。と言いたいところだが、ほんと、うちらは恵まれてるな。好きなソフトを出して、お客様も付いて来てくれて」

 糸井は笑いながら
「ところでMOTHER3は……ごめんさい」

 岩田は続ける。
「僕はチャンスがあっても良いと思うんだ。倒産危機の時に、僕たちに任天堂さんがチャンスを与えてくれて、ここまで再建できたように。カービィシリーズが根を張ったように。どうか、他の制作者も」

 宮本は「うーん」と唸り
「それじゃあ、今度、山内社長に直接、聞いてみる? ちょうど社長も岩田くんに会いたがってるし」

   *

 山内はじぃっと岩田を見ている。見定められているのか、恫喝されているのか、岩田にはまだ慣れない。宮本も緊張している。「独創」と書かれた額縁の下、社長室に3人はいた。

 岩田は緊張の面持ちで
「こういうわけで、今、ゲームを作っている多くのソフトハウスが、いかに悲惨な状況で仕事をしていて、先の展望も難しくて、開発者にとっては非常に辛い状況になっているか……」

 それから岩田は提案を持ち出す。
「だから、今、新しいものづくりへのチャレンジを呼びかけてみるのはどうでしょうか?」

 山内社長は、膝を打って
「それはいい」
 と笑った。

 岩田は拍子抜けに
「それは良い……ですか」

 宮本は笑う。
「社長は、良いものは良いというタイプやからな。お気に入りの岩田クンがこんな素敵なアイデア持ってきたら飛びつくのも当然さやな」

   *

 岩田らを主軸にした企画は「ジャックの豆の木」と呼ばれた。お日様と水分を十分に与えられ、すくすくと育つ豆の木は大樹となり、やがて天空のきらきらの宝をジャックは手に入れるという物語。

 具体的には、まず、ファミ通などの雑誌に公募を募り、人員を集めオーディションをする。それを潜り抜けた精鋭50名ほどでニンテンドー64のソフトを制作する。他社のような厳しい締め切りや抑圧もなく、自由に制作できるゲーム関係者なら誰もが一度は夢見る理想的な職場で、理想的なゲームを作る。そんな企画だった。

   *

 書類審査の紙束が積もっている。

 岩田は思わず、
「うわー、いっぱい応募来ましたね、眼を通すだけでも大変」

 糸井が笑いながらコツを伝授しようとする。

「それが、要領さえつかめば一枚目で切れますよ。例えば最初の3行だけでも、ほらこれなんか分かりやすくマーカーで目立たせて」

 岩田は首をぶんぶんと振り
「いや、最後の最後の1ページで革新的なアイデアを放つかもしれない。付き合ってみますよ」

 ひりついた数時間が経った。

 へとへとの岩田を糸井は労っている。
「大変だったでしょ」
「糸井さんの言う通りでした。でもこれも経験しといて良かったです」


 書類審査を終えた後は、面接試験が行われた。

 糸井はおねだりポーズをして
「こちらは岩田さんの得意分野ですね! 頼りにしてます」

 岩田も胸を張り
「普段、自社の面談で慣れてますからね。良い情報いっぱい引き出しますよ」

 糸井ははははと笑い
「やっぱ手馴れてますね、岩田さん」

 それから糸井はバックの白髪男を指し
「あれ? あのおじいちゃん」

 宮本がこらこらとしながら
「こら! この人は横井軍平さん」

 糸井は本気で驚いて
「えっ? あのゲームウォッチからゲームボーイまで作った?」

 宮本は笑う。
「それにラブテスターに、マジックハンドもや」

 岩田は手を差し伸べる。
「横井さん、お久しぶりです」

 横井はそれを強く握る。
「いやー、あの時の若造がもう社長か。どうだい? 人を使う仕事について」

 岩田は平身低頭で。
「なかなか大変です」

 横井はコミカルな表情になる。
「なかなかかー、僕はやりたくないな。こういう仕事。発明王って自分で言えば下品だけど、発明家として生きてきたいな。さて、その卵はいるかな? ここに」

 面接は超豪華メンバーで行われた。岩田、宮本、糸井に加えて横井軍平が参入、更にドラクエを開発した中村も加わる。
 豪華メンバー。面談を受ける側もする側も、その時点でこのプロジェクトは「成功する」という確信を持つほどの。

   *

 そうして理想的な環境と理想的なメンバーで、夢のようなゲームを作るプロジェクトがHAL研を母体として東京で始動した。

 しかしウキウキ顔でその部屋に入って来た最初のメンバーである山本には、衝撃的な光景が映っていた。
「なっ! なにもない!」
 机が2つ、マッキントッシュが2つ、ワークステーションが1つ。
 それだけだ。

 山本はしどろもどろに岩田に抗議する。
「こっ、これじゃ、仕事どころか、お茶も飲めませんよ」

 岩田は笑う。
「ここに創るんだよ。君たちの理想とする職場環境を。山梨から50万円持ってきたから、これで部屋を整えてよ」

 とりあえず、秋葉原で冷蔵庫と棚を買ってきた山本だった。
「不安だ」

 山本は2、3人の初期メンバーとしばらく共にいた。しかし、その、しばらく、が長すぎた。
 山本は溜まらず聞く。
「他のメンバーどうしたんです、岩田さん」

 岩田は鷹揚に応える。
「ああ、採用した時点で他に仕事が残っている人は、それにキリを付けた後に合流する風にしたよ。じょじょにフォーメーションを整えてくださいね」

 しかし、岩田らのこの配慮が裏目に出た。チームの合流時期が違うことにより、モチベーションの在り方や、チームリーダーの選抜の切っ掛けが掴めないなど、問題が生まれたのだった。

「ここに来るんじゃなかった」
「困ったな」
「なんか意義の無い時間過ごしてる感じ」

 チームは実に宙ぶらりんとなっていった。

   *

 煮詰められた室内で、どうにか沸いたアイデアがあった。
 岩田は言う。
「キミ、この写真を撮るというアイデア、素晴らしいよ!これを軸にゲームを作ろう!」
 長年の勘が告げていた。これで勝負すべきだと。

 しかしジャックメンバーたちは乗り気ではなかった。

「えー、ほんとですか? 岩田さん?」
 山本も言う。
「微妙だと思うんですけど……」
   *

 それから宮本がやって来た日だった。

「宮本さん、この写真を撮るってアイデア面白いですか?」

「宮本さん、これどう思います?」

「宮本さん! 宮本さん!」

 岩田と宮本の思い描いた自主的にゲームを作るプロ集団の養成、という青写真は既に消えそうなくらい薄らいでいた。

   *

 ゲーム会議が今日も続く。

「このゲームにつけるアクション、どうやって障害物を倒すか。どれが良いか? 各々ディスカッションして多数決で決めよう」

「まずは僕の案だけど」

 長いプレゼンテーションの後、

「次は僕の案。とそれより先に夕食でも食べた方が良いな」

 遅々として進まないゲーム制作に岩田も気付いた。
「このチームにはリーダーがいない。俺の言うとおりに真っすぐに走ろうと呼びかけるような」

 宮本が毒を吐く。
「集団合議性になっちゃったね。誰でも受ける作品っていうのは、要するに棘の無いゲームってことだからね。詰まらないゲームしか出来んのよ」

 岩田は大都会の夕日のビルディングを眺めながら
「思えば今回のプロジェクト、あの時の俺たちだったらなんて考えてたけど、僕も宮本さんもかなりワンマンリーダーとして場を仕切って作ってたんだ……」

   *

 山本は少し遅刻して開発室に入る。誰もいない。
 部屋には散らかった麻雀道具と、出前のどんぶりが重なっていた。

 「みんな、やる気ないのかよ!」

 ここに来る前に山本は、以前の職場に失望していた。
 こちらを顧みずに「あれをやれ」「これをやれ」と指示ばかりする上層部に嫌気がさしていた。
 だけど、彼らから解放された僕らは、むしろ何をやればいいかわからない。

 「くそっ!」

 山本の怒りは虚しく響いた。

   *

 宮本はテストプレイをして吠える。
「なんじゃ、この障害物は? 写真を撮るのがメインのゲームなのに。それをこんな邪魔されてお客さんは気持ちいいんか?」

 あるメンバーがおずおずと言う。
「だって、写真を撮るだけじゃ不安で。戦略性とか。リスクとリターンとか」

 岩田がフォローする。
「創るのに不安になるのはわかるよ。だけど、もっと自信をもって。あと一押しすれば良いのが出来るから」

 思いきった声がかかる。
「出来ませんよ! 何が面白いのか僕には良く分からない! なんか僕、こんなんに連れ込まれて、騙されたみたい!」

 岩田はぎゅっと唇を噛んだ。

   *

 宮本と岩田は駅前の中華料理屋で塩ラーメンとタンメンをそれぞれ食べていた。野菜たっぷりなのは嬉しいが、少し味が濃い。

 岩田は苦々しく
「失敗しちゃいました。どうも僕は、昔の自分がもしも好き勝手に作れる環境に居れたらなんて夢見てたけど。それは、万人の持つ夢じゃなかったようで。彼らと僕は違ってたようで。申し訳ないことをしてしまった」

 宮本は麺をすすりながら
「このままでは失敗やろな。せや、どうせ爆発するならドカーンとな」

 岩田はラーメン屋にかかるJPOPに耳を傾けながら
「僕が間違っていたんだと思います。これこそが理想だと思ってたけど。ほんとは」

 次いでぎゅっと両手を合掌させ
「このプロジェクトの理念の旗を降ろすときが来たんだな。やっぱり、チームに核があって、この人の言うことを聞きなさい、っていうふうにすべきだった」

 後ろの客がどっと騒ぎ出した。しかし宮本はお構いなく。
「僕はチームの中心に居るつもりはないよ」

 岩田はただつぶやく
「宮本さん……」

 宮本は続ける。
「僕はこの企画はほんものの爆弾になって欲しいと思ってる。爆発して業界を震わせるような。いっそのこと暴発してプロジェクトごと畳む用意をしてもええんかもしれないね」

 岩田は藁にもすがる想いで
「なにかアイデアがあれば。この企画上手く行きそうなんですよ」

 宮本は笑う。
「君によれば、アイデアは複数の問題を解決するってやつね」

 その笑いに岩田は救いを見出して
「そうそう。宮本さんの直感を僕が言語化するとそうなるんです」

 宮本は試すように
「確かに問題だらけやな。まずはカメラで撮る意義を感じない。単純に見栄えが良くない」

 岩田が続ける。
「キャラクターに親しみが持てない」

 宮本が冷徹に続ける。
「どの年齢層をターゲットにしているか不明確」

 岩田が続ける。
「コレクション要素も欲しいが、特に収集したいものが見つからない」

「ここまでにしときましょ」
 と宮本が言い
「さてさて……それらの問題を解決するアイデアやな」

「どうです?」

 岩田の問いに宮本が答える。
「思いつかん」

 岩田は息を吐く。
「ふぅ」

 宮本がわざとおどけた調子で
「爆弾どかーんやな」

 岩田はそれでも。
「僕は畳ませませんよ。このプロジェクト、きっと完遂させます」

 ラーメンはいつの間にか平らげられていた。宮本と岩田は割り勘をする。

 宮本は言う。
「任天堂の面白いとこやな。接待費出しちゃいかんとはな。割り勘も板について来たな。じゃな」

 岩田も応える。
「じゃ、また後で」

 岩田は思う。
 何時も残されるラーメンがある。その時、量が問題だ、器が問題だ、接客が問題だ、などとしらみつぶしにしても答えは出てこない。問題は味にあったりする。反対に味さえ変えれば問題はすっかり消えるんだ。そういう根本的問いを解決する答えこそがアイデア。

 僕に出来るだろうか。

 宮本さんが本気になれば出来るんだろうか。宮本さん。

 糸井さんも、同タイプの才能の持ち主だった。思えばMOTHER2の開発。あれは楽しかったな。フィールドでどうしても道をふさぐ必要がある。ならばタコの置物で塞ごう。それでタコけしマシンというアイテムを使えばそれを取り除けるようにしよう。これを使うと世界のどこかのたこ焼き屋のたこもまた消えていたりするんだ。
 楽しかったMOTHER2の開発。あのような輝きはもう過去のものなのか。
 その時ある顔がよぎった。
 MOTHER2で共に制作を担当した同士、「君がいるだけで」が持ち歌の石原さん。

 石原さん、確か彼はMOTHER2の開発の後、エイプって会社を解散して、田尻さんと一緒にゲームを作った。あのソフトを。僕も海外ローカライズに携わったっけ。そのソフトは……そうだ! それだ!

 岩田は宮本に携帯電話をかけた。
「わかったよ、宮本さん」

 宮本は不思議そうに応える。
「えっ? なにが?」

   *

 自動的にレールの上を滑るライドに乗ると、まずはハトのようでスズメのようなポッポが目の前を飛び立っていく。メンバーが画面で照準を定めボタンを押すと小気味よいシャッター音と共に写真撮影の成功が伝えられる。次いで黄色のピカチュウが楽しそうに目の前を踊り、二足歩行型猫ニャースが草陰から追いかけっこをし始め。

「うん、良い感じ」

「ポケモンかー、けっきょくはポケモンかー、僕たちのアイディアよりも」

「いや、写真を撮るというシステムの根っこは僕たちのもんだ、僕たちがポケモンを利用してるんだ」

「それよりも夢見ちゃった僕のケアを頼むよー。主人公キャラ、僕のデザインで採用って言ってたじゃん」

「はははははは、洒落になっとらんね」

 一時期はそれこそ洒落にならない程の批判が飛び交った。元のデザインを担当していたメンバーは今にも首を吊りそうなほどにしょげていたし、「何だよ! 子供向けかよ!」という影にならない影口も聞こえた。

 それでも、岩田はその路線を貫かせようと彼らを引っ張った。

「やらせてください、いえ僕らがやりますよ」
 そのうち初期メンバーだった山本が彼らを率いるリーダー役を買ってくれた。
 少しずつ集団がチームとして纏まっていった。

 ポケモンは少年たちに撮る動機を与えて、図鑑を完成させるコレクション欲を与えて、多彩なステージを生活圏にすることによって演出することを可能にした。

 もちろん、ポケモンと岩田のコネクション。
 田尻と共にポケモンを作った石原との間の絶対的な信頼関係、共に戦友と言えるようなものがなければ、実現しないような企画だった。

 岩田の渾身のアイデアだった。

   *

「なぁ? このゲーム、ローソンで写真プリントとか出来ないか?」

 ゲーム画面で撮ったポケモンの写真が、リアルなものとして受け取れる。
 そんな遊びが一言、口にされた。
 リアルだからこそ、「こんなん撮ったんだー」って自慢できるし、ポケモンのように「この写真とこの写真、交換しよ」ということも出来るかもしれない。もしかしたらアルバムに入れて一生の思い出として保存されるかもしれない。

 何気なく呟いたあるメンバーの言葉は、なんとも甘美に響いた。しかし同時に、発売日がもう決まっていて、時間的猶予が少ないことも彼らには身に染みてわかっていた。

「いやいやいやいやいや」
「なんつーかさー」
「無理ゲーじゃね?」

 岩田は緩やかな顔で
「出来ますよ」

 メンバーにさざ波が出来る。

「えっ? 嘘?」
「出来るって?」
「前代未聞じゃないか?」

 岩田は誇らしげに言う。
「技術のHAL研ですから」

   *

 岩田と宮本は桜通りの京都を散歩していた。当時は「そうだ、京都行こう」なんてCMで桜とお寺がテレビに流れている時代だった。

 宮本は活き活きと笑う。
「ポケモンスナップか、随分と手堅くまとめてきたなぁ」

 ポケモンスナップ、レールに沿った乗り物にライドして沢山のポケモンの写真を撮り、図鑑を完成させていくゲーム。

 岩田は自慢気に
「お気に召しませんでしたか」

 宮本は笑いをこぼしながら
「少なくとも岩田さんのアイディアに沿って、こんなん作らせるために創った企画じゃなかったやろ」

 岩田は桜を見上げながら
「宮本さん曰く、【爆弾になれ!】ですか。でも僕はそれでも彼らになんとかゴールまで走らせたかったんです。売れるゲームを出して、自信をつけて欲しかった」

 宮本は言う。
「確かにこのゲームは爆弾とはちょと違うやろな。衝撃的じゃない。荒削りで丁寧で野暮ったく。そして人を笑顔にさせる。同じ火薬を使ったけど、ええ打ち上げ花火を作ったと思うよ。なかなかに綺麗やった」

 そして続けて。
「岩田さんは、何かを壊すという僕の方向じゃなくて。必死に活かそうとした。火薬を制御しようとした。なかなか大変だっただろうけど、子供たちを笑顔にさせる光はあると思うよ」

 宮本は桜を見上げては
「この祇園の夏祭りも見所やで。君も一緒に見てみん? そういう話、来ておるんやろ」

「そうですねぇ、うーん」
 岩田はただ、京の桜を見上げていた。



岩田聡と歩く道

★ハッピーバースデー

 1999年、有馬記念でグラスワンダーがスペシャルウィークを倒し、住友銀行とさくら銀行の合併といった金融が再編されていった時代。

「ハッピーバースデー! 岩田さーん」
 ホール大のケーキの上でロウソクの炎がゆらゆら揺れる。
「ハッピーバースデー! 岩田しゃちょー!」
 秘書をはじめ社員たちが「ハッピーバースデー」を歌う。

 そのサプライズの誕生日会の主役、岩田はてへへと頭をかいている。

「これはこれは、なんというか」

 秘書は言う。
「おめでとうございます! 岩田社長!」

 HAL研究所の負債15億円は予定通り6年で完済された。社員の給料を払いつつそれを成し遂げたのは誰から見ても大偉業だった。それは任天堂社長山内にとっても。

 様々なバースデーカードの中、その山内の「おめでとう、岩田クン」というものを読み上げる秘書の目に、岩田との別れは漠然と滲んでいたのだった。

 妻が家で手作りケーキを用意しているから、食べるのほどほどにしないとなと思いつつ。
 岩田は静かにバースデーケーキの炎を吹き消した。
 HAL研創業者のあんちゃんの作ろうとした世界、そして岩田の守ろうとした笑顔、まだその先はわからないけど、この温かさが残ったのが正解だと思いながら。

   *

 東京は新宿の思い出横丁。その酒場と飲食店が乱立する通りの一軒の焼き鳥屋。
 そこに岩田と由良はいた。

「久し振りだね、由良君」
「岩田ぁ、良いよ、敬語なんて。そんな柄じゃないじゃないか。由良でな」
「うん、わかった由良」

 由良はビールをぐいぐいして
「それにしても懐かしいな、岩田」
「ああ」
「高校時代な、一緒に電卓で遊んでゲーム作ってた岩田が、まさか任天堂になんてな」
「俺もまさか、そんな展開、想像しなかったよ」

 岩田はバイトが焼き鳥を焼いているのをまたりと見ている。
「由良。お前も東京でサラリーマン一筋でがんばってるな」

 由良は笑う。
「あの時みたいにゲーム作りと関わっていたら……俺の人生も違ったものになったかな、って漠然と思うこともある。だけど、俺は俺で幸せだよ。かわいい嫁さんに娘二人もいるしな」
 そのまま続けて
「岩田、お前はな、山梨まで行って、最近なんだ週一でアメリカ行って、今度は京都の任天堂か、今は東京にいるし。流転するのがお前の生き方かもな」

 岩田もまた笑う。
「月日は百代の過客にして、って芭蕉じゃないけど。任天堂には御恩がある。恩返ししないと」

 由良はおどけて
「そんなこと言って。ほんとは可愛い女の子目当てなんじゃないの」

 岩田にある人物が浮かんだ。
「そうかもしれないな」

 由良は手を振って
「おいおい、ほんとかよ」

 岩田の脳裏にひょうきんに笑う宮本の姿が映っていた。

  *

 東京は冬の冷めた空。ビルの陰に隠れる月。通りを行く人の群れ。新宿駅へと向かう岩田と由良。由良にはどうしても確認したいことがあった。

「岩田ぁ、任天堂って言っても任天堂は落ち目だってみんな言ってるぞ。勝算はあるのか」
 岩田はただにこやかに
「確かにニンテンドー64で任天堂は、苦戦しちゃったか」

 由良は言う。
「そうそう、プレステ! プレイステーション! ソニーとのバトルだな」

 岩田はただ前を見て
「いや、敵はソニーじゃない。なんというか、ゲームそのものが変わろうとしている。なんか、ゲームってこってりとした油っこいものになってる。最新のCGやムービーをふんだんに使って、大ボリュームにして。作る方も手間がかかるし、遊ぶ方もどこかしんどくなってしまうような」

 由良は笑う。
「そうかー?」

 岩田は思わず言う。
「由良?」

 由良は純真な顔で
「最近のCGってそんなに凄いのか―」

 岩田は思わず問う。
「由良? 最近ゲームは?」

 由良は屈託なく言う。
「というか大学出てからゲームやってなくて。もう卒業しちゃったんだろうな。岩田はよく頑張ってるよ」

 本当の敵は……
 岩田は思う。

 ユーザーが以前のようにゲームを遊ばなくなっている。
〈ゲーム離れ〉

    *

 岩田はお馴染みとなっていたパソコンの電源を切り、窓から見える富士山を見つめた。
 途中の自販機で缶コーヒーを買い、プログラム中の仲間たちに声をかける。
 それから社員に見守られながら、スポーツカーに乗り込む。
 
 岩田はHAL研究所を去り、新天地へと向かう。
 巨大企業、任天堂での岩田の挑戦が始まろうとしていた。

岩田聡と歩く道 爆弾/ハッピーバースデー編

執筆の狙い

作者 えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

今回は、爆弾編とハッピーバースデー編の二本立てです。
爆弾編、混沌とする現場から何が生まれたか、予想できますか?

こんな感じです。(本文を読み終わってから見て欲しいな)
https://www.youtube.com/watch?v=WJFzOXVtevw

自由にコメントをいただければ嬉しいです。

コメント

青井水脈
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「岩田聡と歩く道 爆弾編」
岩田と糸井の交流は続いており、今回は宮本茂も交えた3人でお菓子をつまみながら、たわいない話から真剣な話まで繰り広げるのだった。
ピリッとした空気の任天堂社長室。岩田は山内社長に、ある企画の提案をした。ファミ通などの雑誌で公募を募り、オーディションを潜り抜けた精鋭50名ほどでニンテンドー64のゲームソフトを開発するという企画だ。開発者にとって厳しい状況が続くのを、なんとか打開したいという岩田の思いだった。応募は大量で、岩田は時間をかけて書類審査をし、面接に臨んだ。
こうしてプロジェクト「ジャックと豆の木」がスタートしたが、メンバーの足並みが揃わず、山本も理想の職場環境とは程遠いことに苛立っていた。岩田が拾ったアイディアで開発を進めようとした写真を撮るゲームに、宮本は厳しい意見を出した。だが宮本は、岩田とラーメンを啜りながら、助言を与えるのだった。
ここから紆余曲折もあったが、「ポケモンスナップ」が誕生した。アニメ版ポケモンに登場する少年カメラマン・トオルが主人公で、ポケモンアイランドの各地を乗り物で回って野生のポケモンを撮影し、図鑑を完成させるというゲームだ。


まず、「爆弾編」ですが。爆弾というとボンバーマンを思い出したり、読み終えるまで、なんでタイトルが爆弾なのかと思っていましたが。

>「このままでは失敗やろな。せや、どうせ爆発するならドカーンとな」
>「僕はこの企画はほんものの爆弾になって欲しいと思ってる。爆発して業界を震わせるような。いっそのこと暴発してプロジェクトごと畳む用意をしてもええんかもしれないね」

ゲーム業界にインパクト、衝撃を与える爆弾。こういった宮本さんの考え、伝えたいことからですね。ちなみに「ポケモンスナップ」は知らなくて、概要をザッと調べてみましたが、楽しそうなゲームで。結果的に、爆発は爆発でも打ち上げ花火として、ユーザーの子どもたちを笑顔にした。岩田さんらしい感じでした。

指摘をひとつ。
>「何だよ! 子供向けかよ!」という影にならない影口も聞こえた。 >影口→陰口?


「ハッピーバースデー編」
岩田は、HAL研究所の社員たちにサプライズで誕生日を祝ってもらっていた。会社の15億という借金も、6年で完済したのだ。
新宿、思い出横丁。岩田は、高校時代の友人・由良と会っていた。東京でサラリーマンをする由良との会話を通じて、岩田の脳裏に「ゲーム離れ」の文字が浮かぶのだった。
後日、社員たちに見送られ、岩田はスポーツカーで山梨を後にした。京都に本社を置く任天堂が、岩田を待っていた。


いよいよ新天地に赴く岩田さんですが。
>「この祇園の夏祭りも見所やで。君も一緒に見てみん? そういう話、来ておるんやろ」
そういう話とは、こういうことだったのかな、など思いました。
横井さんと、1回目で出てきたきりの由良も久しぶりで。特に思い出横丁のシーンは、岩田さんの新しい挑戦が始まる前。懐かしさを呼び起こしつつ、岩田さんが自分の現在地を再確認する。いいタイミングでした。

平山文人
zaq3d2eff12.rev.zaq.ne.jp

えんがわさん、読みましたよぉ。

最後、おや? と声を出してしまいました。HAL研究所の負債を完済した岩田、辞めちゃうんですか。
その辺りはまた次回に説明があるのかもしれませんね。

ちょっと今回は多数の人物が出てきて、かつ余り人物像が書かれていないので、糸井以外が誰が誰だったかな……と
記憶を掘り起こしたりするのが大変でした。印象に残る人物がいなかったという感じです。

そうですね、私の記憶ではプレイステーションでFF7を少しだけやったのが最後のゲームの記憶です。20世紀の終わり頃です。
私の場合は就職したので時間が無くなったのと、そもそも周りもゲームをしなくなりましたね。
書いてあるように、ゲームに思い切り没入するために、勉強が必要になってきたというか、手軽に出来るゲームが
少なくなったのも理由かもしれません。現在はどうなのでしょうね。やる人は年齢問わずやる、というところでしょうか。

どこまで令和に近づいてくるのか…次回を待っています。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

>青井水脈さん

「爆弾」編のあらすじ。良くおまとめになりましたね。感心してしまいます。
書いていても構成に粗があるのか、分かりにくい部分が残っているという感じがあったんですよ。上手くおまとめになって。
岩田さんと宮本さんの対立を主軸に書いたのですが、そのぶん山本さんの存在感が薄くなってしまったのが反省点です。
ポケモンスナップは実際遊んだことがあるんですけど、子供でも遊べる直感的なゲームで面白いです。

「ハッピーバースデー」編は何時か由良を再登場させようと思ったんですが、遅れに遅れてこのタイミングで。

これにてHAL研編は終わり、物語はヒートアップ。任天堂編へと進みます。


指摘をひとつ。
>「何だよ! 子供向けかよ!」という影にならない影口も聞こえた。 >影口→陰口?

ありがとうございます。
修正します。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

>平山文人さん

>最後、おや? と声を出してしまいました。HAL研究所の負債を完済した岩田、辞めちゃうんですか。
>その辺りはまた次回に説明があるのかもしれませんね。

何で辞めちゃうかはわからないんです。岩田さんは「任天堂への恩返し」という言葉を使ってますね。
んー、こういう辞める辞めないの話は裏話で、情報筋を見つけられなく、上手く書けないです。
取りあえずHAL研が再建したタイミングで社長職を辞し、会長職になったのでこんな感じにハッピーに出発という感じにしました。

>ちょっと今回は多数の人物が出てきて、かつ余り人物像が書かれていないので、糸井以外が誰が誰だったかな……と
>記憶を掘り起こしたりするのが大変でした。印象に残る人物がいなかったという感じです。

あー、欲張りすぎましたー。横井軍平さんとか再登場わかんないよねー。
もっと焦点を絞らないとね。
ここで連載形式をとると、2週間に1回。
五話前が2カ月前。
話をまたいだ伏線は不親切ですよね。むずかしー。

>そうですね、私の記憶ではプレイステーションでFF7を少しだけやったのが最後のゲームの記憶です。20世紀の終わり頃です。
>私の場合は就職したので時間が無くなったのと、そもそも周りもゲームをしなくなりましたね。

あー、わかります。FF7。圧倒的なグラフィックと壮大なストーリーで、それまでのゲーム史の転換点になったんですが、その後が「こってりゲーム系」になってしまいましたね。作中の「ハッピーバースデー」も1999年だから、ちょうど平山さんはゲーム離れをした世代なのかな。


>現在はどうなのでしょうね。やる人は年齢問わずやる、というところでしょうか。

テレビゲームハードは前よりも売れているんですけど、何よりもスマホゲーが普及していて、ゲーム人口は幅広いと思います。特にスマホゲーは若い女性にゲームを広めた。あとは番外ですが、カードゲームも普及しているんですよね。ポケカとか。

「現在はどうなのでしょうね」
という問いに対しては、このシリーズで幾つか答えを導き出せればいいなと思います。
平山さんの言うような重厚で派手で重いFFみたいなゲームだらけという偏見を打ち破れれば!

ということでコメントでした。

ありがとでしたー。

通りすがり
116-220-47-204.rev.home.ne.jp

だんだん、大勢の人が知っている時代に迫ってきてますね。200作から落ちちゃった分も、手元にコピペで残してあるし、ちゃんと通して読んで感想入れますね。安い挑発に乗ったらダメよん。ムーブして、被害者に見えるように保険かけてるから、あれ。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

通りすがりさん

ありがとです。
連載形式の宿命、読者がどんどん減っていくwwwww

いやー、お見苦しいところを見せてしまいました。
想えば、真面目に応答するだけの価値があるものではない。まったりいきます。

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