国境は目に見えない(20枚)
作 ChatGPT
編集 近藤圭太 Claude
朝の七時五十二分、横断歩道のようで、横断歩道ではなかった。
白線と呼ぶには薄すぎた。道路の上に、かつて塗られていたものの名残が、粉を吹いたように残っているだけだった。晴れていても見えにくい。雨の日には水がたまる。子どもたちはどこで止まればいいのだろう。
交差点の手前は南川市。向こう側は東丘市。市境は、道路脇の古い側溝に沿って走っている。
地図の上では一本の線だった。
その朝、一台の軽ワゴンが東丘市側から入ってきた。駅前の渋滞を避ける車である。運転手は慣れた様子でハンドルを切り、ほとんど速度を落とさないまま交差点に近づいた。
小学三年生の男の子が、一歩、前へ出た。
黄色い旗が、視界を横切った。
「危ない」
旗を持っていたのは、浅倉亮司だった。
南川市議会議員。毎朝、この通学路に立つことで知られている。声は明るく、笑顔は大きい。仲間の保護者や近所の老人たちとおそろいの上着を着ていた。腕には交通安全の腕章。旗の扱いも手慣れたものである。
軽ワゴンは急ブレーキをかけた。タイヤが短く鳴り、男の子は肩をすくめた。衝突はしなかった。運転手は窓を開けず、片手を軽く上げただけで走り去った。
浅倉は男の子の前にしゃがんだ。
「大丈夫か、悠太」
男の子は小さくうなずいた。
「昨日、妹さん熱出したって言ってたな。もう下がったか」
「うん」
「そうか。お母さんにも、無理しないように言っといて」
男の子は、少し笑って走っていった。
浅倉は、その背中をしばらく見ていた。
見ている顔は、写真に写る時の顔ではなかった。
近くにいた母親が、青い顔で近づいてきた。
「今の、見ましたよね」
「見ました。危なかったですね」
「前から言っているんです。この横断歩道、ほとんど消えています。車も止まってくれません。いつか本当に事故になります」
浅倉は深くうなずいた。
「これは大事な問題です。私も前から気になっていました。しっかり市に届けます」
母親は、少しだけ表情を緩めた。
その後、高齢の女性がごみ袋を二つ持って歩いてきた。浅倉は旗を脇に挟み、片方を持った。
「集積所まで行きますよ」
「先生、ええのに」
「ついでです」
浅倉は、本当に自然にそうした。
その日、浅倉のSNSには写真が上がった。
《今朝も子どもたちの見守りからスタート。地域の宝である子どもたちの命を守るため、全力で取り組んでまいります》
写真の中で、浅倉は黄色い旗を持ち、児童に笑顔で手を振っていた。
*
瀬川真一がその母親から話を聞いたのは、その日の夕方だった。
市役所の近くにある喫茶店だった。母親は冷めた紅茶に手をつけないまま、スマートフォンの動画を見せた。今朝の軽ワゴンではない。別の日の映像だった。
車が横断歩道の手前で止まらない。子どもたちは一歩下がる。ランドセルが揺れる。画面の奥から、また別の車が入ってくる。
「これ、たまたま撮れたんです。こういうの、何回もあります」
瀬川は動画を二度見た。
「学校には」
「言いました。PTAでも出しました。浅倉先生にも言いました」
「返事は」
「危ないですね、で終わります」
母親は、唇を結んだ。
「浅倉先生が毎朝立ってくださっているのは、ありがたいんです。子どもの名前も覚えてくださっています。うちの子も、浅倉先生がいると安心するって言います」
瀬川は黙って聞いた。
「でも、旗を振る人がいない日はどうなるんですか。雨の日はどうするんですか。先生が選挙で忙しくなったら、子どもは自分で避けろということですか」
瀬川は、すぐには答えなかった。
彼は駅前演説が得意ではなかった。声は通る方ではない。拍手を受ける間の取り方も下手だった。SNSも遅い。地域行事に顔を出しても、いつも端の方に立っていた。
ただ、相談を受けたら現場に行く。
それだけは決めていた。
「明日の朝、見に行きます」
母親は瀬川を見た。
「見るだけですか」
「最初は見ないと分かりません」
「それは、分かります。でも」
「見るだけでは終わらせません」
母親は、スマートフォンを伏せた。
瀬川は手帳を開き、交差点の場所、時間帯、雨の日の状況、通学班の人数、車の流れを書き込んだ。
その手帳は、もう半分以上が住民相談で埋まっていた。側溝、街灯、カーブミラー、生活保護、空き家、騒音、介護、いじめ、バス停のベンチ。小さな字で書かれた相談は、どれも小さくなかった。
*
翌朝、瀬川は七時二十分に交差点に立った。
浅倉はすでにいた。黄色い旗を持ち、子どもたちに声をかけている。
「おはよう。瀬川さんも見守りですか」
「現場確認です」
「大事ですね。私もここは前から気になっていまして」
浅倉の笑顔に、悪意はなかった。むしろ清潔だった。清潔すぎて、瀬川には少し眩しかった。
瀬川は手帳を出した。
七時三十分から八時十五分まで、通る車を数えた。普通車、軽自動車、配送車、介護施設の送迎車。東丘市側から入ってくる車が多かった。幹線道路の信号を避け、細い道へ流れ込んでくる。
七時五十八分、子どもたちの列が膨らんだ。横断歩道の手前に五人、六人とたまる。歩道は狭い。雨の日なら、傘で車道にはみ出すだろう。
八時九分、軽自動車が一時停止せずに通過した。浅倉が旗を出して止めたが、運転手は不満そうに顔をしかめた。
浅倉は言った。
「こうやって毎朝立っていれば、だいぶ違いますよ」
「立てない日もあります」
「もちろん、制度的な対策も必要です。私も市には言っています」
「どこまで」
浅倉は一瞬だけ黙った。
「担当課には伝えています。なかなか難しいようですが」
瀬川は、それ以上聞かなかった。
難しい。
その言葉が出た時点で、相談はたいてい棚に置かれる。
何が難しいのかを分けない限り、次の一手は出ない。
*
南川市道路管理課の窓口で、担当の藤尾は地図を広げた。
「ここですね。交差点の手前、南側はうちの市道です。ただ、横断先の道路部分と電柱の位置は東丘市になります」
「白線の引き直しは」
「外側線や注意喚起の路面表示なら、うちの市道部分で検討できます。ただ、横断歩道そのものは警察です」
「グリーンベルトは」
「幅員を見ないと分かりません。車道幅が確保できないと、かえって危険になる場合もあります」
「合同点検はできますか」
藤尾は少し顔を曇らせた。
「学校、教育委員会、警察、東丘市さんにも入ってもらう必要があります」
「必要なら、入ってもらいましょう」
「呼ぶのは簡単ではありません」
「簡単ではないことは分かりました。では、何からなら始められますか」
藤尾は瀬川を見た。面倒な議員だと思ったかもしれない。だが、不快そうではなかった。
「まずは学校から正式に危険箇所として上げてもらうことです。PTAの意見も必要です。あと、車の流れやヒヤリハットの記録があると、警察にも説明しやすいです」
「東丘市には」
「うちから連絡はできます。ただ」
「ただ」
「向こうは向こうで、市内の通学路対策を抱えています。主に通っているのは南川市の児童ですよね、という話にはなると思います」
瀬川はうなずいた。
子どもは市境を知らない。
予算は知っている。
道路台帳も知っている。
決裁欄も知っている。
*
東丘市役所へ行く前に、瀬川は一件だけ電話をかけた。
相手は、東丘市議の梶原だった。会派は違う。選挙の時には、互いに別の候補の応援に入ることもある。ただ、住民相談の話になると早かった。
「瀬川です。少し相談があります」
「珍しいですね。そちらから東丘に」
「市境の通学路です。北小の児童が通る交差点で、車は東丘側から入ってきます」
梶原は少し黙った。
「場所は」
瀬川が説明すると、梶原はすぐに分かった。
「あそこは抜け道になっています」
「東丘市の道路課に行きます。ただ、南川市の児童の話だと言われると思います」
「言われるでしょうね」
「どう入るのが自然ですか」
電話の向こうで、紙をめくる音がした。
「東丘市側から見ると、あの道は生活道路です。通学路としての優先度は低い。ただ、車を出しているのは東丘側です。そこを押さえれば、話はできます」
「合同点検に出てもらえますか」
「正式には担当課同士でしょう。でも、こちらからも道路課には声をかけておきます。『南川の子ども』ではなく、『東丘から出る車の問題』として」
瀬川は、少し息を吐いた。
「助かります」
「瀬川さん」
「はい」
「手柄にしないでくださいよ」
冗談のような声だったが、冗談ではなかった。
「しません」
「なら、こちらもしません」
電話が切れたあと、瀬川はしばらく画面を見ていた。
*
東丘市役所は、南川市役所より新しかった。入口には、子育て支援都市という大きな横断幕がかかっていた。
道路維持課の担当係長は、丁寧だった。名刺を両手で受け取り、椅子も勧めた。ただし、声は固かった。
「危険性については、こちらも理解しております」
瀬川は、その言葉を手帳に書かなかった。
「では、合同点検に参加していただけますか」
「南川市さんから正式に依頼があれば、検討します。ただ、通学しているのは南川市立北小学校の児童ですよね」
「道路を通っているのは子どもです」
「もちろんです。ただ、東丘市としても、市内の通学路対策が多数あります。優先順位があります」
言っていることは正しかった。だから、瀬川は腹を立てることができなかった。
「東丘市側から入ってくる車が多いんです」
「交通規制となると、警察の判断です」
「看板や電柱幕は」
「設置場所の確認が必要です。地元自治会との調整もあります」
「東丘市の自治会ですね」
「はい。南川市のPTAだけで決められることではありません」
瀬川は手帳に書いた。
南川市の子ども。
東丘市の車。
警察の横断歩道。
自治会の生活道路。
保護者の不安。
ひとつの交差点に、持ち主が多すぎた。
係長は、少し声を落とした。
「梶原議員からも話はありました」
瀬川は顔を上げた。
「そうですか」
「市境なので、感情的に進めるとこじれます」
「承知しています」
「東丘市の予算で、南川市の学校の通学路を整備する、という説明は簡単ではありません」
その言葉で、ようやく本音が机に置かれた。
「では、東丘市だけが背負わない形にしましょう」
係長は黙った。
「東丘市は、東丘市側から流入する車への注意喚起をする。南川市は、南川市側の外側線と路面表示を検討する。横断歩道は警察に現場確認してもらう。PTAはヒヤリハットを記録する。学校は見守り位置と横断指導を変える」
「決定はできません」
「決定ではなく、合同点検の材料です」
係長の隣にいた若い職員が、地図の端を指で押さえた。
「電柱幕と看板なら、候補位置の確認はできます」
係長が、その職員を見た。
「まだ持ち帰りです」
「はい。持ち帰りで結構です」
瀬川は言った。
「持ち帰る内容を、次の会議の議題にしてください」
*
会議の日程は、なかなか決まらなかった。
学校は授業参観の準備があると言った。警察は別件の交通安全教室が入っていると言った。東丘市は内部確認が必要だと言った。自治会長は「平日の昼間は無理だ」と言った。PTA会長は「夜なら出られるが、子どもを預ける先がない」と言った。
瀬川の手帳には、時間だけが増えていった。
その夜、瀬川は事務所で一人、手帳を開いていた。
危険箇所の写真。
七時三十分から八時十五分までの交通量。
雨の日の歩行幅。
母親の言葉。
学校の回答。
南川市道路管理課の所管整理。
東丘市道路維持課の本音。
警察の基準。
自治会の反発予想。
整理はできていた。
整理はできている。
しかし、白線はまだ薄い。
瀬川は、手帳を閉じた。
自分は問題を動かしているのか。
それとも、問題を整理して、動かした気になっているだけなのか。
初当選した年の冬、瀬川は別の相談を受けていた。側溝のふたが割れていて、高齢者がつまずきそうになるという話だった。あの時、瀬川は担当課に伝えた。伝えたことで、仕事をしたと思っていた。
三か月後、そこを歩いていた女性が転んだ。大きな事故ではなかった。新聞にも載らなかった。骨折でもなかった。ただ、その女性は春に娘の家へ引っ越した。
瀬川の手元には、担当課へ送ったメールだけが残った。
届けた。
だが、動かなかった。
瀬川は立ち上がり、窓の外を見た。駅前のロータリーに、浅倉ののぼりが立っていた。風がないのに、布だけがわずかに揺れて見えた。
*
自治会館の集会室は、古い畳のにおいがした。
保護者、学校長、PTA会長、南川市道路管理課、東丘市道路維持課、警察、二つの自治会長。瀬川が何度も電話をかけ、頭を下げ、日程を合わせて、ようやく集まった。
浅倉も来ていた。入口に近い席で、腕を組んでいた。
最初に母親が話した。
「子どもが死んでからでは遅いんです」
部屋の空気が張った。
沿道の高齢男性が手を上げた。
「子どもが大事なのは分かります。でも、朝に車を止められたら困るんです。うちは妻を病院に送る日があります。介護の車も来ます。全部、許可を取れと言うんですか」
別の女性が続けた。
「通行止めにしたら、一本向こうの道に車が回るだけです。あっちにも子どもはいます」
PTA会長が言った。
「でも、今のままでは本当に危ないんです」
東丘市の係長が地図を広げた。
「今回、東丘市側で管理している部分はここです。ただ、主に通行している児童は南川市立北小学校の児童です。東丘市として単独で整備するには、説明が必要になります」
PTA会長が、すぐに反応した。
「子どもが東丘市の子でなければ、後回しということですか」
「そういう意味ではありません」
「では、どういう意味ですか」
係長は、返事を探した。
瀬川は、その沈黙を止めなかった。言葉がきれいなままでは、話は進まない。本音が出なければ、分けることもできない。
南川市の藤尾が言った。
「南川市で対応できる部分は対応します。ただ、交差点東側の電柱幕や看板については、東丘市さんの協力が必要です」
警察官は静かに説明した。
「信号機や時間帯規制は、すぐには判断できません。まず現状を整理し、段階的に対策を考える必要があります」
母親が声を上げた。
「段階的、段階的って、その間に事故が起きたらどうするんですか」
瀬川は、夜の事務所で閉じた手帳を思い出した。
整理はできている。
しかし、白線はまだ薄い。
「明日の事故を、今日ここで完全に止めることはできません」
瀬川は言った。
母親の顔がこわばった。
「でも、明日から変えられることはあります。横断前に一歩下がる場所を学校で指導する。見守りの立ち位置を変える。車に向けた仮の注意看板を、許可が取れる範囲で置く。横断歩道の補修は警察に現場確認してもらう。恒久対策とは別に、明日の朝の対策を作るべきです」
警察官が資料から顔を上げた。
「学校指導と見守り位置の変更は、すぐ相談できます。仮設看板は、道路管理者と設置場所を確認してください」
藤尾がうなずいた。
「南川市側なら、明日朝までに候補位置を見ます」
東丘市の若い職員が続けた。
「東丘市側も、電柱の管理者確認だけなら今日中にできます」
係長は、少しだけ息を吐いた。
「持ち帰ります。ただし、今日ここで約束はできません」
「約束でなくて結構です。持ち帰る内容を、議事録に残してください」
浅倉は、その時まで黙っていた。
そして、話がまとまりかけた頃に、穏やかな声で言った。
「やはり、子どもたちの安全については、皆さん同じ思いですね」
誰も反論しなかった。
反論しなかっただけだった。
*
工事は、三か月後に始まった。
最初に横断歩道が塗り直された。新しい白は、朝の光を受けて少し眩しかった。停止線も引き直された。路面には「児童注意」の文字が入った。東丘市側の電柱には、通学路を知らせる幕が巻かれた。南川市側には、緑の帯が細く伸びた。交差点の角には、柔らかいポールが立った。
全部が解決したわけではない。
信号機は付かなかった。
時間帯の車両通行止めも、まだ検討中だった。
雨の日の危なさも、完全には消えていない。
それでも、車は少し手前で速度を落とすようになった。子どもたちは、以前より一歩下がって待つようになった。保護者も、ただ怒るだけではなく、記録を残すようになった。
完成確認の日、市の広報担当が写真を撮りに来た。
道路管理課、学校長、PTA、自治会、警察。そこに浅倉もいた。黄色い旗を持ち、いつもの笑顔で立っている。
「瀬川さん、こちらへ」
広報担当が呼んだ。
瀬川が近づく前に、浅倉が一歩前へ出た。
「いやあ、皆さんの声が形になって、本当によかったです」
カメラのシャッターが切られた。
その夜、浅倉のSNSには新しい投稿が上がった。
《市境の危険箇所に安全対策が実現しました。これからも子どもたちの命を守るため、現場第一で取り組んでまいります》
写真の中央に、浅倉がいた。瀬川は端に写っていた。肩が半分切れていた。
コメント欄には、短い言葉が並んでいた。
《浅倉先生、ありがとうございます》
《いつも現場で動いてくださって感謝です》
《子どもたちを守ってくださり、心強いです》
瀬川は、スマートフォンを机に置いた。
置いたあと、また手に取った。
違う。
そう思った。
何が違うのかは、分かっていた。
分かっているつもりだった。
浅倉は、合同点検の日程を組んでいない。東丘市の道路課へも行っていない。警察署で信号機の基準を聞いたわけでもない。自治会長に頭を下げたわけでもない。議事録に残す文言を確認したわけでもない。
違う。
だが、その違うを口にすれば、どう聞こえるのか。
自分がやりました。
私の実績です。
浅倉さんではありません。
そう言いたいのか。
瀬川は、画面を見たまま動けなかった。
怒っているのは、相談者の声が軽く扱われたからなのか。
自分の汗が見えないからなのか。
どちらもあった。
どちらかだけなら、まだ楽だった。
浅倉が何もしなかったわけではない。
あの朝、浅倉の旗がなければ、悠太は車の前に出ていた。浅倉は子どもの名前を覚えていた。高齢者のごみ袋も持った。彼の善意は、確かにあった。
その善意が、会議室の奥までは降りてこなかっただけだ。
瀬川はスマートフォンの画面を消した。
消しても、胸の奥の苦さは消えなかった。
*
翌朝、瀬川は一人で交差点に立った。
新しい白線の手前で、子どもたちが止まっていた。軽自動車が近づき、以前より手前で速度を落とした。完全に安全になったわけではない。運転手の顔には、まだ苛立ちが残っていた。
それでも、車は止まった。
悠太が渡った。
その後ろを、二人、三人と続いた。
あの母親が、少し離れた場所から瀬川に頭を下げた。深くはなかった。ほんの小さな会釈だった。
瀬川も、同じように小さく頭を下げた。
よかった。
それは本当だった。
許せない。
それも本当だった。
二つは、瀬川の中で混ざらなかった。
市役所へ向かう途中、瀬川の携帯電話が鳴った。画面には、知らない番号が表示されていた。
「瀬川先生ですか。すみません、近所の側溝のことで相談がありまして」
瀬川は足を止めた。
古い側溝の記憶が、胸の奥で小さく動いた。
「はい。お話を伺います」
瀬川は手帳を開いた。
(了)
執筆の狙い
noteに投稿した作品の転載です。
私はあくまでも編集者として、この作品に関わっています。