作家でごはん!鍛練場
K

Whisperd Distance.

「紗絵ー!!今日の数学の授業、できた?」

 ああ、また椎菜か。
 私はいつものように微笑んでいるが、心の奥は、鈍器で殴られたように痛む。
 紗絵と、話したい。でも、また——紗絵が遠ざかってしまう気がする。
 紗絵、瀬戸口 紗絵。私の小学校時代からの塾の幼馴染だ。
  私は、七宮 鈴音。中学に入って、もう2、3ヶ月が経つ。いじめもなく、空気を読んで人を無視するような子もいない。友だちもできた。
  ……それなのに、私の心は、ざわざわと落ち着かない。
 ——桃笠 椎菜が、いるから。
 椎菜のことは嫌いじゃない。でも、心が苦しくなる。理由はわかってる。椎菜が、紗絵に、やたらと話しかけたり、気軽に触れたりするから。
 前までは、私も椎菜も紗絵も、同じように仲が良かった。購買に走るときも、教室で授業を受けるときも、帰り道だって、いつも一緒だった。楽しく、心地よく過ごせていた「はずだった」。
 あの日までは。
 椎菜が、紗絵を昼食に誘った。いつものように、明るく。
 それだけなら、きっと平気だった。三人で過ごせると、どこかで信じていた。でも——
「鈴音〜、今日は紗絵と二人で食べるね!!」
 その一言で、私の胸に、冷たい鉛がぼとりと音を立てて、落ちた。
 しかし、紗絵はいつものように、ふわりと微笑んでいる。
 どうして?私は、ずっと、うまくやってきたはず。小学校時代のことを隠して、隠して、明るく振る舞ってきたのに。

「鈴音ってさ、仲良くなったら、急に重くなるよね。」
「そうそう、ちょっと怖いときあるもんな〜。」

 一緒に笑ってたはずのクラスメイトたちの声が、今も耳に残る。
 軽い無視、軽い悪口。それを「気にしすぎだよ」と言われるような、曖昧ないじめ。
 いじめのような、いじりのような、そんななにか。
 でも、思った。私の考えすぎなだけ、だって。
 私は、後に、仲良くした子に執着していると言われ、突き放された。

 紗絵は、そのことを1ミリも知らない。

 紗絵は、一度私の髪を編んでくれた。
 「これ、アタシと鈴音だけの秘密ね?」
 静まり返っていて、空気が張り詰めている自習室に、一輪の花が咲いたようだった。
 だからこそ、私が「もっと一緒にいたい」とか、「椎菜とばかり話さないで」とかはいえない。せっかく築いてきた紗絵との関係が壊れてしまう気がする。

 心の底に沈めていたものが、濁流のように膨れあがっている。嫉妬、羨望、独占欲 、そんな感情が、私の中に渦を巻いて、形を成していく。
恋愛的に、とかそういうのじゃない。でも、どす黒い感情が私を支配している。
「あのさ、椎菜。」
 振り向いた椎菜は、いつものように無邪気な瞳で、
「なに?どうしたの?」
 と聞く。その瞳を見て、私はもう、笑えなかった。
「なんで、そんなに紗絵にこだわるの?」
 空気が凍る。椎菜の笑顔がひきつり、紗絵の表情に、戸惑いと悲しみが浮かんだ。
 ああ、仮面が、ずれた。
 私は、慌ててもう一度被ろうとした。でも、紗絵の一言がそれを阻む。
「……ねえ、鈴音。アタシ、たまには椎菜とも二人で話してみたいな。ごめんね。」
 紗絵は、言葉をゆっくりと、丁寧に選んで、葛藤し、絞り出した。
 ごめん、なんて言わないで。謝るくらいなら、椎菜と一緒にいないで。
 椎菜から、離れてよ。私のそばにいて。
「紗絵、私たち、ずっと一緒にいたじゃん。『たまには』って、どういうこと?」
 気づけば、声が震えていた。それなのに、止められない。
「椎菜も、紗絵ばっか見てないでよ。紗絵は、私とずっと仲が良かったの!!」
 口にした言葉が、自分の意志と反して凶器として、牙を向いているのがわかった。けれど、それでも私は止まらなかった。いや、止まれなかった。
「ごめん、鈴音……。意味が、わからない。私は、ただ仲良くしたいだけだから。」
 その言葉に、心の奥が抉られる。
 ——仲良くしたいだけ?
 じゃあ私は?私のこの気持ちは?そんな椎菜の言葉で、綺麗事で、全部奪われていいの?
 仲良くしたいだけ、とか、そんなわけないじゃん。
 ちくりと刺さった言葉が、やがて大きな深い傷になっている。
「鈴音、ずっと思ってたんだ。鈴音は、アタシ以外の子とあんまり仲良くしないじゃん。だから、鈴音も、話しかけてみたらいいと思う。だってさ、その」
「紗絵、違う。…紗絵は、椎菜のことなんか構わず、私といればいいんだよ?」
 どくどくと、心臓が脈を打つ。
 ついに吐き出した一言は、私自身をも突き刺した。
 ああ、やってしまった。言ってはいけないことを、言ってしまった。
 心の中で、何度も何度も謝っているのに、声にはできなかった。
「鈴音…、そう、思ってたんだ…?」
 でも、椎菜が悪い。私は今、責任を押し付けている。
 私、もう、どうしていいかわからない。

 紗絵はまた明日も笑ってくれる、よね…?
 「きっと笑ってくれるよ」と、どこからか私の声が聞こえてくる。
 その言葉を聞いた私は、仮面の下で、恍惚な笑顔を浮かべていた。

Whisperd Distance.

執筆の狙い

作者 K
M014010129192.v4.enabler.ne.jp

こんにちは。作者のKです。
これは私の実体験を元に、膨らませて考えたものです。
しかし、文才がないため、上手く書けませんでした。
小学校から中学校へと上がり、人と人との距離感の掴み方が難しく、わかりにくくなって、どこまでが関われる範囲内なのか、それを模索しながら、歩き続けていました。
どこで、どう生きていても、他社との関わり方は手探りで見つけるしかありません。
私が手探りで模索した結果は、ここに気持ちを綴ることでした。

次回の投稿では、瀬戸口 紗絵の視点で書く予定になっています。
なので、アドバイスや感想などをたくさんもらいたいと思っています。

感想や、添削、お待ちしております。

コメント

夜の雨
ai203198.d.west.v6connect.net

Kさん「Whisperd Distance.」読みました。

人間関係のドラマがよく描けていますが。
コミュニケーションの取り方のあやういところを描くのがうまいです。
主人公の「七宮 鈴音」の気持ちと考えていることがしっかりと書けています。
なので、小説として、違和感なく成立していますが。

A>「鈴音ってさ、仲良くなったら、急に重くなるよね。」
>「そうそう、ちょっと怖いときあるもんな〜。」

B>私は、後に、仲良くした子に執着していると言われ、突き放された。

御作の基本は上のA、Bのエピソードにあるような、鈴音の人間関係の距離の取り方のあやうさですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ねえ、鈴音。アタシ、たまには椎菜とも二人で話してみたいな。ごめんね。」
 紗絵は、言葉をゆっくりと、丁寧に選んで、葛藤し、絞り出した。
 ごめん、なんて言わないで。謝るくらいなら、椎菜と一緒にいないで。
 椎菜から、離れてよ。私のそばにいて。
「紗絵、私たち、ずっと一緒にいたじゃん。『たまには』って、どういうこと?」
 気づけば、声が震えていた。それなのに、止められない。
「椎菜も、紗絵ばっか見てないでよ。紗絵は、私とずっと仲が良かったの!!」
 口にした言葉が、自分の意志と反して凶器として、牙を向いているのがわかった。けれど、それでも私は止まらなかった。いや、止まれなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
御作の一部を、説明のために上にあげましたが、この部分などは主人公の「鈴音」だけではなくて、「紗絵」や「椎菜」の立場などもよく描かれています。

また作者の「K」さんは、鈴音や紗絵、椎菜の心理状態などもわかって書いておられます。
そういうのが、伝わってきます。
このエピソードだけと違い、御作全般の人間関係のエピソードが読み手に伝わるように書けています。

この手の人間関係は思春期の友達関係のエピソードだけと違い、20代やら30代、それ以降の年代でも基本同じようなものなので、現在でここまで書けたら、「一生もの」で役に立ちますので、これからも小説を読み書くことの勉強を続けていくと、出版業にたずさわる仕事につけるのではないかと思いますが。
まあ、近ごろはAIがすごいので、10年先はAIが芥川賞を受賞しているかもしれませんが。

ちなみに鈴音の執着とか独占欲ですが、家族と一緒にいるときに母が自分が若いときに友人関係に執着があり、コミュニケーションをとるのに苦労した、とかのエピソードを挿入して、鈴音にも「あんたは大丈夫? 気をつけないと友達を失くすよ」と、いれると。
背景部分が読み手に伝わります。
親子だなと、遺伝子がつながっていると。



お疲れさまでした。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

自分を見つめるために小説を書く、というのは実はとても真摯な行為で、その結果自分だけのオリジナルのある作品を磨くことにもつながり、やってみる価値があることだと思います。
自分のために書く。
主人公のどうしようもない焦りや、焦燥感が痛いほどに伝わって来ました。
切実な「痛みのある」小説だと思います。
んっ、エンタメの気軽な小説とは違いますけど、僕はこっちの方が好きだな。どちらかというと。

なんで友人が去っていくの?
なんで主人公はそんなに友人を持つことにこだわるの?
なにか学校以外で人の出会いの場を持ってみては?

自分の感じた疑問でした。

ここを突き詰めていくと小説がより深くなるかもしれないし、作者の悩みがより具体的に捉えるきっかけになるかもしれない。
そんな感じ―。

自分も学生時代は友人関係で悩んだな―。狭くて小さい友人関係でも暖かいものが出来ればね、居心地はいいんだよな。

K
nat8.kyoto-wu.ac.jp

夜の雨さん、感想ありがとうございました。
鈴音の母親に関しての描写も、次回に出す予定の紗絵の視点の方に少し入れ込んでみようかなと思います。
アドバイス、お褒めの言葉、ありがとうございました。

K
nat8.kyoto-wu.ac.jp

えんがわさん、感想ありがとうございました。
人間関係においての自分を見つける、という言葉がとても心に響きました。
えんがわさんの感じた疑問のようなところも突き詰めて、さらに深くかけるように頑張ります。
お褒めの言葉、アドバイス、ありがとうございました。

指咲 游
KD059132147049.au-net.ne.jp

書き出しの台詞は必要でしょうか。
質問ではなく、押し並べて普遍的段階的なレベル問題でしかないはずなのでまだわからなくても大丈夫ですし、わからない人には一生わかり得ないことでもあるのかもしれません。
現状、アニメのナレーションの域を出ない書き筋を責めるつもりはありません。
むしろそれを差し置いて先急ぐような、鋭角な切り取りの手触りにいつか化け得る素質のようなものを思いつかされなくもありませんでした。
ご自身ではわからづらいことかと思いますが、書き続けるうちに自ら手練れた気になる人ほど、実はこの物語の語り手のような設定を描きづらく、選び難くなるもののような気がします。
そういった意味でこの作品の性質なり根拠として、作者の自覚に関わらず未開の余地のようなものを感じさせられたのだと思います。
この作品の一つ下、田中さんの作品とこの作品は性質こそ違いますが、よく似た筆勢に躓いている気がします。
悪い意味ではありません。
小説っぽい何かにとどまっている感じが似ている気がします。

K
M014010129192.v4.enabler.ne.jp

指咲 游さん、アドバイスありがとうございました。
私自身、冒頭の台詞を入れるかどうかを迷いました。強く引き込むことのできる導入を思いつくことができず、冒頭の台詞となっています。次は、他の作品を読んで、導入の入り方を学習してみます。
アニメのナレーションの域を出ない=「文学的な余白や深みが足りていない」という解釈で書かせていただきます。今回の私の文章は、鈴音の感情を詳しく書きすぎていたと感じています。次回は、読者の方々の解釈の余地や、想像できる箇所をつくっていきたいと思います。
お褒めの言葉、アドバイスありがとうございました。

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