たとえば書くことについての、ひとつの想像
「何してんの? ……というか……まあた、勝手に入り込んできて……」
机に向かっているわたしが振り向きもせずにそう言うと、帆鞠はローテーブルに肘をついたまま、面倒そうにこちらを見上げた。彼女はわたしの部屋の真ん中に座っている、はずだ。
部屋の鍵なんてかけてなかったから、入ろうと思えば入れるけど、それでも毎度のことながら驚かされる。
彼女は言う。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「……怒ってないよ」
そう言いながら椅子に座っていたわたしは振り返って彼女を見る。
「睨んでるよ」
「これは、驚いた顔」
帆鞠はそれ以上何も言わずに立ち上がってそばまで来ると、わたしの机の上に視線を落とした。
開いたメモ書きのノート、コーヒーのしみがついたマグカップ、気分を味わいたくて使っている、いただいた古い万年筆。きっと興味はないのだろうけれど、そうやって見ながら何か話題を探して話しかけてくるのが、彼女のいつものやり方だ。
「何を考えてたの?」
めずらしくわたし自身のことを聞く。その問いかけがわたしを机から引きはがした。椅子の背もたれに深くもたれて、ため息をひとつ吐く。
「小説の書き方、かな」
「また?」
「また、ってなに」
「また考えてる、ってこと。前もそんなこと言ってた」
わたしは少しだけ笑って、それからまじめな声のトーンで言った。
「でもさ、ネットの素人の小説って、どうしてあんなに読みにくいんだろう。見た目がそもそもちゃんとしていないっていうか、段落のないのもあるっていうか、字下げしてあっても適当だし、空白行なんかもなにあれ、適当すぎる。なにかルールがあるんじゃなくて、なんとなくの気分で空けてるみたい。基本的なところが、なんか雑で……」
帆鞠は黙って聞いてくれていた。こういうとき彼女はすぐに口を挟まない。
「というか、やっぱりそういう適当さが、読みにくさの原因なんじゃないかって思う。ようするに共通のルールを無視しているとこ。少なくともちゃんと本を読んでいれば、しぜんとそういう常識的な〝形〟って身につくはずなんだけど、書くばっかりで読んでいないのかな。素人でも見た目くらいプロっぽくすれば、もっと読んでもらえると思うんだけど」
帆鞠は、ふっとため息を吐いた。
「わたしはいまのままでいいけどな。素人の小説って、見た目で素人ってすぐわかったほうがいい」
「え? なんで?」
「どっちみち読む気が失せるから、最初から見た目でわかってたほうがいいよ。どうせ自分だけがおもしろい、つまんない思いつきの説明文だし、下手なシナリオじゃん。それか、思い出話昔話だったり、ほんと個人の、どうでもいい創作日記だったりして、だから何? って感じ。時間の無駄だよ。なので、素人が書いてるって一目でわかったほうが、期待しないで済む。でしょ?」
彼女の言い方は、冷たいようで、でも理にかなっている。
「それに読むなら、ちゃんとした本を読むし。小説って、けっきょく〝作品〟である以上、上手じゃないと読みたくないよ」
それはたしかにそうだ。けれど、わたしは反論したくなる。
「でも、なにか、期待したくならない? 新しい発想というか、斬新さ、新鮮さ……というか……」
「ううん。ぜんぜん。ネットの小説って、人格をもった神視点だったりして、そこに人物視点が混ざってぐちゃぐちゃでしょ。作者の頭の中をそのまま垂れ流している。ほんと、ただの作文って感じ。会話文があるからかろうじて小説っぽいけど、でもそれすら誰がしゃべっているかもわからなかったり。逆に、わかりやすくしたいのか、ぜんぶ説明していて、行間を読ませることを知らない。趣もない。ふつうに登場人物の視点を意識すれば、しぜんと読めるものになるのに。だいたい〝小説〟と〝物語〟とは違うところは、登場人物がご都合主義ではなく、ちゃんと生きている人間かどうかなんだから」
「まさかそれ、もっと人物描写しろってこと?」
「違うよ。行間を読ませるのと同じで、掌編だったら人物描写は、もう読者の想像に任せたほうがいいかも。大事なのは中身でしょ」
「んー、まあそれはそうかもね、極論だけど。というか、帆鞠だって、ほんとは期待しているんじゃないの?」
「でも、だからって読まなきゃいけない義理はないし。わたし、基本的に素人の小説ってどうでもいい。読んでもらいたいなら、ちゃんと読者を意識して、ちゃんと勉強して、それで勝手に上達すればいいと思う」
「冷たいなあ」
「現実的って言って」
わたしは苦笑して、それから自分のノートをちらっと見た。さっきまで悩んでいた構成のことが、頭から少しずつ薄れていく。代わりに、べつの疑問がわいてきた。
「でもさ。最近思ったんだけど、素人って自分が素人だっていう自覚が、案外あるんだと思う。だけど本当は、もっと上手くなりたい、って思ってる。〝小説家になりたい〟ってまではいかなくても、せめて〝上手くなりたい〟って。だったら、書き方のコツとか、そういうの教えてあげたほうがいいのかなって……」
帆鞠は黙って、じっとこちらを見ていた。わたしはその視線に、なんとなく動揺した。それから彼女がなにか大切なことを言いかけてやめたような気がして、それが、とても気になった。
東向きの窓は開いている。外から風の音が聞こえる。古い家だから、二階のこの部屋はすぐに軋む。梅雨の終わりの風。もうすぐ夏が来る。
私は思い切って、
「……帆鞠ってさ」
「なに?」
「……やっぱり、わたしの想像なんだね」
帆鞠は、少しだけ目を細めて、でも否定はしなかった。
わたしはもう一度、机に向かい、ノートをとる。ページの隅に、そっと、こう書き加えた。
小説を書くってことは、誰かと話すことに似ている。たとえ、その誰かが、自分の頭の中にしかいない存在だったとしても——
◇
「へえー、すごいすごい。ちゃんと書けてる」
わたしはAIが生成した小説を読み直しながらキーを叩き、不自然なところに手を入れていく。
最後は唐突すぎる感があるけれど、プロット通りだ。AIには、ジャンルやスタイル、テーマ、登場人物、舞台設定などを細かく提示したあと、要点を箇条書きにして書き記す。また特別な要素として、会話の相手つまり友人をイマジナリーフレンドという設定にしておいた。
「ねえ、ほんとすごいと思わない? これ」
わたしは机の上に広げていたノートパソコンを帆鞠に見せる。
「誰が書いたことになるの、これ」
「わたし、……かな。条件の提示によって、たぶん、個性的なものになるから。プロットとして書いた箇条書きも、並べ方によって独自のストーリーになる、みたいな?」
「いいの? それで」
帆鞠はカップアイスを食べながら画面を覗き込んでいる。
「わたしもべつに、AIで長編小説を書こうとは思わないし、ふつうそうでしょ。自分で書くのが楽しいんだし、書いてて楽しくないと書けない。この掌編も……うーん、そう……だね、もしAIがなかったら、いくら短くても最後まで書けていない、かな。あまりにもくだらないというか、途中で、なにやってるんだろってなって、やる気をなくして挫折したと思う」
「んー、読むのを挫折した」
執筆の狙い
AIを使って書きました。AIで書く、というと、AIに丸投げしているイメージがありますが、プロットとして要点を箇条書きにして並べると、それ通りに書いてくれます。もちろん生成されたものは、何かおかしいので、リライトが必要になってきます。そのリライトにおいて、人間の書き手による、含めるべき何かが必要となるのだと思います。
とくべつ、感想は必要ありません。こういうのもあるのだなという、参考にしてください。本文に書いたように、自分としては「なにやってんだろ」って感じのものなので、AIがなかったら書けないものです。そんなものを出して申し訳ございません。一部の人が書け書けとうるさいので、小説の新しい書き方のスタイルとして、試したところがありました。
登場人物には、ちゃんと年齢や性別、性格なども設定しましたが、書かないように指示しました。必要ないと判断したからです。また、ネット小説の悪口を書いていますが、個別の誰かを想定したものではありません。小説のあり方について会話させるというのが目的です。会話劇風というのも最初から設定しています。そこにはちゃんと意図があってのことです。