キミがいたから。
「あっ。ノラ・ボンクラさん、スーパーチャットありがとー。」
液晶の中で動く彼女はV。
彼女に出会ってから七年がたった。学生の頃から見ていた僕は今じゃ社会人。嫁も彼女も作らず給料の殆どを彼女に捧げていた。
昼は社会人、夜は廃人。彼女にカネを捧げて、捧げて、捧げて。会社の上司との飲み会も、友人との飲みも、忘年会もすべて断って彼女に尽くした。
大学で始めてバイトをして、初任給をすべて彼女へのスーパーチャットに注ぎ込んだ。僕の全ては彼女でできている。生きる意味も、働く理由も、全部だ。
彼女を幸せにしたい、結婚するなら彼女しかいない。そう強く思う。
だが、あの日の出来事が僕の脳を捻じ曲げた。
ガヤガヤと鳴る駅の地下街。休日だったため、彼女の箱のショップへ来た。目的は彼女がファーストライブをするということで特設された”彼女だけ”のコーナー。
そこに展示された彼女のメッセージの色紙を写真に収めたかった。
『みんなのおかげでついにファーストライブ!!みんな見に来てね〜!!』
彼女直筆の文字を収め帰路についた。
帰りに軽く東京を散策する。夕方になった東京はまだまだ華やかで、人に溢れていた。
「かなちゃんのコーナーすごかったね〜。本当にライブ楽しみにしてるよー。」
心臓がドキリとした。この声は彼女の同期のVの声質そのものだ。普段と声は違うが隠しきれていない雰囲気を感じ取り、足が止まる。以前も何度かこういう事はあった。どれも彼女とは違うVの声であって今回も同様に、彼女の声ではなかった。今までは気のせいだと思って無視していた。だが今は、『コーナー、ライブ』という単語が僕の足を地面にくくりつけている。まさか。
「ねー。ほんとにライブができるなんて夢みたいだよ〜。」
”彼女”の声を聞いて確信に変わった。彼女が今ここにいる。間違うはずがない。七年間三百六十五日彼女の声を聞いて、彼女の声質も、裏声も、声のこもり方さえも知っている。滑舌が悪いところも、柔らかい話し方も。
「配信始めて、最初の自己紹介で言ったの、ファーストライブ目指すってさぁ。」
彼女の声のする方へ、人混みをかき分けて進む。
彼女の前に出た。彼女がきょとんとした顔でこちらを見ている。何を言えばいい?まず、なんで彼女を追いかけた?今僕が彼女に話しかけてしまったら、もしかしたら、全部終わってしまうかもしれない。
彼女の前で硬直した僕を脇目に、彼女たちは通り過ぎていく。
しばらくアタマが真っ白だった。真っ白なまんまのアタマで、彼女を家までつけるという発想が浮かんだ。
それは彼女の家に押しかけるとかそういう目的ではなく、ファンの中で自分だけが彼女の家を知っているという愉悦感、今までデビューからずっと推してきた自分へのご褒美のようなものを得たいという、それだけだった。彼女は同期と別れ、電車に乗った。僕も同じ電車に乗り、後をつけ、路地裏についた。彼女が振り返る身振りをして、突然走り出した。つけてるのがばれた?僕は必死で追いかけた。このままではストーカーに、犯罪者になってしまう。弁明しないと。僕がリスナーだってわかればきっとわかってくれる。彼女が家に駆け込みドアを勢いよく閉めようとした。
ダメだ!!
僕はドアノブをつかみ彼女の非力な力を無視してドアをこじ開けた。
「いやぁっ、誰なのっ!」
「ねえ!僕だよ!いつもスパチャしてるだろ!ノラ・ボンクラって!」
彼女の目が見開いた。
「ノラ・ボンクラさんなの?ねえお願いっ!こんなことやめて!帰って!」
覚えていてくれたんだ、僕のこと。
「違うんだ!ストーカーしてたわけじゃない!たまたま見かけて、キミだと思って!ここまで⋯」
つけてきた。
「ストーカーだっ!あなたはストーカー!」
「ちが」
「警察に突き出してやる!このストーカー!」
「違うって言ってるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
彼女の肩が震える。怖がらせてしまっただろうか。
「僕はストーカーなんかじゃない!」
「違うわ!あなたはストーカーよ!」
声を荒げる彼女。
「違う!」
違う。こんなの彼女じゃない。彼女はもっと優しくて、それで⋯⋯
これが彼女なのか。僕が七年間推してきたのは作り物だったのだろうか。
嫌だ、それでは僕の人生が否定されてしまう。同僚にVオタだと笑われても、上司に愛想をつかされても、耐えてこれたのは、キミがいたから。
それが作り物だったのなら、本当の彼女が全くの別人だったのなら、僕の人生は何?
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
きっと今は別の彼女で、呼んだら、スーパーチャットをしたら、きっと彼女が出てきてくれる。
「なあ!出てきてよ!今日も配信するんでしょ!」
彼女の頭部に刺激を与える。
「やめて⋯なにいってんの⋯」
「今日もスーパーチャットするからさ!」
彼女の頭部に刺激を殴る。
「痛い、やめて⋯⋯。どうして⋯」
「ねえ!どうして出てきてくれないの!?名前を呼んでよ!スーパーチャットありがとうってさ!言ってよ!」
彼女の頭部を殴る。
「⋯。」
沈黙する彼女を見つめる。頭部は腫れ上がり、原型はなかった。
「どうして⋯、早く出てきてよ⋯。」
僕は血溜まりに立ちすくみ、動かなくなった彼女は僕をじっと見つめていた。
完
執筆の狙い
刺激的な表現があるよ。
こんにちは。初投稿です。趣味で小説を書く高校生です。この作品の前にも何作品か書いていたのですが、どれも完結に至らず、超短編小説のこの作品のみが完成したのため投稿した次第です。自分はまさにこの主人公と同じVオタ(Vtyuberオタク)なのですが、この作品が完成したときは震えました。本作の主人公は七年推してきたということでしたが、僕はVに足を踏み入れてようやく一年たったという感じです。Vを推しているうちに、スパチャしたいとか、本人にあってお礼が言いたいとか、結婚したいと思うようになります。それがとあるきっかけで悪い方向に進んだのがこの主人公。段々とネジが緩んでいく様子を描きたいなと思い、終盤では自問自答し、悩み、壊れていく主人公を描きました。また、あえてVについて名前(作中のかなちゃんはVの本名としています。)を載せなかったのは、単純に自分の推しているV、またその箱のグループのVへの思いが乗らないようにするためです。完全に私情です。
完成して思ったのは、やはり非現実的に書いたほうがいいなということです。
辛口、中口、甘口の評価待ってます。