夢魔人
無職で金が無く、暇を持て余した男。何かいい儲け話はないかなと考えていると、何度も同じ夢を見るようになった。
近所にある小山に登り、頂上部にある変な形をした岩の横の地面をシャベルで掘る。すると素晴らしいものが見つかって大喜び、というところで夢は終わるのだが、何を掘り出したのかは覚えていないのだ。
あまり何度も見るものだから「もしかして正夢では」と男は思い、実際にその小山に登ってみることにした。そうしたら変な形の岩は本当にあったので、その横の地面を掘ってみる。すると土の中から見つかったのは古びた青銅のランプ。値打ち物かなと期待して汚れを落としに擦ってみると、ランプの中から魔人が現れた。
「やれやれやっと自由になれたか。数百年もの時間は長かった。埋まっていたランプを掘り出してくれたのはお前か。感謝するぞ」
巨大な魔人は手脚を伸ばし、肩を回して凝り固まった身体をほぐす仕草。
男は驚いたが、もともといい加減なたちなので気を取り直すのは早かった。
「魔人さん、なのですか。だったら何かお礼をして下さいよ。童話などではこういう時には魔法で願いを叶えてくれるんじゃないですか」
「そう言われても魔人には専門分野というものがある。ワシは夢を司る魔人なのでな。人間に夢を見せることくらいしか出来んのだよ。お前をここに呼んだのもその力を使ってなのだ。ずいぶん時間がかかってしまったが、近くに夢感知力の強い人間がいてくれて助かった」
男は大金を期待していたのでガッカリ。それを見ると、魔人は少々不満気に、
「夢と言っても馬鹿にしたものではないぞ。これでも相当な力があるのだ」
「それじゃあ正夢を見せてくれたりとかもできるんですか」
ギャンブル好きの男は夢で競馬の当たり馬券でも教えてもらえるかと身を乗り出した。
「それは夢と言うより予知能力ではないか。そんな力はワシにはない。すごくいい夢や、悪夢の類いを見せてやれるだけだ」
「それならいい夢を見せてくださいよ。美人女優と一夜のベッドインなんてのがいいな」
「そうしてやりたい気がしないでもないがな。ワシは魔人なのだ。魔族の一員であるからには、そうおいそれと人間にいい思いをさせてやるわけにはいかん。たとえ相手が恩人でもな」
魔人は出し惜しみするばかりで、結局何の役にも立たないのだった。そのうち魔人はランプの中に引っ込んでしまい、当てがはずれた男は納得いかず悔しくなってランプを投げ捨てそうになる。
しかし何とか思い留まってそれをアパートに持ち帰った。
それから男は時々ランプを擦ってみたが、魔人は面倒くさそうに現れるばかり。「いい夢を見せてくださいよ」との男の頼みをきくわけでもなく、「お前が恩人だから出て来てやっているのだぞ。それだけでも有難いと思え」と言わんばかりの態度ですぐランプの中に戻ってしまう。
男も面白くないのでランプを擦る回数は減って行った。魔人も出たり出なかったりになる。
そんな男の元へ、昔馴染みの友人がやってくる。
男には軽薄なところがあって、友人に魔人を自慢したくなった。「凄いものを手に入れたんだぜ」と言ってランプを擦って見せる。しかし魔人は現れず、友人は「大丈夫か?」と目を白黒させるばかり。
男は魔人のランプの話を冗談にしてしまうしかなかった。
しかし、久しぶりに顔を会わせた友人は、いったい何の用で男のアパートにやって来たのか。
「うん。それなんだが、ちょっと頼みたいことがあってね」
友人は、男に儲け話を持ってきたのだった。結構な報酬を提示して、使い走りのような仕事をもちかけてくる。それには銀行のキャッシュコーナーから金を引き出してくるといった怪しい用事も含まれていたが、「無職の君にしか頼めないんだよ」とか言って深々と頭を下げられると、男はいい気になって引き受けてしまう。
すると案の定、その仕事をやり終えた後に、男は警察に捕まった。オレオレ詐欺を働いた容疑をかけられたのである。男がやらされていた仕事は詐欺の使い走りだったのだ。
男は「詐欺とは知らずに雇われただけです」と弁明したが信じてもらえず、男を利用した友人は詐欺を働いた悪人仲間と共に、男に罪を被せて逃げてしまった。
男は数年間塀の中で臭いメシを食うはめになる。
その最初の夜の夢の中に夢魔人が現れた。
「お前は馬鹿なやつだな。しかし土の中に埋められているのを助けてくれた恩人が、こんな状況になってしまっているのは気の毒だ。特別に願いを叶えていい夢を見せてやることにしよう」
「本当ですか」
「ああ。魔人は嘘は言わん。だが、これは特別な計らいだ。刑務所の中にいる間だけだぞ。外に出たら後は知らんからな」
という訳で、男は刑務所にいる間、毎日素晴らしい夢を見ることになった。絶世の美女を恋人にし、豪華客船で世界を旅する毎日。酒と美食を堪能し、旅先ではギャンブル三昧で勝ちまくる。天文学的な財を成し、天才ギャンブラーとしてマスコミに取り上げられて名声も得た。
見た夢はみな現実同様に鮮明で、食べた料理の味や匂い、酒の酔いも、女性と夜を共にした快楽も現実同様のものである。その上見た夢の内容は、目を覚ましてからも全て鮮明に覚えている。
現実とまったく変わらないのだ。
これは凄い、と男は舌を巻き、夢魔人の力を見直した。
毎日見る夢の素晴らしさに、男はムショ生活を大して苦しむことなく過ごすことができた。それどころか、出所する時には夢の中で付き合った恋人と別れるのが残念で仕方なかったのである。
刑務所内で見た夢の最後には、再び夢魔人が現れた。
「それじゃあな。多分お前とはこれでお別れになると思うが、外に出てからもしっかりやれよ」
しかし、男はその励ましに応えることは出来なかった。何故かと言うと、刑務所から出て自由の身になってから、見る夢の内容がガラリと変わってしまったからである。
元に戻ったのではなかった。それなら時間の問題で馴れることができたろう。そうではなくて、毎日毎日酷い悪夢ばかりを見るようになったのだ。
ゾンビに追いかけられて逃げ回り結局捕まって食われてしまったり、糞便の溜まった沼地を彷徨って体が真っ黒になるほど蝿にたかられて死にしそうになったり、死刑囚になって死刑を執行されてしまったり、亡霊に取りつかれて地獄に引きずり込まれてしまったり……といった類いのとても耐えられないようなものばかりで、しかもそれらのすべてが現実そのものの鮮明さで、目が覚めた後にも全てを記憶してしまっているのだ。
男は毎日眠るのが恐ろしく、夢ノイローゼのようになってしまった。
それでも食わねばならないので仕事を始めたが、ムショ帰りに割のいい働き口などあるはずもなく、重労働でこき使われる毎日となる。帰ってからは疲れ切って何をする気も起きず、その上見る夢が地獄のようだときては刑務所の中にいた時の方がマシではないか。
そんな思いを込めて、まだ所持していたランプを強く擦ると夢魔人が現れる。
「出所して以来、どうしてこんなに悪夢ばかり見るんですか」
口を尖らせて男が訊くと、夢魔人は困った顔をして、
「刑務所の中でいい夢を見続けた反動が出ているのかもしれんな。ごく稀にそういう奴がいるのだ。夢感知力が強い人間には魔力で見せられたいい夢に過剰に反応して反動が出てしまう者がいる。ドーピングをしすぎた結果、内臓を悪くして筋肉が萎んでしまったボディビルダーのような状態と言ったらいいか。ダイエットの反動でリバウンドしてかえって太ってしまった状態と言うか。そんなようなものだ。そんな訳だから、悪夢はちょっとやそっとでは収まらんだろう」
「何とかならないんですか」
「ワシは医者ではないのでな。脳神経系の治療はできない」
「魔力を使っていい夢を見せてくれたらいいじゃないですか」
「以前『お前にいい夢を見せてやるのは刑務所の中にいる間だけだ』と言ったのを忘れたか。魔人は嘘は言えないのでな。一度言ったからには訂正はできん」
「そんな、何とかして下さいよ。このままじゃあ僕は気が狂うか自殺してしまう」
男が哀願すると、魔人は重々しく頷いて、
「うむ。まあワシも多少の責任は感じんでもない。もしまた同じ状況になったらいい夢を見せてやってもいいのだが……」
「本当に刑務所にいた時と同じ状況だったらいい夢を見せてくれるんですか」
「約束しよう」
魔人はそう言い残し、煙と共にドロンと消えた。
さてそれから、男は必死に刑務所へ戻る方法を考えることになる。
実を言うと、その計画は以前から頭の中にあった。自分を騙して詐欺の罪を擦り付けた昔馴染みの友人に復讐してやるのだ。魔人のおかげで刑務所生活はさして苦しくなかったとは言え、数年間も臭いメシを食わされた恨みを忘れやしない。
実行するかどうかは迷っていたが、今はむしろ刑務所の中に戻りたい身だ。恐れることなどあるものか。
男は執念でその恨みのある相手を探し出し、ナイフを突き刺して殺害する。そしてすぐに自首をして、目出度く懲役十数年の身の上となった。
男が刑務所に収容されたその日の夜に、夢の中に夢魔人が現れる。
「お前は本当に馬鹿な奴だな」
夢魔人は呆れかえって憐れみの混じった目で男を見た。
「ワシは『もし同じ状況になったらまたいい夢を見せてやる』と言ったが、それは『無実の罪を着せられて刑務所に入れられている気の毒な身の上になったら』という意味だ。今のお前とは全然違う。殺人などという大それた罪を犯した奴にいい夢を見せてやるほどワシがお人好しだとでも思ったか。そんな訳はない。それどころか、お前のような悪人に悪夢を見せて責めさいなむ事こそがワシの本来の仕事なのだ。これから刑務所にいる間、腕によりをかけて悪夢を見せて殺人の罪の重さを思い知らせてやるから覚悟していろ」
了
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執筆の狙い
五月の二十七日から三十日まで旅行に行って来まして、旅先で小説のアイデアを一つ思いついたのでササッと書いて投稿してみます。
ショートショート。3900字程度。