サイダーと君と。
「本当に、君はサイダーみたいだね。」
違う。私なんかより。
____________君のほうが、ずっとずっと、サイダーが似合ってるよ。
「塁、お疲れ様」
後ろから響いてきた声に、私はあわてて振り返る。
女子にしては低くて落ち着いた声。そして…目を奪われそうなほどに、きれいな黒髪。
「…冷夏。」
憎らしいほどに夏が似合う彼女は、今日も制服を身にまとって、立っていた。
一緒に帰ろう、その一言がなくても。
何も言わなくても、彼女と私は歩き出す。
「今日も部活?大変だね。大会近いんだっけ。」
「そうなんだよね。出れるかもわからないのに。」
大して得意でもないバスケを、ずっと続けているのには訳がある。
「でも、きっといつか出れるよ。塁なら。」
冷夏の言う”いつか”が来るまで、私はあきらめられない。
「ふふ、そうだといいな。」
これは希望なのか、それとも呪いなのか。私の世界は冷夏中心に回っている。
「私もバスケとかできたらなー」
「無理でしょ、冷夏は。」
「言ったなー、塁、ひどいぞー。」
そう言ってけらけらと笑う彼女を私はじっと見つめる。
細い腕に白い肌。風が吹いたら消えてしまいそうに儚い。
「塁?おーい。」
彼女の言葉にはっと我にかえる。
「ごめん、ぼーっとしてて。」
「もう、塁ったら。まあ、そういうところもかわいいけどね。
……あ。」
急に彼女が立ち止まる。その視線の先には、自動販売機があった。
「塁、ジュース、買お」
そう言って嬉しそうに自動販売機に近寄る冷夏。
迷わずサイダーのボタンを押していた。
「またサイダー、買うんだ」
「うん、塁は?」
ゆっくりと自動販売機に近づき、冷夏と同じサイダーを買う。
「めずらしいね、塁もサイダーなんて。」
「…今日はそういう気分だからさ」
私たちは示し合わせたかのようにまったく同じタイミングでサイダーを開ける。
”プシュッ!”
軽快な音があたりに響く。
嗚呼、この音だ。
私が夏を一番感じる瞬間。
「…塁は、本当にサイダーが似合うね。」
冷夏の視線が私のほうを向いていた。
「そう、かな。」
私なんかよりも、ずっと。
冷夏がサイダーを口にする姿はきれいだった。
まるで映画の中に入ったような。
このまま彼女だけが夏に取り残されてしまうのではないか、
そんな不安さえ感じられてしまうほど。
彼女と夏の相性は、とてもよかった。
私はこの瞬間が、好きだった。
「美味しいね。塁」
「…そうだね。すごく、美味しい。」
甘くて、しゅわしゅわとしたサイダーは、
きれいで、きらきらと輝いていて。
私の恋も、輝けばいいのに。
そう願うのは…我儘だろうか。
「私、塁と飲むサイダーが一番好きだな」
そう言ってほほ笑む彼女は、どんな男性を好きになるのだろうか。
「だって、塁と私は”親友”だからね。」
「そうだね。私と冷夏は親友。大事な友達。」
分かっていた。彼女と私の『好き』が違うことも。
私の恋が、サイダーのように輝くことはないことも。
だから、私の気持ちは、サイダーとともに流し込んでしまおう。
そう、思っていたのに。
もう少しだけ、あともう少しだけ、この気持ちを大事にしてみたい。
そんな心が、私の決意を邪魔してくる。
「…塁?どうしたの」
心配そうな顔をした冷夏が、前に立っていた。
「…ごめん。」
しょっぱくて、輝きとは程遠い液体が、目からとめどなく溢れる。
口の中でサイダーと混ざって、何とも言えない味を生み出していた。
分かっている。私は涙、冷夏はサイダー。
この二人が混ざりあうことは許されないのだ。
こんな不味い味になるくらいなら、私は。
…親友のままでいい。
涙が止まらなくても、笑顔を作る。
冷夏をまっすぐ見る。
「________ずっと、親友でいようね、冷夏。」
執筆の狙い
同性に恋をしてしまった時、一番苦しむのは「相手に思いが伝えられないこと」だと思います。
そのもどかしさ、苦しさを表現したいと思い、こうして小説に書かせていただきました。
「親友として」を保つか、「恋人として」を望むか。
「好き」、その一言が言えない塁の気持ちを、サイダーに例えて表現しました。
楽しんでいただけると幸いです。