宝くじに当たった男 第一章 波乱万丈の幕開け
物語は平成十七年携帯にワンセグが付く頃から始まる。
「山城くん。ちょっと総務部に行ってくれないか部長がお呼びだ」
課長に言われて山城(やましろ)旭(あきら)は嫌な予感がした。
気が進まなかったが、総務部の部長の所へ重い足取りで歩いて行った。
重いはずだ。体重が九十八キロの巨漢である。
コンコン「失礼します」
「おっ山城くんご苦労さん」
そう言われて総務部の奥にある応接室に通された。
部長と山城の前に、お茶が運ばれて来たが、どうも飲む気にはなれない。
お茶を持ってきた総務の女性社員が帰り際にチラリと山城を意味ありげに見た。
その眼は、あぁ可哀想にこの人も……と、そんなふうに山城には思えた。
「山城くん頑張っているようだね。実は……相談なのだが、いま我が社も景気が悪くてねぇ、我が社を船に例えるなら、このままの状況が続けば座礁しかねないのだ。そんな時に君みたいな将来性がある若者を会社の犠牲にはさせたくないと思うのだがねぇ」
予想はしていたが目の前で言われて一瞬、頭が真っ白になった。だが無情にも部長の言葉は続く。
「どうかね。ここはひとつ心機一転して新しい仕事に就いてみては? そこで私の知り合いの会社なのだが、行ってみる気はないかね。先方も歓迎すると思うがね」
山城はハァと言うのがやっとだった。
やはり総務部長だけあって、話しの切り出し方が上手い。
いやここで褒めてどうすると言うのだ。
たとえ山城が『いや、この会社で頑張らせてください』と言っても多分、無駄だろうと、いうことくらいは山城にも分かる。
最後に部長は紹介先の会社案内と紹介状を渡してくれたが、それは建前だろう。
山城は大学を中退して中途採用された。いわばウダツの上がらない男だ。
そんな自分が一流企業に入れたのは奇跡のようなものだった。やはり俺みたいな奴は経営が悪くなると真っ先に切られる運命なのだろうか。
言われるまでもなく自分でも認めていた。会社では特に落ちこぼれとまでは行かないが、この会社にあと三十年勤めたとしても、万年係長止まりだろうと自他とともにそう思っている。
山城は腹を決めた。(必要とされていないなら自分から辞めてやる!)
もし部長のお情けに縋って、勧められた会社に行っても建前の話だ。
『いやぁ悪い悪い確かに紹介は受けたがね。バイトならなんとか』
まぁ良くてそんな話になるだろう。後は半年もしない内に契約切れで終り。
とりあえず再就職先を探してあげたから一流企業としても面目が立つ訳だ。
もっと惨めな思いをするだけだと山城は思ったのだ。そしてこの男の波乱万丈の人生は、ここから始まるのだった。
山城旭二十五才現在無職、彼女も居ない夢も見えず将来性はゼロ。身長百九十八センチ、体重九十八キロ、足のサイズ三十四センチ。
今のところ、取り柄といったら人一倍大柄な体と若さだけだ。
どうせクビになるなら先にと、自分から辞めてしまった。アキラの人生はここから一変する。自称二枚目だが他人から見た印象は、大柄で二枚目には程遠いが、どこか愛嬌がある。そんな印象だ。
性格は意外と温厚、そして控えめ、しかし一旦キレたら単細胞なだけに野獣と変貌する。愛嬌ある顔から一変し、目は充血し大きな口で咆哮するらしい。まるでゴリラのようだとか? プロレスラーに向いている体格はしているが、残念ながらその体格を活かす能力は持ち備えていない。誠にもったいない。このままではウドの大木だ。
アキラの両親は大学二年生の時に離婚した。よく喧嘩する親だとは思っていたが、まさか離婚とは、その余波をモロに受けてアキラは大学を中退。
板橋区は東京の北に位置し、荒川を挟んで埼玉県となる。
アキラの住んでいる安アパートは、その荒川に近い高島平周辺である。
富士の樹海と言えば自殺の名所でも知られるが、なぜか此処、高島平団地も昔は自殺の有名な場所であった。最近は話題にならないが、わざわざ遠方から来て団地の屋上から飛び降り自殺した人も一人や二人ではない。噂が噂を呼び三年間百三十三人も自殺の名所と悪い噂が広がった。いまで自殺する人も居なくなったが噂とは怖いものだ。
まぁ、そんな事よりもアキラは今日も荒川土手の河川敷で少年野球の試合を見ていた。
別に見たくて見ている訳じゃなく、狭い部屋にばかりいると窮屈で仕方がない。
無職のアキラは土手の草むらに寝っ転がって空を眺めて流れる雲を見つめていた。
その雲はいろんな形に変わって行く、やがて雲の形が何故かボートの形に見えて来た。
「そうだ! (京都)競艇へ行こう」当時話題になったJRのCMのような単純な発想である。
この荒川の川向こうに戸田競艇場がある。歩いても行ける距離だし暇潰しには、ちょうど良かった。サイフの中身は一万三千五百円、無職のアキラにはそれも大金であった。
アキラはギャンブルをやった事がない。しかしアキラ将来が不安だし、自分の運勢を占う為にも、いい機会だと思って競艇場に行く事に決めた。
時間は昼を少し過ぎていたが、それでも競艇場は凄い人だった。
今日は平日なのに、どうしてこんなに人がいるのか不思議でならない。
まさか! みんな無職と言う事はあるまいが。まぁそう考えれば気が楽だった。
みんな仲間に見えて来た。みんな無職かどうかは別として共に競艇を見る為にやって来たのだ。しかしだ。どうすれば舟券を買えるのかサッパリ分からない。
競艇場の中には沢山の売店がある。アキラは売店でパンと牛乳を買って売店のおばさんに尋ねた。
「あの~~おばさん、俺……初めての競艇なのだけど」
聞かされたおばさん達は、あきれた顔をして笑ったが舟券の買い方を親切に教えてくれた。なんとか説明を受けて舟券を買う事になったが、競艇のレースの予想がつく訳もなく、考えたあげくに今日の日付で二十四日の二―四を買った。
アキラは三千円だけ、やったら帰ろうと決めていた。とりあえず一レースに千円賭け三レースと決めた。そしていよいよ発走だ!
水しぶきをあげて疾走するモーターボート、巧みなテクニックに観衆が騒ぐ、競艇を知らない人でも、一見の価値があるかも知れない。競艇は一周六百メートルを三周し六艇で行なわれる。レースはあっと言う間に終ったが、なんとアキラは自分が買った舟券が当たったか分らない。
分るのは観衆の一番後でも背が高いぶん良くレースが見えることだ。
結果が大きな電光掲示板に発表された。それでもアキラは分らない。
仕方なく隣の中年のおじさんに声を掛けた。背丈はかなり小さく、いかにも常連さんと思う風体をしていた。その証拠に耳には赤いエンピツを挟んで予想紙がクシャクシャになり、その道のプロを思わせた。
「すみません……これっ当たっていますかねぇ?」
声を掛けられた中年のおじさんは、上空から何か聞こえたような気がして一瞬見回したが、自分の頭上にその声の主がいた。
おじさんは少しビックリしたが気を取り直し教えてくれた。
「あんた競艇を知らんのかね。え~と……おっ当たっているぞ! 素人は怖いねぇ適当に買って当たるから」
「ほ! 本当ですか、意外に競艇って面白いんですねえ」
「そりゃあアンタ、当ればなんだって面白いよ。兄さんは運がいいんだよ」
そのおじさんは丁寧に教えてくれた。それからと言うもの立て続けに残りの二レースも当たった。今日は運が良いと思った。結局三万二千円の儲けになった。
しかしこのツキは、その予兆である事にアキラは気付く筈もなく。
その日の夕方アキラと中年のおじさんは近くの駅前で祝杯を上げていた。
駅前と言っても屋台に毛が生えたような小さな居酒屋だが。
「今日はどうもありがとう御座いました。いやあ競艇は面白いですね」
「なんのなんの。アンタの運が良かっただけだよ」
その男は真田(さなだ)小次郎(こじろう)と名乗った。まるで剣豪みたいな名だ。
「しかし、アンタはデッカイねぇ。バスケットの選手でもやっていたのかい?」
「いや今は無職ですよ。先月に解雇されて退屈しのぎにフラリと来たんですよ」
「そうかぁ、そりゃ気の毒にのう。どれどれ手を見せてごらん」
真田はカバンから虫メガネを取り出した。アキラは、えっと思ったが素直にグローブのような手を差し出した。しばらくして真田はこう言った。
「ほう~これは近い将来、人生を変える大きな出来事があるぞ」
「へぇ~もしかして真田さんは易者さんですか」
「易者と言うより占い師かな。易者は細い竹籤みたいな物で占うがまぁ似たようなもので、占い師は使わない。仕事は夕方からだし昼は暇つぶしに競艇を楽しむのさ。しかしアンタいい手相しているぞ」
アキラは、またぁこのおじさん調子がいいんだから、この占い師はインチキ臭いと思ったが初対面だし口には出さなかった。そう思った理由ある。なにせ朝から競艇やっていて一レースも当たってないという。未来を予想するから、つまり占い師、その占い師が一レースも当らないからだ。なんの為の占い師なのか? 占い師ならレースが当るか当らないか分る筈だろう。
まぁそう言ったら(当たるも八卦当たらぬも八卦)と切り替えされてしまうかも。
「あのう~真田さんは、なんで占いなんかやっているんですか?」
「アンタ変な事を聞くねぇ好きだから占い師をやっているだろうが。だが占い師も不景気でのう」
いや世の中不景気だからこそ占い客が増えると思うのだが……とんでもない人だ。
年は六十才前後、容姿は背が低く白髪交じりで、ショボイがどことなく品ある。
占い師なら、多少の未来を占えるから客が金を払って占って貰うのに。
まぁ元々、予知能力なんて持ち合わせている占い師なんか、いる訳がないか!
多少、調子のいい事を言わないと客も寄り付かなくなる。特にこの真田小次郎はだ。
アキラは思った。真田に俺の未来が見えるなら、俺だって真田を占ってやろう。
『きっと将来は池袋のガート下あたりでダンボールの家を作って優雅なその日暮らしが見えるようだ』と。
親切に教えてくれた人を悪く言うつもりはないが、つい何を言っても笑って聞いてくれるこの占い師に好感を覚えた。
二人はほろ酔い気分で別れた。初めてのギャンブルで当たれば嘘でも嬉しい、真田のインチキ占い。アキラは勝手にこの男をインチキ占い師と決め付けていた。
まぁ悪い人ではないし気軽に話せる相手だ。一万円の飲み代をアキラが支払い残り二万二千円の現金が増えた訳だが。これもインチキ占い師にめぐり逢えたから感謝しなくてはと、とにかく二人は意気投合した事は紛れもない事実であった。
しかしアキラも真田もこれを機会に永遠の付き合いになる事は知る由もない。
アキラは狭いアパートの部屋で、でかい図体と小さい脳で考えごとをしていた。
いつまでもこんな生活している訳にも行かない、何かバイトでもしなければ。
思い立ったら吉日とハローワークに足を向けた。ハローワークには沢山の人がいた。
まるで先日の競艇場のように、みんな予想紙ならぬ職業紹介の各企業の募集案内をみている。噂では聞いていたが仕事を求めて集まる人々の多さ。改めて世の中は不景気なのだと実感させられた。
「これじゃ一日かかっても、仕事なんて回ってこないなぁ」
アキラはアッサリと諦めて池袋駅に向った。
アキラから見る街の人々は誰もが裕福で、活気にあふれて見えた。
いくら若いとはいっても無職は余りにも侘しすぎる。
アキラは駅近くのデパートの通りを歩いていた。
と! 男がいきなりアキラにぶつかってきた。
その後から警備員らしき男が二人、血相変えて追いかけてきた。
アキラにぶつかった男が、その壁(アキラ)に跳ね飛ばされて、よろけた所へアキラのでかい手がムンズッとその男の襟を掴んだ。アキラの怪力は並ではない片手でその男を持ち上げてしまった。
クレーンで吊り上げられた感じの男はヘナヘナと観念したように力を抜いた。
其処へ警備員が駆けつけて、その男を二人がかりで取り押さえた。
なんとこの男、近くのデパートで買い物をしている客のバッグを、ひったくり逃走中だったのだ。どうやらこの警備員はデパートの中から追いかけて来たようだ。
ひったくり犯か、その証拠に男には似合わぬハンドバッグが路上に転がっている。
息をはずませて警備員はアキラにお礼を述べた。
「ど、どうもありがとう御座いました。お蔭様で捕まえることが出来ました」
やがて警察官が駆けつけて来て、ひったくり犯はパトカーに乗せられたが、もう一台のパトカーにアキラが乗せられるハメになってしまった。
状況を知らない人が見たら、アキラが逮捕されたと思ったかもしれない。
多分、事情聴取の為に任意同行を、お願いされたと思うのだが大男に人相の悪そうな、いかにも犯人に見える。可哀想なアキラであった。
これでは自称二枚目も、他人から見ればその風体そのものが犯罪だぁ!
アキラは池袋北警察署に連行され尋問? いやいや感謝されたのである。
警備員と共に感謝状が贈られた。だが今のアキラには感謝状より仕事が欲しかったのだがそれから数時間後、警備会社の車で送ってもらった。
何故か、この間からヒョンな事が良い方に傾いているような予感がしてきた。
その良い方の吉報が届いたのは翌日の事だった。
警備会社から是非お礼がしたいからと、わざわざ迎えの車を差し向けてくれるビップ待遇だ。
その警備会社の本社、なんと社長室ときたもんだ。
大きな自社ビルで社名は西部警備株式会社だ。警備会社でも大手でテレビCMでも流されている一流企業だった。
「どうもどうも、ご足労戴きましてこの度は協力ありがとう御座いました」
社員だけでも九千人も居る大会社の社長だ。そんな貫禄のある社長の挨拶である。
しかし社長には魂胆が? あったのだ。
あの二人の警備員から風体を聞いて惚れ込んだらしい。その風体そのものが犯罪に近い男なのに? だから使えるのである。うってつけのガードマン向きである。
社長はその厳めしい顔と体格はガードマン役としては銀行警備なら、まさに顧客も喜んでくれるだろうと社長自ら頼んだのだ。
これなら顧客も安心して任せられるガードマンになれるだろう。
話はトントン拍子に進み、アキラにも有難い話で断る理由はどこにもない。
それからアキラは研修期間一ヶ月後、池袋周辺の銀行警備員として勤務していた。
このゴリラのような巨体と風体を見ては銀行強盗を、もくろむヤカラも
『この銀行を襲うのは止めよう』てな事になるのは自然の原理だろう。
尚、後にこの社長の相田(あいだ)剛(つよ)志(し)はアキラの良き相談相手になる男だった。
再びアキラに春が来たのだ。なにせその巨体を活かした仕事に就けたのだ。
やっと仕事に有りつけ張り切ったのだが、それにしてもアキラは警備の仕事は退屈だった。別に嫌な訳ではないが、銀行フロアの片隅やその周辺をただ見張っているだけでは退屈そのものだ。できれば誰が銀行を襲撃してくれないかと思う時もある。
銀行の人が聞いたら恐ろしい話である。アキラは今まで相手を怖いと思ったことがない。
プロレスラーでもない限り、相手の方がアキラに向かって来ないからである。
退屈を除けばアキラには最高の仕事だ。ただ立っているだけで給料を貰えるのだ。
やがて、それから一ヶ月が過ぎた。勤務が終わって帰る途中の路上の隅に……いたぁ~! あのインチキ占い師が、いや正確はちゃんとした占い師であるのだが。
アキラは茶目っ気を出して、その占い師の前にゴリラみたいな手を置いた。
一瞬、驚いた占い師こと真田小次郎もニヤリとして言った。
「お客さん……ゴリラの手相は占いませんがねぇ」久し振りの再会だった。
真田は商売道具を、そそくさと畳み近くの居酒屋と足を運んだ。
「山ちゃん久し振りじゃのう」
もうすでに(山ちゃん&とっつぁん)の仲になっていたのだ。
「とっつぁん、景気がよさそうじゃないか!」
「おうよ。この不景気な時はようワラでもすがる気分になるだろうからなぁ、特に多いのは中年のサラリーマンが占いにくるよ」
「だろうな、俺みたいな若いのでも辛い時だったから、特に中年ともなればなぁ~」
「山ちゃん今回は目が生きているじゃないか! 仕事にでもありつけたのかい」
「じゃあ、前は死んでいたみたいじゃないか、まぁ確かに死んでいたかもなぁ。なんていうのかなぁ俺って図体がデカイのか、よく人が当ってくるんだよ。今回もそうだ窃盗が勝手にぶつかってきてさぁ、挨拶ないから襟首つかまえたら何故か犯人逮捕の切っ掛けになって、それで今の仕事にありつけたって訳さ」
「そうかい、そりゃあ良かったじゃないかい。でっ、どんな仕事なんだい」
「それがね。ヒョンなことから警備会社に勤めているよ。銀行の警備だけど」
それを聞いた真田は腹を抱えて笑った。
「そうかい。ウッハッハッハ! ゴリラの警備じゃ誰も襲わないよ」
アキラもゴリラ扱いには慣れているから怒ることもないが、もっとも親しい人に限るのだ。繰り返すが、くれぐれも親しい人に限る。
アキラは警備の仕事をするなら技を身に付けようと、空手道場に通って四ヶ月。最初はその長身がアダとなってデクの棒、扱いされたが若いアキラは呑み込みも良くベテランの先輩にも、ひけをとらない程までになって来た。
こうなればウドの大木とか、デクの棒と言われたが、今では鬼に金棒ならぬゴリラに金棒と、なりつつある。もっとも脳味噌とは別問題である事は言うまでもない。
体格と空手に自信がついた。まさに鬼に金棒だ。それから更に一ヶ月がたった勤務中の事だった。
いつもと変わらぬ平凡な勤務のはずが、アキラの出番が突然とやってきたのだ。
あっては成らぬ事だが、銀行強盗が現れたのだ。
銀行が閉店となる午後三時二分前の事だ。
閉店のシャッターが閉まる寸前、二人組の男が入って来た。
一人がカウンターに飛び乗るやいなや、女子行員にナイフを首筋にあてた。
もう一人の男は早くも、中の行員にバッグを投げつけて「金を入れろ!」と怒鳴った。
人質に捕られては、空手を取り入れて自信があったアキラとはいえ手が出ない。
支店長が行員の生命には代えられず渋々バッグに札束を積め始めた。
なんとかならないかとアキラはイライラした。
先輩の警備員がアキラの反対側で、やはり気を揉んでアキラを見た。
それが、まずかったアキラは(行け!)と指示されたと勘違いしてしまった。
状況も考えずに止せばいいのに、アキラは犯人に向って突進したのだ。
あぁ~このアキラに足りない物、脳味噌のグラム数が少し不足していたのだ?
女子行員にナイフを向けている強盗の男を見て、我を忘れて頭に血が上りアキラは強引に飛びかかって行った。慌てた犯人は女子行員を片手で抑えたままアキラに向き直りメチャクチャにナイフを振り回した。その弾みで女子行員は腕の辺りから血が吹き出た「キャア~~~」と、大きな悲鳴があがる。
銀行内はパニックになった。アキラも女子行員に怪我をさせて、またまた冷静を失う。
もはやこれ以上の怪我をさせてはならない。アキラは猛然と強盗に挑みかかる。
ガムシャラにアキラは強盗の腕をわしづかみしてナイフを掴み取って捨てた、までは良いが、自分の手を切られてしまった。
それでも女子行員の前に立ちはだかり身を挺し必死に守ったが、怪我を負わせる失態を犯した事実には変わりはない。
そのスキを突いて、先輩警備員がナイフを落とした男に飛びかかり、なんなく取り押さえる事が出来た。アキラは犯人を取り押さえるよりも怪我をした女子行員を庇う事を優先した。拠って手柄は先輩警備員に取られてしまった。それを見た男子行員が、チャンスとばかり、もう一人の犯人を三人がかり取り押さえた。あっと言う間の事件解決だったが。ここで整理してみると。
さて一番の手柄と言うと、アキラが発端になったが、ひとつ間違えば女子行員の命さえ危ない。で、手柄どころか状況判断ミスで失格の烙印がアキラに付き大きな減点。こうなると先輩警備員の優勢勝ち? いや完勝?
アキラは女子行員に怪我をさせてしまった。側で怯えている女子行員の浅田(あさだ)美代(みよ)にアキラは詫びた。
「僕のせいで申し訳ありません。大丈夫ですか」
アキラは自分のシャツを破り、その布で腕をきつく縛ってあげた。しかしアキラの掌からは血が滴り落ちていた。ともあれ女子行員浅田美代は軽い怪我だけで事件はスピード解決された。翌日の新聞には先輩警備員の顔写真付きで報道された。
”お手柄ベテラン警備員。銀行・強・盗・逮・捕”大きな見出しで載っていた。
その下の記事に”新米警備員のミスをベテラン警備員がカバー冷静な横田さんの行動が光る”と書いてある。
この事件について早速、本社から呼び出しが掛かった。ここは警備総括部の部長室、大きな体を小さくしたアキラの姿があった。今回はお茶も出て来ない。その代わりに総括部長のカミナリが落ちた。どこでどう話が食い違ったのかアキラが一方的に悪い事になって報道された。その記事を鵜呑みにした総括部長が怒り本社に呼びつけたのだ。
「キミィ~いったい! この記事はどうなっているだ! アアアッ」
と新聞を叩いて怒鳴った。
「聞くところに依ると君は社長、直々の入社だそうじゃないか、アアアッ社長の立場はどうなるんだぁアアッ、アアッアア~~~まごころ銀行さんはカンカンだよ。女子行員に、もしもの事があったら、どう責任をとるとな!」
まるで機関銃のように、まくしたてる部長だった。
「今回はベテラン警備員、横田君の活躍で逮捕出来たが君の責任は重いぞ! アアッ」
もうこの部長アアッ、アアッの連続である。早く辞めて出て行けと言っているように聞こえてくる。怒りまくる部長も社長が見込んで採用したゴリラだ。いや社員だ。
自分の権限でこの社員を即刻解雇出来ずに余計に立腹していたのだ。
アキラは「申し訳御座いません」と言ったきり罵声を聞き流して、心の中では『ハッキリ言えよ、首だろう』そんな気分になっていた。さすがにこの部長、ウドの大木とかゴリラとは言わなかった。いや言えなかったのだろう。最近多い若者のプッチン切れ現象でも起きたら自分の命も危ないからだ。
「後日、君の処分が決まる。まぁあまり良い結果は出ないだろうがフッフッフ」
またしても、あの悪夢が~~~~~
アキラに再び自ら描いた失態とは言え、やるせない気持ちがこもっていた。
今回は前の会社とは明らかにに違う。前の会社ではそれ程の落ち度はなかった。
ただ不景気で真っ先に首を切られただけだ。しかし今回は完全に自分の判断ミスだった。言い訳できる訳もなく。張り切って空手まで始めて会社の役に立とうとしたのに。
デカイ身体に小さな脳、あの時うまくナイフを取り上げてケガもさせずに犯人を取り押えていたら……嘆くその姿は哀れであった。
その夜、真田小次郎に電話をした。一緒に飲もうと約束を交わした。
「そうか、それはまたついてないなぁ、そうガッカリするなよ。飲めやい!」
「とっつぁん俺ってさぁ、やっぱり馬鹿かねぇ」
嘆くアキラに、この時ばかりは軽口の冗談は言えない真田だった。
「なぁ山ちゃん俺はそう思わんぞ。そりゃあ無茶に見えるがな。山ちゃんが強引な所があったにせよ事件解決の道を作ったじゃないか、それに最後まで彼女をかばった。きっと彼女は山ちゃんに感謝していると思うよ。見方を変えれば褒められてもいい筈だよ。みんな先輩警備員の方にばかり目がいっているが」
さすがに年の功である。見方を変えれば確かに一理ある考えかただ。
「ありがとう。とっつぁん。しょうがないよ。クビになっても諦めがつくよ」
真田と別れて池袋駅にあるデパートの前を歩いていたら、宝くじ売り場が目に入った。
宝くじ売り場でも箱型の小さなもの。強い風が吹けば飛んでしまいそうな売り場だ。もちろん店員は一人だけだ。アキラはこのかた、宝くじなんて買った事がなかった。
ましてや、そんなもの当るなんて考えた事もないが今回は自分の運を確認する為にも買うことにしたのだ。この頃良いこと悪い事が交互に来ている。まだツキがあるのか無いのか占う為に。
丁度この時期サマージャンボが発売されていた。それも発売最終日だった。
「おばさん、当たりそうな宝くじあるかい? 十枚頼む」
アキラは軽口を叩いた。
おばさんも心得たもので「アイヨ! 一等賞と前後賞で三億円だよ」と笑った。
アキラは大きなグローブのような手から三千円を渡した。
「ありがとうさんよ。おばさん当ったら飯ごちそうするぜ!」
「ああ楽しみにしているよ。あんた見たいにデカイ身体だからすぐ分かるからね」
「そうかい、じゃおばさんとのデート楽しみにしているぜ」
アキラは十枚の宝くじ券を受け取りながら笑って街の中に消えた。
まさか、のちに仰天するような出来事になるとは夢にも浮かばなかった。
世の中、何が起きるか分からない。まさにそれが人生なのかも知れない。
人間の一生使う脳の活用は一割程度と言うデーターがある。
もちろん科学者など、特別な能力を持った人間は沢山いるがそれでも数パーセント
向上するに過ぎない。つまり細胞は脳に使うだけじゃないのだ。
しかし『運』これは能力などまったく関係ない。その運も、誰がいつ、何処で、その運が現れるか又、まったく現れない人もいるだろう。人には一生に三度の大きなチャンスが訪れると言われるが、それも運だろうか。
そのチャンスが、いつ自分に来たのかさえ分からないで一生が終わる人も居る。すべては、神のみぞ知る。
アキラらはその神に選ばれた幸福者か、はたまた、その宝くじさえ紛失して、または時効まで忘れて自ら幸運を逃す不幸になるかも知れない。
今のアキラには数日後に言い渡されるであろう。解雇通知だけが頭に残る。
前の会社で解雇同然に追い出された。あの日が忌ま忌ましく甦るのだった。
哀れアキラ! またしても浪人ゴリラになるのか?
その運命がいま下される。アキラが翌日に緊張と諦めの覚悟を決めて出社した。
「山城くん総括部長が来るように」
上司の課長から言われた。アキラはすでに覚悟は出来ていた。
あの真田が言ってくれた言葉が支えだ。「見方を変えればアキラは功労者だ」
その総括部長室の前でコッコ、コッコあの日と同じようにノックする。
「入りたまえ!」部屋の奥から貫禄のある総括部長の声がした。
「失礼します」デスクの前で総括部長が待っていたが、怒鳴る事はなかった。
「よし、じゃあ一緒に着いて来い」
「ハア~? どこに行くのでしょうか」
「社長室だよ。良く分からんが君を連れて来るように、との事だ」
そうか社長自ら雇ったので社長が解雇を言い渡しんだな。まあ、どちらでも良いが律儀な人だ。そう思いながら、その総括部長の後ろに続き社長室に入る。
「社長、連れて参りました」
部長は腰を百十度くらい折り曲げて、お辞儀をした。
『なっなんだ。この変わりようは? 俺には威張り散らしていたくせに』
いかめしい顔で俺を怒鳴り散らした奴が、社長の前では手もみまでして精一杯の笑顔を作っている。でもこれが出世のコツなのか、嫌だねぇと思った。
社長の机の隣は大きなソフアーセットがあった。
流石は一流企業の社長室だ。ホテルのビップルームのように豪華だ。
そこにチョコンと若い女が座っていた。何処かで見たような女性だと思ったが。
社長が笑顔で言った。
「おう山城くん、久しぶりだな。まぁ座りたまえ」
この相田社長は警察官上がりで一代を築いたそうだ。元警官だけあって体格も良く目つきが鋭い。大企業の社長だけあり貫禄があった。
事件の話から切り出すと思ったが、とても解雇を言い渡しにしては、笑顔過ぎではないかと思ったが。
直立不動の部長はアキラの後ろで、社長の(判決)を至福の時とばかりそのゴリラがクビを切られる瞬間を楽しんでいるように見えた。
ソフアーに座るように進められアキラはその女性の隣に巨体をソフアーに沈めた。総括部長は社長の斜め前に立ったままだ。社長が言い掛けたとき、横から総括部長が口を挟む。
「社長の許可が戴ければ早速に解雇処分の手続きに入ります……ハイ」
すると社長の顔色が変わった。総括部長を一喝する。
「余計なことを。君は黙っていなさい!!」
社長はムッとした顔をして部長を睨んだ。
「もっ申し訳ありません!」
総括部長は、またまた腰を百十度折り曲げ冷や汗をかいた。
「実はだね。こちらのお嬢さん知っているかね、君の為にわざわざ、お見えになったんだ」
そう言われて隣に座っていた女性が立ち上ってアキラに向き直り、お辞儀してからアキラに言った。
「先日は助けて頂いてありがとう御座いました。新聞を見て驚いたのです。貴方のミスを強調して悪く書いてあったので私、黙っていられなかったのです」
アキラはやっと気づいた。自分がドジをやって怪我をさせた女性だ。
「私もね、お嬢さんの話を聞いて本当に安心したよ。そして君のやった事は間違ってなかったのだよ。お嬢さんはまごころ銀行さんの上司の方などに、君が庇ってくれなかったら、どうなっているか分からなかったとね。更に新聞では見ていた関係者の証言を鵜呑みにして状況を知りもせず間違った報道しています。と銀行の頭取に訴えたそうだ。お嬢さんはね、君への名誉挽回の為ならどんな協力でもすると言っておられるんだ」
社長の説明に拠ると彼女は上司だけならともかく銀行頭取に直接訴えたとはどういう。一介の女子行員がどうして頭取と話しが出来たのか、また彼女の説明をキチンと聞きいたとの事、本来なら一介の行員が頭取に直接訴えるなんて出来ない事だが? それどころか顔を合わせるのも難しい雲の上の存在である。また銀行の責任者は女子行員が怪我をしたとして西部警備に抗議したと聞いたが彼女から真相を聞いた頭取が、アキラの行ないは正しかった悟り西部警備の社長に直接謝りの電話が来たと言った。いったい彼女は何者なのか? ただ普通の女性にしか見えないが。
ともあれ彼女に救われた。解雇覚悟で来たのに逆転満塁サヨナラホームランだ!
アキラは立ち上って隣に座っている女性に深々と頭を下げて語りかけた。
「あの思いがけない言葉を頂き、貴女に怪我をさせたにも関わらず勿体ない言葉です。僕は何を言われても返し言葉がないと思っていました。でも貴女にそう思って頂けただけで僕は救われました。社長にも貴女にも迷惑をかけたのに、思いもかけぬ言葉を頂戴して僕はもう解雇されても悔いもなく満足です」
大きな身体を震わせアキラは心から嬉しかった。まだ世の中、捨てたものじゃない。 「おいおい山城くん、早まってはいかんよ! そんな事をしたらなんの為にお嬢さんが来て下さったか分からなくなるじゃないか。そうですねぇお嬢さん」
「ハイその通りです。そんな事は仰らないで下さい。私の上司も必死になって行員を庇ってくれた事に感謝しています。社長さんも約束してくれました是非これからも続けて欲しいんです」
社長の斜め前に立っていた総括部長は事の成り行きに唖然として話を聞いていた。
「あとの事は私がまごころ銀行さんに出向いて挨拶しておくから分かったね」
そこまで社長に言われてアキラは、ただただ頭を下げるしかなかった。
「では山城くん話は決まった。お嬢さんを途中までお送りしなさい」
それから総括部長とアキラと女性が社長室を出た。部長はバツが悪そうにしている。
アキラになんのお咎めが無いどころか、あれでは褒められて居るではないかと。
アキラと女性は西部警備本社をあとに歩道に出た。
池袋の駅前通りは相変わらず人並みでごった返していた。
アキラは控えめに「あ、あの~今日はわざわざ、ありがとうございます」
「嫌ですわ。お礼を言いに来たのは私の方ですよ」と彼女は微笑んだ。
「それより私、お腹すいたわ。ご一緒にお食事をしませんか」
「ハッ、ハイッでは ぼっ僕におごらせて下さい」
「えっ? 助けて頂いたのは私ですよ。ですから私が……」
なんと解雇覚悟で出社したのに解雇どころからお礼まで言われ食事する羽目になった。
アキラは女性と一緒に歩くのは初めてだ。しかも隣にいる女性は美しくアキラ好みだ。美代は身長百六十センチ前後、決して大きくはないが小さくもない。年齢はアキラと殆ど変わらず、若い女性に見られがちなチャキチャキした感じもなく、どことなく品がある。どこかのお譲さまなのだろうか。二人は駅近くのレストランに入った。ちょうど昼どきだが意外と空いていた。二人は椅子に腰掛けてメニューを見る。しかしアキラはレストランなど無縁の世界だった。ましてや若くて綺麗な女性と入るなど夢のようだ。
結局は彼女と同じ物を頼んだ。アキラは果たして食事が喉を通るのかまるで夢の世界に居るような錯覚を覚えながら落着かなかった。
良く見るとかなりの美人だ。笑窪が可愛い。なんとなく気品があり流石は銀行員と感じだ。それでいて控えめな態度に好感が持てる。こんなに可愛いく大人しそうな彼女が頭取や我が社の社長に直談判する行動は、どんな度胸しているか驚くばかりだ。
これには訳があった。浅田美代の父はまごころ銀行をメーンバンクの一つとしていて
銀行にとっては大事な顧客であり頭取とも付き合いが長くゴルフを始め交流が深い。社会勉強のために娘美代をまごころ銀行に預けたのだ。今回の事件で娘から頭取にお願いした娘の話を聞いて欲しいと頼んだらしい。頭取は話に応じてくれた。もちろん美代が務める支店では、頭取とそんな関係があると知らされていない。
「あっ申し遅れました。改めて私まごころ銀行の浅田美代と申します」
「ぼっ僕こそ名前は聞いていると思いますが、山城旭と申します。よろしくお願いします」
「ハイ勿論存じております。あのう良く聞かれと思うのですが、山城さんって本当に大きい方ですね」
「ハァ~良いのか悪いのか分かりませんが、使い道のない身体ですよ」
と頭を掻いた。
「いいえ女性ならともかく逞しくて女性から見て誰でも素敵だと思いますわ」
アキラは、お世辞でも女性に褒められるなんてことは初めてだった。
「まさか今まで怖がられても褒められたことないんですよ」と顔を赤くした。
「ウフフッ山城さんって初心な所があるんですね。そんな所が素敵ですわ」
美代は、くったくなく笑った。
アキラは天国でもいるような気分だ。本来なら今ごろは解雇され地獄を味わっていたはずなのに。今朝は解雇される覚悟で出社したのに四時間後には、いままでに経験した事のない幸福の世界に居るのだ。しかし幸福に浸っているのに水を差す視線が、先ほどから周りの席だろうか、嫌な視線が感じられる。チラッと見ていたかと思うと、またチラッと見る視線が突き刺さるように感じる。
たぶん『あの彼女は何処が良くて、あんな野獣と』そんな風に思っているのだろうか。
それは当のアキラもそう思っている。ましてや他人は言いたい放題だろう。
アキラは不慣れなフォークを使って時々、美代に微笑みを浮かべ、食べながら何故か雲の上をフワフワと飛んでいるような心地だった。
アキラは不思議でならなかった。お礼をしたい気持は嬉しいのだが、それなら用件を終えた時点で、サッサと帰っても礼に欠けることはないのに、こうしてその美しい笑顔を絶やしことなく一緒に食事をしているのだ。
『もしかしたら?』アキラは一瞬、頭を過ぎったが『まさか俺みたいな男に……』
改めて否定した。太陽が西から登り東に沈もうが有り得ない事だ。
やがて短いような長いような〔人生最高の幸福の時間〕が終わった。
二人は一時間あまりの昼食を終えて、美代を最寄りの駅のホームまで送った。
彼女はどんな家に住んでいるか分からないが、自宅は世田谷と言っていた。世田谷は都内でも有名な高級住宅街で知らてれている。
この浅田美代という女性にアキラは何処か品があると感じていた。そう遠くない日に分かる事だが、とてつもない大企業のお嬢さんでアキラの人生を大きく変える人物となるのである。既にアキラは幸運を手に入れる運命にあったのだ。アキラは取り柄がないというがアキラの魅力は人を引き付ける魅力がある。既に占い師の真田小次郎、西武警備の相田社長と浅田美代の心を掴んでいた。
それから三日後、アキラは以前と同じように、まごころ銀行の警備に就いていた。
ただ東口支店から西口支店には代わっていた。その理由は分かるような気がする。浅田美代と上司は認めても他の行員がアキラの存在を気にしたようだ。
新聞や週刊誌でも話題になったし物珍しさアキラを見物来ても困るからだろうか。
そしていよいよ、まさに両手に花〔彼女と大金〕なる運命の時が近づいた。
アキラは宝くじを買ったのを思い出して勤務が終って、あの陽気な宝くじ売り場のおばさんを訪ねた。既に発表されているがアキラは調べもしなかった。
「おばさんこの間、買った宝くじ当たっているか見てくれるか?」
「おや、この間のゴリ……あっいや……お兄さんじゃないか。一等賞だったね」
笑いながら、おばさんはアキラから宝くじを受け取った。
「どれどれ。え~~と……」おばさんは当選番号表みたいなものを取り出し調べ始めた。当時はまだコンピューターで瞬時に当選番号が分る仕組みがあったかは不明だが、屋台のような売り場には置いていない。拠って当選番号表と照らし合わせるしかない。
「……???……」
おばさんは沈黙した。更に確認するように老眼鏡をかけて何度も何度も見比べている。
「どうしたんだい? ……おばさん?」
「アワワッ! あっ当たっているよ~~~」
「まさかっ? おばさん一万でも当たっているのかい」
「なっ! なに言っていんだい! お兄さん一等だよ。一等賞だよ」
「またぁ冗談はいいけど、それは冗談がきつすぎるぜ。おばさんよ?」
おばさんはパニック状態になった。アキラも急に一等なんて言われても簡単に信用出来る訳もなく、おばさんのうろたえぶりから冗談ではないらしい。気持が半信半疑になった。
「おっ、おばさん……ほっ本当かい、冗談なら怒るぜ」
「あっアタシも心配だがね。お兄さんホラこの番号とあんたの買った宝くじ見てご覧よ」
このおばさんの動揺ぶりは、とても冗談とは思えない。なら年のせいで見間違えたか。それにしては何度も確認して出した答えだ。確信持てなければ言わない筈だ。
アキラも本当かもと思ったら、急に心臓の鼓動が激しくなった。
バクバクといまにも飛び出しそうだ。益々心臓の鼓動が激しく波打ち、おばさんが指を差した番号表一覧と自分の宝くじ番号を照合し始めた。しかし手が震えて思うようには確認ができない。お互いにもう一度見比べた。
「…………」
「…………」
長い沈黙が続く三回も、四回もアキラは見比べた。
何度見ても組番号も枝番号も、すべて同じだった。繋ぎ番号だと自然と前後賞が当たる仕組みになっている。もう嘘でも冗談でもなかった。
「お兄さん三億円だよ。今日は朝から良いことが合ったんじゃないの?」
おばさんの言う通り、今日は朝から最高の日が続いていた。
女性に縁のないアキラを解雇寸前のピンチから救ってくれた女神がいた。
彼女の名は浅田美代、本当に天使の女神かも知れないと思った。
「おっ、おばさん、俺をちょっと、ひっ叩いてくれないかい……」
「おめでとう。お兄さん、もう間違いないよ。おばさんも嬉しいよ」
「さあ早くこれを持って銀行に行きな! と言っても今日は閉まっているから明日の朝一番で銀行に行くんだよ。いいかい絶対に失くしては駄目だよ」
「おばさん。これ夢じゃないのかい! まだ信じられないんだ」
「そう思って当たり前だよねぇ、あたしだってまだ信じられないくらいだもの、なにしろ、この売り場で一等が当たったのは初めてだよ。これで明日から一等賞が出た売り場とノボリを立てればお客さんが沢山きてくれるよ」
アキラは、おばさんに祝福されて売り場を何度も振り返りながら後にした。
しかし帰る道のりは周りを歩いている人々が、みんな自分の宝くじを狙って襲ってくる、のじゃないかと言う妄想に駆られた。それは無いだろうアキラが襲っても襲われることは考えられないよ。
きっと誰でも、そう思うかも知れない。人は幸せを感じた時、心が守りに入ると言う。アキラはタクシーを拾って、その巨体を後部座席に沈めた。懐には、お宝である当り宝くじ券が入っている。
了
執筆の狙い
本作は17万字の長編ですが。今回はその第一章です。題名通り主人は宝くじ当選しますが、今回はその過程まで。主人公アキラは198センチ98キロの巨漢。普段は大人しく人か良いが一度キレたら手が付けられない野獣となる。欠点は単細胞ゆえ失敗も多い。不幸と幸運が交互にやってくる波乱万丈の物語です。