作家でごはん!鍛練場
紅月麻実

心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編

これは──心を失った少女にまつわる 数多のデスゲームを描いた物語──
        〜年明けのニューイヤーゲーム編〜

序章
 時は令和十二年の年明け前。ある会場では、
 『死へのカウントダウン』が進んでいた………。

 東京 渋谷にある大型ショッピングモールの敷地内で、屋内外を使った大規模な大晦日の年明けイベントが開催されていた。会場はものすごく賑わっている。売店なども立ち並び、屋外に設置されたカウントダウンのモニターは赤く、きれいに輝いていた。
「お母さん! あっちの屋台のやつ食べたい!」
「ダメよ、今雨が降ってるんだから、傘持ちながらじゃ食べづらいでしょ?」
「え〜、じゃぁ、あの売ってるやつもらったら屋内に戻ろ! それならいいでしょ?」
「はぁ……全く仕方ないわね、買ったらすぐ戻るからね? 年明けイベントももうすぐ始まるし」
「やったぁ!」
親子は小走りで売店の方へ向かっていった。
 生憎の天気で雨に濡れたイベントスペースは水たまりを作り、外と屋内を行き来する参加者たちは、屋内の床をキュッキュと音を立てるがそれでも賑わっていた──このイベントが、どんなものかも知らずに。
「お集まりの皆様! 今年も残るところあと数分。年が明けましたら私共が考えた『ゲーム』で忘れられない始まりを迎えましょう!!」
名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、狼の着ぐるみを被った人間。
 ではなくて、本物のニホンオオカミだった。だが、会場の誰もその事実に気が付かない。いや、ごく一部の人間は知っているが、言ったところで信用されるはずがない。
 他の参加者たちは「すっげぇリアル!」「中の人大変そう…」など呑気なことを言っているが、それも仕方がないだろう。そもそも動物が喋るという概念がない。しかし、正体を知っている一部の人間はもどかしくてたまらない。なんせ、今から行われようとしているゲームは『デスゲーム』であるということを知っているのだから……。
 そんな中、会場から逃げ出そうとする人影が2つ。
「くそっ、ゲートが閉まってやがるっ!あんのクッソ狼ぃぃ……」
「うっ…すん……」
一人は保護者らしきさっぱりとしたオレンジ髪の青年。もう一人はただ泣き続ける青いコートを羽織った12歳程度の少女。履いているズボンはダメージジーンズなのかどうかわからないほど破けており、血液と思しきものが付着していた。紫色の髪の毛はところどころザクっと切られたようなストレートロングだった。
 彼らもまた 例のデスゲームに巻き込まれた経験のある数少ない優勝者だ。
 青年はくたびれたシャツを整えながら、どうするかを試行錯誤する。
 少女は目を赤くして、小さな嗚咽をひっそりと繰り返していた。青年の服の端をぎゅっと掴んで離さない。引っ張られるのに気づいた青年は、優しげな顔で少女の頭を撫でた。
 その手のぬくもりを感じ取り、少女はひっしと青年に抱きついた。
 __少女の名前は紅月 雅。早い話が この物語の主人公である。

第二章 まずは見せしめから
 蘭はクソッと言いながらゲートのそばを離れる。このままではまたあのゲームに参加させられることになる。もはやそれはどうしようもないのだと、狼がカウントダウンを始める。
 10 9 8 7 6……
 会場にいる何も知らない参加者たちはワクワクした様子で雨によってなお煌々と輝くモニターの表示を見ている。どんなゲームが始まるんだろうと。
 会場にいる、何もかもを知っている者達は口々に言う。「最悪だ」と。
 数字が減っていく。どうしようもない諦めと、これから起こるゲームへの絶望。………、カウントなどできもしない。
 喉をゴクリと鳴らす。恐ろしくてたまらない。
 ゲームを楽しみにしている者たちとの空気のズレは、なんとも形容しがたいものだった。カウントが進むにつれて、ざわめきは静まっていく。反比例してカウントをする声は大きくなる。
 3!
 知っている者たちの顔面が恐怖に染まる。手を合わせ、祈りを捧げる。
 2!
 知らぬ者たちの顔面が高揚感に染まる。今か今かとスマホを携え──。
 1!
 オオカミが、不気味な笑みを浮かべる。
 0!
 ────その一瞬、静寂が、会場を支配した。
 オオカミは、いかにも楽しそうに、高々に言い放った。
 「ハッピーニューイヤー! は〜い、それではこれよりデスゲームを開催したいと思います〜! ルール説明はじめま〜」
オオカミが言いかけると、どこかから罵声が飛んできた。
「おい! ちょっとまってくれよ、デスゲームってなんだよ!! せっかくの年明けなのにふざけんなよ!!!」
オオカミはふざけた口調で言い返す。
「おやおや〜? 私、言いましたよね?『忘れられない年明けを迎えましょう』と。忘れられないでしょう?? デスゲームなんてやったら」
異議申し立てをした参加者は顔を真赤にし、怒りに身を任せてステージに乗り上がった。それもそうだ。こんなふざけたやつには、拳一発でもぶちこまなければ気がすまないだろう。彼は渾身の一撃をオオカミに食らわせ──
「ふ ざ け る なぁぁぁぁぁ!!!」
   
パリィィィィィ……ン

その拳が、狼にあたった途端砕け散った。
「ぇ…? 何、何が起こったの……?」
「き、きえた…? 何が起こったんだ……?」
参加者たちは動揺する。しかし、狼はお構いもなくルール説明を始めるのだった……。
 ザーザー、と、静かに雨は降りしきっていた──。

第三章 ルール説明と役職について
狼のルール説明によるとこうだ。

 ・狼に触れられると、人知を超えたなにかによってガラスが割れるような音と共に消えてしまう。
 ・制限時間は十時間。
 ・制限時間まで生き残り続ければ優勝となる。
 ・脱落=死 ゲームが終わろうが、還ってくることはない。
 ・役職については、スマホに入れられたアプリから確認ができる。
 ・役職には固有のスキルがついてるものがあり、回数制限がついていなければ何回でも使用可能。また、常時発動しているものは解除不可となる。
 ・『イベント』というものが行われているときは狼は行動しない。
といったところだ。
 説明し終えたところで狼は陽気に声を上げる。どこかふざけた、こちらを見下すような目で。
「はいっ! なんか質問ある人いる〜?」
すると、真っ暗な会場の中で、可愛らしいワンピースを濡らしながら、ある女性が手を挙げた。陽気で、無害そうな彼女は、次の瞬間、こんな恐ろしいことを質問する。
「は〜い! 参加者同士で殺し合いはできますか?」
すると、オオカミはなんだか嬉しそうに答える。まぁ、そうだろう。ニンゲンを殺すことが大まかな目的なのだから。
「もちろん可能ですっ! これを機に、憎いやつをバンバン殺しちゃってください!!」
 質問によりスポットライトが当てられたその女性は、見るものをハッとさせるような美貌の持ち主だった。濡れたワンピースが淡く光り、ポツッと雫を落とす。アイドルでもやっていそうな可愛らしさがあった。
 だが、内容があまりにも恐ろしい。そのやり取りを見ていた他の参加者たちというと、傘を手にヒソヒソと小声で感想を言い合う。
「うっわぁ、あの人めっちゃやばいこと聞いてる……」
「マジカヨ、こえぇぇぇ……」
質問をした女性はかわいい顔で、あざとい仕草を交えながら、ナイフのような鋭い気配を振りまく。参加者たちは無害そうな彼女を本気でやばいと感じ、その顔を写真で撮り、耳を澄まし、距離を取る。これから行われるゲームで、絶対に出会わないよう対策を練るのだった。
 彼女はこれまで何度もこのゲームに参加している、いわゆる常連だ。細かいルールは毎回違うのでこうして質問をしている。
 ただし、これは自分の身を守るためでは決してない。
 彼女は、これまでいくつものゲームでさんざん人を殺してきた、
 
        ___害悪と呼ばれる存在だからだ___

彼女の正体を知るものは、かつてゲームに参加し、生き残った者たちのみ────。

第四章 害悪

 害悪とは、本来助け合うような場面なのに、相手の邪魔をしたり殺し合ったりするはた迷惑な奴らのことをいう。
 あるいは──

 「参加者いないかな〜」
ある近未来的な、それでいてどこか寂しげに光る街頭を背に、高校生ぐらいの女性が歩いていた。
 彼女の役職は『人狼』。人狼とは同じ役職以外の参加者を皆殺しにするとゲームを終了させることができ、残った人狼全員が優勝するという役職。そのため、彼女はさっさとゲームを終わらせるがために、人間を探して歩いている。その目は、はっきり言って死んだ魚の目のようだった。
 LED式の街頭は雨の中ぼんやりと輝き、それに照らさせた雨粒は、どこか儚げに揺らめいていた。それに照らされたものは、雨粒だけではないのだが。
 人影がぼんやりと映し出された。…………早速獲物を見つけた。と、彼女は猫のように素早く斬りかかる。
「……いたいた。グサッとね」
女性はいきなり手を伸ばし喉を突き刺した。刺された男はあふれる血に動揺していた。痛みすら感じないのか顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。『ヒュゥッ』ときれいな喉笛が静かに鳴り響いた。降りしきる雨に、赤黒い血の色が混ざる。
 その手に持っている鋏は、鈍くどんよりとした光を放っていた。
「これでようやく一人か〜、先が長いな〜」
無意識に鋏についた血を払う。彼女は、心底ダルそうに雨と混じり合ったその『水たまり』をびしゃっと踏みつけた。
「……人狼だ。間違いない。殺るぞ」
──人狼が、悪役ならば。
「いくぞ!! 人狼を逃がすな!!」
 かならず──。
「まずっ! 『狩人』!?」
──狩る者がいるのだ。
 『狩人』。人狼の役職を持つものをすべて殺し尽くすことでゲームを終了でき残った参加者全員が優勝となる。
 客観的に見れば、狩人の方を応援したくなるだろう。だが

人を殺している事実に変わりはない───

ところで、雨は静かに降りしきっていた。もうじき切れそうな街頭は、なおもぼんやりと、『被害者』を照らし出していた。

第五章 ゲームの危険性
 ゲーム開始から三分ほどがたったあと……
「はぁ……デスゲームなんて、誰が考えたのよ……」
湿った店内を歩き詰めながらかすかな血の匂いを嗅ぎ取って、ため息をつく少女が一人。
 彼女の名前は夜里 美空。中学二年生。彼女は小説を読むのが趣味で、デスゲームを題材としたものも読んだことがあるが、まさかほんとに実在しているなんて……。
「はぁ……」
彼女はもう一度ため息をつくと、目の前にあるものを凝視した。
「ぇ……………?」
目の前にあったのは、
 ───血まみれの日本刀───
「え、は? 待って待ってちょっと待って何? 何これ? 血? 血だよねこれ!? え、ぇ、ど、どどどうしよう、ひ、拾う?? 待って待ってどうし──」
あまりの衝撃に美空は混乱する。
 拾う、という選択肢が出てきたのは最悪のときに自分の身を守れるかもしれない、と踏んだからだ。だが、こんな血まみれの刀など持ちたくもない。しかし、どうしても血なまぐさい。
「え〜と。ま、まずは落ち着こう。深呼吸深呼吸……ぅ゙っ」
深呼吸しようとして、失敗した。それもそうだろう。血の匂いを嗅いでいるのだから。思わず顔をしかめる。むせ返るような血の香りについ吐きそうになりながらも必死で頭を回す。
「うぅ……まずった……。まぁ、いいや。気持ちの整理ついたし。えと、まずはこの血を拭こうかな、うん。こんなことになるなら武器は必要だし、血が付いてるのは嫌だし、ダイジョブダイジョブ、私がやったわけじゃないし」
……と美空は無理やり自分を正当化し、震える手を抑えながら持ってきていたハンカチで刀身についている血を拭う。もちろん使ったハンカチはその場に捨てる。気持ち悪い。
いつか誰かが通りがかったときに、なにか勘違いされるかもしれないが気にしない。
「……よし、ある程度拭えたかな……。あぁ、デスゲームってこっわ」
そうして、身を震わせながらしばらく歩いていると、思わず足を止めてしまった。なぜなら──
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 どこか遠くで、まだ幼い、子どもの悲鳴が響いていたからだった……。

第六章 人狼との衝突
 突然、男の子の悲鳴が聞こえてきた。距離はそう遠くもなさそうだ。どうやら屋外にいるらしい。こんな雨が降っているのに、と思ったらザーザーと降っていた雨はいくばかりかましになっていた。
 悲鳴を聞いた美空は、すぐさま助けなければ、と思った。一応、先ほど拾った刀もある。最悪の事態は避けられるかもしれないと思ったのだ。
「え!? 何、悲鳴!?? た、助けに行かなくっちゃ!!」
 しかし、そこで見たものは。

シュッ、グシッ グシュッ

 「え…………?」
そこで行われていたものは。
「〜〜〜!!!」
決して。
「ん〜? なんて言ってるのか聞こえないよ〜?」
刀程度でどうにかなるものではなかった。
 大学生ほどと思われる女性が一人 血まみれの刃物を持って佇んでいた。美空は、立ち位置的に何をしているのかがよく見えなかったため、怯えながらも話しかけた。
「え、え、え な、何してるんですか……?」
悲鳴を聞いて駆けつけた。何をしていたかなど想像がつく。声が上ずり、ついどもってしまう。
「ん? あ〜!見てたんだ〜、んじゃ、ついでに、」
だが声をかけた途端、笑顔で。
「君の命。もらってくね?」
気づいたときには、もう目の前で。
 (殺される…………!!)
美空は必死で目を閉じる。瞼の裏で影が動く。
 (こわい 怖い コワイ 恐い !!)
「死にたくない!!」
気がついたら声が外に飛び出していた。
 そんなとき、美空に駆け寄る影が2つ。片方は、ありったけの火をまとって突進をした。
「死にたくないなら死にものぐるいで抗えよバカタレエエェェ!!! <フレイム>!」
突然、瞼の裏が赤く焼けた。恐る恐る目を開けると、炎がぼうぼうと燃えていた。美空は何が起こったか、その一瞬では理解しきれなかった。
──何が起こったの?
心のなかで問いかける。彼の、熱い名台詞は、残念ながら聞こえていなかった。
「あっちち、いいきなり何?」
「お前は、人狼だな! 俺は『狩人』の恐山 蘭!! お前を殺しに来た!!」
その、問答無用な様子に美空は困惑する。
「ま、待ってください! なんでいきなり殺すになるんですか!? 話し合うとかないんですか!!?」
いきなり乱入してきた男……、恐山 蘭は切羽詰まった表情で美空の問に応じた。
「人狼ってのは簡単に言っちゃうと洗脳されてるんだよ。殺す以外の選択肢は、このゲームにおいて、無い。そんだけ、奴らの知能は馬鹿げてんのさ。ま、説明はあとっ! 火水度さんぶちまけて!!」
「おう! いつもどうりにな!!」
火水度と呼ばれたその人物は、即座にフラスコを取り出した。そのフラスコを、思いっきり『人狼』に投げつける。
 
パリィィィィィン!!


「うおっし、<フレイム>!」
するとどうだろう、炎の魔法なのか女性があっという間に燃えて灰になっていく。しかも、その断末魔が奇妙なのだ。
「うあぁぁぁぁぁ!! 寒い!!! 冷たい!!!! どうなっあ"あ"ぁ"あ"ァ"!!!!!」
 寒い。冷たい。どういうことだろう?全くもって理解不能だ。
 美空には理解が及ばず、思考回路がショートしそうになってしまった。……実は、美空の苦手教科トップに輝くのは理科なのである。
 「?????????」
美空は困惑していた。、まって、燃えてるのに冷たいってどういうこと???
「ふぅ、危ないとこだったな。大丈夫か?」
「あ、えっと」
「あぁ、俺は恐山 蘭、君は?」
美空はいきなり話しかけられて焦っていた。だって相手は殺人者。今、目の前で、人を業火で、骨も残らずやしてしまった人だ。いくら命の恩人だからといって、応じていいのだろうか?
「おい、蘭。今目の前で起こしたこと振り返ろよ、殺人だぞ? 警戒して当然だ」
一緒にいた、白衣のボサ髪男が話しかけた。蘭は「それもそっか」と納得する。
「ごめん、怖がらせちゃったよな。でも、こうしないと被害が増えるだけなんだ。俺だけじゃ人を殺すことができない。あれは火水度さんが作った薬品で、暑いと冷たいの感覚を逆転させる薬なんだ。燃料代わりに使ってるからめっちゃ燃えてたのは認めるし、やりすぎなのも認めるけど。こうしないと俺、なんにもできねんだ」
蘭は真剣な顔つきに変えた。
「信じてくれ、俺達は、少しでも被害を抑えるために活動している。恐いなら、名乗らなくってもいい。でも一つだけ、」
蘭は美空を勇気づけるように、語気を強くしていった。
「手段をじっくり選んでいたら、死ぬのは自分だ。覚えときな」
最後にそう言い残し、奥にいた少女と一緒に去っていく。
 先ほどから、段々と雨が勢いを増していく。傘をさして、ちょっとした林の方に歩いていった。
「死ぬのは自分……」
美空は、強く刀を握りしめた。刀身から、ポトッ、と雫が滴り落ちる。
 死にたくない──なら────。
「逃げるか、殺りあうしかない、ってこと」
できるだろうか? 自分に、人殺しなんて。
 いや、その迷いも断ち切らなくては。
 ──死んでしまう。
(そう………、これが、デスゲームなのね…………)
美空は、そう結論付けた。デスゲームが、いかに人の心を狂わせるか、いかに、自分たちが平和ボケしていたか。思い知らされたのだった。
 美空は、一旦建物内に戻ることにした。今の様子では、このあとさらに雨が激しくなるだろう。直感的に、建物の中にいるのは危険だと思ったので、傘だけ借りに行ったのだった。

第七章 コウモリの復習
 
タッタッタッ

 静かに、パサッという落ち葉の音が断続する。時々雨粒が傘を叩く。
「さっきので人狼は二人目か」
闇男が応じた。白衣の中にあるフラスコが歩くたびにぶつかり、カチャッという音を立てる。
「だな、何人いるかは聞かされてないし気ぃつけないと」
前は知らされていたんだがな……、しゃぁねぇよ、アッチにとってはただ不利になるだけだからな……、などと二人が話していると。
 前方の茂みの方から、ガサガサと音を立てて、四足歩行の、灰色の動物が現れる。
狼だ。濡れた体毛は重苦しく、その目は黄色く、かつ不気味に光り輝いている。
「おうおう、やっと見つけたゼ、ニンゲンよォ?」
「っ……!!」
「オオカミ…………!!」
蘭は敵意を込めて呟く。闇男は何やら薬品を用意しはじめた。フラスコをカチャカチャと鳴らし、忙しなく薬品なり手なりを動かす。その様子を見てオオカミはおどけたように言ってみせた。
「ヒョエー。殺意マシマシジャン!! ま、殺しゃぁしねぇよ、そろそろイベントの時間でなぁアナウンスかけに行くとこなんだここからだとちょっと遠くてなぁ………。殺してる暇ねぇんだ、通してくれ。…………通せ?」
「…………信用できるかよ」
蘭は冷たく言い放つ。オオカミは尻尾を立て、まるで急かすように早口で説明しはじめた。……少々息切れもしているようだ。
「あぁもう、二十分から三十分までイベントやるんだよ、(ゼェゼェ)こっからの距離が遠いんだよ頼むから通してくれよ! っておい!?」

ボフン!

突然、地面のあちこちから膨大な量の煙が吹き出した。どうやら、闇男が作っていたのは煙玉らしい。恐らく、オオカミを巻くためだろうが──
「うぅっおぉ! 煙多すぎだよゴホッゴホッ」
「わ、わりぃ狼まくんならこれぐらいでもしねえと、って思って……」
どうやら、煙が多すぎて動けなくなってしまったようだ。こんな中で動けると思ったのだろうか?
 焦げ臭い香りが辺り一帯に漂う。雨のせいでいっそう、その匂いが目立ってしまった。だが、そんなことは関係ない。雨粒によって煙が拡散、地面との境界がわからなくなる。足元がわからない。蘭たちはたちまち焦り始める。このままでは殺されてしまう……!
「多すぎだわ! つか狼は!?」
……見当たらない。息が荒くなる。ドクドクと激しく心臓が脈を打つ。脂汗が体にベッタリとまとわりつく。左を向く。いない。右を向く。いない。前にも、後ろにも、上を確認するもどこにもいない。
 一度、死の恐怖に震えながらも深呼吸をし、近くにはいないと理解した。ここでようやく安心する。闇男は腰が抜けたように座り込んだ。……雨でズボンが湿りすぐに立ち上がった。
 ………オオカミは闇男が作った煙玉に紛れてどこかへ逃げたらしい。よくもここまでの煙で逃げれるものだ。
「まぁ、助かったってことか……」
蘭は安堵のため息を漏らす。額の汗を拭う。蘭は後ろの二人を見やる。二人は静かに頷いた。
 この『ゲーム』で死なないために。
再び一行は歩き出した─────

12時20分 イベントを告げるアナウンスが始まった。やはり、少々息切れしたオオカミが話している。
イベント名は、
 『コウモリの復習』

「これより、イベント『コウモリの復習』をはじめまース。今から十分間空にコウモリが放出されマ〜ス。放たれたコウモリは役職が『コオモリ』の人だけ襲いまーす。殺すことはできますが、殺せるのは『コオモリ』の役職の人だけで〜ス。もし、殺すことができたら役職が『コオモリ』から『コウモリ』へと変わりまして、無限に空を飛べまース。あ、そうそう、コウモリは3回しか飛べないからね、あ〜モウケイゴMENNDOKUSAI★ 役職わかんねえぇよってやつ自分のスマホを見やがれルール聞いてなかったおバカさんのために言ってやってんだ感謝しやが」
しばらく罵詈雑言が続きそうになったところでイベントを告げるブザーが鳴り響いた_____。
                                                                                 
 「ねぇ、コオモリ、ってコウモリとなんか違うとこあんの?」
アナウンスを聞いて気になったのだろう。ある二人組のかたほうが話しかける。
「えっとね、コオモリっていうのは単なる名前なんだ。動物の分類的に言うならコウモリ、が正解なの」
へぇ〜と、感心したように話しかけた方はうなづく。その様子を見て、話しかけられた方はフフッと笑う。彼女の名前は、魅碧 瑠璃(みへき るり)。以前のゲームで生き残った数少ない優勝者の一人。ゆえに、瑠璃と一緒にいれば生き残れると踏んだその子はある意味で運が良く、ある意味で運が悪かった──。
 勝手についてきてはいるものの、お互い明るい性格で、話もある程度噛み合うので、瑠璃も楽しく一緒に歩いていたのだが、
 ───イベントが始まりそうもいかなくなってきた。
 先程から、やけにコウモリが多い。得意な魔法で蹴散らして入るものの、次から次へとやってくる。
「………ねェ、モしかシテ、君の役職『コオモリ』ダったリすル?」
─────空気が、一気に冷え切った。流石に何かに気づいたのだろう、少し怯えた表情でその子は自分の役職を確認した。そこに書いてあったのは──。
「『コオモリ』……」
嗚呼、まさか瑠璃は………。
「あぁ、そう…ばいばい」

バスンッ、ドドドドドドドドドッ!!

運良くその攻撃は回避できた、が、一緒に楽しく歩いていた『友達』に、こんなひどいことをするなんて、そんなっ……。
「うわ、全部外れちゃった!? 運がいいんだね〜ま、これでおしまいだよ」
瑠璃は心底楽しそうに言った。恐怖しながらその子は質問する。
「ま、待ってよ瑠璃! さっきまで楽しく話してたじゃん! イベントの時間はたったの十分だよ!?」
たった十分、されど十分。瑠璃にとって、その間命がさらされるのは──
「そうだけどさ、リスクを抱えたくないんだよね、ばいばい」
───『リスク』、なのであった。

ドォォォォォォォォォォォォォォン.......................

 会場全体に音が響き渡る。何事だろうか?
「あのサイコパスか、可哀想に」
闇男が応じる。
「あぁ、あの赤い魔法陣は間違いねぇ」
「コウモリが急激に去っていってるし、『コオモリ』の人と行動していたのかもな。人殺しの趣味があるくせに本性を出さないから……」
サイコパスというのは、人を傷つけ、苦しむさまを眺めて楽しむ人々のこと。全員が人殺し、というわけではないが瑠璃のようなものもいる。デスゲームというのは、そういった人を殺してもなんとも思わない害悪こそが生き残るのだ。しかし、瑠璃のように素を出さずに活動しているものも多くいる。鉢合わせたら、大変なことになるかもしれない……。
「あのクソ女ならやりそうだ。折を見て動き出そうぜ、こっちにまで向かってきたら困る」
 空にはコウモリがわんさか飛んでいる。およそ千匹といったところか。『コオモリ』の役職の人にとっては、オオカミが千匹に増えたも同然。殺すことができるにしろ、やる前にやられる。それなら、身を隠したほうが安全と言えるのだ。
「………よし、いまだ!急いで隠れ場所を探そう!」
会場は広く、気遣いなのか罠なのか、隠れられそうな場所はいくつかある。これまでにも、隠れられそうな箇所はいくつも見つけてきた。念の為もう一度言っておくが、このゲームが行われている場所はショッピングモールのようなところである。
「あの藪になら隠れられそうじゃないか?」
「いいな、あそこに隠れよう。俺がコオモリじゃなけりゃよかったんだが」
闇男が申し訳無さそうに呟く。
「しゃあねぇよ、こっちに役職を選ぶ権利なんてないんだから。むしろ、誰も『人狼』になってないことが奇跡なんだからよ」
蘭は闇男を励ます。
「そうだな……。やれやれ、お前に励まされるとかショックだわ」
「んだと!?もう一回言ってみろ!!」
「やだよ、絶対怒るし」
「んじゃ最初っから言・う・な!」
そんな茶番も、長くは続かず。後に、沈黙がその場を支配した。

第八章 臆病者

 会場の空には、相変わらずコウモリがわんさか飛び交っている。そして、時折空から赤黒いものが落ちてくる。千匹ほどもいるコウモリたちに挑む無謀なものは、後を絶たない。時々落ちてくるものの正体──、それは、無謀にもコウモリに挑み無惨にも肉片となってしまった者たちだ。それでも、奇跡的にコウモリを殺せたものは役職『コオモリ』を襲いに行く様子もちらほら見られる。
 なぜこんなにも無謀なのに、自ら向かっていくのか。答えは簡単だ。

───死が恐い臆病者なのだ───。

 「はぁ、イベント長いなぁ……」
蘭が呟く。闇男が賛同する。
「だよなぁ………、こういうときだけ長く感じるんだよ、時間って残酷だよなぁ」
そう言いながら、藪の外を眺める。ぼとぼと何かが落ちていく。さぞ地面は悲惨なことになっているだろう。
「……………………………、この音やだ」
雅は少しだけ耳が敏感だ。ボトッとという音が聞こえているのだろう、耳を抑えて無言で悶えている。
「早く、終わってほしいな……」
雅は声のトーンを落として呟いた。

一方で
 「あぁ〜、ひ〜まだぁ〜〜、なんかおもしろいことないのか〜?」
そう呟くのは、休憩スペースでくつろぐ狼だ。イベント中は行動しない、というルールがあるので、仕方なくくつろいでいるのだが、早くイベント終わんねぇかなと、ただひたすら待ち続ける始末である。

コンコンッ

ドアがノックされる。
「だれだぁ〜? ドアなら開いてるぞ~?」
ドアが開く。誰もいない。
「ん?」
瞬間オオカミに影が覆いかぶさった。
「あ、しまっ」

プスッ ジューーー

いつの間にか謎の液体が注入されてしまった。
ドアから謎の人物が逃げていく。
「くそ!」
オオカミはムスッとしながら注射器を引き抜いた。だが、時すでに遅し。
「ぐ、あぁああっぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?????」
そのままオオカミは気絶する……。
 
 そして、地獄が終わる瞬間──12時30分が来た。
 優勝確定者4名、死亡者36名、残り参加者104名。
 それなりの仲間が逝ってしまった。このイベントで40人。他の何かで6人ほど消えてしまった。46人、約50人。
これは痛い。だがオオカミたちから見ると好成績と言えるだろう。イベントは一個や二個ではない。一つのイベントで50人が死ぬと考えるとたった三回で全滅だ。
 まぁ、ニンゲンはそこまで馬鹿ではないというのも知っている。イベントがどれほど恐ろしいか、それがわかった以上、次からは慎重に行動するだろう。
 『死』を恐れる臆病者と、『生』を大事にする賢いものとの間では、天と地ほどの差があった。
 12時30分。残り時間9時間30分。残り参加者104名。
─異変─
 通常のゲームに戻ったはずだが一向にオオカミによる死亡者が現れない。害悪と人狼により5,6人位が死んでいるがオオカミによる死亡者数が一向に増えない。
 良いことだがみるみる不安が募っていく。
「なんか、変だよな………?」
蘭は一人で呟く。考えられることはいくつかあった。
・ただの気のせい。
会場自体それなりに広い。が、死亡者は出ているのでそれななし。
・なにかのトラブル。
誰かがオオカミを襲った、なら説明はつく。だがそれもない。なぜそう言い切れるかというと、蘭たちはかつてのゲームで、システムの穴をつき、沢山の仲間を募り、オオカミと大々的に戦ったことがあるからだ。もし本当にオオカミを襲ったというのならこんなに静かなはずがない。
・イベントでバグなどが発生した。
そんな様子は見られなかった。
 それもない、あれもないと色々試行錯誤を繰り返していると、
「お、おい! 蘭あれ見ろ!!!」
闇男が突然声を荒げた。つられて蘭も顔を上げる。
「ぐ、ぅぅ、がぁあ、が、が、が」
「な、何だよあれ!?」
唸り声ではない、苦しそうだ。
 巨大なオオカミが苦しんでいる。
「ぐー、ぅ゙。がー、ゥ゙ー、ぐぅー、うぅ、ぎ、ぐー。ぐ、ぎー、ぐ、ぎー、ぎー、ぎー、ぐ、ぎー、ぎー」
どうやらなにかの信号で何かを伝えようとしているようだ。闇男や雅にはわからないが、蘭は趣味で学んでいたのが幸いした。
「………何だっけな、なんかの信号だ。助けて、って言ってる」
なるほど、助けてほしい。だが問題がある。
「…………………こいつを、か?」
オオカミを助ける理由なんてあるだろうか?
 ひとまず、蘭たちは状況を整理した。
 オオカミに発生していると思われる以上はおもに3つ。
・ひたすら大きいこと
・喋れないこと
・恐らく動けないこと
 動けないのなら放っておけばいい。無理して助ける必要はない。知らない参加者は不審がるだろうがこれで、あとは害悪と人狼を潰せば皆が助かる。その場にいる誰もがそう思った。
 しかし、
「!! やだ、恐い、誰か、いる!」
突然雅が口を開いた。向こうを指さして、
「あ? どした雅??」
「~~~~~~~~~!!!!!」
「と、とりあえず見に行くわ、ここよろしくな」

「ちっ、こっちにも気が付きやがった」
木の上に立つ黒いローブの男が言った………。
「しっかし、何をどー分解したらでっかくなっちまうのかね〜」
 オオカミには試作中の薬物を注入した。生き物を殺す前提で作られていたため実験台にちょうどよかったのだが───。
「おい、『Poisonous(ポイゾナス)』これはどういうことだ?(以下『毒のある』)」
「俺が知りたい」
「たっくよぉ、まぁいい。ただの暗殺未遂だ。次はしっかり殺せよ?」
「わかってるよサイコパス」
「誰がサイコパスだ、その呼び方やめろ」
サイコパス呼ばわりされた男は「ちっ」と舌を打った。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
 一方で闇男達。
「遅いなぁ………」
雅が怖いというので蘭と一緒に様子を見に行ったのだが、いくらなんでも遅すぎる。何かあったのだろうか?

ボウボウボウ ボォウ ボォウ ボォウ ボウボウボウ!!

 少し遠くで炎が燃える。
(これは!! あらかじめ決めておいたSOS!!)
「まじかよ! いかねぇと!!」
しかし、近くの茂みがガサガサと音を立てる。
「おぉっと〜、待ちなよ兄さん」
闇男は少し焦る。もし蘭たちを襲ったやつの仲間だった場合、勝率はかなり下がるからだ。蘭が一人でやって勝てない相手。それは、自分が一人でやっても勝てない相手を意味する。
 闇男は慎重に接する。作り笑いを浮かべる。だが冷や汗は止まってくれない。
「な、何、でしょうか?」
「くくっ。ちょっと遊ぼうぜ?」
 その男は怪しく笑う。
「遊ぶ暇は、ない、ですね〜(棒)」
男はフードを脱ぎ去った。その下に見えていたのはフラスコなどをぶら下げた白衣だった。
「おれは『毒のある』。今頃お仲間は『Drown(ドゥラウン)』(以下『溺れ死ぬ』)の水に溺れている頃だろうなぁ? ホォら、遊ぼうぜ?」
「っ………!!」
Drownというのは、溺れ死ぬという意味。蘭が扱うのは火。生きているのを祈るしかない。
「薬品バトルでもしようぜ?」
くっ……、と苦おしげな声を上げる闇男。
 この男の目的は時間稼ぎだ。恐らく、闇男と同じく個人での戦闘能力が低い。こちらも同じであることを見こして、一番時間のかかる方法で決着をつけようとしているのだろう。
 だが、自分には薬学しか無い。
(どうか…。無事でいてくれ………)
闇男は悔しそうに顔を上げた。唇を噛み、目を泳がせながらも声を絞り出す。
「……わかった。ルールは?」
「ん〜、こいつを治療した方の勝ち」
「? ………なんで??」
 いつの間にか、テントのような物を広げ、材料と思しきものを並べ始めた。まぁ、こんな雨の中では作れるものも作れないだろう。
「人に見られたくねぇの、材料はなんとなく用意したから」
「な、何となく??」
どうも、オオカミ巨大化の黒幕はこいつらしい。薬品バトルと言うなら毒によってこうなったのだろう。
 闇男は即座にそう推理した。ならば、持ってきたという材料はちゃんと使えるのだろう、と。
 
──その読みは甘かったと言える。

 一方、こちらは蘭と雅。モール内にあるちょっとした林の中で『溺れ死ぬ』と戦っている。こちらはすでに息も絶え絶えの状況。SOSのサインを出しながら戦っているのだが、雨の音で聞こえていないようで一向に闇男が来る気配はない。やがて、相手がそのサインに気がついた。
「SOSか? 残念ながらお仲間は来ないと思うぜ? 『毒のある』と闘っているからなぁ。あ、ポイゾナスッて意味分かる? 毒のあるって意味らしいぜ?」
「ペラペラ…ペラ、ペラと…ハァ、ハァ。ふざけ…んなよな…ハァ、ハァ」
 蘭の攻撃はきかない。雨の中というのもあり圧倒的な水の量でかき消されてしまう。雨で視界も悪く、イベント開始時よりも激しくなっている。こちらの状況もわからないだろう。地面はぬかるみ、足場も悪い。火を扱う蘭としてはひたすら逃げ続ける必要があり、それなりの体力を消耗してしまった。泥が足を引きずり込むようにまとわりつき、思うように動けない。その上、闇男が来れないという絶望的な状況。すでに、視界の片隅が黒くなっていた。
(まずい……。今のうちに、呼吸をっ……!)
雨が頬を伝う。うっとおしくてたまらない。相手が攻撃の手を止めたので地面に手をつき、呼吸を整えようと必死になる。雅もそれに習うように息を整える。
 泥が顔にはね、生臭い香りがした。いくら呼吸を繰り返しても、全く荒い息は収まらない。ただでさえ限界なのに匂いが呼吸の邪魔をする。
 が、それこそ『溺れしぬ』の作戦であることに、霞がかった頭では気づくこともできなかった。
「もう体力の限界だよなぁ? 休んでいいんだぜ? 水の中でな」
蘭はよろよろと顔を上げる。その後直ぐに目を見開いたが、もう何もかもが遅かった………。
 
その頃_
美空は自分の役職を知るために、様々な人に役職の調べ方を知らないか訪ねていた。
降りしきる雨の中あっちこっちを走り回り、びちゃびちゃと音を立てる。
 だが、このシャッピングモールの屋外はかなり広く作られており、あまり人とすれ違わない。雨が降っているというのは関係ない。屋内のほうが危険だからだ。
 晴れる兆しは全く持ってない深夜の雨は、すべての参加者に等しく寒気を与える。冬の寒さは伊達ではなく、美空も、いい加減屋内に行きたいと思っていた。
 美空は傘を持ってひたすら走り回っていが、時々濡れた床に足を取られ転んでしまっているため可愛いツインテールはすでにビシャビシャで水滴を垂らしている。ものすごく寒い。鋼色の空の下、傘を忘れたのか屋内へ逃げ込む男と、時々遠くで見かける無地の傘と、ざーざー降りで前もろくに見えないが、たまたま誰かとすれ違った。
 美空は最後の思い絵を託して話しかける。
「あ、あの…す、私、夜里美空って言います。スマホを持ってなくって役職がわからないんです。調べられませんか?」
これまで十数人に話しかけてきた。誰も彼もわからない、と足早に去っていってしまっていた。
 服が肌に張り付いて気持ちが悪い。今回の彼ですでに二十人目だ。彼がわからないと言ったら諦めようとまで思っていた。
 しかし、ここで、物語は大きく動き出す。
「スマホ持ってない? 今時珍しいねぇ〜。調べることは、できるかもだけど、……ちょっとこれ見て」
 彼は、傘を持ち直しながらスマホの画面を見せた。傘が大量の水滴を漏らした。美空に思いっきりかかったが、すでにビシャビシャなので気にしないようにした。
『ソマウマ』オオカミと全ての参加者の位置を把握することができる。ただし、それによて得た情報を口に出すと脱落。
「………、なるほど」
「ね? わかったとしても、教えてあげられないんだ」
美空は考え込む。自分の役職は把握しておきたい。そして一つ案を思いついた。
「あの、これ、口に出したら脱落ってことは言わなきゃ脱落しないってことなんじゃないですか?」
───ルールの穴をつく。これは、美空が今まで読んできたデスゲーム小説では定番だった。これを何回も繰り返して主人公たちは修羅場をくぐり抜けるのだ。     
 これが、自分にもできれば……!
「なるほどな! よっしゃ、やってみる! 『ソマウマ』!!」
彼は美空の情報を紙に書き込んだ。書いた紙はすぐに滲んでしまったが、まぁしょうがないだろう。
               『キツナ』
「『キツナ』 ? どんな役職ですか?」
彼は「え~とな……」と、自分のスマホを弄りだした。
「あった、これだ。3分だけ他の参加者に化けられるらしい。化けたやつの役職とか個人の能力も使えるってさ」
美空はその役職の説明を聞いて感心した。3分とはいえ、完全に他の人になり済ませる。もしものときには役立ちそうな役職だ。
「へ〜! 色々ありがとうございました! あ、そういえばお名前聞いてませんでしたね。何ていうんですか?」
「俺は林原有機だ」
『林原有機と、紙に書いてみせる。
「へ〜、変わった名前ですね……」
そこで、有機の様子が変わる。突然スマホを操作して美空の方へ向けた。
『近くに狼がいた。俺は逃げる。ミクも気を付けてな』
「!! 、ありがとうございます。有機さんも気を付けて」
有機は「じゃ」、と短く言い残して、足早に去っていった。雨でできた水たまりをダシャっと踏みつけながら、どこかへ去って言った。
「逃げる前に試しておこうかな。『キツナ』! 『林原有機』!」
瞬間美空の姿が変わった。
「へぇ〜、こんな感じかぁ〜。役職も使ってみようかな、『ソマウマ』!」
美空は前々から気になっていた蘭たちの行方を探す。
(………?)
蘭と、雅の位置がどうもおかしい。宙に浮いている。しかも、動き方からして、恐らく水中にいる。あんなところに池や湖はない。どうしたことか。さらに、闇男がなにか短い距離を行ったり来たりしている。近くに狼がいるようだが、一切動かず、表示がバグっているようだ。
(やみおさんがいるの近くだし、行ってみようかな?)
美空は逃げるのではなく、近づくことにした。
 濡れた前髪を手で掻き分け、ツインテールを一つにまとめた。
 ……髪の毛がまとわりついてうざい。

 しかし一方闇男はなかなか解毒薬を作れず苦戦していた。
「あれっ? 持ってくる材料間違えたカナァ〜?」
「おい、トトン草がねぇんだが?」
「あっれれ〜? (時間稼ぎはバッチリだなっと)」
どうやら、本当に必要な材料は揃えていないらしい。それこそ、『毒のある』の作戦だったのだ。
そこに、
『あの〜、やみおさん? 何してるんですか……?」
「おまえは!? なんでここに! ってそんなこと言ってる場合じゃない!『ポイゾナス』の仲間に蘭たちがやられてんだ!頼む! 助けてやってくれ!!」
闇男は美空の声に即座に反応した。『毒のある』はあまりにも突然の出来事に目を丸くしている。
 闇男は不敵に笑った。
「さぁ、今度はこっちが時間を稼ぐ番だぜ?」
「ちっ、あんな小娘に何ができるってんだよ!」
「さぁな? まだ勝負は終わってないぜ!!」

「ハァ、ハァ、ハァ」
 荒い息づかいが木々の間を駆け抜ける。
 美空は走りながら策を練っていた。どうすれば二人を助けられるか。美空は固有の能力を持っていない。なので『キツナ』で、誰かに化けるしかなかった。
 問題は、誰に化けるか。
(にしても、ポイゾナスって、変わった名前よね……)
そして、ひらめいた。

第九章 あの情は仇なのか
その頃蘭や雅は『溺れしぬ』の魔法『溺死のプレゼント(ギフトラップヲータァ)』によって、水の中から出られない状況に陥っていた。
 (くっ…もう息が…まずい、死ぬ……)
(……………………………死にたくない)
その時だった。
「大変だ! 『キツナ』が俺に化けている。俺じゃ無理だから倒しに行ってくれ!!」
そう、美空は『毒のある』に化けたのだ。美空が考えついたのは、いま闇男が戦っている『毒のある』を偽物だと言い張り意識をそれさせ、蘭たちを救出する。そしてついでに『毒のある』を倒してしまおうという一石二鳥な作戦だった。
 しかし、その作戦にはいくつも大きな穴があった。
「わかった。お前はそいつらを見てろ」
毒でもなげ入れとけ、と『溺れ死ぬ』は去り際に言い残す。
 ここまでは作戦通り。しかし
(水の魔法が解けて無い!?)
これは計算外だったのだ。
「ど、どうしよう!? 蘭さん!!」
美空は蘭たちを閉じ込めている水をバンバン叩く。ボヨンと跳ね返される。彼らが戻ってきたら絶体絶命。美空はさらに焦る。持っていた刀に手をかけ──。
「そこまでして助けたいもんか?」
叩いていた水に、二人組の影が映し出された。恐る恐る振り返る。腰が抜けて地面に座り込んでしまった。
「あ、あぁ、あ、あ、」
美空は顔を引き攣らせる。
    ──────────殺される。
「そこまでして助けたいのか?」
『溺れ死ぬ』が再度問いかける。美空は勇気を絞り出して答えた。助けてくれるかもしれないと、本当にかすかな希望を頼りに言葉を紡ぐ。
「はぃ、ふ、二人いや三人は、私の命の恩人で、その、あの、私を助けてくれたから、今度は私が助けたくって、で、あの、その………」
早口でまくし立て、その………と口ごもった美空に対し、『毒のある』が冷ややかに告げる。
「お前が二人のために死ぬってんなら見逃してやってもいいぜ?」
それを聞いた水の中にいる蘭は焦る。
(だめだ! 命を無駄にしちゃいけない!)
体を必死に動かして訴える。しかし、みくには届かなかった。
 やがて、決心がついたように、美空は勢いよく顔を上げる。戸惑いながらも、力強く。
「わかりました。私が、死にます。三人を、助けてください」
「よぉ~し、んじゃァ、殺人タァ~イム!!」
 それからの光景は、とても語れるものではなかった。

しばらくして、蘭たちは開放された。だが、どうしても後味が悪い。
(あの時、助けたからこんな事になったのか? それとも、あの時助けたから俺達だけ生き残れたのか………? くっ、どうしてっ! 俺は、まだお前の名前を知らねぇよ………!)
蘭は心の底からあのときの行動を悔やむ。あの時、雅を引き止め、三人で行動していれば、あの時、皆で確認しに行けば、あの時、あんなところに来なければ、
 ───────こんなことにはならなかったのに。
そんな様子を見て、闇男が話しかける。
「過ぎちまったもんは仕方ねぇよ、ここでは、人間すら弱肉強食なんだ」
闇男は続ける。
「前向けよ、俺等の身代わりになってくれたんだ。そんな顔されちゃ、あちらさんだって後味ワリィだろ?」
「………………………」
蘭はそっぽ向く。闇男はため息を漏らしながら語りかけた。
「後悔してんのはみんな同じだ。でも、立ち止まってたら、せっかく助けてもらった命、枯らしちまうだろ?」
「…………そうだな」
 このグダグダは、何回デスゲームに参加させられても治らず、気づけば次のイベントが近くなっていた。
 2時18分、残り時間7時間42分残り参加者93名
 ところで、オオカミについてだが、彼ら『溺れ死ぬ』達が最初から解毒薬を用意していたらしく、ギリギリセーフでイベントの放送に間に合ったようだった。

イベントの放送が始まるまで、蘭たちはしばらく無言で歩き詰めていた。
いつの間にか雨がやみ、鉛のように重苦しい曇天が続いていた。乾ききっていない草地がジャリッと嫌な音を出す。湿った匂いがまだ収まらない。
 草が足にまとわりつく。気持ち悪かった。無意識に足を振り、眉をひそめる。
 自分たちが死なないために。生きるために。誰も口を開けず、ただ足音だけが響いていた。

第十章 殺しは殺し

 そして、少し経って次のイベント放送が始まった。
『ハァ、ハァ……。イベントのハァ…ハァ……。説明を……。スゥゥゥ、ハァァァ……。はじめま〜す…ハァ……。え〜、次のイベントは《死者蘇生チャーンス☆》です。えぇ……。参加者の中で二人を殺すと、一人を蘇生させられるカードが出現します。以上』
雑なノイズが響いた後、ぷつっと放送が終わった。

 その放送を聞いた参加者たちは、あまりにも息を切らしているオオカミに対し面白ーなどと、呑気な雰囲気になっていた。
モブA「なんかオオカミ息切れしてね? w」
モブB「まじ、それなw」
モブ子A「おもしろ〜、あんなやつでも息切れするんだ〜」
モブ子B「あんなやつってw 何があったんだろーねー」
モブ子A「さぁ〜?相当アナウンスするところかろから離れてたんじゃない?」
モブ子B「笑える〜」
 彼らが、事の発端を知る機会はないのだろう。このふざけたイベントで、
 ─────『笑える』のだから。

 一方、そのアナウンスを聞いた蘭たちはというと。
「二人殺せば、一人を蘇生、か。ならよぉ、人狼か、適当な害悪片付けて、あの子を蘇生させないか? 助けてくれたやつ」
相変わらず引きずっていた。その様子を見て、さっきは納得してただろ、とでも言いたげに闇男は複雑な表情を浮かべる。
 このゲームははっきり言って異常だ。人の感性を惑わせる。蘭だって、さっきまでは、失った彼女の思いを担いで生きようっといった気持ちになっていたのに、このイベントで、また後悔の念が戻ってしまった。
 ……だが、もし本当に彼女を取り戻せるなら。謝りたい。危険な目に合わせてごめんと、頼ってしまってごめんと。そして、命を張ってまで助けてくれて、ありがとうと、感謝の念を伝えたい。そんなことを考えてしまう自分が、どうにも悔しかった。
 彼ら、オオカミの思うツボなのはわかっている。
 ………、人狼や、害悪は、いずれ殺さなければならない。被害が増えるからだ。どのみち、殺さなければいけないのなら。
「…………、わかったよ。そうしよう」
喪失感には、逆らえなかった────。

 …………………喪失感には逆らえなかった。どうしようもないのだが。
「……害悪も人狼も全然いねぇ…………」
全く持って遭遇しないのである。

第十一章 謎の組織
 「探し始めると遭遇しなくなるんだよなぁ………」
「それな〜、まぁ、いいことなんだけどよぉ…………」
蘭と闇男は揃ってため息をつく。イベントの時間は20分から30分。そして現在2時24分。このままでは彼女を復活させられずに終わる。
 現在、残り参加者は82人。そのうち、蘇生されたのは5人。たった4分で10人が殺された計算になる。
 そんなどうでもいいことを考えながら歩いていると、ふと目の前に2つの影が立ちはだかった。
 闇男が訝しげにしていると、向こうはいきなり話しかけてきた。蘭もつられて顔を上げる。
「ハロー、はっじめましてー☆『opposite(オポジット)』で〜す!」(以下『反対』)
「妹の『reflection(リフレクション)』で〜す」(以下『反射』)
突然の出来事に雅も含め3人は目を丸くする。
「「二人合わせて、反反姉妹です!」」
唐突の自己紹介。まるでデスゲームということを忘れているかのようだ。だが、その様子に蘭はブチギレそうになる。このふざけた姉妹。突然立ちはだかって、何がしたいのだろう?
 そして、この名前。聞き覚えがあった。自分たちを殺しかけた、『毒のある』と『溺れ死ぬ』に、名前の法則が似ている。何らかの組織が動いているのはわかっていた。おそらくは、コードネームのようなものだろう。
 そんな奴らが、自分から接触してきた。何をする気だ。
「何しに来た」
 蘭は慎重に接する。が、怒りを抑えきれず、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。しかし、反反姉妹と名乗った二人はまったく気にしておらず。
「え〜っとね、私たち、みなさんを殺しに来たんです」
『反射リ』が続ける。
「だって〜、私たちの存在を知られちゃったから〜」
口を揃えていった。
「「口止め、しなきゃなんですよ〜☆」」
「「「っ………!!!!」」」
それを聞いた三人はすぐさま距離を取った。蘭と闇男は臨戦態勢を整える。雅は、まるで生まれたての子鹿のように蘭の裾を引っ張り怯えていた。
 その様子を見て、蘭は雅に小声で話しかけた。
「おい、雅、くっつくなら闇男にしてくれ。あいつ固定砲台だから」
「誰が固定砲台だ、つかいつの間に名前呼び捨てにっとうわぁ! 抱きつくなぁ!」
その様子を見て、蘭は「ふっ」と微笑んだ。たとえ、血がつながっていなくとも、雅は蘭の娘。この景色を、守って見せる。蘭の中で、勇気が湧き出す。
「っし、やってやらァ!」
 蘭は拳をガツンと打ち合わせる。そして、その拳に炎をまとわせた。

第十二章 家族の絆

 蘭は思考を巡らせる。相手の名前から、予測される反撃を導き出す。
 『反射』なら、こちらの攻撃を跳ね返す能力か? それに対して、『反対』はなんだ? 反対……。行動が逆になる? わかんねぇな。
 蘭は、試行錯誤をするのが得意な方ではない。凡人より少しマシぐらいの予測しかできない。それに、基本即断即決。なんとこの間たったの三秒で──
 (わかんねぇなら、跳ね返されても被害が少ない攻撃当てて確認すりゃぁいい!)
あっというまに蘭は考えるのを放棄し、炎をまとった拳を突きつける。当たる、そう思ったのだが。
 ──ここで『反射』は魔法を行使する。
「あっはは、《アポジット》! そんなの効かないよ〜だ」
なんと、蘭の動きが逆転し、拳で殴ろうとしたはずが、自分の顔面を殴っていた。なるほど、《アポジット》という魔法は、相手の動きを逆転させる魔法か。
(……面倒くせぇ)
続いて蘭は蹴りを放つ。『反対』の魔法で、後ろ側を蹴るハメになる。自分に被害が出ないのはいいが、このまま戦いを続けていたら確実にこちらが消耗してしまう。
(マジかよ、無敵じゃねぇか!?)
蘭は、辛い表情を見せ始める。迂闊に火でも放てば魔法を使われ雅たちに当たってしまう。パンチも蹴りも効かない。ハッタリしか方法はないが、そんな事ができるほど蘭に技量はない。そんな中、止んでいた雨がまた降り出してきてしまった。特に大したことのない、普通の雨だったが、蘭は目を見開く。
(…………!! あれはっ!!)
おそらく、常に魔法を行使しているのだろう。『反対』たちに向かっていくはずの雨粒が、すべて跳ね除けられている。
 …………常に魔法を行使しているということは。
(雨が降ると煙のたぐいは普段より濃くなる。前は煙の量が多すぎて動けなかったが、今回は好都合! 足元に投げようとすれば、自動的に、遠くに投げるって行動に置き換えられる!!)
 良し、これなら行けそうだと推測した蘭は闇男に向かって話しかけた。
「おい! 火水度さん! 作戦AKS!」
「っ了解! AKSだな!」
 作戦AKSとは。雨の中で煙玉と閃光弾を同時に使用して相手の目をくらませる作戦のことである。
 あらかじめ作戦を立てていたこともあって、闇男の準備はスムーズに終わった。あとは蘭がほんの隙でも作れれば、そこに投げ込める。
 蘭はどうにかして隙を作らなければいけないが、相手は手練れ。そう上手くもいかない。地面を蹴り、後ろを蹴るふりをしたりと、ハッタリを噛ませようとはしているのだが、相手もこちらをよく観察している。余計な分の魔法を使いたくはないのだろう。蘭は少しずつ追い詰められていく。
(やべぇ……!)
息が辛い。心臓の鼓動が耳の中で響いている。
──このままではダメだ。他のなにかで相手の意表を突かなければ。だが、どうすれば。
 蘭は心のなかで頭を抱える。表情も苦々しい。じんわりと汗が滲み出る。
 
     ぽん。

 そんなときに、雅が蘭の背中に手をかけた。
「……やって。KAS」
ポツリと、一言。
「……AKSな? って、そんなこと置いといて、……どういうつもりだ?」
サラッと言い間違えを訂正し、蘭は雅に動機を確認する。雅の目には、役に立ちたい、という強い意志が感じられた。だが、雅はかつて心を失ってしまった。ある程度取り戻せていたのかもしれないが、何をするというのか。
「一個だけ……方法、ある」
雅は肩のあたりをクイクイと引っ張り、耳を寄せさせると、雅が考えた『作戦』を伝えた。闇男はもう知っているらしい。こちらを不安げな様子で伺っている。
 「…………、一か八かのかけだ。大丈夫か?」
雅は無言で、しかし力強く頷いた。その瞳には、自信が宿っていた。
 蘭は満足そうに頷いた。いや、誇らしげに、と言ったほうが良かったかもしれない。親として、娘息子の成長ほど嬉しいものはない。心を失っていたならなおのことだ。
 蘭は、自信を持って首を縦に振る雅を闇男に見せる。闇男も納得したようだった。
「うおっし! やるしかない! 火水度さん! 〈閃光玉で逃げる〉ぞ!!」
「おう! 目くらましっと!」
二人は閃光玉と煙玉を投げるふりをして地面に叩きつけようとした。予想どうり、魔法によってそれらは反反姉妹の方へ向かっていき、爆ぜた。タイマー式のものを使ったため、空中でだ。
 それらは目論見どうりパアッっと眩い光を放ち、ボッフンと大きな音を鳴らす煙でその場は満たされた。
「キャァァァァァ!!!?? 目が、目がぁぁぁ!!!」
「ぐおぉ、げっほごっほ、けむりがごほっごほ、うぎぎ〜許せなごっほごほっ!」
雨によって煙は濃くなりやすい状況だった。更に閃光玉も雨粒や煙に反射しなおのこと輝いていたため、中にいた二人は災難だろう。
 「………闇魔法発動 対象・反反姉妹 形状・鎖型 効果・魔法禁止及び移動禁止 〈実行〉」
雅は息を潜めて背後へ回った。彼女は、ほんの少しだが闇の魔法が使える。真っ暗闇でも視界がクリアであるため煙の中であろうと彼女だけは動けるのだ。もちろん、吸い込まないようにガスマスクはつけている。
 雅の作戦とは、〈自分が魔法を使いなにもできなくさせるから手伝いをしてほしい〉だったのだ。
 煙や閃光が跡形も消えた頃に、反反姉妹は自分たちの状態を把握しはじめた。まぁ、もう遅いのだが。
「っ……!? 魔法がっ……!?」
「やっば、積んだじゃんこんなの」
蘭たちの、いや、雅の。戦略的完全勝利であった。
「まったく、こんなことできたなんて……。流石だな、雅」
蘭は嬉しそうにガシガシと雅の頭を撫でる。少し痛そうだった。
 それはさておき、たった一人の少女にしてやられた反反姉妹は心底ダルそうに応援を待っていた。まぁ、それを許すほど蘭たちも甘くはない。これまで10何回もデスゲームを切り抜けたベテランでもあるからだ。
 二人で雅を愛でまくり、気が済んだところで、蘭たちは反反姉妹に事情聴取をする。
「なんで、俺達は殺されなくちゃいけないんだ?」
まずは、これを聞いておかなければ、今後の安全が保証されない。
「「…………………」」
闇男が質問を変わる。
「どうして、俺達お前らに狙われるんだ? なんかやっちまったかな?」
「「…………………」」
その後も質問を続けるが、何を聞いても無言を押し通す。極めつけにはこちらを睨め返す始末。とうとうイベントの残り時間が二分を切った。二人は、仕方無しにこの二人を手に掛けると決める。ここで生かしていたらまた命を狙われかねない。彼女らの組織のせいで死んでしまった『あの子』を蘇生できる。
「ちっとは情報が欲しかったな……」
「だぁな、まぁ、そう上手くもいかねぇって」
二人はいつも通りに、薬品を撒いて、火で燃やす。
 はたから見れば、ガソリンを撒いて火を付ける、立派な放火犯であった。
 
 例の二人が灰になると〈蘇生カード〉、というのが出現した。どうやら、これに蘇生させたい人物の名前、あるいは特徴を言いつければその場で蘇生されるらしい。何故か雨に濡れていないのが不思議だったが、そんなことは気にしてられない。
 二人はゴクリと息を呑む。もう時間がない。二人は同時に口を開いた。
「「あの時俺達を助けてくれた、『キツナ』持ちの女の子!」」
あたりがフワ……と明るくなった。その淡い光の中に、美空が静かに横たわっていた。
 丁度に、イベント終了を告げるブザーが鳴り響き、雰囲気が台無しになったのは仕方のないことだった。

第十三章 再会、そして再開
 ブザーの音で、雰囲気は台無しになってしまったが、丁度そのタイミングに空が晴れ、明るい月の光がミクたちを照らした。
 淡い光の中で横たわっている美空を見た三人は、心の底からホッとした。やがて、美空がそっと目を開ける。
「「「…………!!!!」」」
全員は息を呑む。美空は、状況がわからず、ゆっくり起き上がった。
「……? 皆さん……? ここは……? 私、確か、身代わりに、死んで……」
どうやら、記憶が曖昧になっているらしい。蘭たちは、混乱してしまわないように、ゆっくり状況を説明していった。
 美空は、ようやく状況を飲み込んで自分の言葉で整理した。
「えっと、つまり、あのあと蘭さんたちを見逃してはくれたけど、その後、反反姉妹とかいうのが襲ってきて、それをなんとか倒して、で、その時のイベントで蘇生させてくれた……あってます?」
蘭は、まだ少しおぼろげに確認するミクに対して、力強く頷いた。そして、重要なことを告げた。
「あぁ。でも……、奴ら、俺達が生きている限りずっと命を狙ってくると思う。だから、俺達と、一緒に行動してくれないか?」
美空は、突然の申し出に驚く。デメリットはない。むしろ、自分も命を狙われてるのに一人で行動するのは危ないだろう。だが、自分が蘭達と行動するというなら、その分のリスクを蘭たちが背負うことになる。
 美空は少し迷った。いや、拒否をしたいわけじゃない。しかし、迷惑はかけたくないのだ。戸惑いながら、蘭に確認を取る。
「……、いいんですか? 私なんて、足手まといになるだけですよ……?」
しかし、その返答にこそ蘭は驚いたようで、当たり前だろ、というふうに笑いながら、優しく語りかける。
「なにいってんだよ(笑) 俺達、お前が助けてくれなかったら今ごろ死んでんだぜ? んで、その後結果的には皆助かってる。……大丈夫さ、俺達なら、生き残れる。な?」
美空はそんな蘭の言葉を聞いて、心がホッとした。初めて、誰かに感謝された。役に立てた。それがとても嬉しかった。
「はい! 一緒に行動させてください!」
美空は、迷いを振り払って明るい声で応じた。
 こんな自分でも、役に立てるのなら。こころなしか、雅がこちらを微笑んでいるような気がした。
 もしかすると、雅もまた、役に立てたことを、嬉しく思っていたのかもしれない……。
 四人は月明かりの中、薄暗い林の中を抜け、再び、絶望に満ちたゲームを歩き出すのだった────。

心を失った少女1 年明けのニューイヤーゲーム編

執筆の狙い

作者 紅月麻実
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高校生ですが、本気で小説家を目指しています! 細かい指摘も、純粋な感想も、考察なども大歓迎です! よろしく願いします!

コメント

偏差値45
KD059132058099.au-net.ne.jp

ここで挫折です。

>名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、狼の着ぐるみを被った人間。
ではなくて、本物のニホンオオカミだった。

ここは以前の投稿で誰かが指摘したような気がしました。
個人的にはあり得ないですね。

そもそも本物のニホンオオカミは絶滅してる。
しかも、本物のニホンオオカミが言葉を話せるわけもないですからね。
そういう矛盾のある文章なので問題ですね。これはだいぶ理解に苦しみますね。
しかも、イメージしにくいです。
と言うのは、これには二つのパターンがあるのです。
人型のタイプ(ミッキーマウス、ドラえもん)みたいに足二本。
そのままのタイプ(ジャングル大帝) 足四本。
で、本物と言っていると後者なのかな? と思えるけれど。
>狼の着ぐるみを被った人間ではない、とあえて訂正しているので、
二本足なのかな。とも解釈できます。
どっちなんだろう。謎ですね。

自分であったら、そういう謎はできるだけ回避しますね。
どうしてもこのキャラクターを使用するならば、より説明を必要としますね。
とはいえ、説明文になってしまったら、つまらないのでなかなか難しいですね。

紅月麻実
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偏差値45様
たしかにそうですね、人間、と明言するのはよしたほうがいいかもしれません。

以前誰かが

>名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、狼の着ぐるみ。
ではなくて、本物のニホンオオカミだった。

これだと着ぐるみになってしまいます。っていう指摘があったので、改良してみたんですが……なかなかうまく行きませんね……。

あと、
>>ニホンオオカミは絶滅しています、

というのは承知の上です。考察要素なのでそっとしておいてください。

>>動物は喋らない

そうですね、でもあくまで小説の中ですし、、、

小次郎
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書き方はいろいろあって、正解はないと思うんです。

下記、切り取って。

名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、狼の着ぐるみを被った人間。
 ではなくて、本物のニホンオオカミだった。

>名付けてニューイヤーゲームです! 会場にいる多くの者達は、狼の着ぐるみを被った人間が元気よさそうに両足で立って、動いて、話すのを見て感心していた。あまりにも、精巧すぎる着ぐるみは、本物と遜色なく映るから。
 でも実態は、着ぐるみではない。本物。ニホンオオカミが、両足で立って、動いて、喋っているのだが、多くの者は気づけない。先入観が先行している。まさか、狼が両足で立って、動いて喋ると、多くの者は思いもよらないのが普通であるから。でも、実際、本当にニホンオオカミ。

とか?

僕が書いたものよりも、もっと、よい文章あるでしょうけど、ね。僕は下手です。

それで、他の人の指摘で、ニホンオオカミ絶滅している、喋るのおかしいと書かれていますが、理由物語内であとから説明した方がよいかもですが?

あとはそうですね、この小説は三人称神視点?

人から聞いた話しだと、三人称神視点って、いま廃れているようですよ。

それで、プロは一人称か、三人称一元視点で書くそうですが。

ぷりも
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拝読しました。
前回より格段に良くなってると思います。
細かいとこから指摘しますよ☆

>時は令和十二年の年明け前
ここはちょっと曖昧性あり。R12年直前なのか、その大晦日なのか。特にストーリーに関係ないので、例えば「令和十二年がまもなく終わりを迎えようとしているその時」とか。

🤔修正ミスとは思うけど、三点リーダーは2つセット。「!」は全角。一般的に並べるのは2つまで。あと字下げ。アンダーバーも特別な意図がなければ使用しない。プロを目指すなら縦書きになるので。


> 3!
 知っている者たちの顔面が恐怖に染まる。手を合わせ、祈りを捧げる。
 2!
 知らぬ者たちの顔面が高揚感に染まる。今か今かとスマホを携え──。

🤔この3と2の対比はいいですが、「知っている者」はやや稚拙。対比を活かすなら「過去を知る者たち」とか。


> ・制限時間は十時間。
 ・制限時間まで生き残り続ければ優勝となる。

🤔ここで「制限時間」が並ぶのは目にくどいのと「制限時間まで生き残る」という表現が不自然。
あと、優勝は一位の意味なので、生き残った全員が優勝というのは表現的にあってないです。
人狼の女の子のとこは良くなったと思います。


>ところで、雨は静かに降りしきっていた。

🤔「ところで」は不自然。あと「静かに」と「降りしきる」は意味的に対極。「雨はそんな彼らをよそに降りしきっていた」とか。


>彼女は小説を読むのが趣味で、デスゲームを題材としたものも読んだことがあるが、まさかほんとに実在しているなんて……。

🤔後半女性視点。
例えば

彼女は小説を読むのが趣味で、デスゲームを題材としたものも読んだことがあるが……
「はぁ……」
まさかほんとに実在しているなんてとため息をついた。

とか。


>雨はいくばかりかましになっていた。

🤔読みにくいので、雨はいくらかマシになっていた。とか。


>大学生ほどと思われる女性

🤔不自然。大学生と思しき女性


>美空は必死で目を閉じる

🤔ここも不自然。「必死で」は抗うための行動を連想させる一方、目を閉じるのは絶望。
「反射的に」とか「思わず」とか。


>そのフラスコを、思いっきり『人狼』に投げつける。
 
パリィィィィィン!!

🤔このフラスコが割れる音と、日本オオカミに触れた人間が消える時の音というのは紛らわしいです。それが錯誤させる目的ならアリですが。


>『コウモリ』へと変わりまして、無限に空を飛べまース。あ、そうそう、コウモリは3回しか飛べないからね

🤔無限に飛べる? 3回しか飛べない?


>奇跡的にコウモリを殺せたものは役職『コオモリ』を襲いに行く様子もちらほら見られる。

🤔ここもちょっとわからない。


>優勝確定者4名、死亡者36名、残り参加者104名。

🤔ここはおかしい。ここまで提示されてる勝利条件は、最後まで生き残るか、人狼が自分達以外を皆殺しにするか、狩人が人狼を皆殺しにするかのみ。どれも終了条件であり、途中で優勝確定する条件はないです。


🤔「毒のある」「溺れ死ぬ」のネーミングはイマイチそぐわない。元ネタありでしょうか。

>シャッピングモール
🤔誤字


>鋼色の空の下
🤔鉛色では。


>美空は最後の思い絵を託して話しかける。
🤔?


とりあえずここまで

ぷりも
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【紅月麻美さま】続き
🤔『ソマウマ』と『キツナ』はどっちが誰の能力か混乱しました。

🤔美空の決意が唐突なような


>「やっば、積んだじゃんこんなの」
🤔詰んだ


>例の二人が灰になると〈蘇生カード〉、というのが出現した。
🤔ガソリンかけて燃やしても2分弱では燃え尽きないです。



総評としては、前回よりストーリーの骨組みが良くなったと思います。
雅も前回より役割を果たすという点は評価できますが、依然主人公というには影が薄い印象。地の文であえて、この物語の主人公と言う必要がないのでは。

あと気になるのは役職。あとからあとから色んな役職がでてくるのは読者に対してフェアじゃないね。絶対絶滅のピンチに陥っても、それをひっくり返す役職や、実はその役職にはこんなスキルがあったのですみたいなの出てくると冷めちゃうね。

私ならの話だけど、役職は10種あるとか冒頭に役職名とスキルを全部公開して、読者が気づかないようなスキルの使い道やコンビ技の方向で考えるか、あるいはそのうちの9種を明かし、残りの一つはどんな役職なんだとみんな疑うけど、実は常時発動型で日本オオカミの役職だったとか。

他の部分でもちょっと工夫が浅いかな。口に出してダメなら書いたらいいじゃんとか、読者が「おお!」と思うところがないね。


と、プロ志望ということで手厳しく言っちゃったけど、かなり進歩見られるし、ところどころいい表現あるから、楽しんで書いたらいいんでないのかしら。


で、絶対プロになるという志はいいけど、あまり固くならないようにね。負けてたまるか的に強く心持とうとする人ほど途中であっけなくポキッといっちゃうから。
日本刀も硬いだけなら簡単に折れちゃう。柔軟性も備えてるから折れないんだよ。
楽しんで書くということを忘れずに☆

紅月麻実
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プリモ様。
ご指摘ありがとうございます!
【ここまでの指摘は別サイトで修正しておきました】
>>
>そのフラスコを、思いっきり『人狼』に投げつける。 パリィィィィィン!!🤔このフラスコが割れる音と、日本オオカミに触れた人間が消える時の音というのは紛らわしいです。

たしかに! パリン!! だけのほうがわかりやすいかも。

>『コウモリ』へと変わりまして、無限に空を飛べまース。あ、そうそう、コウモリは3回しか飛べないからね🤔無限に飛べる? 3回しか飛べない?

>奇跡的にコウモリを殺せたものは役職『コオモリ』を襲いに行く様子もちらほら見られる。🤔
ここもちょっとわからない。

>優勝確定者4名、死亡者36名、残り参加者104名。🤔ここはおかしい。ここまで提示されてる勝利条件は、最後まで生き残るか、人狼が自分達以外を皆殺しにするか、狩人が人狼を皆殺しにするかのみ。どれも終了条件であり、途中で優勝確定する条件はないです。

なんてミスだぁぁぁぁ!! 完全に書き忘れでしたすみません!!

正しい文章
「これより、イベント『コウモリの復習』をはじめまース。
今から十分間空にコウモリが放出されマ〜ス。
放たれたコウモリは役職が『コオモリ』の人だけ襲いまーす。
殺すことはできますが、殺せるのは『コオモリ』の役職の人だけで〜ス。
もし、殺すことができたら役職が『コオモリ』から『コウモリ』へと変わりまして、
無限に空を飛べまース。
あ、そうそう、『コオモリ』は3回しか飛べないからね、
あ〜モウケイゴMENNDOKUSAI★ 
『コウモリ』になったやつは『コオモリ』ぶっ殺すと会場の外に出られてそれ以降死ぬ心配はねぇぜ〜。
役職わかんねえぇよってやつ自分のスマホを見やがれルール聞いてなかったおバカさんのために言ってやってんだ感謝しやが」

でした! ホントは臆病者パートに載せる予定だったんですけど、完全に忘れてましたので説明に付け加えました。。。

>>🤔『ソマウマ』と『キツナ』はどっちが誰の能力か混乱しました。

なるほど。。。その後書いてくれたようにあらかじめ役職を公開しておくのはいいですね。『キツナ』 で化けた相手の役職が使える、という説明だけではわかりづら方ってことですよね。精進します!

>>地の文であえて、この物語の主人公と言う必要がないのでは。

なるほど!? その手がありましたか! それならタイトルももう少し自由にできそうです! 主人公が迷走しそうですけど。。。w

紅月麻実
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小次郎様

う〜ん、正解はない、かぁ〜。そうですね、ここは自分なりに模索してみます!
オオカミは四足歩行ですね、ちゃんと動物ですし、二本足で立ったりはしません。

喋る理由についてはご都合展開ということで。。。

絶滅してんじゃん! については考察要素ですので、
一応、この第一話にもそれっぽいこと触れてるんですけどね。
令和十二年 と、リンクしています。

>>三人称神視点

うーん、どうなんでしょう、自分じゃよくわからないですね、、、プロを目指していますし、
そのへんしっかり勉強したいと思います!

紅月麻実
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第二話をここで書き始めるのはとーぶん後になりそうやなw

しまるこ
211.7.126.48

すごいと思いました。頭の中でこれだけの世界を描けられて、それを文章で構築できるのは。何より、本人が楽しそうに書いているところがいいですね。そのまま、浮かんだアイデアを思うがままに書いていったらすばらしいと思います。個人的には、紅月さんの日常生活、家族や友人、学校、嬉かったこと、困っていること、不安なこと、親や友達には言えずに自分の胸に秘めていることなど、様々なことを抱えて過ごされていると思いますが、高校生の女の子の視点から書かれているものが読めたら、嬉しいですね。まぁ、気が向いたらお願いしたいところです。

紅月麻実
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しまるこさん
ありがとうございます。
なんだかめちゃくちゃ謙遜されているような気がしますが、
私はそこまでの大物ではありませんよ。
純粋な感想、ありがとうございました。
鍛錬します!

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