星の降る夜に
今日は踏切の向こうまで歩こうかな。
そう思ったのは、あまりにも心地よかったせい? それとも、見惚れてしまうほどに綺麗な満月が浮かんでいてから?
兎にも角にも、偶然私はこの日、いつもより遠くの、人気のない公園まで足を進めていた。
背中まである髪の毛が、爽やかな夜風に触れ、なびく。
上を見上げると、無数の星が夜空を彩っている。
本当に、暗い気持ちなんて何もかも忘れられるような気がした。
寂れた公園に入る。街灯の仄かな明かりが、どこか懐かしさを感じさせるようなブランコを照らた。
私はなんとなく、ブランコに座り、星空を眺めた。あの、1番明るいやつが金星かな?それともシリウスとかいうのだっけ。
風に揺られていると、葉っぱがガサガサと音を立てた。
人がいる⎯⎯⎯⎯⎯私は、一瞬、悪いことをしたのがバレたように、動きを止める。
話しかけてみよっかな…?そう考え、少しブランコに揺られて、高いところから宙に飛ぶ。涼しい風がふいた。
「こんばんはー、誰かいるのー? 」
大きめの声でそういうと、草むらの向こう側から、先程よりも大きな音が聞こえた。
「誰? 」
そう言って草むらから顔を出したのは、12か3くらいの少年。ハッとするほど整った顔立ち。まだ声変わりしていない少女みたいな声。
少年は、こちらを無表情で見つめて、じっとしている。
ブランコの柵をまたいで、ゆっくりと、少年の方に近づいていくと、少年がここで何を行っていたかが分かった。
喉がごくりと音を立て、息苦しさが増す。朝食のとき、恭ちゃん ⎯⎯⎯ 一緒に住んでいる、親戚のおばさんが言っていたことを思い出した。
「最近、ネコとかネズミとかがバラバラに4つくらいに分けられて、ほら、あの踏切の向こうにある中高一貫校。そこの塀にね、置いてあったんだって。他にも、学童の前の道に放置されてたりさ、美香ちゃんも気をつけなさいよ。そういうことするやつって人殺したりするんだから」
根元から切り落とされた、肉球のある、 血濡れた腕。黒い斑点模様の可愛らしい足。それも、根元から、赤い鮮血がたれている。胴体は、少し離れた所に置いてあり、少年が、まさに首を切り落とそうとしていたところだった。
言葉が、出ない。喉の奥に何かが張り付いたような感覚がして、息苦しい。
恐怖ともつかない感情が胸の奥からせりあがってくるが、それは言葉に表そうとするとたちまち霧散してしまう。
「何…してるの…? 」
発せられたのは、自分でもびっくりするくらい掠れた声だった。何してるかって、猫の顔と胴体を切り離そうとしているに決まっている。
少年は、顔を歪めて、にかっと笑った。
「猫の首を絞めて殺してから、6つに分けるんだよ。それから、そうだね…子供が沢山通る場所に置いておくの。ねぇねぇーそしたらさ、それを見た人達どう思うかな?」
私は、笑っている少年をボンヤリと見つめていた。少年は、私の考えを求めているようではなく、話を続ける。足の感覚がなく、後ずさることさえできない。
「きっとさ、すごい不気味だなぁって思うだろうね。それでさ、それを見た何百人かの子供のうち数人はさ、自分がそうなる所を想像するかもね。ううん、絶対そう」
少年の瞳は、全く私を捉えていなかった。ただただ、上の方を見上げていた。
明るい光を放っていたはずの満月は、いつの間にか、雲に隠れている。
状況がよく分からない。身体中に充満していたはずの恐怖が、気づいたら抜けていた。
そうだ、こんなに星が綺麗。そこに人がいた。話してみるのもいいんじゃないの?
そんな場違いすぎる考えが、浮かんでくる。
「名前、なんていうの?」
そう、これは…後で警察に言うための…
心の中で意味のわからない言い訳をしてみる。
少年が、初めて気づいたかのように、私の姿を捉えた。すぐに、あの歪めた笑顔を浮かべ、星を見上げる。
「如月桃莉」
「へぇ、かっこいい名前だね」
「ハッ、最高だよ」
少年の瞳が、再び私を見た。まるで、表情のない歪んだ顔をしている。
「ねぇ、なんでそんなことしてるの?」
「さぁ?殺したいからじゃない」
少年が星を見上げた。
「人を?」
「そう」
無表情だった。
「これはね、代わりなんだよ。人間の、代わり。もう少し我慢できるように」
「ふーん」
苦しそうな顔で、バラバラの死体を見つめていた。それは、人の代わり。
「でも、きっともうすぐ殺すよ。ものすごく、近くにいる人」
「私?」
「そうかもね、そしたら、この星の1つになるんじゃないかな?」
少年は、星空をじっと見つめている。期待のこめるかのように。無数の、私たちを照らす程ではない小さな星を、ずっと。
「人を殺したらさ、僕の世界は終わらせられるね」
「終わらないよ」
私は、キッパリと言った。どんなことが起ころうと、自分の世界は終わってくれやしない。
「終わったとしても、また新しい世界が始まるんだよ」
「ふーん、どうだろうね。人によって違うんじゃないかな」
夜風が、ふいた。涼し気な風。悪いことなんて起こらなそうな ⎯⎯⎯
「星が降ってきそうだね」
私が言った。
「違うよ、僕らが、降っていくんだよ」
少年が、言い聞かせるように呟いた。
満月が、再び雲から顔を出す。少年の瞳は、月を捉えない。ずっと、吸い込まれそうなほどに星を見ている。
「ねぇー、殺しちゃうかもよ」
首筋が、熱い。身体中の血管が、ドクドクと脈打つ。
気づけば、少年が、私の首筋にナイフを当てていた。再び、恐怖に似たような感情が体を支配する。
怖い。どうしよう。怖い、怖い、怖い…
私は左足で、強く地面を蹴った。この速さで走れば絶対に追いつかれない。
逃げろ逃げろ逃げろ
自分に言い聞かせ続ける。息が、つまる。ひたすら、走る。
満月が、夜道を照らしていた。
ーー人間の、代わり。もう少し我慢できるように
少年の言葉が、嫌に耳に残っている。
ーーきっともうすぐ殺すよ。ものすごく、近くにいる人
ーーそしたら、この星の1つになるんじゃないかな?
ーー違うよ、僕らが、降っていくんだよ
全速力で走って、ゼェゼェ言いながら家へ戻った。何かに追われているかのように布団に潜り、そのまま眠った。
⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·
後からニュースで、あの少年が自分の手首を切ろうとしていた所を、近所に住んでいる人が見つけ、警察を呼んだことを知った。
あの時の恐怖を思い出しても、それはすぐに空気に逃げて言ってしまう。
ただ、心に、あの道を照らした満月が浮かぶだけ。
世界の終わり。少年はそれを見たのだろうか。
ーーそしたら、この星の1つになるんじゃないかな?
少年の声が、言葉がまた、頭の中で思い出される。
執筆の狙い
美しい描写を出来るようになりたいです。
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