同じ景色を見ている。
「…なんで、言ってくれなかったの?」
別に、優愛を傷つけようとして口にしたわけじゃない。けど、どうしても納得がいかなかった。
思い出せば思い出すほど、今まで楽しく恋バナしていた私と葵が惨めだった。
「っそれは…」
教科書が詰まった重たいカバンを肩にかけ直しながら顔を上げると、俯いて横を歩く優愛は今にも泣きそうな顔をしていた。
空は真っ青で、絵に書いたような分厚い雲が浮かんでいる。入道雲だ。
蝉がうるさく泣いていた。暑い。
⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·
中一から親友で、近くの同じ高校に進学して、秘密なんてないと思っていた私達がこんなことになってしまったのは、優愛が突然打ち明けた『あること』が原因だった。
「暑いねー。ほら見て、私の汗ヤバくない?」
「もう9月なのにね。私も背中とか汗ヤバい」
「私も」
葵が首筋には水の筋が伝っている。私はブラウスが汗でシミになっていないかと、背中を触った。湿ってる。最悪。
「てかさ、この感じでクラスの人に話してるから友達できないのかな?」
葵が可笑しそうに笑った。私は首を傾ける。
「この感じって?」
「ほらほら、突然汗見せ出す感じ」
私は思わず吹き出した。確かに、私たちはもう慣れっこだけれど、初対面でこんな感じだったら流石に引く。
「っていうか、葵友達いないの?それが想像つかないんだけど」
葵はスポーツ万能で勉強もまあまあいい。明るくて、可愛いから、いつもクラスの中心にいるイメージしかない。
「いない訳じゃないんだけどね、、まだ遊ぶ約束誰ともしてないし、LINEも一応グルラ作ったくらいで個人とはまたつないでないし」
「…まだ、始業式から2回しか登校してないよね?」
「友達いないの意味知ってる?」
優愛と私は深々とため息をついた。私なんて、やっと2、3人くらい話し相手ができただけなのに。
「ていうか知ってる?」
葵が気まずくなったのか、話題を変えた。
私と優愛は何の話かと、葵の方に顔を向ける。
「なになに?」
「私のクラスにめっちゃイケメンな奴いるって話」
「あ、なんか。鈴音…、クラスメイトが言ってた気がする」
「私は知らないかも」
私はハーフアップをお団子にしたオシャレなクラスメイトを思い浮かべた。少しくすんだ茶色の髪色は地毛だと言ってたけれど、多分染めている。自分も髪とか染めたりしたいけど、そんな勇気は無い。色つきリップとか塗るのが精一杯。
「あぁ、教室の階が違うもんね」
「そうそう、4階だから階段登りきったらもう息きれてる」
「私達3階で良かったぁー」
「離れちゃったのは残念だけどね」
「それなー!クラス一緒が良かった」
3年間クラスが一緒という、奇跡を起こしていた私達もとうとう全員別々のクラスになってしまった。進学した高校には1学年8クラスもあり、揃うのは難しいと分かってたけど、やっぱり寂しさは拭えない。
葵は2組。私は4組、優愛は7組。
1組から5組が3階フロアだから、優愛とは階まで違う。
「それでさ、そのイケメンの名前が如月桃莉(きさらぎ とうり)。桃に亜香莉ちゃんの莉で桃莉」
「キラッキラ」
「でもめちゃっちゃ合うね。名前に」
亜香莉ちゃんは中二の時のクラスメイト。その時は私と葵と優愛と亜香莉でいつも行動してた。今は音大に行きたいとかで、付属高校に通ってる。
「写真見る?」
「写真あるんだ」
「あるよ、えっと…ちょっと待ってね」
私と優愛は葵の携帯を覗き込んだ。パスワードも知ってるから、遠慮せず葵のスマホの画面をガン見する。何年間も一緒に過ごしてる私達だけの特権。
携帯のケースが周りの子みたいに推しの写真でデコったりしてなくて、シンプルな黒と透明なのがかっこいい。
私がやるとただのイキってる奴になっちゃうから、葵のキャラでこそできることだ。
「ほら!まじカッコよくない?」
優愛と葵は、写真を見て目を丸くした。
「いや、ツーショットやんけ」
「新学期早々からリア充じゃん。話聞かせろや?」
一斉にツッこむ私たちに葵は頬をかいた。
写真に映る、韓国アイドルみたいな少年と、葵。
葵は、めっちゃ美人って訳じゃないけれどスラッとしてるし綺麗な一重。
どこからどう見ても、、
「もうカップルじゃん」
私は少し呆れたように肩を竦めた。
「葵はこの如月桃莉って人が好きなんだ?」
「うん、、好きまではいかないけど、ちょっと気になってるって言うか…。付き合うって感じじゃ全然ないけどね」
私が聞くと、葵ははにかんだ。
「で、なんて言って撮ったの?ツーショット」
「んー、なんか如月もバレー部入りたいみたいでさ。縁あるねーみたいな感じで」
「まじ?運命じゃん」
「やっぱり感じるよな!運命」
葵、優愛、それから私は中学でバレーボール部に入っていた。葵は大会でもまあまあ結果を残していて、高校でも続けるみたいだ。
私と優愛は他の部活に行くつもり。バレーも楽しくない訳じゃないけれど、この高校のバレー部は強すぎる。
「そういえば優愛はどこか興味ある部活あるの?私はテニス部とか考えてるけどまだ決めてないんだよね」
「へっ?えっとねー私は美術部入ろうかなーって。友達が入るって言ってたし」
「あ、優愛めっちゃ絵上手いしね。貰ったイラストまだ自分の壁に貼ってる」
無言で歩いていた優愛は少し肩を震わせた。
中二の時貰った私の好きなアニメキャラのイラストは今でも気にいってる。
そういえば、、
「てか、今日優愛静かすぎじゃね?なんかあったの?」
ちょうど葵も思っていたらしく、心配するような表情で尋ねた。
優愛は少し固まった表情をしてなかなか話そうとしない。
私は場を和ませようと、笑った。
「もしかして、優愛まで好きな人出来たの?その人のこと考えてボーッとしたりしちゃって?」
もしかしたら、クラスに上手く馴染めてないのかもしれない。
中学生の時は綺麗な風景を描いてる優愛を友達皆で囲んで見てたりしたけれど、この高校はなんというか今時で、絵なんかよりオシャレが大事って感じ。
優愛は、私の声なんて届いてないように俯いていた。
「アロマンティックって知ってる?」
すごく小さい声で、優愛が言った。
「何?ロマンチック?」
葵が戸惑った表情で聞き返す。信じられないくらい、か弱い声で呟いたその言葉は、少なくともロマンチックなんて意味で発したものではないと思う。
「ほら、最近あるでしょ?レズとかゲイとかバイとかそういうの」
「あぁ、なんかSNS上でいるよね。女の子の格好した男とか」
吹っ切れたように顔を上げ、感情のない顔で話す優愛に相槌をうつ。
私はLINEブームとかで流れてくる濃い化粧した男を思い浮かべた。
チークとかラメとか顔に塗って、爪をギャルみたいに長くしてる男。コメントでは可愛いとか書いてあるけれど、どこからどう見てもサルみたいだし、ちょっとキモイ。
別に性別とか人それぞれだと思うけれど、本当にそれで可愛いと思ってるの?と本人に確認したい気持ちに襲われる。
「うん、そういうの。それで、私の性別がアロマンティック」
「「え?」」
葵と私が一斉に優愛の方を見た。
そんなはずはない。アロマンティックなんて言葉初めて聞いたし、どんな性別かは知らないけれど、ずっと一緒にいたから分かる。
優愛は普通の女の子だ。
だって中二の時は彼氏もいたし、私と私のその時の彼氏と、4人でダブデをしたこともある。
宿泊学習で同じ班になって、3人で夜更かしして恋バナしたことだって⎯⎯
「いや、優愛彼氏いたことあるじゃん」
私がつっこんでも、優愛の表情は晴れない。
虚空を見つめる目は、少し濡れているのに光がない。
「全部嘘だよ。彼氏は確かにいたけど、別に好きじゃなかった。皆んな好きな人いたから、流れで告って付き合ってただけ」
「なにそれ、だって普通にイチャついてたくせに」
優愛の言っていることがよく分からない。ダブデ行った時、途中で別行動して、キスしてる優愛と優愛の元彼を見かけた。
絶対にそんなはずない。
「ごめん、私抜けるね!今度また話そ!」
気づいたら、いつも葵と別れる所を歩いていた。葵は、心做しか早足で、家の中へと入っていく。
優愛は再び話し始めた。
「キスされたって何にもドキドキしなかった。そもそも人に恋したことなんてないし、皆がイケメン見て騒いでるのも意味がわからない」
「…そんな言い方ないじゃん」
『イケメン見て騒いでる』?なにそれ。
「じゃあさ、今まで私と葵が話してるの聞いて、そんなこと思ってたんだ?意味わかんない話聞いて共感したフリできる私すごーい!みたいな?」
「それはっ…」
変わった性別?ただ、絵にしか興味なくて、人に無関心だからじゃないの?
「だって、人と違ったら嫌われるかなって思って。親にさ、人のこと好きになれないし全く理解できないって言ったらさ、ただ薄情なだけだって」
リュックの紐を握る優愛の手が痙攣していた。
ハッと我に返った。なんで、自分は優愛にこんな思いさせてるんだろう。
「…ごめん、優愛。傷つけるような事言って」
でも、でもさ…
「…なんで、言ってくれなかったの?」
⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·
優愛はボトボトと大粒の涙を流しながら焦点の合わない目で前を見ている。
「入道雲だね。絵に描きたい」
なんで言ってくれなかったのか。そんなの、本当は自分にだってわかる。
「うん、私も今それ思ってた。絵に描いたような入道雲だなーて」
「あはは、ちょっと違うじゃん」
やっと優愛に表情が戻った。泣いてるような笑ってるような顔で、空を見ている。視線の先は入道雲。
そうだ、同じ景色を見ている。中一の頃からバカみたいに、同じような景色ばかり見ている。
見え方は違う?そんなの関係ない。
だって、葵が見たこの空と、私の見た空と、優愛が見た空。全部同じ景色なのに、同じこと考えてたんじゃないんだから。
「今度さ、またあの遊園地行こうよ。葵と私と優愛で」
「うん」
優愛は子供みたいに頷いて、ハンカチでゴシゴシと目を擦った。
「亜香莉も誘って」
「うん」
コクンと頷いた優愛の瞳から、頬に水滴がつたう。
「彩音、泣いてるよ」
「え?」
頬を触ると、水の感覚がした。
みるみるうちに、視界が滲んでいく。
「…信号しか見えないね」
「うん、赤だ」
立ち止まって、辺りを見渡した、ポツポツと信号の赤だけが強く主張している。
執筆の狙い
最近興味がある性別を参考に書きました。
最近性別の種類も増えてきましたよね。
拙い文章ですが、皆さんの意見を聞いてみたいので、コメントしてくれるとありがたいです!