神物語 序章
若い人よ、その若い日は、まだ人生のプロローグにすぎない。──大歳士人
序章
ファンタジーの世界へ
世界が崩壊してゆく。これは、これから現実に起きることだ──
久しぶりに会った友人の言葉だった。
彼とは同郷で幼少期からの学友で、思えばそれなりに長い付き合いだ。他の友人らを交え、学校を卒業してからも一緒に遊んだり、旅行やツーリングなどにも行ったりしていた。
それが三十路をすぎたあたりからは、彼や同世代の馴染みとも、直接会うことが徐々になくなっていった。だがべつに会わなくなったからといって、疎遠になったわけでもなく、会おうと思えばいつでも会えるし、彼とは相変わらずどぎつい冗談もいえる間柄だった。
そんな彼からメールが届いていた。──入院して、暇だから、見舞いに来てくれ、と。
会うのはいつぶりだろうか。記憶をたどると、10年は会っていない。驚きだ。──しかし、あいつも年食って、バイクで事故って骨折でもしたか。
病院の受付で聞くと、贅沢にも個室というので、病室に行ったら笑ってやろうと思っていた。が、彼の顔を見たら、そんなチャラついた気分が、一気に失せた。
それでもベッドの上で彼が、
「ダイエットに失敗して拒食症になった」
と冗談を言うので、
「精気を吸い取られただけだろ。女遊びのしすぎだ」
──笑いはない。こともなげに会話は進む。彼は、
「無駄話している時間もないので、まあ、なんだ、端的にいって、末期の癌。近々死ぬことは決定事項。数か月まえからわかっていたことだ。みんなには言わないでおこうと思ってた。言ってもしょうがないことだし、言うつもりもない。けど、おまえには頼みたいことがあるから、──頼むわ」
言葉ははっきりとしていた。ただ、ベッドにはミイラのように痩せこけた男がいる。電動ベッドで上体を起こしていたので、とりあえず元気そうには見えるが、かなりつらいようだ。
「40すぎてファンタジー小説を書いているなんて、ガキみたいで、恥ずかしいと思うか? ──でも、いまからでも遅くない。おまえがその小説のつづきを書いて、完結させてほしい」
ネットに晒しているという彼の小説を、私はスマホで読んでいた。病院ではあったが、その個室でのスマホ使用は禁止されていない。
「ガンゾーイ、ソニン、ミリフィア、というのは、あれか、モデルがいるのか?」
「──ああ。あと、二人、ルルレとウェスタ。というのが出てくる予定だ。全体の、だいたいのプロットがあるから、そのファイルをあとで送っとくよ」
「そいつらは、みんな……、死ぬのか?」
「まさか。逆だ、逆。ファンタジー小説のなかで、みんな、生きる。よみがえる」
私たちは何でもつつみ隠さず、本音でものが言える。しかし、二十数年前の事故のことだけは、冗談でもいっさい口にすることはできなかった。
当時、私たち二人は、まだ免許取り立ての二十歳だった。あの日──
ガンゾーイ、ソニン、ミリフィア、そして、ルルレ、ウェスタを乗せた一台の車は、山岳の道路の崖下でひっくり返り、漏れたガソリンに引火して、燃え盛っていた。カーブで大きくはみ出してきたトラックと衝突して押し出されたらしい。
事故を発見し、通報したのは、自動車の後方から登ってきた二台のバイク──しばらく彼と私はバイクにまたがったまま、上から自動車が燃えているのをただ呆然と眺めていた。
何が起きたのか、まったく理解できない、信じられなかった。その後も、まるで他人事みたいで、何も考えられず、ただ、たんたんと警察の事情聴取にも応じていた。
彼は言う──
「──ウェブ小説の、異世界ものは、一時期大はやりして、もういまでは一つのジャンルとして確立しているが、もとは不慮の事故で我が子を失った母親や親族らが書いていたという都市伝説があるらしい。だからウェブであり、原稿用紙の書き方すら満足にできない、ほとんどが素人ばかりだ」
「ゴミばっかりか? ネットでつながるからな、どうせどのみち出版不況で、小説なんてまさに斜陽だろ。素人同士の趣味の世界でいいんじゃないのか」
「そりゃ、昔はよかったの懐古ジジイの愚痴だな。いまは小説だけで完結する小さな世界じゃない。時代も市場も大きく変わった。コミカライズされ、アニメ化されて、全世界に向けて配信されていく。そこで日本のJポップも再評価されている。これから、底なしに、夢が広がっていく産業だ。とくに日本のアニメは世界最高峰だからな、日本人に生まれてきたことに感謝だ。──ま、俺にはもう時間がないが、ワクワクする新時代の始まりだろ。うらやましいぜ」
「書いたのは、ネットの、これだけ?」
私はスマホを掲げ、彼に聞く。
「ああ。書きたくても、もう書く気力が出ない。終わりだ……。──たしか2章の2節ぶんまで書いたかな、……けど、その2節を1章に入れ込んで、1章12節にして、2章からおまえの好きにすればいい。たぶんそのほうが書きやすいはず。──ま、わかっているだろうが、そもそも主人公のモデルはおまえだ。アトマ。だから1章も統一感を出すために、書き直してくれていい。重要なことは、──いや、大切なことは、あいつらと、向き合うことだった。じゃないと、報われないし、おまえだってそうだろ。このまま何者でもないまま終わる」
「べつに、いまさら何者かになろうとするつもりもないけどな。それと、アトマは小学生のときに飼っていた犬の名前だ。よく覚えてたな」
「むかし、同人誌のコラムに寄稿してくれただろ? そんなかに、──壮大な時間の流れを意識するとすべて夢の如く感じられる。いま手に触れるリアリティーも過去に埋没すればいずれフィクションとなる──みたいなことが書いてあったんだが、覚えてるか?」
「あーまあ、書いたな、そういうこと」
「もうすぐ自分が死んだら──。死んだら、もうこの世界には戻ってこれないんだから、この世界が、崩壊するようなもんだ。──だろ? 何千億年か知らないが、この宇宙でさえ消失するのは……確実な事実なんだから。そう考えるとこの世界自体も、ファンタジー……だよ。世界がなくなれば、もう、みんな、うそっこだ。だから……もっと好きに生きていいんだ。もっと愉快に……せいいっぱい、楽しめばいい──」
疲れてきたのか、彼の言葉が弱々しくなる。
「──ほかに要望は? ルルレかウェスタがおまえの妹なんだろ? あの勉強のよくできた。医大を目指してたんだよな」
彼は両親を早くに亡くしていたので肉親は妹だけだった。
「それよりミリフィアだ。嫌がるミリフィアを、おまえのためだといって強引に誘いだしたのは、俺だ。それを思うと、本来ミリフィアは死ななくてすんだ。いまだに、悔やんでも悔やみきれない──。悪かった──」
そういった話になってしまうから、事故のことは、互いにこれまで話したくなかったんだと思う。
「詮ないだろ。言わなくていい。とっくに終わった話だ」
ミリフィアは実家の近所の子で、最初に出会ったときは不登校の中学生だった。私はそのときまだ高校生だったが、彼女の両親とは家族的に懇意にしていたので、勉強を教えてやってくれと家庭教師みたいなことを頼まれて、関係はつづいていた。
「──常識のなかに引きこもってないで、出てこい。──おまえの言葉だ。おまえは、人をはっとさせるような、いい言葉をもってる。だから、作家になるべきだ……」
ベッドを倒し、彼は横になった。私は彼を休ませてやろうと思い、
「あー──、とにかく、つづきは書くよ。たぶんおまえのプロット通りには書けないから、どうなるかわからないが、楽しませてもらう」
「──それでいい。それで。もうここへは来なくていいから。……葬式も伯父に頼んで、誰にも連絡しないようにいってある。死んだことを知らせないように。もし死んだという話を聞いても無視してくれ。……俺は、死んだ友人としておまえの記憶に残るのではなく、会わないだけで、いまも生きている友人と、思われていたい」
第1章 魔法と剣の世界
1 想像の世界へ降り立つ
意識を漂わせる。ただ自由に──
こうしていると想像の世界が広がる。うすぼんやりとした不安から解放される。ゆえに、この想像の世界では、すべてが自由だ。
そう、私にとって。
だからここでは私が創造神となる。ただ、語るだけでいい。この語りによって、私のリアルな意識世界が構築されていく。
そうだ、私は私自身にたいして語ろう。それこそがまた自由の源でもあるのだから。私は誰にも支配されない。されていない。私の支配者はつねに私自身、自分自身である。
さあ、これから、どこに行こうか──
ふと見やると、草原の大地に人がいる。上空から私はそれを発見した。体格のよい男が二人と華奢な少女が一人。三人が歩いている。フード付きのマントで身をつつんでいる装いから察するに、旅をしているのか。
しかしどうにも薄汚れている。長いこと旅をしてきたのだろうか。足取りはしっかりと力強いがどこか疲れているようすも垣間見える。
私は先回りをして彼らがやってくるであろう場所に降り立った。その姿は、人の形。青年の器だ。麻の質素な衣をまとい、この世界のどこにでもいるふうの純朴な若い男の格好をした。
この世界には男女の差はあっても人種の差はない。後天的に日に焼けていれば肌は黒くなっていくだろうし、そうでなければ青白くなる。勇ましければ骨格も太くなり、人によっては彫りが深く、または張り出してもくるだろうし、気が弱ければ平らな、貧弱な体つきにもなる。
私はこれといった特徴のない中肉中背の見た目あまり強そうでない男の体をつくりあげた。相手の警戒心を解くためである。
すでに私はこの世界の人間には魔力を与えていた。いや、それは、人間ばかりではない。この世の生きとし生けるものすべてにそのチャンスを与えておいた。
うまく魔力を扱える者は知性や自由を勝ち取ることに成功しているようだった。
たとえ腕力の劣る女性や子どもでも、魔力によっては屈強な男性と対等もしくはそれ以上に、戦える。筋力を鍛えるように魔力を鍛えれば、その体格差など容易に補える。ここはそんな世界となっていた。
さっそく彼らは、かなり遠くから目視で私を発見し、探知の魔法を仕掛けてきた。
魔力とは、生命体から発せられる意識そのものだ。それは人の目には見えない霧状のようなもので、その強さによっては、まるで生き物が這いずるが如く、どこまでも広がる。数百メートル先からそれが届いたということは、探知にかけては相当の使い手である。
私はこちらの力を気取られぬよう、あふれんばかりの魔力を抑えていた。この器から外に広がっていかぬよう押しとどめて、そのあいだ、この空っぽの器の中に濃厚な意識を流し込みかき混ぜていた。
そうやって記憶を捏造し、固有の人格を形成した。するとその記憶はすぐさまこの世界の時空をねじ曲げ、その瞬間に、この世界の事実となる。
個々の放つ魔力には、個別の種は当然のこと、質の差もあった。いま探りを入れんがため、私の肉体にからみついている者の魔力は、とても良質なものであった。透明感がありほとんど気配を感じさせない。これならおいそれとは気づかれないであろう。私以外になら。
良質の魔力を放つ者は善人である。意識に穢れがないから、それは透明感を保つことができる。そもそも魔力とは、魔の力であり、基本は、我欲、強欲、──ようはつまり、欲を満たすための野性的な生命力でもある。だからその力ゆえに、人は得てして、悪の道に走りやすい。
「敵意はない」
手のひらを見せるように彼らは右手を軽く挙げながら近寄ってきた。あいさつの仕草というより、武器を手にしていない、攻撃するつもりはない、という意思表示でもあるのだろう。
二人の男は同時に手を挙げていたが、後ろの少女は、男たちの仕草に気づいて慌てて手を挙げた。私はマントをはおっていないので、まさに明らかな丸腰ではあったが、私もゆるりと右手を挙げた。すると、
「近くに村か町があるのだろうか?」
いかつい大男は聞いてきた。
「あなた方はなんだろう? ただの旅人か、それとも、移民難民のたぐいか。もしくは、魔物を狩るハンター、冒険者か?」
私はすべてを知っている。知っているうえでそう聞き返した。彼らがどう反応するのか、それを見るのは自分でも思いがけなく、想像以上に新鮮で、楽しいのだ。
「ああ、我々は……」
大男は言いよどみ、隣の背の高い男を一瞥してから、
「移民だ。生活の拠点となる場所を探している」
と、私の質問に答えた。
※「第1章 Ⅱ 念話術を使いこなしている者たち」につづく
アルファポリスにて 公開中
大歳士人 神物語 つまり私が本当の神様になった世界でのお話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/799104515/686694718
第5回 次世代ファンタジーカップ 参加中
https://www.alphapolis.co.jp/novel/cup/2504
執筆の狙い
前回投稿した『神物語』に感想をいただき、お二方の感想を参考に、強調の記号を排除し、世界観の設定がわかるよう新たに「序章」を付け加えました。
先日ようやくアルファポリスにて、本1冊分の分量が完結し、自分では満足できる仕上がりになっていると思っております。予定のプロットのちょうど半分。しかし需要がなければここで終わり。それはなんとか避けたい。
チャレンジしている「次世代ファンタジーカップ」の順位も、やはり書き手ばかりが多いなか、ただ投稿しているだけでは下がってしまい、サポートしていただきたくこちらに投稿します。もしよろしければ、アルファポリスにて続きを閲覧いただけると幸いです。とくに「ボーナスタイム中」は閲覧獲得ポイントが倍増しているので、それだとなおうれしい。
アルファポリスほか、カクヨムや小説家になろうにもアカウントがありますので、そこでフォローしてくれるとフォローバックいたします。また、ご要望があれば、どうしても辛辣(誹謗中傷と言われかねない)になってしまいますので、拡散防止のためこの場にて、御作への感想も書かせていただきます。