そんなの分からんし〜
—— 特異点
「モブ夫、いつまで寝てんのよ! ほら、さっさと起きなさい」
「ここは?」いきなり蹴りを入れられ飛び起きる俺。
するとそこは、見たこともない世界だった。果たしてこれを世界と呼んでよいのかさえも分からない。色とりどり? いや、色なんてない暗闇なんだけど、不思議と莫大なエネルギーのようなものがここにはあるとわかる。理屈じゃない、うまく言葉にできないけど、そんな感じがする。
色だけではない、音とも振動ともつかない何かが俺の体を激しく震わせる。
これってひょっとして転生系ってやつ? でもさ、ふつーそういうのってRPGとかの世界や時代を反映してんじゃね?
「なに、モブが豆鉄砲食らったような顔してるのよ。本当に使えないわね」
「悪菜さん、いくら本当の事だといっても言っていいことと悪いことがあります。もっとオブラートに包んで、モ……ノブオさんに伝えないと」
できればオブラートよりも厚めのもので包んで欲しい。
「ところで君たちは? ここはどこ? 俺はなんでこんなとこに?」
「質問は一つずつよ。あんたそんなことも分からないなんてモブ丸出しね。めんどくさいから絶子お願い」
金髪ロングを赤いリボンで一つに束ねた少女が腕組みしてそっぽを向く。
「しょうがないですね」絶子と呼ばれた、おさげメガネの女の子がため息をつき続ける。
「まず私たちはあなたの従者です。敵ではありませんので安心してください」
「従者?」
「勘違いしないで、あんたみたいなモブには勿体無い超有能なお供なんだからね!」
「悪菜さんは、可愛いいのに言い方きついよね」
「ちょ、ちょっとあんた何のつもり? モブ夫から褒められても、あたしちっとも嬉しくないんだからね!」
絶子の説明に口を挟んだ悪菜は、俺をキッと睨むと、再びプイッと顔を背けた。
「特異点よ」悪菜は視線を外したままボソっと呟いた。
「特異点?」
「はぁ、あんた特異点も知らないの? どんだけモブなのよ」
「私から説明します。正確には特異点の直後ですが、そこは重要ではありません。短刀直入に言えば、モ……ノブオさんは私たちとともにこの世界を救ために召喚されたのです」
いっそモブ夫で統一してくれ。俺は必死に記憶を手繰る。たしか提出した卒論をもっと高度なテーマにしろと教授から突き返されて、それで新たなテーマで書き出したものの手に負えなくて、「あー、こんなの分からんし〜。マジめんどくせぇ、もう世界が崩壊しちまえばいいのに〜」と漏らして、それから……。記憶の糸はそこで切れた。
「モブ夫さんのその言葉が引き金になって、世界は特異点に戻ったんです。このままでは世界は崩壊したままです。私たちの力で再び世界を取り戻すのです!」
俺の心が読めるのか、言葉に出さなくともモブ夫に統一された。それにしても何故俺なんだ?
「あんたの頭、脳みその代わりに豆腐でも入ってんの? あんたには世界を作る特別な力があるのよ。あたし達はそのサポート役」
「俺にそんな力が? でも俺モブなんだろ力も弱いし」
「仰るとおりです。モブ夫さんの力はミジンコ以下です」
そこは、「そんなことありません。あなたには秘められた素晴らしい力があるんです」と否定して欲しかったのだが。
「モブ夫さんの力なんて、中瀬医師と陽子さんの愛の絆に比べたら100万倍弱いです」
「ちょ、誰だよ中瀬医師と陽子って。いくらなんでも100万倍はないだろ!」
「いいえ、事実です。この世の中は4つの基本的な力に支配されています。重力、電磁力、……」
そこまではわかる。
「中瀬医師と陽子の愛の力」
ここで急に分からなくなる。
「それとモブ夫さんの弱い力です」
「他の3つの力と戦えってことか? 一番弱い俺に何ができるってんだよ」
「はぁ? 一番弱いのは重力に決まってんでしょ? あんた一から十まで説明しないと分からないわけ?」
「そんなの分からんし〜」
「モブ夫さん、例えばポスターなんかはテープで壁に貼れますよね? テープだけで打ち破れるんです。モブ夫さんの方が遥かに強いんですが、中瀬医師と陽子さんの絆の前ではミジンコ以下です」
「どちらにしても、その中瀬医師と陽子ってやつらには勝てないんだろ?」
「馬鹿なの? なんで他の力と戦うのよ。意味わかんないんだけど、あんたは無意味なこの世界をかつていた世界に戻すのよ!」
「でも俺にどうやって」
「モブ夫さんは、弱いんですが他の3つの力にはない特別な力があるんです」
「特別な力?」
「均衡を破る力です。今のこの状態は、そうですね仮に創造主としておきますが、その手によって生み出されたものです」
「あんたも見ればわかるでしょ。飛び交うエネルギー以外何もない世界。いずれこのエネルギーは光と影のような相反する物体に形を変える。それはやがて打ち消しあって再びエネルギーに戻る」
「そして、また繰り返されるってわけか」
「そうよ。でもそんなこと、ここまで説明されたら誰でもわかることだからいい気にならないことね」
「そこで、この対称性を私たちで破るんです」
対称性という言葉に疑問を持った俺に絶子はその意味を一つずつ順を追って説明しだした。
この世には対称性というものがある。例えば右利きと左利きだ。左右対称にも関わらず、左利きは右利きに比べて圧倒的に少ない。これが対称性の破れである。この対称性を破る力が俺にはあるらしい。
「いい? モブ夫、これはパリティ対称性ブレイキングというスキル。略してPSBよ」
「そのPSBってので世界を救うのか?」
「あんた本当に飲み込み悪いわね! あんたなんかにいきなり世界を救えるわけないでしょ。PSBはその前段階。なにホイミの前にベホマズン使える気になってんの」
「いきなりそんなこと言われても分からんし〜」
「その、『分からんし〜』ってあんたの顔面くらいウザいからやめて」
「私もそう思います」
世界を救う前に誰か俺を救ってくれ。
「ではモブ夫さん、実践です。ちょうどそこに中瀬医師が歩いてます。PSBと叫んでください」
あれが中瀬医師か、よく分からんがここは黙って従おう。
「PSB!!」
すると悪菜が中瀬医師目掛けて突進する。絶子は魔法なのか悪菜をサポートする。
「べたほっ!」
スキルもクソもない悪菜の右ストレートを受け、中瀬医師が奇声をあげて顔面を歪める。あれは霊魂と人魂だろうか、中瀬医師の体から抜け出して天に召されていく。
「モブ夫さん、すごいです! 成功です!」
えっと、俺なにもしてないっていうか、やったの君たちなんだが。もしかして親父狩りして、その罪を俺にきせようってつもりじゃないよな。
「は? 何ぼそぼそ言ってんの? ほら、いくらモブでも見たらわかるでしょ」
悪菜に言われて、中瀬医師に目を向けると、知らない女の人になっていた。
「誰?」
「あれは陽子さんです」
「は? え? 理解が追いつかん。中瀬医師と陽子がくっついてんだろ? 中瀬医師をぶん殴ったら陽子になる?」
「理解する必要はありません。これがこの世界のルールです」
意味がわからないまま、俺は次のステップに進む。
「次はいよいよ、この世を変える必殺技、『CP対称性ブレイキング』です」
ベホイミとベホマとんどる。
「そんなこと言われても分からんし〜」
思わず口癖で言ってしまったが、二人の冷ややかな視線が突き刺さる。
「モブ夫さん、それ面白いと思って言ってます?」
「あたしそれ生理的に無理」
「それで、そのCPなんちゃらって?」俺はすぐさま空気の入れ替えを行う。
「先ほどの右利き左利きの話を思い出してください」
右利きの人は右手を器用に使える。一方左手は同じように使えない。向きの違いを除けば条件は左右同じはずなのに器用さの違いがある。これはCの対称性の破れを例えた話だという。
「それはどうやったらいい?」
「CPSBと叫んでください」
なんかそんな気はしてた。
「モブ夫、ぼけっとしてないで周りを見なさい」
悪菜に尻を蹴られたはずみで俺は上を見ると、そこには無数に飛び交う何かがあった。
「あれは?」
「あれこそが、マターとアンチマター。この世の無限のサイクルを作り出す原因です。このままでは、二つの物体は衝突し消滅したのちにエネルギーに戻ります」
「モブ夫、もう『分からんし〜』なんて言わせないわよ。あたしたちのCPSBでやつらの対称性を破るんだからね!」
「は? それでどうにかなるのか?」
「彼らにCPSBを使えば、大部分はエネルギーに戻るものの、わずかながら残滓が発生します。それが、モブ夫さんが元々いた世界の種となるんです!」
「俺は元の世界に戻れるのか?」
「そんなことはさせん!」
「誰だ!」不気味な声が頭に響くが声の主は姿を表さない。
「創造主です!」
「この声が?」
「いかにも。我はこの秩序ある均整のとれた世界の創造主。すべてが過不足なく、美しく、一糸乱れぬ完璧なサイクルを繰り返す。これこそが理想の世界なのだ!」
「違うわ! こんな進歩も何もない、むっちゃコミックのドロドロ恋愛漫画の広告を繰り返し見せられるような世界なんて間違ってる!」
悪菜の主張はなんだかよく分からん。
「いいか、ノブオよ。お前たちがやろうとしていることはこの完璧な世界を崩壊させ、カオスな世界を作り出すだけだ。考えてみろ、卒論のない世界、素晴らしいと思わないか?」
俺をちゃんとノブオと呼んでくれるし、卒論のない世界。それは魅力的だ。
「ノブオさん! 騙されてはダメです! こんな何も生み出さない、どれ読んでも金太郎飴みたいな転生系マンガさながらの世界なんて面白くないじゃないですか?」
今頃名前で呼んでも遅い。
「あんた、チューしたことすらないまま、こんな世界で生き続けたいの? 元の世界に戻すことができれば、チューだけじゃない展開も見込め……ないとは思うけど、お店でしたらいいじゃない!」
そこは嘘でもモテモテとか言ってくれ。でも、確かにそれはそうだ。いや、俺だけの問題じゃない。この均衡を破らなければ、かつての世界は消滅したまま。俺はどうしたらいい? 永久機関のように完璧なサイクルが正義なのか、だとしたら俺たちのいた世界は不均一なカオス、でも俺は、……。
「モブ夫、しっかりしなさい! 早くしないとマターとアンチマターが衝突するわよ!」
「世界をとり戻してください! モブ夫さん!」
モブ夫に戻っとる。もうマターとアンチマターは衝突寸前。迷っている時間はない。
「ええい、くそっ! CPSB!!」
俺の叫びに悪菜と絶子は力を合わせてその衝突に介入する。
「モブ夫! そんなんじゃパワーが足りないわ! もっと心の底から叫びなさい!」
「CPSB!!」
「まだ足りません! 私のサポートだけでは破れそうにありません! モブ夫さん、頑張って!」
「ノブオ! 無駄だ諦めろ。弱い力のお前にこの世を変えることなどできん!」
「ああ、確かに俺は弱いよ。だがな、俺にも意地ってもんがある。そんなのやってみないと分からんし〜! くらえ! CPSB!!」
「ば、馬鹿な」創造主の声が絶望に変わる。
刹那、あたりは大爆発に包まれ、飛び交うエネルギーが収束すると星々が散らばる宇宙空間へと姿を変えた。
「すごいです! とうとうやりました!」
「あたしたちがついてるんだからこれくらいやってくれないと困るけどね。でも、……」
「よくやったわね、ノブオ」
悪菜の声を最後に俺は意識を失った。
—— 現世
「ご要望にお応えして、以上のように『CP対称性の破れ』を優しく転生系のストーリーに例えました。以下補足解説いたします」ChatAIが解説を続ける。
この世界の基本的な力は、強い力、電磁力、弱い力、重力の4つに分類されます。弱い力は重力より遥かに強いのですが、素粒子レベルのミクロな範囲でしか働きません。弱い力はWボソン、Zボソンを従えます。作中の悪菜はW、絶子はZボソンです。
また、中瀬医師は中性子、陽子は《ヨウシ》を意味します。原子核は陽子と中性子の集まりです。陽子は+の電荷を帯びているので陽子だけでは反発しあい核をなしません。しかし、そこに中性子が加わると陽子との間に強い力が発生し、陽子の塊を作るのです。
中性子は単体だと非常に不安定で、それを安定させようと弱い力が発生します。それは電子とニュートリノを放出させ陽子に変化させます。つまり、中性子は陽子に電子とニュートリノを合わせたものです。作中の霊魂と人魂は電子とニュートリノの比喩でしたがいかがでしたでしょうか。この現象をベータ崩壊というのですが、中瀬医師の奇声「べたほっ!」に取り入れてみました。
もし、CP対称性の破れが存在しない場合、エネルギーは物質(マター)と、同量の反物質(アンチマター)となり、お互い打ち消しあって再びエネルギーに戻ります。そしてまた同じサイクルが永遠に繰り返されるのです。
この弱い力がCP対称性を破ったことで、本来全てエネルギーに戻るはずだった物の一部が変換されずに物質として残ったのです。つまり全宇宙に存在するあらゆるものはその残滓なのです! 弱い力のおかげで宇宙が存在していると言っても過言ではありません。
いかがでしたでしょうか? 追加の質問があればなんでも聞いてくださいね!
卒論で行き詰まってChatAIに救いの手を求めた俺。最近のAIってすごい。でも、なんて言うのかな。
「こんなストーリーをそのまま卒論には使えないな」
俺はこのいい加減なストーリーをベータ崩壊させるところで手こずっている。
了
執筆の狙い
タイトル長すぎて入りませんでした
『転生したらモブになってた俺、世界を救いたきゃCPなんちゃらを破れだって?そんなのわからんし〜』
です。
GOAT2エントリー作品。敬愛するラノベ作家の先生に触発され初めて書いた異世界もの。
科学的な知見はChatGPT先生監修です。
さて、monogataryについてちょっと。
一番書くべきはコンテスト向けのSPECIALお題。受賞がどうこうと言う話ではなく長期間話題になりやすい。
あとは当日のお題。基本的に過去お題掘り起こして書くのは無意味。「新着投稿」というようなものはないので通常誰の目にも止まらない。
書くべきは毎日正午に発表される当日のお題。こちらは新着のコーナーがあるのでPV0でも誰かの視界には入る。
理想的には12:00〜21:00(18:00までがベスト)に投稿。3の倍数時ごとに直近3時間のPVを集計し反映したのがHOTランキング。17:00に投稿し、幾つかPV得られれば18:00頃更新のHOTに上がり読まれやすくなる。
日付変わるとほぼ無意味