作家でごはん!鍛練場

幽霊クラブ

 集合時間より大幅に前に来てしまうのは私の昔からの癖で、上野駅。普段はあまり来ない駅だった。不安なのである。知らない場所が集合場所だと、万が一思っていたところと違っていたら大変だという心理が働き、検索で出る時間よりもかなり前に家を出てしまう。当然、特にトラブルもなく目的地に辿り着けるのがほとんどで、今日もけっきょく、集合時間より一時間も前に目的地に着いてしまった。
 手持ち無沙汰で、喫茶店にでも入ろうかと思ったが、そうなると中途半端な時間だった。集合時間ぎりぎりに現れるというのは、周りの目が気になって抵抗がある。それで、ダメ元で集合場所へ行ってみると、意外にももうバスは来ていた。「幽霊クラブ御一行様」と書かれたプレートがフロントに掲げられた白色の観光バス。油断して欠伸をしていたバスガイドさんに、もう乗っていていいですか? と声を掛けると、取り繕いつつ涙目で、どうぞどうぞ、とOKをもらえた。
 時間的に当たり前と言えば当たり前だが、バスの中には誰もいなかった。私が一番だった。後ろから三番目の窓際の席に腰を掛け、コンビニで買ったペットボトルの水を飲んだ。まだ冷たくて、脳までキンとする。窓から見下ろす上野駅前の様子はいつか見た働き蟻の巣の映像のようで、土曜日の朝だというのにみんな慌ただしく行き来していた。
 二十分が経ったが、それでもまだ集合時間には遠かった。誰も乗って来なかった。そもそも、本当に誰か来るのだろうか? と心配になった。こんな怪しいイベントに参加するのはもしかしたら私くらいなのではないかと不安になった。
 「幽霊クラブ」という怪しい差出人からSNSを通じてDMが来たのは、祥子さんが家を出てから一ヶ月が経つ頃のことだった。私はその時スーパーで買い物をしていて、ちょうど生鮮食品を物色し終え、冷凍食品のコーナーへ移るタイミングだった。数年前までは当たり前だった一人分の買い物の分量をすっかり忘れてしまっていたという事実。閉店間際の割引シールで得した気持ちもどこか浮かない。二日もあれば空いていたボトルのワインも、一人だと思っていた以上に減らなかった。そんな生活のあれこれにいちいち躓き、上手く前進できない頃だった。
 幽霊クラブという名に心当たりは無かった。怪しいサイトを覗いたり、スパムメールを開いたりした記憶も無い。その名で検索してみても何もヒットしなかった。単なるイタズラか、それとも不当な金銭を要求してくるような悪質なトラップか、警戒しながらメッセージを開くと、それは一泊二日のバスツアーへの招待だった。
 怪しさは拭えない。しかしメッセージ上の宛名は確かに私の名前を示していた。集合時間や場所の説明も具体的で、個人情報保護の同意等、申し込みフォームもきちんとしていた。イタズラにしては手が込み過ぎている。何より一番驚いたのは一泊二日で宿泊食事込み二千円という破格の安さだった。
 家に帰ると当たり前のように今日も部屋は暗く、スイッチを付けて見かけだけ明るくしても物足りなさが浮き彫りになるだけで心は暗かった。コンロの鍋には一昨日作ったスープがそのままで、蓋を開けると蜘蛛の巣のようなものが表面を覆っていて、見た目だけでなく確かな悪臭を放ち、腐っているのはどう見ても明白だった。たまに、作り過ぎてしまう夜がまだあった。疲れていて、買い物はしたものの料理をする気にはならず、冷凍庫にあったアイスバーを齧って案の定頭が痛くなり、辛くなる。
 もう一度、幽霊クラブからのDMを見る。行き先についての記載は無かったが、都内からバスでの一泊二日なのでそう遠くまでは行かないのだろう。日付は再来週の週末だった。一カ月経っても一人でいる週末は辛かった。辛い気持ちになるくらいなら騙された方がまだマシだと思い、私はその怪しいツアーに申し込んだ。
 集合時間の十分前くらいからバラバラとバスに人が乗って来た。私以外にも参加者がいることに安心して水を飲む。来る途中に駅のコンビニで買った水は、早くもぬるくなっていた。私がぎゅっと握りしめていたからだ。水筒を持ってくれば良かった。ぬるくなった飲み物は、私はあまり好きではない。
 そこまで混んではいないのに女の人が私の隣に座った。
「朝早いよね」
 突然のことで、初めは自分に話しかけられているのだと気が付かなかった。
「ですかね」
 と言いつつ、バスツアーってだいたいそうだろうとも思った。
「お名前は?」
「石山美奈子です」
「私、山根。山根沙耶香。山って一緒だね」
 そうですね、と言いつつ、「山」が被るなんてそんなに珍しいことでもない。山根さんがにやにやと笑うので、これがそういうジョークなのだったと、ワンテンポ遅れて気付き、私も合わせて笑った。
「歳は、いくつ?」
「二十九歳です」
「若いわね。私は四十三歳よ」
 偶然にも祥子さんと同い年だった。でもそれだけで、他は何も似ていなかった。小柄な祥子さんに対して山根さんは大柄な女性で、仕立ての良い花柄のワンピースを着ていた。肩までの黒髪。からからと鈴のように笑う女性だった。
 やがて時間になりバスが走り出す。バスガイドさんが前に立ち、この度は幽霊クラブのバスツアーに御参加いただきありがとうございます、と簡単な挨拶をしたが、幽霊クラブとはいったい何なのか? という一番の謎についての言及は無かった。バスは上野駅から昭和通りに出て、すぐに首都高に乗った。窓の外は単調になり、気付いたら山根さんはかくんと俯いて眠っていた。疲れているように見えた。基本的には皆ばらけて座っていたので車内は会話も無く静かで、バスのエンジンの音だけがはっきりと聞こえた。少し身体を起こして周りを見てみる。バスガイドさん以外に私を含めて九人の乗客がいた。それがツアーとして適量人数なのか少ないのかは分からないが、バスの座席的にはまだかなり余裕があった。もしかしたら途中から追加で何人か乗ってくるのかもしれない。スケジュールも含めて全てが謎なので、どんなケースも有り得る。
 高速道路をどれくらい行ったか、普段、車の運転をしない私は簡単に現在位置を失った。聞いたことの無いパーキングエリアで少しだけ休憩をして、同じく聞いたことの無い降り口で降りた。たどり着いた先はどこかの岬だった。
 聞き覚えの無い名前の岬だったが、ちょっとした観光スポットではあるようで、駐車場には同じような観光バスが何台か停まっていて、周辺にはいくつか露店も出ていた。お疲れ様でした、とバスガイドさんが運転席の隣から久しぶりに顔を出し、今からここで二時間の自由時間になるります、と告げた。山根さんはまだ眠っていた。肩をトントンと叩き、起こすと、やだ、すっかり寝てた、と恥ずかしそうに笑った。その流れで二人一緒にバスを出た。
「とりあえず岬の方へ行ってみる?」
 山根さんの言葉に頷く。並んで歩くと山根さんは私より頭一つ分背が高かった。
 岬は思っていたよりもずっとしっかりしたもので、切り立った崖はかなりの迫力があった。端まで行って下を見下ろすと、波間はずっと遠く、岩に打ちつける躍動感は本物だった。ここから落ちたら死にますね、と分かりきったことを言葉にして再確認する。
「こういうところでお菓子とか食べたらトンビに持って行かれそうよね」
 山根さんは風を読むような口ぶりで言った。
「何か食べ物を持ってるんですか」
「いや、持ってないけど」
 私もペットボトルの水しか持っていなかった。すっかりぬるくなってしまったペットボトルの水。多分、トンビも取らない。要らない。しばらく二人で岬に立ち海を見ていたが、退屈になって露店が立ち並ぶエリアへ行った。
 露店エリアには小規模なお祭りくらいの露店が並んでいた。
「十円パンって十円じゃないのね」
「あぁ」
 言われて少し先に十円パンの看板を見つける。食べたことは無いが、ベビーカステラの生地の中にチーズが入っているやつだ。
「まぁ、十円は安過ぎますよね」
「価格高騰だね」
 多分、高騰する前でも十円は無理だったと思う。
「十円パン、食べますか?」
「いや、やめとくわ」
 それで私達はフランクフルトと唐揚げを食べた。意外とボリュームがあり、二人ともすぐにお腹いっぱいになってしまった。お腹がいっぱいになると露店エリアでやることなど何も無かった。射的や金魚すくいもあったが、今日知り合ったばかりの女二人でやることではなかった。
 缶コーヒーを買って岬の入り口にあるベンチに腰掛けた。同じように暇を持て余している人が多いのか、いくつかあるベンチはそのほとんどが埋まっていた。まだ一時間くらい時間あるね、と言って山根さんは缶コーヒーを開けた。その時初めて山根さんの左手の薬指に指輪があることに気付いた。
「ご結婚されてるんですね」
「あぁ、まぁね。四十三だしね」
「お子さんもいらっしゃるんですか?」
「うん、娘が。今高二と中二だね」
 意外と大きくて驚いた。四十三歳でそれくらいの子供がいるのは普通なのか。私は祥子さんしか知らないから分からない。少なくとも祥子さんに高二と中二の子供がいるなんて、とても想像がつかなかった。

 長浜祥子さんは元々は勤め先の先輩だった。
 私は大学を卒業後、都内にある健診センターに事務員として就職した。入社当初は問診票や結果通知を作成をする部署に所属していて、祥子さんは隣の予約受付の部署にいた。部署が違ったので話すことはほとんどなかったが、私は早いタイミングで祥子さんのことを認識していた。十四歳も歳上な祥子さんは、当時もう三十代半ばで、すっかりベテランだった。目立つタイプの人ではなかったが、淡々と仕事をする姿が何となく目を引いた。
 ちゃんと話をしたのはそれから三年も先だった。予約の部署の野口さん主催の沖縄女子旅行に私も招待され、そのメンバーの中に祥子さんもいた。普段、祥子さんは全体の歓迎会や忘年会にもあまり来ない人だったので、旅行に来ると聞いた時は意外で驚いた。でも別にそれだけだった。その時はまだ、祥子さんに対して特別な思いはなかった。
 集合場所の空港ロビーに祥子さんは一番最後に現れた。搭乗時間ギリギリで、野口さんは少し怒っていた。石山さんなんて二時間も前に来てたんですからね、と祥子さんを咎めると、二時間? と、祥子さんは私を見て少し笑った。
 その旅行のメンバーは、野口さんと祥子さんと、二人と同じ所属で私と同期入社の逆瀬さんと私の四人だった。那覇空港でレンタカーを借り、アメリカンビレッジに移動した。しばらくぶらぶらした後、座喜味城跡を観光した。道中は、何となく野口さんと祥子さん、逆瀬さんと私で分かれていて、野口さんと祥子さんに特に仲が良いイメージは無かったのだが、その日の感じからして、親しい二人だったのだなと思っていた。
 夜は四人で海辺のホテルに泊まった。レストランでもたくさんお酒を飲んだが、部屋でもまだ飲んだ。当時の私はそこまでお酒に強くなかったが、旅行による高揚か、いつもよりもたくさん飲めた。私以外の三人は元々お酒が好きで、私からしたらちょっと理解できないくらいの量を飲んでいた。酔っ払って笑った。祥子さんも事務所での雰囲気とは違って、こんなに笑う人なのだと初めて知った。
 明け方にふと目が覚めた。まだ空は暗く、スマホを見ると午前四時過ぎだった。私は逆瀬さんのベッドで眠っていた。逆瀬さんは祥子さんのベッドで野口さんと眠っていて、祥子さんは野口さんのベッドで眠っていた。一つも合っていなくて笑えた。トイレに行き、そのまま何となく外に出て海岸まで歩いた。薄暗く透き通った空の下、色の濃い波が砂浜に寄せては返す。それは私の日常からは掛け離れた景色だった。遠くまで来たのだな、と今更ながら実感した。
 働き出してから三年が経ち、我ながら順調に日々をこなしていた。勉強とか恋愛とか、学生時代の方がもっと悩んで、上手くいっていなかった気がする。今はずっとシンプルで、やらなければならないことをただやっていればとりあえずは問題なく生きていられた。それは淡々とした生活ではあったが、不自由は無かった。人間の暮らしの皮を剥いていくと、こういう生活が核として在るのではないか。完璧過ぎることもなく、不十分過ぎるわけでもなく、知らない英単語は周りの文脈から何となく想像して生きていくくらいがちょうど良いと思っていた。
 オレンジジュースをトマトジュースで煮詰めたような鮮やかな色の太陽が水平線から少しずつ顔を出し、圧倒的な熱量を放つ。海景色がだんだんと明るくなる。何してんの、と後ろから声を掛けられ、振り返ると全身に朝日を受けた祥子さんが立っていた。
「おはようございます」
 少し驚きはしたが、いたって普通の挨拶が出た。
「随分早起きじゃない」
「長浜さんこそ」
 その頃はまだ長浜さんと呼んでいた。やがて祥子さんに変わったが、「さん」だけは照れ臭くて外せなかった。祥子さんは黒のTシャツにハーフパンツ、グレーのキャップを被っていた。私の隣に座ってポケットから取り出した煙草に火をつけた。
「何時に寝ても朝はこれくらいの時間に目が覚めちゃうの。私、もうおばあちゃんだから」
「何言ってるんですか」
 笑うところだと思って笑った。
「何か頭痛い。飲み過ぎだね。石山、お酒残ってないの?」
「大丈夫ですね。気持ち悪いとかは無いです」
「へぇ、意外とお酒強いのね」
「そんなことないですよ。普段全然飲まないですし、長浜さん達に比べたら全然飲んでないですし」
「でも素質あるよ」
 祥子さんはにやりと笑って言った。その言葉の通り、私は今ではそれなりにお酒を飲める女になっていた。
「あんまりこんな機会無いんで楽しいですね」
「そう?」
 祥子さんは無表情で煙を吐いて言った。もう酔いは覚めたのか、いつも通りの祥子さんだった。
「楽しくないですか?」
「そうは言わないけど。まぁ。でもちょっと巻き込んでしまってる感はあるよね」
「巻き込むって、何がですか?」
 理解できないでいると、祥子さんは悪戯っぽい顔を私に近付けた。
「ね、あなた口固い? ちょっと内緒話していい?」
 大丈夫ですよ、と実際私は本当に口が固いタイプだった。言わないで、と言われたことは言わないで生きてきた。
「私、野口と付き合ってんの」
「えっ」
 頭が混乱した。だって、野口さんは女だし、と言いそうになって止めた。別に、そういうことだってある。しかし驚いた。
 でももう別れるんだよね、と混乱する私をよそに祥子さんは話を続けた。
「別れるっていうか、もう別れたのかな? まだはっきりとしてはいないけど、昨日ね。座喜味城跡でもう一緒にはいれないって話した」
「そうなんですか」
「そもそもここ数ヶ月上手くいってなかったのよ。私が一方的に無視してた感はあるけどね」
 太陽はもう水平線から半分以上顔を出していた。遠くから向かってくる波の形がちゃんと見える。沖縄っぽい生温い風。砂浜で弾ける波の終わりはサイダーのようで、私は妙にくっきりと野口さんの顔や仕草を思い出していた。
「そんなの全然気付かなかったです」
「まぁ、元々事務所ではあんまり話してなかったからね。今回の旅行は私とちゃんと話すために野口が企画したのよ。私が二人は嫌だって言ったから、逆瀬とあなたも誘ったのよね」
「そういう旅行だったんですね」
 祥子さんが来たことはなかったが、こういうイベントは今までもたまにあったし、そんな裏側にはまったく気付いていなかった。
「だからごめんね、巻き込んじゃって」
「飲み会も、あんなに楽しそうだったのに」
「あぁ、でも野口は途中でちょっと泣いてたよ」
「え、全然気付かなかったです」
「こっそりね。トイレから戻ってきた様子で分かったよ。あの子、泣いてたんだって」
「へぇ」
 二人は本当に恋人同士だったのだなと思った。
「まぁ、全部終わったよ。多分。終わるしか選択肢は無いし。野口は近々仕事も辞めると思う」
「それで良かったんですか?」
 祥子さんは少し考えるような表情で煙を吐き、良かったとか良くなかったとか考えてたら生きられなくない? と言った。私にはよく分からない答えだった。
「まぁ、いざとなるといろいろ考えることはあるね。でもこうするしかなかったのも事実」
「そうなんですね」
 それ以上は何も聞かなかったし、祥子さんも何も言わなかった。話を聞いたとしてもそれは多分ただの言葉で、実際の二人のことは半分も理解できないだろうなと思った。私達は明けていく沖縄の海に足をつけて浅瀬を歩いた。波音は心地良く、この時間がそれこそ寄せては返す波のように永遠に続くのではないかという気持ちになった。どれくらいの時間が経ったのだろうか、きっかけはどちらからかは分からないが、無意識のうちに手を繋いでいた。キスしようよ、と祥子さんはキャップを取って言った。私は頷いて、それに応じた。キスは生命の味がした。生き物と生き物だと思った。女の人とキスをするのは初めてだった。男の人とだってかなり遠い記憶だ。
 旅行から帰った二週間後に野口さんは仕事を辞めた。表向きは家庭の事情という理由だったが、祥子さんとのことが原因なのは、あの日以降の野口さんの顔を見ていたら明らかだった。二人の関係を知っているのは多分私だけで、もちろん誰にも言わなかった。
 それから三ヶ月後に祥子さんも仕事を辞めた。一緒に暮らし出したのはそれからさらに三ヶ月後だった。

 缶コーヒーを飲み終えてもまだ時間は余っていた。この場所に二時間という設定は長過ぎる。もう一度岬の方へ行ってみた。少し風が強くなっていて、私も山根さんも髪を後ろで括った。制服を着た中学生くらいの女の子がいた。すらっと背の高い細身の女の子だった。彼女も確か同じバスに乗っていた。ということは幽霊クラブのメンバーなのだろう。暗い顔をしていて、飛び降りてしまうのではないかと心配になったが、しばらくすると露店エリアの方に歩いて行った。
「何かあったの?」
 山根さんの言葉にはっとする。
「何でですか?」
「いや、何か暗い顔してるから」
「暗いですか?」
「暗いね」
 そう言って山根さんは笑う。私も暗い顔をしていたのか、とそれは少し意外だった。確かに辛いことはあったが、顔には出ていないと思っていた。毎日見ているから変化に気づかなかったのか。誰かからそんなことを言われるのも初めてだった。それで私は初めて祥子さんのことを人に話した。

 祥子さんが出て行ったのは何の変哲も無い春と夏の間の日だった。一緒に暮らし初めて四年という月日が経っていた。私としては変わらない日々を送っていたつもりだったが、祥子さんにとっては違ったのかもしれない。今にしてそう思うと心苦しかった。
 何か理由があるのでは、と振り返ると、小さな引っ掛かりくらいは幾つか浮かんだが、どれも決定打には欠け、けっきょくのところ何度も0に戻った。祥子さんが出て行ってからしばらくは梅雨も明けたのに雨の日が続いた。気持ちにも、空にも、分厚い灰色の雲がかかっていて、思い返すととにかく薄暗かった印象しかない。
 祥子さんがいなくなる三日前に、珍しく外でお酒を飲んだ。あの日、私は仕事帰りにスーパーで買い物をしていた。夕飯にカレーを作ろうと思い、野菜やお肉をカゴに入れ、立ち並ぶカレールーのパッケージの前で迷っていた。
 別のルーを二つ混ぜて作ると、組み合わせによっては神がかって美味しくなるらしいよ、と耳元で囁かれ、振り向くと祥子さんが立っていた。
「何してるんですか?」
 祥子さんがスーパーにいるなんて珍しかったからちょっと驚いた。
「スーパーに入る後ろ姿を見たからついてきた」
 そう言って祥子さんは悪戯っぽく笑う。
「ずっと後をつけてたんですか?」
 ちょっと恥ずかしい。
「うん。石山、全然気づかないんだもん」
 勝ち誇った祥子さんの笑顔についつい笑ってしまう。祥子さんはあの沖縄の朝から何も変わらない。変わらず私のことを苗字で石山と呼んでいた。今は商工会議所で検定関係の仕事をしていた。帰りが遅くなる日も多く、夕飯を一緒に食べるのは週に一、二回だった。帰り道に偶然会うというのはかなり珍しことだった。
 カレーの用意(ルーは、けっきょく二つ買った)を買ってスーパーの外に出ると、暑くもなく寒くもない東京の良い季節の夜だった。
「やっぱりさ、今日はどこか飲みに行かない?」
 祥子さんが少し鼻を啜って、言う。
「でもお肉買っちゃいましたよ。早く冷蔵庫に入れないと悪くなっちゃう。卵も、冷凍食品もありますし」
「いいじゃない。それはそれ」
 食べ物を無駄にしていい理由など一つも無いはずなのだが、こうなると祥子さんはもう話を聞かないということも知っていた。私がどう正論を積み上げても無駄だろう。帰り道を逸れて適当に目についた居酒屋に入る。スーパーの買い物袋を手に居酒屋に入る人も珍しいだろうなぁ、なんて思いながら生ビールと串焼きの盛り合わせを注文した。祥子さんと暮らしてからいろいろなお酒を飲めるようになったが、やっぱり一番はビールだった。
 仕事のことだとか、昔のことだとか、今思えばあの夜はいろいろな話をした。それは珍しいことだった。楽しかった。スーパーの袋の中で悪くなっていく食材のことなんてすぐに忘れた。
 私は、ずっと一緒だと思っていた。でもそんな保証は一つも無かった。今にして思えば当然のことなのだが、悪いことなんて考えなかった。
 あの日、私は久しぶりに祥子さんに抱かれた。明確な立ち位置は決めていなかったから、人から見れば私が抱いたようにも見えるかもしれない。交わった。ダブルベッドで絡まり合った。側から見たら無様な行為だったとしても、私達からしたらそれは世界そのものだった。砂丘のような白い肌の上にある小粒の梅干しのような乳首が生々しくて、可愛かった。祥子さんにだったら何をされてもいいと思った。
 それから三日間は、祥子さんにとっていったいどういう時間だったのだろうか。私は、いつも通りに仕事に出て、祥子さんに構うでもなかった。そして彼女はいなくなった。突然のことで、すぐには自分の中で整理ができなかった。祥子さんがふらりと家を空けることは過去にも何度かあった。しかし行き先を言わないことは一度も無かった。
 部屋はそのままだった。特に何かがなくなった印象は無かったが、祥子さんがここに戻ることはもう無いだろうと、私は直感的に思っていた。私は私なりに祥子さんのことを知っていた。いろいろな祥子さんを見て、分かってきたつもりだ。
 そして予想通り祥子さんは帰って来なかった。当たってほしくない予想ほど当たってしまうのは何故なのだろう。LINEも既読にならない。電話を掛けてもコール音すらしないので、もしかしたらもうスマホ自体が解約されているのかもしれなかった。二週間が過ぎる頃、一度職場に電話を掛けてみた。大方予想はしていたが、やはり祥子さんは仕事を辞めていた。電話口の人は申し訳なさそうに私にその事実を伝えた。これで祥子さんに通じる道は完全に途絶えた。
 山根さんは、うんうんと頷きながら私の話を聞いた。諦めたつもりだったけど今でも帰ってきてほしいと思ってる、と正直な言葉を口にしてしまうと、自分が壊れてしまったのかと思うほど涙が溢れて落ちた。山根さんは、分かる分かるよ、と私を優しく慰めてくれた。たとえ分かってくれていなくとも聞いてくれただけで嬉しかった。もし本当に分かってくれたのなら、それは本当に嬉しいことだった。
 長かった二時間の自由時間も残すところあと十分だった。私はトイレで顔を洗い、入り口で待ってくれていた山根さんとバスの方へ歩いて行く。
「泣いたらちょっと身体が軽くなるよね」
 山根さんが思いやりの目で私を見て言う。
「そんな気がします」
「実際の重さでいうと絶対大した量じゃないのに不思議だね」
「気持ちの重さ、というものがあるのでしょうか」
「気持ちに物理的な重さはないはずだけど」
 ですよねぇ、と私は苦笑いを浮かべる。自分で言っていて恥ずかしくなった。
「でも、そうじゃないと説明できないよね」
 バスの前にバスガイドさんが立ち、旗を振っていた。乗り口のところでadidasのジャージを着た女の人とタイミングが合ってしまい、先を譲る。再び元いた座席に山根さんと並んで座った。バスガイドさんが人数を数え、納得したような顔で前方に戻って行く。しばらくするとバスがゆっくりと動き出した。


 岬での二時間はほとんどベンチに座って寝ていた。退屈だった。だからバスが出発した時にはほっとした。昨日のオーバーワーク気味の自主トレの反動が来ている。今日明日とトレーニングができないからと思い、少し無理をした。あんなにベンチで寝たのにバスに揺られているとまたうとうとと睡魔が向こうの方からやってきた。自分の中から生まれてきたとは思えないくらい巨大な睡眠欲に驚く。疲れていた。最近は毎日そうだった。へとへとになるまで動いて、死んだように眠る日々だった。難しいこと抜きで、それが一番楽だと気がついた。ある意味生物としては正しいのかもしれないが、この時代の人間らしくはない。
 少し暑くなってきたのでジャージを脱ぐ。adidasのジャージは実業団から支給されたもので、腕の予防接種を打つ辺りの位置に「瑞稀玲奈」と私の名前が赤字で刺繍してある。
 耳に差し込んだワイヤレスイヤホンからは音楽。最近は主にHIPHOPを聴いていた。Creepy NutsとかちゃんみなとかKOHH(今は千葉雄喜か)とか、古いものならRHYMESTERとかRIP SLYMEとか。言葉の洪水に身を委ねると何も考えなくて済むから楽だった。
 窓の外を台風の日の川みたいな勢いで緑が流れていく。いったい今どこを走っているのだろう。Googleマップで現在地を調べればすぐに分かるのだが、アプリを立ち上げるエネルギーを使うほどの興味は無かった。窓硝子に薄っすらと映る自分と至近距離で目が合う。何の関係も無いのに雄大くんの顔がふっと浮かんだ。私は慌てて音楽の音量を上げ、流れ出すリリックに自分の現実を深く埋めた。
 フロウに身を任せて目を瞑っていたら、また眠っていた。不意に音楽の輪郭を揺さぶられるような感覚を覚えた。ターンテーブルを擦って音を揺さぶるような、そんな感覚。でも実際に揺さぶられているのは私の身体で、目を開けると、私と同じくらいの年頃の女の人が私の肩を揺さぶっていた。
「着いたみたいですよ」
 いつの間にかバスは停まっていて、私はイヤホンを耳から外し、すみません、と女の人に謝った。彼女は軽く礼をして、四十代くらいの女の人と二人でバスを降りて行った。もう友達になったのだろうか? そういうコミュニケーション能力は自分には無いので驚く。バスを降りると既にみんな集まっていて、その中心にバスガイドさんがいた。ここでまた二時間の自由時間となります、と声を張っていた。寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、どこかのショッピングモールの屋外駐車場だった。何故、ショッピングモール? と思ったのは私だけではないようで、何人かが苦笑いを浮かべていた。
 バスガイドさんの話が終わると、皆各々ばらけてショッピングモールの中に入って行った。私も続いて入る。ショッピングモールの中は思っていた以上に冷房が効いていて、私は再びジャージを羽織った。本当にどこにでもある郊外型のショッピングモールだった。何故ここをスポットに選んだのか、考えてもその理由が一つも浮かばなかった。しかしまぁ、一泊二日で宿泊食事込み二千円なので文句は言えない。
 どこに居てても何をしてても、雄大くんのお母さんから訴えられている、という事実は、油断したら私の心に闇を落とした。どんなにリリックの奥に埋めても、それは必ず這い上がってくる。逃げることはできないし、逃げるつもりも無いが、できれば必要な時以外は考えたくなかった。

 小学校低学年向けのサッカークラブで私はもう四年もコーチをしている。もちろんそんなものになりたいと思っての結果ではなかった。
 三つ上の兄の影響で小学校低学年からサッカーを始めた。中学高校ではクラブチームで割と良いところまで行き、大学へはスポーツ特待で進学した。全国大会ベスト4という成績を残し四回生で部活を引退後、地元を離れて都内にある有名実業団に入った。本気でテレビの中を駆け回るようなサッカー選手を目指した。実際、二十四、五歳の頃はあと一歩で代表というところまで行ったが掴みきれず、けっきょく二十九歳になった今も私は無名のサッカー選手のままだった。
 二十代後半に差し掛かってから代表の背中が遠ざかりつつあることは、はっきりと感じていた。多分もうダメだろうということも自分では分かっていた。でもサッカーを辞められなかった。レベルを落として入り直した実業団と経験を活かしたサッカークラブのコーチ。それはもはや惰性でしかなかった。サッカーしかできないからサッカーに縋りついているだけだった。
 うちのサッカークラブはけっして強いチームではなかった。というより、はっきり言ってどうしようもないくらいに弱かった。仲良しこよしでわいわいやろうというのがコンセプトで、コーチも私以外の三人は現役の幼稚園の先生だった。私が経験してきたサッカーとは違う、厳しい練習や体育会系の気質は無しで、のびのびと運動をさせることだけを目的とした実に令和的なクラブだった。私だって本当はもっとしっかりとしたチームでコーチをしたいという気持ちはあった。しかし、そんな令和気質が関係しているのかは分からないが、他のサッカークラブより給料は良かった。それがいつまでもこのクラブのコーチを辞められない理由の一つであるのは確かで、本当に情け無い話だと我ながら思う。
 そんなチームなので、当然他のクラブチームとの試合ではボコボコにされた。ラグビーのように馬鹿みたいにボールに集まり、パス回しも何も無い。少し離れたところに上手いパスを出されると、すぐに対応できなくなり得点される。毎回毎回進歩が無かった。そんな調子だから少し上手な子が入ってもすぐに辞めてしまった。どうしようもない悪循環に腹が立った。我慢できずに声を荒げた時もあったが、それでも彼等はどこかヘラヘラしていて、何なら他のコーチ達も、瑞稀コーチは厳しいなぁ、何て笑っていて理解に苦しんだ(本当に幼稚園の先生なのかというくらいにチャラチャラして、事あるごとに食事に誘ってくるような人もいた)。惰性とは言え、私はまだサッカーに対して捨てられない部分がある。酒井雄大くんはそんな私がコーチをするクラブの小学校三年生の男の子だった。

 ショッピングモール内をうろうろして、やはりスポーツショップにだけは目が行く。上下のアンダーアーマー、ソックス。そういえばシューズもかなりボロになっていた。ついつい引き寄せられて試着する。水色のサッカーシューズだった。このモデルは今人気ですよ、と店員さんに乗せられて買いたい気持ちになるが、旅行中に買ってしまったら荷物になるし、何だかんだネットで買った方が安いのでやめておいた。
 女子らしい服、季節の服みたいなものはもう長らく着ていない。二十五、六歳の頃に付き合っていた人から、ゴリラみたい(笑)と筋肉質な身体を揶揄われてから何となく抵抗があった(トラウマとまではいかないが、別れてからかなりの時間が経った今でも嫌な思い出だった)。休日もだいたい実業団のジャージを着ていた。可愛い服は可愛い。だけど私は可愛くない。それだけだ。
 喉が乾いたので自動販売機でジュースを買って歩きながら飲む。甘ったるいりんご味の向こうに立っているのはやはり雄大くんで、またHIPHOPを耳に押し込んで蓋をする。初期のDragon Ashは完全にラップ。kjはミクスチャーロックとよく言うが。でもHIPHOP music it's my everythingって歌っている。だからこれはHIPHOPだ。my everythingってすごいな。自分の全て。でも後に有名ラッパーからdisを受けて以降は良くも悪くも音楽の感じが変わった。強い批判を受けたら人は変わるのか。好きなものも変わるのか。私はできれば変わりたくない。お風呂の中の終わらないしりとりのように、永遠って尊くて素晴らしいものだと思う。

 あなたのサッカーは押し付けだ、と雄大くんのお母さんは私に怒鳴っていた。
 あの日は警報級の激しい雨が降った翌日だった。グラウンドの状態はかなり悪く、予定していた別クラブとの練習試合を中止にするかどうか、コーチ陣で話し合いになった。他のコーチ達は中止にしようと言ったが、私はただ一人予定通り練習試合を行うべきだと押した。確かにいつもだったら中止にするレベルのグラウンド状態ではあったが、私は譲らなかった。実業団で思うように試合に出られない日々が続いていて、その苛立ちを何かにぶつけたい思いがあったのは事実だ。何でもいいから真っ向から反対意見を突き立てたかった。理由なく他人に感情をぶつけるなんて間違っているということは分かっていたが、それくらい気持ちが張り詰めていた時期だった。そこに対しての後悔はある。ただ、自分の経験上、これくらいなら試合をしても大丈夫だろうという感覚もあった。
 けっきょく強引ながらも私の意見が通り、予定通り練習試合は行われることになった。一部保護者からは驚きの声もあったが、気にはしないふりをした。試合会場に入ってブルーシートに荷物を広げてすぐ、とどめのようにもう一度激しい雨が降った。予報には無い雨だった。向こうの方から、ざっと雨のラインがこちらに迫ってくるのが見えた。容赦の無い雨にコーチ陣が慌ててブルーシートで荷物を包み、子供達は屋根のあるところや保護者の傘の下に走った。私は傘を持っていなかったので、ただそこに立ちすくみ濡れた。雨は一時の通り雨ですぐに去った。グラウンドの状態はさらに悪くなり、やはり中止にした方がいいのでは? という目をした人も何人かいたが、私は無視して試合の用意をした。
 試合は相変わらずのダンゴサッカーだった。何回か試合をしたことのあるクラブだったので相手の方が格上だということは分かっていたが、それにしても進歩が無かった。いっそラグビーをやらせた方が良いのではないかと思えるくらいだった。誰かの母親が的外れなアドバイスを必死で叫んでいた。よく来ている顔に見覚えのある親御さんだった。子供達もコーチ陣も、みんながそれを聞こえていないかのように無視していた。洗濯し甲斐があるだろうな、と思えるほどに走り回る子供達の白いソックスが泥で汚れた。多少、泥濘に足を取られても試合ができないほどではない。そんな中、酒井雄大くんは何を思ったか、一人明後日の方向にスライディングをして遊んでいた。土色の飛沫を上げて笑っていた。彼にはそういったおちゃらけたところがあり、それは何度注意しても治らなかった。だんだんと腹が立ってきて、何か言ってやろうと思っていたら隣にいたコーチが、雄大ちゃんとやれぇ、と半ばそのノリを容認するようなふざけた言い方で注意して、それがまた私の苛立ちを増幅させた。
 当たれっ、と私は雄大くんの目を見て声を荒げた。雄大くんは少しビクッとしたが、言葉の意味はちゃんと理解していた。私の思った通り、相手選手の持つボール目掛けてスライディングをした。一度目のそれはあえなく躱された。ボールはまだ生きていて、何度も当たれっ、と私は再度叫んだ。他の子達も聞いていたはずだが、実際に当たりに行ったのは雄大くんだけだった。
 飛び散る泥の飛沫の中、足と足が絡まり合う瞬間が確かに見えた。挟まった足を軸にして、雄大くんの身体が変な回転をもって飛んだ。あっ、と声を上げた人もいた。良くない転び方だと思った。すぐに試合が止まり、一番近くにいたコーチが雄大くんに駆け寄った。
 囲む敵味方の選手達の隙間から、苦痛に顔を歪めて涙を流す雄大くんが見えた。様子を見に行っていたコーチがこちらに走ってきて、自力では立てなさそうだから病院に連れて行く、と言った。二週間に一度は私を食事に誘う、あのチャラい田坂コーチだった。的外れなアドバイスを叫んでいたお母さんが真っ青な顔をして雄大くんの肩を抱いているのを見て、初めてあの人が雄大くんのお母さんなのだと知った。雄大くんは田坂コーチに背負われてお母さんとグラウンドを出て行った。立ち去る間際、雄大くんは私を見た。感情の読めない目と目が合った。
 練習試合が終わっても田坂コーチから連絡は無かった。こちらから電話をしても出なかった。クラブ生達を帰してからもしばらくはグラウンドで連絡を待っていたが、今日はいったん解散しようという話になった。私は同い歳の下柳コーチの車で会場まで来ていて、帰りも乗せてもらうことになっていた。
「雄大くん、心配ですね」
 同い歳だがコーチ歴は私の方が長いので、下柳コーチはずっと私に敬語だった。天気はすっかり回復して、空には晴れ間が見えていた。
「だね」
「グラウンド状態も悪かったですしね」
「うん」
 遠回しに自分のことを責められているような気になり、それ以上は何も言えなかった。二十分ほどの沈黙の後、自宅の最寄駅のロータリーで降ろしてもらった。その時電話が鳴り、スマホの画面を見ると田坂コーチからだった。
 お疲れ様です、と言った田坂コーチの声は暗かった。いつもの軽薄なノリが嘘のように雲がかかった声だった。後ろから救急車のサイレンの音が聞こえた。おそらく病院の前から電話をかけてきているのだろう。
 靭帯断裂。田坂コーチは想像していたより重い言葉を口にした。過去に実業団のチームメイトが靭帯を損傷したことがあったが、断裂は初めてだった。
「それってもう治らないんですか?」
「いや、治らないわけではないと思うんですけど、ちょっと時間はかかるかと。場合によっては手術になるかもしれなくて」
「時間がかかる。場合によっては手術」
 言葉を一つ一つ開梱して自分の中に落とした。
「雄大くんの様子はどうなんですか?」
「最初はかなり痛がってましたけど、まぁ、最後はちょっと落ち着いてました。それより、お母さんがかなり興奮していて。だいぶ怒られましたよ」
「何に対して怒ってるんですか?」
「何故あんなグラウンドで試合をしたのかとか、コーチがちゃんと試合の管理をしていないだとか」
 試合中の接触をどう管理すればいいのかは分からないが、あのお母さんなら言い出しかねないと思った。
「後日ちゃんとした報告をクラブから出すように求められました。怪我は可哀想ですけど、ちょっとねぇ。またみんなで話さないとです」
 そう言って田坂コーチは溜息をついた。疲れているようだった。相当怒られたのだろう。私も疲れていた。家に帰り、シャワーだけ浴びてすぐにベッドに倒れ込んだ。翌朝、知らない電話番号からの電話に意識をこじ開けられた。時刻はまだ午前七時前で、誰かに電話をかけるにしては早い時間だった。身体を起こして出ると、女性の声だった。すぐに雄大くんのお母さんだと分かった。
「瑞稀コーチですよね」
「はい」
 寝起きではあったがはっきりとした声が出た。
「今回の件、どう責任を取るおつもりですか?」
「責任と申しますと?」
「だって、あなたが試合をやるって決めたんでしょ!」
 雄大くんのお母さんが怒鳴った。
「私にそんな権限はありません。コーチ全員で決めたことです」
「でもあなたが試合をやるって押したんでしょ」
 何故だか知らないが、雄大くんのお母さんは昨日の私達のやりとりを知っているようだった。
「経験上、試合をしても問題ないと判断しました」
「それはあなたの実業団での話でしょ。子供のサッカークラブとはまた違うことくらい分からないの?」
 私個人のことも知っている。誰が話したのかと、少し苛立ちを覚えた。
「子供のサッカークラブでも大丈夫だと判断しました」
「あの時、あなたが当たれって雄大に指示を出したの、私聞いていたんだから」
「お母さん、これはサッカーですよ」
「全部あなたのせいだからね。お医者さんに、治らないかもしれないって言われたんだから」
「いや、お母さん」
 そんなことはない、と言いかけてやめた。田坂コーチから聞いていた話と違っていたが、実際どちらが正しいのかは分からなかった。
「けっきょく自分の感覚だけじゃない」
「え?」
「あなたにできることは誰にでもできるとでも思ってるんじゃない?」
「そんなことありません」
「前からずっと気に食わなかった。一人だけなんか熱血気取って、チームからも浮いてて」
 冷たい言葉に背筋が凍った。あなたのサッカーは押し付けなのよ! と怒鳴った後、雄大くんのお母さんは唐突に電話を切った。
 再びベッドに倒れ込んだ時、窓の外で激しい雨がザアザアと降っていることに初めて気付いた。そういえばそんな予報だった気もする。気にしないでおこうと思っても、やはり頭は混乱していた。激しい雨音の中もう一度目を瞑ってみたが、まったく眠気は訪れてくれなかった。
 それから毎日そのような電話が続いた(しかも毎日朝早い時間だった)。雄大くんのお母さんは一日に一回は必ず電話をかけてきて私のことを責めた。どう考えても行き過ぎた行為だったし、別に完全に自分が悪いとも思っていなかったが、私は毎日電話に出て、雄大くんのお母さんの話を聞いた。それは、実際に雄大くんは怪我をしているという事実と、私のやっていたことはサッカーの押し付けだという言葉を自分で認めてしまっていたからだった。
 私は代表を諦めた時にサッカーを辞めるべきだったのだ。今でもそうだ、辞めるべきだ。中途半端にしがみつくべきではなかった。消化し切れずに浮いた自分のサッカー像を無関係な子供達に押し付けていた。それは雄大くんのお母さんの言う通りだった。だから雄大くんの怪我に対して、責任に思うところはあった。
 ある日、クラブのメインコーチの熱田さんから呼ばれた。そこで雄大くんのお母さんから私個人に対して正式に法的な訴えが出たと報告された。いずれ通知物が家に届くと思うので確認してほしい、と言う熱田さんは、もうこの件には関わりたくないという思いがはっきりと顔に出ていた。しばらく練習を休みたいと伝えると、こちらとしてもそうしてほしいと、あっさり受け入れられた。実業団にも長期休暇を申し入れた。嘘をつくのは気が引けたが、他に理由が浮かばなかったので、トレーニング中に怪我をしたことにした。しかし実業団からも思った以上にあっさり長期離脱の許可が出た。私はもう、とっくに終わっていたのだ。
 幽霊クラブからDMが来たのは、そんな頃だった。眠る前にメッセージを見て、起きたら申込み完了のメッセージが届いていた。疲れていたからか、ほぼ無意識のうちに申し込んでいたようだった。
 ふらふらと歩いていたら、ショッピングモールを一回りしてしまった。けっきょく立ち寄ったのはスポーツショップくらいで、ほとんどの店に興味が持てず、ただ歩いていただけだった。
 集合時間まで、まだ三十分以上余っていた。どこかに座って時間が過ぎるのを待っても良かったが、もうバスに戻って眠ろうと思った。
 ショッピングモールの雑踏を抜けて外に出ると、空は快晴で暑かった。バスに戻ると、バスガイドさんがタイヤのところに座り込んで一人煙草を吸っていた。
「中入ってもいいですか?」
「あー、今運転手さんいなくて、ダメなんですよ。私も入れなくて」
「そうですか」
 そのままもう一度立ち去ってもよかったのだが、めんどくさくなって私もバスガイドさんの横に座り込んだ。初対面の人は苦手だったし煙草の匂いも嫌いだったが、私はもういろいろと疲れていた。知らない人と一緒にいることに慣れているのか、バスガイドさんは何を言うわけでもなく煙草を吸い続けた。しばらく黙ったまま並んで座っていた。
「あの、これってどういうツアーなんですか? そもそも幽霊クラブって何なんですか?」
 沈黙が苦になって話かけると、え? とバスガイドさんは驚いた顔をして私を見た。間違ったことをしたような気持ちになり恥ずかしくなる。
「いやぁ。私、ただの雇われなんで全然知らないんですよ。今日もこの現場を指定されて来ただけなんで。会社に行けって言われたところに行くだけなんで」
「あぁ、そうですか」
 それでまた沈黙が訪れる。雑に千切ったわたあめのような雲が青空を右から左にゆっくりと流れていた。
「バスガイドになりたかったんですか?」
「えっ」
「あ、いや、あの。バスガイド」
 バスガイドさんはさっきよりも驚いていた。私自身も何故そんなことを聞いたのか分からなかった。でも一度話を振ってしまったから、もう後には引けない。
「いやぁ、どうでしょう。そんな強い思いがあったかと言われると微妙ですけど、まぁ、半分なりたくて半分は成り行きでって感じですかね……」
「まぁ、普通そうですよね」
 なりたい自分になるということは本当に難しい。自分で聞いておいて会話が続かず、もうそれからは何も話さなかった。バスガイドさんの横に座り、運転手さんの帰りを二人黙って待った。それにしても本当に良い天気だ。あの日もこんな天気だったなら、雄大くんが怪我をすることも訴えられることも無かったのだろうなぁ、何てことを考える。サッカークラブも実業団も宙ぶらりんの状態だが、私は毎日トレーニングを欠かさなかった。それはつまり、私は今もまだサッカーを、なりたい自分になることを諦めていないということだ。それが良いことか悪いことかは分からない。だけど、それが私なことだけは事実だ。
 やがて運転手さんが戻ってきた。座り込む私達を見つけて、お辞儀をして小走りになる様が少し可愛かった。


 夕飯は旅館の大広間にツアー参加者が全員集まって食べた。さっきショッピングモールのフードコートで軽くご飯を食べてしまったからあまりお腹は空いておらず、とりあえずビールを飲んだ。最近はビールならどれだけ飲んでも酔わない。明らかに飲酒量が増えていた。
 年齢も、生活環境もおそらく違うであろう九人の女性が浴衣姿で並んで夕飯を食べていた。幽霊クラブ、と言うだけあって、どことなくみんな表情が暗い。しかしご飯は思っていた以上にしっかりとした懐石料理で驚いた。水雲酢、鰯甚田煮、蓮根煎餅、お刺身は縞鯵、本鮪、甘海老の三種盛りで、揚げ物は鱧乾酪揚げ。旦那の付き添いでいろいろなお店を回って培った感覚から見て、とても一泊二日で宿泊食事込み二千円で出せるクオリティではなかった。この料理だけで大赤字なのではないか。
 道中で知り合った石山さんとはあえて少し離れた席に座った。ベタベタし過ぎだと思われるのも嫌だったし、ちょっと気を遣った。わざと集合時間のギリギリに行って、空いている適当な席に座った。岬で、急にパートナーが姿を消した話を石山さんから聞いた。泣いていた。辛い気持ちはよく分かった。私も少し前に恋人と別れたところだった。ただ、私の場合は不倫だったし、石山さんのような美談にはならない(彼女は別に美談だとは思ってはいないだろうが、私としては美しい話だと思った)。
 私の家の諸々の事情から、もう身体の関係をもつのは止めようと彼に言った。そしたらあっさり連絡が取れなくなった。いつかは別れる日がくるとは思っていたが、それにしてもあまりにあっけなかった。
 お腹は減っていなかったが、ビールを飲みながらだと不思議と食が進んだ。食べずに飲んでばかりいるのも良くないが、暴飲暴食ももちろん良くない。最近またお腹周りに肉が付きつつある。十代の頃はこんなんじゃなかったよなぁ、と思う。あの頃とは代謝が違うから当たり前か。でも違うのはそれだけではない。恋に破れたりしたら、私の身体はもっと深くダメージを受けた。何も食べられず、栄養も取れなくなって、立ち上がれず、全身が生きることを拒んだ時が何度かあった。それが今ではこんな時でも暴飲暴食できるタフな身体になっている。歳を取ってメンタルが強くなったのか? いや、そうではない。心はちゃんと今回も傷ついている。あの頃と変わらず傷ついている。寂しい。ただ、守らなければならないものや、生きていなければならない理由が以前より増えたのだ。
 大広間で全員集まったものの、特段会話は弾まなかった。と言うよりみんなほぼ黙って自分の料理と向き合っている感じで、全体を通じて沈黙が目立った。時として気まずくもなったが、考えてみれば全員今日が初めましての集団なのだから、それはそうだなぁ、とも思った。私は多分周りが引くくらいにビールを飲んでいたが、誰も何も言わなかった。他の参加者はあまりお酒を飲まない人のようで、唯一石山さんだけは飲んでいたが、それでも私ほどではなかった。
 食事が終わると流れ解散でみんな大広間を出て行ったが、私はそのまま部屋に戻るのは何となく嫌だった。部屋は八畳の和室で、誰かと二人の相部屋だった。私は大広間に来る前に一度自分の部屋に荷物を置きに行ったのだが、その時、相部屋の相手はもう荷物を置いて部屋を出た後だった。だから未だに誰と相部屋なのか分かっていない(置いてあった荷物からして石山さんではないようだった)。大広間にいたツアー参加者の誰かなのは間違いないのだろうが、何となく今の時間(まだ二十時だった)から部屋で顔を合わせて二人になるのは面倒だった。
 とりあえず喫煙所に行って煙草を吸った。最近、一日に吸う本数が増えていた。まるで自分を充電するかのように電子煙草を吸っていた。喫煙所を出て、私はもう一度大浴場に行くことにした(夕飯前にも行ったので、これで二回目だった)。フロントでバスタオルをもらい、そのまま迷路のような狭い通路を歩いて行く。直角に曲がる角を折れると青と赤の暖簾が私を迎えた。一回目は少し迷ったが、二回目は迷わずに辿り着けた。下足場にはスリッパが三足あり、自分の使っていたものを間違わないようにわざと少し離れたところに置いた。
 大浴場はそこまで広くなかった。室内には洗い場が五つとお風呂が一つ、外に露天風呂が一つあった。先に入っていた三人は全員洗い場で身体を洗っていた。三人とも知らない顔で、ツアー参加者ではなかった。私はシャワーで身体をさっと流して露天風呂へ行った。一人で湯船に浸かり空を見た。昼間は良い天気だったが、暗がりでも今はかなり雲が出ているのが分かる。もしかしたら明日は雨が降るかもしれない。
 欠伸が漏れ出て湯船で顔を洗う。まだ眠くなるには早い時間だ。扉を開けて誰かが露天に出て来た。見ると、岬で見かけた制服姿の女の子だった。顔を見た感じ、うちの長女と次女の間くらいの学年だろうと思った。しかしうちの子達よりも背が高く、長い手足はちょっと大人っぽく見えるので読み切れなかった。夕飯の時に顔を覚えたのか、私に軽く会釈をして少し離れたところに浸かった。
「あなた、いくつ?」
 近寄って話しかけてみた。まさか話しかけられると思っていなかったのか、彼女は思わぬ遭遇をした小動物のような目で私を見た。あ、山根です、と一応名乗る。大丈夫、取って食ったりしないから、と冗談で言っても彼女はあまり笑わなかった。
「今、十四です」
「十四ってことは、中二?」
「そうです」
 中二なら、次女と同い歳だった。改めて見ると次女よりもかなり大人びて見える。手足だけでなく爪も縦にすっと長くて綺麗で、それはイメージの中で未だに憧れる美しく女性らしい爪だった。
「その歳でよく一人で一泊旅行なんて来れたわね」
 うちの子なら絶対に行かせない。
「まぁ、何とか」
 と彼女は気まずそうに言った。おそらく嘘をついて家を抜け出してきたのだろう。十四歳の娘に一人で一泊旅行を許す親なんてなかなかいないと思う。
「よく分からないツアーだよね」
「そうですか?」
「え、だって、大して有名でもない岬行って、普通のショッピングモール行って。謎じゃない?」
「私、こういうツアーほぼ初めてなんで。小学生の時に山梨に桃を食べに行ったくらいです」
「あぁ、そういうのあるね。私も桃行ったことある。山梨、鳴沢氷穴も行った?」
「行きました。日帰りでしたけど」
 そう言って彼女は少し笑った。私に対しての警戒心が少し解けたように思えた。
「私も日帰りだった。もしかしたら同じツアーかもね」
「こういうツアーはけっこう行かれるんですか?」
「うーん。まぁ、でもかなり久しぶりだよ」
「あの、幽霊クラブって何なんですか?」
「さぁ? 私も知らない」
 本当に何も知らなかった。幽霊クラブからDMが来たのは、彼からの連絡が来なくなり着信の振動に敏感になっていた頃だった。それまではほぼ毎日連絡を取り合っていたのに、何を送っても返信が無かった。
 次の株主総会で旦那が社長になるという事実をお父さんから伝えられた時、最初に浮かんだのは彼の顔だった。それは別に大切だとか愛だとかのそういう話でなく、単純に一番変化を求められるポイントだったからだ。私のお父さんは同族で経営している製造メーカーの二代目で、沙耶香の旦那さんになる人がお父さんの後を継いで次の社長になるんだよ、と幼い頃から両親に言い聞かされてきた。二十歳くらいの頃はその決められたレールに乗るのが嫌だった。喧嘩をして、酷い言葉を言ったこともあった。もう二度と戻らないという気持ちで家を出たこともあった。しかしけっきょくは戻ってきた。やがて結婚をして、この人がいつかお父さんの後を継ぐのか、と思いもしたが、旦那は旦那でその時は別の仕事をしていたので、そんなことは言わなかった。旦那が別の仕事で生きていきたいのなら、お父さんには悪いがそれで良いと思った。そこは両親も同じような考えだった。二人は決して私達に考えを強制することは無かった。でもやがて旦那は仕事を辞めてお父さんの会社に入った。紆余曲折あったが、けっきょくは上手く用意されたレールに乗った。
 お父さんに商才があったのか、時流に上手く乗れていたのか、何だかんだ会社の経営は上手くいっていた。生活に不自由は何一つなかった。私はその頃になってやっと両親が作ったレールがどれだけ素晴らしいものだったかを知った。やがて娘達が生まれた。長女は小学生の頃から成績が良く、今は地元でも有名な私学高校に通っている。次女は長女ほど賢くはなかったが、明るい性格で毎日楽しそうに学校に通っていた。旦那はお父さんの仕事を手伝うために様々な資格を取った。性格も合っていたのか、上手いことやっているようだった。気付いたら専務のポジションにまで上り詰めていた。私は、だんだん娘達にも手が掛からなくなり時間もあったので、将来へ向け少しでもお金を貯められればと思い週に三回パートに出た。全て、壊すことのできない私の大切な生活だった。
 いくら彼のことが好きだったと言っても、生活の全てを投げ打つまででは無かった。それは彼も分かっていた。だから程よい距離感を保って付き合っていた。火遊びだと言われればそれまでだが、好きだった。離れることはできないと思っていた。向こうもそうだと思っていたが、どうもそうではなかったようだった。やはり身体だったのだろうか? 彼は私より十歳も若かったし、もしそうだとしても責められはしない。そもそも、私のようなおばさんの身体でも欲しかったのだな、とも思った。そんなんじゃないと思っていたのにそうだったとなると、今まで考えなかったこともいろいろ考える。
「あの、大丈夫ですか?」
 彼女の声でハッとした。覗き込む不安気な視線に、自分が黙って気持ちに落ちていたのだと気づいた。ごめんごめん、大丈夫、と慌てて取り繕う。たまにこうして落とし穴にはまるように思考の深みに落ちることがあった。一度立ち止まるといろいろなことを考えてしまう。それは昔からだった。だから私はなるべくお喋りな人間でいたかった。
「ちょっと疲れたのかな? おばさんもう歳だし」
 そう言って笑ってごまかす。
「いくつなんですか?」
「今四十三。まさかお母さんより歳上?」
「いや、お母さんは今年五十です」
「そうなの。意外と歳上ね。上に兄弟がいるの?」
「一人っ子なんですけど、結婚が遅かったみたいで。お母さんが三十六歳の時の子なんです。お父さんはお母さんの二つ下ですけど」
「へぇ」
 二十五歳で結婚した私としては、三十六歳まで子供がいないという人生が分からなかった。たくさん恋をした人生だったのだろうか? 幸せだったのだろうか? しかし、幸せかどうかで言うと、私だって幸せだった。何不自由の無い生活を送り、子宝にも恵まれた。でも私は、どこかいつも満たされない人間だった。常に何かが足りなくて、そして一番簡単にそれを埋められるのが恋だった。結婚してからも本当にたくさんの男と寝た。どこかで止めなければならない、止めるべきだと思っていた。区切り。旦那が社長になるタイミングがそれだと、これは若い頃から自分の中で決めていた。そしてその時が来た。それだけだ。ただ日常に戻ってきた。本当に、それだけ。
 二人同じタイミングで露天風呂から出た。並んで立つと彼女は本当にすらっとしていて、背が高いのが分かった。同い歳の次女よりもう十五センチは高いと思う。私も背が高い方ではあったが、ほとんど変わらないくらいだった。胸は無かったのでそこに少し幼さが残ったが、素敵なスタイルだと思った。
 身体を拭き、私は再び浴衣に身を包んだ。彼女は黒のヨネックスのティーシャツとハーフパンツを着た。肩の部分にピンク色で「里見」と刺繍が入っていた。部活ティーシャツなのだろうか。
「コーヒー牛乳でも飲む? 奢ってあげるよ」
「え、いいんですか」
 彼女は目を見開いて驚く仕草をした。幼くて、なんだか可愛かった。じゃあじゃあと言って、遠慮ながらに自動販売機のボタンを押す。ロボットアームがコーヒー牛乳の瓶を運ぶのを目で追っていた。
 二人並んで休憩室のソファでコーヒー牛乳を飲む。
「学校は楽しい?」
「うーん、どうでしょう」
 と言って彼女は苦笑いを浮かべた。よく考えたらこの子も幽霊クラブの参加者なのだ。よく分からない集まりだが、あまり前向きな会ではないことは確かだった。若いながらもそれに参加しているということは、彼女も何かしらの問題を抱えているのではないかと思った。
 客室のある棟へ戻る帰り道、卓球コーナーを見つけた。誰もいない部屋に古びた卓球台が二つあった。ね、やってみる? グイグイ行き過ぎかと思ったが、私ってそういう女だから、と開き直って誘った。
「私一回もやったことないですよ」
「私だって遊びで何回かやっただけよ」
 道具はフロントで借りて、料金は三十分で八百円だった。私が支払うと彼女は申し訳なさそうにお礼を言った。八百円くらいどうだっていいのに、と思ったが、中学生と四十三歳では八百円の価値は違うだろう。いずれにせよ、素直にお礼を言えるということは良いことだ。
 卓球台を挟んで向かい合う。細い腕の先のラケットの握りはシェークだった。私はペン。サーブを打つと、コン、と気持ちの良い音を立て、転がるとも飛んでいるとも言える勢いで彼女の手元までボールが行く。彼女のシェークが思った以上にしっかりとそれを捉え、ラリーになる。
「あなたさ」
「はい」
 コン。
「好きな人とか」
「はい」
 コン。
「いるの?」
「えー」
 彼女の打ったボールはラインをオーバーして床に落ちた。それでも思った以上にラリーが続いたから驚いた。
「上手じゃない」
「え、ほんと初めてですよ」
 再度、私からのサーブ。
「で、好きな人いるの?」
 呼吸を整え、言ってから打つ。
「えー」
「そればっか」
 笑う。そしてまた、ラリーが続く。
「いないですかね」
「あ、そうなの」
「うーん、今は」
 コン。
「今は、ってことは前はいたの?」
「えー、いや、良く分からないです」
「何よ」
 コン。
「それ」
 当たりどころが悪いと思ったボールは案の定ネットにかかりラリーが止まる。
「本当上手いわね。きっちり返してくるじゃない」
「なんか、意外といけますね。自分でも驚いてます」
「何部なの?」
「バト部です」
「あぁ、だから当て感が分かるのかな」
 今度は彼女からのサーブだった。鋭いところに飛んで来て一瞬焦るが、何とか返す。
「正直、恋愛とかよく分からないです」
「へぇ」
「もちろんしてる人もいますけど」
 コン。
「私は中二の時は恋してたかな」
 だんだん慣れてきて話せるようになる。
「えー、お相手は?」
「サッカー部だったね」
「モテそう」
「うん、かっこ良かった」
 コン。
「どうなったんですか?」
「ダメだったよ。もちろん」
「あら」
「アイドルみたいな顔した同級生と付き合っちゃった。可愛いの、悔しいくらいに」
 あの時もかなり苦しんだ。食欲も無くなって、学校も三日休んだ。
「これから、たくさん恋するよ。きっと」
「ですかねぇ」
 そう言って彼女は苦笑いを浮かべた。
 三十分が経つ頃には汗だくになっていた。このままではとても寝られそうになかった。私、もう一回お風呂入ってくる、と言うと彼女は笑った。冗談だと思ったのだ。私が本気だと分かるとその笑いは驚きに変わっていた。同じ運動をしていたはずなのに、彼女の方はそこまで汗をかいてはいなかった。若いって素晴らしいことだ。
「もう部屋に戻る?」
「そうですね。やることないですし」
「うん、付き合わせちゃったね。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
 それで卓球コーナーの前で別れた。私は、全身に汗をかいていた。こんなに汗をかいたのは久しぶりだった。汗をかくと自分が生きているという実感を持てた。私は今、確かに生きている、キスは生命の味がした。それも生を感じられて良かったのだが、汗の方がずっと分かりやすい。私は今、生きて何かを求めてここにいる。汗をかいている。けっきょくのところ、それはとても正しいことのように思えた。決められたことしか求めたらいけないなんて馬鹿らしくないか? 人間はもっと泥臭い生き物なのだ。
 再度お風呂に入り、外に出てもまだ二十二時だった。ずっと見ていなかったスマホを見ると、LINEのメッセージが三十二件も入っていた。全て家族のグループLINEのメッセージだった。私から返信が無いから三人ともどんどんメッセージを送っていたようだった。行きつけの焼肉屋で三人でご飯を食べている写真が送られてきていた。旦那はビールで、娘二人は烏龍茶で乾杯をする写真。良いね! 私もご飯食べたよ、と懐石料理の写真を送る。すぐに長女が、良い感じ! とスタンプで返してきた。
 もう一杯だけお酒を飲みたいと思った。売店でビールを買って飲んでもよかったが、折角の旅行なので、できればお店で飲みたかった。フロントで聞いてみると、地下に一軒「乙姫」というバーがあるとのことだった。女一人で入るには少し抵抗のある店名ではあったが、お酒が飲めればいいかと思い、私はエレベーターで地下に降りた。
 エレベーターを降りた前が乙姫だった。ノックをして中に入ると、意外にも店主らしき男性が一人いるだけだった。他にお客さんもいなかった。席に着き、とりあえず電子煙草のスイッチを入れた。
「何にされますか?」
「ビールを」
 私はずっとビール派なのだ。店主はかしこまりました、と言って冷蔵庫から小瓶を取り出してグラスに注いだ。美しい、プロの手つきだった。出されたビールは丁寧で、上質な味がした。
「あの、驚いたでしょう」
 店主がゆっくりと話し出す。
「え? 何がですか?」
「いえ、乙姫という店名なのにこんなおじさんが一人でやってるから」
 笑ってしまった。
「まぁ、確かに思いましたけど」
 自分から言うとは思っていなかったので、笑いが止まらなくなってしまった。
「近々、店名変えようかなって思ってるんですけどね」
「いや、変えなくていいですよ。そのままで、そのままで」
 笑う。空っぽの心でもちゃんと笑う。大丈夫。私は、まだまだ笑える。四十三だけど、きっとまだまだいろいろなことがある。ふと、帰ったら旦那のシャツにアイロンをあてないといけないことを思い出す。ビールを飲む。


 朝起きると雨が降っていた。そんな予報はなかったし、そもそもいつものベッドではない場所で目を覚ましたから、これが夢なのか現実なのかすぐに分からなかった。
 旅館の部屋は、瑞稀さん(珍しい苗字だからすぐに覚えた)という二十九歳の女性とバスガイドさんとの三人相部屋だった。慣れない旅行で初対面の人との相部屋は嫌だったけど、一泊二日で宿泊食事込み二千円だから文句は言えない。親には部活の合宿だと偽って家を出てきた。だから服装は制服と練習着だった。鞄にはバトミントンのシューズもラケットも入っている。
 枕元のスマホに手を伸ばすと、まだ午前五時だった。驚くことに、瑞稀さんの布団は既に空になっていた(私は三人の真ん中で寝ていて、反対のバスガイドさんはまだ寝息を立てて眠っていた)。朝食は八時半からだと言っていたので、十分もう一眠りできる時間だった。布団を被り、もう一度目を瞑る。昨日の夜も上手く寝付けず、あまり寝ていないはずなのに、眠りはなかなか訪れてくれなかった。十五分ほど粘ったが、これ以上は眠れなさそうだったので布団から出た。広縁に出てカーテンを開ける。窓の外の森にしとしとと雨が降り注いでいる様がジブリの世界みたいで、とても綺麗で、立ちすくしたまましばらく見惚れていた。昔から雨を見るのが好きだった。今でも雨の日は授業中ぼぉっと外を眺めていることが多い。
 昨日はオフだったが、今日は練習を休むことになる。百合は来るのだろうか? 私が練習を休むなんて去年コロナにかかった時以来だから、きっと驚くだろう。でも最近は百合が練習を休む確率もかなり高いから、百合も休みかもしれない。そしたら何も気付かないまま今日という日が終わるだけだ。
 特に何の用事も無かったが、部屋を出てロビーまで行ってみる。ロビーは寒々しくがらんとしていたが、フロントのお姉さんは、おはようございます、と笑顔で挨拶をしてくれた。いったい何時に家を出て出勤しているのだろうか? それとも夜勤明けの朝なのだろうか? 徹夜で起きていてあの笑顔はすごい。徹夜なんて私には絶対できない。
 私はロビーにあるたくさんのソファの中の一つに腰掛け、大きな窓から濡れた中庭を見ていた。さっきよりも雨が強くなっていて、涼しげな景色に水槽夏を感じた。
 昨晩の卓球は楽しかった。最初、露天風呂で声を掛けられた時は驚いたが、山根さんは良い人だった。両親や先生以外であんな歳上の人と話すのは初めてだった。しかし、まさか旅行に来てまでラケットを握るとは思わなかった(形は違うが)。ネットを挟むという共通点だけで、卓球は基本的には違うスポーツだと思っていたが、やり始めると意外とハマった。楽しかった。
 たくさん恋するよ、と山根さんに言われた。それに関しては正直どうだろうなぁ、という感じだった。男子はみんな子供っぽくて馬鹿らしくて、変な目で女子のことを見るから、あまり好きではなかった。今のところ恋の気配は私には無い。しかし、まぁ、いつかは誰かを好きになるのかなぁと、山根さんの言葉からか、半信半疑ながらも今朝は少し思えた。
 この世に確かなものなんて無い。それはこの一ヶ月くらいで私が身をもって学んだことだった。あの頃の百合との友情が絶対ではなかったのなら、この世に確かなものなんてどこにも無いと思えた。それは悔しくも悲しくもあるが、最近は徐々に慣れつつもある。と言うより、私の方が子供だったのだなぁ、と今にしてみれば思える。百合は何も悪くない。
 雨足は強くなるばかりで、スマホで天気予報アプリを開いてみると、昼前までは豪雨のマークになっていた。いつの間にそんな予報に変わったのか。天気予報の当たらない夏、というドラマが前にあったような気がする。無かったような気がする。
「あ」
 掛けられた声に顔を上げると、瑞稀さんがいた。
「随分早いじゃん」
「瑞稀さんこそ。私が起きた時にはもういなかったじゃないですか」
「癖なんだよね、早起き」
 そう言って瑞稀さんは欠伸をしながら私の正面のソファに座った。癖と言いつつも眠そうだった。瑞稀さんは昨日と同じジャージを羽織っていた。大人の女性が普段着でそんな服を着るイメージは無く、部活の顧問かスポーツ選手かのどちらかじゃないかと思っていた。昨夜、初対面にもかかわらず私の部活シャツを見て、バト部でしょ? と言い当てられたから、顧問の方が濃厚だと思っていた。瑞稀さんも何かスポーツをやっていることは雰囲気から分かったので聞いてみたのだが、そこは何故かはぐらかされた。
「仕事が朝早いんですか?」
「仕事はそんなにだけど、朝練的な」
「何の朝練ですか?」
「そこは内緒だな」
 何故内緒にするのかは分からなかったが、それ以上は聞かなかった。あるいは突っ込んで聞いた方が良かったのか? そのあたりの駆け引きが私にはまだ分からない。
「けっこう雨ひどいね」
 瑞稀さんが窓の外を見て言った。予報通り、激しい雨はすぐには止みそうになかった。
「ちょっと外を歩きませんか?」
「え、だから雨ひどいって」
 瑞稀さんは笑って言った。
「そうですけど、でも、まぁ」
「まぁ、何?」
「いや、何と言うか」
「何だよ」
 気が進まない様子だったが、瑞稀さんはついてきてくれた。私にしても何故こんな雨の中を歩きたくなったのかよく分からなかった。ロビーで傘を借り(外に出るから傘を貸してほしいと言ったら、フロントのお姉さんは少し驚いていた)、二人で外に出る。中庭を抜けると川があった。どしゃ降りの河原道を並んで歩いた。
「部活で悩みでもあるのか? ヨネックス」
「ヨネックス?」
 瑞稀さんは黙って私の胸元のヨネックスのマークを指差した。どうも私の名前はヨネックスになったようだった。
「上手くはいってないですね」
 初めてそれを声に出せたなと思う。上手くいっていない。

 百合とは中学入学以来の仲だった。同じくバト部で、相棒だった。ライバルとかではなく相棒。バト部の同級生は全員で五人いたが、私達二人は特に仲が良かった。私も百合も小学校の頃からバトミントンをやっていた経験者で、入ってすぐにダブルスを組んだ。百合は身体は小さかったが器用な選手で、手先のテクニックがあった。対する私は器用ではなかったが上背がある分リーチが長く、二人は見事に正反対の選手だった。
 一年の夏から部活以外で地元のバトミントン教室にも通った。少しでも上手くなろうと二人で決めたことだった。月に三回、土曜日の十八時~二十時半。教室には小学生もいて、二十人以上にもなる大所帯だった。学生時代にインターハイにも出場したことのあるコーチと何人かの保護者で運営をしていて、素振りやステップ等の基礎から実戦形式の打ち合いまで、総合的な練習ができる教室だった。自分のバトミントンの見直しになった。
 百合はいつもギリギリに体育館に来る。私は体育館の前で百合のことを待った。バトミントン教室は私の通っていた小学校の体育館でやっていた。懐かしい体育館前の階段にも少しずつ慣れて、現在の景色に戻りつつあった。誰かの植えたプランターが壁沿いにずらっと並んでいる。どれもまだ芽を出していなかった。
「ごめん、お待たせ」
 校舎の陰から百合が勢いよく飛び出してくる。遅いよ〜、と言うも別に怒ってはいない。百合だってそれを分かっているから舌を出す。ラケットケースにはお揃いで買った鬼滅の刃のキーチェーンを付けていた。私が禰󠄀豆子で百合が炭治郎だった。
 体育館の中に入るとすでに全面にネットが張られていて、何組かのペアが打ち合っていた。小学生でも上手い子は上手い。こんにちはー、と大きな声で挨拶をする。大きな声でちゃんと挨拶をしないと怒られるのだ。
 交代で舞台に上がり体操の指揮を取るのが決まりで、私と百合は先週やったから今日は違う小学生達が担当だった。ラケットを持ったままランニングをして練習に入る。八の字素振りは手がぐにゃんぐにゃんになる。汗をかく。練習メニューは日によって少しずつ変わるが、大筋は決まっていた。一通りの基礎練を終えた後、実践形式の練習に移る。中学生にはだいたいコーチや経験者の親が相手に入り、かなり本気な打ち合いになる。
 休憩時間、私達は必ず体育館を出て前の階段で話をする。
「明日の練習試合ってどことだっけ」
 百合がポカリスエットを飲みながら聞く。夜風が気持ち良かった。
「明日は四中」
「行くの? 来るの?」
「行くんだよ。向こうでやるの」
「えぇ、マジ? 遠いじゃん」
「自転車で四十分くらいかな」
「たまにはこっち来てよ〜」
「この前は来たよ。いや、前の前か」
「何時から?」
「九時。つか、全然覚えてないじゃん」
 笑って百合の膝小僧を叩く。百合は全然予定を覚えないから私がいつも教えていた。こうして話しても後でまたLINEで聞いてくることもあった。
 女性タレントが不倫をして活動自粛となったニュースを百合が見つける。この人よく出てる人じゃん。確かにバラエティ番組でよく見る人だった。この人は独身だったが、どうも妻子ある男性と関係を持っていたらしかった。なんでこんなに問題になってるのに不倫なんてするんだろうねぇ、百合の手元のスマホを覗き込んで私は言う。
「つか、この人巨乳過ぎない?」
「まぁ。元々グラビアアイドルなんだっけ?」
「だっけ? 知らない」
「豊胸手術かな?」
 自分の小ぶりな胸がこれからどう頑張ってもここまで大きくなるとは思えなくて、諦めに近い笑いが漏れた。
 同じ星を瞳に映し、切磋琢磨し合った日々。一年の夏の大会は出られなかった。メンバー選抜の校内戦で一つ上の先輩に負けたのだ。悔しくて二人とも帰り道で泣いた。冬の大会に出られた時は嬉しかった。都大会では二回戦負けだった。だけど次の目標ができた。百合とは夕暮れ時の思い出が多い。暮れていく陽を背に二人で歩いて話した。このままずっと歩いていられると思った。

「で、喧嘩でもしたの?」
 瑞稀さんは意外とずけずけと聞いてくる。そんな人は学校にはいないのでちょっと新鮮だった。
「別に喧嘩したわけじゃないんですけど」
「ふぅん。じゃあどうしたのさ」
 雨は強まるばかりで、私達はたまたま見つけた小屋(用具入れのようだった)の軒先に入った。雨は、このまま世界を洗い流してしまうのではないかというくらいに激しく降っていて、すごい音がしていたのだが、隣にいる瑞稀さんの声ははっきり聞こえた。不思議だった。世界の中でこの軒先だけが特別な場所なように感じた。
「なんか、一言で言うと変わっちゃったというか。そんな感じです」
「その友達が?」
 私は頷く。

 高校生になったらギターがしたいと百合が言い出したのは冬の終わりだった。
「え、難しいよ多分」
 私は音楽のことはよく分からないので印象だけで答えた。
「でもカッコよくない?」
 そう言って見せられたのは、小鬼のようなギターをガシガシ弾きながら歌う女の子の動画だった。カッコいいかと言われたらカッコいいのかもしれないが、私はそこまでの魅力を感じなかった。
「よく分かんないけど、ロック? やりたいの?」
「パンク? そこら辺の境目はよく分からないけど、やってみたいね。カッコいい」
「私は聴くだけでいい」
「絶対楽しいよ。a子みたいに赤い髪にしちゃってさ」
「頭髪検査で引っ掛かるって」
 笑って話した帰り道だった。最初はその日限りの冗談だと思った。でも違った。それから百合の話はどんどんギターに寄っていった。試合で負けても、調子が悪くても、どこか真剣味に欠けていた。はっきりとは言わないが、高校では軽音部に入りたいという意思も言葉の端々から見え隠れしていた。百合が今どんな気持ちでバトミントンに向き合っているのかがだんだんよく分からなくなっていた。
「もうちょっとできたでしょ」
 二年になって最初の校内戦で一年に負けた時、ずっと抑えていた気持ちを抑え切れなかった。
 ハンドタオルで汗を拭いていた百合は顔を上げ、え? と軽い眼差しで私を見た。
「だって上手かったよ、あの子達。小学生の頃からバチバチのスクールに通ってたらしいし」
「そういう問題じゃないでしょ」
 初めて百合に対して本気で腹が立った。
「何怒ってるのよ」
 それでも百合は笑って私の肩をポンポンと叩いた。払いのけたいくらいだったが、さすがにそこまではしなかった。
「一年に負けたんだよ? 分かってる?」
「分かってるよ」
「じゃ、何でそんな感じなの?」
「そんな感じって何よ」
 その「そんな」を鋭い言葉を使わずに説明することは不可能で言葉に詰まった。私は去年試合に負けて一緒に泣いた百合を知っている。だから悔しいし、腹が立った。
「もうどうでもいいって思ってる?」
「どういうこと? そんなわけないじゃん」
 不穏な空気を感じ取ってか、何人かの部員達が私達のことを好奇の目で見ていた。涙が溢れてきた。
 それから百合は少しずつバトミントン教室を休むようになった。今までは学校の練習の後だろうと試験期間中だろうと必ず来ていたのに、直前になり、ごめん今日行けない、というLINEを受け取る日々が続いた。悪い予感はしていたが、百合はだんだん部活の方も休みがちになっていった。お前が良いなら違う誰かとペアを組んでもいいんだぞ? と、顧問の先生にわざわざ職員室に呼び出されて言われた。でも私は黙って首を横に振った。風邪を引いたようなものだと思った。思いたかった。こんな時期はすぐに終わり、また変わらない日々が戻ってくると信じたかった。しかし事態はどんどん悪くなるばかりだった。
 百合は梅雨が明ける頃には半分は部活に来なくなっていた。しかしまったく話さなくなっていたわけでもなく、廊下で会ったら(百合はC組で、私はB組でクラスは別だった)話した。百合は会うといつも、最近部活ごめんね、と謝った。それが何に対する謝罪なのか、上手く自分の中で落ちなかったのでとりあえず頷いていた。納得してはいなかったが、関係を壊すようなことはしたくなかった。風邪を引いているだけ。あの校内戦以来、私は自分を殺して百合と接していた。
 全てが壊れたのは次の校内戦だった。初戦の対戦相手は前回敗れた一年生ペアだった。私は体育館の前で百合を待った。でも百合は集合時間を過ぎても現れなかった。何度電話をかけても出なかった。当たり前だが、ペアがいないとダブルスの試合には出られない。対戦相手の後輩も困っていた。けっきょく私は顧問の先生の計らいで急遽シングルスで試合に出してもらえることになったのだが、もう気持ちが切れていて、初戦で格下だと思っていた同級生にあっさりとストレート負けをしてしまった。悔しいも悲しいも無かった。涙も出なかった。ただ汗は出て、鞄に入れていたハンドタオルで顔を拭おうとした時に百合からLINEの返信が来ていることに気づいた。
『ごめん、寝てた……もう試合始まっちゃってるよね?』
 メッセージの後ろにはくまが目元を押さえて泣いているスタンプが添えられていた。まだ校内戦の途中だったが、私は鞄を持ってすぐに体育館を出た。
 百合の家には前に何度か行ったことがあった。中学から見て私の家を少し過ぎたところにある五階建てマンションの三階西側の端の部屋で、私は一度も振り返らずに真っ直ぐそこを目指した。エレベーターを降りた前が百合の家で、チャイムを鳴らすとお母さんが出てきた。あら、百合のお友達の、と顔は覚えているようだったが名前は出てこないようだった。会ったことは一、二回しか無かったのでそれはそれで仕方がないと思った。私はよく百合からお母さんの話を聞いていたので、あまり面識は無いのによく知る人のような気持ちだった。私の話はあまりお母さんにしていなかったのだろうか。百合ちゃんはいますか? と聞くと、部屋にいるわよ、とお母さんは言った。今呼んでくるね、というお母さんの横を抜け、私は百合の部屋に走った。ドアを明けると百合はベッドに転がってスマホをいじっていた。思っていた通り、その傍らにはギターがあった。
「静佳」
 百合は私のことを静佳ちゃんと呼んだり里見と呼んだり、その時々でいろいろな呼び方をする。この時は驚いていたのもあって、一番スタンダードな静佳だった。
「それ」
 私は百合の隣にいるギターを指差した。あぁ、うん、と言って百合はギターの石川県のような部分を持って私に見せた。白く、傷ひとつ無い綺麗なギターだった。やっぱりな、と思った。恋愛のことは分からないが、浮気とか不倫とかの現場を抑えるというのはこういう感じなのではないかと思った。
「ごめん。朝まで練習してて起きられなかった」
 私からしたらそれは完全なる不貞行為だった。
「バトミントンはどうするの?」
「別に、部活は辞めないよ」
「でも今までみたいじゃない」
 無意識のうちに語気が強まっていた。
「怒らないでよ」
「真剣じゃないならもうやる意味ないじゃん」
 泣いたら負けだと、自分を律して何とか強い言葉を発した。
「なんでよ」
 百合はそう言って身体を伸ばし、ベッドの横に立て掛けてあったギターケースを引っ張った。そのチャックには前はラケットケースに付けていた炭治郎のキーチェーンが付いていた。ずっと友達じゃん、と百合が慰めるように言う。その言い方は嫌で、私の望むものではなかった。私はそのまま走って百合の家を出た。
 百合は別に悪くない。分かっていた。そういうこともある、と言い聞かせようとすればするほど心のナイフは深く突き刺さり、結果、痛い。一番簡単なのは言葉にして口に出すことだった。でも友達や親に話しても思うような言葉は返って来ないだろうし、そもそも自分がどのような言葉を求めているのかもよく分からなかった。正しい答えなんて無いように思えた。それで私は実名を伏せてSNSにいろいろな愚痴を発信した。愚痴。あれはけっきょく愚痴でしかない。発することに意味があった。とにかく自分の中にある言葉を外に出さないとやり切れなかった。SNSは普段使っているアカウントではなく、友達には教えていないサブアカを使った。たまに知らない誰かがいいねや、応援するようなコメントをくれたが、そこには何の救いも無かった。幽霊クラブからのDMはそのサブアカに来た。怪しいと思ったが、気分を変えたかったのは事実で、この金額ならば何とかなると思って申し込んだ。
 あれから百合とは会っても何となく気まずい。百合は変わらずいてくれようとするが、私はそうはなれなかった。壊れてしまった、という気持ちが強かった。

「そういうこともあるよ」
 瑞稀さんは慰めるでもなく、あくまで事実を述べるような言い方でそう言った。
「熱って、散ってしまうんだなって思ったんです」
「どうしても瞬間的なものではあるからね」
「だから仕方がないことなんですけどね。別にバトミントンをやめたからって友達でいることはできるんですから。私が子供なだけで、百合は何も悪くないんです」
「どうなんだろう。全部が全部タイミングの問題で済む話なのかは分からない」
 少しずつ雨足が弱まってきていた。雨と植物が混じり合う匂いがして、それはとても素直で良いものだと思った。良い方向だろうと悪い方向だろうと、素直ってすごく気持ちが良い。
「でもさ、散らない熱もちゃんとあるよ」
 ちゃんとある、と瑞稀さんは確かめるように繰り返した。信じ切れはしなかったが、何となく説得力があって頷いた。瑞稀さんは強い目をしている。
 傘をさして再び歩き出す。部屋に戻るとバスガイドさんはいなかった。三人分の布団が部屋の隅に綺麗に畳まれていて、私も瑞稀さんも恐縮した。気がつくと窓の外の朝はかなり薄まっていて、そろそろ朝食の時間だった。順番に顔を洗って部屋を出る。朝食は昨日の大広間ではなく、レストランというより食堂という言葉の方が似合う小ぢんまりとした部屋で、バスガイドさんを含めてもう半数くらいの人が席についていた(昨夜の山根さんはまだ来ていなかった)。各々のテーブルに朝食膳が置かれ、バスガイドさんがみんなのご飯をよそっていた。
 あの、布団を畳んでいただいてありがとうございました、とバスガイドさんに耳打ちをする。あ、全然大丈夫ですよー、とバスガイドさんは軽かった。それは何だか、プロフェッショナルな大人の対応だった。そういうものに触れると、早く大人になりたいと思ったりもする。先に席についていた瑞稀さんが手を挙げて私を呼んだ。
「何か、夕飯に比べるとかなりグレードダウンしてない?」
 瑞稀さんが笑って言う。そう言われて御膳を見ると、ハムエッグに納豆、温泉卵にお味噌汁、味付け海苔という、特色も特産も無い、実にシンプルな朝食だった。笑ってしまった。
「でも美味しそう」
「合宿の朝感あるね」
「確かに」
 春先に行った合宿の朝のことを思い出す。百合がいた。私がいた。来年の春は同じようにはならないだろうなぁ、と思う。百合も私も、他のみんなも、同じままでは多分いられない。でも瑞稀さんの言う通り、散らない熱というものもあるのだろう。多分ある。だって、同じように朝は来る。お腹が減る。朝ご飯を食べたいと思う。
 お箸を手に取り、いただきます、と軽く頭を下げる。白米を頬張る。


 雨はバスが出る頃には上がった。あの雨は何だったのだろう? 予報には無い雨だった。今時、まったく予報にあがらない雨なんて珍しい。
 朝方は激しかった。雨音で目が覚めると、同部屋の二人の布団が空っぽで焦った。寝坊したのかと思った。しかし時計を見るとまだ全然早く、他の二人が早起きだったことに気付き、胸を撫で下ろした。自分の準備をしてもまだ少し時間が余ったので、三人分の布団を片付けた。畳んだ布団の上に倒れ込んで少しスマホをいじっていると時間になり、二人が戻るよりも先に部屋を出た。集合時間より先に食堂に入り、配膳の手伝いをする必要があった。それは旅館側の仕事ではないのか? とも思ったが、いちいちそんなことを言っても仕方がない。無駄なエネルギーを使うくらいならば従った方が楽だというのが、私が働く上で経験から学んだことだった。ご飯をよそっていたら、同部屋だった中学生くらいの女の子に布団を片付けたお礼を言われた。大したことではないし、同部屋とはいえ私はお客さん側の人間ではないので若干恐縮したが、素直に人にお礼を言われると気持ちが良かった。彼女はきっと良い大人になるだろうだなんて、若輩ながらに小生意気なことを思ったりした。
 バスが出たのは午前十時くらいで、そこから一時間半ほど高速を走る。この時点で次の目的地が何も無い田舎町の廃校になった小学校だということを知っているのは私と運転手さんの二人だけだった。多分みんな驚くよね? だって、廃校よ? 意味分かんないじゃん。ここまでも相当変なツアーだったけど、これはさすがにね。まぁ、だとしても私はプロのバスガイドで、現地に着いたら当たり前のことのように、ここでまた二時間の自由時間だと言う。決められた予定をちゃんと伝えるのが私の仕事なのだ。
 バスは正門をくぐった後大きく旋回して、校庭と校舎の間に停車した。スケジュール表で名前を見ただけで実物の写真は見ていなかったのだが、思っていた以上に古い校舎だった。壁はさも意味ありげにひび割れていて、「廃校」でググったら真っ先に画像が出てきそうな絵になっていた。何人かが窓から外を見て不思議そうな顔をしていた。そりゃそうだと思った。外に出て、二時間の自由時間と、昼食はここを出た後に帰り道のパーキングエリアでとることを伝える。みんな各々思うところはあるのだろうが、戸惑いながらもバラバラと校舎の中に入って行った。
 見送って一人になると、すぐにポケットから煙草を取り出して火をつけた。煙草はずっとやめられない。多分、同じ部屋だったあの子くらいの年齢の頃から吸っている。もうだいぶ長い。
 運転手さんはバスから降りもせず、運転席で腕を組んで眠っていた。初めてペアを組む運転手さんだった。昨日も今日も眠っているかトイレに立っているかのどちらかで、まだ一度もちゃんと話をしていなかった。もしかすると幽霊なのではないか? と思った。幽霊クラブなだけに。
 煙草を吸い終わりしばらくはスマホをいじっていたが、さすがに暇だった。仕方がなく私も校舎に入った。年期の入った灰色の階段。大理石の床には蒼白い太陽の光が反射していた。どんなに廃れた建物にも平等に陽は注ぐ。いったい何年前のものか分からないが、壁には一本松(校庭に今もあった)を写生した生徒達の絵が飾ってあった。同じものを見て書いたのか? と思えるくらいそれぞれに特徴があって、違っていた。二年生の絵のようだが、いったい今幾つになっている学年なのだろう。「原爆の図」という木造の大きな額縁に入れられた絵画が、階段の踊り場の絶妙に手が届かないくらいの高さに飾ってあり、私のことを見下ろしていた。一見高級そうな雰囲気を纏っていたが、素人目から見ると、子供が書いたのか大人が書いたのか判断しかねるレベルの画力に見えた。
 三階まで上がってみて、何となく適当に目についた教室のドアを開けてみる。ガラガラと大袈裟な音を立てて開いた空間には、小さな机と椅子が二十個ほど想像していたよりもずっと綺麗に並んでおり、凝縮されていた埃の匂いが過去と現在の間で溢れた。教室のちょうど真ん中の席に座ってみる。机には「タケシ」と誰かの名前が彫られていた。多分彫刻刀で彫ったのだろう。今頃タケシはどんな大人になっているのだろうか、と顔も年齢も何も知らないタケシのことを想った。教壇の向こうの黒板はパノラマのようで、こんなに大きいものだったろうか? と若干の違和感を覚えた。停滞した時間の中、私は座ったままゆっくりと身体を伸ばした。
 こんなところで皆何をしているのだろうか? 縁もゆかりも無い廃校での二時間は長い。そもそも来る意味も無い。本当におかしなツアーだ。さすがに今回は誰か文句を言ってくるかなぁ、と思っていたが、予想に反して誰も何も言ってこなかった。それはやはり、一泊二日で宿泊食事込み二千円だからだろうか? ある種の諦めがあるのだろうか。
 多くの人がおそらくそうだと思うのだが、小学校なんて卒業したらもう来ることは無い。私が卒業した小学校は北海道函館市にある小さな学校だった。小学校時代にあまり良い思い出は無い。友達もいたような気がするが、今となっては誰一人として顔と名前を一致させることができない。何より家が嫌だった。厳しい家だった。グッと竹刀を握り構える眼差しのような父、折り紙を丁寧に半分に折るような話し方をする母、その遺伝子の果肉をミキサーで丁寧に混ぜ合わせたような二人の兄。馴染めなかった。反発したわけでもなく、私は本当に勉強が苦手だった。二人の兄が優秀だったことは、今思えば幸運なことにだったのかもしれない。親の希望に反して、大学には行かないと言っても誰も驚かなかった。自然と受け入れられた。誰も私に期待などしていなかったのだ。高校を卒業して、家を出たい一心で東京に移り住んだ時も、いってらっしゃい、という感じだった。
 そういえば昨日、バスガイドになりたかったんですか? と瑞稀さんに聞かれた。意外な質問に驚いて、しどろもどろの回答をしてしまった。まぁ、でも、半分なりたくて半分は成り行き、というのはあながち嘘ではなかった。バスガイドを始めたのは二十一歳の時だから、もうすぐ五年になる。気の早いバンドならベストアルバムを出すくらいの時間だ。私としても頑張った感はある。
 あの頃、東京に出て三年ちょっと、飲食店とスポーツショップのアルバイトを掛け持ちして暮らしていた。二十歳になる頃から付き合い始めた一つ歳上の彼氏と別れたのもこの頃だった。彼も私と同じくフリーターで、バイト先で出会った(彼はすぐに辞めてしまったが)。ギャンブル好きで、お金が無くなると私の家に転がり込み、勝手にご飯を食べたりお酒を飲んだりしていた。私も生活にゆとりがあるわけではなかったので、正直言って鬱陶しく思う時もあったのだが、浮気をされて別れた後は、今頃別の女の家に行っているんだろうなぁなんて考えたりすると、やはり寂しい気持ちになった。一人で家にいるのも不規則な生活も、何だか全てが嫌になって、定職に就くには良い機会だと思った。
 小さい頃からバスガイドになりたかった、なんてことはない。思えば私は「将来の夢」だなんて輝かしいものを持ったことが一度もなかった。十にも満たない幼く無邪気な頭でもそれを見出せなかった。思えば、みんな将来の夢だなんて言っていろいろと発表したり絵に描いたりしていたが、あれは自然に浮かんできたものなのだろうか? それとも無理に搾り出していたのか、今となってはよく分からない。冷静に思い返してみると、小学校時代というものは実に不安定で、未完成で、もやもやとした時間だった。古びた教室の中でそんなことを一人思った。辺りは物音もなく静かで、窓が閉まっていると蝉の鳴き声も聞こえない。本当に時間が止まってしまったのではないかと思えるほどだった。
 バスガイドという職業を選んだのは求人誌に載っていた制服が可愛かったからだ。昔から制服というものに目が無かった。パリっとした上品な感じが好きだった。漠然と、制服がある職業に就きたいという気持ちはあった。だからやはり、半分なりたくて半分は成り行き、なのだ。こんなに続くとは正直言って思っていなかったが。五年、私が何かをやった中で間違いなく一番長く続いている。
 その時、廊下の向こうからパタパタとスリッパの足音が聞こえた。静かだから小さな足音でもよく響く。誰かがこちらに向かって歩いてきているようだった。足音はだんだんと近づき、開け放たれた教室のドアの前で私を見つけて止まった。
「バスガイドさん」
 それは一番最初に集合場所に来た女の人だった。確か名前は、石山さんか石原さんか、そんな感じだった気がする。
「何してるんですか?」
「いや、別に何もです。ただ目についた教室に入ってみただけで」
 私は苦笑いで答えた。
「私も同じ感じです。やることなくて」
「ずっと歩いてたんですか?」
「そうですね。ちょっと図書室に入ったりはしましたけど、基本的にはうろうろしていました」
 そう言って彼女は私の横の席に座った。
「何をして時間を潰せばいいんでしょうね」
 石山さん(石原さん)が普通のトーンで言うので、立場上笑ってはいけないなのだが笑ってしまった。
「みんな何をしてるんですかね? 歩いていても誰にも会わなかったんですよ」
「そういえば私も誰にも会ってないですね」
「この教室以外どこか行きました?」
「いえ、ふらふらと階段を上がって、ぼんやりここに来た感じです」
「あぁ、そうなんですね。じゃあ、ちょっと校舎の中を歩いてみましょうよ」
 それで二人で廊下へ出た。なんの空調も効いていないはずなのに、廊下は少し冷やっとしていて気持ちが良かった。少し歩くとドラえもんの看板が立てられた部屋があり、「未来の部屋」と油絵具で書かれたプレートがドアに掛けられていた。どんな部屋なのか少し気になったので少し前を歩く石山さん(石原さん)を呼び止めようしたが、石山さん(石原さん)は窓の外を指差していて、その先にはプールがあった。何となく察して、行きますか? と声をかけると、石山さん(石原さん)は振り返ってにこりと頷いた。
 一階まで降りてプールに近い裏口から出ようとしたが、そこには鍵が掛かっていた。仕方なく正面玄関から出て回り込む。プールへ続く扉に鍵は無く、難なくプールサイドまで上がることができた。水道は止まっていると分かっていても、シャワーの下を通る時はやはり少し身構えた。プールはひび割れやささくれが黒く目立ち、それを朝の雨が汚らしく濡らしていた。私達は隣り合ったスタート台に座り、そこには無い水面に足をつけた。
 石山さん(石原さん)は、バスガイドさんは、と話し始めたが止まり、いつまでも「バスガイドさん」って変ですよねぇ、と笑った。私も笑い、礒谷って言います、と名乗った。
「礒谷さんは水泳は好きでした?」
「うーん。そんなに好きではなかったかもです。雪国育ちだからか、冬の方が好きでしたし」
「雪国って、北海道ですか?」
「はい。函館です」
「北海道でもプールの授業ってあるんですか?」
「私の行ってた小学校ではありましたよ」
「あ、そうなんですね」
 そう言って石山さん(石原さん)は意外そうな顔をした。その時思ったのだが、彼女は私が東京に出て初めて友達になった人とよく似ていた。その人は、優子ちゃんというバイトの同僚で、歳は私の一つ上の大学生だった。大学の名前を聞いてもピンとは来なかったが、喋り方から賢い人だというのが分かった。北海道から出てきたばかりで一人だった私を気遣ってか、何かと声を掛けてくれた。嬉しくて、あの頃の私はいつも優子ちゃんの後ろを付いて歩いていた。

「礒谷ちゃんは死にたいって思ったことある?」
 優子ちゃんは一度だけ不思議なことを聞いた。私は今でもその時のことを覚えている。冬のバイト終わりに、コンビニの前で二人でコーヒーを飲んでいる時だった。
 あるわけないじゃん、と笑って返すも、優子ちゃんはあまり笑っておらず、包み込むような目で私のことを見た。
「あるの?」
「あるよ。もちろん実際に死のうとしたことはないけど」
「なんで? 優子ちゃんなんて頭も良いし可愛いし、素敵な彼氏もいるじゃない」
 優子ちゃんは同じ大学の二つ上の先輩と付き合っていた。写真でしか見たことはなかったが、優しそうな人だった。
「不満は無いんだけどね。何かでも、たまに全部投げ出したくなる。疲れちゃうっていうか」
「何で? 全然分からない。投げ出す必要なんて一つもないじゃん」
「けっきょく、本当の幸せって瞬間じゃないんだなって思う」
「難しいよ。よく分からない」
「持続させることって、生み出すことより難しい気がするな」
 それきり優子ちゃんは黙ってしまった。私もどう言えばいいのか分からず黙っていた。優子ちゃんの言った言葉を理解しようと努めたが無理だった。雲もない冬の空なのに星は見えず、だってここは東京だもんなぁ、なんて考えていたのを覚えている。
 今になってみると、優子ちゃんの言いたかったことも何となく理解ができる。つまりは本当の幸せとは点でなく線なのだと言いたかったのだろう。点を打つことはできてもそれを続けることは難しい。点を線にすることに疲れたと言いたかったのだと思う。あの頃の私はそもそも点の幸せすら理解していなかった。あれから私もそれなりに幸せを感じる瞬間もあり、少なくとも点の幸せくらいはあったと思う。でもそれを上手く線にできているかと言われたら疑問だった。というよりもそんなことはもっとずっと後になってから分かるものではないかとも思う。結果、線になってたな、と思うことがあればそれこそ幸せなのではないか。持続させようなんて考えたら心の負担になる。
 優子ちゃんは就職活動を始めるタイミングでバイトを辞めた。私がバスガイドになったのとほぼ同じくらいの時だった。それからも少しの間はたまに会ったりもしていたが、ここ二、三年はまったく連絡を取ることはなかった。

 石山さん(石原さん)はあの時の優子ちゃんと同じ顔をしている。死にたいと思っている、とまでは言わない。でも点を線にすることに疲れているような気はする。幽霊クラブのお客さんは何となくそういう人が多いように見える。
「石山さんは水泳は好きだったんですか?」
「いや、私もあまり。運動は全般的に苦手だったんで」
 彼女は苦笑いを浮かべて言った。自然と石山さんと呼んでしまっていたが、当たっていたようだった。良かった。
「でも水面にこうして足を付けるのは好きでしたね。こうしてって、今水無いですけど。海とか」
「あ、海は私も好きです」
「四年ほど前に沖縄に行ったんです」
「沖縄良いですね。私、行ったことないです」
「朝の早い時間に海に足をつけて歩いて」
「わぁ、素敵ですね」
「信じられないくらい綺麗で気持ち良かった」
「いいなぁ。それはまた行きたいですねぇ」
「またいつか行きたい」
 と言って石山さんは笑った。やはり、あの、優子ちゃんと同じ顔だった。大丈夫、点はいずれ線になりますから、と言いたくなる。分からないけど、でもそう思って生きるということが点を線にする第一歩な気がする。私だって別に上手くいっているわけではない。仕事は毎日繰り返しだし、恋人もいない、友達だってほとんどいない。でも生きようと思う。今日も明日も、死なない限りは生きているのだ。
 マイナスになれたことはプラス、と誰かが言っていた。事実かもしれないけど、そうは思えないならやはりそれはマイナス。でも意識一つの問題なら、けっきょくそこにあるのは事象として同じものであるという確かな事実だけで、それならばやはり簡単に死んだりできないね、と思う。命って、それだけ愛らしくて期待が持てるものなのだと、優子ちゃんにずっと言いたかったことを今石山さんに言いたくなっている自分がいた。
「いつかまたきっと」
 石山さんが呪文のように呟く。私も思う。いつかまたきっと。全てはまた続いていく。
 二十五メートルプールの向こうにはねずみ色の空を背負った林が見える。ここがどこかは分からないが、世界に行き止まりなんてない。もうちょっと他も見てみましょうか、と石山さんが言う。頷き、私はスタート台からゆっくりと立ち上がった。


 バスはゆっくりと停まり、プシューと大きな息を吐いてその身を落ち着かせた。お疲れ様でした〜、とバスガイドさんが立ち上がって笑顔で言い、何となく車内の緊張が解ける。上野駅の、昨日と同じ場所だった。
 みんなバラバラと席を立ち降り口に向かう。私も、短い時間ながらも一泊二日を共にした方々に挨拶をしてバスを降りた。駅までの道で振り返ると、もうそこには誰もおらず、私はあっさりまた一人に戻っていた。
 不思議なツアーだった。終わってみて、いったい何だったのだろう? と思う。テーマも無いうえに回るスポットも奇妙で、一つ一つのことに対してまだ理解が追いついていなかった。一泊二日で宿泊食事込み二千円は安かったが。
 上野に来るのは久しぶりだった。学生の時は大学が近かったのでよく来た。アメ横商店街なんかを友達とぶらついたりした。朝までカラオケをしたり、お酒を飲んだり。懐かしい。変わっているのか変わっていないのか分からない街並みの中を私は一人歩いた。
 家に帰ったら何をしよう。とりあえずクーラーをつけよう。私の部屋は西陽がよく差し込むからすぐ暑くなる。そしてシャワーを浴びよう。汗を流したい。今はお腹は空いていないが、やがて空くだろうということを見越してスーパーで何か買って帰ろうか。できれば明日の朝食もまとめて。最近はクロワッサンが美味しい。コーヒーは白バラが濃厚で良い。明日は、月曜日だ。また一週間が始まる。同じような一週間が。悲観も楽観も、大して違いは無いのではないかと最近は思う。しかしそれは決して絶望ではない。ただ通り過ぎていくだけのものでもないと思う。
 もう夕方だというのに、行き交う人の中、頑張って声を上げている人がいる。選挙演説か? 厚化粧だが、そこまで年齢は行っていないと思われる女の人だった。誰も足を止めない。でも彼女の声は確かに私に届いていた。砂漠に花を咲かせましょう、砂漠に花を咲かせましょう。彼女は額に汗をかいて必死で訴えかけていた。曲がり角を曲がって消えていく背中達を追って、私もまた雑踏の中の一人として消えた。

幽霊クラブ

執筆の狙い

作者
om126208158234.22.openmobile.ne.jp

短編が繋がっていくようなものを書きたくて書きました。

コメント

アン・カルネ
KD059132056180.au-net.ne.jp

石山美奈子による私の物語
瑞稀玲奈による私の物語
山根沙耶香による私の物語
里見静佳による私の物語
バスガイド礒谷による私の物語

語り手の私が代わる章の前に「*」とかなにかそうと分るといいのかも、と思いました。
空行でそれと分かるようにしてあるのかも、ですけど、例えば玲奈の章、「岬での二時間はほとんどベンチに座って寝ていた」の上に「*」とかがあると親切かなあ、と。
紙の本じゃないので、石山美奈子の物語がまだ続いている気で読み出してしまいました。
美奈子の章で「乗り口のところでadidasのジャージを着た女の人とタイミングが合ってしまい、先を譲る。」と出ていても、それが次は玲奈の物語になるよ、という合図には受け取りにくいというか、文字だけではちょっとすぐにイメージできないので。これが映画のシーンなら察しやすいのですけどね。文字だけなので玲奈の物語に移ったと捉えにくのです。玲奈の物語が始まっていたのかと分るのは「adidasのジャージは実業団から支給されたもので」が出てきてからでした。

良かったなあ、と思うとともに、ぐっときたところ。
「世界に行き止まりなんてない」とラスト5行。
微妙に気になったところ。
とりあえずクーラーをつけよう。
エアコンのことでいいのかしら。
コーヒーは白バラが濃厚で良い。
白バラという種類があるの?
無知でごめんなさいね。誰でもこれでちゃんと通じるのであればいいことなので。

作者がどういう意図をもってこの物語を書かれたのかは実を言うとよく分からなかったのですが、分からないことと好きと思うことはまた別で。
作者さんの真意は分かりませんでしたが、美奈子と祥子のエピソードはなんか好きでした。祥子さんが何気にファムファタルっぽくて良い感じでしたので、美奈子の喪失感に共感できました。紗耶香の『昼顔』っぽさも、これはこれでなんか分かるわーと共感しました。
静佳ちゃんの気持ちも、うんうん、と頷いてしました。

みんな何かしらの喪失を抱えている人達の物語(でいいのかしら)。
で、まあ、ここからがセオリーだと喪失からの再生ってことになるんでしょうけど、作者さんもそれを意図してたんでしょうか。
「礒谷ちゃんは死にたいって思ったことある?」からの点と線の話は私にとっては、ここに来てなんだか観念的な語りになっちゃったなあ、な印象でしたが、これがその「再生」に繋がる部分だったのでしょうか。
いえ、それまでは皆、登場人物の“私”はちゃんと「私の物語」、体験、体得した事を語っていたなあと思えたので。それが磯谷さんのところで、何かちょっと変わったかなあ、と思えたものですから。
で、もし、特に「再生」を意識したわけではなく、ラストの1行「私もまた雑踏の中の一人として消えた」とあるように、これはただの名も無き人々の小さなエピソード、でもここに語られた色々な“私”の中にあなたもいませんでしたか? という意味を込めての物語だったのだとしたら、「砂漠に花を咲かせましょう」があるので、殊更、再生を思わされるエピは無くてもいいかもしれないなあ、とも思わされたりしました。
とはいえ、いえ、強調しないと、書き込まないと伝わらないものですよ、ということであれば、観念的語りは大事なのかもしれませんから、まあ、あくまで私の感想です。

あと、ラストの「私」は誰になるでしょうか。
美奈子に始まり美奈子に終わるのかな、と思っていたのですけど、
「上野に来るのは久しぶりだった。学生の時は大学が近かったのでよく来た。アメ横商店街なんかを友達とぶらついたりした。」とあったので、あれれ、美奈子は確か「上野駅。普段はあまり来ない駅だった。不安なのである。知らない場所が集合場所だと」と「知らない場所が集合場所」と言っていたから、美奈子じゃないのかも、と思ったので。

そんなことが一読でちょっと気になったところでしたけど、そして作者の意図は汲めてなかったかも、ですけど、でも分からなかったけど、分からないなりになんか好きな物語だったなあ、と思いました。分からないけど分からないなりに、読後感は、なにか心に響く物語だったなあ、と。

中小路昌宏
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短編が繋がっているような、という見出しを見て、読もうかと思ったのですが、ワードにコピーしてみると40,000文字以上あることが分かって、読むのをあきらめました。
 代わりにアン・カルネさんのコメントを読んで見て、たぶん私の好みに合う作品だろうという気はしました。
 
 私も以前、かなり長めの作品(と言ってもこの作品の半分以下)を投稿したことがありますが、あまり読んで頂けなかったのは、文章が長過ぎたから、というのが一番の理由だと思っています。
 それに凝りて、今回は、第一話、第二話、というように区切って投稿しています。 それはそれで、いろいろと問題もありますが、出来ればもう少し続けて、皆さんの評価を頂きたいと思っているところです。

 参考になるかどうか分かりませんが、つまり、作品の内容のほか、発表の仕方にも工夫が必要ではないかというのが私の考えです。

 作品の内容についてのコメントでなくてごめんなさい。

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アン・カルネ様
コメントありがとうございます。
確かに物語の区切りは分かりにくかったかもです。反省点です。
再生を書きたかったわけではなく、その空虚そのものを書きたかった感じです。ラストの私は意図的に誰だか分からないように書いています。また次も読んでいただけると嬉しいです。

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中小路昌宏様

ご感想ありがとうございます。
あまり短い物語を書かないのでだいたいこうなります。百枚は必ず書きます。
この小説は短い物語の連続ですが、分断するのは何か違いました。
次は是非読んでください。

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