ピンクハウス第三話
ピンクハウス第三話
※ ピンクハウス各部屋の住人
① 101号室 もとは家主・吉沢せつの部屋だったが、今は空き家になっている。そこを秋田栗子の娘・苺(いちご)が美容室として開店予定。
② 102号室 塚崎のじいさん73歳、家族とは別居中、ピンクハウスの主のような存在。
➂ 103号室 竹田42歳、独身、左官業。
➃ 104号室 浦島剛太郎62歳、独身、タクシー運転手
⑤ 201号室 徳島拓造とその妻・恵美子、三の倉中学の教員、最近入居してきたばかり。
⑥ 202号室 春山桃子と秋田栗子、60歳になる双子の姉妹。
⑦ 203号室 中原健太郎17歳、嶋藤高校の2年生。
⑧ 204号室 山川雛子とその子陽一が出て行って、今は空室になっている
第二話までのあらすじ
吉沢アパートというのが正しい名前なのだが、誰もそんな名前では呼ばない。見た通りピンク色に塗ってあるので、皆、ピンクハウスと呼んでいる。
ここには年齢、性別、経歴も職業も、考え方も違うさまざまな人々が住んでいる。その1階の102号室は塚崎のじいさんの住まいなのだが、夕方には住人みんなが集まっておしゃべりが出来る場として、部屋を開放している。
ピンクハウスの住人のひとりだった山川雛子は、別居中の夫との和解が成立して中学生の息子と共に部屋を出て行った。山川母子が出て行ってしばらくは、住人たちは寂しい思いをしていたのだが、春山桃子の息子・賢治が近くでラーメン屋を始めることになり、また秋田栗子の娘・苺(いちご)は空室になっていた101号室を借りて美容室を開店することになって、急に活気が戻ってきた。
10
山川雛子と息子の陽一が部屋を出て行ったあと、しばらくは、住人たちは寂しい思いをしていたのだが、その後少し経って、秋田栗子の娘・苺(いちご)が101号室を改装して美容室を開店することが決まって、再びピンクハウスに活気が戻ってきた。
101号室にはもと住んでいた家主・吉沢せつの荷物がそのまま残っている。おまけにせつの息子・忠士が自分のガラクタを大量に運び込んできていたので空けるのが大変だ。
苺は、出来れば11月始めには開店したいと思っていた。12月に入ると、寒さも厳しくなり、お客さんが来てくれるかどうか不安があるからだ。
「それで、開店はいつ頃なんやの」と、浦島が聞くと
「苺は出来れば11月始めには開店したいそうよ。雪が降ってから開店したのではお客さんも来てくれないから・・・・というのよ」
「そうか、分かった。早く空けて貰うように大家に言うてみる」
と塚崎が言って大家の吉沢忠士に電話すると、
「はい。レンタル倉庫を借りることにしたので次の日曜日からボチボチ運びます」
というので、
「いや、美容室は11月始めには開店したいそうやから荷物運びは一日でやってしまいましょう。私たちもお手伝いしますから」
という事になった。吉沢は会社勤めをしているので日曜日以外は休めなく、引っ越しには何日かかけるつもりだったようだ。
年内、出来れば11月初めには開店したいというので、ピンクハウスの住民が、協力して101号室の荷物の引っ越しを手伝うことになった。
吉沢が借りた貸倉庫へ運び入れるために、浦島がどこからか軽トラを借りてきた。それを使って住民みんなが協力して大量の荷物をピストン輸送することになった。
荷物の積み込みは、春山桃子と秋田栗子が担当し、浦島が運んだ先では吉沢忠士と塚崎のじいさんが待機していて到着した荷物を運び入れた。
さしもの大量の荷物も軽トラで5回も往復すればすっかり運び終えることが出来た。
半分くらいは処分してもいいガラクタなのだが、それをえり分けるのは吉沢が、後でゆっくりやればいい。
住居だった部屋を美容室に改装するのにはやはり1か月以上はかかる。だからすぐ工事にかかったのだが、最後の左官工事などは103号室の竹田が同僚の岡田を連れて来て二人で夜遅くまで頑張って、ようやく11月1日までに終わらせることが出来た。
・・・・・・・・・・・・・・
〘美容室・いちご〙は11月3日・文化の日にオープンと決まった。
間もなく開店を控えたある日、世話になったピンクハウスの人たちにお礼を言うため、採用予定の二人のスタッフと共に、苺は塚崎のじいさんの部屋にやってきた。
「みなさん、部屋の段取りとか引っ越しのお手伝いまでして頂いて有難うございます。これはホンの気持ちだけですけど、どうぞ皆さん、一パックずつ食べてください」
と言って立派な苺をケースごと持ってきた。開店記念として1週間はお客さんにも一パックずつサービスするらしい。
「あんた大丈夫なの? カットだけのお客さんでも、苺一パックあげるの?」
「大丈夫よ、カットだけでもいちおう、3,000円だから、そりゃあ、まあ、儲けは少ないけどカットとカラーのセットとかのお客さんもあるし、平均の客単価は7~8,000円ぐらいと見込んでいるのよ」
「そうーお? でもカットだけだと1,500円とか、1,000円ぐらいの店もあるし、開店早々、割引なしの3,000円だとお客さん来てくれるかしら」
それを聞いた塚崎が
「1,000円でカットを頼む人と、3,000だけど苺のサービスがあるから、というお得感でお店を選ぶ人とは客層が違うんだよ。だから気にしなくていいんじゃぁないかのぉ。ちゃんと利益を取って商売しないと、すぐ息切れしちゃうよ」
というと、浦島が言った。
「ほうお、さすがは作家先生だ。眼の付け所が違うなあ!」
「おいおい、冷やかさないでくれよ、けど、人の心理状態というのはそういうもんじゃ無いかのう。安売りしてお客さんを呼び込んでも一時的にはお客さんは増えるけど、疲れるばかりで経営は厳しいと思うよ」
「えっ、作家先生って、塚崎さん、そうなんですか?」
「いや、まあ、ボケ防止のつもりで、だいぶ前から下手くそな小説を書いているんだよ」
「まあ、わたし、小説読むの大好きなんです。ぜひ読ませてくださいな」
というと、隣の自室からガサガサとホッチキスで止めただけの作品集を数束持ってきた。
「まあ、そんなにたくさん、それにしても、よくこんなに・・・・小説の筋書きって簡単に思いつくんですか?」
「それはまあ、誰かから聞いた話を参考にして、スラスラッと出て来る時もあるし、悪戦苦闘してやっと絞り出すようにして書き上げることもあるんだよ」
「へえぇ、じゃあこのピンクハウスの事なんかも書いているんですか?」
「うん、もちろん ‼、私がここへ引っ越しをしてきたのは、ここへ来ればいろんな人と出会えて、いろんな話が聞けると思ったからなんじゃよ」
「まあ、面白そう、読むのが楽しみだわ」
塚崎が、日中はだいたい部屋で小説を書いているらしいという事はみんな知っているが、住人はみな、そんな事には興味のない連中ばかりなので、どんな作品を書いているのか、誰も聞いたことは無かった。関心を示したのは苺が初めてだった。
初めて自分の作品に興味を持ってもらえる人が現れて、塚崎は嬉しそうだった。
11
〘美容室・いちご〙は主人の苺のほかに、岡村という20歳前後の元気な茶髪の若者と、若山瑠璃という25,6歳の綺麗な娘さんが働くことになった。
開店後、しばらくは苺一パックがサービスで貰えるという事もあって賑わったのだが、1ヵ月ぐらい経つと少し落ち着いてきた。店は毎日7時まで営業なのだが、夕方になってお客さんが誰もいない時には、交代で塚崎の部屋へ来て休憩するようになった。すぐ隣なので、お客さんが来れば店へ戻ればいい。
「どう? 苺さん、儲かってますか?」
浦島が聞くと、
「ありがとうございます。おかげ様で、想像していたよりずっと順調です。開店の時はもちろん、お客さんを断らなければならないほどでしたけど、1か月経った今でも毎日ほとんど朝から晩までいつも予約でいっぱいなんですよ」
「嬉しいねえ、それを聞くと俺達まで応援のし甲斐があったという訳だ」
「そうだね、ほんとにお目出とうございます」
と、塚崎と、美容室の最後の左官工事を請け負った103号室の竹田が言った。
〘美容室・苺〙に勤めている岡村はいつも元気いっぱいだ。夕方6時ごろ、手が空くとすぐ102号室にやって来て浦島の作るうどんを食べにくる。若いのでおなかの空くのも早い。ただでは悪いと思っているのか、ときどきネギの束を大量に抱えて持ってくる。
「うちの実家で作っているんですよ。ネギならいくらでも持ってきますから・・・・」
12月になって初雪が降った。山ではもう、スキー場開きをしている。塚崎は73歳になる今も、冬には本宅にいる孫たちを連れてスキーに出かけている。
塚崎宅の玄関に立てかけてあったスキーを見て岡村が聞いた。
「塚崎さん、スキーをするんですか?」
「うん、もう、息子は忙しくて行かれなくなったというから、私が孫二人を連れて時々大勝山のスキー場まで行っているんじゃよ。もう歳だからすぐ疲れてしまうけど、今でも雪を見るとワクワクしてくるんじゃ」
「へえ・・・・僕は山の手の生まれなのに、スキーは高校時代に一度だけスキー合宿に行ったきりで、ほとんどやった事無いんですよ。今度一緒に連れて行ってくれませんか?」
「そうか、お安い御用だ。私も孫の相手をしているだけでは、自分はほとんど滑れないし、昔の仲間はみんな、スキーなんて、とっくの昔に辞めてしまってるから・・・・一緒に行こう。次の月曜日にどうだ」
「はい。是非お願いします。俺の家は大勝山のすぐ近くだから直接、現地で逢いましょう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日、駐車場に車を預けてゲレンデの下のスキーハウス前に来ると、立っていた岡村が手を繋いでいたのは小さな女の子二人だった。塚崎がびっくりして、
「どうしたの? その子たち」
と聞くと、
「ああ、俺がスキーに行くと分かった途端にこの子たちがどうしても一緒に行くと言い出して・・・・」
「ええっ、この子たち岡村君の子なんか? という事は、君は結婚しているのか?」
「はあ? 結婚してるって、前に言いましたよね?」
「ええっ、知らないよ、そんな事、しかも二人も子供がいるなんて‼」と絶句すると、
「二人じゃなくて三人です」と言って彼の指さした先には赤ちゃんを抱いた女性(少女と言ってもいいような若い子)がいた。
「主人がいつもお世話になってます」
塚崎は少しずつ思いだしてきた。
≪そういえば苺がふたりを連れて最初にあいさつに来た時、結婚してます、と言ったような・・・・≫
だがその時はこんな、若いあんちゃんが? と、チラッと思っただけですっかりそのことは忘れていたのだ。そして女の子ばかり、こんな小さい子が3人もいるなんて・・・・塚崎にとってはまさに青天の霹靂だった。
「岡村君、君は幾つだっけ?」
「22歳です」
「奥さんは?」
「私も一緒です。私たち高校の同級生で、卒業後、美容学校へも一緒に入ったんです。けどすぐこの、上の子が出来ちゃって私は半年ほどでやめちゃったんですよ」
「という事は、この子たちは幾つなのかな、お嬢ちゃん、いくつ?」
と聞くと
「ひまりちゃんはよっつ、りんちゃんはふたつ」
と、上の子がはきはき答えた。両親の元気なところを、そのまま受け継いでいるようだ。
「塚崎さん、すみません。俺、今日は一人で来るつもりだったので・・・・でも玄関を出ようとしたら子供たちに見つかってしまって・・・・」
「当り前よ。仕事に行く時は仕方が無いけど、お休みの時には子供たちも連れて行ってくれなくちゃ・・・・」
と、高校生のような幼な妻が言った。
塚崎には少しずつ岡村の家庭の事情が分かってきた。こんなに若く結婚して、子供を3人も作って、若いけど一人で5人家族の生活費を稼いでいるのだ。浦島の作るうどんをよく食べにくるというのは、少しでも食費を浮かせたいという気持ちもあったのかも知れない。それを思うとこの若い家族をしっかり応援したい気持ちになった。
その日は結局、自分はほとんど滑れず、いつものように一日中、子供たちの世話だけで終わってしまった。
12
ただの、遊び盛りの若ものだと思っていた岡村が、実は3人の子持ちの、奮闘中の父親だと分かって塚崎は岡村を見直した。人は見かけだけで判断してはいけないとつくづく思った。≪美容室・いちご≫でいくら給料をもらっているのか知らないが、奥さんと3人の子供を一人で養うのは大変だろう。これから子供たちが大きくなれば衣類、食費、学費なども掛かってくる筈だ。
「苺さん、岡村君に奥さんがいて子供が3人もいるって知っていた?」
「結婚していて赤ちゃんもいるとは聞いていたけど、3人も子供がいたとは私も知らなかったわ・・・・。かといってそんなにお給料上げられないし・・・・大変ねえ」
「でも、いま苦労して頑張っていれば、将来はきっと、幸せになるよ。若い時からそうやって苦労したお陰で立派になった人を私は何人も知っているよ」
「ところで塚崎さん、小説みんな読んだわ。面白かったわよ。
でも小説を書くって、ひとりで部屋に閉じこもって孤独な作業をするのでしょう? 今までは私のほかには、誰も読んでくれなかったようだし、よくそんなに続けられますね。ストレス溜まって来ないのですか?」
「いや、まあ、誰も読んでくれないわけじゃあ無いんじゃよ」
と言って奥からアイパッドを持ち出してくると、
「ほら、インターネットにこうやって、自分の作品を投稿出来る場所があって、いろんな人がここで自分の作品を発表してるんだよ。投稿すればそれに対していろんな人から感想を貰えるから、全く孤独感は無いんじゃ」
「なるほど、そうですか? あ、この 〘三の倉塚次郎〙って言うのが塚崎さんのペンネームですか? あっはっは 面白いわ!!
あ、このオレンジハウスって、もしかしたらピンクハウスがモデルになっているんですか?」
「うん、そうだけど、評判はあまり良くないんじゃよ。登場人物は職業も年齢も考え方も違う人ばっかりだから、それぞれの人の生き方を詳しく書こうとすると、物語に一貫性が無いとか言われて・・・・」
「ふーん、でも私は、それは気にしなくていいと思うわ。そういう、一話完結型の連載小説っていうのもあるわよ。例えば〘三丁目の夕日〙って言うのもあったじゃない。
それにしても小説を書いている人ってずい分沢山いるのねえ。
この、〘昼の雨〙さんという人は凄く丁寧に、解説して下さってるわねえ・・・・それとこの、うんがわさんという人も、面白いと言って、褒めて下さっているわ・・・・
あ、でも〘下松凪〙さんっていう人はずい分失礼ね、ここが悪い、これは間違ってる、って」
「まあそれは皆さん真剣に読んでくれているからそういう辛口のコメントもあるんだよ。私の目指しているのはあくまで、楽しく、面白く読んでもらえる大衆娯楽小説なんだが、人によってはもっと、高尚な文学でないと認めてくれない場合もあるんだよ」
「この、西川鷹次さんというのはどんな人なんですか」
「あ、この人は・・・・うん・そうだな、まあ、私と同じぐらい下手くそで、でもなんか憎めない人なんだよ。まあ、善人と言ったらいいかな。家族思いの優しい人なんじゃよ。
この〘作家でごはん〙というコーナーを私に紹介してくれたのもこの人なんだよ」
「なるほど、知らなかったわ。こういう世界もあるのね」
「うん、私たちの現実の世界では、姿が見えて、声が聞こえて、そして同じ空気を吸って生活していて、好きな人も嫌いな人もいるだろう。それとは別に、姿は見えず声も聞こえないけどいつもネットで話し合っているから会った事も無いのに、親友のように仲良くなれる人もいるんだよ」
美容室・いちごが開店して一カ月経った。双子の姉妹のうち姉の春山桃子の息子・賢治が始めることになったラーメン屋は、店の準備は早く出来たのだが、賢治は、ラーメン屋の開店の時期としては小雪がちらつくような寒い日が最もふさわしいと思っていた、東京にいたときにもそういう時に開店して成功した事例を知っていたからだ。そうすれば、それまでに新規採用したスタッフの研修も念入りに進められる。
ピンクハウス第三話 おわり
執筆の狙い
第一話、第二話に続き、第三話と、書いているうちに、だんだん楽しくなってきました。
・・・・というのは私の自己満足だけで、読む人は、なんだこんな、つまらない、と思われるかも知れません。
お世辞を言って下さいとは申しませんが、優しくご指導いただければ、この先、第四話、第五話と続けられるかもしれません。
よろしくお願いします。