鮫島先生の漫画世界大宴会
鮫島は政治と経済がからむ腐敗した国家の漫画を描いている。
警察やら犯罪組織も出て来てシリアスに物語が展開する。
それが結構売れていて忙しい。
出版社の編集からは陣中見舞いということで、差し入れなどもある。
「先生、シーン14の田島の背景ですが、黒塗りにして彼の闇が深いという表現にしたらいかがでしょうか」
弟子の中野が言うので「うん、田島は闇の総理といったところだから、シーン14の背景は黒塗りで頼む」
中野は「はい」と返事するとペンを動かしながら、「この田島はビールを飲むシーンが多いですね」
「そうかな、気が付かなかった。私がビール好きだからついそうなっちゃうんだよな」
一段落したのが午後の三時で鮫島は冷蔵庫にビールを取りに行った。
「あれっ?」と思う。
「中野君、ビール知らないかい?」
「えっ? ビールですか、半ダース入っているはずですが……」
「一本しかないが」
「そんな馬鹿な」と言いながら中野が冷蔵庫までやってきて覗く。
「ほんとうだ、ない……」
「中野君が飲んだのかい」
「まさか先生、いくら僕がビールが好きだからと言っても、先生に無断で飲んだりはしませんよ」
「わかったわかった、それじゃ、コンビニまで買いに行ってくれないか、ついでにつまみもお願い。もちろん君の分も買ってきてよいから」そう言って財布を取りにデスクまで戻り玄関で一万円札を渡した。
中野が出かけたので冷蔵庫まで戻り残っていたビールを手に取ろうとすると、無い……。
どういうことだ、先ほどまであったビールが無くなっているではないか。
鮫島はあたりを見回した。
すると「あぁ、うめぇ!」という女の子の声が聞こえてくる。
ギョッとして声のする方を見ると、窓から外の風景を眺めながら缶ビールを飲んでいる背中に羽がある妖精が。
「あんた誰?」思わず鮫島は声を掛けて、自分がとぼけたことを言ったのに気が付いた。
鮫島が描いている漫画のなかの政治家の幼い娘が読んでいる、童話のなかの妖精なのだ。
ピコリンという妖精は鮫島の方にふり向きながら「あたいをもっと自由にしてくださいよ、童話の中だけに閉じ込めるのではなくて、世の中に出て物見遊山してみたいなぁ」
「えっ、どうしてお前がビールを飲んでいるんだ?」鮫島が思わず尋ねると。
「えっ、そういう設定ですがぁ、あたいのキャラクターは」
「そんなはずはないぞ、まさか……中野のやつ、勝手にビール好きの妖精にしたのか子供が読む童話の妖精を」
そんなことを言っていると単庫本になっている漫画が本棚から落ちた。
おどろいて振り向くと、本が開いていて中から闇の総理の田島がスーツ姿で出てきた。
「あー喉が渇いた、ビール、ビール」そう言って冷蔵庫の方にやってくる。
もちろん冷蔵庫の前には作者の鮫島がいる。
当然目が合う。
田沢はスーツの内ポケットからナイフを出して「ビールをよこせ」と言ってくる。
「すまん、いまないんだ、コンビニまで中野に買いに行かせている」
そういうが信用していないのか冷蔵庫を開けて覗き込んだ。
「チェ!」と言葉を吐き捨てる。
「おじさん、あんたが話している人は、鮫島先生だよ、つまりあたいたちが活躍する漫画を描いてくれている先生なんだ、そこをわきまえないと」
「えっ、まじか!」恰幅のいい田島は急に頭を下げると「道理で……、てへへ」と照れ笑い。
そこに本棚の本が数冊落ちたと思うと漫画本の中からマシンガンを持った戦闘服の連中が複数人出てきた。
もちろんマシンガンを構えている。
鮫島は言った「ビールならいま買いに行っているから」
「本当だよ」と、妖精が羽を優雅に動かしながら「あたいも飲みたいんだから」
田島はスマホをスーツから取り出すと電話をかけた。
「中野さん、オレオレ、田島、ビール追加ね、二ダースほど買ってきて、かなりの人数がいるから」
「まだ、トリがいるよ」そう言って、妖艶な女が漫画本から姿を現した。
「あっ、童話の中の魔女だ!」ピコリンが面白そうに言う。
中野が帰って来ると、漫画の登場人物たちが鮫島を囲んでビールで宴会が始まった。
三時半からの宴会は大盛り上がりだ。
何しろ漫画の登場人物たちは個性豊かな面々ばかりなので、話に興味は尽きない。
妖精のピコリンは早くからビールを飲んでいたが呑み助らしくおしゃべりも絶好調だった。
「もっとさぁ、あたいの活躍の場をふやさないと、鮫島先生はそのあたりはどう思っているのよ」
鮫島は、漫画の登場人物に好きなことをしゃべらせて、今後のストーリー展開を模索しょうと考えていた。
「やっぱりあれだね」と言い出したのは、闇の総理の田島だった。
「なにがあれなんだ」とマシンガンをもって漫画本から出てきた「東京革命軍」のメンバーAが言う。
さすがの田島も引きながら、「現在の政府をなんとかしないとな、国民は幸せにはならないと思うぞ」
「ふ~ん、田島先生は『国民は神様』の漫画の主役でしたよね」「東京革命軍」のメンバーAが笑いながら言った。
「なにがおかしい!」と田島はぶぜんとした。
「このビールうまいなぁ」と、魔女が話の中に割って入った。揉めそうなのを和解させようとするかのように。
テレビではお笑い番組が始まっていてピコリンが芸人の演技に笑っていると。
突然番組が中断された。
「東京の新宿で人質事件が発生しました」と、大写しになったアナウンサーが原稿を読み上げる。
すぐに現場にカメラが移された。
「こちらは現場の向かい側のビルから映像をお送りしています」
テレビカメラが容疑者がいる向かいのビルの窓を映しているが、パトカーのサイレンやら上空を飛ぶヘリコプターの音響に事の重大さが窺えた。
すでに人質がいるビルの周囲は機動隊が配置されている。
「まるで東京革命軍の漫画の世界だな」と言ったのは田島であった。
「なに言ってるのん、田島先生がご活躍する漫画の場面でも似たようなシーンがあるじゃないですか」と、すぐに革命軍のメンバーが反応する。
鮫島はビールを片手にテレビの実況放送を観ていた。
「ただいま犯人側から要求が出されました」中継先のアナウンサーの緊迫した声が。
「ビールです。ビールを要求している模様です!」
「なんだって!」
鮫島の部屋で宴会をしていた、ビール好きのメンバー全員が驚きの声をあげた。
いや、魔女は妖精のピコリンの頭の上に雷雲を発生させて雷雨を降らせようとして、にやついている。
中野が言った。
「先生、もしやこの人質事件は先生の漫画本から出たキャラクターが事件を起こしているのでは。何しろ、要求がビールですからね」
この部屋にいる鮫島が描いた多数の漫画本のキャラクターたちは、お互いに顔を見合わせた。
「あと、誰が足らないんだ、ビール好きのキャラクターは」と、思わず鮫島が言う。
「先生の描いた漫画の主役級はまだ10人はいますが」
「そうすると、その中の誰かという事か」
「ははは、俺の漫画も相当な代物だな。おかげで懐が温かい」
鮫島はどことなく愉快である。
そして部屋に集まっている漫画のキャラクターも鮫島先生の功績をたたえて拍手をしだした。
「かんぱ~い!」と、ビールをみんなが手に取って、飲み始める。
そのときだった、テレビカメラが向かいのビルの犯人の顔をとらえたのは。
「あっ!」と、田島が叫ぶ!
一斉に、みんなの眼がテレビ画面に集中する。
「よたろうだ!」
「まじ、よたろうだ!」と、ピコリンが面白そうに言う。
「中西さんの漫画の主役の与太郎です!」と中野が声をあげた。
「確かにそうだな、俺の弟子をやめて独立して結構儲けているらしいが……」
「そういえば中西さんもビール好きでしたね。漫画の中でもよくビールを飲むシーンがありました」
鮫島が中西に電話をかけると出版社の〆切に追われているらしくて、テレビの人質のニュースは知らないようだった。
「鮫島先生、冗談はよしてくださいよ」と言いながらも、テレビをつけてニュースを知り、驚きの声をあげた。
「だろう……、どうする?」
「どうするって、意味がわかんないすよ。ただ、大変な事件になったとしか」
すると魔女が、鮫島の耳元に声を掛けた。
「私が魔法でなんとかしましょうか」
「なんとかって?」
「与太郎を消滅させるとか」
「そんなことできるのか」
「できるのかって。私は魔女ですよ」
鮫島が中西に魔女の提案を話そうかどうか迷っていたが、すでに電話は切れていた。
「まあ、いいか、これだけ大変な事件を起こしたのだから、中西のコメディ漫画の主役が一人ぐらい消えても」
鮫島は、魔女にうなずいてみせた。
魔女はビールを一気に飲み干すと、もう一本缶ビールをもって姿を消した。
それからしばらくして、警察官が犯人の要求したビールをもって人質がいるビルの中に入って行ったが、すでに犯人はいなかった。
人質になっていた三人の女性に事情を聴くと、犯人と楽しく宴会をしていたが途中でビールが無くなったので、勝手に人質事件ということで警察にビールを持ってこさせようとした、という内容であった。
そして犯人はコツゼント姿を消した、という事らしい。
鮫島は笑っていた。
「それにしても中西もとんだへまをしたものだ」そして内心では、俺の弟子のくせして、俺よりも売れようとしたことが、そもそもの間違いなんだよ。
鮫島の部屋にいる漫画のキャラクター達も、鮫島の気持ちがわかるのかうなずいていた。
そんななか、魔女と一緒に現れた与太郎は、仲間に加わると、さっそくビール缶に手を出していた。
魔女は、現場から与太郎を消滅させたが、本当に消滅させたのではなかった。
鮫島は舌打ちしていたが、本心ではないらしくて、にやついている。
それを見てピコリンは楽しそうに笑った。
終わり。
執筆の狙い
コメディタッチの面白い作品をイメージしました。