袖振れ合うも他生の縁
今日からゴールデンウィーク、松本旭は七日間の休日を利用して一人旅に出た。会社も粋な計らいで四月二十九、三十日を出勤して五月一日と二日へ振り替えて七日間の連休となった。これは正月休みに匹敵する豪華な休日となり社員もウキウキでバカンスを楽しめる。
旭は車で出掛けようと考えていたがゴールデンウィークで車を使うなんて滅茶苦茶込んで時間のロスは余りにも勿体ない。そうなれば電車か飛行機が理想だろう。勿論、無計画に旅に出る訳ではない。二ヶ月前から何処へ行こうか、宿はどうするか旅の工程を練っていた。そして決めたのは山口県だ。羽田から飛行機に乗り宇部空港で降り立ち、そこで予約して置いたレンタカーを借りる。まず山口県と言ったら秋吉台、秋吉洞が有名だが更に錦帯橋、角島大橋は海の上を真っ直ぐ走る道で爽快だ。また下関から九州を繋ぐ関門橋や瑠璃寺、松下塾に城下町で情緒豊かな萩がある。
まぁ観光案内はそれくらいにして日産ノートを借りた。今では全てのレンタカーにナビ標準装備となっているから便利だ。天気も快晴で気持ちよく疾走する。最初の行き先は角島と決めた。山陽道から一般道を抜けたが予想通り三時間も掛かってしまった。それでも旅のスタートはこれからだ。この角島大橋は東京アクアラインに似ていて海の上を走っているようで気持ちいいだろう。海はコバルトブルーに輝きはなんともいえない。渡る前に一旦降りて景色を写真に収めていると近くに居た女性が声を掛けて来る。
「すみませ~~シャッター押して貰えませんか」
年の頃は二十台中盤から後半といったところだろうか。いやいや観察しては失礼だ。
旭はニコッと特上の笑顔を浮かべ、彼女からカメラを受け取った。
「橋をバックに入れた方がいいですね」
旭はシャッターを切った。そして別な角度から数枚撮り彼女にカメラを返した。
「有難う御座います。あの良かったら貴方も撮りますか」
「ああ、そうですね。ではお願いします」
「もしかしてこれから橋を渡って角島へ行くのですか?」
「はいその予定です。貴女は行かないのですか?」
「電車とバスで来たので次のバスで渡ろうと思っていますがね先ほどバスが行ったばかりで」
「それなら僕はレンタカーですので宜しかったらどうぞ。お連れの方は?」
「残念ながら友人は急病で行けなくなり寂しい一人旅ですよ」
「そうですか、僕も一人旅なので乗って行きますか」
淋しい一人旅とは脈がありそうな言い方だ。そんな訳で一人旅どうし一緒に行く事になった。旭にとっては思わぬ収穫となった。
若い女性の一人旅はあまり聞いた事がない。あるとすれば失恋旅行くらいのものだろう。彼女のように一緒に来る予定の友人が来られなくなり、稀にあるからも知れないと理由で一人旅となった。旭は友人が居ない訳ではないが野郎同士では面白くないと一人旅に決めたのだ。彼女が居れば一番だが四泊以上の長旅となれば、それなりの深い付き合いがないと無理だろう。そんな事を考えていると彼女から自己紹介された。
「私、松本彩音と申します。東京から来ました。宜しくお願い致します」
「えっ松本さんですが、偶然というか僕も松本ですよ。僕も同じく東京からです。ハッハハ驚いた。僕の下の名前はアキラと申します。せっかくですから下の名前で呼び合いましょうか」
「あらっビックリですね。それではアキラさん……少し照れますね」
「それじゃあアヤネさんと呼ばせて貰います」
名字が同じということで、すっかり意気投合した二人だった。
角島大橋は真っ直ぐ伸びていて両隣はコバルトブルーの海に覆われ気分は最高だ。窓を開けると潮風が心地よい。やがて角島に入った。小さな島なので特に観光というもがない。殆どの人はこま橋を渡るのが楽しみのようだ。これだけの立派な橋なのに無料というのが驚く。一時間ほどして角島から戻った。
「彩音さんはこれからどちらに向かうのですが、僕はこれから長門の湯本温泉に泊まり明日は萩へ行こうと思っています」
「あらまた偶然ですね。私も同じコースで湯本温泉一泊、翌日に萩へ行こうと、私は下関から電車とバスを乗り継いでここまで来ました」
「へぇ偶然が重なるものですね。予定としては萩周辺を観光して、秋吉台、秋芳洞、瑠璃光寺などを周り出来れば錦帯橋にも行きたいですね。」
「それはいいですね。山口の代表的な観光地ですから」
「せっかくのご縁ですから彩音さんも御一緒しませんか」
「それは大変有難いのですが少し甘えすぎかな」
「そんな事ありませんよ。途中で嫌なら其処から別行動すれば良いじゃありませんか」
「嫌な事はちっともありませんわ。では甘えさせて貰います」
偶然の連続で意気投合した二人は長門湯元温泉へと向かった。その日の観光を終えて湯本温泉に到着したのは夕方六時過ぎとなった。ゴールデンウィークともなればホテルや民宿、ビジネスホテルまで満杯だ。旭も彩音も湯元温泉の宿を予約済だった。流石に同じ宿までは偶然ではなかったが先に彩音が泊まるホテルの前で降ろして旭は自分の予約したホテルに向かった。翌日の朝迎えに行くと約束してある。
旭はホテルに入り、ひと風呂浴びた所で今日の出来事を思い出してニンマリしていた。まさにこれを袖振り合うも多生の縁というものだろうか。出来ればそれっきりの縁ではなく長く続けていたと思っている。
翌日、彩音が宿泊しているホテルに向かいに行った。もしかしたら既に出発したのじゃないかと多少の心配もあったが、数分すると笑顔でロビーから出て来た。
「おはようございます。昨日はありがとうございました。今日も宜しくお願いします」
「いいえ、昨日の疲れは取れましたか。では萩に向かって出発しましょう」
再びレンタカーに乗り暫く海岸付近を走り萩に到着した。萩は城下町であるとともに文豪の町でもある。松下塾や円政寺などで学んだ文豪を数多く輩出した萩であり高杉晋作もその一人、他に木戸孝允、伊藤博文などとそうそうたる人物が並ぶ。
たっぷり萩を堪能したが、そろそろ夕暮れ時となった。だが彩音はなんとなく落ち着きがない。どうしたのと尋ねたら、なんとこの先のホテルは予約していないと言う。しかし今更泊まる所がないと言われても、ゴールデンウィークに空いている宿なんかある訳がない。
仕方なく旭が予約しているホテルと交渉した。当然ながら空いている部屋はないという。それなら相部屋でも良いという事で了解を得た。
「彩音さん、残念ながら空き部屋はないそうです。ただ相部屋でならとOKという事ですが」
「仕方ないというよりも私が文句を言える立場にありません。旭さんさえ宜しければ一緒に泊めて頂けないでしょうか」
来た来た。そりゃあ旭が断る理由はない。ただ此処でニヤニヤしたら下心ありと疑われる。
少し考える素振りをみせて返事をした。下手な芝居だが、あからさまに喜ぶわけにも行かない。
「分かりました。まさか彩音さんを野宿させるわけにも参りませんからね」
心の中でしてやったと思ったが、二人はやや緊張気味にチェックインし、まず部屋に備えられているお茶を飲んだ。夕食は七時から、その前に大浴場が備えられているので風呂に入ってから、そのまま食事が用意されているホテル内のレストランに向かう事にした。
さて部屋に二部屋に区切られているが、一つはベッドルーム。もうひとつは家具というかテレビが供えられリビングのようなものだ。まさか一つのベッドに二人一緒になんて事は、流石に無理があり仕方なく旭だけ布団を借りリビングで寝る事にした。そんな事を考えながら大浴場から戻ると彩音が浴衣姿で顔をほんのりと湯上りのせいか色っぽく見えた。
旭は女の色気に一瞬目眩を覚えた。今夜は興奮して寝られそうにない気がする。いくら別々の部屋はとはいえ寝息が聞こえて来そうな距離、男としての理性が保てるか自信が無くなって来た。二人はレストランに向かう。夕食を共にしたが興奮は冷めやらない。更にビールを呑んだものだから余計に気持ちが高ぶる。彩音も一緒にビールを呑み、更に色気が増して行く。
「旭さん? どうかなさいましたか」
「いや、大丈夫です。明日がまた楽しみですね」
いや明日ではなく今夜が楽しみと言いたいのだが、彩音は知ってか知らでか可愛い顔をして男心を持て遊んでいるかのように怪しい眼差しで見つめて来る。夕食を済ませ部屋に戻った。もちろんまだ寝るには早い、二人で意味もなくテレビ番組を観て言葉を交わす
こともなく時が過ぎて行く。夜十時を過ぎたが旭は堪りかねて彩音に行った。
「僕は少し夜風に当たって来ます。彩音さんはどうしますか」
「一緒に行きたいけど私は少し疲れたので先に休ませて貰って宜しいですか」
「あっ、そうですね。じゃ僕はちょっと外に出て来ます」
息が詰まる思いだったがやっと理性を抑える事が出来た。あのまま一緒に居たら押し倒して、ひん剥いて一糸纏わぬ姿にして……それからあうしてこうして妄想したら鼻血が出そうだ。ホテルの外に出て旭はやっと冷静さを取り戻した。
「俺は一体なにをのぼせていたのか、用心深い俺が女の色気にやられたのか」
それから一時間ほど外をブラブラしてホテルに戻った。彼女はもう熟睡しているのだろうか彼女が起きないようにそっと部屋に入った。もう十一時半を過ぎていた。隣の部屋に彼女が寝ていると思うとドキドキしながら布団に入った。思いの他、旅の疲れが出たのか睡魔が襲って来た。翌朝、彼女が隣の部屋に居るのも忘れ気持ち良く目覚めた。気が付くともう七時を過ぎていた。朝食は七時からと聞いていた。そろそろ彼女を起こして食事に行かないと。
「彩音さん……おはようございます。起きていますか、食事に行きませんか」
だが返事ない。熟睡しているのか、もう一度声を掛ける。だが返事ない更にも一度
「彩音さん、起きて下さい。食事に行きましょう」
やっぱり返事がない。もしやと思いそっと扉を開けた。だが寝ているはずの彩音の姿も旅行バッグも見当たらない。慌てた旭は部屋を見渡した。朝風呂に行った様子もない、朝風呂に行くなら荷物は置いて行くはずだ。まさかと思い自分のバッグを開けて見た。何故か財布だけが剥き出しになり中味の札束、多分九万円ほど入れてあったはずだが二万円しかない幸いカードはあった。しかしなぜ二万円だけ残したのか。全部取っては罪悪感があったのか? やられた!! まさかそんな女には見えなかったが、ではあれは最初から自分を目当てに狙って来たのか、となると苗字が同じどころか彩音という名前も怪しいものだ。
幸い盗まれたのは現金七万のみと分かった。もはやのんびりと朝食を取っている場合じゃない。フロントに行き連れの女性が何時頃出たか聞いたが、気が付かなかったという。荷物を持って外に出たら分かる筈だと聞いたがチェックアウト以外なら荷物を持って外に出れば声を掛けると云う。それともフロントは連れが居るから咎めなかったかも知れない。となれば予めトイレか何処かに荷物を隠し、客の応対でごった返している間に隠して置いた荷物を持って逃げ出した事になる。そうなれば常習犯だ。
こうなれば後を追わねば、仕方なくカードで二人分の宿泊代を支払い。ホテルに備え付けてあるATMで五万円ほど現金化した。流石にカードは抜きとらなかったようだ。盗んでも暗証番号が分からなければ意味がないし、もし分かったとしても防犯カメラに顔を晒せばバレてしまうからだろう。昨夜の自分が馬鹿に思えて来た。女の色気に惑わされ旭は怒りが爆発した。
「くそっ!! 良くも騙してくれたな。だが俺を甘く見るなよ。用心深いのは俺の取り柄だ。絶対にとっ捕まえてやる。待っていろよ」
レンタカーに戻った旭は助手席を調べた。なにか落としてないか調べた旭だが当然のごとく何もない。ただ女の長い髪の毛らしきものがあった。刑事じゃあるまいし、髪の毛一本で手がかりか掴める訳がない。たが旭はニヤリと笑いスマートフォーンを取り出した。登録してあるアプリGPS電波発信追跡装置だ。GPS発信機五個ばかり買っていたので今回二個を持ってきていた。以前家の鍵と車のカギを落としてえらい目にあってから、このGPS発信機を購入した。もちろんサイフやバッグにも取り付けてある。だが中味だけ抜かれては無理だ。今回も数個持って来ている。大きさはボタン電池より少し大きい程度で磁石型、粘着型、フック型と何種類かある。今回は粘着型を彼女のバッグの内部に取り付けてある。最初は悪戯気分と旅の途中ではぐれた時にと思って彼女が洗面所に行っている間に忍び込ませた。決して尾行する為ではなかった。しかし今となれば尾行して捕まえ警察に突き出しつもりだ。
スマホのアプリを起動するとカーナビのような画面が現れ、追跡装置が作動した。彼女の居場所が点滅している。居た! どうやらバスか車で移動中らしい。国道二六二線を山口駅方面に向かっている。旭との距離は六十キロほど先だ。これを追いつくには時速百キロも出さないと一般道では無理だ。新山口駅から山陽新幹線に乗ったら終いだ。ともかくアキラは猛スピードで追跡を開始した。このレンタカーは乗り捨てOKだから最寄りの営業所であれば自由だ。幸い新山口駅にも営業所はある。追跡して約一時間、予想以上に相手は遅い。路線バスかも知れない。それなら追いつくのは可能だ。追跡開始して二時間が過ぎた。やがて山口市内に入って来た。そこでやっと追いついた。やはりバスに乗っているらしい。GPSの進行方向は駅方面に向かっている。彼女は新幹線に乗るつもりなのか、こうなったら先回りして駅前のバス停で押さえるつもりだ。バスを追い越しながらGPSをずっと追跡する。駅近くのコインパーキングに車を停めバスが来るのを待った。
五分ほどすると目当てのバスが駅前のバスターミナルに停まった。旭はバスの出口で待ちかまえる。すると彩音が何も知らず降りて来た。
「おい、何処へ行くつもりだ。泥棒野郎が、逃がさんぞ」
彩音は目を丸くして驚きの表情を浮かべる。
「よくも騙してくれたなら、まず金を返して貰おうか」
「どっどうして分かったの?」
「そんな事はどうでもいい。逃げようと思うなよ。間もなく警察が来る」
「……ご御免なさい。悪気がなかったの。お願い見逃して」
「馬鹿言え、悪気ないだと計画的なくせに」
「実はお金を落として帰る事も出来なかったの。本当よ、信じて」
「無理だな。せっかくのゴールデンウイーク休暇を台無しにしやがって」
二人の男女が言い争っているのを気付いたのか人が集まって来た。すると彩音は群衆に向かって声を張り上げた。
「キャアこの人スートーカーよ。未練がましく此処まで追いかけてくるなんて信じられない」
「ばっ馬鹿な。俺はスートーカーじゃない。この女が俺の金を盗んだのだ」
だが群衆は旭ではなく彩音の言葉を信じた。こういう場合どうしても男は不利になる。いや彼女は見た目だけなら純真に見える。旭と見比べれば彼女に利がありそうだ。ならば切り札として彼女のバッグにGPSを仕掛けたと言えば……いやいやそれこそ逆効果だ。完全にスートーカーにされてしまう。旭が怯んだ瞬間、彩音は駅の構内に逃げた。
「まったくなんて女だ。俺が未練がましいだと」
旭も群衆に取り囲まれる前に、その場を逃げ出して彩音を追った。だが彼女を見失った。このまま新幹線に乗り込まれたら大変だ。再びスマホを取り出しGPS追跡装置を見る。だが彼女は駅構内を離れ何処かに向かった。たぶん新幹線に乗ると見せかけ別な方向へ向かったのだろう。こうなったら探し回ってもラチが開かない。何処へ向かうか見定める事にした。スマホのGPSを見ていれば分かる。駅を離れ動きが早くなった。またバスに乗ったのかと思った。電車でないなら再び車で追跡出来る。旭は急いでコインパーキングに行き再びレンタカーに乗り追跡を開始した。なんかバスよりは早いように思う。タクシーに乗っていのかも知れない。なんと再び萩方面に進んでいる。何処へ行くのかサッパリ分からなくなった。追跡して一時間、国道を外れ秋芳洞の方に向かっている。
「なんてこった。この場に及んで観光するつもりなのか。なんて図々しい女だ」
幸いまだ彩音はバッグにGPSが仕込まれている事は気づいてないようだ。
彩音はやはり秋芳洞でタクシーを降りたようだ。GPSの移動時間がゆっくりとなった。旭は近くの駐車場に車を置いて秋芳洞入り口に向かった。彩音は間違いなく秋芳洞の中に入ったようだ。
「ふっふふ自ら洞窟に入るとは、袋のネズミならぬ洞窟の女狐め」
旭も入場料を払って中に入った。暫く歩くと少し肌寒い感じがする。気温十七℃では確かに少し寒い。百枚皿という段々畑から水が順序良く落ちて行く不思議な場所があった。彩音との距離は百メートル程の距離だ。少し急ぎ足に進むと彩音の姿を捉えた。なんとのんびりとカメラのシャッターを切っていた。其処は千畳敷という場所だ。だが安心は出来ない。すぐ近くにエレベターがあり地上に出る事が出来る。そうなるとまた逃げられる。旭はそっと彩音の後ろに着いた。
「お嬢さん、シャッターを押してあげましょうか」
「はい、有難う御座います。それでは……」
振り向くと旭がニヤニヤとして不敵な笑みを浮かべている。
「えっ! どうして此処が分かったの?」
「へっへへ俺はどうせスートーカーだからな。舐めるなよ。観念しろ」
流石に驚いたようだ。新幹線に乗ると見せかけて巻いたつもりだったようだ。此処は人気が多いので外れに方に連れ込んだ。
「警察を呼んだと言ったから新幹線に乗ったらヤバイと思って観光に切り替えたのよ」
「いい気なものだぜ。人の金で遊んで、ここまでタクシーか。いくら掛かった」
「……八千八百円よ。それとバス代とおにぎりと飲み物を買ったわ。御免なさい。もう逃げないわ。お金は必ず返しから警察に突き出しのだけは許して」
「信用出来るか。スートーカー呼ばわりまでして」
「ごめんなさい。つい……。ならどうしたら許してくれる」
「誰が許すと言った。取り敢えず俺の金を全部出せ」
逃げられないと思ったのか、残りの五万二千円を寄越した。あの大胆さは何処に消えたのか青白い顔をして怯えている。怒りも頂点に達した旭だが、損したのは一万八千円。勉強になったと思えばいいかと思った。もはや警察に突き出す気持ちは失せていた。しかし無一文の彼女を此処で放り出せば帰る術もなくなる。
「まぁいいやせっかくだから見物してから帰ろう。もう悪さはするなよ」
まるで子供を叱り付けるような言いぐさだ。悪さではなく犯罪なのに。ただ彼女が本当に金を無くしたのが聞きたかった。もはや観光気分も薄れ秋芳洞を後にした。彩音は無一文になり黙って旭に着いて行くしかなくなった。再びレンタカーに乗った。
「家に帰るんだろう。それともまだ観光したいのか?」
「確かに私は貴方の金を盗ったわ。それは犯罪だし申し開きもしない。でも私も七万少しの金を下関周辺で落としたの。交番に届けたから嘘か本当か分かるわ。でも悔しくって、やっと取れたゴールデンウイークの休暇を無駄にしたくなかったの。それでつい貴方の好意に甘えている内に魔がさしたのね」
「本当なのか? 信じてもいいのか。もし本当なら同情もするが。俺もせっかくのゴールデンウイーク楽しみたいからな」
沈黙状態が続いたまま山口市内に入って来た。その時だった。彩音のスマホが鳴った。
「えっ本当ですか、信じられない」
下関の警察署からだった。旭は何が起ったのかとチラッと彩音を見た。すると彩音が旭にスマホを近づけながら相手と会話を続けた」
『良かったですね。届けてくれたのが中年夫婦の方で、いまはどちらですか』
「今は旅の途中です。申し訳ありませんが二~三日保管して頂けないでしょうが」
『分かりました、ご旅行楽しんで下さい。それでは失礼します』
「本当に落としたんだ。半分は疑っていたけど、そこの処は同情する」
旭は驚いた。本当だったんだ。ある意味彼女も犠牲者だったんだ。そうと分かれば割り切って旅が出来る。
「ねぇ信じてくれる。親切にお金を届けてくれる人も居れば、自分の落ち度が悔しく人の金を盗るなんて最低女だけど許して貰える?」
「分った。全て水に流そう。君も飛んだ災難だったね。気持ちは分る。俺もちょっとしつこく追いつめて悪かった。そこで提案だが残りの休日一緒に旅しない」
「でも私、お金持ってないし、金を無くして他のホテルも全部キャンセルしたから」
「いいよ、ぜんぶ俺が出す。互いにわだかまりを捨て楽しい旅を続けようよ」
「本当? そう言ってくれると凄く嬉しいわ。それにタイプだし……」
「えっなんだって?」
「本当に魔が差したのよ。お金を落としたと正直に言えば良かったのに」
「そうだよね。金を盗んで逃げなくても落としたから助けてと素直に言えば良かったのに。ごめんなさい。あんな事をしなければ、もしかしたら交際に発展しいたのに……」
「そうだな。でもそれは分からない。君は取り返しのつかない過ちを犯した」
旭はキッパリと言った。
「本当にごめんなさい。償いをするから考え直してくださる」
「……そう言うなら、この先の行動で示してくれ」
それから二人は下関の警察署に向かい所定の手続きを済ませて。紗香は落とした金を取り戻した。
「ありがとうございました。このお金は旭さんに渡します。罪は消えないけど私の謝罪として受け取ってください」
「そうか、とりあえず俺が預かっておくよ。よし! これで君も負い目がなくなった残りの旅を楽しもうぜ」
飛んだ旅行になったが、わだかまりも消え二人は再び旅を続けた。袖知り合うも他生の縁と言うが、これは腐れ縁ではないのだろうか。出会いはどうあろうと二人の縁は続いていた。
それから半年過ぎた。旭のマンションの部屋に表札には松本旭・彩音と二人の名前が並べられていた。
了
執筆の狙い
GWでの旅先で知り合った女性と一緒に旅をすることになったが、意気投合しすぎたのか同じホテルの部屋に泊まる事になるも、流石に同じベッドを共とはゆかず、このままでは理性を保てないと外を散歩してきますと出かかけ一時間後、部屋に戻ると彼女は寝ているだろうと声を掛けず隣のリビングのソファで休み翌朝、七時過ぎ朝食を食べに行こうと彼女に声を掛けるも返事がない。ないどころか彼女の旅行バッグも更に自分の財布から現金が抜かれていた。そして逃亡劇が始まった。