黒夜の魔女
第1章 聖女の死
リリューシュカ・クラインは自分が何者であるのかを知らなかった。
家族のことも、友人のことも、生まれ育った場所のことも——全てが霧のように朧げだった。
唯一の手がかりは、首にかかっていたペンダントだ。
その裏側には、こう刻まれていた。
「最愛のリリューシュカ、クラインへ」
この名前だけは、本物であると信じていた。
きっと、誰かがわたしを想って贈ってくれたに違いない。
森の中で倒れていたわたしを救ったのは、ルーミリアという少女だった。
彼女は言う。
「貴方は何かの事件に巻き込まれたか、あるいは大きなショックを受けて記憶を失ったのかもしれない。でも、大丈夫。安心して。私がいるよ」
彼女の言葉を信じるしかなかった。
そして今、わたし——リリューシュカは、ルーミリアと共に魔女狩りの旅をしている。
魔女。
それは古の時代から人智を超えた力を持つ存在として恐れられてきた。
この世界には魔女と対になる存在がいる。
聖女。
慈悲深い聖女は、悪名高き魔女、中でもその頂点に君臨する黒夜の魔女を討つため、長きにわたり尽力してきた。
そして、今代の聖女——メアリーハナは死んだ。
「だから、我々は聖女様の意思を引き継ぐ為にも日々魔女狩りに奔走しなくてはならないんです。みなさん、いいですか?」
古びた教会。
大きなステンドグラスの窓から、陽光が降り注ぐ。
祭壇の前で微笑んだ少女——ルーミリアが、ずらりと並んだ子供たちに語りかけた。
「はーい!!もちろん、悪い魔女はあたしの魔法でコテンパンにやっつけてやります!!」
小柄なおさげの少女が、元気よく手を上げる。
「はーい、はーい!!えっと、俺はぁ、この剣で戦って自分より弱い人たちを救います!!」
小麦色の肌をした少年が、剣をぐるりと回してみせる。
子供たちの無邪気な言葉に、ルーミリアの頬が緩んだ。
——こんな幸せが、ずっと続けばいいのに。
彼女は腕に抱えていた写真を、そっと掲げる。
「私の育ての親であり、偉大な聖女であったメアリーハナ様が、先日、何者かによって殺されました。」
一瞬、教会に沈黙が落ちる。
「遺体の解剖結果によると、外傷はありませんでした。ですが——」
声が震えた。
感情が昂ぶり、目尻が熱くなる。
——でも、泣くわけにはいかない。
ルーミリアは唇を噛み、続けた。
「ですが、私には分かります。これは奴らの仕業に違いありません。魔女どもは、自分たちが迫害されることを恐れ、メアリーハナ様を殺しました。」
「黒夜の魔女に制裁を!!」
「そうだそうだ!!」
子供たちが口々に叫ぶ。
ルーミリアは、涙を拭い、静かに手を叩いた。
パン。
わたしはごくりと息を呑んだ。
ついに、この時が来てしまった——。
「私、ルーミリアは、聖女の地位を継ぐことを誓います。そして私は決めました。彼女——リリューシュカの力を借りて、必ずや黒夜の魔女を倒すことを。」
どうしよう。
足は右から、それとも左から出すんだっけ?
どんな顔をすればいい?
ええい、なるようになれ——。
覚悟を決め、わたしは立ち上がった。
「リリューシュカ・クラインです。
森で倒れていたところをルーミリアに救ってもらいました。
残念ながら記憶がないのだけれど、魔力量は人一倍あるみたい。
これからよろしくね。」
教会の後ろで立ち上がったわたしに、子供たちの視線が集まる。
その視線に耐えながら、わたしはぼんやりと思う。
——どうして、記憶がないのに、魔法の使い方だけは分かるんだろう。
そしてもうひとつ、頭の片隅で違和感が渦を巻いていた。
「黒夜の魔女に制裁を」
そう叫んだ子供たちの声に、どこか懐かしさを覚えたのはなぜだろう?
まるで、ずっと昔から、その言葉を聞いてきたかのように——。
執筆の狙い
初のオリジナル作品です。よろしくお願いします。