YELL / ランディローズに捧ぐ
海岸に車を停め、ぼんやりと海を眺めていた。今にも降ってきそうな曇り空で、波の色もどことなく濁っている。こんな日は、人出も少ない。
季節に似合わぬ静けさの中、潮騒が耳に心地よく響き、ときおり湿った海風が窓の隙間から流れ込んでくる。私は日常の喧騒を忘れ、シートを少し倒して暫しこの時間に身を委ねた。
缶コーヒーを飲みながらFMラジオを聴いていると、防波堤の遊歩道を歩く若いカップルが目にとまった。
付き合い始めて日が浅いのか、並んで歩いてはいるが、その距離は少し遠慮がちだ。風に乱れるセミロングの髪を片手で押さえながら、彼の話に大きく笑顔でうなずく横顔が初々しい。
晴れていれば、きっと夕陽が綺麗だろうに――そんな節介を焼いているうちに、二人は車の前を通り過ぎて行った。
黒地に白い水玉模様のワンピース。レースをあしらった、ノースリーブの肩から伸びるしなやかな腕。
「手を繋いであげなよ」
ラジオから流れる真夏の讃歌が、どこか寂しげにエールを贈った。
彼女の後ろ姿を眺めていると、ふと、あるギタープレーヤーの顔が頭をよぎった。
ランドール・ウィリアム・ローズ――音楽界にその名を刻んだヘビーメタルギタリストのレジェンド。一九八二年三月十九日、ツアー途中、悲運の飛行機事故により、その才能を完全燃焼させること無く、二十五歳という若さで逝ってしまったランディ・ローズの美しくも、少し憂いを秘めた横顔が。
ネオクラシカルメタルの先駆けともなった彼の卓越したプレースタイルは、クワイエット・ライオットでの活動を経たのち、一九七九年、オジー・オズボーンによって見出だされた。バンド加入後にはすぐに非凡な伎倆を開花させ、瞬く間にギターヒーローに駆け上がることとなる。
私が彼のギタープレーに初めて出会ったのは、高校二年生の頃だった。当時付き合っていた、バンド仲間でもある彼女の薦めで、アルバム/ブリザード・オブ・オズに収録された「ミスター・クロウリー」を聴かせてもらった時だ。
聴き終えると全身に鳥肌が立ち、暫く余韻に浸っていた。
彼女にCDを借り、夜を徹して同じ旋律を繰り返し再生した。
翌日、すでに故人であることを告げられ、ひどく胸を衝かれた。
授業中、私の思考はずっと、彼のギターフレーズに支配されていた。
放課後は、彼の演奏について彼女と遅くまで語りあい、感動を共有した。
彼の愛器はPolka Dot V――
黒地に白い水玉模様のフライングV。その独創的な造形は、彼の速弾きから繰り出されるメロウなサウンドと共に、私の心の中に今も深く刻まれている。
カップルが視界から消えた後も、あの笑顔や微笑ましいやりとり、その温かな余韻が私をずっと包み込んでいた。
自分の掌を見つめる。ここにもかつては手を繋いだ温もりがあった。
『ランディはね、精霊となって、世界中のギタリストたちの心に宿っているの。彼らの指先に魔法を紡いでいるのよ。彼の鼓動は、彼らのギターの音色を通じて生き続けているの。』
ああ、確かにそうだ……
過ぎ去った日々と、ほんのり切ない思い出が鮮やかによみがえる。
ライヴCD
「トリビュート〜ランディ・ローズに捧ぐ」
久しぶりに聴いてみようと思う。
了
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参考資料
近況ノートより
https://kakuyomu.jp/users/2951/news/16818622170434640132
執筆の狙い
彼の愛器はPolka Dot V――
黒地に白い水玉模様のフライングV
HMギタリストのレジェンド。今なお私の心のなかに生き続けるアイドル、ランディ・ローズに捧ぐオマージュエッセイです。
(約1300字)
三月十九日は彼の命日。
Requiescat In Pace――
「Dee」
https://youtu.be/5qK38wzgiRU?si=xJIOOnJFoUtbtag4
もう、四十三年になるのですね。