努力しない努力
少年はベッドに寝転がっていた。
夕方の光が部屋に差し込み、壁には微かな影が揺れている。窓の外では、小さな鳥が電線にとまり、首をかしげていた。その仕草はどこか問いかけるようで、少年は思わず目を細めた。
彼は考えていた。
——なぜ、人は努力するのか。
努力とは、より良い結果を求めて行うものだ。しかし、その「より良い結果」とは誰が決めるのだろう? 社会か? 周囲の人間か? それとも自分自身か?
少年は口の中で小さく呟いた。
「努力は報われる」
どこかで聞いたような言葉だった。いや、あまりにも頻繁に聞かされてきた言葉だった。しかし、本当にそうだろうか。世の中には、どれだけ努力しても報われない人間がいる。逆に、努力せずとも成功する人間もいる。もし努力すれば必ず成功するのなら、敗者という存在はこの世にいないはずだ。
では、努力とは何のためにあるのか。
少年は腕を組み、目を閉じた。
努力とは幻想ではないか。「頑張れば報われる」という言葉は、まるで宗教の教義のようだ。信じる者は救われる、という理屈に似ている。だが、実際には信じた者すべてが救われるわけではない。
それならば、努力を放棄することこそが、最も賢い選択なのではないか。
少年はゆっくりと目を開けた。
——そうだ、僕は努力しない。
怠けるわけではない。ただ、無駄なことに労力を割かないだけだ。人々は努力を美徳とするが、それは盲目的な思考停止ではないか。何も考えずに努力するよりも、努力しないことを合理的に選ぶほうが、よほど知的な行為ではないか。
少年は勢いよくベッドから起き上がり、机に向かった。ノートを開き、ペンを握る。
「いかにして努力せずに生きるか」
彼はタイトルを書き、意気込んだ。努力しないためには、まず努力という概念を分析し、それを回避する方法を確立しなければならない。そのためには、努力の歴史、社会的意義、精神的影響を理解し、さらに努力を回避するための戦略を考案する必要がある。
ペンが走る。
少年は熱心に考え、論理を組み立て、書きつけた。努力とは何か、努力を強いる社会の構造、努力を避けることで生まれる新たな生き方——
時間が経つのも忘れ、彼は書き続けた。
——そして、ふと気づいた。
ペンを持つ手が止まる。
ノートを見下ろしながら、彼は違和感を覚えた。
これは……努力ではないか。
「努力しないために努力する」という奇妙な矛盾が、彼の胸に鋭く突き刺さった。
このままでは、努力から逃れようとしていたはずなのに、いつの間にか努力に取り込まれてしまう。努力しないことを追求すること自体が、努力そのものになってしまっているのではないか。
少年は焦った。いや、これは努力ではない。これは単なる知的探求であり、合理的な思考の結果だ。そう思いたかった。
だが、その瞬間、彼は悟った。
「努力しないこと」を突き詰めることは、結局、「努力すること」と同じなのだ。
では、どうすればよい?
努力を避けるためには、努力そのものをやめなければならない。しかし、「努力しない努力」もまた努力であるのなら、完全に努力を放棄するためには……何も考えず、何もせず、ただ存在するだけの状態にならなければならないのではないか。
少年は天井を見上げた。
結局、人は努力から逃れられないのか?
少年はノートを閉じ、机の上に置いた。そして、何もかもを放り出すように、再びベッドに倒れ込んだ。
目を閉じる。思考を止める。
しかし、少年は気づいていなかった。
「考えない努力」を始めてしまっていることに。
執筆の狙い
初めて物語を書きました。小説というよりかはショートショート風にしました。
なので、少し薄いかもしれません。
一応、テーマとしては「自己矛盾」です。