三人称での習作
受付の女の人がレイの前に立った。
柔和な笑顔を浮かべられ会釈をされる。
レイは立ち上がり、端正な笑顔を浮かべ会釈を返す。
受付の人が掌を返し左を差した。
レイは掌の先にある通路に視線をやった。人が二人分ぐらいは通れそうな幅だった。通路の右側の途中には紫色の天幕があった。
「どうぞ」
言われ、レイが左の通路を進む。天幕の前で止まり、見ると、何かの紋章が施されていた。天幕を両手を使って左右に開く。
部屋は薄暗く狭かった。レイのすぐ前には木製の椅子がある。そのすぐ前方には机があって、青を基調とした銀色の丸い模様が混じったテーブルクロスがかけられている。そして、その机の奥には、鮮やかな衣装に身を包んだ老婆が椅子に腰を下ろしていた。彼女はレイと目があった瞬間口を開いた。
「汝、聞きたい事を申してみよ」
まるで、地面が揺れるような声の響きで、レイは泡を食った。先程、レイは待合室でこの占い師とここにいた女性客との会話を聞いていた。荘厳な占い師の声を先に拾っていたが、改めて間近で聞くと、圧倒される。まるで、何かが乗り移りでもしなければ出せないと思える程の特別な声。しかし、レイは声質としてではないが、この老婆以上に圧を出す将棋棋士にもあった事がある。免疫が少しばかりあったのだ。心をすぐに鎮静化させて、微笑んで、
「よろしくお願いします」
と、穏やかな声を出してみせた。
「さて、座るのだ」
レイは言われた通り、座り、老婆の衣装や顔を見た。特に、表情を伺った。何も浮かんでいなかった。
「して、聞きたい事は?」
「クラスメートに片思いの娘がいます、その娘との恋愛を占ってほしくて」
「うむ」
老婆は自分の机上の手元に置かれてある不気味な顔が描かれたタロットカードを掴み、机の中央に置いた。皺が刻まれた両手で全てのタロットカードをレイから見て、時計回りに円を描くように混ぜていく。何度も。そして、老婆が全てのタロットカードを手で寄せて束にした。その束になったタロットカードはレイから見て左に置かれ、片手でスライドされる。慣れた手つきだなとレイは思った。
タロットカードは一枚一枚少しずつずれて重なりながら、横に並んでいた。
「ここから一枚カードを抜き取れ」
レイはタロットカードの上に手をかざし、左端から右端へと徐々に移動させた。そして、左端へと徐々に手を動かした。その動作を二度繰り返す。
レイはタロットカードを見ながら、意識をタロットカードに集中させる。その時、老婆の声が聞こえてきた。
「たまにいるのだが、汝もカードから何かを感じられるのか? そういう仕草をしていたが」
レイが老婆の表情を見る。瞠目(どうもく)しているようだった。
「いいえ。僕に特別な能力はありません。でも、ああする事で、正しいカードを引けそうな気がしたんです」
老婆は数秒程、瞑目(めいもく)し、瞼(まぶた)を開いた。
「なるほどな」
レイが再びカードに意識を集中させる。
どのカードを引くべきか?
そして。
レイは中央左寄りのカードを取って、自分に寄せた。
「裏返してみよ」
レイがカードを裏返すと、死神が描かれたカードが目に映った。
「これって」
あまりタロットの事を知らないレイだったが、タロットカードは正位置と逆位置で意味が変わる事は知っていた。死神のカードは逆さになっていない。死神の正位置。レイは不吉な予感しかしなかった。身体が冷たくなるのを感じる。心が落とし穴にでも落ちた気分になった。レイは上目遣いで、老婆の顔を見た。
「そんなに、深刻な表情はしなくてよい」
と、老婆は言葉を切って、数拍おいた。
彼女がほのかな優しい笑顔をレイに向ける。
「死神の正位置。変化。再生。終わりと新しい始まりを意味する。何かが終わり、何かが始まるのかもしない」
つまり、とレイは思った。
この恋は成就せず、新しい恋を見つけろという事か。
「彼女との関係が終わるんですか?」
いつもは流暢(りゅうちょう)に話すレイだったが、質問が訥々(とつとつ)とした言い方になってしまっていた。
「そうとも限らない。汝の心に変化が生まれ、次に進むのかもしれない。或いは……」
「変化、次に進む。或いは」
レイは、老婆の言葉を要約してみせ彼女に次の言葉を促した。
「未来は汝が創るもの」
レイが視線を老婆の顔にやると、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。
その言葉と笑顔は、日差しのようにレイの心を照らした。先程まで、心が落とし穴にでも落ちていた気分だったが、光があれば、それを頼りに這い上がる事も出来る。
「ありがとうございます」
「礼はすでにもらっている。受付の者がな」
レイは受付の人に、お金を払っていた事を思い出した。
執筆の狙い
三人称の練習、ご指導お願いします。また、作者が知らなそうな事を教えていただければありがたいです。